株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


大学院の定員急増で民間企業等に就職できないレベルの教員の受け皿
として作られた大学。そのような大学にほぼ無試験で入学してくる学生。


2017年6月15日 木曜日

大学の「選択と集中」こそが急務 6月15日 荘司雅彦

昨今、高等教育の無償化が話題になっています。しかし、大学の学費無償化については各方面から反対意見が続出しています。その根拠として、「勉強する意欲のない子供」たちを無償で大学に進ませても有害無益であるという指摘があります。

2014年度の高校中退者は、全体の1.5%にあたる5万3403人に上っています。その中で、「学業不振」「授業に興味がわかない」「もともと高校生活に熱意がない」という理由で”私立高校”を中退する人数が4449人もいます。

ちなみに、「経済的理由」を理由とする”私立高校”の中退者は957人です。つまり、授業料が高い”私立高校”で、「経済的理由」で中退する生徒の4倍以上の生徒が「学業不振」「授業に興味がわかない」「もともと高校生活に熱意がない」という理由で中退しているのです。

このように、高等学校の段階で、「勉強する意欲のない子供」の中退者の方が「貧困」を理由とする中退者より遥かに多いのが実情なのです。国公立高校は授業料無償化がすすんでいますから。このように、授業料無償や授業料補助があっても、高等学校の勉強をする意欲のない生徒がたくさんいるのです。

ところで、大学の学費無償化を進めようとする背景には、次のような事情があるものと推測されます。
1990年以降、大学院重点化政策が実施され、
大学院の定員が大幅に増加しました。その結果、就職すらできない修士や博士が大量に生み出され、受け皿として新設大学が大量に作られました。

監督官庁である文科省としても”天下り先”が増えるので、大学側との利害が一致したのです。更に、従来なら大学に進学する学力のない子供を持つ親も喜びました。

しかしながら、その反動で国公立大学の学費は急騰してしまいました。予算に限りがある以上、多くの大学や大学院に補助金をバラ撒いた分、国公立大学の学費値上げで補填する必要があったのです。一昔前であれば、それほど裕福な家庭でなくとも、地方から都市部の大学に子供を進学させることができました。広く浅くという補助金のバラ撒きがなかったので、私立大学の授業料もかなり安く抑えられていました。

その結果、英語を「be動詞」から教えなければならない大学生が増えているようです。少し前、「分数ができない大学生」が話題になりましたが、今や分数のできる大学生の方が少数派ではないかと思ってしまいます。
「大卒」という条件を子供に与えて喜んでいた親たちも、大学名で門前払いをする”学歴フィルター”によって子供の就職がうまくいかず、かえって悩みが深くなっています。

「商業高校や工業高校を卒業して地元の信金や大企業の工場に就職した方が、下手に大学生活を送らせるより良かった」と悔やんでいる人たちもいます(今では、信金や工場も大卒が多いのかもしれませんが…)。

教育費や医療費が無料で有名なオランダでも、高等教育に進むには一定の学力が必要で、学業に向かない生徒は職業訓練校に行きます。

大学教育の質の低下も、学費無償化を無意味なものにしている大きな原因です。例えば、法科大学院よりも予備試験対策の資格試験予備校の方が、概ね良質な教育サービスを提供しています。受講生に不人気であれば次の講座が持てないので、講師が必死になるからです。身分保障をされた大学院の教授とは緊張感が全く違うのです。

大学院の定員急増で広き門をくぐった挙句、民間企業等に就職できないレベルの教員の受け皿として作られた大学。そのような大学にほぼ無試験で入学してくる学生。4年間のレジャーランドのために血税を投入するのは大間違いです。

学費無償化にするのであれば、大学数と学生数を大幅に絞り込む「選択と集中」を行い、意欲と能力のある学生たちだけのために実施すべきでしょう。

更に、意欲と能力のある学生のニーズに応えるべく、大学教員の強力な身分保障をなくし、2年契約くらいで実業界等からもどんどん有能な教員を採用すべきです。もちろん、相応のスキルと学識があり有意義な教育ができる教員については(出自を問わず)契約更新をすればいいのです。

日本の大学のランキングの低下傾向を止めるには、大胆な改革をするしかありません。授業料無償化の前提として、「選択と集中」は欠かすことのできないプロセスだと思うのですが、みなさんいかがお考えでしょう?



(私のコメント)

18歳から22歳の年齢は、一番体力もあり知識欲も旺盛で環境に適応しやすく一番大事な年齢です。女性なら結婚適齢期で妊娠して子供も作りやすい年齢であり、その時期に4年間のレジャーランド化した大学で過ごしてしまうことは、学費と時間の無駄使いでしょう。

もちろん学習意欲が有り、大学を出ないと就職できない職業などを希望する場合は別ですが、Fラン大学に行くくらいなら職業専門校や就職して早く技術を身につけたほうが、2流以下の大学を出て就職に苦労するよりもいいでしょう。高校ですら学業についていけずに退学する人が私立だけでも4449人もいます。

今では大学受験勉強しなくても願書さえ出せば入学できる定員割れ大学が多くなっています。高校すらトコロテン式に卒業して大学に入ってくるのですから、改めて中学レベルから授業しなければならないほどの体たらくになっているそうです。分数の計算ができない、be動詞から教えなければならない大学生が卒業しても、就職先は従来の高卒者がつく職業でしょう。

大学卒業生は、昔はホワイトカラーの職業についていましたが、今ではIT化が進んでホワイトカラーの求人は少なくなってきています。増えているのはサービス業の求人であり、特に文化系の大学で教えている講義とはだいぶ離れた内容の職業が多くなっています。

1990年以降、大学院重点化政策が実施されて、大学院が増えて大学院生が大量生産されていますが、彼らの就職先としてFラン大学が大増設された。それは文部科学省の官僚の天下り先となり、落選した国会議員の就職先ともなり、大学の増設は利害関係でなされたのだ。大学は卒業証書の発行所となり大学生が大量生産された。

しかし大学を出たからといって学力が向上したわけでもなく、教養が身に付いたとも思えない大学生が大量生産されている。理系の大学なら大学で習ったことが役に立つことも多いが、経済学部や法学部を出ても経理士や弁護士になれるわけではない。むしろ大学を出てブラック企業に就職してショックを受けて引きこもりになってしまう。

企業が求めている実力と大学新卒者の実力に大きな差が出来てしまって、企業で再教育しても使えない新卒者が増えて、特に女子職員などは大卒で就職して使いものになる頃になると30歳過ぎてしまって、婚期を逸したOLが大量生産されて少子化が進んだ。最近ではそのような女性をキャリアウーマンと呼ばれていますが、日本のような年功序列社会では出世するほど居づらくなって辞めてしまう。

このように大学と社会のミスマッチが起きて、若い労働者の低賃金化が進んでいる。大学新卒者が本当に能力のある人材なら企業は高給を出すはずですが、結局は高卒並みの給料しか出さなくなっている。高卒者なら若くて体力もあるが大卒では4年間遊んでしまっているからそれがハンデとなってしまう。

学費の無償化は好ましいことですがその費用はどこから出すのだろうか。最近では大学生向けの奨学金ローンが社会問題になっていますが、大学を出るだけでも500万円の借金をしなければならない。そこまでして大学を出て見返りが得られるのだろうか。最近ではAO入試で大学に入れるようになり、受験勉強そのものが死語になりつつあるようだ。




分不相応な高待遇よりも、ゆっくりでもいいから、上りつづけられる
階段を選べるような人生を選ぶのが賢い人生選択といえるだろう。


2017年6月14日 水曜日

太く短く生きたい若者が、細く長く生きたい中高年層になる瞬間について 6月7日 高須賀

「あんまり長生きなんてしたくないんだよね。若い頃にしっかりと人生を楽しんで、太く短く40歳ぐらいで死ぬ方が、細く長く生きるよりも全然いい」

こういう事をいう若い人は結構多い。僕も若い頃はこんな感じの事をよく言っていた。

ところが働き始めた後、ある程度年配の方と接するようになってみて、この世に未練がある人が驚くほど多いという事がわかり非常に驚いた。

この人達に詳しく話を聞いてみると、この人達も若い頃は太く短く生きるのが理想だったけど、実際に自分が40〜60になってみると昔は忌み嫌っていた細く長くの生き方に執着するようになってきたというのだ。

この思考の変換点が一体どこに起因するのかをずっと考えていたのだけど、最近になってやっと納得いく回答が頭の中でえられた。

人は、残りの人生が下り階段のみで構成されると凄く命に執着するようになる生き物なのだ。

今回はその話をしようかと思う。

若者が楽観的なのは人生が上り階段のみで構成されているから

人間、目の前に上る階段があるのは楽しい。身長が伸びていったり、スポーツが上達していったり、若い頃は無かった老獪さをみにつけていったりと、人には成長という素晴らしい機能が備わっている。

若さというのは可能性であり、可能性というのは明るい未来を指し示すものだ。

若い頃は、目の前には上り階段しか用意されていない。多少の無理をしても身体は比較的すみやかに回復するし、給与も上がるし、社会的地位もそれなりにあがっていく。

このようにほとんどの若者は、それまでずっと上ることしか知らない。だから人生はずっと上に上にあがっていくものだとなんとなく思ってしまっている。

小学生よりも中学生の方が遥かに自由が多いし、大学生よりも社会人2〜3年目の人間の方が遥かに裁量が大きくなる。

健康に生まれ、それなりに恵まれた地位にいれば、普通は上り階段ばかりの人生を歩むことになる。多少の苦境やトラブルはあるかもしれないけど、基本的には階段は上を向いている。

このような状態におかれると、人は凄く楽観的になれる。というか楽観的にならない方が不思議だ。どんどん人生が自由になっていくのだから、心も晴れやかになるのが当然ともいえる。

けど当然ながらそういう上向きな人生はいつまでも続くわけではない。

赤ちゃんは加齢と共に成長し大人になるけども、大人は加齢しつづけてもスーパー大人にはなれない。必然的に老いていき、高齢者となり最終的には老人となる。

若さは万能感を脳みそに植え付けるドーピングみたいなものだ。

「自分はどこまでもいける。上に行き続けられる」

というのが成長によりもたられる脳の認知だとしたら、逆に残りの人生が老いていき、人生が下り階段しか残されてないようになってしまった時に人がどういう風な思考回路になっていくのかは火を見るより明らかだ。

成長というのは可能性だ。そこには夢と希望があり、ある種の万能感すらある。その道は明るく、希望が満ち溢れている。

その逆である「時と共に退化していくという感覚」が考えられるようになると、いつまでたっても出世とか金儲けとかに物凄く執着している大人が何故それに必死になっているのかが、ようやく理解できるようになる。

身体に老いが付与されていき、身体が下り階段に差し掛かっていくのを実感するのは想像以上に恐ろしいものだ。人生の階段は、上るのは楽しいけど下るのは全然楽しくない。その辛い現実を直視できるような人はほとんどいない。

つまるところ、いつまでたっても出世とか金儲けとかに物凄く執着している人達は、下り階段を直視するのがあまりにも恐ろしいが故に、上り階段という数少ない残された可能性に必死になってしまうのだ。

これは若者からみれば非常に醜い行動かもしれないけど、やってる本人からすればもう物凄く必死だ。残された数少ない上り階段が目の前にあったら、それにしがみつきたくなるのは当然とも言えるだろう。

自己認知が高まりすぎると人生が辛くなる

このような上り階段への執着は、実は中高年層だけではなく、若い人にも結構ある。

例えば、都内にはプロ女子大生と言われているような人達がいる(最近はパパ活という風な単語を使用している人もいるみたいだ)

彼女たちは若さと可愛さを武器に、お金持ちの男性を相手にし、お寿司やら高級焼肉、バカ高いシャンパーニュなんかを味わいつつ東京のキラキラした生活を謳歌するタイプの人種だけど、この行動は実は非常に危険だ。

こういう行動を繰り返して

「自分は3万する鮨を奢ってもらって当然の人間である」

という風に自己イメージが形成されてしまうと、その後にそれを下方に修正するのは非常に困難だ。

何故か?人は階段をそう簡単には下れないからだ。

先ほどもいったけど、人間は階段を上るのは楽しいけど下るのは非常に辛い。

プロ女子大生氏の脳内で「私の価値は三万円の鮨相当」という風な自己認知が完成されてしまったとしたら、その後自分の価値を普通の世間一般レベルに引き戻す事は非常に難しい。

階段を下るという行為は、それほどまでに辛い行動なのだ。

こうしてみると、実は下り階段の恐怖は中高年層に限定されたものではないという事がよくわかる。実は若いからこそ落ちるタイプの下り階段も、探してみると結構ある。

人は札束で叩き続けられると、びっくりするぐらい簡単に壊れるのだ。

西原理恵子氏は娘に「王子様を待たないで、お寿司も指輪も自分で買おう」と何度も何度も繰り返し教え込んだそうだが、実に含蓄深い言葉である。

他人から札束で叩かれて喜ぶような存在になってはいけない。やるなら自分の金で、自分の頬を叩くぐらいが後々の為である。つい先日も、某食べロガーが過剰接待をうけてた事で大炎上していたが、一度そういった行為に味をしめてしまうと、もう元には戻れない。

地獄への道は善意で舗装されているのだ。

下り階段を出来る限りさけた方が人生は楽

もしあなたの目の前に、分不相応な高待遇が転がってたとしたら、その時はそれが下り階段の始まりに通じるようなものなのかについては真剣に考えた方がいい。

何度も何度も繰り返えして恐縮だけど、人間上り階段は楽しいけど下り階段は死ぬほど辛い。

前に性風俗産業の人と話をさせて頂いた時、なかなか興味深い事を聞かせてもらった。ダイジェスト風に書き起こすと、彼はこのような事を言っていた。

「最近は、学生がこの業界に入ってくる事も結構多い。初めの面接の段階で、この子達の人生がどう転ぶのかがわかってしまう事がある」

「大学の学費を支払う為とか、目的を持って期間限定でソープで働いている人は、その後この業界には出戻らない。たぶん普通の人生ルートに乗れたんだと思う」

「けど、なんの目的もなくソープでただお金が欲しくて働いているタイプの人は不幸になりがちなんだよね。男に貢いじゃったりして、この業界から足を抜け出せなくなる人も、結構いる」

「前者を上がる風呂、後者を沈む風呂って業界でよくいうんだよ」

今思い返すと、この話も上り階段と下り階段の話に通じるものがあるんじゃないか、と思う。

あなたがもし人生の方向性を選べる機会に恵まれたとしたら、ゆっくりでもいいから、上りつづけられる階段を選べるような人生を選ぶのが賢い人生選択といえるだろう。

そして階段を上がりながら、いつかくる下り階段についても思慮を深めていこう。人間、年をとっても全員が老い恥を晒しているわけでは当然ない。よい年の重ね方をしている方も、しっかり存在している。

彼らはきっと、覚悟を持てたのだろう。学びたいものだ。



(私のコメント)

スポーツ選手や芸能人は若い時に人生の頂点に達してしまって、引退したあとはかなり辛い人生が待っている。青春スターが薬物に手を出したり、未成年の女子高生に酒を飲まして不純異性行為をしたりするスキャンダルが絶えませんが、青春スターが年を取れば、本格派俳優でもならない限り先はない。

若い女性アイドルも歳をとれば唯のおばさんだ。青年実業家とうまく結婚して玉の輿に乗れればいいが、青春時代の栄光は二度と戻っては来ない。地道にサラリーマンになっても誰もが社長にまで出世できるわけはなく、最近では定年まで勤め上げることすら少数派になり、60歳で定年になれば会社から放り出される。

出来ることなら人生はずっと上り坂であることが望ましいが、多くの人は人生のピークすら無いままにずっと底辺を這いずり回って終わってしまう。私自身もずっと底辺を這い回ってきましたが、借金の返済に苦しみながら、鳴かず飛ばずでやってきましたが、一生このままピークらしいピークのないままに終わるのだろうか。

人生は太くと短くといった生き方もありますが、細く長く生きたほうが得なことが多い。昔は平均寿命も短く太く短く生きるしか道はなかった。最近では人生50年から100年近くにまで寿命が延びて、年金で生活ができるようになった。できれば生涯現役で働いて階段を上り続けられるような人生が一番いい。

先日、加山雄三がテレビに出ていましたが、80歳で現役でエレキを弾いて歌っている。髪の毛も黒々としていて体型も変わらず高齢者のイメージはない。加山氏も事業で失敗をして巨額な借金を背負って生きてきましたが、芸能人にはこのような高額な借金を背負って生きた人が多い。借金が人間を強くするのでしょうか、巨額な借金を完済するには強固な意志がなければできない。

平凡なサラリーマン人生では、これといった試練を受けることなく60歳すぎまで来てしまう。あとは年金暮らしというのでは一生が浮かばれないままで終わってしまう。細く長く生きられただけでも成功ではないかという見方もできますが、できれば細く長くだんだん太くなって行くような人生が望ましい。

