株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


多くの新聞は、ここでもこの重要な加戸証言を黙殺した。自分たちが
つくり上げた疑惑が、虚構であることが明らかになってしまうからである。


2017年7月31日 月曜日

真実を隠す「政治運動体の機関紙」となった新聞 7月30日 門田隆将

異常な“政治狂乱報道”がやっとひと区切りついた。最後は、陸上自衛隊トップの辞任、蓮舫民進党代表の辞任、そして、稲田朋美防衛大臣の辞任という形で、2017年前半の混乱政治が終わった。

それは、本来は、国民に「真実」を伝えるべき新聞が、まるで「倒閣運動体」の機関紙に過ぎないレベルに堕(お)ちたことを示す日々でもあった。今年2月に、南スーダンPKO日報問題と森友問題が勃発し、以後、加計学園問題がつづき、連日、新聞もテレビも、劣化したお粗末なレベルを見せつづけた。

しかし、これらの「ファクト(事実)」とは一体、何だったのだろうか。事実にこだわるべきメディアが、「主義・主張(イデオロギー)」、それも、「安倍内閣打倒」という目的に向かって、報じるべきファクトを報じず、国民を一定の方向に導くべく狂奔した毎日だった。

嬉々として、これをつづける記者たちの姿を見て、「ああ、日本の新聞記者はここまで堕ちたのか」と失望し、同時に納得した。

私は今週、やっと新刊の『奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』(小学館)を上梓した。締切に追われ、ここしばらくブログを更新することもできなかった。しかし、産経新聞に〈新聞に喝!〉を連載している関係上、毎日、新聞全紙に目を通してきた。

私は今、来年に刊行する政治がらみのノンフィクション作品のために、かつての大物政治家たちの「回想録」や「証言集」を読み始めている。そこには、多くの新聞記者が登場してくる。大物政治家たちは、彼ら新聞記者の「見識」を重んじ、新聞記者に意見を求め、自分が判断する時や、大きな決断が必要な際に、大いに参考にしている。そのことが、大物政治家たちの証言集の中に随所に出て来るのである。

しかし、今の新聞記者にそんなことは望むべくもない。記者がどこまでも追及しなければならないファクトを置き去りにし、「政権に打撃を与えることだけ」が目的の報道を延々とつづけているからである。

会ったこともないのに、天皇や安倍首相が幼稚園を訪問したというデタラメをホームページに掲載し、ありもしない「関係」を吹聴して商売に利用してきた経営者による「森友問題」は、国会の証人喚問にまで発展した末、安倍首相の便宜供与という具体的な事実は、ついに出てこなかった。

問題となった森友学園の土地は、伊丹空港への航空機の侵入路の真下に位置している。かつて「大阪空港騒音訴訟」の現場となったいわくつきの土地である。「騒音」と建物の「高さ制限」という悪条件によって、国はあの土地を「誰か」に買って欲しくて仕方がなかった経緯がある。

そのために、破格の条件でこれらの土地を売却していった。現在の豊中給食センターになっている土地には、補助金をはじめ、さまざまな援助がおこなわれ、“実質的”には100%の値引きとなっている。

また、森友学園と道ひとつ隔てた現在の野田中央公園となっている土地にも、いろいろな援助がおこなわれ、“実質”98・5%の値引きが実現している。それだけ、国はこのいわくつきの土地を「手放したかった」のである。

森友学園には、地中に埋まっているごみ処理費用としての値引きをおこなって、実質86%まで値下げをおこなった。しかし、前者の二つの土地に比べれば、実質的な値引きは、まだまだ「足らなかった」と言える。これは、新聞をはじめ、マスコミならすべて知っている事実だ。

だが、新聞は、この土地の特殊な事情や、ほかの二つの土地のことに「全く触れず」に、ひたすら安倍首相が国有地を「関係の深い森友学園の経営者・籠池氏のために破格の値引きをおこなった」という大キャンペーンをくり広げた。

そして、証拠が出てこないことがわかるや、今度は「忖度」という言葉までひねり出して「疑惑」を継続報道した。国民に不信感を抱(いだ)かせる抽象的なことは書くが、それに都合の悪い「ファクト」は、いっさい報じなかったのである。

加計問題も、図式は同じだ。12年前の小泉政権時代の構造改革特区時代から今治市の民主党(当時)県議の働きかけによって、加計学園は獣医学部新設に動き始めた。だが、新聞はそのことには、いっさい触れず、加計学園は、安倍首相の友人が理事長を務めており、「加計学園に便宜をはかるため」に、「国家戦略特区がつくられ」、獣医学部の「新設が認められた」とされる疑惑をつくり上げた。

森友問題と同じく、ここにも、「憶測」と一定の政治的な「意図」が先行した。そこに登場したのが、天下り問題で辞任した文科省の前川喜平前事務次官である。前川氏は、「行政が歪められた」という告発をおこなったが、抽象論ばかりで具体的な指摘はなく、文科省内の「総理のご意向」や「官邸の最高レベルが言っている」という文言が記された内部文書がその“根拠”とされた。

しかし、現実には、公開されている国家戦略特区の諮問会議議事録でも、文科官僚は獣医学部の新設が「必要ない」という理由を何も述べられなかったことが明らかになっている。そして、いわば「議論に敗れた」ことに対して、文科省内部での上司への弁明の文書ともいうべきものが、あたかも「事実」であるかのように報道され、テレビのワイドショーがこれに丸乗りした。

これらの報道の特徴は、ファクトがないまま「疑惑は深まった」「首相の関与濃厚に」という抽象的な言葉を並べ、国民の不信感を煽ることを目的としていたことである。

ここでも都合の悪い情報は報道から除外された。加計学園が12年も前から手を挙げていて、それが今治選出の県議と加計学園の事務局長が友達だったことからスタートしていたことも、国会閉会中審査に登場した“当事者”の加戸守行・愛媛県前知事によって詳細に証言された。

愛媛県が、鳥インフルエンザやBSE、口蹄疫問題等、公務員獣医師の不足から四国への獣医学部の新設を要請し続けたが、岩盤規制に跳ね返され、やっと国家戦略特区によって「歪められた行政が正された」と語る加戸前知事の証言は具体的で、文科省の後輩でもある前川氏を窘(たしな)める説得力のあるものだった。

しかし、多くの新聞は、ここでもこの重要な加戸証言を黙殺した。自分たちがつくり上げた疑惑が、虚構であることが明らかになってしまうからである。新聞は、前川氏の証言だけを取り上げ、逆に「疑惑は深まった」と主張した。

ついに稲田防衛相の辞任につながった南スーダンの日報に関する報道も、「隠ぺいに加担した稲田防衛大臣」という一方的なイメージをつくり上げた。自衛隊の南スーダンの派遣施設隊の日報は、今年「2月6日」には存在が明らかになり、新聞各紙も防衛省の公表によって、「2月7日付夕刊」から大報道していた。

黒塗りの機密部分もあったものの、日報は公開され、国民はそのことをすでに知っていた。それから1週間後の「2月15日」に防衛省で開かれた会議で、日報を隠蔽することなどは当然できない。しかし、新聞をはじめ、ほとんどのマスコミは、すでに日報が公表されていた事実にいっさい触れず、あたかも「すべてが隠蔽された」という印象報道をおこなったのである。

