株式日記と経済展望

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「ルーベルトの開戦責任」 ハル・ノートを「最後通牒」だと考えていた
ことは明らかである。スチムソン自身の日記にそう書き留めてある。


2014年10月15日 水曜日

ルーズベルトの開戦責任: 大統領が最も恐れた男の証言 ハミルトン・フィッシュ(著)

15章アメリカ参戦までの道のり一隠された対日最後通牒

国民も議会も、日本に「最後通牒」(ハル・ノート)が発せられていることを知らなかった。

ルーズベルト大統領が日本に最後通牒を発したのは一九四一年十一月二十六日であった。この通牒は日本に対して、インドシナから、そして満洲を含む中国からの撤退を要求していた。これによって日本を戦争せざるを得ない状況に追い込んだのである。この事実をルーズベルト政権は隠していた。しかしこれは紛れもない歴史的事実である。

元来イギリスは、日本に対する外交政策は宥和的であった。それが変わったのは一九四一年六月二十二日のヒトラーによるソビエト侵攻以降のことである。チャーチルは極東における大英帝国の利権を守るとFDRから約束されたのだ。日本との戦争を起こすための役者に不足はなかった。チャーチル、スターリン、オーウェン・ラチモア、スチムソン、ラクリン・カリー等。これがわが国を裏口からあの大戦に導いた役者の顔ぶれである。

最後通牒であるハル・ノートは真珠湾攻撃以降も意図的に隠された。最後通牒を発した責任者はもちろんFDRである。日本の対米戦争開始で喜んだのはスチムソンでありノックスであった。彼らは根っからの干渉主義者であり、日本と戦うことになるのを喜んだ。もちろん戦いの始まりはもう少し遅くしたかったに違いない。フィリピンでも真珠湾でも、もう少し軍備増強したいと考えていたからだ。ルーズベルトもスチムソンもハル・ノートを「最後通牒」だと考えていたことは明らかである。スチムソン自身の日記にそう書き留めてある。関係者の誰もが日本に残された道は対米戦争しかないと理解していた。わが国はこうして憲法に違反する、議会の承認のない戦争を始めたのである。アメリカは戦う必要もなかったし、その戦いを(アメリカ国民も日本も)欲していなかった。

最後通牒を発する前日の十一月二十五日の閣議に参加していたのはハル、スチムソン、ノックス、マーシャル、スタークである。FDRが指名し登用した者ばかりであった。「どうやったら議会の承認なく、また国民に知られることなく戦争を始められるか」。彼らの頭の中にはそれだけしかなさらかった。私はFDRと同政権幹部の行なった隠蔽工作を白日の下に晒さなければ気がすまない。アメリカ国民は真実を知らなければならない。

ここまで読み進まれた読者は、日本に対する最後通牒を、国民にも設会に知らせることなく発した者の責任を容赦なく追及すべきだとの私の考えに同意してくれると信じている。そして同時に罪を着せられたキンメル提督とショート将軍の潔白も証明されなくてはならない。ハルゼー提督がいみじくも述べているように、この二人はスケープゴートにされたのである。三千人にもなろうとする真珠湾攻撃での犠牲者に対する責任を本当に取るべき人間はほかにいた。この二人の軍人が身代わりにされたのであった。

キンメル提督は後年、GDRを歯に衣着せぬ厳しい調子で糾弾している。

「ルーズベルト大統領と政権幹部の連中が悪意をもつて真珠湾を守る陸侮軍を裏切つた」(原注 一九六六年十二月十二日ニューズウィーク誌)

「FDRがその企みの中心人物である。彼が日本艦隊の動向をハワイに知らせるなと命じたのである。日本の動きをマーシャルには知らせていた。しかしFDRはマーシャルにも絨口令をひいた」(原注 一九六六年十二月七日ニューヨーク・タイムズ紙)

日本に対する最後通牒(ハル・ノート)が通告されたのは真珠湾攻撃の十日前であった。この最後通牒が日本軍の攻撃を誘引したのは当然の成り行きであった。真珠湾に船体を横たえる戦艦アリゾナは命を落とした千人の水兵の墓標である。同時にあの最後通牒の存在を、今を生きる者たちに伝える遺産でもある。真珠湾で戦死した海軍や陸軍の兵士が戦争を始めたわけではない。始めたのはルーズベルトらのワシントン高官である。

FDRは大統領であると同時に軍の最高司令官でもあった。州兵も彼の管轄である。彼の真珠湾攻撃にいたるまでの二年間の行動は、わが国をドイツとの戦いに巻き込もうとするためのものであった。アーサー・クロックはニューヨーク・タイムズ紙(ワシントン支局)の記者であったが、FDRに次のように述べている。

「あなたは一九三七年の『隔離演説』以来、日本にはとにかく冷たく、そして辛くあたった。その結果、日本を枢軸国側に押しやってしまったのである」

日本が枢軸国側に走ったことは大変な脅威となった、ナイ上院議員は次のように嘆いた。

「日本が枢軸側についてしまったのは、わが国外交の拙策の結果である、日本には向こう側についてもらっては困るのである。日本はアメリカ国務省の強引な対日外交の結果、そうせざるを得なかったと主張した」

日本はわが国との戦いを避けるためには、ほとんど何でもするというような外交姿勢をとっていた。ベトナムからは米、天然ゴム、錫などが必要だった。日本のベトナムヘの進駐はフランスのペタン政権の了解を得た上でのことであった。言わずもがなのことであるが、もしオランダが日本に対して石油の供給を拒めば、日本は蘭印(インドネシア)に進駐するであろう。日本が生存するためには致し方がない。日本は元来フィリピンなどを含む南方地域には関心がなかった。しかし石油だけは違った。石油なしでは日本は生きていけない。商船も軍船も機能不全に陥ってしまう。

近衛(文麿)首相は和平を希求していた。ワシントンヘでもホノルルヘでも出かけて行ってFDRと直接交渉することを望んでいた。わが国の要求に妥協し、戦いを避けるための暫定協定を結びたいと考えていた。しかしルーズベルトは近衛との会見を拒否し続けた。日本に戦争を仕掛けさせたかったのである、そうすることで対独戦争を可能にしたかった。

駐日大使のジョセフ・グルーは日本がどれほど和平を望んでいたかを知っていた。だからこそ直接交渉すべきだとワシントンに献言した。FDRは、そして彼をとりまく干渉主義者たちは(会見を拒否し)、姦計を弄し、わが国を戦争に巻き込んだのであった。わが国はあの戦争を戦うべきではなかった。、不要な戦争であった。先述のアーサー・クロック記者はFDRの対日禁輸政策を責めている。

イギリスが日本に対して禁輸などすれば、東アジアの植民地の防衡などできるはずはなかった。香港も、シンガポールも、マラヤも、北ボルネオもイギリスは守ることなどできない。それにもかかわらず、米、石油、錫など日本の必要とする商品の供給を止めたのである。そうした原料の輸入が止まってしまえば、日本は一等国としての地位を保全できなくなる。

たしかに日本は中国との間で宣戦布告なき戦いを四年にもわたって続けていた。しかしソビエトも、日本と同じようにフィンランド、ポーランドそしてバルト三国に侵攻しているではないか。わが国はそのソビエトには何も言わず同盟関係を結んだ。これに比べ日本は満洲を除く中国そしてベトナムからの撤退も検討していた。南下政策は採らないという妥協の準備もあった。あれほど強力な国である日本にこれ以上の条件をわが国は要求できただろうか。天皇裕仁も近衛首相も和平維持のために信じられないほどの譲歩をしようとしていたのである。

日本は小さな国である。人口は八千万ほどで、その国土はカリフォルニア州にも満たない大きさである。日本は天然資源が乏しく、その上、つねにソビエトの脅威に晒されていた。天皇は道義心にあふれていた。そして平和を希求していた。彼を取り囲む軍国主義者を牽制していた。日本との戦いは不要であった。両国とも戦いを望んではいなかった。わが国は日本と戦って得るものは何もなかった。中国はアメリカの友好国であったが、その中国でさえも結局は共産主義者の手に渡ってしまったのである。

イギリスの失ったものはわが国の比ではない。中国に持っていた利権はもとより、マラヤも、シンガポールも、ビルマも失った。インドもセイロンも失った。蒋介石はオーウェン・ラチモアから不適切なアドバイスを受けた。日本の中国からの撤兵を条件にした暫定協定の締結に反対した。日本の撤兵が実現していれば、蒋介石の中国支配が可能になっていた。それができていれば、蒋介石の中国はアメリカの友国として十分な武器の供給を受け、中国共産党の勢力と対抗することができたはずである。

民主主義国家では自由な言論が世論を形成する。繰り返しになるが、一九四〇年から四一年にかけての世論はアメリカが戦争に巻き込まれるのを嫌っていた。九七パーセントが参戦に反対であった。ヒトラーのポ・ランド侵攻でその割合は若干滅ったものの、日本の真珠湾攻撃までは八五パーセント程度で推移したのである。

ここで歴史の「if」を考えてみたい。もしも日本の真珠湾攻撃がなかったら、歴史はどうなっていただろうか。私は日本との間で、相互に納得できる妥協が成立したと確信している。日本の交易の権利を容認することで、中国およびインドシナから日本軍を撤退させることができたと考えている。そうなれぱ日本はフィリピンとも蘭印とも貿易が可能になったはずである。

コーデル・ハル国務長官のメモワールは史実を探る絶好の資料である。もちろんこのメモワールは長官自らの、そしてFDRの開戦責庄を隠そうとしているところがあるので注意が必要である。日本の真珠湾攻撃を話題にする場合、必ず「破廉恥な」という形容詞がつけられる。FDRの「恥辱の日」演脱があるため、そうせざるを得ないのだ。戦いが始まったころ、真珠湾攻撃を語るときは誰もがこの形容詞を使った。私もそうであった。しかし現実はそう簡単なものではない。私は、日本が真珠湾を攻撃したのは最後通牒(ハルノート)を突き付けられたがゆえであることを明らかにした上で、なぜわが国は真珠湾攻撃を日本の「破廉恥な」行為として語り続けなければならないかを明らかにしたい。そこには秘められた悪意が存在している。

日本に対する最後通牒が日本の野村(吉三郎)駐米大使に手交されたのは一九四一年十一月二十六日のことであった。その通牒は日本のすべての軍隊の中因およびインドシナからの撤退を要求していた。軍隊だけでなく警察の撤退までもが条件であった。中国という表現には満洲も含んでいた。この通牒を前にした日本は壁際に追い詰められたネズミであった。戦う以外の道が残されていなかった。そうしなければ、日本の指導者は自殺を迫られたか、暗殺されたに違いない。

ハル長官のメモワールでは十一月二十五日の閣議の模様は語られていない。しかしスチムソン陸軍長官はメモを残していた。ごの日の議題はいかに日本を挑発して彼らに砲撃の最初の一発を撃たせるか、ということだけであった。この翌日にハル長官は、日本との暫定協定を結ぶことや、九十日間頭を冷やす期間を持つという考えさえも捨て去った。その結果、あの破廉恥な最後通牒を野村大使に手交したのであった。

この通牒の存在は真珠湾攻撃の後になって明らかにされた。そしてそれにはほとんど注意が向けられなかった。そのためにこの事実を知るアメリカ国民はほとんどいない。FDR攻権幹部は日本が警告なくわが国を攻撃することを知っていたのである。わが国の軍の高官は十一月二十六日の段階においても日本との戦いに反対していた。このことは記しておかないと彼らにフェアではないだろう。この日の午前中に開かれた陸海軍合同会議で、インガソル提督は拙速に日本との戦いを始めることに反対していた。しかし合同会議の見解がFDRやハル長官に考慮されることはなく、この日の午後に最後通牒が野村大使に手交された。

ハル・ノート手交の際に野村大使は来栖三郎(特派)大使を同伴していた。来栖はニューヨーク総領事や駐ベルリン大使を歴任していた。野村大使はかつて海軍提督であり、わが国の女性と結婚していた。それだけに、彼がわが国との友好の維持を望むことひとしおであった。ハル・ノートに目を通した来栖大使は「本当にこれがわが国の暫定協定締結の望みに対する回答なのか」と念を押している。ハルはそれに対して、口を濁したような言い方であったが否定はしなかった。来栖は、これは交渉終了を意味するものにほかならないと返している。来栖にとっても野村にとってもハル・ノートは最後通牒であった。これによって戦争は避けられないものになった。

日本の軍国主義者はわが国を嫌悪していた。そういう人々でさえ、わが国の潜在的な軍事力をしっかりと認識していた。彼らの名誉が維持できる条件さえ見つかれば、わが国との戦争を避けようとしていた。彼らはそれを実現するために、(実質的に)どんな条件でも呑む姿勢であった。何とか九十日間の交渉猶予期間だけは実現したいと考えていた。

ハル国務長官は野村大使との交渉を八ヵ月にわたって続けていた。陸海軍がフィリピンなどの極東地域で軍備増強するための時間稼ぎであった。ハルはメモワールの中で、この時間稼ぎは陸海軍からの要請に基づいたものであると記している。この時間稼ぎ戦術は日本側に感づかれている。だからこそ日本政府は交渉期限を十一月二十九日と決めざるを得なかった。ハルは、日本が戦争か平和かの決着を迫られる土壇場に追い込められていたことを、解読していた外交暗号文書を通じて知っていた。

ハルは日本との暫定協定締結交渉に関わり続けてきた。その協定が成立すれぱ、ただ単に日本との戦争の日を遅らせるのみならず、対日戦争そのものを避けることができた。無用な戦い、莫大なコストを要し、多くの人命を奪う日本との戦争。それを避けることができたかもしれない。しかし日本との協定締結にチャーチルも蒋介石も反対した。その意思はFDRに伝えられた。

このころ、共産主義に理解を示すラクリン・カリー補佐官は、蒋介石の顧問で共産主義が大好きなオーウェン・ラチモアから至急電を受け取っている。どのような条件であっても日本との和平協定には反対であり、米日戦争を願っているという内容であった。チャーチルも、もし日本とアメリカが戦争になれば、アメリカは自動的に対独戦争に参入するだろうと考えていた。二人の思惑は、アメリカに日本とはどのような暫定協定をも結ばせない方向に作用した。

ルーズベルトは、自身の持つ大統領権限を最大限に使い、わが国民を欺いたのである。対日最後通牒の存在を国民にも、そして議会にも隠し通した。その存在が漏れたのは真珠湾攻撃以後のことである。なぜFDRは黙っていたのか。意図的に黙っていたのである。キンメル提督とショート将軍の責任を追及する軍法会議は党派性のないやり方で進めるべきであるとの議会の要求を拒否したのはFDRであった。その理由ははっきりしていた。公正な調査が行なわれれば、対日最後通牒の存在が明かされる。FDR自身が密かに日本を挑発していたことが露見してしまう。そうなることを恐れたのである。

対日最後通牒の存在は議会には知らされていなかった。FDR政権の高官の中でもそれを知らされていたものは少数であった。ところがイギリスのチャーチルや英軍高官は何もかも知らされていたのである。FDRはわが国を戦争に追いやった。真珠湾の三千人にのぼる海軍の犠牲者、アメリカ海軍史上稀にみる惨事。この責任はFDRにある。それは日本を挑発した最後通牒をわが国民の目から隠したのがFDRだからである。それはわが国最悪の隠蔽工作だった。テヘラン会談でポーランドヘの約束を踏みにじったやり方と同じであった。

FDRが巧妙に隠してきた秘密はまだある。それが赤裸々に明かされるまでには、まだまだ時間がかかるだろう。たとえばFDRが一九三九年から続けてきたチャーチルとの千七百回にも及ぶ交信記録はまだ公開されていない(訳注 先述のタイラー・ケント事件についての解説を参照されたい。一九三九年時点での首相はチェンバレンであり、チャーチルは海軍大臣である。一介の大臣と大統領の直接交信がなされたことには疑惑の目が向けられている)。

また日本の暗号「東の風」の意味するところをすでに解読していた事実も隠し通した(訳注日本の暗号「東の風」の意味するところは「対米交渉決裂」であった)。FDRは最後通牒による挑発で日本が軍事行動に出ることを知っていた。彼の狙いはそれであった。ハル、スチムソン、ノックス、マーシャル、スターク。この誰もが日本が警告なしの軍事行動を始めることを知っていた、彼らこそが米日戦争を仕掛けた張本人である。もちろんこの策謀の首謀者はFDRである。わが国にはイギリスが好きでたまらないという勢力がある。大英帝国のためであればアメリカは火中の栗を拾うべきである。そう信じている者がいる。大英帝国は極東にも数々の植民地を保持していた。一方でわが国は日本を牽制した。彼らが必要とする米、石油、天然ゴム、錫といった資源を近隣諸国から購入することさえも妨害した。わが国のこのような外交姿勢を理解することはいまだに不可能である。

日本人は感受性が強く、誇り高い民族である。国家に対する忠誠心が高く、名誉を重んじ、国を愛する民族である。(真珠湾攻撃の)三十五年ほど前にはロシア艦隊を(対馬沖海戦で)屠っている。日本陸軍はロシア軍を満洲から駆逐した。中国との四年にわたる戦いで、中国の沿岸部、主要都市、そして全満洲は日本の占領下にあった。当時の日本は極東における大国であった。

今日(訳注 一九七六年)、日本は東洋におけるわが国にとって最良の友邦であり信頼に足る国である。かつての同盟国ソビエトは敵国に成り下がった。世界全体にとっても自由を脅かす敵国に変貌した。逆に米日両国の関係は友情を鑓として結ばれた。その友好関係は自由と民主主義を理念とした強固なものである。日本人はあの戦いを最後まで勇敢に戦った。二度と米日両国の間に戦いがあってはならない。

米日両国は二つの偉大な国家、つまり自由と互いの独立と主権を尊重する国家として手を携えていかなければならない。日本が攻撃されたらわが国は日本を防衛する。それがわが国のコミットメントであり、世界はそのことを知らなければならない。

私は一九七一年四月十四日付のニューヨーク・タイムズ紙の報道に深く感ずるところがあった。同紙はカリフォルニア州サンノゼ市長選に日系のノーマン・ミネタ氏が勝利し、日本人の夫人とともに喜んでいる様子を伝えていた。彼には子供のころに二年間、日本人強制収容所で暮らした経験があった。ミネタ氏がアメリカの大都市の市長として選出された初めての日系人となったのである。

陸軍長官のヘンリー・スチムソンは狂信的なところがある愛国者であった。だからこそ、FDR(政権)には、参戦する権利があると信じていた。参戦には議会の同意はいらないと考え、どんな姑息な手段を使ってでも参戦することが正義であると考えていた。彼がどのように考えていようが、もし大統領が姦計を弄したり密約をもって議会の同意なしの戦争を始めたりしたら弾劾されなければならないのである。