芸能人でも、生涯現役で活躍した人の葬儀は盛大ですが、大橋巨泉や永六輔や松方弘樹などの葬儀は盛大に行われた。芸能人が引退することなく生涯現役なのは才能があるからですが、才能は使わなければ退化して消えていってしまう。しかし才能はぎりぎりの状況に置かれないとなかなか進歩しないものであり、試練がないと人間は成長しない。

なんの苦労もなく大人になって就職して、上司に叱られただけで鬱病になって引きこもりになってしまう人もいますが、親に叱られることもなく甘やかされて育てればそうなってしまう。「株式日記」では若くて才能に自信がある人ならば独立起業を勧めていますが、サラリーマンでは自分の才能を伸ばせることはなく逆に潰してしまうだろう。

私がビルを建てるに至ったのも、会社を辞めてぎりぎりの状況に置かれたからであり、億単位の借金をするに至った。バブル崩壊前だったから銀行も気前よく貸してくれた。しかしそれからが試練の時であり、精神的にも鍛えられた。女性でも一度も職業に就くことなく「花嫁修業」や「家事手伝い」で未婚のまま40歳過ぎてしまう女性が多いというニュースがありました。

親の過保護が子供の人生をダメにしてしまうのであり、引きこもりの親が居なくなれば生活保護で生活しなければならなくなる。昔は子供が引きこもりたくても生活が貧しくできなかった。さらに老後も年金で暮らすことは不可能であり子の世話になるか生涯働かざるを得なかった。

だから順風満帆の人生は老後にそのツケが回ってくるのであり、仕事をしたくても特技もなく経験もなければ階段を上がることができない。しかし若い頃から経験を重ねて実績ができれば老後もその経験を生かして仕事を続けることができる。独立起業して失敗しても若ければいくらでもリカバリーができる。

若ければ逆に罠にはまることもあり、一気に人生の頂点に駆け上がることもあって有頂天になって失敗する。若い女性も美女ならパパ活で月に数十万円ももらえる事もあるだろう。風俗やソープなら年に1000万円くらいは稼ぐこともできる。愛人家業で2億円貯めた女優がいましたが、もとの地道な生活に戻ることは困難だろう。

高齢者になれば誰もが下り階段を下りていくことになりますが、下り階段は死ぬほど辛い。あまりにも辛いから宗教にすがる人も多い。階段を登り続けられるのは特別な才能に恵まれた人だけであり、芸術家などは生涯現役の人が多い。しかしいきなり芸術家になれるわけはなく、いろいろな試行錯誤を経て才能が開花する。




米国内では、反中世論が盛り上がったが、日本が米国の意向を汲んで真っ先
に対中経済制裁を解くことで、国際社会世論の流れを変えることになった。


2017年6月13日 火曜日

中国の民主化、困難な理由と実現の可能性を問う 民主化運動の楊建利氏「日本よ、アジアの民主共同体の盟主に」 4月5日 福島香織

まず中国の喫緊の民主化運動が挫折した歴史、1989年の天安門事件当時を振り返ろう。この虐殺事件は中国人大衆と共産党政府の双方に深いトラウマを残した。民衆は政治について議論することに恐怖を覚えるようになった。共産党政府は、人民が本音のところで自分たち共産党の統治を否定していることに気づいてしまった。人民と政府、双方が人権や民主化の問題を口にしないようになった。一方、国際社会においては、旧ソ連が解体され、このことは共産党の危機感を呼び覚ました。中国は人道無視の残酷な国家として国際社会で孤立した。共産党政府はこの危機をどう打開するべきかわからず、狼狽した。

救いの手をのべたのは、実は米国だった。ブッシュ政権は天安門事件発生後3週間たたないうちに、特使を派遣、外交上の立場としては中国を非難するものの、米中関係は維持していく方針を伝え、ケ小平は安堵した。米国内では、反中世論が盛り上がったが、日本が米国の意向を汲んで真っ先に対中経済制裁を解くことで、国際社会世論の流れを変えることになった。

 この日本の対中経済制裁解除の代わりに、中国民主化運動リーダーの物理学者・方励之の米国への出国を中国が認めた裏取引については、方励之自身も知らず、彼は死ぬまで日本の態度を非難していたが、これは米国世論をなだめながら中国との関係回復を模索していた米国の頼みを断りきれずに、日本が泥をかぶったかっこうだった。この件については、産経新聞が当時大使だったジェームズ・リリーと橋本恕に生前インタビューし、裏をとっている。

 日本が国際社会の対中包囲網に穴をあけることになるが、やがて欧米も立場を変え、中国に対する投資を競うようになった。欧米諸国の建前は、いわゆる中産階級理論、つまり中国が豊かになれば中産階級が生まれ、彼らは自然と民主、自由を求めるようになり、中国の民主化が進むであろう、という主張だった。

 だが実際はこの通りにはならなかった。むしろ、習近平政権になってから、ますます民主化は遠のき、毛沢東時代に先祖返りを見せている。

なぜ中産階級理論は破たんしたか

 楊建利は「なぜ中産階級理論は破たんしたか?」と、考える。

 まずケ小平の南巡講話以降、中国共産党中央は落ち着きを取り戻し、冷静に現実を見極めることができた。そして一つの結論にたどり着く。人々への共産党への忠誠は、イデオロギーは関係ない。むしろ経済、金による。そこで、党員に金儲けをさせ、腐敗させ、そのうまみを与え弱みとして党への忠誠を約束させる方法をとる。腐敗を統治の手段とし、全面的な腐敗を認めたのだった。

 さらに党員に資本家を招き入れ、“有限会社共産党”化することで、経済成長を推進していく。一方、人民の人権水準は依然低いままにしておき、人民を安価な労働力として使い倒す。この安価な労働力にひかれて、外交資本が中国に殺到し、奇跡的な経済成長を実現させた。

 共産党の政治エリート、資本家ら経済エリート、そして政治・経済エリートが協力して掌握するメディアによる洗脳教育で知的エリート、文化エリートも有限会社共産党の一員となる。プロレタリアートのための共産党は、完全にエリートたちの金儲け機関に変化してしまった。エリートになれば、共産党の利益にあずかれる、というシステムを作り上げれば、エリート=中産階級は共産党に刃向かわなくなる。党の主導によって実現した経済発展で生まれた中産階級エリートは、党に忠誠を誓い、中産階級が民主化を求めるという欧米式の中産階級理論は破たんした、という。

 だが、利益と腐敗で結びついた党中央が絶対的安定を築いたかというと、そうではなかった。楊建利はこの結果、中国が二つに分断された、という。つまり、有限会社共産党の利益に属するエリート。そして、10億人以上の、党の利益にあずからない、何の力もない、庶民の中国。国際社会が中国に持つイメージは有限会社共産党だが、それはメディアコントロールの影響であり、現実は10億人以上のエリート以外の人民の国だ。

分断とウィルスと反腐敗と

 一方、国際社会、特に欧米社会の状況を振り返ると、中国の貿易を通じての経済力によるコントロールを受けたことで、“中国ウィルス”にも感染してしまった。楊建利は言う。

 「米国では、ある作家が、ウイグル族の本を出版するとなると、編集者はわざわざ中国大使館に電話して、これは政治的目的の本ではありません、文化を紹介する本です、と事前に告知するんです。出版の自由がある米国で、なぜ、編集者はわざわざ中国大使館の許可をとらなければならないのでしょう。米国メディアは時の政権を批判したりからかうネタは放送できるが、中国政府をネタに扱うときは慎重になる。ハリウッドも中国映画市場を考えると中国批判はできない。中国政府は米国に文句をつけることができるが、米国は中国の嫌がることはできません

 中国ウィルスに感染すると、公然と中国を批判できないのである。(後略)



(私のコメント)

アメリカと中国の関係は、日本から見れば不可解なものですが、表向きは敵対しつつ裏では手を組むといった複雑な関係のようだ。アメリカから見れば中国は新たなる新天地であり、本土の中西部開拓が終われば太平洋に突き当たりましたが、太平洋の対岸には中国があった。

おそらく大英帝国がインドを植民地として繁栄したように、アメリカは中国を利用して経済的繁栄を永続させようと考えているのだろう。大英帝国も中国にアヘンを売り込んで儲けましたが、アメリカは中国の低賃金を利用して経済的利益を得ている。アメリカ経済界が中国に投資した金額は膨大であり、中国からは工業製品が大量にアメリカに輸出された。

日本も同じようなもので、日本には中国製品が溢れかえるようになった。このように利益を得ているのは日米のグローバル企業であり国民ではない。むしろ日米の国民は製造業を中国に奪われて職を失ってしまった。このように米中双方とも経済が好調な時は利害が一致して外交的にも融和ムードだったが、リーマンショック以降は米中関係も変調をきたしている。

アメリカには、中国が豊かになれば民主化されるといったオメデタイ予想がなされましたが、中国の独裁体制はますます強化されてきている。商売的にも当初はアメリカの言うことはよく聞いてくれたが、経済大国、軍事大国になるにつれてアメリカに対する対抗意識が高まり、アメリカの言う事を聞かなくなった。

1989年の天安門事件で、中国への経済制裁が行われましたが、どういうわけか日本がまっさきに経済制裁を解除したのは不可解な出来事でしたが、その裏ではパパブッシュ大統領からの指示で日本が真っ先に経済制裁解除に動いたようだ。日本政府の不可解な行動の背景には常にアメリカからの指図がある。

アメリカは中国の内政外交には寛容であり、オバマ大統領も中国が何をしようが、南シナ海の岩礁を埋め立てて軍事基地を作ろうが黙認してきた。アメリカと中国の特殊な関係を伺わせるものですが、中国の人権問題に対してもアメリカ政府は寛容だ。中国国内でCIA要員が大量に捕まって暗殺されてもアメリカ政府は対抗策を取ろうとはしない。

当初は中国に対して強硬な態度をとってきたトランプ大統領でさえ、最近では中国を最恵国待遇で扱うような状況だ。福島香織氏が言うように欧米は「中国ウイルス」に感染してしまうと中国の言いなりになってしまう。「中国ウイルス」とは賄賂やハニトラや利権で感染してしまう病気ですが、中国大陸に行くと日本の政治家や企業幹部も感染してしまう。

自由と民主主義を旗印にするアメリカですが、中国に対しては寛容であり独裁と人権弾圧し放題でもアメリカ政府は何も言わない。それに対して中東や北アフリカの独裁政権や人権問題ではアメリカは非常に熱心な干渉を行い、イラクに対しては戦争を仕掛けて民主化させてサダム・フセインを逮捕して裁判で死刑にしている。まさにダブルスタンダード外交であり、アメリカの外交はわけがわからない。

1989年の天安門事件は、中国の自由と民主化要求の強さを物語るものですが、アメリカ政府はこのような人権活動家の亡命は認めても、中国政府に自由化や民主化は求めない。なぜかと言いえば「中国ウイルス」に感染してしまっているからだ。チベットやウイグルで大虐殺や人権弾圧が行われてもアメリカ政府は見て見ぬふりをする。

トランプ大統領で対中国政策も変わると当初は見られましたが見事に腰砕けに終わった。アメリカに亡命した中国の人権活動家もアメリカ政府に失望し期待はしていないようだ。日本人は昔から中国と付き合ってきたから「中国ウイルス」にも耐性ができており、中国の体制変換を起こさせることができるのは日本だろう。




特区廃止法案を出すのが事実であれば、『民進党=規制改革に反対』と
いうスタンスが明確になる。規制緩和による新規参入を認めない民進党


2017年6月12日 月曜日

加計学園問題は、このまま安倍官邸の「圧勝」で終わる 野党マスコミは本質を読み間違えすぎた 6月12日 高橋洋一

文科省のコールド負け

まず@とBをみれば、内閣府・特区有識者委員vs.文科省(農水省)による規制緩和議論は、前者の規制緩和推進派の完勝であることが分かる。野球で例えるならば、前者の10対0、5回コールド勝ちである(疑ってかかる前に、ぜひ読んでほしい)。

Aの閣議決定では、要求されている獣医学部新設の需要見通しについて、許認可をもち需要見通しの挙証責任がある文科省が、まったくその役割を果たせていないことが分かる。しかも、Aでは、2015年度内(2016年3月までに)に獣医学部の新設の是非について検討するという期限が切られているが、それすら文科省は守れていない。

これでは、文科省のコールド負けでもしかたない。本件に係る規制緩和の議論は、課長レベルの事務交渉で決着がついてしまっているのだ。だから、この問題で「総理の意向」が出てくる余地はまったくない。

それでもマスコミは、あの文科省文書が本物かどうかに焦点を当てている。おそらく本物であっても、それらが作成されたのは2016年9月後半であるから、文科省への宿題の期限(2016年3月)の後になり、しかも、Bが作成された(2016年9月)後でもある。

はっきりいえば、勝負のついた後に、文科省は言い訳を言っているだけにすぎないのだ。「文書」にある「総理の意向」という文言は、文科省側のでっち上げ・口実の可能性さえあると、本コラムでは前から書いている。

いずれにしても、官邸としては文書が発見されたところで何の不都合もないのだ。むしろ文書が見つかれば、これらの経緯が明らかになり、文科省がまともな政策議論ができない「三流官庁」であると分かってしまうことになる。 

これが、官邸が文科省「文書」の再調査を容認した大きな理由だろう。仮に存在しても、安倍首相・官邸にとって痛くもないが、再調査しないことで国民から不信をもたれるのは、7月の都議選への影響も考えると、得策ではないというわけだ。

ここまでは、@〜Bを読むだけで直ぐわかることだ。さらに、ちょっと周辺の資料をみれば、加計学園問題の経緯もわかる。官邸は、文科省「文書」の再調査とともに、獣医学部新設の「真相」を一気に説明することもできる。

根っこにあるのが、50年以上も獣医学部の新設が認められてこなかった事実である。加計学園は、以前から獣医学部の新設希望を出していた。筆者の覚えている限りでも、小泉政権での構造改革特区のときにも要望を出していた。

この意味で、加計学園は20年近くも新設を要望し続けてきたわけだ。もし加計学園の理事長が安倍首相の長年の友達という関係なら、10年程前に認められていても不思議でない。ただし、獣医学会などが強烈に反対し、麻生太郎氏もこれに反対側であったので、民主党政権以前の自民党時代には実現できなかった。

実は、民主党政権時代にこの新設については少し議論が進んだ。そして、安倍政権が誕生し、アベノミクスの第三の矢として規制改革があげられるなかで、獣医学部と医学部は「岩盤規制の省庁」として有名になったのだ。

官邸の「再攻撃」が始まる

そこで、なにが規制緩和の妨げになっているかの法的根拠を見ると、文科省が告示する時点で全面的に門前払いであることが分かった。これは、官僚であれば、法的にはあり得ない告示であり、即時廃止でも不思議でないと思うほど酷いものだ。文科省が三流官庁と言われるのもやむを得ない。それは、@2015年6月8日国家戦略特区ワーキンググループでも議論されている。

その後、文科省と内閣府の折衝によって、A2015年6月30日閣議決定が作られた。ここで、例の「新設についての4条件」が書かれている。そして、ここで議論されたにもかかわらず、文科省が閣議決定の2016年3月の期限までに決断を下せなかったのは、上に書いたとおりだ。

その時点で前川氏は責任をとってもいいレベルの話なのだ。本当に文科行政に信念があり、官邸の意向でそれが曲げられていたというなら、2016年3月、閣議決定の期限が来たときに、「私は閣議の方針に反対だ」といって、辞任していたら筋が通っているのだが。もしかするとその時、前川・前事務次官は文科官僚への天下り斡旋で忙しかったのだろうか(笑)。

官邸が「文書」の再調査を認めた第二の理由は、倒閣運動をしている前川氏への再攻撃のためだろう。「出会い系喫茶に通っていた話」での攻撃は、正直言って評判が良くなかった。前川氏の行動も酷いと思うが、官邸からのリークの仕方があまりに露骨だと逆効果になってしまった。そこで、政策論から「再攻撃」を行おうという狙いがあるのだろう。

天下りと許認可は切っても切れない関係である。天下りは身内の役人という既得権にとっては甘く、それ以外の人にとっては雇用を奪われるものである。新規参入についての許認可も、既に参入している既得権者には有利で、新規参入者を不当に差別する。こうした意味で、天下り斡旋を行うことは、新規参入阻止と整合的である。

前川氏は天下り斡旋を当然のように行い、新規参入阻止、つまり既得権を擁護し新規参入者への不当差別を行いながら、獣医学部新設については「内閣府が文科省行政に横やりを入れてきた」という。まさに、「既得権擁護」をするだけの役人人生だった、と見ることもできるのだ。

前川氏の役人人生は、あまり褒められたものではないはずなのに、今は勇気ある告発者としてマスコミで扱われている。これを再び政策論に戻すことで、倒閣運動している前川氏への再攻撃を行うという意図もあるのだろう。