事実を報じ、その上で、批判をおこなうのがジャーナリズムの使命であり、責任であることは言うまでもない。しかし、哀しいことに日本の新聞記者は、いつの間にか「政治運動体の活動家」になり果ててしまったのだ(後略)



(私のコメント)

今回のモリカケ報道は、仕掛け人がおり石破氏がその仕掛け人だという見方が出てきている。石破4条件などが獣医師会と繋がりを証明するものであり、前川前文科次官も石破4条件が、今治市の獣医学科が認められない根拠としている。この前川前次官の後ろ盾になっているのが石破氏なのだろう。

今では森友学園の方の問題は、籠池氏が検察に調べが入って一件落着ムードですが、小学校用地の問題も朝日が意図的に煽ったものだった。なぜ8億円も値引きされたかという問題ですが、もともとキズモノの土地であり、空港の近くで年中騒音に悩まされる土地であり、高層ビルも立てられない土地だ。ゴミの埋設問題もあり、だから値引きされたのですが朝日はそのことは書かない。

加計学園の問題も、なぜ加計学園なのかといった経緯には触れられず、京都産業大が排除されたのは加計ありきだったと書き立てる。しかしこれも国会の閉会中審査で加戸前愛知県知事の証言で10年来の課題であり、どこの大学に呼びかけても今治に獣医学科を作ることに応じてくれるところは加計学園しかなかったことが証言されて、朝日の書いていることのシナリオが崩れてしまった。

前川前次官が朝日に持ち込んだ文書は、既にWGで討議されて決定されたことに対する上司への言い訳文書であり、それを前川前次官は信じてしまったらしい。「官邸のトップが言った」とか、「総理が言えないから私が言う」といった文言も、メモした文科省の職員がそう受け止めたということだ。その目的は規制改革を早く進めろと言ったものであり、加計学園といった文言はそこには出ていない。

だから獣医学部新設が認められない根拠を、石破4条件に合致しないことが根拠だという言い方に変わってきた。産経新聞の記事では獣医学会の会長と石破氏の会談の内容が出てきていますが、石破4条件にあう新設は難しいことが述べられている。つまり家計学園の問題の規制派勢力は獣医学会であり石破氏なのだ。

ここで安倍総理と石破氏の対立の構図が浮かび上がってくる。安倍氏と石破氏とでは政策が異なり、石破氏は増税緊縮財政派であり憲法改正にも異論を唱えている。つまり朝日が仕掛けてきたのは、安部総理を引きずり下ろして石破氏に変えるというシナリオだ。

TBSの時事放談にも石破氏が出るようになり、安倍の後は石破といったムードがマスコミのあいだで漂い始めた。国会の休会中の審査で加計問題の全体像が浮かび上がった事で逆に国民の間でもそうだったのかといった流れに変わってきた。石破氏は民進党の玉木氏とともに獣医学会から政治献金を100万円もらっている。

まだこれは政局の前哨戦であり、小池都民ファーストが国政に乗り込んでくるときに、石破と小池が組む可能性がある。国政に乗り込む時は国政ファーストになるかどうかはわかりませんが、5人以上の国会議員がいないと一会派になれなない。石破派には20人の国会議員がおり、小池氏の国民ファーストの中心となって次回の衆院選を戦う構図も考えられる。

小池氏は総裁選挙の時には石破氏を応援したからありえない話ではない。そして次回の衆院選挙では都議会議員選挙の再現がなされて、国民ファーストが自民と民進の票を食って大勝するというシナリオを描いているのだろう。民進も解体状態ですが、多くが国民ファーストに鞍替えするかもしれない。




再エネ買い取り総額累計94兆円、2050年度に 電気料金に上乗せ、
国民負担増も懸念。今こそ原発公社を作り、原発再稼働で格安電力を


2017年7月30日 日曜日

ドイツの「エネルギー転換」が大失敗だったと明らかに 7月28日 川口マーン恵美

国民負担は永遠に減らない

7月23日付の産経ニュースに、「再エネ買い取り総額累計94兆円、2050年度に 電気料金に上乗せ、国民負担増も懸念」という記事が載った。

http://www.sankei.com/economy/news/170723/ecn1707230008-n1.html

電力中央研究所が発表した「固定価格買い取り制度(FIT)による買い取り総額・賦課金総額の見通し(2017年版)」をまとめたものだ。

http://criepi.denken.or.jp/jp/serc/source/pdf/Y16507.pdf

再エネを生産している人、および企業は、発電した再エネ電気を買い取ってもらえるが、その買い取り金額が激増している。現在、再エネの発電施設はどんどん増えているので、2030年度には、1年分の買い取り額だけで4.7兆円になるという。

これは、2016年の買い取り総額2.3兆円の2倍で、政府が想定する3兆7000億〜4兆円よりもずっと大きい。そして、すべての再エネの買い取り期間が終わる2050年までの総額では、記事の見出しのように94兆円に達する予定。この買い取り資金は、「再生可能エネルギー発電促進賦課金」という名で、電気代に乗せられている。

国民の実質負担分であるこの賦課金の額は、毎月の電気代の伝票に記載されている。電気を多く使用する家庭では、今でも結構な額となっているはずだ。ましてや産業界、とくに中小企業にとっては、賦課金の増加は電気代の高騰に他ならず、すでに経営を脅かすほどの大きな問題となっている。しかも、今後も減る見込みはない。

ドイツの電気代はフランスの2倍

ひるがえってドイツ。日本がお手本にしたこの再エネ大国でも、同じような議論が巻き起こっている。

ドイツにおいて、脱原発、省エネ、再エネ促進の3本柱からなる「エネルギー転換」が叫ばれてからすでに久しいが、2017年6月26日、それがどういう状況になっているかという詳しい記事が、大手「フランクフルター・アルゲマイネ」紙に載った。

http://plus.faz.net/wirtschaft/2017-06-26/deutschlands-teurer-energie-irrweg/362666.html

筆者は、デュッセルドルフ大学の教授、ユスティス・ハウカップ氏。2018年から2012年まで、ドイツ独占委員会(寡占を防ぎ、市場の自由競争を守るための諮問機関)の委員長であった人だ。

記事のタイトルは、「ドイツの高価なエネルギー迷路」。リードには、「何十億ユーロもの助成金を得たドイツの“グリーン”電気は、環境保護にとっては実質効果ゼロで、電気代を危険なまでに高騰させる」とある。

内容はこれでおおよその想像がつくだろうが、まず驚くべきは、このような記事が、一流紙に堂々と掲載されたという事実だ。これまでドイツでは、「エネルギー転換」への批判は、一般の人の目には触れにくいところでしか展開されなかった。

同記事によれば、ドイツでエネルギー転換にかかった費用の累計は、2015年までで、すでに1500億ユーロ(19.3兆円強)に達しているという。2025年までの累計の推定額は5200億ユーロ(約67兆円)。

