株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


25〜29歳の年収100万円未満の男性では、結婚している割合は1割を
切りますが、500万円以上の年収がある場合、半数が結婚している


2017年1月15日 日曜日

男性が結婚しない理由? 家庭を持つことができる年収ラインはいくらなのか 1月14日 THE PAGE

 総務省が2016年10月発表した平成27年国勢調査確定値で、大正9(1920)年の調査開始以来、初の減少に転じた日本の総人口。厚生労働省がまとめる人口動態統計の年間推計でも2016年に生まれた子どもの数が1899(明治32)年の統計開始以来、初めて100万人を割り、98万1000人にとどまる見通しであることが明らかになりました。こうした少子化の最も大きい要因として挙げられるのが結婚しない男女の増加です。

 未婚者が結婚しない理由には何が考えられるのでしょうか。平成28年版少子化対策白書(内閣府)から探っていきます。

9割弱が「いずれ結婚するつもり」…でも「結婚資金が足りない」未婚男性の3割

 白書によると、国立社会保障・人口問題研究所が実施した「出生動向基本調査(独身者調査)」では、「いずれ結婚するつもり」と考える未婚者(18〜34歳)の割合は、2010年で男性86.3%、女性89.4%でした。1987年時の男性91.8%、女性92.9%よりは下がりましたが、結婚に対する意欲は高い水準にあるといえます。

 また、未婚者(25〜34歳)に独身でいる理由を尋ねたところ、「適当な相手にめぐり会わない」の選択肢を選ぶ割合が男性46.2%、女性51.3%と最も多く、次いで「まだ必要性を感じない」男性31.2%、女性30.4%となりました。しかし一方で、男性は「結婚資金が足りない」(30.3%)も大きな理由になっています。(2010年第14回調査結果、回答は選択肢から3つまで選択可)

高年収ほど結婚している割合が多くなる

 では、収入の違いが、結婚に影響しているのでしょうか。25〜29歳、30〜34歳、35〜39歳の各年代で年収別に配偶者がいる男性の割合を比べてみました(グラフ1)。すると、25〜29歳の年収100万円未満の男性では、結婚している割合は1割を切りますが、500万円以上の年収がある場合、およそ半数が結婚している結果になっています。

 年収が高いと既婚者が増える傾向はほかの年代も同様で、30〜34歳は年収500万円以上でおよそ7割が結婚、有配偶者率の最も多い年収800〜899万円は、87.4%になりました。35〜39歳の場合は、年収200万円未満の場合、配偶者がいる比率は4割に届きませんが、500万円以上になるとおよそ8割に。結婚している割合が最も多い800〜899万円は88.8%にのぼりました(出典:労働政策研究・研修機構「若者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状」(2014年)。

 ちなみに平成27(2015)年国政調査によると、
男性の有配偶者率は25〜29歳26.3%、30〜34歳50.8%、35〜39歳は61.7%です。グラフ1を見ると、25〜29歳と30〜34歳は年収300万円以上、35〜39歳は年収400万円以上になると、その割合より多く家庭を持っているとわかります。

若い世代の収入は20年前と比べ、低所得にシフト

 それでは若い世代(20、30代)はどのくらいの所得の人が多いのでしょうか。1997(平成9)、2007(同19)、2012(同24)年の所得分布を見てみます(グラフ2)。すると20代の雇用者では、1997年時は年収300万円台が最も多かったのに対し、2007、2012年になると300万円台の比率が低下、200万円台前半とほぼ同じ割合になっています。

 30代では、1997年には年収500〜699万円台が4分の1近く占めていましたが、2007、2012年は300万円台が2割弱で最も多く、500〜699万円の収入を持つ割合は15%前後にまで落ち込んでいます。1997年から10年間に20、30代の所得分布は低所得層にシフトし、その状態が続いている、と白書は指摘しています。

 また、正社員の男性は25〜29歳31.7%、30〜34歳57.8%が結婚していますが、パート・アルバイト雇用の男性は25〜29歳7.4%、30〜34歳13.6%と有配偶者率が大きく下がり、就労形態によって家庭を持つ割合に大きな違いが生じていることがうかがえます(出典:労働政策研究・研修機構「若者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状」(2014年)。

 国挙げて、働き方改革の取り組みが必要とされていますが、若い世代の雇用のあり方や収入を増やすことができるかが、未婚率に影響しそうです。



(私のコメント)

今日は、年収と婚姻率の関係の話ですが、男は結婚して一人前と言った話が昔ありました。その裏には家庭を支えるだけの年収を稼げることが条件としてあったのだろう。女性の相手男性の年収に求める基準は年々厳しくなる一方であり、200万円以下になると結婚しているのは3人に1人と絶望的な状況になっている。

年収が800万円以上の男性の場合は婚姻率が9割近くなのだから、年収が婚姻率に大きな影響がある事は明らかだ。結婚希望割合は男女ともに9割近くが持っているのだから、年収の多い少ないが結婚できるかできないかの分かれ道になる。

このような観点から、日本の少子高齢化の原因の多くが男性の年収水準が下がって来ている事が大きな原因のようだ。特に20代では所得が200万円から300万円と言う割合が大きく、結婚の晩婚化も20代に若者の低所得が大きな影響なのだろう。バブルの頃ならヤンエグと言った若者の高所得者も珍しくなかったのですが、今では若くて高所得はスポーツ選手か芸能人しかいない。

女性は、決して口に出しては言いませんが、男を年収と職業で差別している。どんなにイケメンでも仕事をしないプータローでは女には相手にもされない。逆に一流企業とか公務員とか資産家の息子と言った男には、あちこちから縁談が来て、結婚相手には苦労しないようだ。

男女平等社会ならば、高所得の女性と低所得の男性のカップルが多くなっても不自然ではないのですが、そのような組み合わせは難しいようだ。ならばどうしても男性の所得に期待がかかるのは当然であり、20代30代の男性が高所得になれば婚姻率も上がり子供も増えるだろう。

バブルの頃は、男あまりと言われて、適齢期の男女割合で男があぶれることが週刊誌の記事にもなりましたが、それは数だけの話であり、結婚するには家計を支えるだけの収入が無ければ婚姻は成立しない。だから男あまりは神話であり、バブルの頃も無職や低所得の男性が沢山いた。

今では無職や低所得の若い男性が社会に溢れ返っているから、女性は非常に結婚難になっている。以前ならば若い時には低所得でも、将来的には年功賃金で所得が上がって行くことが約束されていた。しかし今ではサラリーマンの年収は落ちて来ている。正規社員から非正規社員に切り替わり、リストラで一流企業でも安心は出来なくなった。

特にパート・アルバイトの男性の場合、30代半ばでも有配偶者率は13,6%であり、彼らが正社員となり高所得になる事はほぼ絶望的だ。女性の場合はパート・アルバイトでも若くて容姿が良ければ金持ちと結婚して優雅な専業主婦になる事は夢ではない。しかしそのような金持ち男性も長引く不況で少なくなった。

記事では2012年には、所得が500〜699万円の男性は15%しかいない。金持ちと言われるには最低でも1000万円以上の年収が必要ですが、年収が1000万円以上の独身男性はいくらくらいいるのだろうか? 計算によれば年収1000万円以上の独身男性は2〜3%であり、男50人程度の婚活パーティーでも1人しかいない事になる。

逆に言えば、1000万円以上の高所得の男性は50人の女性のうちで一番美人をゲットする事が出来る。まさによりどりみどりの天国であり、1月10日に書いたような野崎幸助氏のような生き方も出来る事になる。交際クラブに申し込めば、若くて美しい女性がよりどりみどりであり、まさにデフレ不況万々歳の世の中だ。




日本の生産性が他の先進国と比べてここまで低い理由
の約半分は、「日本人女性の生産性の低さ」で説明できます


2017年1月14日 土曜日

なぜ日本は「女性の生産性」が極端に低いのか 男性と「同一労働」をさせる覚悟、する覚悟 1月6日 デービッド・アトキンソン

生産性ランキング低下と日本人女性

書籍を上梓すると、やはりその評判は気になるものです。つい、アマゾンのレビューなどを何度も確認してしまいます。

その中に「日本経済低迷の原因は、女性が怠け者だから」というタイトルの、「星5つ」のレビューがありました。高評価はありがたいのですが、私が言いたかったのはそういうことではありません。誤解を生んでしまったままでは女性の皆様に申し訳ないので、本稿では、女性の生産性についてあらためて考えていきたいと思います。

まず「日本経済が低迷しているのは、生産性を向上させてこなかったから」というのはまぎれもない事実です。「GDP=人口×生産性」というのは動かし難い真理であり、1990年代以降の日本は人口が増えていないのですから、生産性を向上させなければ経済が低迷するのは当たり前です。この単純な議論に、難解な経済理論は不要です。

では、なぜ日本の生産性は低いのでしょうか。記事への反応を見ていると、「会議が長い」「サービス残業」「規制」などが問題だと指摘されています。しかし、データを分析すると、為替と物価水準と労働人口を調整した1人あたりGDPベースで日本が先進国最下位になっている理由は、別のところにあることがわかります。

日本の生産性が他の先進国と比べてここまで低い理由の約半分は、「日本人女性の生産性の低さ」で説明できます。男性の働き方を改善することによって生産性を上げることも可能ですが、一番期待できるのは女性の働き方改革です。

では、「日本人女性の生産性が低い」のは、なぜでしょうか。

国税庁によると、1979年度の女性の平均給与は男性の平均給与の51.1%。一方、2014年度の調査では、52.9%。35年間で、女性の社会進出は劇的に進んだにもかかわらず、実のところ男女格差はほとんど改善されていないというのは、驚くべきことです。

事実、同じ時期の米国の数字を見ると、1979年の女性の給与は男性の62.3%でしたが、2014年になると82.5%になっています。これは米国において、女性が男性と同じような仕事に就く割合が増えてきたことを意味します。

ちなみに、この数字は同一労働における数字ではなく、収入そのもののギャップです。海外では、男女間の収入格差の議論になると、同一労働が進んでいるので、同一労働における数字が引っ張り出されますが、日本は同一労働におけるギャップよりは、そもそも他の先進国に比べて男女が同一労働をしている割合そのものが低いということを、この収入ギャップが示唆しています。

他の先進国では、女性の社会進出が進んでいるだけではなく、同一労働をする割合も増えているので、女性の生産性が著しく向上しています。それに比べて、日本は女性の社会進出自体は進んでいますが、生産性の高い職に就く割合が低いままなので、労働人口に占める女性労働者が増えれば増えるほど、生産性を圧迫するのです。その分、海外とのギャップは広がっていきます。

日本人女性の生産性が低い原因は何か

このような話をすると、「日本人女性の収入が低いのは非正規雇用が多いからだ」と、雇用形態を重視する人がいますが、その考え方は「結果論」にすぎません。男性と同じ仕事をして、同じ生産性を上げているにもかかわらず、「非正規だから」女性の給料が低いのならば、企業からすれば、女性は利益率の高い人材として重宝されるはずですし、企業の利益率が大きく改善するはずです。しかし、日本企業のさまざまなデータを見ても、そのような傾向は確認できません。

ということは、女性たちがもらっている収入は、実はその生産性にふさわしいものである可能性が高いのです。そうであるならば、女性労働者の比率が上がっても、日本人全体の生産性が改善しないということにも説明がつきます。へたをすれば、女性の労働参加は生産性のマイナス要因になりかねません

ただ、断っておきますが、私は日本の生産性が高くないことの「犯人」が女性たちだ、などと言っているわけではありません。かといって、女性たちがやっている仕事が正しく評価されていない、もっと給料を上げるべきだと言っているわけでもありません。これまでの分析でも、男女間の収入ギャップを単純な給料水準の「差別」ととらえるのは妥当ではないことは明らかです。

私がここで強調したいのは、日本社会の中で、女性に任されている仕事が、そもそも付加価値が低いものが多いのではないかということです。たとえば、銀行の窓口業務を行っているのがほとんど女性行員だという事実からもわかるように、これまで日本企業において女性の潜在能力は明らかに過小評価され、労働力として有効活用されてきませんでした。付加価値の低い仕事を機械化して、足りないと言われている他の仕事で女性に活躍してもらったほうが良いでしょう。

もちろん、女性には結婚や育児というライフイベントがありますので、男性のように組織内で責任を追及されるポジションにつきたくないという人もいるかもしれません。

ただ、それはあくまでひとつの事例にすぎません。前回の記事(日本を「1人あたり」で最低にした犯人は誰か)で指摘したとおり、やはり最大の問題は「経営者の意識」にあるでしょう。日本人女性の収入は、男性の約半分です。他の先進国の女性の収入が男性の約8割ですから、驚くほど少ないと言えます。

女性の生産性を高めるべき3つの理由

ここまで、女性の生産性の低さを指摘してきました。では、なぜ女性の生産性を高める必要があるのでしょうか。それには、大きく分けて3つの理由があります。

第一に、日本は女性にも充実した福祉制度を導入していることです。福祉制度の恩恵を受けるのであれば、それに見合った「貢献」をしていただかないと、理屈に合いません。この福祉制度を男性だけで維持するのは、計算上すでに限界に近づいています。日本にとって、女性の生産性向上は不可欠なのです。女性は男性と同じような福祉制度の恩恵を受けたいならば、男性と同じような負担をすることが求められます

第二の理由は人口減です。福祉制度の負担が増え続ける中、人口増が期待できないなら、生産性向上によってそれをまかなうしかありません。当然ながら、女性の活躍も重要になります。

第三の理由は移民の問題です。現役世代の人口が減る中で、生産性を上げることができなければ、福祉を支えるためには移民を入れるしかありません。しかし、移民にはさまざまな副作用があることは、欧州が証明しています。福祉を諦めるか、外国人を増やすか、女性の生産性を高めるか。選択肢は、この3つしかないのです。

日本でも最近、「女性の活躍の場が大事だ」「保育所を増やせばいい」という言説をよく見かけますが、そういうかけ声や表面的な対策では、この問題は解決できません。かけ声だけで変わるほど甘いものではありませんし、保育所を増やして共働きに出ても、その仕事が付加価値の低いものであれば、日本の生産性はそれほど上がりません。「生産性を上げるために保育所が必要だ」という主張ならばわかりますが、「生産性は上げません、でも、保育所は用意します」ということでしたら、効果は薄いと言わざるをえません。(中略)

日本企業では、経営者が生産性を上げる努力をしなくても、会社が買収されることも、経営者の首が飛ぶこともほとんどありません。これは、あまりにも「甘い」のではないでしょうか。日本の経営者にも、「女性活用」への覚悟が求められます。

もちろん、女性にも、男性と同一労働をするという意識改革が必要です。報道によると、若い世代でも「専業主婦」志向が高止まりしているそうですが、そのような意識は変えなければなりません。

また、「日本の文化」「伝統的な家族」などといって、女性の社会参加に否定的な意見もありますが、そう言うなら、瀕死に陥っている社会福祉制度をどうするのかという問題に答えていただく必要があるでしょう。

さらに、女性に同一労働を求めると出生率がさらに下がるという指摘もありますが、それはデータに基づかない感覚的な指摘にすぎません。海外だけではなく、国内でも、有職女性のほうが出生率が高くなるというデータがあります。

女性の生産性を高めるか、移民を迎えるか、社会保障を諦めるか。私には、答えは明らかだと思います。



(私のコメント)

今日は、生産性の話ですが、日本は生産性で先進国では最低です。その原因の多くは女性の給与水準が低いためであり、103万円の壁とか130万円の壁とか言われていますが、税制が専業主婦や主婦のパート労働者が優遇されているからです。

しかしこれからは共稼ぎが普通になり、女性もフルタイムで男性と同じ仕事をする必要があります。そうしなければ家庭が維持できない状況になりつつあるからです。年金や健康保険も女性も恩恵を受けているのだから、女性も働いて保険料や年金を支払わなければ健康保険も年金も破綻します。

同一労働同一賃金は、男女の間でも同じであり、男性と同じ仕事をすれば男性と同じ賃金が貰えるという事であり、銀行でも女性社員はバイクにまたがって営業に回らせるべきでしょう。しかし私の経験では、女性に営業の仕事をやらせようとしたら女性社員はみな辞めてしまった。

建設業界でも建設現場では女性の労働者を見かける事はありませんが、重機の運転など出来るはずだ。欧米では女性の巡査や兵士など男と同じ仕事をしていますが、日本では女性の巡査を見かける事はほとんどない。オリンピックを見れば分かるように女性でも柔道やレスリングや重量挙げなどは普通の男性が敵わないほどだ。

女性はそんなにきつい仕事をしなくても、容姿が良ければ風俗業で働けば短時間でかなりの高所得を得る事が可能だ。そうでなくても多くの女性は事務職に拘るのは現場仕事を嫌がるからでしょうか。事務職と言っても書類作成などの補助職であり、責任のある幹部職にはなりたがらない。銀行でも女性でも総合職を採用したが数年でみんな辞めてしまった。

日本には、寿退職と言う言葉がありますが、結婚して退職するのが理想らしい。そして専業主婦として家事育児に専念する。しかしそのような事が出来る時代ではなくなり、専業主婦は上流階級の奥様しか出来ないだろう。夫婦共稼ぎなら結婚しようが出産しようが退職したら意味が無くなる。その為に育児休暇制度が出来たのだ。

日本女性はどういう訳か責任の重いストレスのかかる幹部職員になりたがらない。だから女性の管理職は欧米に比べて極端に少ない。国会議員ですら女性議員は少ない。このようになってしまったのは教育における影響が大きく、女性はか弱く守られるべきものと言った常識が植えつけられるからだろう。

しかしデービット・アトキンソン氏によれば、「レディーファースト」という言葉は女性差別だという事です。男も女も同一に扱われるべきと言った常識が欧米では根付いている。就職でも年齢や性別で差別する事は禁止されているし、その代わりに仕事も男女の区別はない。そのような同一労働同一賃金を日本の女性労働者は受け入れなければならない。




韓国人が反日化している原因が実は日本そのものにあるのではなく、
韓国人の北朝鮮に対する劣等感に端を発するidentity crisisにある


2017年1月13日 金曜日

なぜ韓国だけが他のどの国よりも「反日」なのか 1月12日 神谷匠蔵

Robert E. Kellyという、米国人の政治学者で韓国の釜山大学で准教授を務めておられる方が2015年に書かれたWhy South Korea is so obsessed with Japan(なぜ南韓は日本のことで頭がいっぱいなのか)」という記事は、過去に産経新聞のニュースでも部分的に取り上げられていたようだが、今改めて読んで見ると実に興味深い。

この記事においてKelly氏は韓国在住の米国人知識人という立場を生かし、実に第三者的に、ほとんどどちらのサイドにも感情移入をすることもなく韓国人の日本に対する嫌悪感情(彼はこれをAnti-Japanismと呼んでいる)の異常性を指摘し、この異常事態がなぜ生じているのかを淡々と論じている。

2年も前の英語記事なので、既にいくつかのブログやニュース記事でも邦訳・紹介されているが、Kelly氏の記事は今この時期にこそ改めて注目されるべき内容であるし、また私なりの見解を加えつつ解説をしたい部分もあるので、ここでは敢えて改めてこの記事の内容を要約しながら適宜引用し訳していくことにしたい。

まず、冒頭からして早速Kelly氏は「韓国の異常性」に対する純粋な驚きを表現している。

It is immediately obvious to anyone who has spent substantial time in South Korea that its people and its elites have an extraordinary, and negative, fixation with Japan.