また空回りする民進党

第三の理由として、民進党が、7日、国家戦略特区を廃止する法案を参院に提出したことも、「文書」再調査を指示した背景にあるのだろう。

筆者は6月初めに、民進党が「廃止法案を出す方針だ」と聞いたときに、信じられなかった。これについて筆者はあるマスコミの取材に応じて、

「特区廃止法案を出すのが事実であれば、『民進党=規制改革に反対』というスタンスが明確になる。特区廃止は、規制緩和による新規参入を認めないということであり、つまり、『天下り容認』と表裏一体だ。旧民主党政権下では、天下りあっせん禁止の運用を骨抜きにしたこともある。論理的に考えると、もしも民進党が特区廃止を言い出したなら、次に天下りあっせん禁止を廃止する法案を出してもおかしくない」

という、軽口をいってしまったくらいだ。日経新聞も「ここまで的を外した法案は珍しい」と酷評していた。もちろん民進党内には、規制緩和の推進派も少なくない。彼らの党内での居場所もなくなってしまうが、それで本当にいいのだろうか。

民進党は、6月18日までの国会会期内のできるだけ早期に再調査結果を出せというだろう。国会は1週間程度の小幅延長のようである。

となると、再調査結果をいつ公表するかどうかは、政府のさじ加減次第である。再調査結果が出てくれば、野党は前川氏の証人喚問などを言うかもしれないが、国会会期後の閉会中審査で、という手もあるので、それだと野党の追及は困難になるだろう。

結局、無理筋であるはずの「総理の意向」という点にこだわり、思い込みで間違えてしまった民進党は、森友学園問題のときと同じように、何も影響を与えられないまま、またしても空回りして終わるだろう。



(私のコメント)

「株式日記」では加計学園問題も何度も書いてきましたが、法的な問題がないことは民進党も認めており、ただ総理の関与で友人に便宜が図られたことに拘ってきた。しあしこれは国家戦略特区構想で実現したものであり、監督官庁である文科省にとっては既得権益を犯されたものであり、さらに天下り問題で多くの処分者を出した。

だから文科省次官にとっては面子丸つぶれであり、前川氏はマスコミにリークして総理の恣意的判断で認可されたと朝日新聞にリークした。しかしこの問題は総理の意向以前に決められた問題で有り、高橋氏の記事では総理の意向で認可されたというのは時間的に整合性が取れない。

規制を緩和するというのは小泉構造改革からの課題であり、監督官庁である省庁では特区で規制の穴を開けられるのは面白くない。少なくとも認可するからには天下りを受け入れろということになる。その天下りで文科省では組織的な天下りを続けていたから前川次官は処分された。

しかし前川次官が処分されたのは、「出会い系バー」に入り浸っていたからであり、天下り問題が出たのはその後だ。二重の意味でけしからん文科省次官ですが、マスコミでは総理と戦う正義の味方のような扱いで記事にしている。文科省内の機密事項をリークしたのだから公務員機密保護法にも触れる問題であり、メモが本物だとしても総理の意向で法律が歪められて認可されたわけではない。法律を犯したのは前川次官の方だ。

高橋氏が指摘するのはその点であり、総理の意向なるメモは既に決定された以降の時期であり、専門家会議などと文科省との議論で規制緩和で認可が降りた後の時期であり、総理の意向で認可されたわけではない。しかし新聞やテレビを見てもピンと来ないし高橋氏の指摘を見れば時間的な経過から見ておかしい。

総理の意向だけで簡単にできることならまさに独裁国家ですが、民進党のご本家の中国や北朝鮮や韓国なら、国のトップの一声があれば何でも実現するが、日本は民主国家だから法令に定めた手続きがなければ実現しない。蓮舫氏が日本人か中国人かわからないような党首では、中国の意向でそう動いているのだろう。

高橋氏が書いているように、民進党は国家戦略特区を廃止する法案を参院に提出したそうですが、ということは規制緩和に反対するということなのだろう。これは文部科学省の以降であり、他の中央省庁の意向でもあるのだろう。規制があるからこそ役人の天下りもできるのであり、自由化されたら天下りを受け入れてくれるところがなくなる。

民主党政権時代に、民主党は役人の現役出向を認めたが、出戻りも認めたことで天下りがますますしやすくなった。民主党は政治主導と言って政権を取りましたが、官僚主導でなければ何もできなかった。だから民進党は官僚を味方につけて安倍降ろしを図っているのだろう。しかし今は官邸主導の政治であり、昔の政治とは違ってきている。

官邸と官僚との政策の主導権をめぐる問題であり、昔は官僚が政策を決めていた。政治家は官僚が書いたメモを読み上げるだけの役割であり、天下りもし放題であり給与も上げ放題で消費税も上げ放題だった。それが官邸主導の政治になると、官僚は天下りもできなくなり消費税も上がらなくなった。それが官僚たちには面白くないからマスコミに材料を流して揺さぶっているのだろう。




あなたもアマゾン、アップル、フェイスブック、マイクロソフト、そして
グーグルを自分の生活から取り除いたらどうなるか、想像してみてほしい


2017年6月11日 日曜日

「アマゾンの奴隷」になっていると気づいた日 テクノロジー企業なしではもう生きられない 6月7日 The New York Times

この前、新しいテレビを買った。アマゾンで。

買っただけじゃない。どれを買うか、どんなアクセサリーが必要か、どこにどうやって設置するか、設置作業を誰にやってもらうか、そしてその手配も、全部アマゾン・ドット・コムでやった。

考えてみると、ほかの多くの日用品もそうだ。調べてみると、2016年のわが家(夫婦と子ども2人)のショッピングの10%近くが、アマゾン経由だった。

アマゾンで手に入るのは、モノだけでない。音声アシスタント端末「アマゾンエコー」、一般のテレビで動画やゲームを楽しめる端末「ファイアTV」、電子書籍、映画、ドラマなどなど、わが家ではショッピングサイト以上の存在だ。6歳と4歳の子どもたちには、教育の手伝いもしてくれる。

ちょっと、アマゾンに入れ込みすぎじゃないの??そう言って笑う人もいるだろう。でも、きっとあなたにも、僕にとってのアマゾンのように、生活のあらゆる場面でそのサービスを利用しているテクノロジー企業があるのではないか。快適すぎて、もはや、ない生活は考えられないサービスが。

いちばんどうでもいいのはフェイスブック

僕らはみな、一握りのアメリカのテクノロジー企業の奴隷だ。もっと言うと、それはアマゾン、アップル、フェイスブック、マイクロソフト、そしてグーグル(アルファベット)の5社。この5社は、いまや世界経済の多くの部分を支配している。そしてその勢いは止まりそうにない。

インターネット時代の資本主義で、このことは最も顕著なのに、最も見逃されている事実だ。実際、この5社の企業価値は全部で数兆ドルになる。つい最近、アップルは上場企業として史上初めて、時価総額が8000億ドルに達した。ほかの4社もさほど大きく違わない。

世界経済というと壮大な話に聞こえるが、5社のパワーをもっと身近な形で考える方法がある。想像してほしい。あなたの国にはテクノロジー恐怖症の王様がいて、5社のサービスを1つずつ捨てろと命じたとする。あなたはどの順番に手放すだろう。

僕の場合、最初に手放すのはフェイスブックだ。もともと交流関係はツイッターか、iメッセージ(アップル)かスラックのメッセージング機能を使っているから、フェイスブック(とその傘下のインスタグラムとワッツアップ、メッセンジャー)がなくても大した不便はない。

次はマイクロソフトだ。ただ、現実に手放すのはやや難しい。僕は普段、ウィンドウズを使っていないけれど、ワープロソフトのWordだけは必需品だ。これを手放すのは、ちょっときつい。でも、本当にきついのはここから先だ。

3番目に手放すのは、アップルだ。これはものすごくつらい。iPhoneは僕が1日でいちばんよく使うデバイスで、その次はMacbookとiMac5K(たぶん人生で最高のコンピュータだ)が続く。アップルを手放すということは、僕の生活をディープに再編する必要がある。たとえばサムスンのソフトウエアを使うとか。でも、やれないことはない。

でも、残りの2つにサヨナラしたら、僕の生活は完全に今とは違うものになってしまう。

僕が4番目に手放すのは、グーグルだ。本当のところ、グーグルなしの人生なんて考えられない。世界最高の検索エンジンがなかったら、テクノロジージャーナリストとしての仕事はほぼ不可能だ。YouTube、メール、マップ、カレンダー、翻訳、ソフトウエア、写真アーカイブ、それにOSのアンドロイド(アップルを捨てたらこれしかないのに)がなかったら、僕の人生は20年くらい逆戻りしてしまう。

逃れられない「便利の罠(わな)」

最後はアマゾンだ。1990年代に登場してすぐ、大学生だった僕はアマゾンを使い始めた。以来、就職して、結婚して、子どもが生まれて、やること(と種類)がどんどん増えるに従い、アマゾンが僕の人生で果たす役割もどんどん大きくなった。

子どもたちが生まれた頃は、アマゾンはわが家のコストコとして、おむつなどのベビーグッズを届けてくれた。最近では毎回注文する必要さえない。トイレットペーパーやペーパータオルなどの消費財は、いちいち注文しなくても定期便でやってくる。

さらにアマゾンはメディア事業に参入し、僕は映画やドラマもアマゾンで見るようになった。さすがにこれ以上サービスが多様化することはないだろうと思ったとき、エコーが登場した。アレクサという人格を持つしゃべるコンピュータは、わが家に新たな笑いをもたらした。今度は画面も搭載するようになれば、ますます家族の一員のようになるだろう。

もちろん僕は、「便利の罠」にはまった極端な例かもしれない。たったひとつのオンラインストアに、生活のありとあらゆるサービスを頼るなんて、この世も終わり……と思う人もいるだろう。

でも、アマゾンでなくてもいい。あなたもアマゾン、アップル、フェイスブック、マイクロソフト、そしてグーグルを自分の生活から取り除いたらどうなるか、想像してみてほしい。これらのテクノロジー企業がいかに僕ら現代人の生活の細部まで入り込んでいるかわかるから。



(私のコメント)

最近はアマゾンで買い物をすることが多くなり、毎月合計で十数万円の買い物をすることが多くなった。何か買っていないと物足りなくてついアマゾンを見てしまう。注文をして配達も早くて翌日に届くこともある。買い物中毒という言葉がありますが、アマゾン中毒にかかっているらしい。今まで一般の店舗では見つからないようなものもアマゾンでなら見つかる。

その他にも楽天やヤフーショップなども使いますが、やはりアマゾンが一番使いやすい。ネット通販というと手続きがめんどくさいといった概念がありましたが、マウスをクリックするだけで買える。特に価格が一番安い価格で買えるから特した気分になれる。売る方も販売流通網を築かなくても済むので参入もしやすい。

これでは一般の店舗などは売上の減少につながりますが、実際に手にとってみないと買わないようなもの以外は店舗販売は客を奪われていくだろう。最近では10万円のノートパソコンもアマゾンで買った。店頭で買えば13万円くらいするものだ。あとは新型の防犯カメラセットも買いましたが、秋葉原でも防犯カメラはなかなか店頭に置いていない。

あとは、ヤフーオークションでも安い物が買えるのでよく利用しています。中古の家具などは本当に安く買えた。今までは家具屋を探し回って買っていましたが、なかなかいいものが見つからなくて困っていましたが、ヤフオクだと非常に多くのものが出品されている。

逆にネット販売に向かないのは、千円以下の商品であり、配達料の方が高くなってしまう。考えてみれば商品価格の多くの割合が輸送費であり、商品自体の価値はさほど大きくはない。だから配送料金が安いとネット通販の方が圧倒的に有利だ。これだけネット通販が普及してきたのは配送料金の安さが一つの原因だろう。

ヤマト運輸が今回配送料金を値上げするそうですが、今までが安すぎたのであり、仕事のキツさを考えれば配送料金はもっと高くていいと考える。うちの近所にもヤマト運輸や佐川急便の配送所があるが、駐車場を借り切って配送所にしている。トラックのコンテナが倉庫替わりになっていて、そこで最終の仕分けをしている。

宅配業務は仕事がきついから若い人がなかなかやりたがらない。トラック免許なども必要であり、実務経験がないと中型トラック免許が取れない。景気が少し回復すると宅配業者なの人手不足が問題になりますが、一般商店の売り上げは低迷したままだ。みんなネット通販に客が奪われてしまっている。

アマゾン以外でも世話になっているのはグーグルなどの検索行為であり、毎日ブログを書くにはグーグルで検索は欠かせない。昔なら図書館などに行って本を探さないとできなかったことが簡単にできるようになった。一番驚くのが検索スピードであり瞬間的に検索結果が出てくる。

アマゾンもグーグルも商品や情報のインフラであり、日本はこのようなインフラ産業に弱い。アマゾンは世界中に配送センターを建設しなければならないし、グーグルも世界中にサーバーセンターをそこいらじゅうに建設している。これらは簡単にできることではないし巨額な先行投資が必要になる。気がついたときは後発業者が割り込むことも難しくなっている。楽天は配送センターの建設を断念した。

日本人は、軍隊を見ても兵站を整備するといった感覚がなく現地調達主義だ。つまり行きあたりばったりで、巨大な流通網や情報網を作るといったことには向かないようだ。それらを作るには巨額な費用と長い年月が必要になる。日本の経営者ではこのようなことは無理だろう。通産省の官僚でもこのような構想が描けない。

バブルの頃は、全日本リゾート構想などといった計画などが描かれましたが、それらは今では跡形もない。そこいら中にリゾート構想の廃墟が残っていますが、日本人は行きあたりばったりでしか物事が進まない。昨日は築地市場移転問題を書きましたが、生鮮食品のインフラが将来どうなるかも日本人で分かっている人がいないのだ。

将来的にはアマゾンも、生鮮食品の宅配をはじめるだろう。注文すれば2時間以内に戦線な野菜や魚や肉が配達されてくるようになるだろう。そのためには膨大な流通を再構築しなければなりませんが、豊洲のような巨大市場は必要がない。コンビニの店舗を生鮮食品センターにするくらいの細かなインフラが必要になる。

豊洲の巨大新市場は、馬鹿な海軍軍人が戦艦大和を作ったようなものになるだろう。




豊洲移転案もデメリットがこれほど多いのだから、小池都知事に頑張って
もらって「動き出した公共工事を止める」という事例を作ってもらいたい。


2017年6月10日 土曜日

ぐっちーさん「豊洲移転など、ありえない!」 築地なら都の負担ゼロ、家賃も入るのが常識 6月9日 阿部崇

山口:ずいぶん不透明だし、まるで「収益は求めなくていい」と言っているような会計制度ですね。いかに公共事業といえども、いまや効率的な運営をして経営的に自立しないと許されない時代になってきています。50年前ならいざ知らず、なんとも時代遅れというか……。

僕は卸売市場の専門家じゃありませんが、一連の議論を聞いていると、どうも築地市場が持っている機能について、きちんと評価されていない気がしてならないんですよ。

というのも、築地はよくパリの市場なんかと比較されたりするけれど、僕に言わせれば、まったく違う。海外の市場は言ってみればただ品物を並べて売っているだけ。築地には仲買という「目利き」がいて、よりよい食材を集めている。さらにその確かな目を頼りに一流の食材を求めるおすし屋さんやら料理人が集まってくる。いわゆる「食材のプロたちの交流・情報交換」を行う機能がある。こんな市場は、世界中探してみても築地だけだと思う。

竹内豊洲に移転すると、一気に家賃が上がり、潰れる仲買が続出するといわれています。結局生き残れるのは、資金力があって豊洲の近くに大きな冷蔵庫を構えられるところだけだろうと。

「豊洲に移ったら仲買の半分は廃業に追い込まれる」

山口:僕も行きつけのおすし屋に聞いてみましたが、「豊洲に移ったら仲買の半分は廃業に追い込まれる」と言っていましたね。そうなると日本のすばらしい食文化が危機に瀕しますよ。

竹内:都内のすし屋やレストランの人たちが市場に行けなくなり、スーパーで食材を仕入れざるをえなくなるかもしれませんね。

山口:おっしゃるとおりです。たとえば「高級スーパーの紀ノ國屋で魚を買ってきてすしを握る」、みたいなことになっちゃう。豊洲への移転が招く仲買の廃業による経済的損失と食文化が被るダメージは計り知れませんよ。

竹内豊洲に移転しても毎年140億円前後の赤字が垂れ流されることになるし、築地が持っていた仲買の機能の大半が失われる。だったら築地を改修して使い続けたほうがいいだろうという案を、私たちPTは提案しています。

山口:PTの提案にまったく同感ですね。今までの公共事業は、動き出したら絶対に止まらなかった。途中でどんなに「ひどい計画だ」と思っても、最後まで行っちゃう。そして完成してから、「どうしよう」となる。この豊洲移転案もデメリットがこれほど明らかになっているんだったら、小池都知事に頑張ってもらって「動き出した公共工事を止める」という事例を作ってもらいたい。

山口もう一つ思うことは、築地はあんなにすばらしい場所に立地しているんだから、改修案も民間と組み合わせようと思ったら、絶対に資金を出す民間企業が出てきますよ。

都の役人たちからなる「市場のあり方戦略本部」が出している資料を読むと、「豊洲を整備したのに、さらに築地を改修したらまた莫大な資金がかかる」と主張しています。しかし、PTも提案しているように、築地に造る新市場に商業施設を抱き合わせるような計画にすれば、都側が腰を抜かすほど、資金を出す民間がわんさと出てくるはずです。だって銀座のすぐ隣ですよ!??使えない施設を造ってしまった豊洲にはおカネを出す民間は出てこないと思うけど、築地は場所も場所、しかも今から造るということだから、事情がまるで違います。

竹内:私たちも築地の改修はPPP(官民パートナーシップ)を利用して行えば、都の負担も少なくて済むと言っているんですけど、都側からはなかなか賛同の意見は出てきません。市場のあり方戦略本部は、「豊洲移転をやめたら大変なことになる」(編集部注:借金の繰り上げ返済や補助金の返済などで2019年度にも資金繰りが行き詰まるなど)ということだけを強調しています。

築地なら全て民間資金で開発、豊洲の費用も15年で回収

山口:彼らが作成した資料を見ると、築地の改修案に対しては「現状のまま、巨額の資金を提供できる相手を見いだすことは厳しい」なんて書いている。だけど僕に言わせれば、厳しくもなんともない。

たとえば、シンガポール政府なんかが、すぐに飛びついてくると思いますよ。僕はかつて投資銀行でGIC(シンガポール政府投資公社)の、日本での窓口を担当していたのですが、そのときはちょうど東京の汐留の再開発が始まる頃でした。

僕自身は「こんな辺鄙(へんぴ)な土地は手を出さないほうがいいだろう」と思っていたのに、シンガポール政府関係者に話したら「絶対に欲しい」と言う。実際、シンガポール政府は汐留に多額のおカネを投じて、広大なエリアを権利を押さえて開発に乗り出しました。今では、あの界隈で莫大な家賃収入を得ています。築地だったら汐留以上の価値があるから、民間だって外資だって放っておくはずがないですよ。

竹内:「築地を改修するとさらにおカネがかかる。どうするのか」とさんざん言われていますけど、山口さんの話を聞いたら、気持ちが楽になってきました(笑)。

山口:もっと言えば、PTのプランだって、都の予算を800億円以上もつぎ込んで改修しようというアイデアですよね??でも、築地市場のリニューアルだったら、都のおカネなんて一銭もいらないですよ。全部民間資金でできます。

竹内:そういう発想はありますね。全部、民間資金でできますか?