これらの費用には、買い取り費用だけではなく、北部の風力電気を南部に送るための高圧送電線の建設費用、風や雲の具合で常に変化する再エネ電気の発電量を実際の需要に合わせるための調整費用、天候が悪くて再エネが発電されないときのバックアップ電源(主に火力)を維持するための費用、洋上発電用の海底ケーブル敷設の遅延に対する賠償金、再エネ、省エネ促進のための投資に対する補助金など、エネルギー転換政策によって発生する費用のほとんどすべてが含まれている。そして、ハウカップ氏は今、その額の多さに警鐘を慣らしているわけだ。

エネルギー転換による国民一人当たりの負担は、2016年から25年では、月37.5ユーロ(4800円余)になるという。ここには、賦課金といった目に見える負担だけでなく、企業が電気代の高騰分を商品価格に上乗せした分なども加算されている。

再エネ業界では“produce-and-forget”と呼ばれる行為が横行しており、太陽が照り、風が強い日には、往々にして電気が余り、電気の市場価格が破壊される(ときにマイナス値になることもある)。電気の価格が下がれば下がるほど、買い取り値との差が広がり、賦課金が上がる。

ちなみにドイツの電気代の中で、純粋な発電コストと電力会社の利益分の合計は18.3%のみで、すでに24.4%を賦課金分が占めている。賦課金の額は2009年から17年までで4倍になった。電気代はすでにEU平均の50%増、フランスの2倍だ。

2003年、緑の党は、「国民にとってエネルギー転換の負担は1ヵ月でアイス一個分」といったが、それは大外れだったわけだ。ただ、私にとってショックなことに、前述の電力中央研究所の試算が正しいとすれば、将来の負担は日本のほうがさらに高額になる。

遅すぎた制度改革

そもそも、採算度外視で作った商品(再エネ電気)が固定価格で例外なく買い取られるというのは計画経済の仕組みだ。そのおかげで、再エネ関連企業は、現在、大繁盛している。発電事業者だけではなく、パネル販売者から施工者、融資をする銀行まで、ドイツの再エネはすでに巨大なビジネス畑だ。

とはいえ、そのような特権的な商品が自由市場で売られているのだから、あちこちに歪みが出る。そして、その歪がなかなか是正されないのは、強力な再エネロビーが形成されているからだと言われている。

なお、ドイツが日本と違うところは、ほぼ2000社の大企業だけは、国際競争力の保持のためという名目で、賦課金の負担を免除、あるいは軽減されていることだ。だから、これら2000の企業は値崩れた電気代の恩恵を被っており、調子がいい。

しかし、賦課金免除の利益に与れない中小企業は不公平感を強めている。国外脱出も始まっていると言われる。いずれにしても、今年の1月、連邦会計検査院も、ドイツ政府のエネルギー政策の不備を厳しく指摘した。

また、ドイツ国民にとってショックなのは、ハウカップ氏が、エネルギー転換が環境改善や温暖化防止に一切役立っていないと断言したことだ。これまでドイツ国民は、環境のためと思って高い電気代を我慢していたところがある。

ところが同記事によれば、ドイツでもEUでもCO2は減っていないどころか、2016年の排出量は09年より増えたのである。増加の原因は往々にして火力発電に押し付けられているが、ハウカップ氏によれば、それも間違いだ。再エネ電気の供給が安定しない限り、火力発電は止めることができない。(後略)



(私のコメント)

反日マスコミによるモリカケ報道のおかげで、それ以外のニュースが影が薄くなっていますが、日本のマスコミは報道機関ではなく政治プロパガンダの広報紙なのだ。赤旗や聖教新聞と同じであり、一般人向けの報道機関ではない。だから朝日や毎日などの新聞各紙は実質購買部数が100万部単位で激減している。ネットの方が質や量で優ってきたからだ。

だから書く事自体が過激化してきて扇動的になる。これは日本全体から見れば損害であり、正しい政策がなかなか行われなくなる。エネルギー政策でも朝日などは反原発であり、原発のマイナス面は大々的に報道され、原発のプラス面は報道しない自由があるようだ。

最近になって、地方ではあちこちに太陽光発電施設が見かけられるようになりましたが、その政策が行き過ぎれば電力料金の高騰となって現れる。だから朝日などは原発再稼働に反対して再生エネルギー政策を支持する記事を書いてる。だから国民はそれに引きづられてしまう。

せっかく数千億円もかけて作った原発が止まっていますが、原発を止めても維持管理費用は毎年莫大な支出になってる。原発を解体しようにも今の技術では解体技術がなく、解体には50年以上かかるとみられている。だから現在の軽水炉型の原発は50年前の技術であり、これ以上作るべきではない。

かと言って再生エネルギーは、風力にしても太陽光にしても供給が安定せず波がありすぎる。波があるために火力発電でカバーすることになり、それがコスト高になっている。先日も太陽光発電のコストが劇的に下がったことを書きましたが、安定的な電源にはならないために火力発電所を止められない。

再生エネルギーは原則的には地産地消であり、大規模発電には向かない。家庭用電源として使うべきであり工業用には向かない。それがメガソーラーとして日本のあちこちで作られている。天気は年中晴れているわけではなく風も年中吹いているわけではないからメガソーラーは波があり、蓄電池などで貯めないと意味がない。

だから電気の価格が天候次第で高騰したり暴落したりしている。電力会社が再生エネルギー政策に消極的だったのは、そのような欠陥があったからですが、家庭用としての太陽光発電はそれなりの意味があるだろう。家庭用の蓄電池に昼間発電した電気を貯めておいて夜使うようにもできる。しかしそうなると電力会社は商売あがったりだ。

それに比べると原子力発電は供給源としては安定している。だから工業用電力に向いている。家庭用電力需要は都市に集中しているが工業用電力は地方に分散している。原発も地方にあるから工業用に向いている。大都市にまで300キロも送電する必要がない。電力料金には送電コストもかなりかかっている。

最近では人口の都市集中や地方の過疎化が問題になっていますが、大都市は送電コストがかかるので高く販売して、地方の原発に近い地方は電気を安く販売すれば工場誘致などで有利になるはずだ。原発公社を作って原発の電気料金が安ければ原発の電気を選ぶ工場や家庭も増えて来るだろう。

原発再稼働反対派の人は高い火力発電や再生可能電気を買って生活すればいい。つまり電気料金を三通りにして、原発の電気は10円なら、火力は20円にして、再生電気は30円にすればいい。原発電力公社や火力電力会社や再生可能電力会社に分ければできる。

電力会社を現在の地域割りから、発電方法によってコストが異なるのだから、原発公社で電気を安く売れば原発再稼働のメリットはあるだろう。原発は既に出来ているからコストも安くできる。火力発電は天然ガス相場に左右されるし、再生可能エネルギーは供給に波があり電気代も100円になったり1円になったりするだろう。