(邦訳)ある程度韓国で時間を過ごしたことのある人には即座に明白であるように、韓国の民衆及びエリート層はともに日本に対して常軌を逸した、そして否定的な執着を持っている。

また、韓国メディアが普段どのように日本について報道しているかについても言及している。

Korea’s media talks about Japan incessantly, usually with little journalistic objectivity and in negative terms: as a competitor for export markets which must be overcome, as a rival for American attention, as an unrepentant colonialist, as a recipient of the ‘Korean Wave’ (watch Korean analysts triumphantly argue that Japanese housewives are learning Korean), as a lurking military imperialist just waiting to subdue Asia again, and so on. (太字は私の編集)

(邦訳)韓国メディアは日本についてばかりひっきりなしに話題にするが、大抵は報道としての客観性はほとんどなく、またそこでは否定的な言辞が多用される。例えば、輸出市場獲得を争う打ち負かすべき競争相手として、アメリカの注目をめぐって争うライバルとして、全く反省の色を示さない植民地主義者として、「韓流ブーム」に便乗する消費者として(韓国のアナリスト達が勝ち誇ったように日本の主婦達が韓国語を学んでいると主張するのを見よ!)、あるいは再びアジアを征服する時を今か今かと待ち構えている軍事帝国主義者として、などだ。

また、韓国がLiancourt Rocks(竹島)に異常に執着していることや、韓国の独立記念日には子供達が日本軍を模した人形に水鉄砲を撃ったりすること(On Korean independence day, Korean children use squirt guns to mock-kill dressed-up Japanese soldiers)などにも触れ、これらの例に見られるような異常な日本に対する執着はきちんと説明されなければならない(this obsession cries out for explanation)とKelly氏は言う。

そこでKelly氏が考えるこの事態に対する「説明」とは、以下のようなものだ。

South Korea’s nationalism is negative, defined very much against Japan and, importantly, not against North Korea. The reason, I hypothesize, is that North Korea so successfully manipulates Korean nationalist discourse that South Korea cannot define itself against North Korea

(邦訳)韓国のナショナリズムは常に「何かの否定」として現れるが、特に「日本」の否定によって特徴づけられ、かつこれが重要なのだが、「北朝鮮」の否定としては現れないのだ。この理由は、私の仮説では、北朝鮮が実に見事に韓国のナショナリストの言説を操作しているために韓国側が北朝鮮に敵対する形で自己を規定できないからである

北朝鮮が「マルクス主義」あるいは「社会主義」といった西欧由来の思想よりも、「主体思想」に基づいて「朝鮮民族」ないし「韓民族」の優越性を基礎とする自民族優越主義(ethnocentricism)を基調としたイデオロギーによって成り立っていることは日本でもよく知られているが、この影響が実は韓国にもより否定的な形で及んでいるとKelly氏は言う。

This would not matter if South Korea’s political identity were democratic and post-racial, but it isn’t. The minjok myth is in fact deeply resonant. South Korean education teaches it (the resultant racism is a huge problem); government media campaigns and commercials stress it; my students write about it in glowing terms; until a few years ago the national pledge of allegiance was to the minjok, not to the democratic state.

これ(韓国は北朝鮮に比べて「朝鮮民族としての純粋性」という点でどうしても劣らざるを得ないこと)は、もし韓国の政治的アイデンティティが民主的でポスト人種主義的であれば大して問題にならないのだが、しかしそうではないのだ。「民族」神話は実は深く反響している。韓国における教育でそれは教えられているし、(その結果生じる人種差別は深刻な問題である)政府系メディアも民族キャンペーンを実施し、民間のCMでも強調されている。私の学生達もそれについて煌びやかな言葉で書いてくる。つい最近まで国家の忠誠誓約は民主国家に対してではなく(朝鮮)民族に対してされていた。

つまり、韓国在住のアメリカ人政治学者から見て韓国は決して民主政治がしっかり根づいた国とは言えず、むしろ韓国における政治的正統性(legitimacy)は「朝鮮民族」に対する忠誠の程度によってのみ担保されるのが実態だ。

だが、哀れなことに韓国人は北朝鮮人に比べて「朝鮮民族」としての純粋性において劣っているという自覚を持っており、従って「朝鮮民族」としての責任を韓国人でありながら果たすためには仇敵日本を叩き続けるしかない、かつそうすることに対してはアメリカも、中国も、ロシアも、北朝鮮も、また国連や国際社会も別に文句を言わない。文句を言うのは日本だけ、否、日本の「右翼」だけであり、同じ日本人でさえも「リベラル」派は文句を言わないどころか韓国人の反日感情を真に受けて「謝罪」にとどまらず「賠償」までしてしまう。そうであるなら、急速に進む西欧化、グローバル化の中でアイデンティティを失いつつある韓国人にとって「反日イデオロギー」ほど便利なものはない、というのがKelly氏の見解である。

つまり韓国人は「日本のリベラル」のように「愛国心や民族的プライドなど失ってなんぼ」と開き直ることもできず、かといって北朝鮮のように経済的利益を犠牲にしてまで「民族主義」を徹底することには躊躇し、そんな自己に対して道義的負い目を感じつつもそれを「反日」という形でしか表現できない実に憐れむべき状態にあるとのことだ。

だが、仮にそうだとするならこれは日本にとっては迷惑千万な話である。日本人としてはとんだ「とばっちり」であるが、それにしても韓国人の勝手な都合でこれほど国際的名誉を傷つけられるなどたまったものではない。名誉毀損ないし侮辱罪で訴えてもいいくらいだ。加えて、仮令日本が完全にリベラル化し、西欧のリベラルに言われるがままに韓国に謝罪と賠償を永久に続けて、教科書から何から全て韓国様の仰せの通りに書き換えたところで、彼らが反日化している原因が実は日本そのものにあるのではなく、韓国人の北朝鮮に対する劣等感に端を発するidentity crisisにあるというのであれば、韓国の反日姿勢は韓国人自身が変わらない限り一向に改善しないだろう。

誰が韓国をracial ideologyから救い、democratic stateへと変えることが出来るのか。そんなことは誰にもできないだろう。そもそも完全にracial ideologyを克服しているのは最初から多民族国家として成立したアメリカくらいのものであり、ヨーロッパ諸国にだっていまだにracial ideologyは残存しているのである。となれば、現実に韓国を脱反日化するには結局南北朝鮮の統一しかないのかもしれない。またその日が来るまでは日本側も「反日」が韓国にとってのoptimal choiceであるという状況をいつまでも許すつもりはないとはっきり示すべきだろう。その意味で安倍政権の今回の対応は実に正しい。いずれにせよ、真に日韓関係を改善したいのであればリベラル派は「自虐史観」のみに囚われるのではなく、こうした冷静な第三者の意見を少しくらいは参考にすべきではないだろうか。



(私のコメント)

昨日も、韓国と北朝鮮に関係について書きましたが、韓国は北朝鮮とのプロパガンダ合戦において劣勢に立たされるのは、「朝鮮民族主義」において正当性に劣勢にならざるを得ない。北朝鮮はアメリカと正面からぶつかり核実験やミサイル開発を続けているが、韓国はアメリカや日本の支援なしには北朝鮮や中国に対抗が出来ない。

このような事を書くと、韓国人などが猛烈な反発をするが、韓国には韓国民族主義を鼓舞するような栄光の歴史が無い。韓国は核開発も出来ずミサイル開発も出来ない。このような事を書けば日本も同じではないかと言う人がいるが、日本はアメリカや中国やロシアと正面から戦争をした歴史がある。しかし韓国にはそのような歴史が無く、2000年の歴史で中国と戦争をして勝った事が無い。

その様な状態で、韓国民族主義を鼓舞するにはアメリカを叩くわけにはいかないから日本を叩くしかないのだ。このような状況で民族主義で北朝鮮と比べると負けてしまう。北朝鮮のように自国民を犠牲にしてまで民族主義を貫く事は韓国では不可能だ。だから絶対に反撃してこない日本を叩く事で民族主義を鼓舞する事になる。

しかし今回のように、日本から制裁が加えられると韓国自体の生存が危うくなってしまう。今まではそのような事が起きればアメリカの仲裁で日本が譲歩させられてきたが、今回は韓国側がアメリカが仲裁になった日韓合意を破っている。

昨日は韓国には民主主義政治が早すぎた事を書きましたが、韓国は民族主義を克服する事が出来ないのだ。韓国と北朝鮮がプロパガンダ合戦をしても北朝鮮には勝てないからだ。北朝鮮に勝つには韓国が日本と戦争をして勝つことが必要になる。竹島問題もそれが分からなければ韓国の意図が分からない。

韓国の民族主義を鼓舞するには、北朝鮮を武力解放するしか無いのでしょうが、圧倒的な経済格差で優位に立っても韓国単独では北朝鮮に勝てないと、韓国の軍幹部が言っている。プロパガンダ戦争で北朝鮮に負けているからだ。90年代に北朝鮮で数百万人の餓死者が出た時も韓国は動かなかった。

当時の北朝鮮は国家破綻状態にあり、核実験もしていなかった。窮上にある北朝鮮の国民を救済するために韓国は立ち上がらなかった。アメリカも親中派のクリントンが大統領では解放に踏み切れなかったのだろう。今では核実験も行われて、アメリカまで届くようなミサイルの開発に成功している。今となっては手遅れだ。

ロバート・ケリー氏の記事は、韓国の反日に対する分析記事ですが、北朝鮮の正当性に対するプロパガンダに対抗が出来ない事が原因らしい。日本のリベラル派のように愛国心や民族主義を悪とみなすくらいの覚悟も無く、自国民を犠牲にしてまで民族主義を徹底する事が出来ない。その鬱屈した心が反日で癒されるのだ。

つまり反日であればあるほど民族主義が鼓舞されるのであり、日本を批判しても絶対制裁してこない安全牌なのだ。我が国は独島を占領した戦勝国であるというプロパガンダは、韓国の愛国主義と民族主義を鼓舞する事が出来る。日本海の呼称問題や従軍慰安婦問題でも日本を屈服させれば、彼らの愛国心と民族主義は鼓舞される。

韓国と韓国人は、絶対反撃してこない日本と言う安全牌と戦争しているのであり、北朝鮮とは絶対に戦争できるような度胸が韓国人には無い。だから韓国は北朝鮮を統一できないだろう。あるとすれば中国が崩壊した後であり、北朝鮮も中国と言う後ろ盾が無くなれば崩壊する。北朝鮮でクーデターが起きないのは中国の報復があるからだ。

韓国人の常軌を逸した反日は、愛国心や民族主義において北朝鮮に負けまいとする気持ちからであり、それがなぜアメリカや中国に向かわず日本に向かうのか。日本ならば安全だからである。竹島を占領しようが日の丸を焼こうが日本政府は抗議以上の事はしない。しようとすればアメリカが今までは止めて来た。

韓国人が、愛国心や民族主義と言った事に克服できていれば問題はないが、彼らのアイデンティティは希薄であり、それは自分の名前を改名したりする事に現れている。韓国人がアメリカ人名や日本人名を名乗りたがるのは、アイデンティティが希薄なためであり、在日の多くは自ら希望して通名を使っている。韓国人としての誇りが持てないからだ。

少し前に韓国経済が非常に好調であり、日本に追いつき追い越すまでになった時期があった。サムスンはソニーに勝ったと言う事実は、日本を克服すると言う愛国心を満足させた。中国もGDPで日本に勝ったという事実が彼らの愛国心を高揚させた。それほど彼らにとっては日本が目障りであり自尊心を傷つけた。

南京問題や慰安婦問題は、事実がどうであれ日本から謝罪を勝ち取る事で愛国心は満足できる。だから事実がどうであるかを説明しても彼らは聞く耳を持たない。彼らにとっては力関係で事実が認定されるからだ。朝鮮半島の事については欧米の学者の研究論文がいくらでもあるのに韓国では紹介される事はない。韓国人の常軌を逸した反日もロバート・ケリー氏が分析しているが、韓国人の反日がこのまま続けば、世界に韓国人の異常性が認識される事になるだろう。




日本にとって今年は、「北朝鮮に侵食された韓国」とどのように
付き合うかを、真剣に考えざるを得ない1年となるだろう。


2017年1月12日 木曜日

【加藤達也の虎穴に入らずんば】北に侵食された韓国の闇 日本大使館前の慰安婦像で目にした異様な光景 1月8日 産経新聞

現在の日韓関係を大まかにいえば、朴槿恵(パク・クネ)大統領をめぐるスキャンダルが慰安婦問題の蒸し返しに形を変えて、日本の安全保障を揺るがそうとしている、といったところだろうか。

 釜山の日本総領事館近くの歩道に慰安婦像が建立、除幕された昨年末から新春にかけての韓国内の動きを見て、そう思わされた。

×  ×  ×

 昨年秋に発覚した崔順実(チェ・スンシル)被告による国政介入事件をきっかけとして、朴槿恵政権打倒を掲げた大規模デモが起きた。朴氏の身から出たさびではあるが、スキャンダルに付け入った勢力は主催者発表で「100万人」規模となった「国民の声」を背景に、ついに国会での朴氏の弾劾を可決させた。ここまでは、韓国の内政問題である。

 問題はここからだ。デモの中核には韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)がいた。挺対協はソウルの日本大使館前に慰安婦像を設置した団体である。

 像が設置された翌年の2012(平成24)年8月15日、筆者はそこで異様な光景を目にした。

 その日、日本大使館前には警察当局の推計で約1300人が集結。仮設された演壇に「朝鮮日本軍性的奴隷および強制連行被害者補償対策委員会(朝対委)」という聞き慣れない団体の代理人が立っていた。

その代理人が挺対協との共同声明として、日本政府に「慰安婦問題での公式謝罪」を要求。さらに「日韓の軍事協力を徹底的に阻止する」と宣言した。

 当時、現場でその様子を視察していた韓国警察当局者は筆者に、両団体の主張が日米韓の軍事的な結びつきを嫌う北朝鮮の主張と同一であることを認めた上で、「現在の民主化された韓国では、こうした団体の動きを封じることはできない」とささやいたのだ。

 その後、挺対協と朝対委の関係を韓国治安機関に取材した。治安機関の幹部によると、北朝鮮は1992年2月に平壌で開かれた南北首相級会談で、当時、韓国側で始まっていた慰安婦問題を利用した対日追及活動への共闘を打診。韓国側がこれを快諾したというのである。

 そして、両団体は同年12月、東京で開かれた「『従軍慰安婦』等国際公聴会」で初合流。「慰安婦」を「性奴隷」と位置づけて、全世界に向けて日本を糾弾する政治宣伝工作を始めたのだ。

 根が深いのは、韓国当局が朝対委を「朝鮮労働党統一戦線部(当時)の偽装部署である」と断定していたにもかかわらず、活動の勢いが止められないほど、韓国の「民主化」が進んでいたことだった。

×  ×  ×

 昨年秋からの韓国での朴槿恵退陣要求デモには、早い段階から巨大な慰安婦像の山車が出現していた。

今回の釜山の像について、韓国外務省は「民間(団体)が自発的に推進」したとして「政府がとやかく指示できる事案ではない」と、不関与を決め込んでいる。国際法(ウィーン条約)違反にあたる行為を放置するのはなぜなのか。「韓国は法治国家ではないから」などと突き放してみるだけでは、本質は見えてこない。