山口もちろんです。東京都は築地市場の土地を売らずに、民間におカネを出させて市場改修をしつつ、商業施設建築をさせる。その後は都には地代まで入ってくることになるんだから、彼らにしてみれば何も問題はない。オイシイだけの話なんです。

竹内:そうか。土地も売らなくてもいいわけですね。

山口:豊洲の整備にかかった約6000億円は、築地のリニューアルによる民間からの収益があれば、15年ほどで回収できます。

竹内:そんなに早く回収できるんですか。

山口築地の立地にはそれくらいの価値があります。金融マンの立場から見れば、都側が出している資料を見るかぎり、彼らは築地の価値をまったく算出していないし、その価値をわかっていない。ただの土地じゃない。築地にはそれ以外の付加価値がたくさんあります。銀座の隣ですから、うまく活用すれば兆の単位のカネを生める価値があるわけです。そこを理解しないで、「単なる市場の移転問題」ととらえてしまうと、莫大な価値を持つ都民の大切な資産を、みすみす失うことになってしまいかねませんよ。



(私のコメント)

小池東京都知事の支持率が落ちてきていますが、どうしてなかなか決断できないのだろうか。豊洲はどう見ても豪華絢爛過ぎてコストがかかりすぎる施設を作ってしまった。ゼネコンのいいなりに作ったからでしょうが、ハコモノにかかる費用の大きさになぜ気がつかないのだろうか。

まるで巨大なコンピューターセンターのような、建物全体が冷蔵庫のような作りになっており、電気代だけでも相当かかりそうな建物だ。この巨大なコンクリートの建物は東京都のムダの象徴であり、豊洲移転を強行すれば無駄の象徴として語られるようになるだろう。一旦築地を手放してしまえば二度と戻っては来なくなる。

確かに築地は銀座の隣に有り立地条件は最高であり、都心の残されたまとまった土地はなかなか見つけにくくなりました。だから石原元都知事も築地の再開発で目をつけたのでしょうが、築地市場を改修する案は何度も検討されたが潰された。都議会の議員さんたちは都議会のドンには逆らえない。反対するのは共産党くらいだ。

そこに小池都知事が登場して、都議会のドンは退場したが、豊洲移転問題は小池都知事もなかなか決着がつけられず、ズルズルと先送りにされている。判断基準がはっきりしないからですが、市場としてのランニングコストを考えれば豊洲移転は失敗に終わるだろう。

しかし豊洲には既に6000億円も使われており、豪華絢爛な建物が残されている。中央卸売市場がこれたかどんどん拡大していく状況ならわかるが、現実にはどんどん縮小してきている。食品の流通ルートが多様化してきて、中央卸売市場は将来的にはいらなくなるかもしれない。

現在ある豊洲の巨大な建物は、物流センターとして改修すればそのまま使えるようになるだろう。東京の郊外には巨大な物流センターがいくつも作られていますが、都心近くにできれば配送にも便利になる。東京都が民間の宅配業者に貸し出せば借りては見つかるだろう。

築地なら銀座駅から歩いていけるし、豊洲となると、さらに「ゆりかもめ」に乗って行かなければならない。これでは寿司屋の旦那も寿司ネタを買い出しに行けなくなる。築地の移転問題は都議会と東京都の機能麻痺の象徴のようなものであり、7兆円という巨大予算に群がる欲望の塊と化した。

山口氏が言うように、「動き出した公共工事を止める」ということはなかなか難しい。利害関係者が網の目のように絡まっているからですが、小池都知事の登場によって流れが変わるかと思われましたが、小池都知事も決められない都知事になってしまったのだろうか。

7月2日から都議会議員選挙が始まりますが、豊洲問題が争点になるだろう。小池都知事は築地改修の判断をして選挙に打って出るべきだ。それで勝てば築地を改修を進めればいいし、負ければ豊洲に移転を決めたのは都民の判断だということで問題は収まる。多分豊洲移転中止を決断すれば「都民ファースト」が勝つだろう。




天下りポスト貰えるなら医学部の一つくらいポンと作ってあげるけど、四国に
獣医学部作れっていう上からの圧力は絶対に認められない。(文科省)


2017年6月9日 金曜日

加計学園問題って何がどう問題なの?と思った時に読む話 6月8日 城繁幸

一連の天下り問題で辞任に追い込まれていた前川・前文科省事務次官が「加計学園の獣医学部新設に際し、官邸からの圧力があった」と暴露したことが波紋を呼んでいます。民進党など野党四党は氏の国会喚問を求める構えですが、与党は応じない姿勢を維持しており、籠池問題に続いてまたまた政策論議がおざなりになりそうな雲行きです。

加計学園問題の本質とはいったい何なのでしょうか。そもそも、前川氏はなぜ今になってこの問題をリークしはじめたんでしょうか。個人のキャリアを考える上でも、非常に興味深いケースだと言えるので簡単にまとめておきましょう。

筆者が前川前次官はまったく信用できないと考える理由

実は、加計学園の陰でもう一つ、とってもわかりやすい国家戦略特別区案件が認可されています。今年4月に千葉で開校した国際医療福祉大医学部です。2015年11月に公募開始で17年春にスピード開校、公募なのに手を挙げたのが一校だけ、高級官僚が学長や理事にゴロゴロ天下っているという大変分かりやすい案件です(ちなみに文科省からは2名)。

【参考リンク】天下り官僚が暗躍か 私立医大“特区”認可にデキレース疑惑

余談ですけど、朝日新聞はなぜこっちの案件は報道しないんでしょうかね。人様の命を預かる医学部案件が利権とバーターで認可されている方がよっぽど大問題だと思えるんですが。やっぱり「安倍叩き」につながらないと朝日的にはニュースバリュー無しってことなんでしょうか。それとも、ひょっとして国際医療福祉大の医療ジャーナリズム教授に再就職なさっている大先輩(元朝日新聞論説委員)に“忖度”なさったんでしょうか。

まあそれはさておき。上記の事実からは、前川氏の人物像は以下のようなものだと推察されます。

「天下りポスト貰えるなら医学部の一つくらいポンと作ってあげるけど、(獣医学部が無くて困った自治体が誘致しようとしている)四国に獣医学部作れっていう上からの圧力は絶対に認められない。正義のために断固戦う!」

書いといてなんですけど、まったくリアリティがないんですよ。ポストという「目に見える利権」と引き換えに認可を使い、さんざん行政を歪めておきながら「官邸からの圧力で行政がゆがめられた」って、この人の言うあるべき行政って何なんでしょうか。天下りポストと獣医師会の既得権だけは守る正義のヒーロー?そんなの正義のヒーローでもなんでもないです。ウルトラマンがリベートもらって特定の組織に便宜図ってたら子供泣くでしょう。

ついでに言うと、例の「出会い系バーにおける貧困の実態調査云々」も筆者は全く信用していませんね。だって、博士号取得してもポストがなく、非常勤講師やらなにやらで食いつないでいる年収300万くらいのポスドクなんてそこら中の大学にいるわけですよ。そういう困ってる人たちを踏み台にして霞が関からパラシュートで学長や教授ポストに高級官僚が降りてくる仕組みを運用してきた人間が「夜の街で貧困女子の実地調査をしていた」なんて言ったって信用できるわけないでしょう。

もっといえば、彼らポスドクを増やしたのは文科省の“ポスドク一万人計画”じゃないんですかね?あのおかげで大学院が拡充されて文科省的には予算も天下り先もずいぶん潤ったはずですが、そういうことへの反省の弁みたいなものはまったく氏からは出てこないわけです。どうも安倍嫌いの人たちは想像力を100倍くらいたくましくしてリアリティの無いヒーロー像を一生懸命前川氏にイメージされているようですが、どう考えても無理があります。いい年なんだから冷静に現実を受け止めましょう。

逆に筆者の頭には、以下のような人物像がリアルに浮かんできます。

「天下りは必要不可欠。なのになんで自分だけ天下りの責任取らされて辞任させられるのか。他の省庁だってみんなやってることなのに。え〜い、こうなったら俺をクビにした連中も道連れにしてやる!」

もともと民主党鳩山政権下で最初に(加計学園を想定した)獣医学部新設に関する自治体からの特区申請が「実現に向け検討」とされていたことを考えるなら、(たとえあったとしても)官邸上層部からの圧力なるものは「民主党から引き継いだ例の仕事、なんでサボってるの?早くやらないとダメでしょ」レベルの話でしょう。サラリーマンなら日常的に上から降ってくるレベルのやり取りです。というより、内閣が決めた方針を7年間も放置していた文科省の姿勢こそ問われるべきではないでしょうか。

それを天下り問題発覚で詰め腹切らされたことを逆恨みした前次官が複数のメディアに特ダネとして売り込み、他メディアが二の足を踏む中、安倍批判につなげられると判断した朝日新聞が「志ある正義の官僚」路線に仕立てて記事にした、というのが実情のように筆者には思えますね。(後略)



(私のコメント)

朝日新聞は反安倍政権の急先鋒であり、反安倍政権になる材料なら新聞一面トップに持ってきて大報道します。もはや朝日はプロパガンダ紙であり、野党や中国や韓国の意向を忖度した機関紙だ。反安倍政権のためなら誤報だろうと何だろうと集中的に報道する。

一昔前ならそれでも通用しましたが、今のようなネット化社会では逆効果をもたらしている。これだけ新聞やテレビで連日加計学園問題を大報道しているのに、国民はついてきていない。むしろ安部総理とは関係ないジャーナルストが強姦したという記者会見した美女の方が、反安倍のイメージ操作に効果が上がっている。

確かに強姦されたという美女は、テレビ局の女子アナよりかも美女であり、単なる素人ではないなと思わせるものがある。山口敬之氏は元TBSのワシントン支局長であり、その山口氏に伊藤詩織という28歳の絶世の美女が接近した。就職相談ということで食事をして場所を変えて酒を飲んだ。

テレビ局の幹部社員ともなれば、あちこちから若い美女の「就職相談」が来ると思うのですが、女子アナや女性記者としての売り込みがあるのだろう。山口氏にとってはよくある事であり、伊藤詩織さんもその中のひとりであったのだろう。しかし、体を張った「就職相談」は山口氏がTBSを退社したために上手く行かなかった。

テレビ局はコネによる入社が多くて、著名人や有力者の子息がたくさんいる。若い女性にとっては女子アナは憧れの職業であり、テレビ局のエリート社員と親密になれば有利だと考えたのだろう。山口氏は妻子がありながら、このような美女をつまみ食いしていた。だから今回のような大火傷をする。

このへんはよくある男女関係のもつれの話であり、伊藤詩織さんの記者会見がマスコミの大注目を浴びたのは、山口氏が安倍総理と親しかったということでマスコミが大々的に取り上げた。要するに安部総理が警察に圧力をかけてもみ消したという疑いですが、安倍総理のイメージダウンになることなら何でも反日マスコミは大々的に取り上げる。

加計学園問題も、安倍総理の友達だということで不正があったという疑いですが、籠池学園問題も、総理夫人の昭恵夫人と籠池氏が親しかったことから便宜が図られたという疑いだ。しかし調べれば調べるほどおかしな事はなく不正があったという証拠は見つからない。

加計学園問題は、城氏が書いているように、文部科学省の天下り問題が公になって文科省の高級官僚の首が飛んだことから、前川前次官が逆恨みして複数のマスコミにリークしたのだろう。しかし朝日新聞は加計学園以外の同じような認可問題には一切触れようとはしないのは、安部総理と関係がないからなのでしょう。

スピードが早すぎるというのが問題だということらしいのですが、千葉で開校した国際医療福祉大医学部も異例のスピードで認可された。こちらには官僚OBや朝日のOBが天下っており、加計学園にも文科省のOBが天下っている。要するに「総理の圧力」よりも官僚の天下りなどの腐敗の方の問題だ。文科省は組織的に天下りを斡旋していた。

最近になってFランク大学が大量に作られて、そこに大量の理事や大学教授として官僚が天下っている。安倍総理がそこに目をつけて文科省の組織的天下りを処分した。極めて当然のことですが、処分された前川前次官が朝日新聞などにリークして朝日がそれを記事にした。

最初に取り上げた伊藤詩織さんの問題にしても、TBSに女性記者として採用されれば和姦であり、採用されなければ強姦として記者会見して、山口氏の社会的な地位が失墜するという話であり、安部総理とは関係ない話なのに、安部総理をヨイショしていた本を書いていたから問題にされた。

要するに最近の朝日新聞や週刊文春は、安部総理と少しでも関係のある人物が事件を起こしたり便宜を図られた疑いがあれば大々的に記事にする。もちろん賄賂ももらったり、違法なことをすれば問題ですが、そのようなことはなく単なるイメージ報道なのだ。安倍総理が警察に圧力をかけて伊藤詩織さんが強姦された疑惑事件をもみ消すことまで印象操作されている。




こんな3項の承認規定は、自ら動けない日本の防衛の固定化であり、今まで
と同じ何もできない自衛隊を永遠化するという、空恐ろしい断念宣言である。


2017年6月8日 木曜日

北朝鮮の脅威が増す中、9条2項に手をつけない安倍晋三首相の改憲論は矛盾だ 6月1日 西尾幹二

 北朝鮮情勢は緊迫の度合いを高めている。にらみ合いの歯車が一寸でも狂えば周辺諸国に大惨事を招きかねない。悲劇を避けるには外交的解決しかないと、近頃、米国は次第に消極的になっている。日本の安全保障よりも、自国に届かないミサイルの開発を凍結させれば北と妥協する可能性が、日々濃くなっているといえまいか。

 今も昔も日本政府は米国頼み以外の知恵を出したことはない。政府にも分からない問題は考えないことにしてしまうのが、わが国民の常である。が、政府は思考停止でよいのか。軍事的恐怖の実相を明らかにし、万一に備えた有効な具体策や日本独自の政治的対策を示す義務があるのではないか。

≪≪≪防衛を固定化する断念宣言だ≫≫≫

 そんな中、声高らかに宣言されたのが安倍晋三首相の憲法9条改正発言である。しかしこれは極東の今の現実からほど遠い不思議な内容なのだ。周知のとおり、憲法第9条1項と2項を維持した上で自衛隊の根拠規定を追加するという案が首相から出された。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」が2項の内容である。

 この2項があるために、自衛隊は手足を縛られ、武器使用もままならず、海外で襲われた日本人が見殺しにされてきたのではないだろうか。2項さえ削除されれば1項はそのままで憲法改正は半ば目的を達成したという人は多く、私もかねてそう言ってきた。

 安倍首相は肝心のこの2項に手を触れないという。その上で自衛隊を3項で再定義し、憲法違反の軍隊といわれないようにするという。これは矛盾ではないだろうか。陸海空の「戦力」と「交戦権」も認めずして無力化した自衛隊を再承認するというのだが、こんな3項の承認規定は、自ら動けない日本の防衛の固定化であり、今までと同じ何もできない自衛隊を永遠化するという、空恐ろしい断念宣言である。