自民党の中でも景気を良くするために、消費税を5%に戻せという意見が、
若手の中で上がってきている様です。支持率回復にはこれしかない。


2017年7月29日 土曜日

EVが相場の柱 7月28日 S氏の相場観

粘っていた稲田防衛大臣が辞意を表明しましたね。

あれだけの失態で、よくもまあここまで粘ったものだと感心させられますが、この粘りが安倍政権にダメージを与えたのは言うまでもない事です。

そして、この安倍政権を追い立てている民進党も蓮舫代表が辞任ですからね・・・。

与党も野党もぐちゃぐちゃで、もうどこから手を付けて良いのやらでありますが、やはり必要な人材は若手ではないのかなと思うところです。

多くの年寄りは垢で汚れ過ぎているし、頭も固すぎてダメなのです。

こんなのが政治をやっていては、本当にどうにもなりません。

ただ、政治を執り行うには、絶対に肝っ玉が据わっていないとだめなのです。

政治を執り行う事の責任。

この重圧を官僚の脅しに屈せずに実行できる人材がなくては話にならないのです。

自民党の中でも景気を良くするために、消費税を5%に戻せという意見が、若手の中で上がってきている様ですし、こういう動きは大きくなって欲しいと願っているところです。

本来こうした政治ネタは相場を揺るがすことが多かったのですが、政治ネタの代表であるトランプ発言と株価の動向を観ても分かる通り、今の相場は政治を粗方無視している状態で、稲田が辞めようが、蓮舫が辞めようが無関係と言ったところであり、今のところは無視していて良いだろうと思うのですが、突如として気にしだしたりしますので、一応こういう事が起こっていると、心に置いておくと良いかと思うところです。

さて、昨日もご紹介いたしましたが、4080田中化学研究所が好調ですね。

今日も年初来高値を更新ですし、この2年で一番高いところに来ておりますので、買っているメンバーはどこでも利食いできる状態であります。

推奨銘柄が上昇して来ると通常、一部利食いなどをお勧めして行くのですが、同社に限っては全く利食いの指示を出しておりません。

基本的には一部利食いしておくことには賛成でありますし、して良いとも思いますが、田中の相場はこんなものではないと思っているので、未だ一部利食いさえも指示していないのです。

まあ、何処まで行くかは分かりませんが、ゆくゆくは3000円以上の可能性はあるのではないかな・・・と。

お買い求めになられた方は、参考にして見て頂ければと思います。

昨日も説明いたしましたが、EV相場がぐんぐんと育ってきており、これが相場の柱になって来たのです。

しかも、この柱は太いと思いますので、こんな一週間やそこらで終わる相場ではないと予想しております。

他にもEV関連を推奨しておりますが、どれも好調ですし、今日は新たにもう一本推奨したいと考えているところです。

ただ、これはちょっと薄い銘柄なので、どうしようかと少し悩んでいるところでありますので、未だどうなるかは分かりませんが、とにかくEV関連は今後も注目して行きたいと考えているところです。


日銀はインフレターゲットより株価ターゲット政策 日経ダウ20000円目標で無制限で買いまくれ! 2003年1月16日 木曜日 株式日記

頭の固い政治家や日銀や官僚に何を政策提言しても、政治、行政は機能不全に陥っている。学者や大学教授も政策提言能力がない。マスコミは私のような大胆な提言を全く取り上げない。国民大衆はマスコミに洗脳されて、テレビの言う事にリモコンロボットのように従っているだけだ。これだけ企業にリストラ旋風が起きているのに組合はデモ一つしようとしない。


(私のコメント)

私が安倍内閣を支持しているには、安倍総理がかつて私が提言した政策を実行してくれている事だ。現在は財務省・日銀による金融緩和政策で株価は二万円まで上がってきました。これは14年前に「株式日記」が主張してきた政策であり、経済政策としては大正解ではなかったかと思っている。

当時は日銀が株を買うなどとんでもないというのが常識の時代であり、ましてや6兆円も1年間に買うなど想像もできなかった。しかしアメリカでは公表されていないが、FRBが金融ファンドを通じて株を買っている。紙切れ同然の不動産担保証券を買っているくらいだから常識の範囲内だ。

株式市場は会社に資金の提供手段になりますが、品薄値嵩株などはわずかな買いでも値が飛びやすい。本来ならば個人の株式投資家が先回りして買われる状況なのですが、バブル崩壊以降個人の株式投資家は死滅してしまった。私はその僅かな生き残りでありましたが、やはり株式市場から撤退してしまった。

現代の株式市場は、AIによるコンピューター超高速株式売買の時代であり、参戦したくとも手も足も出せない時代となってしまった。しかしカモになる個人投資家がいなくなって誰がカモになっているのだろうか。株式売買の6割は外資によるものであり、それに日銀が参戦してきた。

日本の証券会社は有って無きがごとき存在であり、全く営業力を失ってしまった。それだけバブル崩壊のダメージは大きく、90年代からの政府日銀の証券行政はひどいものだった。大田弘子大臣などはテレビで「株で億万長者になるなんてとんでもない」と発言していたような時代だった。

日本人は、昨日も書いたように「同調圧力」が強くて、みんなが強気な時は誰もが強気になり、バブルが崩壊すると誰もが弱気になった。本来ならば政府・日銀が少しずつテコ入れして行ってミニバブルを起こしていきながら、株式市場の機能を回復させて行くべきでしたが、20年もの月日は個人株式投資家を死滅させてしまった。

だから「株式日記」で株式の事を書いても、興味を持って読む人はごくわずかだろう。株式評論家もテレビでは見かけなくなり、ネットでも私が見ているのは「S氏の相場観」とか極僅かなサイトしかない。株価の2万円台がいつまで続くかわかりませんが、金融緩和の効果が出るのは国民一人ひとりの気持ちが変わるまで出てこないだろう。

「S氏の相場観」ではEV相場がぐんぐん育ってきているということですが、この中から大化けするものが出てくるだろう。EVについては「株式日記」でも何度も書いてきていますが、自動車業界も大きな転機を迎えている。これまでにもEV相場は何度もありましたが、フランスやイギリスなどのEV政策が大きな柱になるだろう。

問題はアベノミクスが壁に突き当たっていることであり、インフレターゲットの2%がなかなか達成できていない。これは消費の低迷によるものであり、消費税の8%が消費を押さえ込んでいることは明らかだ。スーパーでの買物も消費税の大きさを身に染みて感じますが、8%を5%に下げることだけでも消費のマインドが変わってくるはずだ。

安倍内閣の支持率も落ちてきたのは、景気の停滞が原因であり、景気が良ければアベトモ問題など何の影響もなかったはずだ。起死回生の支持率アップのためには、消費税を8%から5%に下げることで当初の目標は達成できるはずだ。




現代社会で話し合われる多くの問題は、確実な正解が存在しないのだ。
議論を通じて、多角的な視点から「より正しい答え」を導くことが求められる


2017年7月28日 金曜日

議論をする技術が、「ちがう意見=敵」と思ってしまう日本人には必要だ。 7月28日 雨宮紫苑

よく、「日本人は議論が苦手だ」と言われる。理由としては、協調を重んじる気質や自分の意見を言うのが苦手な日本人の国民性が挙げられることが多い。だが、それだけではない。日本人は、議論を通じて「対話」するのが苦手なのではないかと思う。