スチムソン長官がFDRと、その後の対日政策を協議したのは、ハル・ノート手交の二日後のことである(十一月二十八日)。この時点でEDRは、最後通牒を受けた日本が直ちに軍事行動を起こすかどうかはわかっていなかった。そのため、FDRは、さらに最後通牒の性格を持たせる文書が必要であるかを確認したかった。つまり、アメリカが対日戦争を仕掛けることになる条件をより明確にすること、あるいは、そんな面倒なことをせずとも対日戦争がアメリカ側から一方的に仕掛けられないかを検討していたのであった、ここで注意しなくてはならないのは、「最後通牒の性格」という言葉が使われていることである。(このことはハル・ノートそのものが最後通牒の性格を持っていたことをFDRが認識していたことを示すものである。)

スチムソン長官は、後者の案、つまりアメリカ側から攻撃を仕掛けることも考えていた。スチムソンもFDRも、アメリカ世論などどうでもよいと考えていたのである。議会の考えも憲法の規定も彼らにとってはどうでもよかったのである。スチムソンは日本嫌いの男であった。一九三一年に満州事変が発生したが、そのとき彼はフーバー政権の国務長官であった。対日戦争を始めてしまえという考えを持っていたが、フーバー大統領に戒められている。

FDRもチャーチルも日本と戦争を始めることで、わが国を対独戦争に参入させたかった。繰り返しになるが、FDRは日本に対して再度「最後通牒の性格を持った文書」を発することまで考えていた。FDRとスチムソンは十一月二十六日の「最後通牒」に日本がすぐに反応しなかったことから、(この時点で)第二の「最後通牒」でさらに日本を追い詰める(挑発)ことを検討していたのである。

しかし第二の「最後通牒」は不要であった。ハル・ノートだけで十分であった。ハル・ノートを発する決定をした六人のメンバーが想定していたとおりのことが現実になった。日本に対米戦争を決断させ、その数日後にはドイツ、イタリアも対米戦争を決めたのである。その結果わが国は四千億ドルにものぼる戦費を無駄にした。そして百万人の戦死傷者を出してしまったのである。

ハル・ノートが天皇の下に届けられたのは十一月二十七日朝のことであった。当然ながらこの文書は最後通牒だと理解された。日本にすべての陸海軍兵力と警察を「中国」から引き揚げるよう要求していた。さらに蒋介石政権以外を支援することを禁じていた。また三国同盟の破棄をも要求するものであった。日本は「中国」の定義に満洲が含まれていると理解した。満洲については、日本は絶対にこれを手放さないと決めていた。もし「中国」に満洲は含まれないというのであれば、ハル国務長官はそのように明確に記しておくべきであった。

あの「最後通牒」が何を引き起こすのか。それを理解することは容易である。日本の歴史、制度あるいは日本人の心理に詳しくなくてもすぐにわかることである。彼らは三つの結論を出した。一つは、どのような政権であれ、ハル・ノートを受け入れれば政権は崩壊するということである。二つ目は、ハル.ノートに示された過激な要求で、太平洋地域の和平の維持を目指す米日の会談はもはや望めないということである。そして三つ目は、ハル・ノートを受けた日本は、もはや宣戦布告なくして対米戦争をいつ始めてもおかしくないということであった。


(私のコメント)

この本の著者であるハミルトン・フォッシュ氏は戦前戦中のアメリカ共和党の重鎮であり、FDRの政敵と呼ばれた議員であり、アメリカの外交議員団の団長もつとめた事もあり、ナチスドイツの外務大臣のリッペントロップとも会談している。またルーズベルトの開戦演説でも共和党を代表して演説している。

この本を読んで感ずるのは、日本の政治家におけるアメリカの連邦議会議員とのコネクションの無さであり、フォッシュ議員と日本の政治家との接点が無いことが分かる。近衛首相にしてもFDRとの会談が無理なら共和党の議員などとの会談が出来なかったのだろうか? 

情報交換するだけでもアメリカ側の考え方も分かったのでしょうが、アメリカは非干渉主義で戦争に反対する議員がほとんどであった。しかしFDRと数人のメンバーによって日本は外交的に追い込められて行った。FDRは国会の承認なしに戦争できる手段を考えていた。

その為には日本から先制攻撃される必要があったが、アメリカのスパイと思われる山本五十六が真珠湾攻撃を計画した。アメリカはその陰謀がばれるのを恐れて山本五十六をおびき出して暗殺しましたが、戦略的に見ても愚策であり、EDRに踊らされてしまった。

フォッシュ氏が指摘するようにハルノートは「最後通牒」であり、FDRの議会における開戦演説はまやかしである。アメリカ人の99%はハルノートの事は知らない。これは条件付きの宣戦布告でありFDRの「だまし討ち発言」はFDRの方が騙していた。騙されたのはアメリカ国民でありアメリカ議会だ。

FDRはポーランドを騙しフランスを騙し大英帝国を騙して開戦させた。その結果ポーランドはソ連の支配下になり、フランスと大英帝国はアジアの植民地を失った。チャーチルも結局はFDRに騙されて大英帝国は終焉した。FDRは大英帝国のアジアの利権を保証していたからだ。しかしそれは反故にされた。

しかしFDRもスターリンに裏切られて中国や東欧の共産化を許してしまった。ヤルタ会談の密約はFDRとスターリンの二人の密約であり、FDRは共産主義者のスパイに取り囲まれていた。ハルノートもハリーホワイトというスパイが原案を作ったものだ。もっとも山本五十六もハリーホワイトもスパイであるという自覚は無く踊らされていたようだ。

大東亜戦争はまだ終わってはいないのであり、思想戦や言論戦争が残っているのであり、アメリカ内部からも思わぬ味方が現れてきた。二つの世界大戦にアメリカがはたして参戦する必要があったのだろうか? そして数百万人の戦傷者を出した。しかしそれでアメリカは得るものがあったのだろうか?




大手企業の取締役には、事業の立ち上げや新商品開発を
した人が誰もいない。管理系の人達ばかりが出世した。


2014年10月14日 火曜日

失われた20年で大企業から“本当の商売人”が消滅!?日本企業を覆う「お金を使えない病」 10月14日 秋山進

“お金を使った経験”のない取締役が飛びつく
安易なM&Aは悲惨な結果に

?皆さんのなかに、会社のお金を“どーん”と使った経験のある人はどのくらいいるだろうか。実は、かなり少ないのではないかと思う。さらに、「いま10億円使えるとしたら、何に使う?」(1億円でも5000万円でも構わないが)と聞かれて、即答できる人はいるだろうか。これまたほとんどいないと思う。

?一部の業種を除いて、日本企業のほとんどが、現在、“お金を使えない病”にかかっている。お金を稼ぐ人も、倹約する人もたくさんいるのだけども、“お金を使う人”がいないのである。明日の成果を得るためには、今日そのための準備をしなくてはならない。にもかかわらず、あらゆるレベルで無駄が削られ、お金を使う経験をせずに管理職、そして経営幹部になっていく。経験が乏しいと、何が生きたお金の使い方で、何が死に金かの区別さえつかない。実体験に基づいたお金を適切に使う技術を習得する機会がなかったのだから仕方がないとも言える。

?ここで言う、お金を使うとは、定常的な業務以外のところの、将来性のあるビジネスに“張ってみる”ことや、大きな投資で“賭けてみる”、世間の耳目を集めるプロモーションなどで“傾(かぶ)いてみる”ことだ。新しい事業や顧客の新しい欲望を生み出すためには、市場に新たな旗を立てるべく、何らかの形でお金を使っていかないとことには始まらない。

?ある大手企業の取締役には、事業の立ち上げや新商品開発、注目を浴びる仕事をした人が誰もいない。バブル崩壊後の20年は、後ろ向きの仕事や守りの事業展開が長かったために、既存事業を堅実に実行してきた人や管理系の人達ばかりが出世したのである。

?しかしあるとき、さすがに新規事業に乗り出さないとマズイということになり、巨額の予算をつけ事業開発担当役員を選任すると決めた。そこまでは良かったものの、どうしたら事業が生まれるか、何に投資すればよいか誰もわからないため、全員が担当役員になるのを嫌がった。事業開発担当役員というのは、ババ抜きの“ババ”のような存在になったのである。(中略)

?面白い情報は、面白いことをしている人のところに集まるものだ。「面白い情報ありませんか?」などと言ってくる人のところに、いい情報はやって来ない。商売センスのある人は、情報感度が高いので、いろいろなところで勝負を“張る”ことができる。ニーズがわかるから、人やビジネスを“つなぐ”こともできる。情報をもとに“賭ける”こともできるし、逆に雲行きが怪しくなればいち早く“逃げる”こともできる。

?つまり、本来の商人とは、「始末」「算用」という地道で確実な真面目な面と、「才覚」という賭け要素も強く不真面目な面とを併せ持った人のことなのである。言い換えれば、慎重かつ大胆、実直かつ抜け目ない、ちょっとした多重人格性が必要なのだ。今の大企業の組織では、こういう多重人格性を持つ人は生き残れない仕組みになっている。

「お金は使ったら無くなる」のか、
「お金は使わないと入ってこない」のか

?このように偉そうに言ってはみても、私自身もいまだに、張れないし、傾けないし、(そもそも無いからではあるが)賭けられない。やはり「お金を使えない」のである。どうも我が家がサラリーマン家庭であり、「お金は使うと無くなるから倹約しなさい」と教わって育ったことが大きいのではないかと考えている。

?30代前半に独立したころ、すでに起業し成功していた先輩に会社の数字を見てもらったことがある。パッと見て言われたのは、「お金を使っていないからダメだ」という言葉だった。コンサルティングのような仕事をしていると、資料代以外にはあまり大きな額が出ていくことはないから、最初は意味がわからなかった。先輩が言うには、「人と食事したり、いろんな地域を見て回ったり、自己研鑽に励むべく研修に出るようなことにお金を使ってないということは、投資してないということだからすぐに行き詰まる」というのである。確かにそうだと思った。(後略)



(私のコメント)

昨日の続きになりますが、サラリーマンを長い間やり続けると人物が小さくなって事なかれ的な人物になってしまう。協調性ばかりがあって、そんな人物ばかりの会社になると会社全体が活性化が失われて行く。名のある日本のシャープやソニーなどの大企業が新興国にお株を奪われて行く。

情報家電産業も成熟化が進んだからと言う意見もあるが、日本企業はアイパッドもアイフォーンも作り出す事が出来なかった。電気掃除機ですらダイソンやロボット掃除機で先を越されてしまった。日本企業はバブル崩壊以降はリストラや経費節減で技術者を首にして新規開発投資は削られてきた。

20年間もそんな事ばかりやって来たから、世界に輸出するような新商品が出来なかった。だから円安になっても輸出は増えない。工場を海外に移転させてコストを下げる事ばかりやってきた。海外のメーカーでヒット商品が出来るとそのまねをして類似品を作ってきた。LEDテレビも韓国のメーカーに先を越されてしまった。

日本メーカーも既存の技術を生かして新商品が作れると思うのですが、そのような経験のある管理職がいなくなってしまった。だから日本企業は200兆円も内部留保を貯めこんでばかりいて新規投資が出来る経営者がいなくなってしまった。サラリーマン重役だからカネが使えないのだ。

新規事業と言っても日頃からアンテナを張って情報を集めなくてはならないから、社内の事ばかりでなく社外でも積極的に出て行って情報を集めなければならない。新規事業と言っても10人の重役のうち10人が反対するような新規事業でないと大成功は難しいだろう。誰もが賛成するような新規事業は他からも参入して来るからだ。

欧米などでは経営者も外部からスカウトして来ることが多いが、日本でもそろそろ経営者を外部からスカウトしてくる会社が出てくるようになった。会社から生え抜きで社長にしても堅実ではあるが思い切った事が出来ない経営者ではじり貧になってしまう。

日本経済が80年代で頭打ちになったのは、戦後に起業した経営者が引退し始めたからであり、オーナー社長が少なくなってしまったからだ。サラリーマンは何から何まで上司の指示を仰いで仕事をするから自分で判断する事が出来ない。事なかれで出世した社長では自分の任期を全うするだけだ。

新規事業を軌道に乗せるには時間もかかり10年以上かかる事もある。しかし10年も社長を続けられる事はめったにないから新規事業は上手く行かない。せいぜいできる事は本社ビルを建てて立派にする事ぐらいですが、その頃が会社の頂点であり後は衰退の一途をたどる事になる会社が多い。

新規事業が軌道に乗るには早くても10年はかかるから、独立起業するには30代で独立起業しないと軌道に乗せられない。私のようにビルやアパートを建ててもローンの返済を終えて次にかかるには30年はかかる。定年退職した人が退職金でアパートを建てても失敗する事が多いのは情報が少ないからだ。

私から見て財務官僚がバカに見えるのはサラリーマンだからであり経営者としての経験がないから増税すれば税収が増えると思い込んでしまう。経営者なら新規投資をして売り上げを伸ばそうと考える。サラリーマンだとどうしても貯蓄倹約が先に立って投資が出来ない。




日本で人気のある「人口減少が経済成長を妨げている」
という説は、世界を見る限りまったく説得力がない。


2014年10月13日 月曜日

2050年、日本は先進国でなくなっている!?「経済成長不要論」の行き着く先 10月13日 高橋洋一

『母をたずねて三千里』というアニメをご存じだろう。130年前、イタリアからアルゼンチンに出稼ぎに出た母を訪れる物語だ。今ではアルゼンチンを先進国と思う人はいないだろうが、当時は出稼ぎを受け入れる立派な先進国だった。

かつて筆者がプリンストン大学で学んでいたとき、クルーグマン教授が面白い話をしてくれた。クルーグマン教授は、しばしば「研究対象としては、日本とアルゼンチンが興味深いね。日本もアルゼンチンも病理学的見地≠ゥら他に類を見ない面白い例なんだ」と言っていた。

日本がアルゼンチンとなぜ同じなのかという真意については、「(経済学者の)クズネッツが言ったが、世界には先進国・途上国・日本・アルゼンチンの4種類の国しかない。先進国と途上国も固定メンバーだ。例外として、日本は途上国から先進国に上がったが、アルゼンチンは逆に先進国から途上国に下がった。その意味で、両国ともに面白い」と。

金融緩和の効果打ち消した消費増税の愚

人口が減少する中で、日本は成長より成熟を目指すべきだとする論者は多い。特に左翼系の知識人がよく言う。かつて日本が高度成長の時代、成長は揺るぎないものだったので、そのアンチテーゼとして「成長は要らない」という考え方が流行ったが、今でも言っているわけだ。

また、筆者が名目4%成長(実はこれでも控えめ)を言うと、すぐさま、日本はもう成長できないと批判される。かつて、筆者は「上げ潮派」と言われたが、先進国の最低クラスである名目4%を政権内で主張しても、ことごとくはね返されてしまった。先進国でビリラインの名目3%成長ですら、楽観的という烙印が押されている。

最近、4月からの消費増税で再び景気は悪くなったが、その増税前までは、金融緩和の効果によってインフレ率2%、実質2%成長で名目4%成長が手に届くところだった。まったくバカな増税をしたものだ。

本コラムで再三述べてきたように、金融政策の効果がフルパワーになって景気が過熱するまで2年程度は待ったほうがいい。維新の党では、消費増税凍結法案を提出するようであるが、経済状況から、消費増税の根拠になっている消費増税法の付則に書かれている経済条項を根拠として、凍結法案を出すのが筋である。

成長できないという主張の人たちは、ここ20年間の日本はさぞかし居心地がよかっただろう。しかし、金融緩和のアベノミクスが登場して今年4月までは成長したので不愉快だった。そして、消費税増税後はまた気分がいいようだ。

たしかに、4月までは好調だった。以下の図は、2012年10-12月期比で見た各期の実質GDPの増加額とその内訳だ。

今年1-3月期は消費増税による駆け込み需要、4-6月期はその反動減とそれ以上に大きい消費増税による需要減になっている。これから、消費増税がなかった場合の金融緩和効果と財政政策効果をおおよそ推計できる。

今年1-3月の民間消費と民間投資が2013年10-12月期並であったとしてみよう。その場合、2013年1-3月期から2014年1-3月期までの5四半期で実質GDPは15.4兆円増加している。そのうち、民間経済(民間消費、民間投資等、純輸出)はその65%を占め、残り35%は政府支出になっている。これは、金融政策は民間経済に効くわけなので、その効果が10兆円増となって、財政政策の効果が5兆円程度であると考えることができる。

それ以前の、最近20年間は本当に酷かった。なにしろ日本は、名目GDP、実質GDP、一人当たりGDPのどれをとっても、世界の中でほぼビリの伸び率だった。先進国でビリではなく、世界の中でほぼビリだったのだ。そのため、その成長実績のために、何を言っても成長できないと言われたものだ。

もし、ここ20年間の伸びのまま2050年まで行くとどうなるだろうか。今の日本の一人当たりGDPは4万ドル程度で、世界で20位程度だ。先進国とは、基本的には一人当たりGDPが1万ドル以上の国を言うので、日本は立派な先進国である。ところが、ここ20年間で日本の平均伸び率は0.8%で、世界でほぼビリ。そのまま2050年になると、日本の一人当たりGDPは5万ドル程度だ。

アメリカは3.6%の伸びなので、一人当たりGDPは今の5万ドルが19万ドルになる。ユーロでは3.8%の伸びなので、今の4万ドルが15万ドルになる。
世界の平均の伸び率は4.3%程度である。となると、今の1万ドルは2050年には5万ドルになる、

つまり、今のままであれば、日本は2050年には先進国とは言えないだろう。

成長は「マネーの力」で実現できる

経済成長は、ボウリングのセンターピンと同じだ。センターピンを第一投で倒せばスペアも容易だし、ストライクの可能性もある。センターピンを第一投で倒さないと、ストライクはまず出ないし、スペアを取ることも格段に難しくなる。これと同様に、経済成長はすべてとは言わないが、多くの経済・社会問題の解決に有効である。

例えば、経済成長によって、経済的理由の自殺はかなり救えるし、強盗問題も少なくなる。ちなみに、筆者は学生時代にボウリングにはまり、パーフェクト・ゲームも経験したので、この例えを好んでいる。

また、所得再分配問題・格差問題でも、成長した上でパイを大きくしたほうがより対応が容易になる。成長なしの分配問題は、小さなパイを切り分けるように難しいものだ。もう一枚パイがあればいい。

そこで、どうしたら経済成長できるのかという経済学で最重要問題がでてくる。これが解決すると、経済学はなくなるとも言われている最難問で、すっきりとした解はない。ただし、部分的な答えらしきものはだいたいわかる。

人によっていろいろだと思うが、筆者はマネーの力、言い換えれば金融政策を挙げておきたい。今年4月の消費増税までは金融緩和が効いた。もちろん、そうした短期的なことから、長期の答えを出すのではないが、ヒントにはなる。

最近20年間、世界各国の一人当たりGDPの成長率とマネー伸び率を見よう。 

両者は相関関係になっている。相関係数0.5という数字は決して強い相関とはいえないが、こうした関係は他にまずないから、経済成長を説明しうるものだ。もちろん、相関関係は因果関係を意味していないが、各国のデータを個別に調べると、マネー伸び率は1〜2年程度のラグで、経済成長に影響していることがわかる。

ということは、ある意味の因果律となっていると思う。ちなみに、マネーを刷って増やすことや減らすことは金融政策で簡単にできる。このように、人為的に操作できるものが原因となるのは自然な話である。

マネー以外にこうした相関関係のものを探すのはかなり難しい。

日本で人気のある「人口減少が経済成長を妨げている」という説は、世界を見る限りまったく説得力がない。下のグラフが示すように、人口減少でも成長している国は多いし、一人当たりGDPの成長率は人口増減率と相関はないのである。



(私のコメント)

日本の経済成長の停滞を少子高齢化が原因だとする意見は正しいのだろうか? 理論的には正しいように見えても、実際に世界各国を見ても人口が減っても経済成長している国は沢山ある。グラフの左側の14か国ですが、どういう国なのだろうか? 

