前回の「韓国の方々がなぜ日本を“戦犯国”と呼ぶのか、考えたことはありますか?」の続き。

正当な理由がないにも関わらず、なぜ韓国人は優越感を滲まながら「戦犯国」などと日本を嘲弄しているのだろうか。いったい彼らの頭の中はどうなっているのか。

答えは「史実をほとんど逆さまに認識しているから」だと思われる。たとえば、「日帝が韓国を強制併合して収奪と民族抹殺を始めると、独立軍が各地で蜂起し、日本軍と果敢に戦った。太平洋戦争が始まると、臨時政府は日帝に宣戦布告し、連合国の一員になった。韓国の独立はこのようにして自力で勝ち取ったものだ。韓国人BC項戦犯については、あくまで強制動員され、犯罪を強要された“被害者”にすぎない」…という具合に。

こんなでっち上げの「建国神話」のせいで、彼らは自分たちが連合国側に属するなどと錯覚している。一般に、韓国人は、政治的なプロパガンダにすぎない“歴史教育”により、近現代史において以下の「四つの大きな真実」から完全に隔離されている。

・第一、日韓併合の真実。
・第二、日本統治時代の真実。
・第三、戦後の独立と李承晩時代の真実。
・第四、朴正煕時代の「漢江の奇跡」の真実。

以上の四つの項目について、韓国人の頭には公然たる嘘やトリミングされた情報が詰まっており、その虚偽を「正しい歴史」などと呼んでいる。韓国の歴史教科書を読んだことのある人なら分かると思うが、それを規定する国史編纂委員会はプロの贋作者集団であり、非常に手の込んだ捏造をやっている。ジャーナリストの石井孝明氏が「一冊の本だけを読む人に気をつけよう」という格言を紹介していたが、何も知らない人が韓国人の書いた歴史の本や、その影響下にある日本人の本だけを読めば、確実に騙される。それで罪悪感を持ち“良心”に目覚めてしまった厄介な日本人も少なくない(*それもまた彼らの手口なのだ)。幸い、今では、その捏造箇所や事実関係の誤りの指摘にプロの歴史研究者の方々がたくさん参加しておられ、関連するサイトや本も増えてきた。

したがって、それについてアマチュアの私がここで懇切丁寧に解説する意味はない。それよりも、もっと根本的なことを考えてみたい。それは「彼らがなぜ歴史を書き換えたのか、又はなぜ捏造せざるをえなかったのか」という、原因・理由・動機などの究明である。治療(する機会があるとして)のためには、それを突き止めることが不可欠だ。

以下は、まったく私の個人的な推測だが、韓国人の皆さんにこそ是非とも読んでもらいたいと希望している。

元凶としての李承晩(イ・スンマン)
では、その理由とは何か。おそらく、初代大統領として「李承晩が独裁権力を握ったから」だと思う。それゆえ、彼自身と臨時政府を「正統」とする歴史をでっち上げねばならなくなったのだ。つまり、始まりは、ほとんど個人的な動機だったのではないか。

むろん、理由は複合的で、その他にもある。

第一に、歴史を“記録”する際の、東アジア文明圏の伝統的な手法が挙げられる。ちょうど司馬遷の『史記』で殷(商)の紂王が悪逆非道に描かれているように、彼らの社会では日帝という「前王朝」を冷酷無比な統治者に描けば描くほど、次の支配者の道徳的正当性が高まる。ましてや、独立戦争を通してその悪魔と戦い続けたと人々に信じさせることができれば、これ以上の正当性はなく、完全に人民のヒーローに収まれる。

第二に、もっと切実で現実的な理由もあった。終戦後、三年間はアメリカが直接軍政を敷いたように、連合国を結成したボスがすぐ韓国の目の前にいた。捕虜虐待などでBC項戦犯として訴追されたように、韓国人は疑いを持たれていた。だから、保身上、戦犯の日本と同類に見られないよう、また自身の戦争犯罪があくまで強要されたものとの訴えが説得力を持つよう、徹底して「加害者と被害者の関係」に成りすます必要性があった。

そして第三に、これがもっとも大きな理由だと思うが、李承晩はとんでもない悪政をやらかして国民を苦しめ、貧困のどん底へと叩き落した。どんな民族主義者が見ても、日本時代より過酷で恐怖に満ちた社会であることは明らかだった。だから、李承晩は、独裁者として就任した時だけでなく、その後も歴史をでっち上げ続ける必要に迫られたのだ。少なくとも政権を握っている間、自分の時代よりも日帝時代をさらに悪虐非道に描かねば辻褄が合わなくなってしまった。それはまた内部矛盾から人々の目を反らす意味でも有効な手法だった。だが、政治的に不可欠な作業とはいえ、自国民の大量虐殺をやった独裁政治よりも悪く見せるとなると、もはや悪魔でも引っ張り出すしかない。だから韓国の歴史教育では、ほとんど悪魔として日本の姿が描写されるようになったと思われる。