そう考えるようになったのは、Twitterで自分の記事に対する反応を見ていたときだ。記事への反応はさまざまで、賛同するものも反論するものもある。

だが不思議なのが、賛同意見は「共感した」「その通り」といったコメントが多いのに比べ、反論意見の場合「まぁこの人は○○だから」「どうせ××したことないんだろ」と人格への言及がほとんどセットになっていることだ。

反論意見は多くの場合、こういった人格への攻撃が伴う。

わたしへの反応だけではなく、他の人への反論コメントも似たようなものだ。

「ちがう意見=敵」と思ってしまうことが、「日本人は議論ができない」と言われる原因のひとつではないだろうか。

反対意見を言うと「和を乱す悪者」になる日本

当然のことだが、意見の賛否と人間性は分けて考えるべきだ。仲がいい友人でも驚くほど考え方が違う場合もあるし、逆に考え方はとても似てるのになんだか好きになれない人だっている。

それでも日本では意見の賛否と人間性を切り離せない人が多く、話し合いの場でも感情が重視される。

小池東京都知事が安全より安心を重視したことは、わかりやすい「感情優先論」と言えるだろう。

ほかにも、「○○さんは不倫をする不誠実な人なのでその意見は信用できない」だとか、「そういう言い方をすると傷つきます」のような、「本題にまったく関係ないし客観的根拠もないが情に訴えます」という姿勢で話し合いに臨む人が少なくない。

なぜ、日本はこのように感情が優先されるのだろう。

これは、日本の「同調圧力」「空気を読む」といった独特な考え方に根差したものだと思う。

みんなが同じ考えであることを前提としているから、同じ考えの者同士は徒党を組んで、ちがう意見の者を攻撃する。みんなが賛成なのに反対する「空気が読めない輩」は、厄介者扱いされる。

意見がちがう=和を乱す悪者であり、敵なのだ。

そういう思考回路だと、敵には容赦なく攻撃するし、「自分が正しいから相手は間違えている」という極論に走るようになる。

意見がちがう人=敵だと考えている限り、双方は意見はひたすら平行線をたどるし、議論ではなくただの意見の押し付け合いになる。

白黒はっきり決められるテーマなら、それもありかもしれない。だが現代社会で話し合われる多くの問題は、確実な正解が存在しないのだ。現代では、議論を通じて、多角的な視点から「より正しい答え」を導くことが求められている

日本人が学ぶべきは「正解へいたるプロセス」

では、どうすれば日本で、議論を通じて「より正しい答え」を構築することができるのだろう。

「より正しい答え」を導くには、数学と同じように「正解へいたるプロセス」がある。

日本は特にこういった技術的なことを習わないから、議論ができないのだと思う。

まずしなくてはいけないのは、議論の目的を共通認識として持つことだ。全員が「意見を出し合って対話することが目的」と理解することによって、はじめて議論が成り立つ。

「論破や勝ち負けが目的ではなく意見を通じた対話こそが大事なのだ」と考えれば、関係のない人格攻撃や揚げ足取り、詭弁がいかに無駄で邪魔かわかるはずだ

「論破」を狙うひとりによって議論がぶち壊しになることもあるから、目的の共有は大前提となる。

目的の共有のあとは、「事実」と「テーマの本質」の共有が必要になる。

たとえば、「国公立大学の学費を無料にすべきか」という議題があったとしよう。そこで、「無料にすべき」「すべきではない」という真っ向から対立した意見をぶつけ合ってても、「より正しい正解」は見えてこない。

同じ土俵で話し合うためには、現在の学費や経済的理由で進学できない人数など、客観的事実を基礎知識として共有していないといけない。

さらに、「教育の機会平等の観点で無料にすべき」なのか、「日本はもっと高等教育を支援すべきだから無料にすべき」なのか、はたまたちがう視点からなのか、どこに議題の本質があるのかを理解することも必要不可欠だ。

議論が進むにつれテーマをちがう角度から見たり拡大することもあるが、まず最初に「どこにスポットライトを当てるのか」を決めておかなければ、収拾がつかなくなる。

日本の議論ではこういう「整理されたプロセス」がないから、しっちゃかめっちゃかな言い分が飛び交ったり、感情論に流されてしまうのだろう。

議論で大事なのは、どちらが100%正解かを決めるのではなく、正解がないテーマに対し多くの知恵を持ち寄って「より正しい答え」を模索することだ

だから、「より正しい答え」を導けるように、日本人も議論する能力を身につけるべきだろう。

議論は、物事の理解を深め、より確実な正解を求めるために必要なことだ。グローバル化が進む世界では特に、自分の意見を述べて相手の意見を聞き、「より正しい答え」を構築する対話能力は必須になる。

まともに議論できる人が増えれば、日本はもっと意見を言いやすくなり、多様性が認められるようになるのではないだろうか。



(私のコメント)

ネット上では、よく炎上するブログやツイッターなどがありますが、非常識な意見を述べたり間違ったことを書くと集中砲火を浴びせられる。しかし「株式日記」ではこのような炎上騒ぎが起きたことがない。間違いを指摘されれば直ぐに修正するし、プロバイダーから記事の抹消を求められれば直ぐに応じている。

コメント欄を解放していますが、批判や反対意見も載せているし、正解がないような問題ではどちらが正しいかは時間が証明してくれるだろう。政策的な問題では時間が経てば状況も変わってきて主張も変えなければならないこともある。エネルギー問題でもオイルピーク説を信じてしまって、シェールガス・オイルは今までの常識を変えてしまった。

私が著名人なら、ブログを炎上させることで鬱憤を晴らすこともできるのでしょうが、無名なブログを炎上させても面白くもないのだろう。しかし日本のブログでコメント欄を公開しているところは少なく、特に女性のブログではコメント欄は公開されているものが少ない。炎上させられるのを恐れているからだろう。

女性に対して反対意見を述べると、女性は感情的になってしまうことが多いからなのでしょう。日本に女性の国会議員が少ないのも、反対意見を述べられると感情的になってしまって自爆してしまう女性が多いからなのでしょうが、蓮舫代表も稲田防衛大臣も辞任してしまった。

二人とも能力は非常に高い人なのでしょうが、組織を束ねることには無能であり、人の信頼を勝ち得ることにも長けていないようだ。人を束ねるには寛容と忍耐が必要であり、「このハゲー!」と怒鳴り散らすようでは秘書ですら使いこなせない。女性の社会進出が求められているのに、政界も財界も女性の進出が少ない。

日本女性は欧米の女性に比べるとタフネスさに欠けるようだ。イギリスやドイツの女性首相は長期政権でハードな政治をこなしているが、日本では田中真紀子も稲田朋美も自爆してしまった。これは日本の社会風土や教育などに問題があるからだろうか。豊田真由子議員の問題も影を落としている。

例外的に、小池百合子東京都知事は非常にタフネスであり度胸がある女性だ。しかし仕事場の周囲では小池氏の評判はよくない。やはりカメラのないところでは気性が激しいのだろうか。これらの問題は男でも女でも同じなのでしょうが、反対意見を言われたりすると人格まで否定されたように受け取ってはダメだ。