日本が20年間もGDPが停滞しているのは、国内投資や国外からの投資が見られないからであり、総理などが海外からの投資を呼びかけても、なかなか規制が厳しくて難しく、むしろ撤退する外資も多い。規制の多さがガラパゴス化を招く原因となっていますが、規制は功罪両面ある。

テレビではB−CASカードで日本のテレビ製造業は衰退してしまったし、携帯電話でもSIMロックで携帯電話の国際化に乗り遅れてしまった。確かに規制があれば業界の利益は守られますが国際競争に乗り遅れる。電気自動車ですら規格で囲い込もうとしていますが、このような発想が経済停滞の原因でもあるのだろう。

農業なども規制でがんじがらめの世界ですが、このような規制が日本経済を停滞させている原因でもあるのだろう。もちろん規制には必要な規制もありますが、自由競争を原則にすべきだろう。戦後の間もない頃は規制で日本の産業を守る必要がありましたが、最近では制約になっている規制が多い。

少子高齢化が原因とする理論は、労働人口が減れば経済も衰退するという理屈ですが、機械化やコンピューター化による生産性の向上を無視した議論だ。むしろ消費に少子高齢化の影響が大きく、若者の消費支出は多いが高齢者の消費支出は少なくなる。年金などで収入が限られるからだ。

医学の進歩などによる死亡率の低下と出生率の低下は比例して低下しました。多産多死時代は子供が5人10人も珍しくは無かったが、少子化で子供は2人か3人ぐらいで十分になった。団塊の世代は多産少死化時代の産物であり、戦前の産めよ増やせとの時代から戦後の産児制限の時代の産物だ。

その団塊の世代が65歳以上になり、少子化時代の子供が高齢者を支える形になっている。藻谷氏は「人口宿命論」で経済成長の低下を説明しているが、人口の増加率と経済の成長率は必ずしも正比例しているわけではない。それは一人あたりのGDPのグラフを見れば分かる。

つまり戦後の経済成長は、生産技術の進歩に伴う生産性の向上が経済成長の原因であり人口の増加で経済成長したからではない。つまり工場などの二次産業からサービス業などの三次産業などの生産性の向上が停滞しているから経済成長が停滞していると見るべきだろう。

少子高齢化と年功序列社会は頭でっかちのいびつな世界であり、働かない高齢なサラリーマンを働く若いサラリーマンが支える会社であり、なおかつ高給な高齢サラリーマンを低い給料の若いサラリーマンが支えなければならない。これでは社会全体が停滞してしまう。

今では年金受給者が3000万人を超えてますます増えつつある。アベノミクスでは女性を働かせることで労働人口を増やして経済成長を促すようですが、高齢者を働かせて年金が無くても生活できるようにしたほうがいいと思う。私なども定年の無い不動産業者ですが、足腰が立てば仕事が出来る。

年功序列社会から能力給社会に移行すれば、働く若い人が高給をもらい、働かない高齢者はリストラされるようになるから、必然的に独立自営業者になって行くべきなのだろう。会社には管理職は少なくて済むからだ。日本企業の問題は管理職になれなかった高齢サラリーマンを高給で抱えている事だ。

中高年サラリーマンは管理職になれない場合は自らの意志で退職して再就職するか独立自営の道を選ぶべきだろう。ところが公務員でも定年までいれば年功給で高給公務員が溢れる事になり財政がパンク状態になり、消費税増税につながっている。これからは民間会社も公務員も1年契約の契約社員として雇って、労働者の流動化を促すべきだろう。

そうすれな弊害も多大なものになりますが、高齢になっても実力があれば独立して起業すればいいだけの話だ。女性も同じであり、若ければ風俗で数千万円稼いで、それで起業すれば一生安泰だ。もちろんこれは極端な話ですが、少子高齢化社会になれば今までの常識は逆転する事を知るべきだ。

多くの若い人が時給1000円以下の低賃金労働なのは、教育が悪いからであり、独立起業できる人材を育てるべきなのだ。サラリーマンをやるにしても5年か10年くらいで仕事を覚えたら独立して開業すべきだ。高校や大学でもそのような教育内容にすべきであり、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスやザッカーバーグもみんな大学中退だ。

日本の経済成長の低迷は、人口によるものではなく、人材の育成方法に間違いがあり、サラリーマンになるための教育だった。だから新規産業に参入する人は少なくサービス産業への産業構造変化も進まない。




多くの人が逃げないと、自分も逃げ遅れてしまうことが起きる。
このような錯誤をもたらす要因を「同調性バイアス」という。


2014年10月12日 日曜日

<大災害からいかにして逃れるか>広瀬弘忠 東京女子大学名誉教授 10月12日 日本の論点

 ◇正常性バイアスと同調性バイアスによる行動とは

 2011年3月の東日本大震災の死者・行方不明者2万人のうち、9割超は津波による犠牲者であった。彼らは、震度6強、あるいは震度6弱の激しい揺れに驚愕したはずである。しかも、たびたびの津波で大きな被害を受けてきた地域の人々である。かつての明治三陸津波、昭和三陸津波、1960年のチリ津波などは、この地域で多くの人命を奪い、村落を破壊している。津波に対する恐怖は、災害文化として住民の間に定着していたはずではなかったのか。

 M9.0の地震発生からカタストロフィックな巨大津波の来襲まで、早いところで30分、遅いところでは1時間余りの余裕があった。この間の人々の行動が悲劇を誘発してしまったのだ。多くの人々は、強烈な地震が去ったあとのホッとした気持ちから、家の中の後片付けや、近隣の人々や友人・仲間とのおしゃべりに貴重な時間を費してしまった。本来は「一難去ってまた一難」を警戒すべきときに、安心したという気持ちを優先させてしまったのである。心的な安定を保持するために、異常や危険に対する感度を下げてしまっていた。このような心理メカニズムを「正常性バイアス」という。この正常性バイアスが、避難行動を阻害してしまった。

 我々は社会的動物だ。他の人と同じように行動するという特性がある。これを同調行動という。したがって、多くの人が逃げないと、自分も逃げ遅れてしまうことが起きる。このような錯誤をもたらす要因を「同調性バイアス」という。2003年2月18日の韓国テグ市での地下鉄火災(*1=編集部注)では、200人の死者のうち、その3分の2近くに同調性バイアスゆえの逃げ遅れが生じたと推定される。当時の車輌内での人々の様子をとらえた写真を見ると、煙が充満する中で、人々は平静さを保っていた。中には携帯メールを打ち続ける人もいたのである。

◇住民の避難を阻止する「パニックの懸念」

 福島第一原発からの放射性物質の拡散状況を示すSPEED1データがあり、これを利用すれば放射線の被曝が軽減できたにもかかわらず、国はこれを秘匿し、適時に公開しなかった。その理由を、当時の首相補佐官は、「パニックが起きることを懸念した」と自己弁護したのだ。この首相補佐官は、パニック神話の信奉者であった。そのために、重大リスク情報を受け取ると、人々は大混乱に陥ると誤解したのである。だが、このようなときにパニックは起こらないし、かりに福島の避難指示区域でパニックが起ったとしても、それは住民避難を促進する要因として働いたはずだ。

 国は、原発事故時に半径5キロ圏内をPAZ(Precautionary Action Zone:予防的防護措置準備区域)、半径30キロ圏内をUPZ(Urgent Protective action planning Zone:緊急時防護措置準備区域)として、事故に対する段階的対応を検討している。だが、原発事故時の住民避難計画を作る作業は、実際には、原発事故対策に不慣れな、原発立地県に委ねられている(*2)。

 原発大事故に備えて各県が策定している避難計画によれば、原発事故が起こったときの混乱を避けるため、まず5キロ圏のPAZに避難指示を発表し、そこの9割の人々が避難したあとで、30キロ圏のUPZに避難指示を出すことにしている。原発事故でも、9割の人々が避難を完了するまでには、相当な時間がかかる。それまで放射線被曝の危険がある人々に避難させないというのも荒唐無稽な話だ。これもパニック神話に毒された結果である。

 ◇遅れる避難指示・勧告−−臆病な地方自治体

 昨年10月の台風26号は、伊豆大島で36人の死亡・行方不明者をもたらした。気象庁は土砂災害警報を出したが、大島町は豪雨が降り続いていたにもかかわらず「夜間に避難させて二次災害にあうと困る」という理由で避難勧告を出さなかった。

 今年の8月20日、広島市を襲った豪雨による土砂災害は、死者・行方不明者74人をもたらしたが、市は大島町と同じ理由で、避難勧告の発表を遅らせた。後になって、広島市の松井市長は「避難勧告が出ていれば、どこか安全なところに行けたかもしれない」と述べたが、手遅れだ。

 様子見をして待機させたい自治体と、指示待ちで指示が出ても動こうとしない人々との出合いから大悲劇が生まれる。

 ◇避難の経済学−−費用対効果からも自主的避難のほうが有利

 想定外の災害が多発する昨今である。災害への感度を研ぎ澄ますとともに、少しでも身の危険を感じたらすばやく回避の行動をとることが重要である。「三十六計逃げるにしかず」(*3)は、現代においても真であることに変わりはない。確かに夜間に避難すれば、思わぬ落とし穴に陥って被害を受けないともかぎらない。しかし、いかなる場合にも、避難に多少のリスクはつきものである。今年4月の韓国セウォル号の沈没によって犠牲になった高校生たちのように、正常性バイアスの影響と、「現代の位置から絶対に動かないようにして下さい」という船内放送に、仲間と共に従順に従った同調性バイアスのため、救命胴衣をつけたまま甲板に出て、思い切って海へ飛び込むというリスキーな避難行動がとれなかったのである。結果は絶望的であった。

 かりにそれが空振りに終わったとしても、保険料を払ったのだと考えれば避難のコストは十分にペイする。逃げる、という行為は最良の自己投資である。もちろん、投資にはリスクはつきものだ。避難のリスクは他の選択をしたときのリスクの大きさに比べれば、許容可能な範囲内にある。



(私のコメント)

自然災害で多くの方が犠牲になる事故が相次いでいますが、大津波や集中豪雨があっても多くの人が逃げ遅れるのは何故なのだろう。御嶽山の突然の噴火にしても、御嶽山は数年おきに噴火している活火山だった。活火山に登る事自体が危険な行為なのですが、多くの人が登っているから安心だと言った判断が働くのだろう。

赤信号でも大勢で渡れば怖くないという言葉がありますが、それと同じように多くの人が自分と同じ事をしていると安心してしまうという行動がある。突発的な事が起きると判断力を失ってしまって周囲の人と同じ行動をとろうとする。

株式投資も同じであり、財テクブームで多くの会社や個人が株式投資で儲けている話を聞くと自分も同調して株を買ってしまう。セールスでも必要がないにもかかわらず人が買っていると買いたくなるのだ。テレビのコマーシャルもそうですが、同調バイアスを利用して衝動買いさせてしまうのだ。

自然災害も同じであり、1時間に100ミリを超すような集中豪雨があっても裏山が崩れないと言った判断はどこから来るのだろうか。マグニチュード9の空前の大地震があっても大津波が来ないと言った判断もどうしてしてしまうのだろう。周りの人も非常事態にどうしていいか分からず周りに同調して安心してしまう。

記事では「我々は社会的動物だ。他の人と同じように行動するという特性がある。これを同調行動という。したがって、多くの人が逃げないと、自分も逃げ遅れてしまうことが起きる。」と書いていますが、こうなる原因は情報が不十分でどうしていいか分からないからだ。

福島原発災害の時も9・11NYテロの時も「株式日記」へのアクセスが増えましたが、何が起きたか分からなくなると「株式日記」のアクセス数が飛躍的に増えます。このような時はデタラメな情報が出回って何が本当か分からなくなります。そのような情報の中から真贋を見抜くのが「株式日記」の役割であり、原発災害でも政府の情報隠ぺいを批判してきた。

政府が情報を隠ぺいするのは国民のパニックを招くと言った恐れからですが、パニックを起こしているのは政府自身なのだ。専門家ですら水素爆発を予見できずに放射能をまき散らしてしまいましたが、原子炉自体はメルトスルーして大爆発は起きなかったが、燃料プールの大量の燃料が過熱して爆発する恐れがあった。それも専門家たちは見落としていた。

つまり専門家と称する人たちも素人と大して変わらない知識しかないのであり、大災害を予見する事は専門家でも分からないのだろう。御岳山の噴火にしても予見しろと言う方が無理であり、活火山である以上はいつ噴火があってもおかしくは無いと言った注意を出すしかない。

関東大震災も来ることは100%確実ですが、いつ来るかは誰にも分からない。いつ来てもいいように用意だけはしておくべきですが、災害は忘れた頃にやって来る。東日本大震災の時も「いよいよ関東大震災が来たか」と思いましたが、その後の交通の混乱や計画停電の方が問題を引き起こした。官邸がJR線を全部止めてしまったからだ。

計画停電自体も官邸や東電自体がパニックを起こしてしまって行ったものだろう。電力不足は工場などの大口の産業用電力を止めればよく、全部を止めてしまう事は病院などの命に係わり、無用な混乱を引き起こしただけだった。おかげでコンビニからは食品が無くなりコメも買えなくなった。

集中豪雨時に市町村が避難警報が出し遅れるのは空振りを恐れるからであり、二次災害が起きたらと言った懸念があったからですが、何十人もの犠牲者が出てからでは意味がない。記事でも「様子見をして待機させたい自治体と、指示待ちで指示が出ても動こうとしない人々との出合いから大悲劇が生まれる。」のであり、何事も自分で判断して避難するようにすべきなのだろう。

大災害は政府や自治体がパニックを起こしたり、慎重になりすぎて起きるのであり、政府や自治体をあてにすべきではないのだろう。原発の再稼働にしても慎重になりすぎているような気がするし、福島第一原発事故は起きるべくして起きた事故であり、小さな事故は以前にも起きていた。福島第一と第二の明暗を分けたのは電源を失ったかどうかであり、非常用電源車すら用意がされていなかった。津波で水没する事は想定外だったからだ。

もし福島第一が大爆発して東京が放射能で汚染されたら、私も逃げ遅れた一人に入っていただろう。政府は福島第一でないが起きているかの情報を遮断して報道取材すらさせなかった。国民がパニックを起こすのを恐れたからですが、菅総理がパニック状態になり、日本語ともフランス語ともわからない奇声を発していた。日本の総理大臣のメンタル面の弱さが気になりますが、サポートする専門家が素人同然ではおかしくもなるのだろう。




東大を出た日経新聞の女性記者がAV嬢だったという記事
がありましたが、二年間で2000万円も稼いだそうです。


2014年10月11日 土曜日

【書評】デフレ化するセックス/中村淳彦 8月6日 倒錯委員長の活動日誌

内容紹介

一人暮らしする独身女性の3人に1人が貧困状態(年間の可処分所得112万円以下)にある現代の日本。「性風俗」や「援助交際」は、非正規雇用で低収入のまま働く女性たちの「副業」として一般化している。女性の著しい供給過多により、風俗店では応募女性の7割が不採用、20~30代女性の半分は売春しても1万円以下――腹をくくってカラダを売る道を選んでも、安く買い叩かれ、もしくは買い手がつかず、貧困から抜け出せない現実がある。本書は現代の性風俗・援助交際を知る入門書であると同時に、カラダを売る女性たちから、現在の社会を読み取ろうという試みでもある

デフレ不況期に、タイトルに「デフレ」とつく書籍が書店にも散見したが、まさかセックスにまで「デフレ」がつこうとは。本書は、「おねマス」からはかけ離れた、無名のAV女優たちにインタビューを行う『名前のない女たち』シリーズの著者が、ネットが普及し、デフレ不況下にあった2010年現在のセックス産業の状況を描くルポタージュ。性風俗店の従業員やAV女優、個人売春を営む女性へのインタビューなどをもとに、各種性産業の(主に苦しいといえる)収入の状況を考察している。

本書が明かすのは、ネットの普及や経済不況により、セックス産業の「デフレ化」した実態だ。特にネットは、女性の参入障壁を低くしたことによる供給過多や、無料で閲覧できるエロ動画の氾濫によるAVの販売不振など、セックス産業にはかなり影響があったようだ。

供給過多の市場の中では、若さと美しさが女性を格付けする基準として、より一層効力を発揮する。

本書の中で特に興味深いのは、各種セックス産業の職業別に、女性の採用難易度を偏差値化した一覧だ。超難関といえる偏差値80の単体AV女優から、偏差値48以下の超格安ピンサロや違法風俗店まで、14種類の職業をずらりと序列化し、その収入の相場を記している。取材を元にした著者の独断ではあるが、これが面白い。

セックス産業にも、厳然としたヒエラルキーがあることがわかる。本当に稼げるのはごく一部で、例えばAV女優としてまともに生活していくだけのお金を稼げるのは、応募者のうちの3%なのだという。7割が落され、残り3割の中でもAV女優のみで女性の平均年収を稼ぎだすのは一握りなのだ。「出演すれば大金が転がりこむ」という一般的なイメージと実態は、こうもかけ離れている。

本書を読んでいると、セックス産業においても女性が二極化しているように思える。皮肉なことに、若くて魅力的でさらに高学歴と、売春する必要がないようにみえる女性らが自らの意志で性を売り、かつ高収入を得る一方で、食うに困るほど経済的に困窮している女性は、セックス産業の中でも最下層で苦しんでいるというのだ。

というのも、売春を迫られるほど追い込まれている女性ほど、何らかの問題を抱えている。周りの人間とよい関係を構築できず、意識も低い。生活が荒み、次第に外見へのメンテナンスも怠っていく。そうした女性は当然、性の買い手からしても魅力的には写らず、高い報酬は得られない。彼女らにとってはセックス産業に携わるのは結果であり、原因はもっと別の何かであったりする。

名前のない女たち』のころから続くが、本書の中にも、どこから見つけてきたんだという壮絶な女性への取材が並ぶ。

境界例の疑いがあり、同居する彼氏にリストカットよりはマシだからという理由から売春を容認されているという女性も出てくる。彼女のような精神疾患やコミュニケーションに難がある女性も、当然多くは稼げない。

若さと美しさがなければ買い叩かれる世界ーー改めて「手に職」という言葉の重要性が身に沁みる。

後半では、援交を含む個人売春を営む女性に注目するが、こちらは収入以上に何よりも身の危険と隣り合わせにあることがよくわかる。

困窮するインタビュイーを軽蔑した著者の書きっぷりも相変わらずで、読んでいて気持ちのよいものではない。売春そのものに著者が批判的なのはわかるのだが、それとわざわざ仕事に協力してくれる取材対象者への敬意は別ではないだろうか?