 首相は何か目に見えないものに怯(おび)え、遠慮し、憲法改正を話題にするたびに繰り返される腰の引けた姿勢が今回も表れたのである。

≪≪≪政治的配慮の度が過ぎないか≫≫≫

 「高等教育の無償化」が打ち出されたのも、維新の会への阿(おもね)りであるといわれるとおり、政治的配慮の度が過ぎている。分数ができない大学生がいるといわれる。高等教育の無償化はこの手の大学の経営者を喜ばせるだけである。

 教育には「平等」もたしかに大切な理念だが、他方に「競争」の理念が守られていなければバランスがとれない。国際的にみて日本は学問に十分な投資をしていない国だ。とはいえ大学生の一律な授業料免除は憲法に記されるべき目標では決してない。苦しい生活費の中から親が工面して授業料を出してくれる、そういう親の背中を見て子は育つものではないか。何でも「平等」で「自由」であるべきだとする軽薄な政治的風潮からは、真の「高等教育」など育ちようがないのである。

もう一つの改憲項目に「大災害発生時などの緊急時に、国会議員の任期延長や内閣の権限強化を認める」がある。趣旨は大賛成だが、真っ先に自然災害が例に掲げられ、外国による侵略を緊急事態の第一に掲げていない甘さ、腰の引け方が私には気に入らない。

 明日にも起こるかもしれないのは国土の一部への侵略である。憲法に記載されるべきはこの事態への「反攻」の用意である。

 ちなみにドイツの「非常事態法」は外国からの侵略と自然災害の2つに限って合同委員会を作り、一定期間統率権を付与するということを謳(うた)っている。ヒトラーを生んだ国がいち早く“委任独裁”ともいうべき考え方を決定している。

≪≪≪2項削除こそが真の現実的対応≫≫≫

 今の国会の混乱は政府が憲法改正の声を自ら上げながら、急迫する北朝鮮情勢を国民に知らせ、一定の覚悟や具体的用意を説くことさえもしようとしないため、何か後ろめたさがあるとみられて、野党やメディアに襲いかかられているのである。中途半端な姿勢で追従すれば、かえって勢いづくのがリベラル左派の常である。
 
 現実主義を標榜(ひょうぼう)する保守論壇の一人は『週刊新潮』(5月25日号)の連載コラムで「現実」という言葉を何度も用いて、こう述べている。衆参両院で3分の2を形成できなければ、口先でただ立派なことを言っているだけに終わる。最重要事項の2項の削除を封印してでも、世論の反発を回避して幅広く改憲勢力を結集しようとしている首相の判断は「現実的」で、評価されるべきだ−と。
 だが果たしてそうだろうか。明日にも「侵攻」の起こりかねない極東情勢こそが「現実」である。声を出して与野党や一部メディアを正し、2項削除を実行することが、安倍政権にとって真の「現実的」対応ではあるまいか。憲法はそもそも現実にあまりにも即していないから改正されるのである。

 日本の保守は、これでは自らが国家の切迫した危機を見過ごす「不作為加憲」にはまっているということにならないか。(評論家・西尾幹二 にしおかんじ)

施線部分は、私の書いた原文では、
 「櫻井よしこ氏は五月二十五日付『週刊新潮』で、『現実』という言葉を何度も用い、こう述べている」と書かれていました。櫻井氏の名前は出さないで欲しい、という新聞社の要望に従い前記のように改めました。要望は、同じ正論執筆メンバー同志の仲間割れのようなイメージは望ましくないからだ、という理由によるものでした。周知の通り私は批判する相手の名を隠さない方針なので、少し不本意でした。名を伏せるとかえって陰険なイメージをかき立てるのではないかと憂慮するからです。



(私のコメント)

憲法改正は自民党の党是であるのですが、50年以上も店晒しであり、与党勢力が衆参ともに3分の2以上の勢力なのに、憲法改正の動きはなかなか見えてこない。安倍総理が私案として3項を加えて自衛隊を憲法に明記しようという案が出ましたが、ますます分かりづらい憲法になってしまう。

何はともあれ憲法改正を目指すのなら、2項を廃止するくらいの明確さが必要だ。憲法改正の実績を作りたいだけなのなら、9条以外に改正すべき条項はいくらでもある。89条の私学助成の禁止は時代にそぐわなくなっているし、政府は実際に憲法違反をしている。

天皇陛下を元首にするといった改正も必要だし、憲法改正手続きなども3分の2から過半数などに変えるべきでしょう。国民投票などもあまり意味がない。しかし左翼にとっては憲法は神聖にして犯すべからざるものであり、半狂乱になって反対する。9条でもなくても9条改正につながるといった因縁をつけたりする。

安倍総理の私案は3項を追加することですが、これで反対勢力との妥協を図ろうというのでしょうが、これではプラスマイナスゼロであり、自衛隊そのものが動きの取れないものである状況は変わらない。憲法そのものも矛盾した条項が並ぶようになり訳の分からないものになる。

明らかに憲法改正が必要な条項があるにもかかわらず、それすらしないというのは怠慢であり憲法そのものが空文化している証拠でしょう。もともと現行憲法は連合軍の占領期間中に作られた憲法であり無効だという解釈もありますが、この方がすっきりするだろう。

総理大臣は、側近たちで固められてしまいがちになりますが、長期政権化すると外部の状況がわからなくなってくることがあるだろう。安倍氏も総理就任前は不遇の時代であり総理に返り咲きも予想されておらず、維新の会に鞍替えするといった噂すら流れた。そのような時は外部の情報も入ってきたが、総理ともなると側近たちにガチガチに固められてしまう。

3項の加憲案も総理の発案ではなく側近たちのものらしいのですが、これでは保守派の分裂は免れず、私自身は2項廃止論であり中途半端な改憲はますます混乱をもたらすもとになるだろう。ならば現状のままで憲法無効論や解釈改憲で押し切ったほうがすっきりするかもしれない。

とりあえずは、9条は弄らずに改憲規定を改正することを最初にしたほうがいいのでしょうが、9条改正以上にこんなんだろう。もともと現行憲法は日本人が作ったものではなく、占領期間中に押し付けられたものだ。だからもともと現行憲法は無効であり自主憲法そのものを初めから作ったほうがいい。

さらに靖国神社を国の慰霊施設として認定して憲法に明記すべきだ。これなども信教の自由などの条項に触れるといった意見もありますが、国の慰霊施設であり宗教施設ではないと明記すれば問題はない。もともと神道は教祖も経典もない古代宗教であり、キリスト教やイスラム教と一緒にされているのは無茶苦茶だ。

もともと現行憲法と安保条約はセットになっており、在日米軍がいなくならない限りは憲法改正も安保条約も無くならない。露骨に言えば日本は未だにアメリカ軍に占領された状態であり、日本の政治家は誰もアメリカに軍隊を引き揚げろとは言えない。在日米軍がなくなれば即日憲法改正がなされて自衛隊は国軍となるだろう。




農園をオープンするのは1年のうちたった60日あまり、それ以外の
シーズンはほぼ週休5日という悠々自適な暮らしを実現しているのです。


2017年6月7日 水曜日

最強の農起業!  畔柳茂樹(著)

脱サラ農業起業で年収2千万、週休5日は実現可能か? 6月7日 畔柳茂樹

農業に転職したら年収が2ケタ下がる?

大手企業の管理職の座を捨てて未経験の農業に挑戦する――そう宣言したときには皆に「正気か!?」と言われたものです。「年収が2ケタ下がるぞ」とも。

しかし、実際に脱サラし「ブルーベリーファームおかざき」という観光農園を立ち上げてから10年経った今、私の年収は下がるどころか2千万円にまでアップしています。それだけでなく、昼も夜も働きづめだった管理職時代からはとても考えられないことに、農園をオープンするのは1年のうちたった60日あまり、それ以外のシーズンはほぼ週休5日という悠々自適な暮らしを実現しているのです。

連載の初っ端からタイトルの答えが出てしまいましたが、つまり、脱サラ農業起業で年収2千万、週休5日の生活は実現可能です。しかも、私にだけ特別な才覚があったわけではなく、やり方さえ知れば誰にでもできる可能性があるのです。

うつ病寸前だった大企業の会社員時代

まるで夢物語のようだと思われるでしょうか。

実のところ、20年勤めたデンソーという大手企業の管理職で年収1千万円というポジションを手放し、イチから農業をはじめるという決断に至るまではかなり悩みました。気持ちが揺れ動き、葛藤して苦しみぬきましたし、周りからずいぶんと止められもしました。

大手企業の管理職というと恵まれた環境だったと思うかもしれません。しかし、現実には自分のプライベートな時間はほとんどない、余裕のない生活でした。

毎朝、殺伐とした満員電車に揺られ、社内を見渡してもあこがれるような理想の上司はまったく見当たらず、中間管理職ゆえ上司と部下の顔色ばかりうかがって、先に進むほど狭くなる道を歩いているような感覚。

自分を責めて苦悩する日々が続き、このままでは自分が壊れてしまう、うつ病が他人事ではない、そんなところまで追い込まれていたのです。

とうとう未経験の農業へと飛び込んだ

そんな中、とうとう「組織に縛られずに生きたい」との想いが抑えられなくなり、清水の舞台から飛び降りる気持ちで会社を辞め、夢だった農業に携わる生活を選ぶことを決意しました。

そうして、一度しかない人生、どうせやるなら大好きなことを仕事・ライフワークにすると覚悟した瞬間、狭くて暗かった視界がいきなり180度開けたのです。それまで抱えていた不安がウソのようにすべて期待に変わりました。

新たな仕事に選んだのが、なぜ農業だったのか。もともと私は、子どものころから動物や昆虫、植物を育てることが大好きで、その成長を見守ることにこの上もない喜びを感じました。だから農業のキャリアもなく、まったくの異業種参入ではありましたが、農業で起業することになんの迷いもなかったのです。

とはいえ、この時点では、脱サラ起業の目的は、“お金”ではなく、明らかに“自由”を手に入れることでした。

農業はまったくの未経験ですから、当然、はじめからトントン拍子にコトが運んだわけではありません。農業大学に通って勉強しつつ、実際に全国の農家に足を運んで直接学びながら、自分の進むべき道を模索していきました。

直接お客様の顔が見られる仕事がしたかった

具体的にどんな農業をするかは具体的にはまったく決まっていませんでしたが、「こんなことをやりたい」という方向性は3つありました。

1つ目は「お客様と交流できる」こと。

デンソーは典型的な「BtoB」の企業だったので、残念なことに20年間のサラリーマン生活でお客様から感謝の言葉をいただいたことがありませんでした。だから、脱サラしてなにもしがらみのない中で起業するなら、直接お客様の顔が見えて交流ができる仕事にすると決めていました。

2つ目は「人と地球にやさしい」こと。長女が子どものころから少しアレルギー体質であったこともあり、どうせ新しく始めるなら、ナチュラルでシンプルな地球環境に負荷のかからない農業にしようと思ったのです。

3つ目は、「目新しく、斬新」であること。従来型の農業では、先細りであることは間違いなく、この先立ち行かなくなる。そう考えると、時代の流れを先取りした先進的な農業にしようと思ました。それに、せっかくサラリーマンを辞めて農業をやるからには、自分が道を切り拓いていけるような新しいものにしたいという想いがありました。

ブルーベリーとの衝撃的な出会い

この3つの方向性を踏まえ、いろいろと模索する中で出会ったのがブルーベリーです。それは衝撃的な出会いでした。

ブルーベリーといえば、小粒で酸っぱく、生食よりもジャムのように砂糖を加えて加工して食べるものというイメージではないでしょうか。私もそうでした。

しかし、ある農園で育てていたブルーベリーは非常に大粒で甘く、生食がもっとも美味しかったのです。そんなブルーベリーの姿を知った私は感動し、直感的に「これだ!」と感じました。

また、ブルーベリーは害虫に強く、農薬をほとんど使わなくても栽培が可能であること、強い抗酸化作用があり健康と美容の効果が期待される果物であること、世界需要、国内需要が年々安定して増えており将来性があること――これ以外にも実にたくさんのメリットがありました。

知れば知るほど、ブルーベリーとは未知の魅力がいっぱい詰まった21世紀の奇跡のスーパーフルーツだと感じ、その魅力に取りつかれていったのです。

スモール&コンパクトな農園経営を実現する3つの柱

しかし、ただ従来のようなブルーベリー観光農園を営むだけでは、先述のとおりの1年のうちの営業日60日あまりで売り上げ2千万円に至ることは到底できません。

「ブルーベリーファームおかざき」は、正社員は私だけで、1年のうちわずか60日ほどの営業期間中のみパートさんが10名ほど手伝ってくれるという小さな会社です。そんな私が、どうしておよそ従来の農業のイメージとはほど遠い優雅な農園暮らしを実現できたのでしょうか。

その秘密は、極めて生産性が高い農業を実現したこと。それを可能にしたのは、スモール&コンパクトな事業で生産性向上を追求していった末にたどり着いた「無人栽培」 「観光農園システム」「IT集客」の3本柱でした。



(私のコメント)

サラリーマンというのは、時間を切り売りする商売であり、自分の自由になる時間がほとんどない商売です。勤務時間のみならず、朝早く起きて会社に出勤して家に帰るのは夜になり、食事して風呂に入ったら寝る時間です。土日は自由ですが人生の7分の5を会社のために使っているようなものです。

私自身もサラリーマン生活を20年以上も続けましたが、自分の時間が取れないことで悩みました。銀行は給料は比較的いいが精神的にきつくてストレスが体を壊して辞めました。会社の体質も陰湿で裏では足を引っ張り合っている面が有り、意地悪な先輩や後輩の対応に悩むこともありました。

サラリーマンは傍目から見れば気楽な商売とみられるのでしょうが、完全な組織社会であり上司は威張り散らして部下はなかなか言うことを聞いてくれません。女子職員同士でも陰湿ないじめなどが有り、部外者にはなかなか分からない面があります。同僚は「あいつは馬鹿だ間抜けだ」と言いふらす人もいる。さらに客からのクレーム対応も神経をすり減らします。

会社を辞めた時は、心身ともにぼろぼろであり、アパートを建てて家賃だけで生活した。だから私は無職になって失業手当をもらったことがない。しかしアパートの大家業は逆に暇すぎて365日が日曜日で、ビルを建てるチャンスがあってビル経営に乗り出した。

「株式日記」でも独立起業を呼びかけてきましたが、好きなら農業なども目の付け所が良ければ年収2000万円も夢ではありません。以前にも僅かな農地で多くの収入を得ている農家を紹介しましたが、畔柳氏も脱サラして観光農園を経営して年収が2000万円だそうです。

日本の農業というとコメ農家などで将来がないかのような話がありますが、同じ農家でも野菜や果樹農家などは立派に独立採算で成り立っています。大都市の近くでなくても高速道路がこれだけできれば、北海道からでも産直ものが東京で買えます。だから他で作っていないようなものを作れば日本全国にネット販売も出来るでしょう。

畔柳氏はブルーベリーに目をつけて観光農園化して売り上げを伸ばしています。IT集客とはネット販売などを言うのでしょうが、口コミで評判は広がっていく。ブルーベリーは病害虫にも強く無人栽培が可能だそうです。野菜や果樹類は日持ちがしないから海外から輸入もしづらい。だからTPPなども関係がない。

それに比べるとコメ農家は海外との競争にさらされて補助金で生活している。減反政策でコメを作らずに補助金をもらっている。だからコメなど作らずに畔柳氏のように他では作っていないものを作れば商売になるのではないかと思う。日本の農業政策はあってないようなものであり、オランダのように小さな国でも農産物輸出国であり、加工農産物で付加価値をつけている。

現在の日本農業は高齢化が進んで、農家の息子や娘たちは農家を継がない人が多い。だから新規参入のチャンスが多く、農作物を作らない休耕田が多くなってきている。ここに脱サラして野菜や果樹栽培農家としてなら、畔柳氏のようなブルーベリーなども日本全国に売れるでしょう。日本の農家は頑迷な人が多くコメしか作らない人が多い。

少子高齢化であれもダメこれもダメといった話ばかりが溢れていますが、人は生きている以上は農産物を食べなければ生きていけない。小麦や大豆なども差別化すれば外国産にないものが作れて売れるはずだ。アメリカ産の小麦や大豆は遺伝子操作されたものを売っている。




EUのメルケルが今、強烈な反トランプ作戦を打ち出したこと。作戦の最終
目的は、中国と結んで英米に対抗する新たな覇権を構築することだ。


2017年6月6日 火曜日

EUが中国と組んで打ち出す、強力な「反トランプ作戦」の中身 6月2日 川口マーン恵美

ドイツの完全なる方向転換

さて、ちょうどその頃、前日はベルリンでオバマ氏とともに上機嫌だったメルケル首相は、シチリアのタオルミーナにいた。トランプ氏との対決と言われていたG7サミットの会場である。

サミットは2日にわたって行われたが、ドイツの報道はいつものことながら、トランプ大統領の悪口ばかり。結局、終了後、サミットは大失敗と評価が決まり、失敗の原因はすべてトランプ氏に押し付けられた。サミット後のメルケル首相のコメントも、「非常に不満の残る話し合いだった」と容赦ない。

問題としてあげられたのが、ドイツの輸出超過や温暖化防止対策における意見の不一致。とはいえ、アメリカが他国と強調しないのは、何も今に始まったことではない。

1980年代、アメリカに日本車が溢れたときは、アメリカは凄まじいジャパンバッシングに熱中したし、1997年の温暖化防止に関する京都議定書は批准せず、挙げ句の果て、離脱。それどころか、2009年のコペンハーゲンの気候変動防止の条約案には、オバマ大統領は署名さえしなかった。

ちなみに、現在、問題になっているパリ協定も、目標は立派だが、中身はかなり空疎。アメリカが署名しようが、しまいが、それほど効果に影響はないだろう。ドイツだって、目標の数値はどのみち守れそうにない。しかし、メルケル氏はもちろん、そんなことはおくびにも出さない。

ドイツに戻ってすぐ、彼女は、「他国をすっかり信用できた時代は、ある部分では終わった。(略)ヨーロッパ人の運命は、ヨーロッパ人として、我々自身の手で勝ち取っていかなければならない」というセリフを、いつになく苦々しい表情で、吐き捨てるように言った。今までなるべく目立たないように振舞ってきたドイツの完全なる方向転換か?