日本での議論の場では、とかく感情論が優先されがちであり、マスコミの記事でも感情を煽る書き方が多い。「疑惑は深まった」と連日書き立てれば安倍総理は怪しいとなってしまう。多くの新聞読者は見出ししか見ないから見出しで判断してしまう。だから内容的なことがわからなくても感覚で判断してしまう。

雨宮氏は記事で、「みんなが同じ考えであることを前提としているから、同じ考えの者同士は徒党を組んで、ちがう意見の者を攻撃する。みんなが賛成なのに反対する「空気が読めない輩」は、厄介者扱いされる。」と述べていますが、日本では全会一致でないと異論を言えば爪弾きされてしまう。

このような事は学校でも会社でも感じてきましたが、人とは違ったことを言えば奇人変人扱いされてしまった。このような全会一致原則は異論を言えば和を乱す敵となってしまう。これでは全体が間違っている時には修正ができずに間違った道を突っ走ってしまうことになる。シャープや東芝では間違った道を突き進んでも、どうして社員たちは何も言わなかったのだろう。

私が銀行員時代には、「大口の法人に貸すよりも、地元の商店街を大切にすべきだ」と支店長に言ったことがありましたが、バブル最盛期で意見は入れられなかった。だからどの銀行もバブル崩壊で逝ってしまいましたが、堅実経営をしていればバブル崩壊の影響はまぬがれたはずだ。しかし私は奇人変人扱いされていた。

日本では学校にしても会社にしても議論の仕方をまともに教えてはいない。教師たちも議論の仕方を教えずに、全会一致を大切にする方向にあるようだ。欧米のような自己主張をすれば押さえ込む傾向になる。就職シーズンになると黒服軍団が多く見かけるようになりますが、これにも異様さを感じる。黒服が就職に有利だと思っているからだろう。なんとも情けない。




わが国では、化石燃料86%・原子力0%・再生可能エネルギー14%と、化石
燃料起源の電力が圧倒的に多く、現時点では、EVは温暖化対策にならない


2017年7月27日 木曜日

フランスがガソリン車の販売を禁止する真の理由 産油国は低価格戦略で対抗するしか道がないのか7月27日 橋爪吉博

7月6日、フランスのユロ・エコロジー大臣(環境連帯移行大臣)は、2040年までに、二酸化炭素の排出削減のため、国内におけるガソリン車およびディーゼル車の販売を禁止すると発表した。

 具体的内容やそこに至る道筋など詳細は明らかにされていない。また、EV(電気自動車)の走行距離やバッテリー寿命など技術的課題、そして給電インフラや産業構造転換など社会経済的課題が現時点では解決されていないことから、実現は難しいとする見方もある。

 しかし、フランス政府の発表は、G7の先進国政府として初めての、内燃機関自動車の販売禁止方針の表明である(7月26日には英国も2040年までにガソリン・ディーゼル車の販売を禁止する方針を打ち出した)。そして、パリ協定離脱を宣言した米トランプ大統領が初めて出席するG20(7月上旬にドイツ・ハンブルグで開かれた20カ国・地域首脳会議、以下G20ハンブルグ会議)とフランス訪問の直前という絶妙のタイミングで、最大の政治的効果を狙って打ち出された、マクロン仏新大統領の決断であった。

 本稿では、このフランスの発表の狙いと背景を分析するとともに、今後の産油国、特に三大産油国の対応について検討してみたい。(中略)

 現時点で、フランスが内燃機関自動車の禁止方針を打ち出した背景には、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)による米国燃費規制違反を契機とするディーゼル乗用車の技術的限界もあるのであろう。7月18日には、独ダイムラーが燃費規制とは無関係としつつも、「メルセデス・ベンツ」ブランドのディーゼル車の大規模リコールを発表したところであり、また、7月5日には、スウェーデンのボルボも2020年には販売全車種を電動車にすると発表している。

 伝統的に、フランスを代表する自動車会社ルノーを含め、欧州系の自動車メーカーは、ディーゼル乗用車に強い。にもかかわらず打ち出されたフランスの内燃機関自動車販売禁止方針は、ディーゼル自動車技術に対するギブアップ宣言であり、フランス自動車業界に対する「転身」要請かもしれない。

 わが国では、石原慎太郎・元東京都知事のディーゼル排ガス規制時の経緯からディーゼル車へのイメージが悪いが、欧州では、ディーゼル車はガソリン車よりむしろハイテクなイメージがあり、燃費不正発覚以前には、乗用車の新車登録ベースで、ガソリン車よりディーゼル車の方が、むしろ多かった。同クラスの乗用車で、ディーゼル車の方が20%程度燃費が良いこと、燃料税もガソリンよりディーゼルが安い国が多いことも、欧州のディーゼル車人気の要因であった。

 一般に、燃費規制と排ガス規制の間には、エンジンの構造上、トレードオフの関係があるといわれる。公害問題華やかなりし時代には、大気汚染対策としての排ガス規制の強化が進んだが、その後の地球温暖化が問題となってからは、燃費規制が徐々に強化されてきた。そうした中で、燃費規制と大気汚染対策、特に窒素酸化物(NOx)規制を両立させることが難しくなってきたことが、VWの燃費不正の背景にある。その後、燃費不正は、多くのディーゼル車メーカーに広がった。

 なお、マクロン大統領は、前のオランド政権の経済・産業・デジタル大臣時代、ルノーに対する政府関与を巡って、ゴーン率いる経営陣と対立したこともあった。だが、ルノーは早い段階からEVの本格的導入に向けて取り組んでおり、わが国でもEVに強いと見られる日産自動車・三菱自動車と資本提携している。

原子力発電による電気

 もう一つ、フランスが内燃機関自動車の禁止方針を打ち出し、EV等の電動車に舵を切った背景には、フランスの電力がほとんど二酸化炭素を排出せずに作られていることもある。

 電気事業連合会の資料によれば、フランスにおける電源別発電電力の構成比(2014年)は、石炭・石油・天然ガスで5%、原子力で77%、水力・再生可能エネルギーその他で17%だった。化石燃料起源の電力は5%に過ぎず、8割近くが原子力起源の電力で、クリーンな電力であると言える。

 これに対し、わが国では、化石燃料86%・原子力0%・再生可能エネルギー14%と、化石燃料起源の電力が圧倒的に多く、現時点では、EVは温暖化対策にならない。自動車の走行段階でCO2排出がなくとも、発電段階でCO2を出すのではトータルでクリーンな自動車とは言えない。

 1970年代に石油危機を2度経験し、フランスでは、エネルギー安全保障確保の観点から、石油依存脱却の切り札として、原子力発電の強化を図って来た。チェルノブイリ事故が起きても、また福島第一原発の事故の後でも、原子力への依存・信頼は揺るがなかった。「中東の石油より、自国の科学者を信じる」という言葉もあった。2016年の一次エネルギー供給ベースでも石油が32%に対し原子力は39%を占めた(英エネルギー大手BPが毎年発行している「BP統計」2017年版)。

 その取り組みが、地球温暖化対策においても、功を奏していると言える。そもそも、パリ協定自体、そうした確固としたエネルギーの基盤がフランスになければ、まとまらなかったに違いない。わが国が直面している環境保全・エネルギー安全保障・経済成長のいわゆる「3E」のトリレンマから、フランスは解放されているのである。