それを鑑みても、「性の商品化」に反対の人も賛成の人も、性風俗で働いてみたい女性も利用してみたいという男性も、はたまたネットで違法の無料動画を消費しているそこのきみも、一読しておくのに損はない一冊だろう。


デフレ化するセックス (宝島社新書)



(私のコメント)

以前は、「戦後強くなったものは女性と靴下」と言われましたが、法律上は強くなっても実態はとてもそうには思えない。景気のいい頃は「男余り社会」と言われて、男女比から結婚できない男が問題になりましたが、長期のデフレ不況になると所得の低さから結婚できない男が問題になりだした。

以前は中産階級でも結婚すれば、女は家庭で専業主婦として三食昼寝つきの優雅な生活が普通でしたが、今では専業主婦でいられるのは上流階級の奥様でなければ難しい。共稼ぎが当たり前になり女性も稼ぎ手として家庭を支えなければならない。しかしそれはなかなか難題だ。

男性ですら一旦リストラされれば所得は半減して正社員の道は絶たれる。女性なら結婚出産などがあるから離職は避けて通れない。十分な育児休暇が取れるのは公務員くらいで、民間会社では何年も育児休暇を与えていたら仕事にならない。だから専業主婦で安泰に生活するには年収が600万円以上の男を見つけなければならない。

だから女性と言えども手に職を付けて働かなければなりませんが、女性向きの事務職は少なくなる一方だ。事務作業などはコンピューターがやってくれるようになり、女性向きの職場が少なくなっているのではないだろうか。だから風俗業などに流れ込んでくる若い女性が増えているようだ。

結婚して専業主婦もダメ、事務職も求人が少なくてダメとなれば、高給が稼げる職場は風俗業ぐらいしかない。工場労働者も海外移転やコンピューター化で女子工員も少なくなった。ならばコンピュータプログラマーなどのIT労働者はどうかと言うと女性が圧倒的に少ない。どうしてなのだろうか?

IT労働者の職場環境は最悪であり、徹夜勤務が当たり前で一週間家に帰れないような仕事が続く。これでは女性はとても身が持たない。「株式日記」では看護師なら年収500万は稼げると書いたことがありましたが、仕事がきついと退職する人が多いようだ。それに対して風俗業ならトップクラスなら月に100万は稼げる風俗業を選ぶ女性が増えるのは当然だろう。

しかし容姿が並みの女性でも風俗業を希望しても7割の女性が風俗嬢にはなれない。容姿が良くて社交性も無ければ務まらないからだ。またいやいややっても務まるような仕事ではないから直ぐに首になるような厳しさもあるようだ

アベノミクスにおける男女共同参画社会政策は、女性の社会進出を促すものですが、法律でいくら進出を促しても結果的には女性の職場はテクノロジーの進歩で増えて来ていない。女性向きの仕事と言える介護士にしても低賃金と過重労働で離職者が多い。どうしても深夜勤務がネックになるようだ。

それに比べれば風俗嬢などは一日数時間働くだけで数万円の収入になり参入してくる女性が多いようだ。日本女性ばかりでなく韓国などからの出稼ぎ女性も多く数万人規模になるようだ。これでは風俗業は女性の最後の切り札ではなくなり狭き門となりつつある。

最近では、東大を出た日経新聞の女性記者がAV嬢だったという記事がありましたが、今の女性にとってはAV嬢の方が新聞記者よりもステータスは上なのかもしれない。AV嬢では二年間で2000万円も稼いだそうです。


AV出演の元日経記者が書いた寄稿が話題に 「論旨不明」なのか「読ませる文体」なのか 10月7日 JCASTニュース

 アダルトビデオ出演歴がある元日経新聞記者の30代前半の女性が、週刊文春で報じられた自分のことをニュースサイトで解説した。記者時代の文章とは違って、特異な文体になっているため、「面白い」という声がある一方で、何が言いたいのかよく分からないという声も多い。

   この女性は、文春の2014年10月9日号によると、父親は名の知れた大学教授で、本人は慶応大学環境情報学部を卒業後に東大大学院に進んだ。その間に、横浜でスカウトされ、面白そうだと考えてAVの世界に飛び込んだ。

  04年にデビューし、主演で12作、共演を含めれば70作以上に出演し、2年間で2000万円ぐらいを稼いだという。(後略)





QE3の終了と共に株高に終止符が打たれる。既にNY市場
では金利上昇と株価下落の兆しが見えてきた。 増田俊男


2014年10月10日 金曜日

時代の終わりに 10月6日 増田俊男

日本は2006年を経済成長のピークに、以後下降線をたどりながら、2008年アメリカのサブプライム・ローン焦げ付きを発端とした世界的Credit Crunch(信用喪失)による不況を経験し、デフレが深刻化していった。日本が先進国の中でデフレ突入一番乗りになったのは2007年から「よく働きよく使う団塊の世代」(ベビーブーマー)が引退し始めたからである。

デフレの長期化は商品・サービスの需給が均衡又は供給過剰の状態が続くためであり、金融緩和や低金利政策等の金融政策で対応出来る問題ではない。デフレの根源は経済低成長が慢性化する経済構造にあり金融政策の仮需要(バブル)創造では解決できず、バブルは必ず崩壊する。

アメリカではマネタリーベースが約$850 billionだった市場へ5年間で約$4 trillionの緩和資金を投入した結果、企業はこぞって低金利資金を借りて社債と自社株を買い戻し、さら同業他社を買収して時価総額を増やし続けた。企業は会計操作でバランス・シートを改善し続けた。CEOや役員たちは低金利資金を即効性のない研究開発や生産性向上のために使うことなく、自社の株価上昇に専念し、株価に応じて何億、何十億ドルのボーナスを懐にした。

FRBは2013年5月に金融緩和の出口を模索しながら緩和縮小の方針を決めていた。緩和縮小、緩和終了、そして利上げの流れが決まれば、それまで新興国に流れていた資金がアメリカに一気に集中還流し、日本やアジア諸国に大きなインパクトを与えるので事前(4月)に日本に大型(GDP比でFRBの3倍)の緩和を要請していた。

日本は政治・経済でアメリカの属国だから安倍首相は、マネタリーベース以上に緩和をする必要はないと主張し「日銀券ルール」を守っていた白川日銀総裁を世界銀行総裁でFRBの代理人のような黒田東彦氏に切り替えた。黒田日銀総裁は4月4日に「異次元金融緩」などと派手な名前の超大金融緩和(マネタリーベースの2倍)を発表、5月から日本とアジアからアメリカに流れる資金の穴埋めをしたのである。

欧州は2010年の財政、信用危機以来デフレが続き回復の見通しはない。
ECB(欧州中央銀行)は6月から政策金利を下げ続け9月にはついに0.05%に下げ、ECBの預金にマイナス金利と言う罰金を課すまでして銀行に企業融資を強制している。10月3日ドラギ欧州中央銀行総裁はユーロ加盟国の国債とABS(資産担保証券)を買い上げる時期を明示することが出来ず、欧州経済のデフレ払拭の可能性は無くなった。

英国、ドイツ、フランス、イタリアや南欧諸国はそれぞれ経済成長も財務状態も全く異なるのでECBのリスク債権買入額や時期について一致しない。EU(欧州連合)は加盟国の財政は統括していないのでECBの金融政策が今日のように行き詰まると不況対策は出来なくなる。
欧州経済は絶望と見るべきだろう。


中国政府は外需依存から内需依存に経済構造を切り替える基本政策を遂行しているが、「笛吹けど踊らず」である。50%を占める国営企業はもちろんのこと、民間企業も技術開発、イノベーション、需要創造(マーケッティング)等構造改革より安易な輸出への依存を続ける。年平均15%の賃金上昇で中国の競争力は下がり続け、外資の脱中国が加速しているので総輸出額は下がり続けている。

中国の鉄鋼の生産量は半期で40%も落ちているし、住宅価格も軒並みに低下、地方によっては30%も下落している。人民銀行は再び不動産投資資金の緩和策を採り始めたが即効性はなく、中国経済の成長の鈍化は今後も続くことになる。

こうして見るとアメリカ経済だけが金融緩和なしで自律成長しているように見えるから緩和続行の日本と欧州からアメリカに資金が流れ、ドル高が続く。

しかしQE3の終了と共にバランス・シート上の企業利益と株高の好循環に終止符が打たれる。既にNY市場では高利回りのジャンク・ボンドが売られ金利上昇と株価下落の兆しが見えてきた。

世界が頼るアメリカの落日で5年間の浮かれた時代が終わろうとしている。


(私のコメント)

増田俊男氏は欧米の事情に精通されている方であり、いろいろな情報源をお持ちのようだ。その情報を信用するかどうかは各自の勝手であり、予想が外れたからと言ってクレームをつけるのは間違いだ。問題は内容を自分がどのように解釈するかであり、他人の予想はその材料に過ぎない。

「株式日記」に書かれた事を信用するかどうかは個人の自由であり、書かれた予想が間違ったからと言ってケチをつける事は意味がない。状況は刻々変化しているから結果が正反対になる事もある。株価の予想も株式評論家の予想は当たらない。投資家を騙すために流される予想も多い。

アメリカの株価もリーマンショック以降も新高値を付け続けましたが、FRBが大規模な金融緩和政策でリーマンショックを乗り切ろうとしたためだ。紙切れ同然になった不動産担保証券を買いまくって不良債権を処理してしまった。日本ではバブル崩壊後、銀行を締め上げて不良債権処理を強制しましたがその結果20年経ってもデフレ不況は続いている。

黒田日銀総裁になってようやく大規模な金融緩和に踏み切りましたが、20年前に行うべきだった。むしろ日銀は金融を引き締めて80円を割る円高にしている。株価も7000円台まで下げ続けて高値から四分の一になてしまった。土地価格も二〇年にわたって下げ続けている。

アメリカの企業経営者は、ゼロ金利で金を借りまくって自社株買いをして株価を吊り上げて儲けていますが、日本の経営者にはゼロ金利で金を借りて自社株買いをして株価を上げて売り抜けると言った発想はしないようだ。それを直接やればインサイダーだが投資ファンドにやらせれば双方とも大儲けだ。

日本企業は内部留保を貯め続けて200兆円も貯めこんでいる。投資先が無いという事ですが自社株買いをして株価を吊り上げる事は考えていないようだ。株価が上がれば自分の持ち株が上がる事で大儲けが出来るのですが、日本では自社株買いで株価を吊り上げている企業が見当たらない。だからゼロ金利でも株価がなかなか上がらなかった。

社債は会社にとっては負債だから内部留保を貯めこむよりも社債を中途でも償還してしまった方がいいのですが、現金に対する信仰が強いのだろう。株式も安値で放置していればいつ株の買い占めに合うかもわからない。現に外人は株を安値で買い続けていますが、外人は決しておとなしい株主ではない。

「株式日記」ではこのような日本の経営者たちの危機意識の無さが気になりますが、外人投資家たちの恐ろしさがいずれ分かるようになるだろう。ソニーなども外人に買い占められて資産を次々切り売りされている。だから外人投資家はハゲタカ外資と呼ばれていますが、株価を安値で放置する事は危険だ。

ヨーロッパもECBによる資産担保証券を買い上げる事が出来ずに日本型の長期不況に入ろうとしている。買い上げなければ銀行は身を守るために貸し剥がしや貸し渋りをして日本型のデフレ不況になる。企業も貸し剥がしに懲りて金を借りなくなる。その為にユーロは上がってドイツも厳しくなってきたようだ。

日本が円安になっても輸出が伸びないのは、新興国もヨーロッパも景気が落ち込んでいるからであり、アメリカもQE3の終了でドル高政策に切り替えようとしている。新興国はドル不足になり金利も上がる。その穴埋めに円の金融緩和で穴埋めされている。だから円を売りドルを買う動きはしばらく続きますが、日本の企業経営者にはそれが読めない。


NY株価:今年最大の下げ、330ドル安 振れ幅大きく 10月10日 毎日新聞

【ワシントン清水憲司】9日のニューヨーク株式市場は、世界経済の先行きに対する懸念が広がり、ダウ工業株30種平均は前日比334.97ドル安の1万6659.25ドルへと急落した。今年に入って最大の下げ幅。8日に今年最大の上げ幅となったばかりで、200ドル以上の上下動が3日間続くなど、市場の変動が大きくなっている。(後略)





新聞社が生き残る方法は、専門分野を深める事であり、専門性
を究めれば電子新聞として有料化しても成功するはずだ。


2014年10月9日 木曜日

日本から「新聞記者」志望者が消える日 米国では驚きの不人気ぶり 10月7日 JCASTニュース

  新聞が「斜陽産業」と言われて久しい。若い世代を中心に新聞を取らない家庭が増え、年々発行部数は右肩下がり。2014年度の採用で朝日新聞社の面接には東大生が一人もいなかった、というJ-CASTニュースの記事(14年4月18日配信)も話題になった。

   日本の新聞業界も苦境に立たされているが、米国ではより危機的な状況にあるらしい。新聞に携わる人も激減、人気職業ランキングでも「不人気」ぶりを示している。

   ビジネス情報誌「エルネオス」14年10月号では、米国のメディア大手各社が次々と、将来の収益の見込みがない新聞部門を分社化して切り離している、という記事が掲載された。

   その中に、新聞記者に関する興味深いデータがあった。米国の新聞業界の編集者数は13年末時点で3万6700人と、06年の5万5000人から大幅に減少している。

   人員削減によるものという面もあるが、そもそもなり手が激減しているのだという。米就職情報専門サイトの調査によると、14年の人気職業ランキングでは「新聞記者」が200職種中199位。ワースト2という不名誉な結果になってしまったのだ。

就活生の間で人気上昇した新聞社も

   米国のデータを「対岸の火事」として見ている余裕はない。日本新聞協会の「新聞・通信社従業員数と記者数の推移」によると、14年4月時点の記者数は回答社数92社で1万9208人。09年の2万1103人から、少しずつではあるが下降の一途を続けている。

   中高生向けの仕事情報サイト「13歳のハローワーク公式サイト」が14年8月中に集計した「人気職業ランキングベスト100」には、「新聞記者」や「新聞業界」のしの字もみられない。編集者(6位)、テレビ業界で働く(19位)、出版業界で働く(66位)など、他のマスコミ仕事と差をつけられている。

   一方、人気回復傾向を示すデータもある。就活・新卒採用の口コミサイト「みんなの就職活動日記」の「2015年度卒 新卒就職人気企業ランキング」には、朝日新聞社が57位(前年102位)、読売新聞社が76位(前年208位)と、両社とも前年から順位を大幅にアップさせているのだ。もっとも、彼らが「新聞記者」志望なのか、「給与が比較的高水準の会社」に入りたがっている「記者職以外」の志望者なのかは、分からない。

   日本での新聞記者という仕事は今後、すっかり「オワコン」と化しつつある米国の新聞記者のようになってしまうのか、それとも踏みとどまれるのか。今、岐路に立たされている。(MM)



(私のコメント)

ネットではブラック企業叩きが流行のようですが、新聞社ほどのブラック企業がなぜブラック企業として叩かれないのでしょうか。それは給料が良いからであり、以前はエリート中のエリートが就職していたところだからだ。ネット上には新聞社を辞めて司法試験を受けて合格した人がいたり、国家公務員上級試験を受けて合格して省庁に就職した人がいる事からも分かります。

しかし現在の新聞社には、新入社員に東大出が一人もいなくなったことからも分かるようにエリートから見捨てられているようです。職場環境が大きく変わり、まさにブラック企業となり新聞記者の質も低下の一途をたどっているようです。朝日新聞の問題は朝日だけではなく他の新聞社も抱えている問題でしょう。

新聞業界がそうなってしまったのは、ネットメディアの台頭と無関係ではありません。日本ではまだ影響は小さいようですが、アメリカでは新聞の廃刊が相次いで新聞記者も7年余りの間に55000人から36700人へと大幅に減ってきている。電子メディアへの移行も検討されていますが上手く行っている所は少ない。

日本の新聞社もネットメディアへの移行が行われていますが、有料化への試行は難しいようだ。専門紙なら成功の可能性は高いのでしょうが、大衆紙では有料化は難しいだろう。大衆紙程度の記事ではネットを見れば十分だし大衆はネットに金を払わない。ネットは無料のメディアと言う事が当たり前になってしまったからだ。

欧米でも有料化に成功している所は高級紙や専門紙であり、有料動画サイトなどもエロなどの分野に限られている。なぜネットにおいて有料化が難しいかと言うと、新規参入が容易であり、私のような素人でも「株式日記」と言う電子新聞を発行しているからだ。

既存の新聞紙やテレビ局が成功してきたのは、電波法や日刊新聞紙法などで新聞やテレビ業界への新規参入が事実上禁止されてきたからだ。これらの法律がある事は政治とマスコミの癒着を証明するものであり、新規参入が自由ならば新聞もテレビももっと早く経営危機が訪れていただろう。

もしネットにおけるブログやサイトの新規参入が制限されていたならば、新聞やテレビ業界の経営は安泰であっただろう。つまりネットが新聞やテレビ業界のような閉鎖的な世界を破壊したのであり、政府は規制の緩和と言いながら、電波利権も新聞利権も保護したままだ。新聞は再販制度などでも例外扱いされて保護されてきた。

新聞などは再販制度や日刊新聞法を逆手にとって胡坐をかいた経営をしてきたのであり、宅配制度なども再販制度が無ければとっくに吹き飛んだはずだ。最近の新聞社の経営危機はネットの登場によるものであり、私自身も新聞の購読を止めた。新聞でなければ読めないという記事がないからだ。

むしろネットの記事に抜かれる事があり、新聞が後追い報道をしているような所もある。さらに誤報や虚報があればネットで叩かれるようになり、新聞の権威は失墜している。これでは東大の新卒者にも新聞記者は敬遠されるはずだ。

これからの新聞社が生き残る方法は、専門分野を深める事であり、専門性を究めれば電子新聞として有料化しても成功するはずだ。その為には専門家を各界からスカウトして新聞記者にする必要がありますが、日本の新聞社にはそのようなシステムがない。原発問題に取り組むのならば原発の開発に携わった人をスカウトすればいい。しかしそのような記者がいないから読者が求める記事が書けない。

素人の記者が専門家に取材してもなかなか本当の事は分からない。記者クラブ制度にしても警察や検察のリークに飛びついて記事にしてしまう。記者たちもリークが欲しいから御用記事を書くようになり、官僚たちの思いのままに新聞記者を操れる。

だからわざわざ毎月4000円も出して新聞をとる必要が無くなり、新聞購読者は毎月のように購読者を失っている。近い将来新聞業界も大リストラが行われるだろう。




日本のインテリジェンス態勢は貧弱にすぎます。表の交渉は
外交部門、裏の交渉は情報機関が行うのが世界の常識


2014年10月8日 水曜日

インテリジェンス対談 竹内明×濱嘉之 日本の公安警察VS.中国スパイ これが本当の最前線だ 10月8日 現代ビジネス

日本の総理も丸裸にされた

濱?また、最近ではたとえば顔認識のソフトを使って、空港や公共交通機関を要注意人物が通った場合に、警告を発するようなシステムも導入されています。見当たり捜査のノウハウなども取り入れて開発された独自のもので、世界的に見ても高度なシステムです。

ただね、そうやって公安部が警戒していても、日本の要人が自分から勝手に中国の情報機関の懐に飛び込んでいってしまうこともあるんですよ。'90年代に総理大臣をつとめた、某政治家のように……。

竹内?それは公安部の人から聞いたことがありますね。

濱?その元総理大臣の在任中、自宅の近くに中華料理店ができたんです。腕のいい料理人がいて評判がよく、その元総理も通うようになった。そして、彼のもとを訪れる政治家や官僚などが招待されてその店にいった。

竹内?ところが、その店のオーナーが中国大使館の人間だったと聞きました。

濱?ええ。出店したときにはもうやめていたけれど、会社を設立したときは大使館員だった。そういうところに、当時の政府の要人が集まっていたのだから、お話にならないですよね。

「アンケートにご協力ください」なんて言われて、みんなが住所や電話番号を書いていた。個人情報まで抜かれたわけです。

竹内?公安からは官邸に警告しなかったんですか?