独立運動家・臨時政府・独立軍の本当の姿
仮に、独立の指導者たちが本物の英雄であったなら、こんなでっち上げはする必要がなかった。そこがアジアの他の国との違いだ。インドでは、ガンジーやボースの軌跡をわざわざでっち上げる必要はない。事実をありのままに伝えるだけでいい。それで十分、彼らは英雄であり後世の手本となる。アジアの各国にはミャンマーのアウンサン、インドネシアのスカルノ、ベトナムのホー・チ・ミンなど、キラ星のごとく独立の英雄がいる。ところが韓国には、このような偉大な独立の指導者が一人もいなかった。日本軍を打ち破った勇猛果敢な軍事指導者も、思想的人間的に偉大な文人指導者も、ついに現れなかった。

大韓民国臨時政府なるものを象徴するのが、中枢にいた三人の主要人物だ。一人は今挙げた李承晩。王朝に繋がる家系が自慢で、それゆえに民族主義者であり、庶民を人間とは思っていなかった(だから大虐殺できた)傲岸な人物だ。もう一人は、強盗殺人犯で脱獄囚の金九(キム・グ)。生涯、政争を繰り返した人物だ。こんな男が“警察本部長”に就いていたのだから、いかに怪しげな団体かが分かる。最後の一人は朴殷植(パク・ウンシク)で、嘘つき・でっち上げの天才。『韓国独立運動之血史』という怪プロパガンダ文書を書いて、今日に至る韓国のトンデモ近代史の原型を作った人物だ。

彼らの設立した臨時政府なるものは、いかなる国家からも承認されず、設立から26年間、一度も日本軍と戦わなかった口先だけのヘタレ集団だ。独立軍の中で同組織所属をとくに「光復軍」と呼んでいるが、日本軍と交戦したことはない。「人類史上最悪の植民地支配」などと糾弾するほど日帝の支配が過酷なら一度くらいは銃をとって戦っても良さそうなものだが、結局、設立から終戦までの間やっていたことといえば、内輪でのポスト争いと中国政府へのタカリ、市民社会に対する強盗略奪、政敵の同じ韓国人の暗殺くらいのもの。

一方、独立軍とか抗日パルチザンと称する集団の正体は、要するに満州の匪賊やソ連・中国共産党軍に所属していた韓国人のことである。「愛国心はならず者のなんとやら」とはよく言ったもので、強盗略奪が生業だった匪賊であっても「独立闘争」といえば名分が立ったのだろう。満州国軍官学校卒で朝鮮戦争の英雄である白善燁氏は当時を直に知る人物だ。元帥は「独立軍など見たこともないのに、どうやって討伐できるのか」と呆れている。

もっと呆れるのは、韓国ではこの“独立軍”が日本軍に対して「青山里戦闘」なるもので大勝利したと信じられていることだ。実際には匪賊討伐の際に日本軍人に若干名の死者が出た事件だが、「日本軍に3千名以上の戦死者を出した」という嘘が定着している。驚くのは、この臨時政府の戦勝プロパガンダを韓国政府が未だに継承しており、毎年「戦勝記念行事」まで開催していることだ。虚しくないのかという疑問はさておき、この現実からも今の韓国政府が臨時政府の正統な後継者に他ならないことがよく分かる。

このように、独立運動家と称する連中が「ニセモノの英雄」であり、本人たちも十分それを承知していたから、歴史をでっち上げる必要に迫られたと思われる。

ちなみに、以上とは別個に、1905年の第二次日韓協約から併合初期まで、後に「反日義兵闘争」と呼ばれるものがあった。これは日本軍に計百名以上の死者を出す規模であったことは確かだ。しかし、この闘争がすぐにピークアウトしたのは、韓国が未だ国民国家でなかったことが主因ではないかと私は思っている。つまり、大多数の庶民にとって最大の関心事は己の暮らしであり、専制国家の運命などどうでもよかったのだ。

それどころか同時期、日韓合併を掲げる一進会が最大の政治勢力だった。当時、日本に敗北した清とロシアは威信を失い、滅亡寸前の帝国だった。対して、世界の9割以上を欧米とその植民地が占める状況にあって、日本は全アジア、否、全有色人種の期待を担っていた。中世のレベルだった当時の韓国人からすると、日本は何百年も文明の進んだ近代国家に等しい。そうすると、「対等合併」を望んだ一進会は非常にムシのよい主張をしていたことになる。反日・独立どころか、案外、勝ち馬にタダ乗りして労せずに一等国民になろうとしていたのが政治意識のある韓国人の多数派だったというのが事の本質ではないか。