 韓国側釈明の「民間団体」を「親北朝鮮民間団体」と置き換えて読み直してみて、はじめて闇の深さがうかがえるのだ。

 韓国政府は「自分たちの統治権限が及ばない親北朝鮮系民間団体がやったことで、韓国政府にはそれを阻止することはできない」と宣言しているのである。

 韓国政府の対日外交の主導権は既に、政府が取り戻せないほどに侵食されている。

 日本にとって今年は、北朝鮮に侵食された韓国とどのように付き合うかを、真剣に考えざるを得ない1年となるだろう。



(私のコメント)

韓国には、北朝鮮の工作員や中国の工作員が数万人規模でおり、韓国は既に彼らの工作に乗せられて身動きが取れなくなっている。たとえだれが大統領になろうと工作員を封じ込める事は不可能だろう。あるとすれば軍事クーデターで独裁体制に戻るしかありませんが、韓国は民主化が早すぎたのだ。

民主化の名のもとに、工作機関が大衆動員をかけて大規模デモをすれば政府はこれを無視する事は出来ないだろう。既に100万人規模のデモが行われており、それだけの動員力があるという事だ。しかし多くのデモに参加した人は、北朝鮮の工作員に操られている事を自覚していない。

北朝鮮は、独裁体制であり独裁者は政府内の人間や国民を自由に抹殺する事も可能だ。民主国家ではそれが出来ない。証拠があれば敵のスパイを捕まえる事は出来るが、工作員はそんなヘマな事はしない。北朝鮮は好きなだけ韓国にスパイを送り込んだりシンパを作る事が自由にできるが、韓国は北朝鮮にスパイを送り込むことは不可能だ。

韓国政府内部や国会にも北朝鮮のスパイがおり、豊富な資金を使ってありとあらゆる手段で味方に取り込んでいく。もちろんマスコミにも工作員はおり、世論工作で自由に活動が出来る。このような状況で民主主義的な国家運営が上手く行くはずが無く、どうしても北朝鮮勢力にしてやられてしまう。

アメリカ政府も、韓国を建て直すには軍事独裁政権でないと無理だと気が付くかもしれない。中東や北アフリカでも独裁国家がアラブの春で倒されましたが、民主主義国家としては無理があるようだ。さまざまな部族が暴れだして収拾がつかなくなるのだ。中国や韓国も同じであり独裁体制でないとまとまれないのだ。

アメリカや日本は、韓国が正常な民主国家となるように様々な経済援助や国家的な協力体制できたが、経済的に豊かになっても国民自体が成熟していなければ、まともな民主国家にはなれない。この事は中国や中東のアラブの春でも同じ事が言える。イラクも独裁者のフセインを取り除いても民主国家としてはまとまれない。

中東には日本より豊かな国はいくらもあるが、いずれも民主国家ではなく王族支配国家だ。韓国も一人あたりの経済水準では日本に追いついているが、政治的に民主国家として成熟していない。政治家も賄賂が文化として根付いており、大統領が引退すると汚職で捕まる。パククネ大統領も例外ではなかった。

民主国家と独裁国家とでは、一長一短がありどちらが良いとも言えませんが、独裁体制でも独裁者が名君なら民主国家よりも効率的だ。民主主義における選挙にしても、カネばかりかかってカネをばら撒けば当選できることもあり欠点も多い。いちいち国会で法律を作らなければならないから迅速な政策が出来ない。

韓国の反日は、歴史問題と言うよりも北朝鮮勢力が仕掛けている事であり、中韓米から日本を孤立させる工作活動だ。今でも中国は共産主義国家であり、アメリカの民主党内にも隠れ共産主義者がいて、中韓の反日を煽る事をしている。要するにプロパガンダ合戦なのだから真実がどうであろうと関係ないのだ。

日本のマスコミは「少女像」と言っているが、これもプロパガンダであり、本当は「慰安婦像」か「売春婦像」と言うべきなのだ。言葉のすり替えはプロパガンダの常套手段であり、日本の新聞が「市民」と言っているが、たいていが「活動家」と言う方が正しい。

日本にも北朝鮮や中国の活動家が大勢活動しているが、民主国家には言論の自由があるから好きなように活動が出来る。国会でスパイ防止法が作れないのも国会内の「活動家」が反対しているからですが、国民が比較的成熟しているから政治は安定している。




日本はアメリカのお墨つきを得て、軍備 を増強できる。「アメリカを
もっと助ける」という名目で、「軍事的自 立」に近づいていける


2017年1月11日 水曜日

米中冷戦時代がはじまる〜日本は? 1月10日  ロシア政治経済ジャーナル 

▼アメリカは、なぜソ連に勝てたのか?

さて、イギリスは、第2次大戦でもドイツに勝利しました。

今回も、アメリカとロシア(当時ソ連)を味方につけて勝った。

面白いのは、アメリカとイギリスが、

「資本主義打倒」「米英打倒」を「国是」とするソ連と和解してドイツと戦ったこと。

米英は、「戦争に勝つためなら、なんでもする」ことを示しています。

さて、第2次大戦が終わると、アメリカとソ連の「冷戦時代」がはじまります。

アメリカ、今度は2次大戦中敵だった、日本とドイツ(西ドイツ)を味方につけることにしました。

また「敵」と組んだのです。

日本とは「日米安保」が結ばれた。

「日米安保」には二つの目的がありました。

まず第1に、ソ連の脅威から日本を守ること。

第2に、日本が再びアメリカに逆らわないようにすること。

2番目の理由で、「アメリカは日本を守るが、日本はアメリカを守らなくていい」という、「変な」軍事同盟になった。

日本がアメリカを守るためには、相応の軍事力をもつ必要がある。

日本に軍事力を持たせると、またアメリカに歯向かうかもしれない。

▼米ソ冷戦下で、空前の成長を遂げた日本経済

「冷戦」は、日本にとってどうだったのでしょうか?

二つの側面があります。

まず、ソ連という巨大な脅威がいる。

「核戦争で世界は破滅する」という恐怖が、いつでもありました。

ゴルバチョフが登場した80年代半ばまで、そうだった。

一方で、日本は1950年から1990年まで、40年に渡って世界が驚く経済成長をはたしました。

「日本に軍事力を持たせたくない」アメリカが、日本の安全を保証したので、日本は経済に専念できた。

「属国」なのはその通りなのですが、実際日本は、「冷戦でもっとも恩恵を受けた国」だったのです。

冷戦は、1991年末、ソ連の崩壊で終わりました。

日本経済の栄華も冷戦とほぼ同じ時期に終了。

以後、「暗黒時代」に突入していきます。

▼トランプは、どう動く?

こういう歴史を振り返ると、戦略国家アメリカは、

1、仮想敵を定める

2、仮想敵以外の国々と和解する

という、極めて普通のことを、極めて普通にやっていることがわかります。

オバマさんはこれを、8年の任期中6年間やっていませんでした。

というか、「敵」を「見誤った」のです。

GDP世界2位の中国ではなく、GDP世界12位(2015年)ロシアを

「敵ナンバー1」と思ってしまった。

それで、ウクライナ、シリアでロシアと「代理戦争」をしてた。

米ロが戦っているうちに、中国はどんどん強力になってしまいました。

しかし、いつも書いているように2015年3月の「AIIB事件」以降、アメリカは変わりました。

ようやく中国を「最大の敵」と定め、動きはじめた。

トランプはどう動くのでしょうか?

「常識的な動き」をするに違いありません。

つまり、

1、中国を敵と定め

2、その他の国々との関係を改善していく

その他の国々の中で、最重要なのが日本です。

なんといっても日本は、GDP世界3位。

そして、親米国家でほとんど唯一「AIIB」参加を見送った。

安倍総理の「希望の同盟演説」は、「AIIB事件」で落ち込んでいたアメリカに力を与えました。

そして、二番目に重要なのがロシアです。

トランプが、「プーチン、プーチン」「ロシア、ロシア」と繰り返している。

「プーチンが、アメリカ大統領選の結果を操作した」といわれても、

「別に、俺が勝ったからどっちでもいい」という感じ。

これは、トランプが「戦略的」に考えているから、そういう態度になるのです。

そして、トランプは、インド、ベトナム、フィリピンなどとの関係を、より強固にしていくことでしょう。

オバマさんが嫌悪しているフィリピン・ドゥテルテ大統領についても、

「彼のやり方は正しい」といって、喜ばせています。

米ソ冷戦時代と米中冷戦時代の違い

トランプ新大統領で、米中冷戦時代がはじまる。

それで、アメリカは日本との関係をさら改善せざるを得ない。

だから、日米関係は良好になり、日本は楽になる。

こういう構図は米ソ冷戦時代と同じ。

しかし、米ソ冷戦時代と米中冷戦時代では、違うこともあります。

まず、経済。

米ソ冷戦時代、日本経済は、大繁栄しました。

しかし、米中冷戦時代に日本経済が、「大繁栄」することはなさそうです。

というのも、日本はすでに十分豊かな「成熟期国家」である。

「高度成長」するはずがありません。

もう一つは、ソ連と違って、中国は世界経済に統合されている。

ですから、今後ますます悪くなっていく中国経済の悪影響は、日本にも及ぶことでしょう。

そして、欧州経済にも暗雲が漂っているので、これも日本に影響します。

さらに、日本にとって、米ソ冷戦時代より米中冷戦時代の方が、「戦争の可能性」が大きい。

もちろん、「尖閣」のことです。

オバマさんは、ほとんどの期間「親中」でした。

しかし、2010年「尖閣中国漁船衝突事件」以降、一貫して

「尖閣は日米安保の適用範囲」と断言し、日本を守りました。

しかし、トランプは、どうリアクションするか発言していない。

ですから、中国は、「トランプがどう動くか見てみよう!」と考え、挑発を激化させることでしょう。

「うまくいけば、尖閣をとってしまおう」と考えながら。

そして、最後に、「アメリカの変化」があります。

つまり、米ソ冷戦時代のアメリカと今のアメリカを比べると、

明らかに今のアメリカの方が弱くなっている。

トランプさんが、「日本、韓国、NATO加盟国、サウジアラビアにもっと金を払わせる!」

というと、支持率が上がるような国になっている。

日本は、こういう変化をしっかり認識し、日米安保をより「双務的」なものにしていく必要があります。

それをすることにより、日本はアメリカのお墨つきを得て、軍備を増強できる。

そして、「アメリカをもっと助ける」という名目で、「軍事的自立」に近づいていけるのです。

米中冷戦時代がはじまる。

日本にとって、中国の脅威は変わりません。

しかし、2015年3月までずっと「親中」だったオバマ時代より、ずいぶん楽になることでしょう。

もちろん、一瞬たりとも油断は禁物ですが・・・。


(私のコメント)

トランプ政権の陣容が固まってきましたが、今まではロシアを潜在敵国として来ましたが、オバマ政権の末期は中国を潜在敵国としてシフトしてきたようだ。アメリカは今までもNO2を叩く戦略を取ってきた。それが2010年から中国が経済でNO2となり、日本はNO3に格下げされた。

経済ではアメリカと中国は同盟関係とも言える親密な関係を気づいてきましたが、中国が大国化するにしたがって米中関係は微妙な関係に変質してきた。AIIBでも分かるようにいつの間にかアメリカ包囲網が出来てしまって、アメリカに従う国は日本くらいになってしまった。

AIIBではイギリスすらもアメリカを裏切った。中国とEUが手を組んでアメリカを孤立させることをAIIB事件は象徴している。ロシアにとっても中国とEUが手を組めばロシアは挟み撃ちに遭う。アメリカはロシアを潜在敵国と見做していたから、中国、EU、アメリカの三国同盟は対ロシアに有効だった。

しかしプーチンは、バカではないから、中東に泥沼にはまったアメリカを助ける事で恩を売って、さらにはトランプ候補を味方につけるためにクリントンに不利な情報操作をした。クリントンとトランプの一番の違いはロシアを敵とするか味方とするかの違いであり、同じ事は中国を敵とするか味方とするかの違いだ。

アメリカは、ロシアと中国を一緒に敵とする事はしない。だから2010年まではロシアが敵であり中国は味方だった。それが南シナ海問題では中国の海洋進出が露骨になり、敵であったロシアを味方にして中国を敵とするような政策に切り替わりつつある。トランプ政権でそれがはっきりする。

トランプ政権では、反グローバル経済を打ち出ししてきそうですが、工場をメキシコや中国からアメリカ本土に呼び戻そうとしている。グローバル経済の恩恵を一番受けたのが中国であり、世界第二位の経済大国になったのもグローバル経済のおかげだ。しかしトランプはそれに待ったをかけてる。

イギリスのキャメロンもアメリカを裏切って中国と手を組んだ。ドイツのメルケルも自動車生産では中国のおかげでVW社は世界一を取り戻した。EUは中国と手を組んで経済同盟化を進めたが、中国が一人勝ちのような美味しい状態が続いた。

冷戦崩壊後のアメリカの潜在敵国は、日本だったりEUだったりロシアだったりとしてきましたが、だんだんと本当の潜在敵国が浮かび上がってきた。台頭著しい中国ですが、EUと中国が手を組まれるとアメリカが逆に孤立してしまう。それが具体化したのがAIIBだ。

日本はそれらとは無関係に、蚊帳の外であり経済的にもEUを含めれば経済でも第四位の経済規模に転落してしまった。首相は毎年のように交代して政治的にも迷走が続いた。歴史問題でも中国や韓国に痛めつけられて、アメリカも同調して日本は叩かれてきた。

ロシアと中国は軍事同盟関係にあり、EUと中国は経済で手を組もうとしている。ロシア、EU、中国とユーラシア同盟が出来てしまうとアメリカは孤立してしまう。アメリカはようやくそれに気が付いたのでしょうが、まわりを見たら最後まで付いてきた同盟国は日本しかいなかった。

ようやくアメリカは中国を潜在敵国と見做し始めましたが、EUからイギリスを引きはがして、ロシアを味方にしようとしている。トランプはロシアを味方に付けて中国包囲網を作るだろう。問題はEUですが、メルケルが退陣すればEUも中国包囲網に加わるだろう。まさに以前とは一転して逆転する。

中国の習近平は、胡錦濤とは違って超大国として振る舞い始めている。確かにアメリカからもEUからもロシアからも手を組もうと持ちかけられて、中国は近い将来は、アメリカを追い越す超大国となるとのぼせ上ってしまった。アメリカの巻き返しがなるかどうかはトランプにかかっています。




紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男」 野崎幸助(著)
私がお付き合いした女性は4000人、それに使ったお金は30億円


2017年1月10日 火曜日

紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男 野崎幸助(著)

美女4000人に30億円を貢いだ「紀州のドンファン」の壮絶人生 いい女を抱くために私は金持ちになった 1月9日 現代ビジネス

私は街中でガールハント(今流ではナンパと言いますが)をすることもあれば、銀座や大阪の新地など、夜の高級クラブでホステスさんとお付き合いをすることもあります。その方法については後で詳しく述べますが、この7〜8年は高級クラブには滅多に足を運ばなくなり、その代わりに都内の交際クラブに登録して女性を紹介してもらっていました。

 交際クラブによっても異なりますが、入会金が3万〜5万円という庶民レベルから、50万円とか100万円という高級なところもあります。
 
私は複数の交際クラブと契約しており、安いところは安いなりのレベルの女性が登録し、高級なところにはやはりレベルの高い女性が登録しているようです。

 「社長、いい娘がいますけど会ってみませんか」

 贔屓にしている交際クラブは、私の好みの女性のタイプを知っておりますので、気に入りそうな娘がいれば電話で連絡が来て写真も送ってくれます。そのクラブに登録している女性の多くは、20代前半から30手前ぐらいの売れないタレントの卵とかモデルさんが多く、街を歩けば振り向くような美人も少なくありません。
 
紹介料は男性が1回につき5万円で、女性は入会金も含め無料。単なる小遣い銭稼ぎから、未来の旦那さんを見つけたいという方まで、女性の登録理由は様々です。
 
交際クラブからの紹介があり、こちらが会いたいと希望すれば、お相手の女性と実際に会うことになります。お相手と会って食事などをし、お互いに気に入ればエッチをするのは自由。紹介した交際クラブは、その後の二人の関係についてはノータッチというシステムです。
 
先ほども申し上げたように、私はバツ2の独身ですので、気に入った女性がいれば結婚してもいいという気持ちで、交際クラブが紹介してくれる女の子たちとお付き合いをしていたのです。

 誤解のないように言っておきますが、私の好みは20代半ばぐらいの若くて大柄、グラマラスな女性で、小便臭いような若い娘にはまったく興味がありません。ですから、交際クラブに登録する段階で女性が年齢を偽ったとしても、児童買春というような法律に引っかかる心配はなし。あくまで二人の自由意思によって、エッチするかどうかが決まります。 

 銀座や大阪・新地のクラブのホステスさんを口説くためには、客は財布が痛むのを知りながらも本能の命じるままに何度も通わなければなりません。

 私もかつてはその一人でした。しかし、高級クラブにホステスを口説きに行っても空振りが間々あるどころか、酷いときには何度も空振り三振が続いてしまいます。 

会うたびに渡した40万円

 お店によっては「特攻隊」と呼ばれている、客と寝るためのホステスも用意されています。しかし、特攻隊員には食指が動かないような方が多いのも事実。だから、どうしても好みのホステスさんを口説こうと熱を入れていました。ただ、毎晩のように店に通ったとしても口説ける保証はまったくなく、金をドブに捨てるようなこともしばしばでした。