濱?それは、官邸との距離感によるんです。いまの菅(義偉)官房長官は、かなりうまくコミュニケーションをとっているので、公安サイドからは好評なんですが、当時はまったくダメでしたね。

竹内?私、このたび『背乗り?警視庁公安部外事二課』という小説を上梓したんですが、そのなかに登場する公安関係の人物や店などには、実在のモデルがあるものがかなり多いんです。いまお話に出た店のイメージで書いた部分もあるんですよ。

濱?私はこのタイトルがまた面白いと思うんですよ。

竹内?「背乗り」は公安警察の用語で、スパイが他人の戸籍を乗っ取って、その人になりすまし、日本に潜伏する手法のことですよね。

北朝鮮による日本人拉致も、一部はその人と入れ替わるための工作だったと推測されるものもあります。

濱?入れ替わるにもいろいろな方法があって、北朝鮮の工作員が在日朝鮮人と入れ替わる場合もある。この場合、もともと日本にいた在日朝鮮人は「土台人」などと呼ばれます。

竹内?小説のなかでは日中の諜報戦が主題になるんですが、「背乗り」が謎を解くカギになるんです。

濱?それね、案外あり得るかもしれないんですよ。というのは、昭和32(1957)年に戸籍法の改正があって、戸籍改製という作業をやったでしょう。

竹内?古い戸籍を新しい書式に書き換える、というものですね。

濱?ええ。ところがね、これのあと公安が国会議員の戸籍を調べてみると、改製以前の履歴が不明というものが、いくつもあった。

当時の地方自治体の役場では管理のいい加減なところがあって、もとの戸籍をろくに写しもしないで捨ててしまったというところもあった。そういう混乱のなかでどんな人物が紛れ込んでいるか分からない。

震災に乗じて「背乗り」

竹内?東日本大震災でも、混乱に乗じて行方不明者と入れ替わろうとする人物がいないか、公安当局が被災自治体と連携して目を光らせていましたね。

濱?ええ。東日本大震災ではかなり注意深く動いていたのですが、阪神・淡路大震災のときはまだ甘かった部分もある。そういうときに「背乗り」が行われていた可能性も否定できない。

それはともかく、国会議員の件は、その議員が有力者になって率いた、系譜に属する政治家が、まだ現役でいたりする。我々の想像以上に深いところまで、外国の情報機関の手が伸びているかもしれない。

竹内?濱さんは、公安はいま対中関係をどう見ていると思われますか。

濱?忘れてならないのは、中国はあくまで共産主義国であるということ。そして共産主義国が資本主義国をどう見ているかということだと思うんですね。中国にとって、資本主義国である日本が、一友好国になるはずがない。中国側は戦略的互恵関係などと言いますが、あくまで「戦略的」です。

竹内?条件付きですね。

濱?ただ、公安にとって「敵」なのは、大多数の中国人民ではない。共産党政権のなかでも、日本の国益を毀損して自分たちが利益を得ようとしている、ごく一部の人間です。

長い目で見れば、心配すべきなのは、中国がきれいな形で民主化してくれるかどうかでしょう。中国国内では格差が広がり、社会の歪みが限界に近づいている。これが秩序のない形で崩壊したらどうなるか。青島周辺から長江下流にかけての海岸線には、1隻に30人以上乗れる船が100万隻あるのですが、たった5日で長崎県の平戸あたりに到着してしまう。そのなかには、日本に悪意を持つ、武装漁民のような人間も交じっているかもしれない。

竹内?私は、日本社会はもっとインテリジェンスに有効な形でリソースを投下していくべきだと思うんです。

たとえば、日朝協議を見ていても、日本のインテリジェンス態勢は貧弱にすぎます。通常、表の交渉は外交部門、裏の交渉は情報機関が行うのが世界の常識ですが、今回の日朝協議では、表で宋日昊大使と公式協議をしているのも、裏で国家安全保衛部のキム・ジョンチョルなる人物と交渉しているのも、外務省の伊原純一アジア大洋州局長です。

濱?たしかに、現在の態勢では、公安が外交の裏を支えるという形にはなっていませんね。

竹内?私は、日本が「人権外交」を打ち出して中国での民主化の動きにコミットするべきだと思うんです。

アメリカには「全米民主主義基金」という基金があって、全世界の民主化グループを支援している。表向きは民間NPOですが、実は主な財源は連邦予算です。CIAが裏で工作をする一方、表の全米民主主義基金が、相手国内の民主化運動を金銭面で支援している。

日本も中国共産党と向き合いながら、一方では共産党の一党独裁体制の崩壊後を見据えて、民主化運動のリーダーたちと信頼関係を作るべきだと思います。

実は、私が今回書いた『背乗り』の中にも同様の外交理念を持つ人気政治家が登場するんですよ(笑)。

濱?私もそれには賛成ですね。日本では、せっかくNPOを法的に整備したのに、当時は自社さ政権でしたから、妙に骨抜きのシステムになってしまった。これは非常にもったいない。

竹内?私は年末から年明けにかけて、日本でも国際情報機関を設置するための議論が活発になると見ています。水面下ではもうその動きも出始めている。ただ、それを国民がどう受け止めるか。戦前・戦中への反省から、反発も大きいでしょう。

濱?ただ、いまはインターネットや携帯電話で、どんな情報も簡単には隠してはおけない時代です。70年前とはまったく違う。公安は戦前の特高警察だと言って非難する人がいますが、いまの公安は似ても似つかないものです。

同期のなかで成績トップの10%が公安研修を受け、さらにそのなかの10%しか実際に公安部門には配属されない、志操の堅さが求められる部門ですよ。

竹内?しかし一方で謎めいたブラックボックスであらざるを得ない。神秘的だからこそ、興味深い存在なんですよね。



(私のコメント)

日本からノーベル物理学賞受賞者が3名選ばれましたが、青色LEDはエジソンの白熱電球以来の照明に関する大発明になります。古来より照明はランプなどの炎が照明になっていましたが、エジソンの白熱電球は革命的だった。その白熱電球からさらにLEDに照明の主体が変わった。

実際にも照明器具が急速にLEDに代わって来ていますが、節電と長寿命化によって受けるメリットは大きい。このように日本は技術大国なのですが、中国や韓国の産業スパイが日本企業に潜入してきています。技術者はお人よしが多いから簡単に技術をスパイに教えてしまう事も多いようで、盗んだ技術を自国で開発したと称して特許を取ってしまう事も多いようです。

しかしガラパゴス携帯のように技術を囲い込み過ぎて世界標準になれない事もあります。マイクロソフトのOSやアンドロイドのように最初は無料で公開してグローバルスタンダードになるや有料化すると言ったずるがしこさも必要でしょう。核となる技術はブラックボックス化していれば技術を公開しても主導権を奪われる事は無い。

日本企業は技術を中国や韓国に教えすぎたから、大型液晶テレビも半導体製造技術も持っていかれましたが、それに代わる主力商品の開発に失敗している。リチウムイオン電池も中国や韓国に主導権を取られつつあります。日本の電機産業は技術者をリストラして、リストラされた技術者は韓国や中国に企業に再就職した。そして日本の電気産業は衰退すつつあります。

情報戦争においては、相手のトップを捕りこんでしまえば勝ちであり、外交の情報戦争でも大統領や首相を捕りこんでしまえば、相手国を自由自在に操る事も可能です。日本には情報機関がないからスパイ戦争には無力であり、CIAやKGBなどに対するカウンターパートがない。表の外交交渉とは別に情報機関同士の裏交渉も必要だと思うのですが、日本の政治家は中央情報機関を作る事に抵抗があるようだ。

スパイ防止法を作ろうとして、谷垣幹事長が潰したことは以前にも述べましたが、谷垣氏は若い頃に中国でハニトラにあったようだ。日本の政治家や高級官僚が中国に行くと、賄賂攻勢や美女の接待を受けて取り込まれてしまうようですが、それは情報機関の常とう手段であり、それを防ぐのが情報機関ですが、日本にはそれが無い。

防諜活動の一部としては警察の公安などがありますが、防諜活動に限られる。日本も対外諜報活動をする必要があると思いますが、中国などに取り込まれた政治家が反対する。香港などの民主化デモなどにも表や裏からも支援して、日本に都合のいい国家に作り変える事も必要だ。

現代ビジネスの記事にもあるように、「スパイが他人の戸籍を乗っ取って、その人になりすまし、日本に潜伏する」事もあるようだ。日本の政治家にも先祖をたどると日本人でない場合が沢山あるようですが、日本に帰化しても中国や韓国に忠誠を尽くす人が多いようだ。アメリカでも中国系アメリカ人がスパイ行為を働いている。

歴史を見ても日本は謀略にかかりやすく、明治維新以降もイギリスなどの謀略に踊らされてきた。しかしそのイギリス自身もそしてチャーチルも対応を誤り大英帝国の崩壊の引き金を引いてしまった。日本を敵に回してアジアの植民地失ってしまった。

情報機関がいくら優秀でもトップがバカだと、いくら有用な情報をもたらしても生かされない。NHKの大河ドラマで「黒田官兵衛」を放送していますが、秀吉が日本を統一できたのは官兵衛のおかげだろう。しかし末期にはその官兵衛の言う事を聞かなくなり暴走してしまった。

戦わずして勝つことが情報戦争の一番の課題であり、イギリスにとっても二つの世界大戦を戦う必要は無かったのですが、戦った事で大英帝国の没落を速めた。ドイツの台頭に焦ったからでしょうが、ナポレオン戦争の時のようにロシアとの戦争で消耗した段階でドイツを叩けば最小限の負担で済んだはずだ。

このように情報機関も必要ですが、大戦略家も必要であり、最小限の負担で最大限の成果を得るような策略も必要だ。日本も中国の台頭は脅威ですが、米中及び米ロを対立見ていれば良く、アメリカの消耗を傍から見ていればいい。そしてアメリカは世界の警察官を止めてアジアや中東から軍を引いていくだろう。

その時のために日本は自主防衛体制を固めて核武装も可能にすべきだろう。アメリカの衰退した後は群雄割拠の時代になって非常に危険な世界になるだろう。核戦争の時代においては情報戦が戦争の主力になり、プロパガンダ合戦になるだろう。中国や韓国が歴史問題で日本に仕掛けて来ていますが、日本も朝日新聞の誤報を認めさせたように反撃も必要だ。しかし日本には対外情報戦略がない。

世界的な情報戦争の時代に入ると、ネットのブロガーが情報戦の主体になり、世界各国のブロガー同士の情報戦が始まっている。中国のようにネットに制限を加えていては意味がなく、戦う前に敗北を認めたようなものだ。今までは高級紙の記者が世界世論を作り出していましたが、これからはブロガーが主導権を持つようになるだろう。

アメリカのブロガーで有名なのは「テキサス親父」ですが、動画サイトで精力的な活動をしている。他のアメリカの政治サイトで有名なのはTHE DISHと言うサイトですが、先見力で「株式日記」に劣るようだ。著者であるサリバンはイラク戦争に大賛成しており、最近ではオバマ外交を支持している。ハーバード卒だそうですが、オバマ外交の無能さが分からないのだろうか?


マスメディアを越えて読まれているアメリカの「政治ブログ」。 2013年10月16日 阿智胡地亭の非日常

アメリカで「政治ニュースは何で見ていますか?」と質問すると、「ブログです」との答えが多いことはご存知でしょうか?

アメリカには、大手メディアのニュースサイトよりも人気があるとされている「政治ブログ」がたくさんあります。

先日紹介したデイリー・コスもその1つですが、今日は「個」が強調された人気ブログ、THE DISHを紹介します。

このブログの筆者は、アンドリュー・サリバンというイギリス出身でハーバード大学博士号を持つブロガーです。

彼は基本的に保守よりの政治スタンスをとっていますが、軍国主義的な右翼思想とは違い、ケースバイケースで共和党支持になったり、民主党支持に傾いたり、時には左翼系の人を支持するなど、さまざまな傾向が見られます。

言うなれば、彼のブログを読むと、アメリカ政治の右から左までを網羅できてしまうし、彼の言葉で、彼の息づかいで楽しく政治を読めるというのが1つの魅力のようです。

「ブログ」と言うと、日本では「日記」の意味合いがまだ強く、インターネットの媒体であるということもあり、信頼性に欠けるのではないか、と思う方も多いかもしれません。


ところがアメリカでは、サリバンのブログがあまりに支持されているせいか、ハーバード大行政大学院の学部長をつとめるスティーヴン・ウォルトが、自身が書くアメリカの有名な外交誌『フォーリン・ポリシー』のブログで、「私もサリバンのようなブログが書けたらな」と羨望のコメントをよせたというような話もあり、アメリカ社会に一定の影響力を持っていると言っても過言ではないようです。(後略)




冷戦が終わりアメリカが日本を繁栄させておく必要はなくなった。
さらに今、アメリカ一極覇権の時代すら終焉しつつある。


2014年10月7日 火曜日

中野剛志氏が指摘「世界は今、第2次世界大戦直前に匹敵する危機的状況」 10月7日 週プレNEWS

緊張が続くウクライナ情勢、中東では「イスラム国」が急激にその勢力を伸ばし、シリアとイラクの広大な地域を支配しつつある。米ソ冷戦の終結後、「唯一の超大国」として世界に君臨してきたアメリカのグローバル覇権が衰退し、世界情勢の不安定化が進んでいる。

そうした現代の姿を国際政治学の視点で描き出したのが中野剛志(たけし)氏の『世界を戦争に導くグローバリズム』だ。もちろん、日本もそうした世界情勢の激流と無縁ではいられない。むき出しの「力」による政治の時代に取り残されつつある戦後日本の脆(もろ)さにも鋭く警鐘を鳴らす。中野氏に聞いた。

―中野剛志(たけし)さんといえば、『TPP亡国論』がベストセラーになり、TPP(環太平洋経済連携協定)の「反対派の急先鋒」として活躍したというイメージが強くあります。それなのに、今回は国際政治学の立場から「現代」を読み解くというテーマで、意外でした。

中野 TPPのときは、テレビなどでうっかり目立ってしまったりしてしまったけれど(笑)、大きな文脈として本当に関心あるテーマは、今回の本のほうなんですよ。

TPPは僕の問題意識の氷山の一角にすぎなくて、20年以上研究してきたのは、国際政治の中で日本が置かれている状況についてでした。冷戦終結とソ連の崩壊によって、アメリカが世界唯一の覇権国になりましたが、早い段階からそれも長くは続かないだろうという予感があったんですよね。

さらに確信を強めたのは、2003年にイラク戦争をアメリカが始めたときです。「これは間違いなく致命的なミスになる。アメリカの覇権の寿命を縮めることになる」と思いましてね。

当時、そういう論文も発表したんですよ。TPPのときと同じで、誰も本気にしてくれなかったけれども(笑)。

―とんでもない、TPPのときは鋭い経済分析が評判でした。

中野 経済でいえば、間違いなく、2008年のリーマン・ショックでアメリカは衰退のスピードを加速させましたよね。リーマン・ショックが起きた瞬間に僕はこう予想しました。沈みゆくアメリカは利己主義的に振る舞い、よその国の市場や雇用を奪おうとしてくるだろう、と。

だから、こんな世界の大転換期に、アメリカが提案してきたTPPなどに、日本が安易に乗っかろうとするのは非常にまずい。そういう問題意識から、いち早く反対の論陣を張ったけれども、TPPはアメリカの覇権の衰退という非常に大きな問題のごく一部の側面でしかないんですよ。

それに加えて、経済のグローバル化がいきすぎると、景気が後退局面に入った途端に国家間の対立と緊張が高まることがまったくといっていいほど理解されてない点にも問題があると感じています。

へたをすれば、戦争になるんですよ。歴史を見ても、グローバル経済が失速し、世界大恐慌が起こって、第2次世界大戦につながりましたからね。

―本書でアメリカの外交戦略を読み解く視点として強調しているのが国際政治学の「理想主義」と「現実主義」という切り口です。

中野 わかりやすく言うと「理想主義」というのは、「自由と民主主義という理想を掲げ、国際協調を行ない、経済的には自由貿易を進めると国家は戦争をしなくなる」という見方です。グローバル化が平和につながるという考え方ですね。一方の「現実主義」の論者たちは、「国家というのは自国の利益と安全保障を中心に考えるものである」とみる。

理想主義のほうが日本では人気なんですよ。理想主義の経済的な側面であるグローバリズムもカッコいいと思っている人が多いでしょう。「力」を強調する現実主義よりも、理想主義やグローバリズムは平和的で、しかも道徳的に響きますから。

けれども、実際はそうじゃない。イラク戦争がいい例です。アメリカ式の「民主化」をするために、戦争まで起こしてしまうのが理想主義なのです。アメリカはどこまでも自分たちの価値観に基づき、自分たちの定義する自由や民主主義を強大な「力」を背景に世界に押しつけてきた。

しかも、彼らはその理想主義がうまくいくはずだと楽観してしまうのだけれど、各国それぞれに価値観は違うから反発を招くのは必至です。イラク戦争の後に、中東がむしろ不穏になったのは、そうした理想主義の失敗のせいです。ウクライナの危機も同じ構図です。アメリカが理想主義に走り、ロシアの隣のウクライナにまでアメリカ的な価値観を広め、勢力下に置こうとしたことがロシアの反発を招き、紛争になったのです。

― 中東情勢には、アメリカは本当に手を焼いているようですね。

中野 世界各地で秩序が維持できなくなり、あまりの負担の大きさに、アメリカは「世界の警察官」から降りようとしています。つまり、アメリカの国益のために世界から撤退したいという現実主義的な外交戦略です。シリア内戦で19万人もの人々が死んでいても、ウクライナの問題が起こっても、オバマ政権が軍事介入を避けてきたのは現実主義への転換を図っていたからです。

しかし、この転換もうまく進んでいるとは言い難い。ついに「イスラム国」への空爆にも踏み切りましたしね。アメリカ人ジャーナリストふたりが残忍に首を切られて殺害され、アメリカの中間選挙が近いとなると、何もしないではいられなくなったのです。

なぜなら、民主主義国家では自由や人権など、理想主義的な価値観をアピールしないと有権者の支持を得られないのです。オバマ政権は、国民の支持をつなぎとめるために、理想主義をやめたくてもやめられない。

しかし、この先も理想主義を続ければ、アメリカの覇権の寿命がもたない。一方で現実主義を強めれば、国内でオバマ政権の寿命が縮まる。アメリカはそうしたジレンマに追い込まれているのです。

―そんななか、日本はどうしたらいいのでしょうか?