もう一つ、ドイツのG7報道で気になったのは、安倍首相の話題が一切なかったこと。日本のニュースは、初日の昼食会で安倍氏がリードスピーカーだったとか、G7の結束を訴えたなどと報じたが、ドイツで見ている限り、安倍首相の姿は集合写真で認められただけ。やはり同じ境遇だったのがイギリスのメイ首相で、こちらも存在感ゼロ。

ドイツメディアは、イギリスや日本がもう重要ではないと言いたいのか、あるいは、安倍首相もメイ首相も、トランプ陣営とみなされて故意に無視されているのか、そこらへんのところはわからない。

今回のサミットの前、安倍首相は、トランプ大統領とEUの橋渡し役を自認していたが、ヨーロッパの首脳たちはわざとトランプ大統領との不仲を演出した。橋渡し役など、最初から誰も必要としていなかったのだろう。羽田に降り立った安倍首相、および昭恵夫人の表情がいつになく硬かったのが気になった。

中国、ロシア、インドを巻き込んで

いずれにしても明らかになったのは、EUが今、強烈な反トランプ作戦を打ち出したこと。作戦の最終目的はおそらく、中国と結んで英米に対抗する新たな覇権を構築することだ。先頭に立っているのは、もちろんドイツ。

EUはその覇権下にロシアとインドも引き入れるつもりなのか、30日、マクロン仏大統領はプーチン大統領をベルサイユ宮殿に招いて「率直な意見交換」をし、メルケル首相はモディ首相をベルリンに招き、これから毎年、インドに10億ユーロの援助をすることを決めた。両方ともわざとらしいほどの友好ムード。さらに翌31日は、李克強総理がベルリンを訪れた。

どの首脳も海千山千。トランプ大統領にかけられた網が、どんどん縮まっていく。

G7サミットの険悪な雰囲気や列強のヘゲモニー争いとは無関係に、29日、ヴィッテンブルクでは素晴らしい夏日の下、教会デー最後の野外礼拝で、満面の笑みを湛え、高揚した人々が世界平和を祈っていた。ドイツの二つの異なった風景。

それにしてもメルケル氏は、EUをどこへ引っ張っていこうとしているのだろう?



(私のコメント)

戦略的に見て一番大雑把な分け方としては、大陸国家と海洋国家の利害対立だ。大陸国家としてはロシア・中国・EUなどのユーラシア大陸国家であり、海洋国家としてはアメリカ・カナダ・イギリス・日本などの島国国家がそれにあたる。アメリカ・カナダは北米大陸国家だが、太平洋と大西洋に囲まれた島国と見ればいい。

大陸国家と海洋国家では、考え方も異なるし文化も経済構造も異なってくる。イギリスはヨーロッパに属しているが、大陸とは隔てられており大西洋に浮かぶ島国国家だ。日本もアジアに属していいるが太平洋に浮かぶ島国国家であり、軍備などもアメリカ・日本・イギリスは海軍国家であり、ロシア・中国・EUは陸軍国家である。

経済においても海洋国家では海運が輸送の主力であり、大陸国家では鉄道やトラックが輸送手段になる。海運を守るためには大海軍力が必要になるし、鉄道やトラック輸送を守るには大陸軍が必要だ。だから経済構造も軍事構造も異なってくる。それに伴って考え方にも違いが出てくる。

古代から近世にかけては陸運が主力であり、海運は木造船しかなく風まかせで輸送能力が限られていた。アメリカという大海洋国家の台頭は船舶の飛躍的な進歩によるものであり、鋼鉄製の船体にタービンエンジンを搭載して、巨大タンカーや巨大コンテナ船もできて、飛躍的な輸送力増大が可能になったからだろう。

大陸国家では、大陸に豊富な資源が埋蔵されているから領土の拡大は不可欠であり、食料も広大な農地を確保することが必要になる。それにたいして海洋国家は必要な物資を海上輸送すればよく、世界で一番安い物を買い付けて輸入すればいいと考える。日本などは鉱物資源も食料資源もないが、世界から輸入して成り立っている。

戦前の日本の間違いは、海洋国家でありながら自前で鉱物資源や食料を確保しようとしたことであり、それに伴って大陸に進出して大陸軍を作ってしまったことだ。そのために国防予算を陸軍に取られて、アメリカとの海軍同士の戦争で敗れてしまった。海洋国家の海軍が敗れてしまえば物資が入らず万事休すだ。

ソ連が滅亡したのも、大陸国家でありながら大海軍を作ろうとしたためであり、経済的に破綻してソ連は自滅した。G7も最初から日米英加の海洋国と独仏伊欧の大陸国で構成されており、これに影の主役としてロシアや中国がある。ドイツのメルケル首相の考えていることは、ユーラシア大陸国家が主導権をとることであり、アメリカは弾かれることになる。

トランプ大統領は、アメリカが覇権国家の座を降りてアメリカの利益を優先することですが、国際協調体制からの離脱を目指している。パリ協定からの離脱もその一環ですが、そのことがアメリカの影響力の低下に直結することになる。アメリカの影響力の低下はアメリカの利益にプラスになるのだろうか?

中国が世界第二位の経済力を生かして、アメリカの覇権国家の座を虎視眈々と狙っている。AIIBや一帯一路構想も、中国が主導権を持って推進していますが、いわばユーラシア大陸同盟であり、アメリカと日本は加わってはいない。それにたいして積極的なのがドイツであり、ユーラシア大陸諸国からアメリカの影響力を排除しようとするものだ。

このようなメルケルの構想に相乗りしてアメリカの影響力を排除しようと中国がドイツに接近している。トランプは何も知らないからTPPからいち早く離脱しましたが、TPPこそ海洋国家同盟の主軸になるはずだった。まさにトランプ大統領はメルケルから見れば飛んで火に入る夏の虫なのだ。

アメリカがこのような状態だからこそ、日本の安倍総理が海洋国家を主導してまとめあげる機会なのですが、安倍総理はアメリカとEUとの仲介役として行動してしまった。むしろメルケルの構想をぶち壊すくらいの策を練るべきであり、中国とEUとの分断を図らなければならない。でなければ中国に主導権が行ってしまうだろう。

トランプも外交戦略の誤りに早く気がついて欲しいものですが、メルケルの構想にはまるだけだ。アメリカはユーラシア大陸に築いた橋頭堡を次々と失いつつある。大英帝国の没落もシンガポールや香港などのリムランドの橋頭堡を失ったことが原因であり、アメリカはEUを失い、中東を失い、ASEANを失い、韓国も失うだろう。

トランプ大統領はまさに暗愚の帝王であり、アメリカの没落を早めるものになるだろう。その片鱗は今回のサミットでも見られましたが、レーガン大統領とは真逆の大統領になりアメリカを滅ぼす大統領になりかねない。トランプ大統領にはこれといった外交スタッフがおらず、娘婿が大統領首席補佐官になっている。




韓国と北朝鮮が統一するような事態になったら、日本にとっては悪夢以外
の何物でもない。韓国が北朝鮮という怖いヤクザを雇ったような話になる


2017年6月5日 月曜日

徐々に現実味を帯びる、韓国・北朝鮮「半島連合」誕生という悪夢 6月2日 長谷川幸洋

南北朝鮮連合という悪夢

今週は朝鮮半島情勢について、日本が「見たくない真実」を書こう。いま北朝鮮の金正恩・最高指導者は追い詰められているどころか、実は高笑いしているのではないか。自分を取り巻く環境がガラッと変わってしまったからだ。

最初に断っておくが、私は金正恩の肩を持つ気はさらさらない。だが、見たくない事実は見ないという態度では、そこらの左翼と同じになってしまう。だから、客観的に事態を眺め、検証しておきたい。

まずは韓国だ。親北容共路線の文在寅(ムン・ジェイン)政権が誕生した。日本で言えば官房長官に当たる大統領秘書室長に任命されたのは、任鍾ル(イム・ジョンソク)氏である。任氏は文大統領に勝るとも劣らない親北派として知られている。

任氏はかつて親北・学生運動組織の議長を務め、北朝鮮がソウル五輪に対抗して開いた世界青年学生祝典(左翼版ユニバーシアード)に女子学生を送り込んだ。日本で言えば、全学連が学生代表を送ったようなものだ。当然、北朝鮮は宣伝活動に利用した。

この事件は韓国で騒ぎになり、任氏は指名手配された。結局、逮捕収監されたが、その後、親北の金大中政権が誕生すると、選挙に出馬して国会議員に当選する。日本にも似たような政治家がいそうだが、こちらのほうが筋金入りだろう。

そんな任氏を政権の要に登用したのは文政権の親北容共路線は妥協の余地がない、正真正銘の左派路線であることを示している。

その兆しは早くも表れた。文政権は5月30日、超高高度防衛ミサイル(THAAD)の追加配備問題を徹底調査する方針をあきらかにした。

これはどういう事件かというと、朴槿恵・前政権で配備が決まったTHAADの発射台を韓国はまず2基、受け入れた。

THAAD配備自体が親北政権の成立を見越して米韓が急いで進めた話だったが、韓国は続けて4基の発射台を国防省が大統領に報告しないまま追加搬入していた、という問題である。真相は不明だが、政権側は「搬入の決定や経緯を徹底調査する」と言っている。

文大統領はもともとTHAADについて否定的だった。選挙戦では軌道修正を匂わせる発言もあったが、政権の座に就いて本心を隠さなくなったのか。韓国がTHAADを配備しなければ、喜ぶのは北朝鮮と中国だ。これが1点。

THAAD問題のもっと重要な意味は、大統領が国防省に対する監視を強化し始めた点である。つまり「オレは軍が勝手に動くのを許さない。全部オレに報告しないとひどいことになるぞ」と脅しているのだ。これがどんな意味を持つか、後でもう一度触れる。

文政権は最終的に何を目指しているのか。

朝鮮問題に詳しい西岡力・麗澤大学客員教授は私が司会を務めるテレビ番組『ニュース女子』(TOKYO MXなど)で「政権は親日・保守派を一掃したうえで北朝鮮との連邦制、国家連合を目指すだろう」との見方を披露した。

韓国と北朝鮮が統一するような事態になったら、日本にとっては悪夢以外の何物でもない。韓国が北朝鮮という怖いヤクザを雇ったような話になる。相手は完成した核兵器とミサイルで日本を脅すかもしれない。(中略)

結局、日本にいい話は何もない

政権が揺らいでいるからこそ、戦争に打って出るのでは、という見方はどうか。それは、ますますできない。先制攻撃するなら韓国や日本に事前通告する必要がある。ところが親北の文政権に事前通告すれば、北朝鮮に漏れるに決まっている。

秘密攻撃もできない。いくら秘密でも韓国軍には漏れるだろう。そこで先のTHAAD事件が生きてくる。大統領は「国防省が米軍の秘密行動を察知したら、直ちにオレに報告しろよ」と言っているのだ。つまり国防省と軍に対する締め付けがTHAAD事件の真の狙いである。

完全に単独行動しようとしても、ソウルにいる米軍家族を撤退させないまま動けるはずがない。つまりトランプ政権は手詰まりに陥っている。日本にとって、一連の事態はもちろんバッドニュースである。

米国には「金正恩なき後の北朝鮮は中国に委ねる。その代わり米軍は韓国から撤退する」という米中グランド・バーゲン(大取引)説も流れている。

それなら、金正恩の始末をつけるのに中国は手を貸すだろう。そうなればなったで、朝鮮半島で習近平主席がのさばるだけだ。日本にいい話は何もない。

日本にできることは何か。自前の情報収集力と抑止力を強化することだ。残念ながら、国会は森友問題が終わったと思ったら、今度は加計学園問題に夢中になっている。私には、これこそ「見たくない真実」である。



(私のコメント)

韓国・北朝鮮の悲劇は、自分の国の事を自分で決められない悲劇であり、朝鮮国内の内部対立に外部の勢力を引き込むことから内乱を自ら招いている。朝鮮が自立した国家になるには中国などの外部勢力手を組まないことが第一だが、韓国朝鮮人にはそれができない。

朝鮮半島は、トランプ大統領が自ら認めたように、朝鮮半島は中国の一部であり、中国王朝は日本との緩衝地帯として属国という体制下に置かれた。しかし韓国内では独立を保ち続けてきたといった教育を行っており、それがそもそもの外交戦略を間違う原因となっている。高麗や李氏朝鮮という国はあったが朝貢国家であり、独自の外交ができなかった国家だ。

現在の日本も同じであり、大東亜戦争で負けてアメリカ軍が70年以上にわたって日本を「占領」し続けている。アメリカ軍が日本から立ち去らない限りは日本は独立国家とは言えないわけであり、北朝鮮の金正恩に頑張ってもらって、トランプのアメリカ軍を韓国や日本からたたき出して欲しいものだ。

鳩山首相は、日本の戦後の首相としては初めてアメリカ軍に沖縄から出て行けと言いましたが、すぐに首相を辞めさせられた。韓国の文新大統領も同じようなことを言うのかわかりませんが、アメリカのトランプ大統領は文新大統領を辞めさせることができるだろうか。あるいは韓国軍にクーデターを起こさせることができるだろうか。

アメリカにしても中国にしても現状維持がベストなのでしょうが、金正恩を中国がコントロールできないか放置している。アメリカに対する挑発をやらせるだけやらせてアメリカを揺さぶるのが中国の戦略であり、アメリカ軍は対応に苦慮している。北朝鮮を攻めるのは簡単だが、韓国や日本にミサイルが飛んでくる。

私自身は、北朝鮮からミサイルが数発飛んできたほうが日本人の目を覚まさせるにはいいと思うのですが、大きな被害が出たら憲法9条改正に反対する左翼に責任を取ってもらいましょう。日本国憲法では軍隊の存在を認めていないので、外国から攻められないことが前提となった憲法だ。

日本にミサイルが落ちて被害が出れば、何のために在日米軍があるのかといった疑問が出てくるだろう。在日米軍は日本を守るために駐留しているのに、いざとなると役に立たないのでは、在日米軍は日本から出て行けといったことになるかもしれない。だから北朝鮮におおいに暴れてもらって在日米軍の動きを見守りたい。

北朝鮮の挑発とアメリカ軍の威嚇の睨み合いになっていますが、このまま放置すれば北朝鮮はICBMや核弾頭を完成させるかもしれない。そうなればアメリカ自身が脅威にさらされますが、アメリカはICBMの迎撃実験に成功した。北朝鮮の挑発がなければABM条約で中国やロシアがうるさくなるところだった。

このように考えれば、北朝鮮の挑発はアメリカや日本にとっては何かと都合がよくて
、MDシステム整備に金がかけられる。一番困った立場になるのが韓国であり、親北の政府ができてアメリカとの亀裂が鮮明になってきたことだ。話し合いや融和路線は北朝鮮にとっては都合がよくて、核やミサイルの開発がそのまま続けられることになる。

韓国は親米と反米にはっきりと分かれて政権も股裂け状態になってしまう。THAAD配備についても韓国にとっては痛い問題であり、あちらが立てばこちらが立たずで政権は迷走するだろう。韓国はアメリカや日本の支援があって初めて成り立つ国であり、独立した国家とはなりえない。

北朝鮮に吸収されて統一されるか、アメリカにすがりついて在韓米軍にいてもらうしか独立は保てない。在韓米軍がいなくなれば自動的に親北朝鮮政権ができて統一への道を歩むだろう。問題は韓国の国民が自覚していないことであり、このような状況で親北の文政権ができたことは理解に苦しむ。北に韓国が吸収されることになれば弾圧を恐れて多くの難民が出ることだろう。