 それと比較して交際クラブは大人の割り切りができるので、私にとっては非常に楽なシステムです。
 
飲みたくもない酒を飲んで同伴出勤をしたり、アフターに付き合ってお気に入りのホステスさんを口説いたりするのは、今では馬鹿馬鹿しいと思っています。要はエッチをしたいという自分の欲望を満たしてくれればいい。そのうえで体も心も相性が合えば結婚することもやぶさかではありません。
 
私としては、交渉は手っ取り早いほうがいいわけです。

 原田容疑者は性に対して自由奔放で、ベッドに上がるなり自ら衣服を脱ぎ捨て全裸になって私に挑んでくるような女性でした。男性に甘えることが大好きな娘という印象を持っていました。

(中略)

死ぬまで現役

 人生山あり谷ありと申しますが、私は日本海溝のようなドン底から這いあがり、なんとか生き延びてきたのです。銀のスプーンを咥えて裕福な家庭に生まれてきたわけでなく、終戦直後の貧しい時代を耐え忍んできました。その後、幸運にも高度経済成長の波に乗ることができ、お金を稼ぐコツみたいなものも自分なりに見つけました。

 簡単に金持ちになったわけではありませんし、自分が金持ちだという意識は今でも希薄です。世の中には信じられないような大金持ちがウヨウヨいることも知っていますから、私ごときが金持ちと呼ばれるのはなんとも面はゆい気すらします。

 私がお金を稼ぐ理由は、なんと言っても魅力的な女性とお付き合いをしたい、その一点に尽きます。
 
いい車に乗りたい、いい家に住みたい、いいモノを食べたい……。人にはいろんな欲望がありますが、私の場合、車や家にはほとんど関心がない代わり、美しい女性とセックスをしたいという欲望は、今も尽きることがありません。
 
仕事も女性とのお付き合いも、「死ぬまで現役」と心に誓っております。
 
過去、私がお付き合いした女性は4000人を下らず、それに使ったお金は30億円くらいになるでしょう。どうやってそのお金を稼いだのか、どうやってそんなに多くの女性と出会ったのか、そして、なぜ今も元気にエッチができるのか。それをこれから語っていきたいと思います。
 
誰もが真似したいと思うような生き方ではないかもしれませんが、一つの目標に向かって努力を続ければ夢はきっと叶うはずです。こんな私の人生が、この本を手にとってくださった皆さんにとって、少しでも参考になればこれほど嬉しいことはありません。



(私のコメント)

野崎幸助氏の事は去年の5月7日にも日記で書きましたが、今度は本を出版されたそうです。私も若い頃は銀行の同僚たちに「結婚なんかするよりも金持ちになって愛人を何人も囲った方がいい」と冗談で話していました。野崎氏は正に大金持ちになって、美女4000人に30億円のカネをつぎ込んだそうです。

野崎氏ほどではないにしても、ブログには美女に1億円つぎ込んだと言う人もいます。それだけの経済力があり体力があれば出来る事です。結婚なんかしてつまらない女に拘束されて生きるよりも、多くの美女と浮世を楽しんだ方がいいのではないかと思う。

男と生まれたからには、少なくとも1000人くらいの美女と愛を交わしたいものですが、一人に10万円使ったとしても1億円になってしまう。今年から私もお金に余裕が出来るようになって、年に100万円くらいの予算でもって美女と交際してみたいものだ。どうせお金はあの世には持って逝けない。

気に入った女性がいれば結婚して財産を譲るかも知れませんが、最近ではカトちゃんの嫁のように歳の差を気にしない女性も増えて来た。三船敏郎や上原謙のように70代で子をもうけた例もある。昔と違って現代では高齢者も非常に元気で、野崎氏も80歳で未だに現役だそうですが、それから見れば私はまだまだ若輩者だ。

しかしネットなどでは、20代30代で早くもセックスレスと言った記事を見かけますが、半数近くがセックスレスの夫婦だそうです。何のために結婚したのか分からない様相を見せていますが、それくらいなら結婚しない方がましでしょう。そんな家庭に生まれた子供が不憫でならない。

結婚という制度が時代に合わなくなってきており、自由恋愛と事実婚を繰り返すような事になって行くのだろう。フランスでは生まれた子供の父親が全部違うと言った例もある。野崎氏のように無尽蔵の財産が有れば何人の愛人を持とうが、当人同士の合意で自由だ。

野崎氏が書いているように、現代では「交際クラブ」と言うものがあって、5万円くらいで美女を紹介してくれるようです。そこから先は当人同士の自由であり、合意できれば愛人関係になる事も自由だ。「交際クラブ」にはモデルや女優の卵のような美女が多くて、彼女たちと自由恋愛が出来るのだからこの世はまさに天国だ。

上原謙の息子の加山雄三も80歳になりますが、エレキを弾いてコンサートをしている。テレビで見ても80歳には見えませんが、昔とは違って80代でも現役でいられるのだろう。野崎氏も加山雄三も借金で苦労したように、私も借金で苦労した。その分が高齢になっても元気でいられる秘訣なのだろう。加山氏もようやく借金を完済したという事ですが、借金が男を強くするらしい。

私もブログの表紙にあるように加山雄三に似てなくもないのですが、これは40代の頃の写真だ。億単位の借金を抱えて、精神的にも重圧がかかってきつい生活であり、遊び事も出来ず働くしかなかった。その反動が高齢になって借金の重圧が無くなり資産が出来ると、野崎氏のように美女と遊ぶようになる。

私が経営するビルにも、リラクサロンが入っていますが、若い女の子が10人近く働いている。リラクサロンはリラクゼーションと言って単なるマッサージ店ではなく、国家資格もいらないから多くの若い女性セラピストがサービスしてくれる。個室で二人っきりになれて3000円から10000円で利用が出来る。

キャバクラや風俗店なら一回行けば数万円も使ってしまいますが、リラクサロンなら数千円でスキンシップが出来る。非常に安いと思うのですが、あまり知られていないのだろう。しかしいかがわしい事は出来ませんが、仲良くなれるチャンスはある。しかし私はまだ一度も利用した事が無い。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという事で、これからは若い女の子と遊びたいものですが、自由恋愛なら誰からも干渉される事はない。結婚などをして不倫して離婚騒動で慰謝料や財産分与などで一生を台無しにする男が増えていますが、自由恋愛や事実婚で人生を楽しんだ方がいいのではないだろうか。その為には財産を築く必要がある。




韓国から見て今まで河野談話ですら認めていなかった「日本軍の関与」
を安倍首相が認めたのだから、もっと責任を追及するのが当然です。


2017年1月9日 月曜日

日韓外交はしきい(ハードル)を上げ 交渉の前提を韓国に要求しよう 1月8日 世界のニュース トトメス5世

増えた慰安婦像と日韓合意

日本政府は2017年1月7日に、釜山領事館前に新たな慰安婦像が設置されたのを問題視し、駐韓大使を召還しました。

日本側は2015年12月28日にソウルで岸田外務大臣が署名した、日韓合意に反していると主張している。

日韓合意では日本は自称元慰安婦の支援財団を設立して、10億円を拠出することが明記されている。

韓国側は慰安婦問題を2度と国際社会や日本に対して主張しない事が明記されている。

ソウルの日韓合意後に帰国した岸田外相は「慰安婦像の撤去を韓国が約束した」と発表したが、韓国側はそのような発表をしていない。

慰安婦像撤去が合意に盛り込まれた「条件」であり「前提」なのか本人達しか知らないわけで、はっきり言えば日本側の失策だった。

日韓合意は米オバマ大統領の強い要求によるもので、日米韓が中ロに対抗して安全保障を行うために必要とされた。

日本と米国はミサイル防衛で中ロや北朝鮮に対抗しているが、米国はここに韓国を加えて迎撃ミサイルを設置しようとしている。

ところが韓国政府は「日本は侵略国だから協力しない」と言いその根拠が「慰安婦で謝罪も賠償もしていない」というものだった。

韓国は放っておいて侵略されれば良いのではないか、と思うのだが安倍首相とオバマは韓国を助ける為に、慰安婦にまた謝罪と賠償をする事にした。

2015年の日韓合意が過去の謝罪や賠償と異なる点は、日本政府による強制連行と関与を認めたことにある。

有名な1993年の河野談話ですら「直接または間接的に日本軍が関与した」と関与をほのめかしただけでした。

安倍首相と岸田外相が点火した爆弾

だが岸田外相は2015年12月28日に共同記者会見で「当時の軍の関与のもとに多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」と発言しています。

『日本一の売国奴』と非難された河野洋平すら認めなかったことを岸田外相は「日本軍がやりました。」と言って署名して帰国してきた。

将来相当まずい事になると思ったが、安倍首相は「これで完全決着した」と言っていました。

韓国から見て今まで河野談話ですら認めていなかった「日本軍の関与」を安倍首相が認めたのだから、もっと責任を追及するのが当然です。

今まで75年間犯行を否定してきた犯罪者が、「自白したら罪を問わない事にするよ」と言われたら「実は俺がやったんだよなハハハ」と言ったようなものです。

これで騒動が解決すると考える人が、おかしいので、なぜ河野洋平を批判する人が岸田文雄や安倍晋三を批判しないのかは分からない。

さて言ってしまった事はともかく、2015年12月28日に岸田外相が署名したときに、日韓は慰安婦像撤去の約束を交わしたのかが問題になります。

公式文書には書かれていないが「覚え書き」があれば立派な外交上の約束だし、口頭の合意でも合意には違いない。

岸田文雄という人物は自民党左派に属し、谷垣禎一や古賀誠から引き立てられて、古賀派を継承して派閥の長になった。

政治的には「親中国」したがって親韓国であり親分である古賀誠から、中国人脈を受け継いでいる。

ざっくり言えば岸田文雄は中国の利益を代弁する人物であり、外務大臣にした理由は、安倍政権の党内基盤強化のためなのでしょう。

この中国のスパイと安倍首相の外交音痴が相乗効果で日本に不利益をもたらしている

日本は「合意を実行しなさい」と言う必要がある

日韓は過去に何十回も最終的な合意をし、韓国は2度と問題を蒸し返さないと約束したが、一度も守りませんでした。

最初の日韓合意は1965年で、朴正煕大統領と佐藤栄作総理大臣が合意した日韓基本条約で、日本は初めて韓国を国として認めました。

日本は膨大な額の資金供与を行い、一時は韓国の政府予算の半分を日本政府が援助していました。

代わりに韓国は戦前の「全ての請求権を放棄」し解決済みとし、今後一切持ち出さないと約束しました。

ところが朴大統領の父親の朴正煕大統領は、親子で嘘つきの遺伝子なのか、帰国するとすぐに「請求権放棄なんかしない」と宣言しました。

朴正煕大統領は日本に居るときは平和と友好とか、両国が協力しようなどと言っていたが、韓国に帰ったらすぐに「日本は許せない」と言い出した。

金を貰って署名しておいて何が許せないのかというと、日本ははした金を押し付けて過去の侵略を無かった事にしようとした。

だから金は受け取るが韓国は約束など守る必要がないと、国民に説明していました。

日韓基本条約では「韓国が権利放棄する見返りに」在日韓国人1世と2世の居住を認める合意をしました。

在日韓国人3世には最初から「居住権」なんかないのだが、1世と2世も韓国が日韓基本条約を履行していないので、実は日韓条約上の居住権などないのです。

1995年、金泳三大統領と村山富一総理大臣は「アジア女性平和基金」で合意して、また韓国は「2度と蒸し返さない」と約束して金を受け取りました。

金泳三大統領は「合意なんか守らない」と宣言し、「日本は侵略国家だから謝罪と賠償をしろ」と主張しました。

「天皇がソウルに来て土下座するなら、謝罪を受け入れてやってもいい」と言った李明博大統領も同じ事を言い、韓国大統領全員が日本との約束を破棄してきました。

どうしてこうなるかというと、彼らは「経済が破綻していて金が欲しい」などの動機があって日本との交渉を希望しています。

日本が合意してお金を払えば目的は達成したのであって、もう韓国は日本の機嫌をとる必要がなくなる。

2008年に麻生首相は韓国に通貨スワップ(韓国の経済危機が起きないように日本が無償で資金提供する)を結んだが、その後韓国は歴史問題で日本を激しく攻撃し始めた。

これも「先に金を与えた」からもう韓国としては日本に遠慮する必要がなくなったからなので、原因を作ったのは麻生首相自身です。


(私のコメント)

韓国問題を書くと、読者には「韓国の事はもういいよ」よと拒否反応を示す読者がいますが、そのような態度が余計に韓国人を怒らせて感情的にさせてしまうのです。確かに「無韓心」でいれればいいのでしょうが、それが韓国人につけこまれる元なのです。

クラスの不良が皆に嫌われているのを不満に思って、皆に悪さをするような事であり、要するにかまってほしいのです。無視される事がいやだから問題行動を起こすのです。そのような悪ガキをおとなしくさせるには、中国のように制裁を加えないと直りません。

制裁と言っても、日本から何かをすると言うのではなくて、韓国が危機的な状況でも何もしないと言う形のものがいい。しかし韓国も日本の弱点をよく心得ているから、韓国政府はアメリカに泣き付けば日本に口利きをしてくれると足元を見ている。

韓国のアメリカロビーは強力であり、安倍総理がアメリカ議会で演説阻止のためにやった事は常軌を逸しており、アメリカ側も呆れたほどだ。韓国政府がやっている事は日米の分断工作であり、やっている事は中国や北朝鮮のやっている事と目的は一致している。

パククネ大統領は、米中韓で日本包囲網を作る事を画策していましたが、その試みは失敗した。あまりにもパククネ政権が中国に接近しすぎたためであり、その事がかえって日米の関係を深める事になった。THAADミサイル基地設置にも韓国政府はなかなか認めてきませんでしたが、それがアメリカの不信を買ってしまった。

韓国がTHAADミサイル基地を認めなかったのは、中国からの干渉があるからですが、パククネ大統領はTHAADを認めると、中国は様々な形で制裁を仕掛けて来た。表向きの制裁ではなく、韓国芸能界の締め出しや観光客を減らすなどの締め付けですが、中国国内の韓国企業への嫌がらせも制裁になる。

日本政府はそのような目に見えないずる賢い制裁が出来ない。日本人は真っ正直すぎるから駆け引きが苦手だ。日韓交渉では何度も日本政府は韓国政府に合意が破られているから政治家も分かりそうなものですが、日本の政治家は人が良いから何度でも騙される。最終的な合意と言いながら韓国政府は時間が立つとそれを蒸し返してくる。

韓国は悪がきのようなもので、親子で約束をしても子供が約束を守らない事は悪い事だと教え込まないと直らない。体罰が悪いと言うのならお小遣いをあげないとかいった制裁が必要だ。悪さをしても逆にお小遣いをあげれば悪さをしなさいと言っているようなものであり、安倍総理は韓国に10億円を支払ったが、悪さをすれば金をくれると言った躾をしているようなものだ。

子供が不良化するのは、親の躾が間違っているからであり、やがては親が困る事になる。かつては日本がマッカーサーに12歳の子供と言われましたが、韓国は正に子供であり、悪さをするたびにお小遣いをあげて宥めていたら悪い子供になるに決まっている。

慰安婦問題は、日本の朝日新聞が火をつけた問題であり、日本の野党の福島社民党党首なども人権問題として外交問題化させた。これらを仕掛けたのはアメリカのリベラル派であり、朝日新聞に命じて歴史問題で日本を封じ込めるのがアメリカ政府の狙いだった。アメリカ政府としては東京裁判にケチがつく事を恐れているからだ。

東京裁判が、問題のある事は最近も何度か書きましたが、遡及法で被告を罰する事は近代国家にあるまじき行為であり、大量虐殺を行ったのはアメリカの方だった。それらの口を封ずるには日本人を徹底した洗脳で封ずることであり、アメリカ政府は韓国政府や中国政府をたきつけるために朝日新聞に記事を書かせた。

アメリカ政府としては、パククネ政権の中国接近は身から出た錆のようなものですが、アメリカのアジアへの影響力の低下を象徴するものだ。フィリピンもドテルテ大統領は中国に寝返った。このような状況になってようやくアメリカ政府も事態を認識し始めたようですが、南京大虐殺問題や従軍慰安婦問題はそのまま残っている。

アメリカ政府は、朝日新聞に従軍慰安婦記事の誤報を認めさせましたが、これは自らまいた種なのだ。ようやくオバマ大統領が仲介に入って日韓合意がなされましたが、政府間では合意しても韓国国民は今までどおり騒げば日本政府は謝罪して金をくれると思っている。

今回はアメリカ政府が仲介役になった合意だから、韓国政府や韓国の団体が騒いでもアメリカは動かない。韓国政府もやがては状況が変わった事を認識するだろう。日本の政治家は、中国や韓国に謝罪や賠償が大好きで何度も同じ事を繰り返している。アメリカからの圧力だからという事なのでしょうが、こんな事を繰り返していればアメリカはアジアの橋頭保を失う事になる。




トヨタの危機感のなさと対米政治工作のセンスのなさを象徴
している。豊田社長に誰もアドバイスする人はいないのか


2017年1月8日 日曜日

政治工作を怠ったツケ?トヨタがトランプに狙い撃ちされた本当の理由 1月7日 井上久男

「広報戦略」を怠ってきた?