中野 世界の情勢の歴史的な変化を認識するということから始めるべきでしょう。そもそも、戦後の日本の繁栄は冷戦のおかげでした。米ソの対立のなかで、日本が共産化しないようにアメリカが自ら日本の安全を守り、経済に集中させて復興を支援し、貿易では自国の門戸まで開いて支えてきた。日本が繁栄できたのは当たり前です。そんな冷戦期に、アメリカに従順でいようと考えた日本の外交政策は理解できなくもない。

しかし、冷戦が終わりアメリカが日本を繁栄させておく必要はなくなった。さらに20年たった今、アメリカ一極覇権の時代すら終焉(しゅうえん)しつつある。

それなのに日本は今でも「日米同盟」と「自由貿易」という冷戦時代の方針にしがみついている。まさに「2周遅れ」の状態です。

―日本もアメリカも、世界の情勢について、ずいぶんはき違えているのですね。

中野 はき違えの度合いは日本のほうがひどいのですが、アメリカのはき違いは世界に大いなる迷惑をかけてしまうわけですよ。

本書でわかってもらいたかったのは、世界は今、第2次世界大戦直前に匹敵する危機的な状況にあるのだということ。当然、日本が尖閣諸島の問題などで戦争に巻き込まれる可能性も十分にあるでしょう。そのときアメリカが必ず助けに来るかといえばそうではない。日本の繁栄を支えた「戦後」は、すでに終わっているのです。

◆世界を戦争に導くグローバリズム (集英社新書)



(私のコメント)

昨日は冷戦構造が終わり、資本主義対共産主義や右翼対左翼の対立が終わり、左翼は行き場を失って、中国や韓国の反日に同調する事で組織を守ろうとしてきた事を書きました。左翼は新しい基本理念を打ち出せず、むしろ愛国保守が「反グローバリズム」の基本理念を打ち出してきました。TPP反対運動などがそうですが、グローバリズム対反グローバリズムの時代に入っています。

グローバリズムと言うのはアメリカ帝国主義を言い換えたものに過ぎず、アメリカは金融で世界を支配しようとした。アメリカはドル札をバンバン印刷しまくって世界から物を買ってきた。それに対して日本はドルを買い支える事でドル安円高が30年以上も続いてきた。アメリカは紙切れを印刷して円を買っていれば、1ドル=360円が1ドル=75円になったのだから円を買っていれば資産を4倍以上に膨らませる事に成功した。

グローバリズムで一番恩恵を受けたのは中国であり、アメリカは中国に集中投資してBRICS戦略を打ち出した。日本から資本と技術を中国に移転させて経済発展すれば、アメリカは先回りして投資してきた資本を何百倍にもして回収した。新興国が発展して日本が停滞したのは円高政策の為ですが、日本か工場を新興国に移転させてきた。

70年も経つのに、アメリカがいまだに軍隊を駐留させておくのは日本政府を思い通りに操るためであり、冷戦が終われば在日米軍は要らなくなるはずだった。しかし高度成長で豊かになった日本を収奪する事が残っており、日本企業を根こそぎ買収して外資による乗っ取りが残っていた。

マスコミはこの事を「構造改革」と呼んで、BIS規制や三角買収など外資に都合よく改造されて行った。日本の政治家や学者はこの事が見抜けず「構造改革」をお経のようにテレビで連呼していた。その事に警鐘を鳴らしてきたのが「株式日記」であり、小泉構造改革に反対してきた。消費税の増税も国民を収奪する手段であり、経済成長による財政再建は財務省によって潰されてきた。

アングロサクソン流の支配方法は、バランスオブパワーであり日本に中国を対立させることで東アジアを支配する事だった。円高と人民元安はセットされた事であり、日本の富を中国に移転させることでバランスをはかったのだ。円高を防ぐことは簡単であり金融を緩和すれば円安になる事が証明された。

日本の外務省や財務省はアメリカ政府の出先機関であり、在日米軍が後ろ盾になっていれば政治家や官僚はどうする事も出来ない。日本はすっかりアメリカのグローバル支配体制に組み込まれてしまった。アメリカ政府は日本の自主独立路線を非常に警戒しており、第一次安倍内閣での「戦後レジームから脱却」と言うだけで神経質になった。

TPPは日本収奪の最終段階であり、国際条約には国内法に優先するからTPPが成立すれば日本は永久にアメリカに収奪される事になる。すでに韓国はそうなっており、サムスンやヒュンダイは栄えても国民は豊かにならない。マスコミもアメリカの意向を汲んだ記事に満たされて行く。

それに警鐘を鳴らし続けてきたのが愛国保守派であり、反グローバリズムを基本理念としている。自主独立路線であり自主防衛と核武装を目標としている。全てアメリカや中国に収奪されないためであった。それに対してアメリカや中国は歴史問題で連携して、従軍慰安婦や南京大虐殺など持ち出して東京裁判史観で日本国民の自立心を抑え込みにかかった。

中野剛志氏の『世界を戦争に導くグローバリズム』と言う本は、その事を一冊の本にまとめた本であり、日本にとってアメリカに依存し過ぎる事がいかに危険かを説いている。TPP反対もアメリカの利己的な振る舞いに警鐘を鳴らしたものであり、アメリカの衰退にまで日本は御付き合いをする必要はない。




最近、共産党は「憲法第9条は世界の宝」などと言っているが、
その第9条に反対したのが共産党であった。 筆坂秀世


2014年10月6日 月曜日

左翼はなぜ力を失ったのか 10月6日 筆坂 秀世

日本から革新勢力をなくしたソ連崩壊

ソビエト連邦が崩壊したとき、「これで保守と革新の対決は消滅した」という議論が多くなされた。これに対して日本共産党は、この『保革対決消滅』論は、真の革新政党である共産党の存在意義を無視しようとする攻撃であり、そんなことは断じてない、と主張した。もう二十数年前の話である。

 だがそれから数年経った時、共産党の文書から「革新」という言葉は消えていた。現在でも使われているのは、「革新自治体」というときだけである。ソ連崩壊以前は、日本社会党(現在の社民党)と共産党の間でどちらが「革新の本家」か、革新の本家争いをしていたものである。「革新3目標」とか、「政治革新」とか、日本共産党の文書には「革新」という言葉が躍っていた。いわば党の存在意義を象徴する言葉であった。

 ところが1994年、村山富市社会党委員長を首班とする「自社さ」連立政権が誕生した。保革対決どころか、社会党は保守陣営に飲み込まれてしまった。

 米ソ冷戦体制の終結は、その日本版であった保革対決の構造をも消滅させてしまった。そして、共産党の文書からも「革新」の言葉が消えてしまったのである。

保革対決は資本主義と社会主義の対決だった

 共産党は「我こそが日本の革新勢力の代表だ」と言ってきたが、実はそれは社会党に向かって言っていたのだ。だから社会党が消滅すると「革新」という言葉を振り上げる場がなくなってしまった。それはそうで、自民党に向かって言ってみても仕方がないフレーズだ。

 これは当然の帰結だったと言える。日本における保守と革新の対決とは、資本主義と社会主義の対決であった。だがソ連や東欧の社会主義陣営の崩壊は、社会主義の敗北を世界中の人々の前で鮮やかに立証した。

共産党は、「ソ連の体制は、本当の社会主義ではなかった。社会主義はもっと良い社会なのだ」と盛んに主張した。今もそうだ。だがソ連が崩壊して20年以上が経過したが、社会主義への道をまったく示せないのが共産党の現状である。

 共産党綱領には、「社会主義・共産主義の社会をめざして」という章がある。「発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二十一世紀の新しい世界史的な課題である」というだけである。「前進をめざす取り組み」が21世紀の課題だとすれば、実現する世紀は22世紀以降のことなのか。

 これでは、社会主義革命に命を懸けようなどと若者に呼びかけることなどできない。

憲法制定時は第9条に反対していた

 周知のように共産党は、現憲法制定時、これに反対した。共産党の得意の言い方をするなら、「占領時、アメリカによって作られた現憲法に勇気をもって反対した唯一の政党です」ということになる。

 最近、共産党は「憲法第9条は世界の宝」などと言っているが、その第9条に反対したのが共産党であった。

 今になって、「9条に反対したのは、当時の吉田首相が自衛権すら日本は持たない、と答弁したからだ。その後、自衛権は持っていると改めたので第9条への評価を変えた」と弁明している。これは真っ赤なウソである。1970年代に党大会で決定した「民主連合政府綱領提案」でも、80年代にまとめた政策集でも、憲法第9条の改正を明記している。

 憲法第9条は、アメリカが平和主義の立場で書き込んだものではない。厄介な日本を丸腰にし、軍事的空白は在日米軍が埋めるという構想からである。共産党にとって、「独立」というスローガンも重要な政策提言であった。日米安保条約を廃棄して在日米軍をすべて撤退させると同時に、憲法第9条を改正し、自前の軍事力を持つことを提起していたのだ。

 「第9条は世界の宝」などという軽薄なスローガンは、独立の気概を失ってしまった共産党からしか生まれてこないものである。

共産党が現憲法を擁護するのは自殺行為

 個人の自由、民主主義、幸福追求権、平和主義などの憲法的価値も、共産党は無条件に賛美している。だがこれらの価値は、資本主義の生み出した価値である。そのうえ、どれ1つを取っても危うい価値観である。個人の自由や幸福追求権は弱肉強食の論理につながる。軍隊を持たない平和主義は、国や国民を守る意識を薄弱にする。(後略)



(私のコメント)

もはや日本の言論勢力は、右翼対左翼と言った構図ではなくなり、右翼対保守の言論戦になっている。言い換えれば親米右翼と愛国保守の構図であり、左翼は反日勢力として中国や韓国との連携で反日化している。愛国革新派は存在すらしていない。

左翼は共産主義というスローガンを失い、単なる批判勢力として中国や韓国と手を組んで「平和憲法を守れ」とか「集団的自衛権反対」など中国や韓国を利する政策で手を組んでいる。共産党も本来は自主防衛と憲法9条に反対のはずだった。ところが共産党も中国との関係が改善されると「憲法9条を守れ」と言い始めた。

日本は、アメリカの半永久的な植民地として憲法9条と日米安保がセットされた。親米右翼はこれを支持しているし、反日左翼もこれを支持している。「株式日記」では愛国保守の立場から自主憲法の制定と核武装を主張していますが、親米保守や反日左翼と対決しなければならない。

共産党にしても共産主義と言う錦の御旗が無くなり、単なる政府批判勢力でしかなくなった。だから戦前の事を持ち出して中国や韓国と連携して政府批判をしていますが、外国の力を借りないと反日左翼は活動そのものが出来なくなってしまった。

それに代わって台頭してきたのが、愛国保守の勢力であり「日の丸デモ」などによって存在をアピールしている。よく保守と右翼と混同されますが自主独立と親米の違いがある。左翼と右翼が対立していた頃は保守も右翼も同じ勢力でしたが、90年代のアメリカによる日本叩きが露骨になり米中経済同盟がはっきりして来ると、米中による日本挟撃を批判する勢力が出てきた。

かつての共産党は、筆坂氏が言うように改憲や自主防衛など愛国保守と共通する政策を主張していた。しかし社会党が崩壊してしまうと共産党も社会党化して反日左翼と変わらなくなった。日本共産党幹部たちは労働貴族化してビルを新築したり別荘を買ったりして、一般党員はカンパの提供に苦しむようになって来た。

野党勢力は共産主義と言う錦の御旗が無くなり、反日で政府を揺さぶるしか存在を示せなくなり、従軍慰安婦問題や靖国参拝反対などで勢力をまとめなければならなかった。日教組などは修学旅行で韓国や中国の反日記念館などを見学コースに組み込んで活動している。

朝日新聞の一部誤報を認めた事で、反日を運動の核とした活動も限界が来ており、勢力の拡大に失敗している。民主党も革新勢力としての核がないから政権を取ったとたんに自民党と変わらなくなり、マニフェストは骨抜きにされてしまった。

共産党は、冷戦時代の遺物となり共産党員も高齢化して、デモなどの活動も労働組合の活動の一部として細々としたものになった。本来の共産主義思想は資本主義が行き詰って共産主義に進化するものであり、ソ連や中国の共産主義は偽物だったのだろう。

むしろ西欧や日本で社会民主主義国家として福祉政策などが実現しましたが、アメリカは市場原理主義国家として弱肉強食の世界が実現している。愛国保守はアメリカ的な市場原理主義に反対して、TPPに対しても懐疑的だ。反グローバル主義でありそこが親米右翼と意見が異なるようだ。

市場原理主義もグローバリズムにしてもアメリカのイデオロギーであり、アメリカは金融で世界をコントロールしようとしてきた。それに対してヨーロッパでは反グローバリズムや移民排斥などの極右勢力が台頭している。スコットランドの独立などもグローバルな世界とは逆行するものであり、統一通貨のユーロなども失敗している。

現代の対立構造は、グローバル主義対反グローバル主義であり、グローバル主義とはアメリカ帝国主義の言葉のすり替えに過ぎなない。TPPなどもグローバル主義に基づくものであり、市場原理主義経済では基軸通貨の支配権を持つ国が覇権国家となれる。日本も長い間ドル安円高に苦しんできましたが、グローバル市場経済でコントロールされて、日本から中国への技術と資本の移転が強要された。国際金融資本がそのように決めたからだ。

日本共産党も新しい時代の変化に対応できればいいのですが、資本主義対社会主義の対決はこれからなのだ。言い換えればグローバル主義対反グローバル主義の対立であり、愛国保守派が反グローバル主義の主導権を持たなければならない。




権力の監視者であるマスメディアという「第四の権力」を
さらに監視する「第五の権力」を持ち始めたブログメディア


2014年10月5日 日曜日

ブロゴス、民主主義、第五の権力 10月4日 本山勝寛

ブログメディア大手「BLOGOS(ブロゴス)」が開設5周年を迎えたそうなので、お祝いとともに、ブロゴスが担ってきた役割と今後への期待、自分自身のブロガーとしての関わりについて書き留めておきたい。

BLOGOS編集部によると、現在の参加ブログ・メディア数は950超、アクセス数は月間約3500万ページビュー、月間来訪者数は約600万、そのうち8万人がコメント投稿が可能なログインユーザで、1日平均で900件を超えるコメント投稿があるとのこと。

この数字自体はネットメディアとして突出しているかどうかは分からないが、政治・経済・社会問題など普通は読まれにくい硬派なオピニオン・提言型のブログを集積し、ブログメディアというプラットフォームを一つのメディアとして日本に定着させた功績は大きいと感じる。特に、編集部がこだわっているであろう「両論併記」というポリシーは、これまでの新聞社発メディアにはなかった面白さがある。たとえば、同じテーマで赤旗と自民党議員の記事が両論ピックアップされたり、ブロゴス上でブロガー同士が意見を戦わすことで、議論がより深まるケースも散見される。

私は、昨年の3月からブロゴスにブロガーとして参加し始め、合計137の記事が掲載された。総ページビュー数はブロゴス上ではおそらく150万ほどかと思う。他にもアゴラやそこから転載されるYAHOOニュースにも掲載されるが、いずれの場合も個人ブログだけをやっていたら、そのように多くの人に読まれることはなかったかと思う。特に、ブロゴスの両論併記というポリシーによって実現する、ブロガー間で議論を交わすやり取りはちょっとした醍醐味を感じさせてもらっている。たとえば、育休3年の議論や奨学金滞納報道問題配偶者控除廃止などはブロゴス上で議論を交わしたのが話題となり、ヤフートピックスや新聞雑誌にも取り上げられたりした。

世の中の社会制度がどうあるべきかを、政治家や役人、マスコミだけが考えるのではなく、社会を構成する一人一人がオープンに意見を交わし、その議論の流れがマスメディアにも影響を与えることで、政策にも反映されていくといった仕組みが、ブロゴスを代表とするブログメディアやソーシャルメディアによって形成されつつあると、今後の期待も込めながら感じるところだ。直近では、朝日新聞の「吉田調書」スクープに対していち早く誤報と指摘したブロガー記事を掲載し拡散させたのがブロゴスだったことは象徴的事件だったといえよう。権力の監視者であるマスメディアという「第四の権力」をさらに監視する「第五の権力」を持ち始めたのが、ブログメディアやソーシャルメディアを持った国民一人一人であり、時々ある大雑把な選挙で数年間の方向性を決める間接民主主義よりも、ずっと民主主義らしい精神を具現化しているのかもしれない。

とはいえ、ブロゴスだろうがハフィントンポストだろうが、まだまだマイナーメディアであることに変わりはなく、マスコミが動いて初めて世論が動くことは変わっていない。ただし、マスコミとの緊張感、政治家との緊張感が、ソーシャルメディアを通して国民のなかに少しずつ形成されていくことで、世の中が少しずつ変わっていくのではないかと淡い期待を寄せながら、一ブロガーとしてこれからも意見を述べていきたいと思う。


第五の権力---Googleには見えている未来(著)

(カスタマーレビュー)
【SFを超える迫力】
『第五の権力――Googleには見えている未来』(エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)は、世界の80億人がインターネットで繋がる近未来を予測しているが、しっかりした論拠に基づいているので、絵空事のSFを超えた迫力で迫ってくる。