その難民の脱出先は中国ではなく日本になれば、数百万人の韓国人難民が押し寄せるかもしれない。巨大な北朝鮮国ができて核やミサイルでアメリカを脅すことになるだろう。つまり韓国の崩壊は日本にとってもアメリカにとっても都合が悪い。つまりは現状維持にならざるを得ませんが、韓国国民は話し合いと融和を言うしかない。




今村均大将は、ラバウルでは陸軍7万人の兵を統率して、米軍の
攻撃をものともせずに、敗戦まで持ちこたえ、無事に帰国させた。


2017年6月4日 日曜日

世界が称賛する国際派日本人 伊勢雅臣(著)

今村均大将。マッカーサーをも感動させた「責任をとる」生き方。

・今村均将軍は、
インドネシアでは民族独立を支援してスカルノに信頼され、
敗戦後は戦犯として捕まった部下を救うために
自ら収容所行きを志願して、マッカーサーを感動させた。

・今村は、まさに徹頭徹尾、見事に自らの責任を果たした人である。
インドネシアでは、民族独立を目指すスカルノとの友情を貫いた。
ラバウルでは陸軍7万人の兵を統率して、
米軍の攻撃をものともせずに、
玉砕も飢えもさせずに敗戦まで持ちこたえ、
無事に帰国させた。


・その後も、戦犯として捕まった部下を救うために、
自ら最高責任者として収容所に乗り込み、
一人でも多くの部下をすくうべく奮闘した。
帰国後は、部下や遺族の生活のために奔走した。

・マッカーサーを諦めさせた堅固な要塞。
8か月のジャワでの軍政のあと、
1942年11月、今村は第八方面軍司令官としてラバウルに向かった。

今村は日本からの海上補給はいつまでも続かないと判断し、
現地で自活しつつ、持久戦を展開する方針を立てた。

国内から農事指導班、農具修理班を呼び、
陸稲や野菜の種子を持ち込み、
中国人、インド人、インドネシア人などの労務者4,000人を集めた。
今村自ら率先して開墾作業に従事し、
陸軍将兵7万人の完全な自給自足体制が出来上がった。

・昭和18年10月からは、
連日400機以上の大編隊の空襲にさらされる。
今村は空襲に耐えうる地下大要塞の建設に着手する。
昭和20年に入ってからも猛爆撃が続いたが、
地下要塞内は、ほとんど被害を受けなかった


・敗戦後のご奉公。
1945年8月16日、今村は電報で受け取った終戦の証書を、
部隊長ら約60名に読んで聞かせ、こう付け加えた。
「諸君よ、どうか部下の若人たちが、
失望、落胆しないように導いてくれ給え。
7万の将兵が汗とあぶらとでこのような地下要塞を建設し、
原始密林を拓いて7,000町歩の自活農園までつくった。
この経験、この自信を終始忘れずに祖国の復興、
各自の発展に活用するよう促してもらいたい」

・敗戦のどさくさで、耕地のことなど忘れていた将兵に
すかさず今村から新しい指令が出た。
「ラバウル将兵は今後も現地自活を続け、
将来日本が賠償すべき金額を幾分なりとも軽減することをはかる。
これは我々の外地における最後のご奉公である」
敗戦後に今さら自活もあるまい、
と思ったけれども、今村が一人黙々と畑に立つ様子を見ると、
誰も何も言うことはできなかった。

・祖国の復興に役立つ社会人とするために。

・日本政府の海外部隊引き揚げの案が、
ラジオのニュースで伝わってきた。
ラバウル部隊の引き揚げ完了は、
なんと3年半後の昭和24(1949)年春になるとのこと。

・この3年半を兵士らの教育に使おうと今村は考えた。
規律ある生活を維持するためには、目標が必要である。
また帰国後も生計を立てて、
祖国の復興に役立つ社会人となってもらうためには、
兵士たちの知識、教養面の低さが障害になると考えた。


・兵士の多くは小学校卒業であり、
さし当り中学程度の学識を与えることを目標とした。

軍の中の教職経験者を集めて、
英語や数学などの教師として、教科書も作成させた。
和歌や俳句、漢詩などの教養講座も設けた

さらに「かがみ」という謄写版刷り60ページもの雑誌を発行し、
将兵の創作した小説や和歌、俳句、
世界情勢解説や英語講座などを掲載した。


・当時、将兵たちはオーストラリア軍の捕虜となり、
無報酬で作業をさせられていた。
これは明確な国際法違反なののだが、
将兵たちは不満も忘れ、作業の合間に教科書や雑誌に読みふけった。

・マッカーサーは、次のように言ったといわれる。
「私は今村将軍が旧部下戦犯と共に
服役するためマヌス島行きを希望していると聞き、
日本に来て以来、初めて真の武士道に触れた思いだった。
私はすぐ許可するよう命じた」

・帰国後、今村は軍人恩給だけの質素な生活を続ける傍ら、
膨大な回想録を出版した。
その印税はすべて、
戦死者や戦犯刑死者の遺族のために使われたという。


(私のコメント)

大東亜戦争は、成り行き任せの行きあたりばったりで行われた。戦略というものが存在せず、出たとこ勝負であり、作戦目標としてどこまで攻めて、どこで守るかもはっきりしていなかった。だから補給作戦そのものがでたらめであり、船団護衛用の護衛艦すらなかった。

それがいきなりパールハーバー空襲では、極めて危険な作戦であり、アメリカの仕掛けた罠に引っかかったようなものだ。それに比べれば北朝鮮の金正恩は戦略がはっきりしているからアメリカの挑発には乗らない。日本はアメリカの仕掛けた挑発に乗り大敗北を喫してしまった。

日本軍は、補給が続かないことは最初からわかっているのに、ガダルカナルにまで進出してしまった。これは本土初空襲で日本軍はびっくりしてしまって、アメリカの爆撃機がどこから飛んできたのか分からず、ミッドウェイを占領することにした。そこでまたしてもアメリカの仕掛けた罠にはまってミッドウェイ海戦で大敗北を喫してしまった。

このように日本海軍は、二度もアメリカの仕掛けた罠にはまったのは単なる偶然なのだろうか。これは日本海軍部内にスパイがいたと見たほうがいいだろう。陸軍から海軍の暗号が解読されていると忠告されても海軍はそれを無視した。こう見れば海軍にスパイがいた可能性が濃厚だ。それもトップレベルにスパイがいた。

このような海軍に比べれば、陸軍はまだましであり、海軍のような大敗北はしていない。中国戦線では勝ち続けていたし、東南アジアではインパール作戦で失敗したが、総崩れになったわけではない。フィリピンでの敗北は海軍の誇大な戦果に騙されて、当初の守りの作戦が変更になって失敗した。

ラバウルでは最後まで持ちこたえたように、フィリピンもルソン島に守りを固めていれば補給が出来なくなっても、アメリカ軍に大打撃を与えられたはずだ。そのヒントになるのがラバウル要塞であり、自給自足体制と武器弾薬を地下要塞に貯め込んで、持久戦を仕掛ければ、ラバウルと同じようにマッカーサーはフィリピン攻略を諦めただろう。

陸軍参謀本部も、南方の島嶼部においては地下要塞化して、空襲や艦砲射撃などから逃れる作戦を最初から命じておくべきであったし、守りをおろそかにしたのが失敗の原因だ。ジャングル地帯では地下要塞化されてしまうと出入り口すら分からず攻撃のしようがなくなる。それはベトナム戦争でも地下要塞化されてアメリカ軍は敗退した。

絶対防衛圏であるマリアナ諸島や沖縄列島も地下要塞化すれば、攻略を諦めて講和したかもしれない。マリアナ諸島が落なければ本土空襲もできず原爆すらも落とせなかったはずだ。しかしバンザイ突撃を命ずるばかりでアメリカの思う壺にはまり、本土空襲を許してしまった。

フィリピンでは終戦まで戦闘が続き、アメリカ軍はジャングル戦が苦手であり、空爆は地下要塞には効果がない。日本軍が守りを固め始めたのは1944年の大戦末期であり時間がなかった。だから沖縄戦でも激しい空爆や艦砲射撃でほとんどやられてしまったが、地下要塞を早くから作っておけば戦況は変わっていただろう。

ラバウルでは早くから自給自足体制をとり、地下要塞化を進めたのは早くからアメリカの空爆に晒されていたからであり、今村大将は日本軍が優勢なうちから守りを徹底的に固めた。アメリカ軍は包囲して孤立化させて飢餓状態にしようとしましたが、自給自足体制を固めていたので効果がなかった。

日本軍はもともと攻めることにばかり重点がいってしまって守るという意識が薄かった。勝ち続ければ問題はないが負け始めるとどうにもならなくなってしまう。今村大将は早くから補給が絶たれることを想定していた。だから着任して兵士にさせたことは畑仕事と塹壕掘りであり、それには海軍も驚いたようだ。




THAADであれば、イージス・アショアに比して小型なので警護もしやすく、
すぐに移動できるので、安全な地域やトンネル等への避難も可能である。


2017年6月3日 土曜日

「イージス・アショア」は百害あって一利なし 「THAAD」導入こそ実行すべき 6月2日 部谷直亮

以前より弾道ミサイル防衛強化の手段として俎上に上がっていたのが、「THAAD」(終末高高度防衛ミサイル:Terminal High Altitude Area Defense missile)と「イージス・アショア」である。

?各種報道で「イージス・アショアは、THAADより迎撃範囲が広く、少ない配備数で済むほか、洋上で警戒任務を続けるイージス艦の負担を減らせる」(ニューズウィーク、5月13日)、「コスト面の利点」がある(日本経済新聞、5月22日)などと伝えられ、イージス・アショアを推す声は多い。

?だが、本当だろうか。以下では本当にイージス・アショアにTHAADを上回る効果があるのかを検証したい。

THAADとイージス・アショアの違い

?そもそもTHAADとイージス・アショアとはどのような違いがあるのだろうか。

?THAADは車載型で自由に動け、イージス艦から発射するSM-3ミサイルよりも低高度、パトリオットPAC-3ミサイル(地対空誘導弾)よりも高高度で迎撃を実施し、導入すれば3段構えの防衛が可能となる。ただし、日本全土をカバーするには3〜4基が必要となり、しかも1基1000億円以上となる。

イージス・アショアとは、イージス艦から弾道ミサイル防衛機能を抜き出して地上に配備したものである。基本的には固定配備となり、SM-3を発射してミッドコース(弾道ミサイルの放物線の頂点付近の速度が遅い時点)で迎撃する。日本全土をカバーするには2基必要で、1基700億円以上とされる。

?こうしてみると、確かにイージス・アショアの方が費用対効果が良いように見える。だが、それだけで決めてしまってよいのだろうか。以下ではイージス・アショアが抱える3つの問題を指摘したい。

戦略的縦深性のないイージス・アショア

?イージス・アショアの第1の問題は、システムが基本的にイージス艦と同じであるため、SM-3では迎撃困難な弾道の場合、もしくは迎撃に失敗した場合、いきなりPAC-3になってしまうということである。PAC-3は射程が短いので防衛できる範囲が極めて狭く、またPAC-3での迎撃時には弾道ミサイルが相当高速になっているために迎撃の可能性は低下する。

?一方、THAADであれば、イージス艦によるSM-3での迎撃失敗後に、もう1段階の防御網を設定できる。

?こうした点を加味すると、特に北朝鮮や中国が多種多様な弾道ミサイル戦力を強化していることに鑑みれば、本当にイージス・アショアで良いのか疑問が残る。むしろ、迎撃の縦深性を高めてくれるTHAADを導入するべきではないか。

(中略)

?かといって、6個高射群を抱える空自にも余裕はないし、陸自がわざわざイージス運用可能な人員を育成する余裕も意義もない。空や陸がやるのも筋違いであるから、負担を考えれば避けるべきだ。

?THAADであれば、元々が米陸軍の装備なので陸自が管理・運用することは可能であるし、陸自のミサイル戦力強化の嚆矢にもなる。負担がかかる点は同様だが、陸自にとってイージスシステム導入よりは楽であろうし、米陸軍との関係強化にもつながる。

ゲリラコマンドに脆弱なイージス・アショア

?イージス・アショアの第3の問題は、ゲリラコマンドからの脆弱性である。停泊中のイージス艦も同様だが、対物ライフルやドローンでSPYレーダー等に穴を開けられれば無効化されてしまう。長距離から迫撃砲で襲撃されれば抵抗しようがない。

?有事には特殊部隊が真っ先に襲撃してくるだろうし、イージス・アショアを炎上させれば、日本国民に与える心理的な効果も大きいだろう。相手が中国であれば巡航ミサイル攻撃も同時に行ってくるだろうが、弾道ミサイル防衛中のイージス・アショアはイージス艦と同じく防空能力が相当低下するので、これを迎撃するアセットも必要だ。

?もちろん、陸自等が十重二十重に守ることは可能だが、政経中枢施設、陸海空自衛隊の重要拠点(弾薬庫、港湾)、在日米軍、重要インフラ(原発等の発電所等)の防衛すらままならず、警察との連携も進んでいない状態で、十分な戦力を回せるかはかなり怪しいし、負担が増える。イージス・アショアを守って、原発が特殊部隊に襲撃されれば何の意味もない。

?イージス・アショアをどこに配備するかも問題だ。イージス・アショアははっきり言ってかなり巨大であり、それなりの用地が必要だ。しかも、イージス艦と同様のシステムのため、強力な電磁波による健康被害(筆者は気にしないが)などを主張する住民反対運動が起きる可能性も考えられる。

?他方、THAADであれば、こうした問題は低減できる。イージス・アショアに比して小型なので警護もしやすく、すぐに移動できるので、安全な地域やトンネル等への避難も可能である。移動式なので、巡航ミサイルも狙いにくい。

やはりTHAAD導入を図るべき

?このように見てみると、3段階での防衛を可能とするTHAADと、これまでどおりの2段構えしかできず、海自の人的負担をそれほど減らすものでもないイージス・アショアのどちらを導入するべきかは明白だろう。

?THAADの価格が問題ならば、1基で関東のみ、2基で関東・関西のみを防衛するという形にしてもよい。

?どちらにせよ、国民の多額の血税を投入し現場に負担をかける以上、それが日米同盟強化という論証の難しい美名だとしても、これ以上のミサイル防衛強化が乏しい防衛費の中で、そもそも実施すべきかどうかの再検討を行うべきだろう。

?そもそも費用対効果を言うならば、弾道ミサイル防衛偏重の予算投入こそ見直されるべきである



(私のコメント)

日本の防衛問題ですが、日本は島国であるので直面する脅威はミサイル攻撃であり、航空機からの攻撃だろう。まず第一波でミサイルが飛んできて主要な防空施設を破壊する。第二波で航空機による攻撃で主要軍事施設を破壊する。だから第一波のミサイル攻撃をいかに撃退するかの問題になりますが、アメリカのMDシステムしか対抗手段がない。

ミサイルでミサイルを打ち落とす方法ですが、かなり高価なシステムになることは間違いがない。5月13日もイージス・アショアについて書きましたが、一基700億円くらいする。THAADシステムは一基1000億円だそうですが、いかに金持ちの日本でも躊躇するような金額だ。

しかし北朝鮮が連日派手にミサイルを打ち上げているので、日本としてはなんとかしなければなりませんが、一番手っ取り早い方法としては日本の核武装して中距離ミサイルや巡航ミサイルを持つことであり、報復能力を持てば一番安上がりだ。しかし日本は核武装も中距離ミサイルも開発は禁止されてる。

専守防衛手段しか取れないのならば、アメリカからMDシステムを買うしかない。だからアメリカが北朝鮮をなかなか攻撃しないのは、日本にMDを売り込むためではないかと書きましたが、アメリカから買うものでは軍需兵器しかないわけであり、アメリカにしても高価なMDを買えるのは日本ぐらいしかない。

北朝鮮に対して有効ならば中国やロシアに対しても有効であり、MDは日本の防衛手段の主軸になる。しかし一度に大量のミサイルが飛んできたら対抗手段がない。アメリカ自身もICBMの迎撃実験で成功しましたが、軍需産業にとってはミサイル防衛システムは宝の山であり、だから北朝鮮を泳がせている。

日本政府も北朝鮮が日本を攻撃すると宣言している以上は、防衛予算を増やしたりアメリカから高価な武器を買い込んでも、国民からの批判も少ないでしょう。北朝鮮のおかげで海上自衛隊も空母もどきの大型護衛艦を作ったり、イージス艦を大増強できた。しかし肝心の自衛隊員の確保がままならず、定員を割ったままだ。

日本は島国なので陸上戦力はさほど必要ではなく、航空自衛隊や海上自衛隊が主力であり、それらは多くの人員は必要ではない。しかしゲリラ攻撃や国内大規模テロには陸上自衛隊が必要になる。しかしMDでは蚊帳の外ではなく、THAADシステムを陸上自衛隊が担うことになるだろう。

軍事兵器は使わないに越したことはなく、軍備の主な目的は相手を威嚇して攻撃的野心を封じることであり、高価であってもその目的が達成できるものならば安い買い物になるだろう。できれば日本も攻撃用兵器を持つことが一番の防衛手段なのですが、色々な事情があって難しい。