これほどまでに米国の政治工作に力を入れてきたトヨタがなぜトランプ氏に吊し上げられるのか。その理由は2つある。

一つ目の理由は、この10年ほどの間トヨタは米国でのロビー活動をかつてほどしなくなったからである。特に2009年に豊田章男社長が就任して以来、ロビー活動を毛嫌いする風潮は高まった。「質実剛健さや額に汗を流して愚直なクルマづくりを好む豊田社長は裏から手を回すロビー活動に興味がない」(トヨタ担当記者)という。
 
二つ目の理由は、リーマンショック後の後遺症から立ち直り、円安の追い風もあって好業績が続く中でトヨタの企業風土が内向きになり、外の情報や耳の痛い意見を真摯に受け止めなくなったからである。

筆者は1995年10月からトヨタをウオッチしてきたが、批判をすれば瞬間的には怒っても、なぜ批判したのかを聞きたがり、その批判に一理あると判断すればそれを受け入れるのがトヨタの企業風土の良さでもあった。

しかし、そうした企業風土は消えつつある。豊田章男社長がマツコ・デラックスのテレビ番組に出て大はしゃぎしたり、大リーガーのイチローをゲストに招待して「ステークホールダーミーティング」を開いたりして大衆受けを狙った広報戦略は巧みになったが、広報戦略のもう一つの柱であり、トヨタが大事にしてきた「広聴戦略」を疎かにしてきた面は否めない。

 

こうしたことが積り積もってトヨタは外部の動きに鈍感な会社になり果てた。その結果、「トヨタはトランプ氏やその周辺に食い込むどころか、米国の政治情勢でまともな情報すらも入ってこなくなっている」(前出トヨタOB)との声もある。

こんなことがあった。トヨタは昨年9月、メキシコ工場の生産能力を年間10万台から同16万台に増強するため、追加投資すると発表した。

「トランプが勝つかもしれない可能性を考えれば、あの時点で発表すること自体がトヨタの危機感のなさと対米政治工作のセンスのなさを象徴している。豊田社長に誰もアドバイスする人はいないのか」(同)と心配する声も出ていた。
 
トランプ氏が暴言を吐いたり、無茶苦茶なことを言ったりするのは前から分かっていたことだ。それでも選挙という民主的な手続きを経て最大の同盟国である米国の大統領になったという現実から逃げることはできない。トランプ氏がとんでもない奴だといくら批判しても始まらない。

現実を踏まえ、どう対処していくのか、冷静で緻密でしたたかな戦略が日本の政治にも企業にも求められるだろう。トランプ氏の「トヨタバッシング」から筆者が強く感じていることである。



(私のコメント)

今日のテレビ朝日の「たけしのTVタックル」は、正月番組らしく景気のいい話が出てきましたが、武者氏は日経が4万円を超えるとか言う話は非常に景気のいい話だ。理由はアメリカでトランプノミクスが成功して、ドル高円安になり1ドルが140円にまでなるそうです。初夢としては悪い話ではない。

日本が持つドル資産が非常に多いから、円が10円安くなれば28兆円もの為替評価益が出る。政府が持つ100兆円の外貨のドルは円安で10%安くなれば110兆円になるようなものだ。バカな学者たちは円高で1ドルが50円になると言うような事を言っていましたが、経済学者やエコノミストの言うことはあてにならない。

ビートたけしは、1億円のゴルフ場会員権を持っていたそうですが、今ではそれが200万円になっているという話です。景気のいい頃は若者は自家用車を乗り回していましたが、サラリーマンたちの週末はゴルフ場でゴルフ三昧の生活をしていた。しかし今ではゴルフバックを持つ姿を見ることはめったにない。

結局日本人は、みんなが車を持てば自分も車を持ちたがるし、みんながゴルフをすれば自分もゴルフをしたがるだけで、本当に好きなら今でも車を持ちゴルフをしているはずだ。1億円もしたゴルフ場会員権が今では200万円で買えるのだからゴルフ好きには天国だ。

私はビルを建てた借金が去年で完済したので、これからは土地や建物をどんどん買って行って、最後の一儲けを企んでいますが、私にとってはビルを建てたりアパートを建てたりすることが趣味なのだ。ただし長期の返済は出来ないから直ぐに回収が出来るものだけに限られる。

アメリカのドナルド・トランプ次期大統領も不動産王ですが、北方領土の択捉島を買い占めてカジノを作る計画があると、たけしの番組で中村教授が言っていましたが、それで急いでカジノ法案を12月15日に可決成立させたそうです。安倍総理がトランプに会ったりプーチンと会っているのは、北方領土をタックスヘイブンにしてカジノを作るためだそうです。

つまり北方領土は領土として帰って来るのではなく、自分の土地として帰って来るのだ。択捉島には巨大な空港が出来たし、トランプさんは土地を買い占めてカジノを作る。それには北海道が建設基地となり建設会社のベースキャンプが釧路や根室に出来る。

日本とロシアの話だけなら、あまり甘みはありませんがアメリカのトランプが択捉島のカジノ利権を持つとなれば話が違ってくる。10年前にトランプが日本にやって来た時に、北方領土にカジノを作りたいと言っていたそうです。つまりトランプもカジノを作る事自体が好きなのだろう。

私の千葉のアパート周辺も、土地の売り物が多くなり、一等地の物件が非常に安く買えるようになった。バブルのころ投資用に買った土地が売りに出ているのだろう。結局は皆が土地を買うと自分も買いたくなって買い、皆が土地を手放すと自分も手放す人が多いのだ。

私は、建物を建てて貸して商売をするのが好きだからそうしている。トランプ氏もそうなのだろう。トランプ氏は酒も煙草も吸わない。私も酒もたばこもやらない。国後島は今は只の荒野しかありませんが、そこがディズニーランドのような総合娯楽施設が出来ればプーチンは大儲けが出来る。ただ同然で買った土地でトランプも儲かるし、カジノを建設すれば建設利権で安倍総理も儲かる。

この構想が発表されれば安倍総理の支持が高まり、選挙も行われるかもしれない。プーチン、トランプ、安倍のトライアングルが出来て、北方領土開発で三者の利害は一致する。訳の分からない中国や北朝鮮をいくら開発しても契約を守らない中国人や朝鮮人と商売しても意味が無い。

トヨタがメキシコに工場を作ると言う計画に、トランプ次期大統領からいちゃもんをつけられたが、トヨタはトランプ大統領の政策を理解していないようだ。アメリカにカローラを輸出するならアメリカで作るのが筋だ。フォードやGMがそうしているのにトヨタはまだ分かっていないようだ。

TPP構想がトランプ氏によって解体されたように、NAFTAやEUなどの共同体も解体される方向にある。そうしなければアメリカやイギリスや日本などの中産階級が没落してしまう。ある程度の関税で国内の製造業を守らなければならない。グローバル企業にとっては自由貿易は利益だが、日米英などの中産階級にとっては給料の引き下げになってしまう。

日本にとっては、アメリカの軍事力を背景に商売をする必要がありますが、中国にはアメリカの軍事力は効き目が無くなってきたようだ、南シナ海を見れば分かりますが、中国はアメリカの軍事力を恐れなくなった。だから中国は外資排斥に動き出している。ロシアも一筋縄ではいきませんが、経済では中国に後れを取り、日米の経済投資を呼び込みたいところだ。それには北方領土のタックスヘイブン化とカジノ化がカギになる。




SMAPの中居くんが辞めるっていうのが、僕にとっては
一番驚いた。中居くんは去らずとも木村くんは去るだろうと。


2017年1月7日 土曜日

キムタクはなぜジャニーズに残ったのか 元ジャニーズ所属タレント・平本淳也 2016年1月25日 

 ただ、NHK紅白歌合戦の司会を6回もした中居くんについては、ジャニーズだって本当は手放したくないでしょう。中居くんは「ジャニーズに一生いるよ」と公言していたぐらいだし、内々の飲み会や誕生会のイベントでも必ず中心人物になる。

 その中居くんが辞めるっていうのが、僕にとっては一番驚いた。中居くんは去らずとも木村くんは去るだろうと。木村くんは普通に考えて「ジャニーズにいた方が得策だな」という単純な考えで残留を決めたんだと思います。木村くんは俳優として名高く活躍してきたけど、まだ大河ドラマの主役をやったことがないんです。木村くんはとにかく大河の主役がやりたい。ただ、この1、2年数字が取れなくなってきて「これちょっとまずいな…」ってとこで仕方なく、映画「HERO」を木村くんに持ってきた。こんなことが出来るのがジャニーズなんです。映画では中居くんの方が「模倣犯」にしても「私は貝になりたい」にしても、当たった実績がある。そういう意味で木村くんは今、とても微妙な立場です。天下の木村拓哉といえども、例えば一人で東京ドームを満席にする福山雅治に比べると、やはり小さい存在なわけです。木村くんは自分がそういう立場であることをもちろん分かっていますよ。

 木村くんがジャニーズを辞めない理由として周囲に言っているのは、SMAPのメンバーがメリーさんに直接罵倒されたわけでもないし、マネジャーが辞めるから辞めるというのは違う、というのはごもっともな意見だと思う。

中居くんにしてみれば、自分が筆頭タレントとして、ジャニーズを出ても一人でもやっていける自信がある。4人は事務所を辞めると言って、既に「辞表」という形の文書が提出されたとも聞いているが、ジャニーズがそれを受理するかどうかというのはまた違う話。「CMの契約期間中はダメ」とか、法的な問題もある。大人の事情の中でいつ辞めるのかは、時間の問題があるだけ。整理し終わった結果が解散なのか、残留なのか、退社なのか。はっきりしているのは飯島さんが来月限りでジャニーズを辞めるということです。これまでのジャニーさんの性格から考えれば、「独立」イコール「絶縁」です。あんなに可愛がっていたトシちゃんにしても、そこまでするかってぐらい干されましたね。いま、トシちゃんはすっかり自虐ネタにしてますけどね(笑)。 

 繰り返しになりますが、ジャニーさんは本当に天才です。時代が後押ししたというのもありますが、昨年末の紅白を見るとよく分かります。例えば、ジャニーさんが一番最初にマネジメントした人って知っていますか? 実はね、森進一さんなんです。森さんをスカウトしてデビューさせたのがジャニーさん。もともと、ナベプロのマネジャーをしていたジャニーさんは、その後「ジャニーズ」というグループをつくり、ナベプロから独立したんです。それから、フォーリーブスや郷ひろみが大当たりして、郷ひろみが辞めた後に株式会社ジャニーズ事務所を設立し、そこから井上純一、川崎麻世、たのきんって続いていくんです。

 紅白出場者では、森進一に郷ひろみ、関ジャニ∞、SMAP、嵐、TOKIO、V6…つまり、男の半分はジャニーさんが育てた人です。そしてマッチ(近藤真彦)が大トリ。これは無理がありますよね。トリの部分で数字が取れてないんで、さんざん叩かれましたが。これもジャニーさんのゴリ押しですよね。ジャニーさんの「集大成」なんです。もともとジャニーさんは、楽器を持って歌うのが当たり前だった「GSブーム」の時代に「歌って踊る」というおかしなことを始めたんです。それが大ウケした。聞くより観るという斬新な面白さ。フォーリーブスからはバク転が入り、国民がそれまでみたことのないものがどんどん出てきた。70、80年代の「アイドルはトイレにも行きません」みたいな時代には、コントまで始めちゃった。今はアイドルが紅白の司会、ニュースキャスターです。それまではなかったエンターテインメントをメディアで先駆けてやってきたのがジャニーさんです。それを60年も続けてるわけですよ。

 今回、ジャニーズは本当だったらSMAPそのものは残したい。ただジャニーズは去るものは追わないので、お互い意地の張り合いという状況。

SMAP解散までの限定的な活動はあるかもしれません。SMAPの名前の権利を手放すつもりはジャニーさんにはないだろうし、では木村くんのいない4人でネーミング使用料を払ってSMAPをやるのかいうというのも難しいです。彼らもいい歳ですし、いつまでもSMAPではなくて一人の役者やアーティストとして実績を残していきたいというのがある。ジャニーズは10月契約更新が多いのでそこまではおそらく契約があるでしょう。これまで解散をうたってツアー周りしたのは「シブがき隊」だけなんです。夏にはSMAPの解散ツアーが行われる、なんて事態になるかもしれませんね。(聞き手、iRONNA編集部・溝川好男)

平本淳也 1966年生まれ。神奈川県厚木市出身。元ジャニーズ所属タレント。著書34冊を出版する作家、多くの企業の立ち上げからプロデュースまで手掛ける実業家として幅広く活動する。



(私のコメント)

SMAPの解散騒動がいまだにゴタゴタしていますが、それについてはテレビ局は一切取材しようとはしない。スポーツ新聞の記事を紹介しているだけだ。テレビ局にとっては、SMAP解散騒動は身内の話でもあり、大手芸能事務所とテレビ局は一心同体だ。

ナベプロ当時から、テレビ局と大手芸能事務所は番組制作で協力し合ってきた。本来はテレビ局は報道局であり、それが電波利権の根幹になっていますが、エンタメ番組が作れなければテレビ局は成り立たない。そのエンタメ番組は大手芸能プロダクションが作ってきた。

大手芸能プロダクションと言っても、個人事務所のようなものですが、ナベプロから多くの人材が育って、それぞれ大手芸能プロダクションになった。ジャニーズ事務所もジャニー喜多川氏が始めた事務所ですが、ナベプロから独立した人であり、多くの新人を育てて芸能界を仕切るまでになった。

紅白歌合戦などは、芸能事務所にとって自分の力の存在を示す絶好の機会となりますが、男性アイドルがジャニーズ事務所なら女性アイドルはAKBグループが主導権を持つような事態になっている。テレビの歌番組だからどうでもいいような事でもありますが、紅白に出る出ないがギャラにもかかわってくる。

最近では、テレビでも歌番組が極端に少なくなったのは、ジャニーズやAKBの圧力によるものだろう。歌番組が少なくなれば新しいライバルがテレビで売り出す事も難しくなる。アイドルになりたい若い男女は山ほどいるのに、大手芸能プロダクションに所属しなければテレビに出る事もままならない。

SMAPが今まで人気を保ってこれたのも、ジャニーズ事務所の力によるものであり、多くのその他の男性アイドルの芽が摘まれてきた。自分で曲が作れるアーティスト系の歌手ならテレビに出る必要はありませんが、テレビに出て人気が出なければCDも売る事が出来ない。私のこのような状況を批判してきましたが、SMAP解散はジャニーズ事務所のテレビ支配の終わりの始まりとなるだろう。

ジャニー喜多川氏も高齢となり、事務所は娘が後を継ぐようですが、SMAPのマネージャーが邪魔になって、娘が動いてマネージャを辞めさせる工作が行われたのだろう。それに対してSMAPの中居が反発を示したが、キムタクはジャニーズに残る事を選択した。キムタクは妻の工藤静香が事務所に残るように説得したらしい。

SMAP自身は40代にもなれば、お役御免で独立してもおかしくはないのですが、事務所としてはSMAPごと独立されるのは反対だろう。ジャニーズ事務所には多くアイドルグループが在籍しているからだ。だから最終的にはSMAPは個人としての活動で独立する事になる。

しかし森新一や郷ひろみのように上手く行くだろうか。問題の根源は、SAMPごと独立する事を認めるか認めないかの問題であり、べつにキムタクが裏切ったというような仲間同士の怨恨ではない。SMAPはアイドルグループとしては限界であり、どちらにしても個人の活動に切り替わる時期だった。

バンド系のグループや、アーティスト系のグループなら一時解散しても再結成して活動する事もあるが、アイドル系のグループは事務所が再結成を反対するだろう。「いきものががかり」が放牧宣言をしましたが、自分たちで曲を作るアーティスト系グループだから解散や再結成も自由にできる。

SMAPはドリフターズやクレージーキャッツのようなバラエティータレントを目指したそうですが、ドリフ等はバンドだったのにSMAPはバンドではない。歌やコーラスやダンスだって上手くはない。中居ならバラエティーでやっていけるが、その他のメンバーは独立してもパッとしないだろう。だからキムタクは事務所に残る決断をした。

問題なのはテレビ局が、このような事務所のゴタゴタを報道しない事であり、報道してもスポーツ新聞の受け売りばかりだ。問題の根源は事務所の後継者問題であり、娘がSMAPのマネージャーを追い出した事からのゴタゴタだ。ジャニー喜多川氏が無くなれば娘が事務所を仕切りますが、そうなれば事務所も消えて行くだろう。



昨日は、町会の新年会に参加しましたが、町会の人は年寄りばかりで老人会のようなものです。私ですら最も若手の部類に入るほどであり、宴会ならいいのでしょうが、町会の防災訓練などとなると参加者は私のような「若手」が駆り出される事になる。私は酒は飲まないのでビールばかりになる。

今年は都議会議員の選挙があるせいか都議会議員も挨拶に来た。日頃の選挙活動と言えば新年会などが舞台になりますが、最近の町会では選挙活動も低調だ。オフィスビルばかりになって住民が少ないせいですが、超高層マンションなどが建っても家賃が高すぎて家族が住めない。昔からの住民はみんな郊外に引っ越してしまった。