【未来は明るいのか暗いのか】
著者の主張は、3つにまとめることができる。第1は、技術は、それ自体は諸悪を解決する万能薬ではないが、賢明に利用すれば大きな成果を生むということ。第2は、仮想世界は、現実世界の既存の世界秩序を覆したり、組み替えたりすることはないが、現実世界のあらゆる動きを複雑にしていくということ。第3は、国家は、2種類の外交政策と2種類の国内政策を、つまり仮想世界と現実世界とでそれぞれ異なる政策を実行することになるということ。

「未来の展望や可能性について考えていると、人類史上最もペースが速く最も刺激的な、輝かしき新時代が、今まさに始まろうとしていることに気づく。これから私たちは、過去のどの世代よりも多くの変化を、より速いペースで経験することになるのだ」。しかし、「それには代償が伴うことも知っておくべきである。特にプライバシーとセキュリティに関わる代償だ」。このように、プラス面だけでなく、マイナス面にも目配りが利いている点が、本書の特徴と言える。そして、「プライバシーとセキュリティ・4つの対処戦略」が示される。

【医療分野では】
「近い将来に実現する健康と医療分野の進歩は、多くの画期的な新しい進展のなかでも、特に重要なものになるだろう。またコネクティビティが向上しているおかげで、過去のどんな時代よりもずっと幅広い層の人たちがこの恩恵を受けられる。病気の発見と治療、カルテの管理、個人の健康状態の監視といった面での進歩に、デジタル技術の普及という要素が加われば、何十億もの人たちが医療や医療情報をより公平に利用できるようになるのだ」とし、多くの具体例が挙げられている。また、「遺伝子検査の進歩により、個別化医薬品の時代が到来するだろう」と見通している。

【ウィキリークスは危険】
著者は、ウィキリークスの思想は危険だと断言する。「判断力に欠ける者が人を死に追いやるような情報を流す危険がつきまとうからだ」。これに対し、ウィキリークス代表のジュリアン・アサンジは、本書を「テクノロジー至上主義的な帝国主義への青写真」と批判し、「この本は、未来のために戦う者たちの必読書である――『汝の敵を知れ』という意味において」と述べている。

【報道の危機】
「現在の主流報道機関が、世界のニュース報道でますます遅れをとるのは、火を見るより明らかだ。どんなに優秀な記者や特派員がいても、どれだけ情報源をもっていても、誰もがつながる時代になれば、大きな組織は十分速く動くことはできない。・・・多くのメディアは今のままでは生き残れない。生き残れるのは、新しいグローバル市民のニーズの変化に合わせて、報道の目的や手法、組織構造を修正していける報道機関である」と手厳しい。

【非民主主義国家では】
グーグル会長である著者が、「中国はここ数年、グーグルをはじめとするアメリカ企業に、サイバー攻撃を仕掛けている。・・・グーグルは調査を進めるうちに、中国政府またはその代理人が、攻撃の背後にいると断定できるだけの十分な証拠を収集した。技術的な手がかりのほか、一部の攻撃が中国人人権活動家を標的としていたことからも明らかだった」と明かしている。

シンガポール首相のリー・シェンロンが、こう語っている。「中国で起こることは誰にも、中国政府にさえ、完全にはコントロールできません。・・・ネットユーザーが国民の少数派から多数派になるのは、指導部にとって厄介なことでしょうね」。


(私のコメント)

朝日新聞の誤報問題は、メディアの交代を示すものであり、既存のマスメディアは、ネット情報の速報性と質と量に敵わなくなって来つつあるように見える。もちろん新聞やテレビなどのマスメディアが主流なのでしょうが、朝日新聞などが誤報をすればネットで祭りになり叩かれるようになった。

朝日新聞が、吉田証言の虚偽に気が付いていながら32年間も無視し続けてこられたのは、新聞記事を批判できるメディアが80年代から90年代には無かったからだ。2000年頃からブログメディアが育ち始めてきましたが、まだまだ質量ともに乏しかったのが、最近になると時事系のブログも多くなり、朝日新聞も抗しきれなくなって来たからだ。

グーグルの会長によって書かれた「第五の権力」と言う本は、これからのメディアの将来を見通した本であり、多くの示唆に富んでいるようだ。私はこの本を読んではいないが、「現在の主流報道機関が、世界のニュース報道でますます遅れをとるのは、火を見るより明らかだ。どんなに優秀な記者や特派員がいても、どれだけ情報源をもっていても、誰もがつながる時代になれば、大きな組織は十分速く動くことはできない。・・・多くのメディアは今のままでは生き残れない。生き残れるのは、新しいグローバル市民のニーズの変化に合わせて、報道の目的や手法、組織構造を修正していける報道機関である」と指摘している。

もはや大手新聞社のエリート記者が記事を発信する時代は終わりつつあり、フリーランスのブロガーによって、朝日新聞の誤報が指摘され、朝日新聞の社長がお詫びの会見を開く時代が来ている。政府権力者にとっても新聞やテレビをコントロールしていれば済んだ時代が終わり、無数にいるブロガーを取り込むことは不可能だ。

「株式日記」も1億円出してくれれば御用記事を書きますと宣伝しているのですが、どこも買収しようというところは無いようだ。しかし新聞社やテレビ局は数社しかないから簡単に買収する事が出来る。朝日新聞にしても編集幹部がハニトラや利権で買収されれば、従軍慰安婦問題のような記事を書くのだろう。

朝日新聞の従軍慰安婦問題は、朝日の植村記者という利害関係者が記事を書いていた事もあり、そこに日本人の弁護士が1兆円の利権を嗅ぎ付けて加わってきた。その辺は池田信夫ブログに詳しいが、このような事はテレビや新聞には報道されない。せいぜい週刊誌や月刊誌などに書かれても影響力は限られていた。

ブログは、数からいえばまだマスメディアには敵いませんが、影響力は大きい。だから中国などではネットを取り締まってアクセスできないようにしていますが、ネットを完全に遮断する事は不可能だ。「第五の権力」では、「中国はここ数年、グーグルをはじめとするアメリカ企業に、サイバー攻撃を仕掛けている。・・・グーグルは調査を進めるうちに、中国政府またはその代理人が、攻撃の背後にいると断定できるだけの十分な証拠を収集した。技術的な手がかりのほか、一部の攻撃が中国人人権活動家を標的としていたことからも明らかだった」と指摘している。

「株式日記」もプロバイダーに手を回されて遮断された事もありましたが、記事の削除も何度も求められた。しかし記事自体はコピーされてネットに出回ってしまって完全に遮断する事は不可能だ。ジャスミン革命も香港の大規模デモもネットで自然発生的に起きて、政府がマスコミを動員してコントロールしようとしても難しい。

しかしネット情報を過信しすぎるのも問題であり、「第五の権力」でも「判断力に欠ける者が人を死に追いやるような情報を流す危険がつきまとうからだ」と言う危険もある。特の年少者がいじめでネットを使う例があり、年少者のネット利用は親が制限する必要があるだろう。年少者はメディアリテラシーが出来ていないから、情報を選別する能力がないのだ。




香港でも「しばき隊」が出動してきたようで、
どこが動員をかけているのでしょうか。


2014年10月4日 土曜日

香港抗議活動 市民どうしもみ合いけが人も 10月4日 NHK

学生や市民の抗議活動が続く香港では、3日夜、一部の地域で抗議する学生らと、長引く抗議活動に不満を訴える人たちの間で激しいもみ合いが起き、けが人が出ました。
香港政府トップの行政長官は緊急のメッセージを発表し、現場にいるすべての人たちに解散するよう呼びかけました。

香港の行政長官選挙の改革に対する市民の抗議活動を巡っては、香港政府が2日、事態の収束を目指して学生らの代表と近く対話を行う準備があると発表しました。
3日夜、九龍半島の繁華街では、道路を占拠して抗議活動を続けている学生や市民に対して、長引く抗議活動に不満を訴える大勢の人たちが押し寄せて学生らを排除しようとしました。
警官隊が双方の間に入って事態の鎮静化を図りましたが、至るところで激しいもみ合いが起き、けが人が出て2人が逮捕されました。周辺の人からは「学生たちには理念があり、彼らが支持する民主的な選挙には香港の重要な価値がある」と抗議活動を支持する声が聞かれた一方、「学生たちは違反行為をしており、彼らのような一部の人が香港全体を代表しているわけではない」と不満の声も聞かれました。
激しいもみ合いを受けて、梁振英行政長官は緊急のビデオメッセージを発表し、現場にいるすべての人たちに解散するよう呼びかけました。
一方、抗議活動の中心的な役割を担っている学生団体は、無抵抗の学生たちが暴力を受けたとして、香港政府が直ちに暴力をやめさせなければ政府との対話には応じないという声明を出しました。

抗議活動の経済影響は

抗議活動の経済への影響について、香港を象徴する金融街・セントラルにある証券会社で市場調査の責任者を務める陳偉聰氏は「行政長官が学生側との対話の意思を示したことで短期的には市場の緊張感が緩むはずで、抗議活動によって香港から流出した資金が徐々に戻ってくるきっかけとなるだろう」と述べました。
そのうえで「金融街のセントラルでは抗議活動は行われておらず、株式市場の取り引きは通常どおり行われ、上場企業の大部分は活動にそれほど深刻な影響は受けていない。中長期的な香港経済への影響はさほど大きくないだろう」と分析していました。



(私のコメント)

香港でも「しばき隊」が出動してきたようで、どこが動員をかけているのでしょうか。中国政府も香港のデモでは軍隊を出す訳には行かないから、市民の言う名の共産党員なのでしょうか。思い出すのは北京五輪の時の長野における聖火リレーに中国政府が動員をかけて長野市は中国国旗に溢れた事があります。

このように中国は大量の留学生や出稼ぎと言う形で工作員を送り込んできます。当然香港にも工作員はたくさんおり中国政府がデモつぶしに香港版の「しばき隊」を出してきたのでしょう。いずれ「しばき隊」の正体は分かるのでしょうが、デモをデモで潰すのは違和感を感じます。




国内需要と売れ残りの影響も加味すると、実態上の
GDP成長率は、なんと▲17.1%に達してしまうのだ。


2014年10月3日 金曜日

日本経済は崩壊!?「在庫」でかさ上げされた偽のGDP数値 10月2日 植草一秀

発表された4−6月期のGDP成長率は年率▲7.1%。しかし、この衝撃の数値すら「在庫」という売れ残りの大量発生でかさ上げされた偽の数値にすぎない。このまま12月に迫った消費税10%増税の判断を安倍首相が誤れば、日本経済は完全に崩壊する!?

 ◇

 消費税率が8%に引き上げられ、日本経済にどのような影響が発生したのか。8月13日に発表された注目の4−6月期の実質GDP成長率は年率▲6.8%。9月8日に発表された改定値では年率▲7.1%になった。

 日本経済新聞などは、年初から「消費税増税の影響軽微」の大キャンペーンを展開してきたが、完全な誤報になってしまった。誤報というより、御用の報道であったというのが実情だが、あまた存在するエコノミストの大半が予測を外してしまったわけだ。

 ところが、驚くのはまだ早い。このGDP統計の中身をよく見ると、増税の影響は▲7.1%どころの話ではないことが判明した。

 GDPの構成項目の一つに「在庫」というのがある。GDP統計は「生産」の統計なので、生産したものが売れても売れなくても差別なくカウントされる。「在庫」というのは、売れ残りを表示するもので「在庫」が成長を押し上げた場合、当然喜んではいられない。

 4−6月期のGDP統計では、この売れ残りがGDP成長率を5.5%ポイントも押し上げた。国内需要はGDP成長率を11.6%も押し下げており、さらに売れ残りの影響も加味すると、実態上のGDP成長率は、なんと▲17.1%に達してしまうのだ

 4−6月期の家計消費は年率19.5%減少した。住宅投資は35.6%、民間設備投資も18.8%とともに減少した。文字通り、日本経済は撃墜されてしまった。

 安倍政権は「7−9月期から景気は持ち直し、景気回復を持続する」と主張しているが、まったく信用することはできない。

 4−6月期の撃墜から立ち上がれない日本経済。景気の先行きを左右する決め手は、GDPの6割を占める家計消費だ。だが、この家計消費が7月以降も低迷を続けている。政府は7月の台風、8月の大雨の影響を強調するが、家計消費が激烈に悪化している主因は、天候ではない。家計の財布の中身が激減しているからである。

 総務省が発表する家計調査によると、7月の2人以上世帯の実質家計消費支出は前年同月比5.9%の減少を示した。家計消費がここまで落ち込むと、GDPの浮上はあり得ない。家計消費が激減している最大の理由は所得の減少だ。7月の2人以上の勤労者世帯の実質収入は前年同月比6.2%減少した。財布の中身が減り、財布のヒモを固くしているのだから、消費が浮上するわけがない。

 別の統計になるが、7月の現金給与総額は前年比+2.6%と10年ぶりの高い伸びを示した。だが、中身を見ると、ボーナスが増えただけで本給そのものが増えていない。ひと月だけ増えても消費は盛り返さないのだ。

 財務省は来年の再増税を狙うが、客観情勢は完全な赤信号を送っている。安倍首相は早期に追加増税凍結の判断を示して、日本経済の崩落を回避するべきである。


(私のコメント)

安倍総理に財務省の官僚がどのような報告をしているのか分かりませんが、消費税増税による景気の落ち込みはマイナス17%に達しているという。マイナス7,1%と言う数字は生産された量であり、売れ残った在庫も生産された量に入っている。在庫が積み増しされれば生産も調整されるからGDPはますます減少する。

財務省は公共投資の前倒しで何とかなると思っているようですが、6割を占める消費が大幅なマイナスではGDPが伸びるわけがない。御用経済評論家を動員して「緩やかな景気回復が続いている」と訳の分からない事を言い続けていますが、リーマンショック以上の景気の落ち込みが起きている。

昨日の株価は420円の大暴落ですが、日本経済の落ち込みの実態が世界にばれてしまったからだろう。アメリカ経済もQEの打ち止めと金利の引き上げによって株価が大暴落する可能性があり、10月は危険な月だ。日本は110円の円安になっても株価が大暴落するようになってかなりの重傷と見えますが、日経新聞などは大本営発表を繰り返している。

アベノミクスによる円安株高による経済効果を、8%の消費税増税がぶち壊してしまった。財務省官僚の面子にかけても10%への消費税増税は行われるのでしょうが、その責任は安倍総理が負わねばならない。安倍総理には秘書官として官僚に取り囲まれているから、景気の実態が知らされていないからだ。

昨日の株価の大暴落で、財務省の官僚の言っている事はおかしいと気がつけばいいのですが、財務省の官僚は何が何でも消費税増税を強行するだろう。政治家たちは官僚に騙されたと言って言い訳をするのでしょうが、日本の最高権力は霞が関の官僚にあり、選挙で選ばれた政治家には何の権力も無い。安倍総理大臣は香川財務事務次官の首をはねることは出来ないのだ。

香川次官はミスター消費税と異名をとるほどの人物であり、勝栄次郎に次ぐ消費税増税派であり、安倍総理もすでに丸め込まれているようだ。本来ならば政治家が方針を決めて官僚が実行する役割ですが、官僚が決めて官僚が実行する仕組みになっている。しかし責任は政治家が取らされる。官僚は失敗しても責任はとらない。

問題の本質は、政治家が官僚に太刀打ちが出来ないからですが、政治家をサポートするスタッフに官僚以上の人材がいればいいのですが、官邸スタッフも財務省に逆らうことは出来ないようだ。私から見れば東大出のエリートもバカに見えるのですが、景気が落ち込めば税収も落ちる事が分からないのだろうか。

財務省と朝日新聞は体質が似ており、朝日新聞が反日が善であるように財務省では増税が善なのだ。そして増税した財務次官は名財務次官と呼ばれる。財務省は税を取る役所であり税率を上げる事が仕事であり、日本経済それでどうなろうと関係はない。仕事をやり遂げれば天下りをして優雅な老後が送れる。

気の毒なのは安倍総理であり麻生財務大臣だ。後世に日本経済をダメにした総理として名を残す事になるだろう。せっかくアベノミクスでデフレ脱却の糸口をつかんだのに消費税増税でオジャンになるだろう。財務省の役人こそ本当のシロアリであり増税で日本と言う大木を倒そうとしている。




どんなに真実を明らかにしたところで、一度できあがった
韓国人の歴史認識はけっして覆ることはない (呉善花)


2014年10月2日 木曜日

朴大統領をネット上で誹謗した主婦 懲役4月・執行猶予1年 10月1日 中央日報

  ポータルサイト討論掲示板に朴槿恵(パク・クネ)大統領を誹謗する内容を載せた40代の主婦が執行猶予付きの判決を受けた。

  ソウル中央地裁のイム・ジョンテク判事は、情報通信網利用促進及び情報保護等に関する法律違反(名誉毀損)容疑で起訴されたA(48、主婦)に対し、懲役4月、執行猶予1年を言い渡したと1日、明らかにした。

  Aは昨年6月、あるインターネット討論掲示板に「死ぬ日は遠くない」と題した文章を載せた。暴言を含むこの文章で、Aは「朴大統領は崔太敏(チェ・テミン)牧師、彼の婿チョン・ユンフェ氏と不倫関係」と主張した。

  Aは法廷で、「チョ・ウン牧師のインタビュー映像と政治家のインタビュー記事を見て事実と信じていた」と主張した。しかしイム判事は「この内容に対する客観的根拠資料を探した事実もなく、見たという記事も私生活に関する抽象的な風聞を伝えるものがほとんどであり、これを事実と信じたという主張は納得しがたい」と明らかにした。また「虚偽ということ知りながらも一般の人の関心が大きい朴大統領の私生活に関する内容をインターネット掲示板に載せた」とし「公共の利益のための目的は認めがたく、表現の自由の限界を越えた」と述べた。


<Voice緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国〔1〕/呉善花(拓殖大学教授) 10月1日

◆悲惨な「米軍慰安婦」の実態◆

 今年6月、米軍基地の近くで売春に従事していた「米軍慰安婦」122人が韓国政府に国家賠償を求めて集団訴訟を起こしました。もともと米軍基地に売春婦がいたことは韓国社会では広く知られていました。彼女たちは「ヤンコンジュ(洋公主あるいは洋姫)」と呼ばれ、人びとから後ろ指を差されたりしたものです。主要紙には「容姿が整っていること」などを条件に「米軍接客」の女性を募集する広告が掲載され、報酬はかなり高額だったことを覚えています。

 こうした「米軍慰安婦」たちは朝鮮戦争(1950〜53年)が終わったあとも50年代から80年代、さらに90年代に至るまで、売春街(基地村)で米兵を相手にしていました。表向きの好条件と違って、その実態はかなり悲惨なものであり、引退後も元売春婦として差別を受けながら、孤独で貧しい生活を強いられてきたのです。