ドイツの立場

 フランスの内燃機関自動車禁止方針発表に、最もショックを受けたのは、ドイツのメルケル首相であったかもしれない。ドイツは、EU内でフランスと並ぶ環境保護国家であり、温暖化対策のリーダーである。しかし、現時点では、フランス同様に、将来の内燃機関自動車禁止方針は打ち出せないであろう。

 なぜならば、国内自動車産業の規模がフランスの約3倍であるからだ。2016年の世界の自動車生産量は、中国2812万台、米国1220万台、日本920万台、ドイツ606万台がトップ4位であり、フランスは第10位の208万台である(日本自動車工業会調べ)

 また、発電における石炭と天然ガスへの依存度はそれぞれ46%と13%だ。自然エネルギーが21%と比較的高いものの、火力比率が高いため、電化は温暖化対策にならない。

 ドイツは、温暖化対策先進国と言われながら、ロシアからの天然ガス依存上昇に対する安全保障の配慮からか、石炭火力を温存する政策を伝統的に採用してきた。政治的にも、石炭労組の発言力は未だに強い。原子力発電の将来的廃止を打ち出す中、今後は、日本同様、「3E」のトリレンマから抜け出すことは難しくなるものと思われる。(後略)



(私のコメント)

フランスとイギリスが相次いで内燃機関自動車の禁止方針を打ち出し、EV等の電動車化を打ち出しましたが、地球温暖化対策で自動車のEV化を打ち出した。果たして地球温暖化がCO2によるものかはまだわかりませんが、エネルギー資源を石油や天然ガスに頼ることは環境保全やエネルギー安全保障や産業政策上問題がある。

「株式日記」では条件付き原発再稼働派ですが、フランスでは原発大国であり、電力の77%が原発によるものだ。だから自動車のEV化はすなわち環境保全対策になる。日本では原発反対派の力が強くてなかなか原発の再稼働がなされませんが、原発を有効利用しなければ、「3E」のトリレンマから逃れられない。

しかし自動車のEV化は理想論であり、バッテリーの技術的な問題がまだ解決されていない。日本は世界で唯一の本格的なEVの生産国ですが三菱や日産のEVは売れているとは言えない。中古車価格市場でも暴落したままだ。バッテリーの劣化が早くて4、5年で劣化してしまうからだ。バッテリーを交換しようにも新車を買うくらいの価格になってしまう。

フランスやイギリスのEV化宣言は、技術的に見れば可能なのだろうか。総合的な環境対策から見ればガソリン車やディーゼル車の方がまだ有利であり経済的でもある。総合性能的にEVの方がガソリン車やディーゼル車を上回る性能を持つには、バッテリーの開発はまだまだ技術的な課題が残っている。それはコスト面や性能面で問題があるからだ。

「株式日記」では、当面はハイブリッド車が主流になるだろうと予測していますが、欧米では日本が進めているようなハイブリッド車を排除して、プラグインハイブリッド車をEVと認定している。HVとPHVとどう違うのかと言われてもバッテリーの量の差に過ぎず、PHVはバッテリーのコストが車の価格差に現れる。

トヨタやホンダは、EVよりも燃料電池車に力を入れていますが、水素から燃料電池で発電してモーターで駆動する方式ですが、水素のインフラ整備が課題になる。水素も生成するのに電気を使いますが、原発の高温ガス炉の実用化が必要になる。原発や自然エネルギーがCO2対策になりますが、どうやって電力を確保するかが鍵になる。

先日も太陽光発電コストが劇的に下がっていることを書きましたが、原発に代わって太陽光発電が切り札になるのだろうか。しかし太陽光発電の電力供給が安定化するにはバッテリーが必要であり、自動車でもやはりバッテリーの開発が鍵になる。だからどの程度バッテリーのコストダウンと高性能化が鍵になりますが、果たして安くて高性能なバッテリーができるのだろうか。


10秒で読む日経!視点が変わると仕事と投資のネタになる 7月25日

今、世界では大きな変化が起こりつつあります。
 それは、電気自動車の普及です。
 それも、ハイブリッドという中途半端なものから、燃料電池自動車へ、そして今は
 完全電池自動車へのシフトが起きています。

 日本は世界の中でも最も電池自動車に遅れていますので、データがなかなか出て
 きません。

 米国の例で試算すると、電池自動車を作るコストで最大のものが電池だそうです。
 3万ドルのコストの半分の1.3万ドルもかかるそうです。

 電池以外をコスト削減して1.5万ドルで製造しても、米国車の平均コストの2万
 ドルの1.5倍にもなってしまい、通常のガソリン車に太刀打ちできません。

 電池自動車普及に欠かせないのが電池の低コスト化です。しかも、快適に走行させ
 るためには、高出力で高耐久性を持った電池であることが必要です。

 今、使われているのはスマホにも使われているリチウムイオン電池なのですが、
 低コストかつ高耐久性ですが、出力が低く高リスクです。

 パナソニックテスラのリチウムニッケルコバルトアルミ電池は高出力ながら寿命が
 短いのと高コストなのが難点です。

 そこで、リチウムイオンから、ニッケル・マンガン・コバルト電池に移行しよう。
 そしてニッケルを8に、マンガンとコバルトを少ないもので作れれば、コストは
 大幅に削減されるという考えが広まっています。

 今は自動車向けにニッケルの利用はほぼゼロですが、今後は大きく成長するかも
 です。電池自動車が普及しだしたなら、ニッケル価格も上昇している事でしょう


(私のコメント)

ガソリン車やディーゼル車を、これ以上燃費をよくすることは難しく、環境を汚さないことは技術的にできない。だからEVの普及には安い材料で高性能な電池の開発が望まれている。ニッケル・マンガン・コバルト電池が実用化されればEVの普及も可能性が出てきますが、フランスやイギリスは見込みがあるのだろうか。

日本やドイツなどは、自動車産業が国家の経済を支える柱であり、EVが普及してしまうと、どの国でもEVが作れてしまう。関連産業も大きなダメージを負いますが、その為にトヨタやホンダは燃料電池車を実用化して販売した。それに対抗してフランスやイギリスはEVに賭けるのでしょうが、どうなるかは電池しだいだ。




前川氏の座右の銘は「面従腹背」だそうだが、論外だ。そんなことを正々
堂々という官僚なんて官僚のクズだと思う。文科省がそういう組織に見える。


2017年7月26日 水曜日

加計学園問題 「前川氏は官僚のクズだ…文科省後輩たちに迷惑だ」 岸博幸・慶大院教授インタビュー 6月12日 産経新聞

文部科学省の前川喜平前事務次官が「総理のご意向」で「行政がゆがめられた」と証言した。だが、特区を活用した加計学園の獣医学部新設に問題があるのであれば、国家戦略特区諮問会議やワーキンググループで異議を唱えればいい話だった。