これからの会社はどんどん「プロジェクト」のようなものになって
いくと思うよ。だから今、正規雇用も非正規雇用も関係ない


2017年1月6日 金曜日

「正社員を雇うメリットが小さくなっている」という経営者の話 2016年12月30日 安達裕哉

先日お会いした経営者の方が、「正社員を雇うメリットが小さくなっている」と言っていた。

詳しく話を聞く。

「少し前までは、積極的に正社員を雇ってたんだけどね、もう正社員って要らないね」

「なぜですか?」

「友達から「社員あんまり要らないよ、正社員じゃなくても、優秀な人が増えたって」って聞いて、試してみたんだよ。」

「どんな具合ですか?」

「具体的には、フリーランス、パートタイマー、リモートワーカー、アルバイト、副業なんかをやる人で、結構優秀な人がすごい増えてるから直接契約すればいいってさ。たしかにそうだった。」

「そうなんですね」

「うん、数年前まではパートタイマーっていうと、単純労働しかできない、ってイメージがあったんだけど、全然そんなことないね。今はデザインや執筆、マーケティングもパートタイマーに任せられるし、開発や営業もフリーランスの人がやってくれるし、バックオフィスはアルバイトで十分だね。だから本当に中核のメンバーはみんな役員クラスだね。」

「なるほど……」

経営者は、今は昔雇った正社員が辞めると、フリーランスやパートタイマーで補充し、正社員を雇わないと言っている。

「特に、昔大手に勤めていた主婦の人とかが優秀でね、保育園が見つかんなかったりして、家にいないといけない人たち。リモートワーカーで何人かお願いしてるんだけど、社員を雇うよりずっといいね、社会保険やなんやを入れると、結局社員は高くつくし、主婦の方々は仕事の量に応じて業務量を自由に調整できるからね。打ち合わせはSkypeでいいのでウチのオフィスも小さくできる。」

「でも社員と違って「会社の業績へのコミット」は小さいのでは?」

「それはないなあ、みんな頑張ってくれてるよ。うちは普通にアルバイトするよりもはるかに報酬もいいからね。時給換算すると、普通に五千円以上の人もいるんじゃないかな。まあ、うちはリモートワーカーが多いんで、ほとんどは業務委託契約だけど。だからスキルが高い人はすごくワリがいいんじゃないかな。」

「時給5千円はすごいですね。日給4万ということは…」

「もちろんフルタイムじゃないから、そんな多くは払ってないよ。でも、この「調節できる」ってのが、会社にとってはめちゃめちゃいいんだよ。」

「なるほど、効率的な経営ですね。」

「でもね、この話をすると怒る人もいるんだよね。」

「どうしてですか?」

「正社員を雇わないなんて、けしからん、社会的責任を果たせって人、結構いるんだよ。内情も知らないのにね。うちの仕事をしてくれてる人、他に仕事持ってる人もたくさんいて、結構稼いでるんじゃないかな。大体「正社員が嫌で、フリーランスやってます」「フルタイムじゃないと雇ってくれない会社が多すぎる」ってひと、結構多いんだよ。うちは経歴に傷があろうがなかろうが、フルタイムだろうがパートタイムだろうが、アウトプットで見るからね。」

「そうなんですね」

「そうだよ、「スキルが役に立って、本当にうれしいです」って言われるよ。」

「……なるほど。」

「正社員を雇わなくなって、人間関係も良くなったし、なによりうちのような業態だと「時間に対して報酬を支払う」という考え方が馴染まないんだよ。本来、仕事ってのはアウトプットに対して払うもので、働いた時間に対してじゃない。」

「ノウハウがたまらない、ってことはないですか?」

「どうだろね、ノウハウを内製化しないといけない理由は?」

「……会社の競争力……などですかね……」

「会社の競争力は、一人一人に溜まるものじゃない。会社全体に「ブランド」という形でたまったり、「ソフトウェア」という形でたまったりするからね。一概に正社員じゃなければ、とはいえないんじゃないかな。あと、正社員がいても、結局転職されたら同じだし、第一、社員が転職しても回る仕組みにする、って会社多いじゃない。」

「……まあ、そうですね。」

「結局、これからの会社はどんどん「プロジェクト」のようなものになっていくと思うよ。だから今、正規雇用だ非正規雇用だって騒いでいるけど、まったく見当違いだと思うね。問題は正規かそうでないかじゃなくて、仕事ができるかできないか、だけじゃないかな。同一労働同一賃金、素晴らしいと思うけどね。」


なぜ会社はダメな管理職を「降格」しないのか。 2016年3月22日 安達裕哉

一般的にリーダーをヒラ社員に戻したり、部長を課長にしたりする「降格」が行われている会社は少ない。

降格することが本人のプライドを傷つけたり、ヤル気を損なわせたりすることを経営者が危惧するからだ。

しかし、中にはこれをうまく使っている会社もある。

あるテクノロジー企業では「降格」を人事制度の一種として普通に用いており、社員からも普通に受け止められている。

なぜ彼らは降格をうまく使うことができているのか。

(中略)

結局、彼が会社で採用した制度は以下のとおりである。

まずは「部長」「課長」などを全て廃止、すべての役職を「プロジェクトリーダー」と統一した。そして全てのプロジェクトリーダーに「任期」を設定した。

自薦他薦は問われない。自薦他薦のあった中から、経営者と役員が、望ましいと思われるリーダーを選定する。

任期が終わるまではどのような成果であっても責任は問われない。全てが「自分の責任」において成される。また「リーダー手当」はかなり大きい額とし、リーダーという職に対して適性な対価を支払うようにする。

この方法を採用すると、会社は様変わりした。

・リーダーが固定でないので、事業の成長と変化に応じ、適切なリーダーが選定される

・特に女性がライフステージの変化によって「働き方」を柔軟に選べる

・既得権が、定期的に見直される

・「身分の安定」を求める社員が去り、実力に自信のある社員が残る

・時代に合わせた最適なスキルを持った人間がリーダーとなる

・リーダーが評価者となるので、「現場の仕事を知らない人が評価する」ことはなくなる

そして、彼はある一つの本質に行き当たった。

それは「会社の中に安定した既得権」を作ることが「悪」なのだと。挑戦心を失わせ、社員のヤル気を後退させ、能力開発を怠るようになる。

「機会均等」「常に逆転可能」をいかに作るか、が会社を活性化する本質だと。

この会社は「降格」という直接的な表現は使っていない。しかし「任期」を迎えると、自動的に管理職から解任されるという点では降格である。

一昔前は、会社の事業はそれほど流動的でなく、一人の管理職が永きにわたって活躍できた。だが、現在の企業は本質的に事業が流動的であり、脆弱である。また、求められる能力の変化が大きい。

会社内の「管理職」という制度も、それに合わせて変わりつつあるのかもしれない。


(私のコメント)

私自身は、サラリーマン生活を長く経験しましたが、今の日本の会社組織は終身雇用で年功序列という硬直化した組織になっている。係長、課長、部長、重役、社長と言う身分社会になっている。年功序列だから年齢順に偉くなって行く。しかし個人個人には能力差があり、ダメなサラリーマンほど会社にしがみ付いて偉くなって行く。

私はこれではダメだと気が付いて会社を辞めましたが、定年までいたら一生を棒に振るところだった。結果的に銀行も倒産したりして整理統合されて行きましたが、今では家電業界も倒産したりして整理統合されて行く過程なのだろう。共通しているのは無能な社長が会社を潰すのであり、年功序列が原因だ。

銀行や家電業界は、渋滞した高速道路のようなもので、どんな高性能車でも渋滞して走れない。渋滞の原因となっているのはエンストやガス欠のポンコツ車が止まって走れないからだ。なぜ会社の管理職に有能な人材が当てられないのだろうか。なぜ無能なのに降格させることが出来ないのだろうか。

会社には威張り散らすだけの無能な管理職が会社をがダメにして行く。私なども何度となく上司に意見具申したりしても、結局は意見は握りつぶされる。何を言っても「しょうがないよ」と意見を抑え込む。結局は銀行は預金高を上げて行くしか関心が無く、バブル業界にのめり込んで行った。

銀行は預金集めに人海戦術で営業マンを使っていたが、預金獲得にどれだけ有効だったのだろうか? むしろ今はフィナンシャルプランナーとして資産家の資産運用などのコンサルタントとして成果を上げれば、預金は資産家の方から預けてくれる。私などは不動産運用のプロとして活動していますが、銀行は私を生かそうと言う気はなかった。

会社においては役職は身分制度のような意味合いがあり、仕事上ばかりではなく社外においても身分制度は生きている。会社内では和気あいあいに仕事はしても、裏では足の引っ張り合いであり、どうでもいい事まで上司の説教の材料になる。つまり身分が上なら人格まで上なのだ。

現在では、正規社員から非正規社員への切り替えが行われていますが、非正規社員の割合は4割を超えるまでになった。いずれは非正規社員が大半となり、事実上の同一労働同一賃金になって行くのではないだろうか。「株式日記」でもこの事は批判してきましたが、それぞれメリットとデメリットがある。

安達氏の記事でも、業種によっては非正規雇用でプロジェクトごとに組織を変えて行く事で成果を上げている企業がある。給与も仕事内容で変わって来るし、プロジェクトリーダーに就けば給料に反映される。非正規雇用でもいくつもの職業を掛け持ちしていれば、非正規社員の方から会社を選ぶようになる。

このような組織体系では、年功序列会社の無能な上司問題は発生しないし、組織を変幻自在に変えて対応する事が出来る。現場の人間が上司を選ぶことになるので、現場を知らない上司では役職が務まらない。このような組織は公務員とか大企業では適用が出来ないが、中小企業ならこのようにしなければ大企業に対抗が出来ない。

大東亜戦争も負けた原因の一つは、日本軍が年功序列でバカ司令官が務めたのに、アメリカ軍は戦争が始まると将官を全員少将にして、役職によって中将や大将を割り当てて行った。つまりプロジェクトごとに司令官が交代するから、無能な司令官を交代させることは摩擦が少ない。しかし日本海軍は無能な南雲司令官をなかなか代える事が出来なかった。




日本の自動車業界も、トランプ次期大統領から脅しを受けていますが、トヨタやホンダの反応は鈍い。それに対してフォードはメキシコへに移転を撤回したが、トランプ次期大統領を舐めてかかればとんでもない事になるだろう。トヨタの豊田社長はアメリカ議会から吊し上げを食らったのに、豊田社長はまだアメリカの恐ろしさが分からないのだろうか。

韓国では、少女像を釜山に建てましたが、これに対して日本政府は駐韓国日本大使や領事を引き揚げさせましたが、これは想定通りであり、韓国は日韓合意を反故にしてきた。アメリカ政府が認めた合意だから、反故にして来れば、これに対する制裁は当然のことだ。韓国政府は何度も合意しても、蒸し返してくるのが常套手段だから、中国のように制裁で答えなければ韓国は言うことを聞かない。




源頼朝の妻は「北条」政子でしたし、足利義政の妻は
「日野」富子でした。日本は歴史的に夫婦別姓でもあった


2017年1月5日 木曜日

「初詣」は、最近できた単なる流行?!「新しい伝統」に拘泥するのは、保守政治家ではないというお話し 1月2日 おときた駿

こんばんは、おときた駿@ブロガー都議会議員(北区選出)です。

2017年2日目の本日は、妻の実家を訪ねた後に富岡八幡宮に初詣をするなどして過ごしました。

次女を抱っこひもで抱えて歩くのは私の担当です(人間ホッカイロ状態でぬくい)。

そんな中、Twiterでこんなつぶやきが大拡散していたのですが、皆さまこれって知っていましたか?

去年も言ったような気がしますが、「初詣」とは明治から大正期にかけて鉄道会社がこの時期の乗客を増やすために行ったキャンペーンから生まれた、典型的な「新しい伝統」。江戸期までは、家からその年その年の恵方の方向にある寺社に参る「恵方参り」が一般的でした #初詣豆知識

? まとめ管理人 (@1059kanri) 2017年1月1日

歴史雑学にはわりと明るい方だと自負していましたが、これを見るまで実は私も知りませんでした…!

ちょっとググってみたらたくさん解説記事が出てきたので、有名な話だったんですね。

参考:【 初詣・年越しそば・儺… 】 年末年始の伝統行事の誕生と歴史 | 歴人マガジン
https://rekijin.com/?p=19304

「年越しそば」もメジャーになったのは江戸時代末期からだそうで、これも比較的「新しい伝統」の一つと言えそうです。

政治的にこうした知識をひきつけて考えてみますと、しばしば「新しい伝統」が社会の多様性を阻んでいる事例が見受けられます。特に「保守」と呼ばれる政治家が、「伝統」をタテに物事に反対することは世の常です。

「保守」とは伝統や慣習に重きを置き、温故知新で漸次的な社会の前進を図っていく立場ですが、この「伝統」をどこに設定するかで物事の見方は大きく変わってきます。

典型的なのは、女性の社会進出(専業主婦信仰)や夫婦別姓についてですね。

「男は仕事、女は家庭」というのが日本古来の伝統であり、古き良き日本社会を支えてきた制度である!というのは非常によく見られる勘違いで、これが始まったのは高度成長期に生まれた「猛烈サラリーマンモデル」がきっかけに過ぎません。

戦前の日本は共働きが基本でしたし、もっと古くに立ち返っても、狩猟採集時代から役割の違いはあるとはいえ、男女は協業していることが一般的でした。

家族制度についての誤解も根が深い問題です。夫婦同姓こそが日本の家族制度を支えてきたものであり、別姓はその伝統を破壊するものだ!という主張は保守論壇に多く見られます。

しかしながら、よく出される例として有名なのは、源頼朝の妻は「北条」政子でしたし、足利義政の妻は「日野」富子でした。つまり、日本は歴史的に夫婦別姓であり、夫婦同姓がベーシックになったのは明治時代以降の近代化政策によるものだということがわかります。

事程左様に、我々が当たり前のように「伝統」だと認識しているものであったとしても、実は新しい伝統に過ぎなかったという事例は枚挙に暇がないわけですね。

…初詣もそのうちの一つだったとは!

私は政治思想としてエドモンド・バークを尊重する保守政治家(バーキアン)ですが、依るべき伝統や歴史をどこに置くかという点で、世間一般的に言われる「保守」政治家とのスタンスが異なるのだと思います。

私は女性の社会進出にも、夫婦別姓(選択制)にも極めて前向きです。それは自分が「保守政治家」であることと何ら矛盾するものではないと、私自身は考えています。

新しい伝統を論拠に、自分が生きてきた間にすぎない「古き良きニッポン」にこだわるのは、保守ではなく「守旧」に過ぎません。

正しい歴史伝統認識を元に、社会をよりよく前進させていくために、引き続き尽力していきたいと思います。

…あ、だからといって初詣とかを否定するものではまったくありませんよ!こうした流行がやがて、伝統になるのも一つの形ですからね。

明日は北区の王子神社に参拝予定です。見かけた方は、お気軽にお声がけくださいませ。

それでは、また明日。



(私のコメント)

日本の神社への初詣の習慣は昔からあったと思っていましたが、おときた氏の記事によれば鉄道会社の陰謀で初詣のキャンペーンが行われたのが起源のようだ。確かに正月は会社も休みで電車はガラガラになる。だから商売のために参賀日は神社に初詣と言うキャンペーンを行った。

バレンタインデーにチョコレートと言うのとまったく同じような事だ。正月休みはする事も無いから鉄道会社のキャンペーンは図に当たり、神社には数百万人の参拝客が訪れるようになった。このように日本古来からの習慣だと思っていたことがそうでなかったりすることが結構あるようです。

年越しそばも同じであり、最近では恵方巻きなどを食べるのもコンビニなどが仕掛けたものらしい。このような商売がらみのキャンペーンに踊らされるのはばかばかしい事ですが、大安吉日の結婚式も最近の習慣であり何の根拠もない。

このように新しく作られた習慣にいちいち従っていたらきりがありませんが、クリスマスには彼女とデートも関連業界が作り出した商売がらみの習慣だ。しかし明治以降に作られたような新しい習慣が法律にまで反映されるようになると笑い事では済まされなくなる。

夫婦同姓も明治31年以降の民法が決めた制度であり、日本古来の習慣でもなかったようだ。日本古来ではどちらの姓を名乗る事もあり、選択制であったようだ。北条政子や日野富子のような例もあれば、細川ガラシャのような例もある。このような事は本人の選択でも構わないと思う。

問題は、子供が出来た時にどちらの姓を名乗らせるかの問題が起きますが、夫婦間でも微妙な問題になってしまう。これと同じような事は国籍などもありますが、この場合は二重国籍で22歳で本人の選択に任せる事になっている。だから夫婦別姓の問題も、夫婦別姓を選んだ場合は子供は二重の姓を名乗って22歳になったら本人に選択させればいい。

子供の場合は、給料をもらう訳でもなく土地や資産なども持っていない事がほとんどだから、姓が変わっても名義変更などの問題も無いだろう。ある本で読んだのですが、キャリアウーマンが結婚しない本音としては夫婦別姓の問題があり、姓が変わると法律上の手続きが大変になる。

最近では夫婦共稼ぎが多くなり、妻もフルタイムでキャリアウーマンとして働くと姓を変える事が大変だ。だから夫婦別姓も選択できるようにして、子供は国籍と同じく「鈴木・田中・花子」とか「中村・佐藤・太郎」と22歳まで二重姓を名乗らせれば問題はない。子供なら名義変更の混乱は少ないからだ。

都議会議員のおときた氏は、ベビーカー論争にも触れていますが、最近は不寛容な風潮が広まって来て、車椅子なども場所を取るのでエレベーターなど乗るのは気が引ける事もあるようだ。しかし少子高齢化になってベビーカーや車いすの人は増える一方になるだろう。自分がその立場になったらどう思うのか考えてみるべきだろう。

自分がキャリアウーマンで、結婚して姓名を変えるとなれば、戸籍だけでなく運転免許証からキャッシュカードから社員カードに至るまで変えなければならない。家や土地などを持っていればそれらも変える必要がある。夫婦別姓を選択できるようにすれば問題は起きない。保育園や介護施設なども充実すれば結婚したキャリアウーマンの負担は減らせる。

天皇陛下の退位問題も、自分が天皇であったらどうなのか考えてみれば、江戸時代までは天皇退位は年中行われていた。80歳を過ぎて高齢になれば身体も不自由になるし、昭和天皇のように現役で亡くなると葬儀などで大変になるが、退位した後なら亡くなられても大事にはならなくて済む。




生きている間に親孝行をして置いた方がいい。何がいいか。
それは両親が死んでから自分の気持ちに差が出る。


2017年1月4日 水曜日

独身人生は両親が死んでから本当の天涯孤独の人生がスタートする。貯金なんて役に立たない

自分の老後って、老後、老後と貯金や年金くらいしか今の現役世代は考えてないんじゃないだろうか?