 以前からこの問題は韓国の国会でも取り上げられてきましたが、今年になって122人もの女性が集団訴訟に踏み切ったのは、昨年、一人の女性が告発本を出したことがきっかけになっています。今年で64歳になるキム・ジョンジャ氏の証言録『米軍慰安婦基地村の隠された真実』には、韓国政府の厳しい管理下に置かれた基地村の実態が綴られており、私も大きなショックを受けました。

 本書によれば、キム氏は1950年生まれ。16歳のときに友人に騙されて基地村に連れていかれ、借金を肩代わりさせられてしまいます。基地村には韓国語でポジュ(抱主)という民間業者たちのハウスがひしめき合い、多くの若い韓国人女性が米兵相手に売春をしていました。1、2カ月我慢すれば、友人の借金は返せると思ったキム氏でしたが、稼ぎはすべて雇い主のポジュに奪われてしまいます。それどころか、部屋代や化粧品代、美容品代などを請求されて借金は増えていく一方。鎮静剤と偽ってポジュから渡された薬はじつは麻薬で、その代金も借金に上乗せされており、いつ終わるとも知れない地獄の日々が続きます。

 一度は基地村から逃亡したキム氏でしたが、すぐにチンピラに連れ戻され、さんざん殴られました。ポジュから賄賂をもらっている警察はそうした暴力行為を見て見ないフリです。避妊具をつけることを嫌う米兵のせいで妊娠してしまう女性も多く、堕胎が日常的に行なわれていました。彼女たちの唯一の希望は米兵の恋人になってアメリカに行くことですが、現実にはほとんどないことでした。絶望のあまり、キム氏は何度か自殺を試みますが、果たせません。

 問題の焦点は、彼女たちが働いていた基地村が国家の管轄下にあったことです。月に一回開かれる会議には、憲兵やCID(米軍部隊犯罪捜査課)、保健所職員、警察署長、郡庁公務員などが来ていました。彼女たちは「ドルを稼ぐ愛国者」として称えられていた、といいます。性病にかかった疑いのある慰安婦たちは留置場のようなところに強制収容されました。ペニシリンを注射され、ショック反応で死んでしまう女性もいたそうです。あるいは収容所の上から飛び降りて、自ら命を絶つ女性もいました。

 昨年11月、「米軍慰安婦」の問題について野党議員が慰安婦施設を管理していた朴正熙元大統領の決裁署名入りの文書記録を基に、国会で政府を追及しました。野党や左派勢力はこれを材料に、娘の朴槿惠大統領を攻撃する構えです。もともと彼らには、この問題を追及すると旧日本軍の慰安婦の問題が霞んでしまい、結果的に日本を利することになるというジレンマがありました。しかし慰安婦たちの高齢化が進んでいることもあって、現在は訴訟を支援しています。今後は戦術を変えて「韓国政府が米軍慰安婦にひどい仕打ちをしたのは、日本の真似をしたからだ」という批判の仕方に変わってくる可能性もあります。(中略)

◆国民全体が反日で「調教」状態◆

『朝日新聞』は8月5日付の紙面でこれまでの慰安婦報道での誤報を一部、認めました。「吉田(清治)氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します」としたのです。この吉田証言は「日本の軍隊・関係者が統治下の朝鮮半島から慰安婦にする目的で若い婦女子を強制的に連行した」という証拠とされてきたもので、それが否定された以上、「河野談話」の見直しをあらためて進めるべきだと日本国民が考えるのも当然でしょう。

 しかし、この『朝日新聞』の誤報(本来は虚報というべきでしょう)問題は韓国のメディアではほとんど取り上げられていません。「やっと朝日が誤報を認めた」「慰安婦問題についての再検証が韓国でも進むだろう」。そう考えた日本人もいたかもしれません。しかし私からすれば、そのように考えるのは韓国の実情がわかっていない、といわざるをえません。

 日本軍によって20万人の朝鮮人婦女子が無理やりに従軍慰安婦にさせられたというストーリーを、韓国人は頭から信じ込んでしまっています。いまさら「強制連行はなかった」といったとしても、韓国人が認めるはずはありません。『朝日新聞』の誤報問題にしても、「愚かな日本人が、また愚かな嘘をいっている」というようにしか考えないでしょう。あえて黙殺しているというよりは、相手にしていない感覚です。

 つまり、どんなに真実を明らかにしたところで、一度できあがった韓国人の歴史認識はけっして覆ることはない、ということです。

 そもそも現在の韓国の反日民族主義は、「日本による植民地統治」という歴史体験を通して形づくられたものではありません。では、どのように形づくられたのか。日本統治時代の歴史を「改竄」「捏造」することによってです。韓国の反日民族主義をひと言でいえば、歴史を通じた幻想の体系です。それはみんなが信じている幻想ゆえに、どんな真実よりも強いといえます。政治家であれ、研究者であれ、それを崩そうとすれば、国民やメディアから「親日=売国奴」という猛烈なバッシングを浴びることになります。

 問題なのは、いまのこうした韓国人の歴史観は国家の圧力によって強制されたものではなく(当初はそうであったとしても)、いまや「ソフトな感覚」としてすっかり根付いてしまっていることです。政府の強制によって行なわれる反日姿勢であれば、まだしもコントロールできますが、すでに民衆レベルで子供のころから刷り込まれてしまっているため、社会の隅々にまで反日感情が広がっており、いわば国民全体が「調教」されてしまっている状態なのです。

 従軍慰安婦の問題について付言すれば、日本側は軍や官憲による「強制連行」があったかどうかを問題視していますが、韓国国内では(一部の専門家を除いて)普通の人はそうした細かい歴史的な争点には理解というか、関心がありません。若い婦女子が日本軍相手に売春をさせられてきたこと自体が問題だとしているのです。そしてその反感の底には「夷族(日本人)によるわが民族」の凌辱という精神の次元が、意識的にせよ無意識的にせよ、強く関与していることは否定できません。(後略)



(私のコメント)

二つの記事を読めば韓国の異常さが分かりますが、韓国は80年代までは軍事独裁政権であり、今もなお北朝鮮との停戦状態が続いている。停戦状態のままの状況だからいつ北朝鮮が攻めて来るかもわからぬ状況であり、南北のプロパガンダ戦争は続いている。北朝鮮は鎖国状態であり海外の情報は遮断されている。

呉善花氏によれば韓国には12万人の北朝鮮のスパイがおり、政府機関やマスコミなどに潜入して工作活動を行っている。もちろん日本にも工作員が潜入して朝日新聞などの従軍慰安婦問題なども工作活動の一環だろう。このようなプロパガンダ戦争では、独裁国家なら海外のプロパガンダを遮断して防ぐことは出来ますが、民主国家では無理だ。

このような状況に置かれれば韓国の異常さも分かりますが、多くが北朝鮮の工作員による反日民族主義のプロパガンダなのだ。それに保守派のパククネ大統領までもが反日民族主義の先頭に立っている事が異常さを物語ってる。本来ならば在韓米軍や日本との関係を深めて北朝鮮に対抗すべきなのでしょうが、結果は反米反日に傾いている。

結果的にパククネ政権は中国に擦り寄る事で北朝鮮の脅威から逃れようというのでしょうが、アメリカや日本との関係がおかしくなっている。韓国をアメリカや日本から分断する事で利益を得るのは北朝鮮だ。韓国人はそのプロパガンダに踊らされている状態であり、日本からの意見も受け付けない状況だ。

学校などの教育機関にも北朝鮮のプロパガンダに基づいた教育がなされて反日民族主義が刷り込まれてきた。このようなプロパガンダ戦争に対抗するためには、プロパガンダに踊らされないメディアリテラシーが必要であり、学校で教えられたり新聞に書かれたことが真実であるかを見抜く能力がなければなりません。

新聞記事が信用できるかどうかを見抜くには、朝日新聞の例を見れば分かるように新聞が誤報や虚報を流した場合に、それはおかしいと指摘する人がいなければわからない。北朝鮮や中国などは世論操作を専門とする諜報機関があり工作員を使って工作活動が出来ますが、日本にはそのような機関がない。だから朝日新聞も誤報や虚報を流し続けても日本政府は河野談話が示すように押し切られてしまう。

このような状況が変わり始めたのは、ネットなどのブログで個人が情報を発信できるようになって来た事により、朝日新聞やNHKなどの左翼メディアの流す誤報や虚報に「これはおかしい」と2ちゃんねるあたりで祭りになるようになって変わり始めた。

いわば、中国や韓国のプロの工作員対日本の素人のブロガーの戦いであり、日本のブロガーの多くが保守系である事は必然的になる。中国や韓国にもネットのブロガーいるのでしょうが、冒頭の記事にもあるように自由な発言が出来なくなっている。それだけ情報が規制されてしまっている。

呉善花氏の記事にもあるように、日本軍の従軍慰安婦問題については韓国政府やマスコミの追及は非常に厳しいものがありますが、女性の人権問題としているにも拘らず、米軍慰安婦問題については90年代まで行われてきた事でもあり当事者や書類などの証拠も揃っているにも拘らず、韓国では大きく取り上げないのはなぜなのだろうか?

中国や韓国においては、反日=愛国であり、自国の政府を批判する事は売国奴となり検察によって起訴され有罪判決を受ける事になる。その理由は大統領への名誉棄損だ。セウォル号沈没事故が起きていた当日の7時間余りの間のパククネ大統領の動向が分からない。もともとパククネ大統領は一部の人しか会わず、報告も書面で行っている。これで大統領が務まるのだろうか?

民主国家であるならば、政治家は要職にあればあるほど忙しく朝から晩まで分刻みでスケジュールが決まっており、人と会談するのが政治家の仕事になっていますが、北朝鮮や韓国や中国の最高指導者の動向は分からない。パククネ大統領は1年以上もの間に記者会見を開かなかった。おそらく開けなかったのだろう。

これでは国民の声が大統領に届かないのも当然であり、批判をすれば検察が動いて有罪にさせられてしまう。これでは日本と韓国との話し合いは無駄であり、日本側が無実であることを証明しても韓国人はそれを受け入れない。一部の海外の情報に精通した人ならともかくハングルしか分からない韓国人はマスコミの言う事を信じるしかないからだ。




香港のデモは中国の終わりの始まりであり、中国共産党幹部ですら
子供たちをアメリカに住まわせていつでも亡命できる用意はしている。


2014年10月1日 水曜日

香港民主派デモ:天安門以来の難局に直面する中国 10月1日 英フィナンシャル・タイムズ紙

香港市街で行われている大規模なデモは、中国政府にとって、北京の天安門広場とその周辺で民主化運動を鎮圧した1989年以降で最大の政治的難局になっている。

 今回の香港のデモと、25年前の北京のデモとの間には不気味な類似点があり、中国共産党指導部は大いに動揺しているに違いない。

天安門と香港のデモの類似点と相違点

まず、今回もデモを主導しているのは民主的な改革を求める学生たちだ。また、今回も中央政府当局は事態を掌握できていないため、弾圧か屈辱的な譲歩かのどちらかを選ばねばならない状況に直面する恐れがある。

 さらに、今回もまた、究極的には中国政府における共産党の権能と権限が問われることになっている。

 ただ、2014年の香港と1989年の北京との間には大きな違いもある。まず、この25年の間に中国はとても豊かで強い国になった。

 また中国政府当局は、「中環(セントラル)占拠」運動の旗印の下で始まった今回のデモが、1989年の中国の学生たちによる抗議行動よりも「オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街を占拠せよ)」という尻すぼみになった運動の方に似ることを期待することだろう。

 そして中国当局には――選ぶ道次第ではあるが――1989年当時よりも裁量の余地がある。なぜなら香港は首都ではなく、英国から中国への香港返還を支えた「一国二制度」という統治方式により特別な地位を付与されている地方都市だからだ。

香港は民主主義に向けた次の一歩を踏み出せるか?

 この統治方式の下で香港は、出版の自由と司法の独立を謳歌し続けている。どちらも中国本土には存在しない自由だ。そのため今は、香港が民主主義に向けた次の一歩を踏み出し、北京の政府による候補者の事前審査なしで行政長官を選ぶことができるようになるか否かが問題になっている。

 もしここで中国共産党が聡明さを発揮するなら、香港が民主的な改革の試験台になるのを容認することだろう。

同様な改革を求める動きが中国本土で直ちに引き起こされることがないように香港で民主的な改革を進めようという場合、一国二制度という統治方式は――香港が裕福で洗練された都市であることも手伝って――まさにうってつけである。繁栄する民主的な香港は、中国国内のほかの地方や都市で同様な改革を少しずつ進める際のモデルになるかもしれない。

 残念ながら、北京の中央政府はそれとは逆の道を進む方針を固めているように見える。中国国内での民主主義の盛り上がりにつながりかねないことは認められないし、共産党の表明した希望があからさまに軽視される状況も容認できない、というわけだ。

 中国政府はそう判断することで、香港の抗議行動の参加者と対決する道を選んでいる。デモ参加者が解散しなければ、中国政府が暴力的な介入を行うリスクが明らかに高まる。

中国政府の変節

中国がこの道に進む必然性はなかったし、今日でもない。1997年の返還後の数年間、中国は実に巧みで洗練されたやり方で香港を扱っているかに見えた。

 出版の自由は維持され、司法は立法府や行政府からの独立を保っていた。中国政府は、心を揺さぶる天安門追悼集会が毎年6月4日に開催されることすら容認している。

 香港のベテラン民主活動家、マーティン・リー(李柱銘)氏は4年前、中国が香港に自由の維持を大幅に認めていることについて「うれしい驚き」を覚えていると筆者に語ってくれた。ところが今年に入って再会した時、李氏の見方は完全に変わっており、中国政府は香港の民主主義を否定して司法の独立性も低下させるつもりでいるようだと警鐘を鳴らしていた。

 この4年間にいったい何があったのか。ひょっとしたら、北京の共産党が以前よりも強引かつ不寛容になったのかもしれない。あるいは、香港に本物の民主主義が芽生えるようなことをするつもりなど全くなかったのかもしれない。

 今後数日間、世界の人々の目は香港市街に注がれることになるだろう。しかし、中国本土の一般市民の反応も重要になる。中国政府が最も恐れているのは、民主化を求めるデモが本土に広がることだからだ。

中国政府は、中国の公式メディアやインターネット上で香港からの報道をブロックしようとしている。抗議行動が続けば、中国本土の市民と香港の市民との間にある潜在的な敵愾心も利用しようとするかもしれない。

 香港では、本土の市民が粗野な侵入者として描写されることが時折ある。そして本土では、香港の市民が植民地時代を懐かしむ、愛国心のない甘やかされた子供として描写されることが時折ある。

 香港の抗議行動がエスカレートしたら、中国のナショナリストのメディアは、香港市民は真の中国人以下の存在だという考え方を持ち出してくるかもしれない。その場合、香港に対する中国の公式的な反応は、ウクライナでのデモに対するロシアの反応を想起させるものになるかもしれない。

ロシアによるクリミア併合と同様の悪影響も

 ロシアと中国では、ウクライナ人と香港人はおとなしくしている限り兄弟として受け入れられる。しかしいったん歩調を乱せば、あっという間に評価が逆転して西側の帝国主義の手先だと指弾されかねない。

 もちろん、香港は中国の主権が及ぶ地域の一部だがウクライナは独立国だという違いはある。しかし、香港の抗議行動に暴力的な結末がもたらされれば、ロシアによるクリミア併合がロシアと西側の普段の関係を破壊した時とほぼ同様な確実さで、中国と西側諸国との関係も崩れることになるだろう。

 中国政府は今、次の一手を考えているところだ。香港のために、中国のために、世界経済のために、そして国際政治の安定のために、正しい対応を取ることが極めて重要だ。



(私のコメント)

香港の大規模なデモは1989年の天安門事件以来の政治的デモであり、北京政府は夜も寝られぬ日々を過ごしている事だろう。デモが長期化すれば中国内部に情報が広がって行って、各地で支援デモが起きるかもしれない。その為に中国政府は情報の遮断をしていますが、ネット化社会では情報の広がりは防ぎきれない。

中国においては暴動騒ぎは年間でも数万件あり、暴動の鎮圧には慣れている。しかしそれは地方で起きている事であり北京や上海などの都市部では反日デモ程度しか起きていない。だから香港で起きた大規模なデモは北京や上海などにも飛び火しかねない。ネット化社会では自然発生的にデモが起きるから政府もデモを事前に知る事は難しい。

香港のデモも誰が主導しているのかもわからず、自然発生的に起きているようだ。この点ではジャスミン革命に似ていますが、チュニジアも独裁政権でありデモは武力で押さえつければできたのでしょうが、軍部が中立を保って独裁政権の方が倒れてしまった。中国では共産党の軍隊であり国軍ではないから中立という事はありえない。

もし上海や北京に飛び火するような事があれば中国政府は武力で弾圧する事は朝飯前でしょうが、香港の場合は弾圧すればするほど火に油を注ぎかねない。台湾政府も香港のデモを支持しており、「ひまわり学生運動」の例に倣って長期的なデモを計画しているようだ。後は世界のマスコミがどの程度注目するかですが、フィナンシャル・タイムズも大きく注目している。

底辺では、ウクライナの民主化デモを仕掛けたNGOが暗躍しているかもしれませんが、ロシアとウクライナの関係は中国と香港の関係と良く似ている。香港が自治権を高める事に成功すれば上海でも自治権の要求が高まるだろう。しかし中国政府はそのような事は認められない。

日本では、御岳山の噴火騒動に隠れてしまっていますが、仁川のアジア大会も霞んでしまった。しかし中国の崩壊は目の前に迫っているのかもしれない。ソ連の崩壊もCIAは直前でも予想はしていなかったように、中国の崩壊もあれよあれよと言う間に起きるかもしれない。

いわば香港は、中国にとってはトロイの木馬であり、イギリスやアメリカの民主化勢力も香港を起点に大規模な民主化運動が広がっていく事を期待しているだろう。本来ならば中国の民主化運動を支援しなければならないのは日本なのですが、日本には中国の手先はいても中国の民主化を支援する組織は無い。

日本政府には対外工作活動をする機関は無いからですが、中国の民主化は日本経済や外交や国防に大きな影響をもたらす。しかし中国が民主化する事ははたして可能なのだろうか? 昨日も書いたように中国の民主化は混乱をもたらすだけであり、ロシアのように失敗してプーチンのような独裁者が再び現れるだろう。

アメリカはウクライナを通じてロシアを揺さぶり、民主化を進めようとしましたがプーチンにクリミアを取られて逆襲に出てきた。窮鼠猫を噛むで中国も香港が非常事態になれば人民解放軍を出してくるだろう。香港のデモは中国の終わりの始まりであり、中国共産党幹部ですら自分の子供たちをアメリカやカナダに住まわせていつでも亡命できる用意はしている。



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