数字まででっち上げる韓国人の驚異の贋作力
やや本筋から反れるが、独立軍の話が出たついでに、韓国人は日本人が絶対やらないことを平気でやる事実を知っておくのも無駄ではないと思う。それは「実在の人物名を流用して、具体的な数字を創作し、記録をでっち上げる」という行為である。

たとえば、“独立戦争”の実態と称して、
「○月○日、日本軍がどこそこの村を襲い、○○戸を破壊し、○○名を殺害した。それに対して、誰々率いる独立軍○○名が戦い、日本軍○○名を殺害して撃退した」
などという話を次から次へと“歴史書”の中に書き加えていく。

ところが、これがまったくの創作なのである。「青山里戦闘」なるものも、この手法ででっち上げられた活躍のうちの一つだ。驚くべきことに、彼らは「実在の人物+具体的な数字」を使って、架空の詳細な“歴史記録”を作ってしまうのだ。目的が正義であれば手段は選ばなくてもよいとタカをくくっているのか、彼らは平気らしいのだ。

なぜそういうことをやるのかというと、科学性・客観性を装うことで、いかにも学術的な調査を経た公式の記録であるかのように見せかけることができるからである。そうやってニセの記録をたくさん作って、己の政治的主張や立場を固めるのだ。つまり、最初から世間を騙すため、欺くためにやるわけだから、詐欺の確信犯である。中国も含めての話だが、政治とアカデミズムが分離しておらず、政治的な真実のほうが客観的なそれより優先されるらしい。だから真理を畏れず、平然と歴史(事実)に手を加える罪を犯す。

彼らはこうして日本軍の“殺戮記録”や、独立軍の“戦勝記録”を次々とでっち上げていった。この手法で、臨時政府も「聖人君子の集まり」になり、独立軍も「各地で日本軍を撃退した勇猛果敢な部隊」に変えられた。何も知らない人が読めば、当然本物の記録であり、人々を次々と虐殺して回る悪逆非道な日本に対して正義の独立軍が不屈の精神で抵抗していた、と信じ込むだろう(実際これが韓国人の持つ日帝時代のイメージだ)。

こうやって、驚くほど詳細で念の入った改ざんで「日帝の犯罪」が創られ、韓国では今でも事実として流通している。日韓関係史ではこの種の「偽の記録」が膨大に紛れ込んでいる。不幸にして、このような卑怯な手法は、大多数の日本人にとって長らく常識外のことだったため、信じてしまう人が続出した。そして罪悪感、良心の呵責、贖罪意識から、謝罪するだけではすまず、相手側の手先となり、結果的に嘘の片棒を担ぐ人も現れた。

しかし、今では「具体的な数字を挙げてまで嘘をつく」という彼らの手口は、日本だけでなく世界に広く知れ渡りつつある。なにしろ、一国の政府や自治体、政治家、大企業や科学者までもが公然とそれをやり、しばしば顰蹙を買う。従軍慰安婦も同類だと、気づく欧米人も現れ始めたようだ。彼らは以前のように容易に人々を騙せなくなった。

ただし、公正を期すなら、まったく逆の韓国人も少なからずいる。たとえば、『親日派のための弁明』を記した金完燮(キム・ワンソプ)氏のように、逮捕・暴行・脅迫されても決して真実の主張を曲げない人もいる。集団の空気に抗い、迫害にもめげずに真実を訴えている韓国の本物の知識人に対しては、心底、尊敬の念を覚えざるをえない。韓国ではすでに“親日派”は殺される時代に入った。命と引き換えても真実に忠実であらんとする…正直、私にはそこまでの覚悟はない。彼らこそ真に日本の友人になれる人たちだと思う。


(私のコメント)

「株式日記」では韓国の歴史教科書の出鱈目さを何度か書いてきましたが、パククネ大統領自身が韓国の歴史教科書の教育を受けてきた一人であり、李承晩政権以来の政策を引き継いでいる。韓国の政府の正当性に問題があるからですが、韓国には独立の英雄などいないからだ。北朝鮮の金日成も作り上げられた英雄であり、華々しい対日戦争をしたわけでもなく勝利したわけでもない。

しかし韓国の教科書などでは、創作された物語が作り上げられそれが真実の歴史として教えられている。だから韓国と日本でいくら歴史を検証する委員会が作られても、創作された歴史物語を韓国側は変えるわけにはいかないから最終的には物別れに終わってしまう。学者レベルでもそうなのだから政治レベルでも纏まる訳がなく、韓国の大統領は創作された歴史を根拠に「歴史を直視せよ」とアメリカやドイツで言いまくる。

新しい政権は正当性を証明するために前政権の悪事を暴いて支持を集めようとする。その為に歴代の韓国大統領は訴追されて有罪判決が下される。それと同じように日本統治時代の日本の残虐行為も同じであり、従軍慰安婦や強制連行などの事実が創作されて反日感情を煽ることで韓国政府を正当化しようとする。日本はそれに対して韓国政府を刺激しないように反論もしないできた。