確かに老後にお金があれば急な医療費や困ったときに食材の宅配なども頼めるし、身体が不自由な分、周りにお金で助けてもらえることは多い。

だけど、最近思うのはそこまでして生きたところで何があるのか?ということである。

結婚をして、子供がいれば、親子関係が良好ならば子供とも少々接触する期間があるだろう。だが、昔からのことわざで「親孝行、したいときには親はなし」というものがある。

つまり、実際は親が生きているときに感謝して親孝行しようと思う人は少ないのである。


人生の終焉になる頃に近づいて、自分が親をありがたいと思う頃、親は寿命でもう居ないのである。つまり、自分の子供だってなかなか自分たちのところへは来てくれないだろう。これは結婚相手によるところが大きい。

変にブランド好き、浪費家の嫁と結婚した息子は、親孝行なんて思うどころか、親にお金を借りに来る。そして、そのお金は返ってこないのである。

ここまでの話は、結婚をしている人を前提に話しているが、今日の話の重要な部分は、ここではない。独身の場合で老人になった場合である。

孤独の世界がさらに本格的に

日本でも世界でも人はいっぱいいる。だが、昔の個人商店なら、買い物をしつつ、ちょっとした近所の会話があったが、コンビニの店員と世間話なんてしない。ものの売買が非常に工業化され、人間味なんてない世の中になった。

電車に乗るのも降りるのも改札口でタッチして、人との関わりはない。

ここで両親が死んでしまった後の世界を考えたことがあるだろうか?と言うことである。

ここから本当の天涯孤独な老人の人生がスタートする。会話する人はゼロ。本当に頼れる身よりもゼロ。都会のアパートで孤独死でもしてしまったら、無縁仏として共同墓地にゴミのように捨てられてしまうのである。

最後はそういう人生であったとしてもだ、そこまでの期間が長い。痴呆になり、体力もなく、関節が痛み、持病の薬を毎日飲む。

毎日、毎日テレビを見るくらいで、どこかへ行く体力すらない。実家もないし、両親も知り合いもいない。

友達?先にもう死んでいないよ。

これって何の罰ゲーム?

本当の老後の世界って今のネットがあふれている若者には分からない。老後、お金。これくらいだ。だが実際は生きていても楽しくない、死ぬまでの期間を延々と何もせずに孤独に待ち続けるような人生になるのである。

孫が遊びに来るなんてことはない。

いま結婚している同世代を見て、家庭があってうらやましい。子供が生まれて成長していくのを見ていいなぁと思う。それが老人になり、まわりで孫を連れて遊びに来ているのをみて、いいなぁと思う。そして強烈な孤独に襲われる。

自分の人生は何だったのだろうか?何の意味はなかったが何となく生きてきた。その結果だ。そういうことを考えられるような脳も退化し、痴呆が入り、モヤモヤと何も考えられない。

本当の老後というのは、いまの現役世代が考えているような五体満足な貯金だけあり、老後はハッピーに旅行にでも行ってというものではない。

痴呆で持病を持ち、気力と体力もなく、死を待つ天涯孤独の強烈な人生となる。

重要なことは、年金をもらうことや貯金を老後に備えて貯めておくことではない。いま、今こそ重要なのである。

貯金をした老後になんて何もハッピーエンドはない。地獄の孤独の牢獄で、お金が日々減る恐怖にも怯えるのである。もう現役世代ではないので貯金すら増えずに切り崩す。その減りは早く、あっという間に数年、そう5年も持たずに枯渇する。

現役世代は、孤独地獄に備えよ。

生きている間に親孝行をして置いた方がいい。何がいいか。それは両親が死んでから自分の気持ちに差が出る。親には何もしてあげられなかったと思う自分。自分はやることはやったから、親はいい人生だったのだろうか?

どう思うかでまた違ってくるものである。

なぜ日本人は孤独を選ぶのか

お金持ちの相手がいないから?イケメンじゃないと結婚できない?

ならばその孤独の結果も自業自得だ。だが、世の中にはそういう人ではなく、まじめに生きてきて結婚もしたが結婚後にうまくいかなく離婚し、そのトラウマから生涯独身になる人もいる。

結婚だって一生に1回ではなく、3回も4回もする人だっている。

昭和の時代は、こういう人も普通に近所に存在していたものである。そもそも誰もが結婚し、離婚もせず、耐える時代であった。男尊女卑。そういう時代である。

男としてはいい時代であったが女性としては姑との地獄の日々など、結婚して幸せとは言えない時代でもあっただろう。

今の時代、女性が結婚してこんなに苦労が少ない時代は人類の歴史上ない。初めての文化である。

それが年収600万円以上、イケメンなど、色々言っているのである。そういう人もいればそうではない女性もいる。

そうではない女性はもう結婚し、子供もいる。もしかしたら収入も良く、イケメンかもしれない。だがそういう人を見ていると大抵は、女性の家柄もいいし、アナウンサー並に美人だ。

男性側もしっかり選別している。

自分には無いのに求めることが大きい。結局はそこなのである。孤独は自分が選んだ道の先にたまたま現役世代の時に見えていなかった道の先にあるものであり、誰かのせいでもない。

そして歳をとると、道を変更したり、引き返すことは二度と出来なくなるのである。間違えて先がない道をゆっくり自動歩道のように無理矢理進められていくのである。その先は断崖絶壁の崖である。


(私のコメント)

私の大学生時代は、「老子」や「荘子」や「徒然草」などを読んで過ごしました。つまり「死」と言うものを考えながら過ごしましたが、当時も今も大学生が「徒然草」など愛読書として読む人などいないだろう。そこには仏教思想や老荘思想などが織り込まれている。

社会人になってからは、それらの本を読むことは無くなりましたが、内容もほとんど忘れてしまった。それらの本は段ボール箱に入れて倉庫にしまわれている。「人生とは何か」とか「幸福とは何か」と考えるような事は、大学生時代しかないだろう。それが社会人になって大きな違いになる。

このような大学生時代を過ごしたから、会社勤めをしても周りからは変人奇人扱いされるような事もあった。人生観が周りの人とは異なるからそう見えるのでしょうが、話がどうしても合わなくなる。必然的に周りと合うように振る舞いますが、とても疲れる。

特に社内旅行や年末などの宴会など、陽気に騒がなければならないから疲れる。飲めない酒を無理強いされたり、カラオケで歌ったりしなければならない。最近の若い人は酒を飲まないと言うニュースがありましたが、結局は昔から酒の無理強いは本音では嫌だったのでしょうが、それでも酒を飲んで騒がなければならなかった。

それでサラリーマンは定年まで過ごしても、定年退職すれば会社とも縁が切れて年賀状すらパタリと来なくなる。オヤジなども定年退職して数年してポックリと逝ってしまった。それ以来、オフクロと二人で40年以上も過ごしてきましたが、そのオフクロも去年96歳で亡くなった。

始めて1人っきりの人生になり、ぽっかりと心に穴が開いたような気がした。母の晩年は入院はせずに自宅で看取りましたが、精神的には非常につらい事だ。医者通いも車椅子で行かなければならないし、買い物や食事の支度なども自分でしなければならなくなった。

母は90歳くらいまでは非常に元気で家事や買い物もしていましたが、骨粗鬆症などで背骨などを傷めて医者通いが始まった。歳をとると言うのはこういう事なのだと思いながらの生活でしたが、最近では自宅でも看取るという事が非常に難しくなった。子供や嫁さんなどが親の介護を嫌がるからだ。

最近では病院で亡くなっても、自宅に戻る事が出来ずにそのまま火葬場に行くことが多い。何とも味気のない葬儀になりますが、母の場合は三日間自宅に安置して、知り合いなどを呼んで最後の別れをしてもらった。最近では通夜も行わない葬儀が増えて簡素化が進んでいる。

私なども隣の御主人や奥さんが亡くなっても分からないほどになり、いつ葬儀があったのかもわからない。最近の都会暮らしは本当に近隣との付き合いが無く、身内や親戚との付き合いも冠婚葬祭ぐらいしか会う事はない。家族もバラバラになって行くのは仕方のない事なのでしょう。

最近は核家族になり、年老いた両親と一緒の生活は珍しくなり、子は結婚すれば独立して行く。親子で最後まで一緒なのは親の年金で暮らしている引きこもりのいる家庭くらいでしょうか。しかし親が亡くなれば年金も無くなり生活が破たんする。

「生きている間に親孝行をして置いた方がいい。何がいいか。それは両親が死んでから自分の気持ちに差が出る。」と記事にもありますが、親に寂しい気持ちにさせない事が親孝行だろう。親が介護が必要になったら介護施設に入れるしかないのでしょうか。日本はこの方面の公的な支援体制が出来ていない。

「今の時代、女性が結婚してこんなに苦労が少ない時代は人類の歴史上ない。初めての文化である。」と記事にありますが、本当に嫁さんの立場が強くなり核家族で親の面倒は見ずに済むようになった。親の面倒を最後まで見ようと思ったら独身でいる覚悟がいる。

年の初めからなんとも暗い話ですが、日本は大家族から核家族の移行期にあり、核家族の時代になれば公的な支援体制が整わなければならない。子供の保育も高齢者の介護も公的な施設が無ければ、孤独死が当たり前になる。結婚して妻や子がいても、離ればなれで生活すれば孤独死とは無縁ではない。

妻や子が薄情になったのではなく、それだけ生活に追われれば介護などもしたくても出来ない。夫婦なども半数以上がセックスレスなどと言われますが、夫婦の絆すら希薄になり離婚も増える一方だ。誰もが自分の事で手一杯になり、親子や夫婦でも最後まで一緒でいることが難しくなった。

「株式日記」は現代の「徒然草」のような日記を書くつもりで書いていますが、吉田兼好法師は次のように書いている。「長生きすると恥も多くなる。長くても四十未満で死ぬのが見苦しくないところだ。そのあたりの年を過ぎると、醜い容貌を恥じる気持ちも無くなり、人に交わることを欲して、老いさらばえて子孫を愛して、子孫が立身出世する末を見届けるまでは生きよう、などと期待し、ひたすら世をむさぼる心ばかり深く、もののあはれもわからなくなっていく。あさましいことだ。」

兼好法師自身は資産家でもあり歌人でもあり、だから70歳近くまで生きましたが、結婚もせず子も作りませんでした。しかし人生にはカネと生き甲斐は必要なのでしょう。だけどカネがあって生き甲斐を持っていると女にももてるようだ。




現在の日本において、観光業はアベノミクス戦略にも入って
いない、国策にもなっていない。  デービッド・アトキンソン


2017年1月3日 火曜日

イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る 雇用400万人、GDP8パーセント成長への提言 デービッド・アトキンソン(著)

カスタマーレビュー
◆前半でバブル前後の銀行幹部のアレコレが出てきてどっかでみたことあるなーと思ったら池井戸潤のテンプレ無能経営陣じゃないか!
こういうのさすがに創作だと思ってたけど結構マジな話なのか(本当だったらそら20年も停滞するわな...)気になるところです。

筆者の言ってることは凄いまともであり、たぶん読んだ後はしってたぜふーんみたいな気持ちになるのである。
いい情報(知識)というのはそういうものであって、読む前と後では根本的に本人の常識が変わっているのである。
具体的にはGDP世界4位→一人当たりは25位 GDP合計は人口ボーナス
貿易立国→輸出のGDP比15%は世界200カ国以上のワースト8番目 
観光立国→観光業の世界平均GDP比9%を大幅に下回る2%
  等々他にも女性の社会進出とか色々あり

個人的に面白かった点は以下
日本の「ホスピタリティ」は供給者の理論であって、欧米人は一般的に「サービス」(=供給側は奴隷)で顧客中心主義なので満足しないかもよ。
・日本のコンセンサス(合意形成)の政治は昔のイギリス病。サッチャーは新自由主義者としてではなく、コンセンサスの政治を終わらせことで偉大なリーダーとなった。

・楽して稼ごうとする経営者が多すぎ。ex:文化修繕の予算が増えたら多くの修繕ができますね?→いや、仕事の単価上げるわめんどいし(実話)
・逆に労働者は制度によっては本当に勤勉に働く。経営側も含めると日本全体で伸びしろはまだ十分にある。
一国の輸出入について、世界的に輸出と同量の輸入は暗黙の前提。輸入の制限≒輸出の伸びも抑えていることに。
・文化財目的の海外観光客は一日10万円使う。(他国データ) 一方京都での海外観光客の消費額は1.3万円
・そもそも海外から日本への観光客数自体香港の半分以下


最後の章だけやけに具体的な観光業の問題分析になっており本業が垣間見える。
総じて国宝云々よりも観光や日本の現状への提言が多い内容。


◆上記のように言われると、普通の日本人は「だってルールなんだから仕方ないだろう!」と言い返したいだろうが、
その態度自体が「hospitalityが世界標準でない」ということ。こういった「聞きたくない真実」を冷静に提示してくれる良書。

印象的だった箇所:
1) ゴールドマンサックス時代に「お茶のペットボトル」という新製品を提案したが、「そんなもん、売れるわけがない。お茶は無料」と反論された。
2) 海外の和食ブームは本当か?欧州における和食店を、日本における欧風料理の普及率まで上げるには、現在の34倍にする必要あり。
3) 日本の経営者はたいした決定もしていないでかなりラクをしている。銀行の担当者が誇らしげに「頭取は徹夜して数字を頭にいれた」と自慢され、驚愕。そもそも頭取の頭に数値ははいっていないのか?
4) 日本のひとりあたりの購買力平価GDPが世界25位になっているのは、日本の経営者の責任。日本の経営者は坂本竜馬などの「偉人の生き様」などを語っている暇があったら「数字」をみて経営判断をすべし。
5)日本のホテルは「部屋は空いており、且つ掃除は済んでいる」のに「チェックインできるか?」ときくと「NO。ルールなので15時まで待て」と。日本のオモテナシは「私たちのルールは変えないので、私たちの客になりたいなら、私たちにあわせてください」という精神。

筆者がかつて日本人に「黙っていろ。外国人には日本の良さや文化は分からない」と言われたように、
日本人として「聞かなかったor読まなかったことにしたい」気持ちはあるが、
そこをぐっと堪えて耳を傾ければ、我々は少しでも「世界標準」に近づけるだろう。

「世界標準」に近づきたい日本人であれば必読。


デービッド・アトキンソン氏 「イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る」

現在の日本において、観光業はアベノミクス戦略にも入っていない、国策にもなっていない。結局、日本は観光業というものにマジメに取り組んでいないんです」と、痛烈な指摘からスタートしたプレゼンテーション。文化財が観光資源として認知されていないことこそ最大の問題であると指摘。スクリーンには元アナリストらしく、説得力のあるデータが次々に投影される。「世界のGDPにおける観光業の比率9%に対して日本はわずか2%に止まっているんです」世界規模のこの波に、日本は完全に取り残されていると解説。「日本は観光大国になり得る潜在力を十分に持っている数少ない国なのに、全くそれが出来ていない」と現状を嘆く。また、文化にお金を支払う観光客の比率の少なさを指摘。「文化には利活用の方法を付加してお金を頂く工夫も大事です」と提言。文化財の価値を最大限に引き上げる努力で、40兆円の経済効果を見込めると力強くビジョンを語った。



(私のコメント)

「株式日記」では、平成12年7月30日に日記で「David Atkinson氏の警告」と言う記事を書きましたが、日本政府にも大きな影響力を持っていたようだ。ゴールドマンサックスのアナリストであり、ハゲタカ外資のアナリストの割にはまともな政策提言をしていた。つまり銀行の債権放棄による不良債権処理だ。

平成12年の2000年当時は、不良債権問題が混迷していた時期であり、百貨店のSOGOが倒産した頃で森内閣の頃だ。私も『98年7月3日の日記の「要注意債権処理法私案」や、98年7月30日の日記の「不良債権の処理は債務免除から」にも書いたとうり、不良債権の処理には債権放棄により処理しなければ問題は解決しないと思います。』と書いていました。

しかしこのような主張は、田原総一郎氏などの「徳政令」だと言うような批判でなかなか実行されなかった。しかしアトキンソン氏は銀行の債権放棄を主張していた。債権放棄によって不良債権を優良債権にする事で金融不況を脱するのが世界的な常識だった。