MDには、イージスやTHAAD以外にもレールガンやレーザービーム兵器などがありますが、実用化はまだまだ先だ。先日には日本版GPS衛星が打ち上げられましたが、地域限定のGPSでは軍事転用も可能であり、数センチ単位で目標を定めることができるそうです。ミサイル防衛でもこれらのGPS制御が有効になるだろう。




表券主義である国定信用貨幣は、国が租税を徴収する対象として
貨幣を定めることにより、国の信用が貨幣の裏づけとなるという考え方です。


2017年6月2日 金曜日

貨幣についての誤解がデフレを長期化させた、国の借金を減らすことは間違っている 6月1日 

以前、プライマリーバランスについて書きましたが、今回は財政均衡の無意味さを示す理論について紹介したいと思います。

現代貨幣理論とは

L・ランダル・レイにより、現代貨幣理論という理論が導かれています。

これは新古典派経済学とは別のケインズ主義を基にしたポスト・ケインズ派の理論で、新古典派経済学のように貨幣のことを物々交換の対象として考えるのではなく、貨幣とは表券であるという考え方を基に作られています。

つまり、貨幣とは債務債権を現したものでしかないという考え方で考えられた理論です。

金属主義と表券主義

前にも示しましたが、新古典派経済学は金本位制のような、貨幣に対する金の裏づけがある場合の考え方です。つまり貨幣自体に価値があり、商品であるという考え方です。これを金属主義といいます。

それに対して、表券主義である国定信用貨幣は、国が租税を徴収する対象として貨幣を定めることにより、国の信用が貨幣の裏づけとなるという考え方です。貨幣は、商品ではなく、貨幣自体には価値はないという考えです。

国定信用貨幣とは、租税の徴収だけでなく、財やサービスの取引や貯蓄の手段にも用いられるようになるという貨幣観です。

現代貨幣理論で考える通貨発行の過程

国定信用貨幣を基に考えた場合、貨幣とは、国が財政支出をした際に発生する。つまりは、貨幣の発生は、国が民間に仕事を依頼し、貨幣による支払いをしたときに発生するという考え方をします。

そのため、通貨として流通している貨幣を全て納税という形で徴収してしまうと、流通している貨幣がなくなるため、民間での取引が滞ることになるわけです。

つまりは、政府は、民間の通貨の流通を滞らせないためには、政府が徴税以上の財政支出をする必要がある、つまりは、赤字財政があるべき姿だという結論になるわけです。

現代貨幣理論で考える国の収支

マクロ経済的に見ると、国の収支は、国内民間部門、国内政府部門、海外部門から、成り立っています。

マクロ経済では「国内民間部門の収支+国内政府部門の収支+海外部門の収支(資本収支)=0」が成り立ちます。

これでいうと、国内政府部門の黒字は、国内民間部門の赤字もしくは資本収支の赤字をまねくということです。

国が、国内政府部門の収支を黒字化する、つまりは財政均衡を目指すために、緊縮財政を実施すると、国内民間部門は赤字になるということがわかるわけです。

現代貨幣理論を理解しない政権

今の日本のように、資本収支は常に黒字の国では、国内政府部門の支出を減らせば、国内民間部門の収支が減ります。

安倍首相は、国内政府部門の収支を改善したと言って、自分の成果だと主張するわけですが、とんでもないことで、国内民間部門の収支を悪化させたことに他ならないのです。

つまりは自分が何をしたのか理解していないわけです。

消費税の増税、緊縮財政は、民間の収支に打撃を与えたということが言えるわけです。

不況時に財政均衡は不要

確かに、貨幣の流通を促進するために、日銀が国債を銀行から買い取り、「国債の貨幣化」により、貨幣の民間での流通量を増やす政策をしました。

しかし、国内政府部門の収支の赤字幅を縮小をしたため、その分、民間にしわ寄せが来たわけです。

財政均衡が如何に愚かな政策であり、デフレから脱することを目標に掲げた初期の安倍政権の目標と、逆行していることがわかるかと思います。

不況時に消費税の増税、緊縮財政はやってはいけないことなのです。

政府は税収をコントロールできない

政府は税率を変えることはできますが、税収まではコントロールできません。

つまり政府は、収支をコントロールできないのです。

今の日本のように税率を変えることで消費が減れば、所得も減るため、税収は減る場合があるのです。

財政均衡を目標にすることは、ほぼ不可能であると言えます。

政府は、完全雇用と物価の安定を達成することを目標にするべきだということです。

現状、完全雇用が実現しようとしています。物価はデフレという問題が解決しないままです。

政府は物価についてだけコントロールすればいいことになります。

今の状態ならば、消費税減税と、緊縮財政をやめて民主党政権前の状態に戻すだけで、問題は解決するものと思います。

貨幣観の是正が必要

新古典派経済学では、到底理解できないことであると思いますが、貨幣観の誤りは考古学では実証されています。

まずは財務省に新古典派経済学を捨てさせ、表券主義の考え方を根付かせなければいけません。

ぜひ、正しい貨幣観を取り入れて、デフレ脱却するために、努力をして欲しいものです。



(私のコメント)

「株式日記」では、東大法学部を出た財務省の官僚がいかに馬鹿であるかを何度も書いてきましたが、利口者なら論理立てて説明すれば分かってくれますが、馬鹿だと何をどう言っても分かってはくれません。論理そのものが理解できないからであり、説明してもどうにもなりません。

政治家やマスコミの経済記者などは彼らのいいなりであり、貨幣理論が分かっているのはごく少数だ。経済学では貨幣の価値の基本を物々交換で説明しますがそれは根本的に間違っている。貨幣とは国家の信用そのものであり、物々交換理論ではモンゴル帝国の紙幣の流通を説明できない。

現代でも同じであり、国家として経済力で今一番信用がある国は日本であり、アメリカである。日本の円とアメリカのドルが一番信用ある貨幣として流通しているし、日本が貨幣を発行し続けなければ世界中が金詰まりになりかねない。しかし馬鹿な財務省は財政再建を最優先して政府支出を絞り続けている。

通貨が国家の信用によるものであるから、信用ある国の債権の利率は低くなり、信用のない国の債権の利率は高くなる。日本はマイナス金利にまでなっていますが、それは財務省の官僚がバカだからだ。世界中から円の需要が高まって日本国債を欲しがっているのに発行が少なすぎるからマイナス金利にまでなってしまう。

マスコミのバカ記者は、国債が未達だと大騒ぎしますが、株式市場でも株が年中売買成立しているわけではない。政府も国債が売れないと焦って売っているわけではなく、買い手が多すぎてマイナス金利にしないとバランスが取れない。日本国債を5%とか10%の高金利をつけないと売れないという話ではない。

国定信用貨幣とは、国が財政支出をして国が民間に支払う時に発生するという貨幣であり、流通している貨幣を税金という形で回収してしまうと金詰まりになってしまう。だから政府の支出よりも多くの税収をかけてしまうと貨幣がなくなってしまう。だから国は常に財政赤字を出す続けなければ民間は金詰まりになってしまう。

だからマスコミが垂れ流している政府の借金が1000兆円という話は、マスコミの記者がいかに馬鹿であるかの証明であり、政府の借金が少なすぎるからデフレ経済を招いているのだ。だから財務省は消費税増税で財政再建と連呼していますが、赤字財政で貨幣を出し続けないと金詰まりが続くことになる。

国定信用貨幣理論で債権の利率が上がるということは、日本経済の信用が無くなった時であり、円が暴落するようなときに利率が上昇して行くことになる。だから黒田日銀総裁がインフレターゲットで2%を目標にしましたが、その目標はまだ達成していない。黒田バズーカがまだ足りないからだ。

不況時に財政均衡政策を取るのはデフレに拍車をかけることになり、財政赤字政策を続けなければならない。税収を上げるには経済の拡大しかないわけであり、GDPが500兆円から1000兆円になれば税収は2倍になる。ところが財務省のバカ官僚は税率を2倍にすれば税収が2倍に増えると思っている。




金融やビジネスの面では、米国は世界を支配してきました。ただ、
人の面では逆に「乗っ取られ」そうになっているのが現状なんです。


2017年6月1日 木曜日

グローバル化の流れは終わりを迎える 水野和夫・法政大教授に聞く 6月1日 朝松和海

タイトルにある「閉じてゆく」とはどういう意味でしょうか。

水野世界の国々は産業革命や技術革新を経て、「より遠く」「より速く」というグローバリズムの動きを進めてきました。こうした動きに逆行し、ある一定規模の同盟という形に回帰したり、自国第一主義の方向に進んだりする動きを「閉じる」と呼んでいます。世界の流れは今、この「閉じる」方向に向かっています。

 グローバル化が進むと、例えばある特定の企業のパワーが大きくなり過ぎるなどの弊害が起こります。ペーパーカンパニーを作って税金を逃れるようなケースも出ています。欧州などでは増えすぎた移民に対し、国民の不満が募っています。これもグローバル化による弊害と言えるでしょう。

「閉じる」方向へ進んでいるのは世界全体でしょうか。

水野:昨年は英国がEUを離脱し、米国では自国第一主義を抱えるトランプ氏が大統領に選ばれました。どちらもグローバリズムの流れに逆行した、国を「閉じる」動きです。

米国が北朝鮮問題など外交面で積極性を強めています。これはグローバルな動きとも言えないでしょうか。

水野:確かに米国は外交面で積極性を強めている部分もありますが、外交政策については継続性があり、いきなりやめられるものではありません。ただ、司法と争っている入国禁止令などはひるまずにやっています。外交面では難しくても、内政面でできるところでは自国第一主義を進めている状況です。

 日本などから見ればおかしい政策という気もしますが、米国ではヒスパニック系の人口が増え、遠からず多数派になると見られています。入国禁止令に賛成する白人層などは、そうした現状に危機感をおぼえているのだと思います。グローバル化を進めた結果、金融やビジネスの面では、米国は世界を支配してきました。ただ、人の面では逆に「乗っ取られ」そうになっているのが現状なんです。

仏大統領選で浮かび上がった「二重構造」

5月のフランス大統領選では親EU派のマクロン氏がEU離脱を掲げるルペン氏に勝利しました。これは「閉じる」動きに反するものではありませんか。

水野:これも基本的には昨年からの英米の流れを引き継いだものと見ています。マクロン氏が選ばれたことは、フランスは一国単位ではなくEUというある一定の規模で「閉じる」ことを選んだということです

 マクロン氏とルペン氏の対立は、グローバリズムとナショナリズムの対立という世界の構図をより鮮明に映し出しました。4月の第一回投票ではマクロン氏、ルペン氏を含む各候補の得票が僅差でした。これはフランスでもナショナリズム、グローバリズム双方の考え方が綱引きをしていることを示しています。

 同じ状況は、「閉じる」選択をした英米にも言えることです。英国ではEU離脱に対する批判がかなりあります。米国でもトランプ大統領の支持率が低いことなどが、そのことを物語っています。大きく世界の流れをとらえれば「閉じる」流れにありますが、個別で見るとそれぞれの国内で双方が綱引きしている二重構造になっているのです。

なぜ二重構造になっているのでしょうか。

水野:「閉じる」流れがまだ過渡期にあるからです。グローバリズムは、(米国がドルと金の交換を停止した)ニクソンショックや石油危機の発生した1970年代から退潮が始まり、徐々に過渡期に入っています。

第4次産業革命は救世主にならない

世界が「閉じる」方向へ向かう背景には何があるのでしょうか。

水野:前述の通り、グローバリズムの弊害が表面化していることがあります。その背景には資本主義が限界を迎えつつあるということがあります。資本主義はモノやサービスが足りないのが前提です。しかし、例えば日本では、コンビニエンスストアは飽和状態ですし、住宅も空き家が出るほど足りている状態です。廃棄される食品ロスも大量に発生しているほどです。

AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)に代表される第4次産業革命によって新たな市場が生まれ、飽和状態が解消される。そんなふうに資本主義が今後も力を持つという可能性はないのでしょうか。

水野:AIをはじめ、今の技術革新の原則は「より遠く」「より速く」というグローバリズムの延長線上に乗ったものです。どういう結果になるかといえば、例えばAIであればAIを所有している人間に富がどんどん集まっていきます。

 AIというのはディープラーニング(深層学習)によって常に競争が行われ、瞬時に新しくなっていくものです。ということは負け組がいっぱいできて、最後に残ったわずかの勝ち組が全財産を持つことになります。オール・オア・ナッシングの世界になっていくということです。AIはますます不平等を加速させていくでしょう。

今後、日本も「閉じる」方向へ進んでいくべきなのでしょうか。

水野日本でも企業が海外に進出しグローバリズムの流れに乗ってきた経緯があります。ただ、もうその制度自体が疲労していて、ちょっと柱一本で支えたくらいでは解決できません。どの道が正しいというのは分かりませんが、日本が世界の中心にはなかなかなりにくい以上、安全保障を考える上では強い国と同盟を組むというのが現実的です。



(私のコメント)

グローバリズムは、大企業などが飽和状態になった国内市場から海外に市場を求める動きから生じたものであり、自由貿易体制が求められてきた。アメリカがその先頭に立って来ましたが、そのアメリカの足元から反グローバリズムの動きが生じてきた。グローバリズムは大企業にとっては都合がいいが、国民にとっては必ずしもいいことではない。

海外から安い物が入ってくることは国民にとっては都合がいいことだが、国内の製造業にとっては海外との競争に負けて廃業や倒産になる企業が出てくる。その結果失業する労働者が出てきて、工場などが閉鎖されて職場がなくなっていく。工場の閉鎖はその地方にとっては経済を支えてきたものだから、地方の衰退にもつながる。

大企業のグローバル化の先頭を走ってきたのがアメリカでありイギリスであった。だからその弊害もいち早く出てきて、国民のあいだからは反グローバル化の動きが出てきた。つまり先進国ほど反グローバル化の動きが起きてきており、グローバル化の恩恵を受けてきた新興国は、グローバル企業から資本や技術の移転を受けて経済発展してきた。

だからグローバル企業と新興国にとってはwin・winの関係であり、それに対して先進国の労働者は新興国に仕事を奪われる結果になった。その影響を一番受けたのが中産階級であり、製造業の労働者たちだった。トランプ大統領の支持を受けたのもラストベルト地帯の州であり、海外とのつながりの深い州はグローバル派が勝った。

イギリスの場合も、ヨーロッパや中東からの移民が押し寄せて、移民が多いロンドンはグローバル派が優勢だが、地方ではEU離脱の動きが優勢だった。アメリカや英仏独は移民を受け入れることで経済発展してきましたが、移民が多くなりすぎれば反動も当然起きてくる。

アメリカも移民で成り立ってきた国であり、最近ではヨーロッパからの移民から中南米からの移民が多くなり、アメリカそのものが中南米化してきている。あと10年か20年後にはアメリカは非白人の方が多くなる。それに反発したのが貧しい白人達でありトランプを支持したのもプアホワイトと言われる人たちだ。

プアホワイトが今までは少数派であったのが、最近では危機感が高まって多数派になってトランプはその流れを掴んだ。それに対する共和党も民主党も主流はグローバル派でしたが、民主党でもバーニー・サンダースもNAFTAやTPPに反対する反グローバル派でありクリントンに最後まで食い下がった。

だから従来の共和党対民主党の対決ではなく、グローバル派対反グローバル派の対決であり、反グローバル派が勝った。マスコミなどは大企業がスポンサーだからグローバル派を全力で支援したが、流れを変えることはできなかった。イギリスでも同じであり、党派の対決よりもグローバル経済のメリットを受ける上流階層としわ寄せを喰らう下層階層の対決だった。

フランスでもルペン候補が決選投票まで競い合うほどになり、勝ったマクロン大統領もEUの結束を訴えたものであり、グローバル派が勝ったとは言えないものだ。水野氏はこのような現象は資本主義の限界を示すものであり、徐々にこれからもその流れは強まっていくだろう。

日本もその流れとは無縁ではなく、小泉構造改革で新自由主義とグローバル経済に舵を切りましたがアメリカやイギリスと同じく格差社会となり、グローバル経済の恩恵を受ける上流社会としわ寄せを受ける下層社会が対立するようになった。「株式日記」では小泉構造改革に反対しましたが、日本も格差社会になってしまった。

大企業は法人税減税などで内部留保が増え続けて380兆円にまで膨らんでいる。しかし労働者階級は消費税で苦しめられて、所得も低下して消費が伸びないでいる。外国人労働者も増え続けて100万人以上にまで増え続けている。日本は自由貿易の恩恵を受けてきましたが、アメリカという巨大市場が閉鎖されれば日本経済は厳しいものになるだろう。

中国市場も開かれた市場とは言えず、自由に参入ができない。EUもEU以外の国には門を閉ざしている。アメリカはTPPからも離脱してNAFTAも見直しを動きがある。アメリカのトランプ政権はパリ協定からも脱退を決めた。国益第一主義はトランプの政策の基本だ。しかし反グローバル主義はアメリカの利益になるのだろうか。



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