しかし反論しないという事は事実を認めたと同じに受け取られてしまう。しかしそれらの捏造を暴いてしまうと韓国政府はより不安定になり韓国経済も政治も停滞してしまう。韓国にはアメリカや日本などから経済援助や技術援助などで何とか近代工業化させようとしてきましたが、何度も経済破綻しかけてはアメリカや日本に救済されてきた。しかしこれらの事実すら経済破綻に日本の陰謀だといった報道がなされてより反日感情が煽られてきた。

日本としては韓国でどのような歴史教育が行われてきたかを知ることになったのは最近の事であり、ネットなどで韓国の教科書の実態などがあばかれて事実がだんだんわかってきた。最近では韓国の歴史教科書の日本語訳などが出されてようやく実態が分かるようになってきましたが、日韓の外交問題になりかねない事なのに日本政府は韓国で反日教育が行われていることに対して抗議もしてこなかった。

中国や韓国が異常に日本の歴史教科書にナーバスになるのは、自国の歴史教科書のウソがばれることを恐れるからだろう。最近ではネットを通じてこのような事が分かってきたので中国や韓国に対して、政治家の中からも名古屋の河村市長や大阪の橋下市長などが批判するようになりましたが、中国や韓国が恐れているのは、自国の歴史教育のデタラメさがばれて国民の不満が爆発するのが怖いのだろう。

問題なのは日本国内に韓国や中国の歴史観に迎合する反日勢力がある事であり、代表的なのが朝日新聞であり、歴史教科書の書き換え問題や従軍慰安婦問題などは朝日新聞が捏造して外交問題化させたことだ。その後朝日新聞の虚偽報道がばれて朝日新聞は問題をすり替えていますが、朝日新聞が韓国の歴史観に迎合すること自体がおかしなことだ。

その後も朝日新聞は論説委員が「竹島を韓国にあげてしまえ」と言ってみたり、韓国の反日世論を煽り立てている。最近では韓国の反日の実態が分かるにつれて、黙っていたのでは韓国の反日が収まらないと見て、反論するようになってきましたが、最近の若い韓国人は近代史の事が良くわからなくて歴史教科書以上の事が分からない。

韓国人が戦前の本などを読めれば戦前の事が分かるのでしょうが、若い韓国人は戦前の新聞や本を読むことができない。ハングルしか読めない若い韓国人は反日マスコミや政府の言う事しか信ずることしかできない。日本人は戦前の新聞などや本などを持ち出して反論しても韓国人は感情的になるだけで半狂乱になるだけだ。サッカーの試合などでの選手たちの反日行動は理解に苦しむ。

日本人は青山里戦闘の事はほとんど知りませんが、韓国では対日独立戦争の一つとして大々的に教えているらしい。日本側の記録では11人の死亡が確認されているが韓国の歴史教育では1200人の日本兵を戦死させたという事になっているらしい。当時の満州では治安が悪化していたから馬賊討伐など行われていましたが、金日成も独立戦争の英雄なのでしょうが実際には日本軍によるゲリラ退治の一つでしかない。

ネットで調べればわかりますが、韓国政府とマスコミが作り上げた創作に過ぎない。


韓国の歴史歪曲「青山里の戦い」・・親日作家を起訴

韓国史観で解説すると以下のようになります。

 <青山里戦闘>

 1920年、金佐鎭将軍が指揮した韓国独立軍が
 和龍県三道溝青山里白雲坪渓谷で
 独立軍討伐のために進軍して来た日本軍一個連隊を撃破した戦い。

 日本軍の戦死者は
 連隊長1名、大隊長2名を含む1254名、負傷者は200名余り。
 独立軍側は戦士1名・負傷2名・捕虜2名。
 独立軍の輝かしい勝利だった。


で、史実はこうなります。

 <間島出兵・青山里の戦い>

 1920年10月、日本軍が
 青山里と呼ばれる東満洲の長白山東北麓の密林地帯で、
 独立軍と総称される朝鮮人武装集団と交えた戦闘。

 10月2日、琿春を馬賊が襲撃し、
 領事館警察署長を含む日本人13人が殺害される事件が発生した。
 これをきっかけに日本政府は間島への出兵を決意し、
 ゲリラ掃討を開始。

 日本軍は朝鮮人武装組織と戦い、これを討伐した。
 間島出兵における日本軍の戦死者は11名、
 武装組織に与えた損害は1100名。
 他に900名を逮捕・帰順させた。


この「青山里の戦い」ってのは
韓国の歴史歪曲のモデルケースです。

いわば韓国人の願望が生んだ歴史創作であり、
あの国の歴史認識の象徴です。