その後アトキンソン氏は、GSの共同経営者にまで出世して2007年にどういう訳かGSを退職した。2008年にはリーマンショックが起きてGSも潰れかかりましたが、アトキンソン氏はリーマンショックを予感していたから退職したのだろう。

その後、どういう訳か小西美術工藝社会長に転身して日本の国宝・重要文化財を守る江戸時代より続く老舗企業の経営者になった。ハゲタカ外資の経営者がなぜ日本の老舗企業の社長に転身したかは本に書いてありますが、本が出た当初はどうして外資のアナリストが文化財の保護に転身したのが不思議だった。

この本にはもちろん金融アナリスト時代の事が書いてあり、日本の銀行経営者の質の悪さを指摘しています。末端の社員は非常によく働いているのに、銀行の頭取たちは、お昼ごろに出社して、訳の分からぬ会議に出席して時間を潰して夜の街に繰り出していくと書いています。これでは日本の銀行がおかしくなるのは当然だ。

私も昔は銀行員であり、銀行員は課長支店長くらいまでは無茶苦茶に酷使されるのに、役員クラスとなると何の仕事もしていない。いわば名誉職であり本店勤務の時もその姿を見かける事は稀だった。彼らに金融問題を指摘したところで実態の認識が無いのだから無駄なのだろう。

アトキンソン氏は、潰れかけた老舗企業を引き受けてリストラを断行しましたが、それは社員を非正規社員から正規社員にして社員の若返りを図った。ベテラン職人の昇給をストップしてその分を若手職人の養成に向けた。これは今の日本企業全体に言える事であり、社員の正社員化を図って中古年社員の給与カット分を若手社員に回す事だ。その結果、若手社員にベビーブームが起きた。

アトキンソン氏は、日本の観光業のGDPに占める割合が2%と非常に小さい事を指摘している。また輸出には一生懸命なのに輸入には力を入れないのは、輸出にも影響を与えて良くない。輸出を伸ばすには輸入を伸ばさなければならない。世界ではトータルで輸出と輸入は同じなのだから、アメリカに自動車を輸出するなら、アメリカから多くの物を輸入しなければ貿易が成り立たない。

日本への観光客も増やす必要がありますが、はたして外人観光客へのおもてなしは十分なのだろうか? 老舗旅館などの融通の利かなさは問題があるし、気難しい飲食店のオヤジなども外人観光客を戸惑わせる。日本では客よりも老舗の方がえばっている。外人お断りといった張り紙もある。

日本企業の生産性の低さは以前にも書きましたが、よく働く若い労働者の賃金を上げて、仕事をしない中高年社員の賃金を下げれば生産性は上がり、子供の数も増えるはずだ。日本の経営者にはそれが出来ないから生産性が上がらないのだ。




日本人は言霊という宗教の信者である。言霊の悪影響を
克服しなければ、原発事故のようなことが必ず将来また起こる


2017年1月2日 月曜日

なぜ日本人は、最悪の事態を想定できないのか 井沢元彦(著)

国会の原発事故調査委員会は今月6日に出した最終結論で、福島で起きた爆発は「深刻な人災」であるとして、企業や組織のなかに染みついた「日本文化」こそが原因だと結論づけました。ここでいう「日本文化」とは何か? 井沢元彦氏によれば、彼が長年唱え続けてきた「言霊」も、その一つです。

本書では、現代においても言霊の思想がいかに日本人の考え方を決定づけているかを検証していきます。本書を読めば、「口に出したことは実際に起こってしまうので、嫌なこと、あってはならないことは口に出さない、考えない」という言霊の思想が現代でも大手をふるって生き延びていることがよくわかります。

東京電力は、事故を想定すること自体が不吉なことだとして、地震や津波という、充分想定される事態をないこととしてきました。そのことは、さまざまな調査・証言から明らかになっています。 一例を挙げると、事故処理のために国は30億円を投じて特注のロボットを造りましたが、東電は「事故は起きるわけがないのだからロボットはいらない」と言って、完成したロボットの納入を拒否しています。30億という税金が無駄になりました。

「事故」を「事象」、「老朽化」を「高経年化」などという言いかえも、言霊の考え方ゆえのことです。「冷温停止」ではないのに、「冷温停止状態」というのも同じです。 言霊という考え方がわかれば、どうして日本に悲劇的な事故が繰り返し起きるのかがわかります。同じ失敗を何度もしてしまうのは、最悪の事態から目を逸らすことしか考えない、 言霊の考え方ゆえのことなのです。 歴史に学ぶことの大切さを説く井沢史観による、平成ニッポン論!


カスタマーレビュー
 四四〇万部以上売った「逆説の日本史」シリーズの著者は、日本の歴史や諸現象をあるキーワードを使って読み解いている。それは「言霊(ことだま)」で、一九九一年刊の著書で世に問うた。二十年経ち、福島第一原発事故を受けて書き直したのが、本書「新・言霊論」だ。箇所によっては、前著で用いた例が同様に使われている。だが、日本を蝕んでいる日本固有の行動原理の存在を、あらためて教えてくれる。

 一九九一年、福島第一原発のタービン建屋で水漏れ事故が起きた。地下一階に水があふれて、非常用ディーゼル発電機が使えなくなった。担当者は津波が来たら一発で炉心融解だと悟ったという。だが、津波の想定はタブー視されていた。国費三十億円を要した災害用ロボットも捨てられた。事故の可能性を認めることになるので、東電が受け取らなかったのだ。実際の事故では、津波の数時間後にメルトダウンが起こっていた。だが、二ヶ月後に東電が認めるまで誰もそう書かなかった。

 著者によると、これらは全て「言霊」の支配による。言霊とは「言葉と現象がシンクロする」ことで、「こう言えばこうなる」「あると言えば実体がなくてもある」「マイナス予測は、それが実現するよう願った(事挙げした)ことになる」とする世界が言霊社会だ。人を不愉快にする意見は言えない。どう非難されるか経験的に知っているからだ。事故の可能性を認めれば、津波対策、地震対策、全電源喪失対策などが準備できる。ところが日本でそれを言うと、事故が起こるのを望んでいると解釈されてしまう。

 かつて天皇や皇族は武装していた。だが戦さに備えると実際に呼び込むとされ、正式な軍隊を持たなくなった。桓武天皇は平和を事挙げして平安京に遷都した。時代は下って太平洋戦争前、海軍は対米戦になれば負けると知っていた。だが負けを願っていると非難されるので言えなかった。戦後の平和憲法も言霊信仰に支えられている。平和を願うだけで戦争にならないと信じているからだ。抑止力について話すだけで戦争を願っていると非難される。だから本当のことは言えず、最悪のことが想定できない。言霊という迷信に支配されているのだという。

 日本人は言霊という宗教の信者である。言霊を知らずに日本は語れない。言霊の悪影響を克服しなければ、原発事故のようなことが必ず将来また起こる。これが著者の主張だ。一読に値する。ただ、最後の私と朝日新聞闘争史という章は、書かぬが華と感じた。


(私のコメント)

毎年正月になると、神社への参拝客で賑わいますが、日本人は無宗教と言いながら、正月の神社への数百万人もの参拝客の多さを考えれば、とても無宗教とは言えない。キリスト教にしてもイスラム教にしても、一つに神殿に数百万人が参賀日に訪れる事はないだろう。

メッカの礼拝してもローマ法王のミサにしても数百万人が押し寄せる事はない。しかし日本人はそれが宗教であることを認識していない。結婚式には「仏滅」が避けられるのも一例ですが、縁起が悪いという事なのでしょうが、その理由が分からない。

現代で結婚すれば、三組に一組は離婚すると言うデーターがありますが、結婚する前には、離婚した時の財産分与や親権なども話し合っておくべきでしょう。しかしこんな事を言えば日本ではキ○ガイ扱いされます。日本では本当のことを言えば不謹慎だと言われますが、私は学校や会社などで言われた事があります。

「株式日記」と言うように、株をやる上では最悪の状況は常に想定しておかなければ、万が一相場で外れた場合の傷を最小限にする想定だけはしておかなければ破綻します。不動産でも同じであり、最悪の状況を考えて準備しておかなければ、今回のバブル崩壊を乗り切れなかった。

バブルの最中でも、土地神話が崩壊しても利回り採算で計算していたから、致命傷にはならなかった。しかし多くの不動産業者がバブル崩壊で破綻したのは、利回り採算で土地価格を計算していなかったためだ。さらに物件を売却処分する事まで考えて投資したから何とか持ちこたえた。

「なぜ日本人は、最悪の事態を想定できないのか」と言う本を読めば、日本人が何故最悪の事態を想定できないのかの秘密が分かります。原発問題でも大東亜戦争でも同じ事が言えますが、日本の官僚たちは最悪の状況を考えようとはしない。あってはならない事は考える必要が無いと考えるためだ。

原発問題も小さな事故などから大きな事故が想定できたのに、東京電力や官僚たちは壁に突き当たり考える事を止めてしまう。戦争にしても負けた時の事は考えないから無茶をやらかす。たとえ負けても被害を最小限にする負け方を考えておかなければ生き残れない。

このような事は一人の場合なら問題はないが、組織の場合は、最悪の場合を想定したような事を言えば会議で批判されるだろう。いわゆる水を差すような事を言いますが、会議はどうしても強気一辺倒な人間に引っ張られてしまう。「そんな弱気でどうする」と言った批判を浴びる。

逆に、そんな事をすれば誰もが失敗すると考えているような事でも、被害を最小限にする手段を考えておけば、たいていは失敗しない。博打で大穴をあけるのは損を取り返そうとするからであり、損がいくらまでと決めておけば大穴をあける事は回避できる。戦前の陸軍が大陸に深入りして行ったのも勝ちに拘ったからだ。

たとえ戦争に負けても、戦争目的を達成できたら勝ったとみなせば、大東亜戦争は戦争目的を達成した。問題なのは戦争目的がはっきりしていない戦争であり、アメリカの湾岸戦争やイラク戦争など目的の無い戦争であり、911テロとは関係が無くてもイラクと戦争を始めた。これでは勝てるはずがない。

福一原発の解体に20兆円かかるという事ですが、原発を作る時に解体する事まで東電も官僚も考えてはいなかった。大体寿命は40年程度と言われますが、原発を永久的に使えると考えていたのだろうか? 人間にしても寿命があり、いつかは死ぬ運命にある。しかし、ほとんどの人は死ぬことを考えてはいない。

若い人は、いずれはヨボヨボの年寄りになる事は考えてはいない。自分だけはいつまでも若いと考えるのだろう。サラリーマンも定年まで今の会社にいられると誰もが考える。しかし私は考えなかったから30代で独立した。東芝だって東電だっていつ潰れるか分からない状態だ。だからこそ最悪の事は考える必要がある。




第67回紅白歌合戦、今年は4度目の出場となる椎名林檎は、
東京都庁前からの中継でパフォーマンスを披露しました。


2017年1月1日 日曜日

明けましておめでとうございます


紅白歌合戦で東京事変メンバーと共に『青春の瞬き』を披露!東京都庁を背に近未来的映像演出 12月31日 浮雲ch

第67回紅白歌合戦。

今年は4度目の出場となる椎名林檎は、NHKホールではなく東京都庁前からの中継でパフォーマンスを披露しました。

今年はリオ五輪閉会式での引き継ぎ式を監修するメンバーの一人として活躍した彼女。

2020年の東京五輪を意識した、近未来的で素晴らしい演出を見せつけてくれました。

?椎名林檎全面企画&音楽監督!リオ五輪閉会式「フラッグハンドオーバーセレモニー/トーキョーショー」が素晴らしかった
?パラリンピック閉会式『東京は夜の7時』を歌うのは長岡亮介!ダンサーAyaBambi、ELEVENPLAYらも登場
2014年の出場時から椎名と共に出演しているダンサー"AyaBambi"の2人は、最新の映像技術を駆使して、空から舞い降りてくるかのような演出で登場。

神秘的な踊りと共に、都庁を背に地上へ舞い降りました。

ステージでは椎名林檎と、2012年に解散したはずの東京事変のメンバーが、黒い振り袖衣装を身に纏い登場。

? 浮雲ch. (@UKIGMOch) 2016年12月31日例年通り、ギターの長岡亮介は参加するかと予想していましたが、東京事変メンバー全員が登場するとは私も驚きました。

バンド用に再アレンジが施され、相変わらずの演奏力を生で披露してくれました。

東京事変ファンならず、日本中の音楽ファンが騒然とし、一時はTwitterのトレンドに「東京事変」がランクインするほど。

東京事変解散ライブのラストに披露された『青春の瞬き』というだけあり、感極まるものがありました。

Amazon今年は東京事変メンバー全員が、椎名の配信限定楽曲『ジユーダム』のレコーディングにも参加するなど話題を集めることが多かったです。

?NHK総合「ガッテン!」テーマ曲『ジユーダム』緊急配信開始!東京事変メンバー集結に涙する声多数
2012年の閏日に解散した彼ら。今年は4年に1度の閏年ということでは集まったのでしょう。次の閏年であり東京五輪開催予定の2020年はより一層たのしみです!

RADWIMPSのドラムサポートをしている刄田綴色や、星野源のギターサポート含め注目を集めている長岡亮介(浮雲)など、個々の活動にも引き続き注目。



椎名林檎 青春の瞬き

作詞:椎名林檎
作曲:椎名林檎

美しさと正しさが等しくあると

疑わないで居られるのは若さ故なんだ

子供みたいに疲れを忘れて寄り掛り合えば

僕らはたった独りでいるよりも有りの侭になる

時よ止まれ 何ひとつ変わってはならないのさ

今正に僕ら目指していた場所へ辿り着いたんだ


新しさと確かさを等しくもとめ

生命をほんの少しだけ前借りしたんだ

大人になって恥じらい覚えて寄り掛り合えば

僕らはきっと互いの重さを疎ましく思うだろう

いつも何故か 気付いた時にはもう跡形も無い

伸ばす手の先で消え失せる物程欲しくなるんだ



(私のコメント)

明けましておめでとうございます。

去年は私にとっても転機の年であり、辛い一年でもあり、これからの人生をどのように過ごすか考えさせられる一年でした。これから先あと何年生きられるのかもわからないし、私よりも若い人も亡くなる事が多くなり、最近までテレビで元気だった人が亡くなる事が多かった年でもありました。

ビルの借金の返済もようやく終わり、借金返済に追われた私の人生もようやく荷が降ろされた年でもありました。しかしこれから何かを始めるには歳を取り過ぎてしまった。出来れば若い頃に戻りたい気持ちもありますが、無い物ねだりなのでしょうか。

年末になると紅白歌合戦がありますが、昔から変わらないのはNHKの紅白歌合戦くらいで、何もかも変わってしまったように感じます。世の中も良い方に変わればいいのでしょうが、悪い方にどんどん変わって行くような気もします。何よりも今の若い人たちが元気が無く、結婚も出来ず子も産めないような世の中は間違っている。

今回の紅白歌合戦では椎名林檎の「青春の瞬き」が良かったですが、紅白でしかできないような派手な演出が良い。紅白では大物歌手がよくNHKホール以外で出演する事が多いのですが、海外から出演する事もいかにもという感じです。

私は特に椎名林檎のファンと言う訳ではないのですが、歌を作る事以外でも演出家として才能があると思う。リオ・オリンピックでも演出を担当したそうですが、CGを使っての演出は見ごたえがあった。紅白でも大物歌手が派手な衣装などで話題になりますが、歌をどのように見せるかも才能がいる。

「青春の瞬き」も名曲ですが、喪服の着物のような衣装も歌に合っていた。物事には変わらなければならない事と変わってはならない事がありますが、マスコミ論調としては「変われ変われ」と叫び続けている。変わらない事が悪い事のように言われるのはおかしなことだ。

しかし世の中は、紅白歌合戦くらいしか年の瀬の面影はなくなってしまった。テレビも少し視聴率が悪くなるだけで番組を止めてしなうし、長寿番組も次々無くなり、くだらないバラエティー番組ばかりになった。評論家たちも政治も経済も変われと言い続けているが、何をどう変われとは言わない。

オバマ大統領も「チェンジ」と言い続けたが、何もしなかった。なぜ変わる事が善で変わらない事が悪なのだろうか。世界を見れば無理に変えようとして失敗している事ばかりだ。日本は失われた20年と言われて変わらなかったが、変わらなかった日本が一番ましに見えて来た。歌詞に

「時よ止まれ 何ひとつ変わってはならないのさ

今正に僕ら目指していた場所へ辿り着いたんだ」



とありますが、日本人も昔からあるものを大切にせず、新しいものばかり追いかけていたら失ったものの大きさに気が付かなくなる。歴史と伝統を大切にとは言っても、正月の松飾や門松も東京ではほとんど祀る事が無くなった。近所で門松を立てている家はうちぐらいになってしまった。考えてみれば近所で昔から住んでいる町内の人は私くらいになってしまった。みんな郊外に引っ越してしまった。

しかし郊外に引っ越しても、郊外は寂れてしまって空き家だらけになり、子供たちは都会にまた引っ越してきている。仕事が都会にしかないからだ。親は郊外に残されてしまった。


「いつも何故か 気付いた時にはもう跡形も無い

伸ばす手の先で消え失せる物程欲しくなるんだ」



実家の両親は、いつかはいなくなり自分だけが取り残される。「親孝行したい時には親はなし」といいますが、「いつまでもあると思うな親とかね、」と言うように時間の経つのははかない。椎名林檎が紅白で喪服で「青春の瞬き」を歌ったのは私の為なのだろうか?



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