東条英機の報われない努力

しかし改変には一抹の不安が残る。軍を指揮することが、日本の政治家には可能なのかという問題だ。一つは能力の面で。もう一つは政治文化の面でだ。

「シビリアン・コントロール」とは、前述のように「政治による軍の統制」という意味である。民主主義体制で選ばれる議員は、ご存じの通りゼネラリスト、選挙区への配慮が求められ、こんな専門的なことを、しっかり学び、経験する時間などないだろう。

さらに日本独特の政治文化がある。防衛大臣を2回やった石破茂氏の豊富な外交・安保の知識を「オタク」とからかう論調がある。これを見れば推測できるが、日本において、国防・外交問題への洞察や経験は、決して政治家の評価で重視されない。こうした中では、有事の際に適切な行動のできる政治家は育つのだろうか。

そして不思議なことに、日本では政治の権限集中を嫌う文化が、有史以来連続してある。非常時でさえもだ。

笑えない笑い話がある。第二次世界大戦の大日本帝国と、現代の日本はとてもよく似ている。権限が下に降りて現場が強い。太平洋戦争では、勝ち戦のときは非常に良く回ったが、戦争後半の負け戦の時はまったくうまくいかなくなった。敗勢を好転させるためのトップによる戦力や資源の再配分、それに伴う切り捨てや統合が、現場の力が強すぎるためにスムーズにできなかったのだ。そして情が絡む。現代でも、日本のさまざまな組織にある弊害だ。日本帝国の組織も、現代の日本国の組織も、権限が分散しすぎて、権力の中心がない。

敗勢に陥った1944年4月、業を煮やした東条英機首相は陸軍大臣(軍政トップ)、参謀総長(軍令トップ)、軍需大臣を兼務。権限を個人に集中して国力を統合し、決戦を中部太平洋の絶対国防圏で行おうとした。ところが、それでも海軍は軍政、軍令で統合できず、結局ちぐはぐに動いた。陸軍も物資集積と兵力の集中に失敗。サイパンが陥落して東条内閣は総辞職した。

普通の国なら、非常時には個人に権限を集中する。日本の敵である米ルーズベルトや英チャーチルは優れた戦争指導をしたと評価されている。彼らは民主主義国の指導者なのに、絶大な権力を持ち、自分の戦略を形にできた。細かな作戦や軍備を作ることを彼らはしなかったが、枢軸国を締め上げる適切な方針を示し、外交、各軍、資源の調整も行った。

ところが敗勢の大日本帝国では、権限の分かれた政府内各組織での足の引っ張り合いが起こった。事務屋であっても政治家ではない東条の能力の限界もあって、戦争遂行は破綻した。東条は当時、ゴミ箱を広げてチェックして庶民の暮らしを見るパフォーマンスをやった。そして戦況報告で前線部隊の奮戦を、涙を流し聞いていたという。些事にかまけ、優しすぎたら、トップらしいことは何一つできない。彼の戦争指導が冴えなかった理由はよく分かる。記録を読むと、チャーチルもルーズベルトも、勝利のためなら平気で、部隊の切り捨てをしている。

「チャーチル」と「ハトカン」の巨大な差

不思議なことに、日本では独裁者があまり登場しない。登場しても自分の権限を強めようとする政治家は必ずこける。そして政治では、統合する力が、とても弱い。

安倍政権は、日本のおかしな戦時向けの法制や制度、基地問題を整え、集団的自衛権の行使容認や自衛隊海外派遣の恒久法制を通じて、自衛隊の活動を広ようとしている。日本の周囲に緊張が高まる中で、妥当な動きだ。ところが、それはさんざん批判されている。戦争や有事では、優れた人による独裁、言葉が悪ければ権限集中が有効なのに、それを誰も認めない。東条英機が当時、「独裁者」「東条幕府」と、政治家や政府内、宮中・重臣に批判されたことを、思い出してしまう。

日本の政治からは、チャーチルも、ルーズベルトも生まれない。東日本大震災と原発事故の時に狂乱した菅直人元首相、仮想敵国に囲まれた日本の周囲で「友愛の海をつくる」とほざく鳩山由紀夫元首相が、軍の最高指揮官となる恐怖を、日本国民は最近体験した。また同じレベルの人が出てくる可能性があるのが、日本の現実だ。

器作って魂入らず。国防の制度づくりも必要だが、それを動かす周辺環境でのお寒い状況にも、目を向けてほしいのだが。