 でも現実には止められなかったのは、文科省には説得材料がなかったからだ。こんなことで行政がゆがめられたというならば、政治主導は全て行政をゆがめることになる。

 安倍首相の「ご意向」は岩盤規制の突破だった。仮に「総理のご意向」が働いたとしても、間違った行政は修正するのが当然だ。首相が規制改革の意向を表明しても実現できていない改革なんて、腐るほどある。だから、「総理のご意向」があるから逆らえなかったというのは間違っている。

安倍内閣が人事権を握っているから逆らえないともいわれるが、本当に日本のために必要だと思うなら、クビを恐れずにやればいい。自慢する気はないが、竹中氏の秘書官として不良債権処理をやっていたときは、竹中氏が失敗したら私も辞めるつもりでいた。人事権を握られたぐらいで何もできないなんて、その程度の志しかない人間が偉そうにモノを言うなと思う。

 前川氏の座右の銘は「面従腹背」だそうだが、論外だ。そんなことを正々堂々という官僚なんて官僚のクズだと思う。一時期とはいえトップを務めた人間がそんなことを言えば、文科省がそういう組織に見える。文科省の後輩たちに迷惑をかけると思わないのか。

 政治に対する行政の忖度も問題になっているが、忖度のない国なんてない。米国でも国際機関でも、忖度どころかコネまでまかり通っている。大事なのは、第1に違法性があることはしちゃいけない。第2に理屈が通らないことはやっちゃいけないということ。これは民間企業でも同じだ。

加計学園の獣医学部新設が認められた裏で、首相が政治献金をいっぱいもらっていたとなると駄目だが、そんな事実はない。理屈も通っている。四国に獣医学部はなかったし、平成21年の時点で四国4県の知事が連名で四国に獣医学部がほしいと言っている。新設には十分に合理性がある。

 メディアは前川氏の発言を一生懸命報道するが、官僚主導の行政に戻った方がよいのだろうか。民主党政権が誕生した頃は、「官僚主導はいけないから政治主導にしなければならない」とみんな言っていたはずだ。獣医学部新設を問題視するメディアは、宗旨変えしたのだろうか。

 民進党は国家戦略特区制度の停止法案を参院に提出した。民進党は結局、政治主導で改革するのは嫌で、官僚主導で改革がない行政が好きなのではないか。

 行政の現実を考えると、規制改革が進むかどうかは担当の役人が能力、気概、根性をどれだけ持っているかで変わる。獣医学部の特区に関しては、内閣府に藤原豊審議官という規制改革の鬼みたいな人間がいた。

 規制改革を頑張ると、他の役所から恨みを買う。だから藤原氏は、メディア上で「首相の意向を使って圧力をかけた」と個人攻撃みたいなことを言われている。改革したい人間がびびってしまいかねない。

 安倍内閣の国家戦略特区制度は、改革としてはそこまでインパクトのある改革ではない。規制緩和は全国一律がよく、私は安倍政権の規制改革は評価していない。アベノミクス、成長戦略、働き方改革と言っても潜在成長率は4年半で下がっている。唯一の改革の成果が国家戦略特区だった。

 改革しない安倍政権がちょっと改革を進めたら、野党とメディアが寄ってたかってつぶしにかかる。これでは改革を進められない。今回の加計学園で分かった事実は、日本経済の将来は暗いということだ。

 加計学園をめぐる安倍政権の対応に全く問題がなかったわけではない。「総理のご意向」に関する文書について、菅義偉官房長官は「怪文書だ」と言い切ってしまった。本来はそこまで盛り上がる案件ではないのに、文書の存在をめぐる押し問答でワイドショーの時間が使われている。

 政府が軌道修正して、文書の存在を追加調査すると発表したのはよかった。客観的事実を全部出せば、政府が負けるはずがない。

 前川氏の次官時代の「出会い系バー」通いも、ワイドショーや週刊誌で報道が盛り上がる一因になった。官僚は頭がいいから屁理屈は作れる。出会い系バー通いを暴露されて前川氏が考えたのが、「女性の貧困の実地調査」という屁理屈だったのだろう。だが、所詮は屁理屈に過ぎず、リアリティーは感じられない。



(私のコメント)

24日と25日の閉会中審査の国会中継を見ましたが、何がどういう問題なのか見れば見るほどわからなくなってくる。野党は一生懸命安倍総理の加計学園に関与した事を証明したいらしいが、安倍総理がムキになって否定する。別に加計学園から賄賂をもらって関与したわけではないから、何の問題もない。

野党は安倍総理のウソを暴くことに一生懸命ですが、関与したかしないかの違いでありどちらにしても法的な問題ではない。それに対して安倍総理のむきになった答弁が野党とマスコミを刺激してしまう。野党が安倍総理の関与が明らかになれば安倍総理は辞任するという事で一生懸命なのでしょうが、政治家は国民の陳情を下に行政を動かすのが仕事だ。

だからテレビを見ていても、何が問題なのかがよく分からないが、野党は総理や大臣や官邸の役人の言葉尻を捕まえては、言ったの言わないのと押し問答を繰り返している。野党としては、いろいろと嫌がらせをしてマスコミを焚きつけて、安倍内閣の支持率を下げさせて退陣に追い込もうという作戦なのでしょうが、選挙は来年まで無いし、党内では退陣論も出る気配はない。

マスコミの支持率もアンケートの取り方でどうにでもなるが、都議会議員選挙や仙台市長選挙などでは野党側が勝っているから逆風が吹いているのだろう。マスコミのモリカケ疑惑追及が効いているからなのでしょうが、安倍政権側の全面否定の対応が国民を疑心暗鬼にさせてしまう。

安部総理と加計氏が友人関係であったとしても、公正な審議会で決まったことであれば、何の問題もないはずですが、全然知らなかったと全面否定するから嘘をついているのかと疑われてしまう。なぜ全面否定するかというとゴルフや会食をしていたから倫理規定に違反すると思われるのがいやらしい。

しかしそこまで規制したら政治家は経済界人と誰とも会えなくなってしまう。官僚等もいろいろな関係者と打ち合わせで会うと思うのですが、会食やゴルフもダメと規制する必要があるのだろうか。政治家と経済界人との交流は当然あるし、その時には仕事の話も出るだろう。加計氏と安倍氏との間でも「よろしく」といった事もあるだろう。それが政治家の仕事でもある。

だから前川前文科事務次官と獣医師会との関係もあっただろうし、そこで新規の獣医学科は認めるなといった要請もあっただろう。つまり霞ヶ関が規制勢力の依頼を受けて岩盤になっていた。そこで構造改革に取り組む政治勢力と、規制をしている霞ヶ関との対立も生まれる。単に総理が改革をすすめるといっただけでは改革は進まない。

メディア業界も規制に守られた業界であり、再販規制や電波法などで新聞やテレビは守られている。だからメディア業界は霞ヶ関に頭が上がらず、関連する規制撤廃には反対する。岸氏は竹中構造改革大臣の時の秘書官であり、当然岩盤規制に穴を開けるの方の人だ。

安倍内閣では構造改革推進で公約してきたから、岩盤に穴を開けるのは当然であり、獣医学科も50年ぶりに新設が認められた。岸氏は「改革しない安倍政権がちょっと改革を進めたら、野党とメディアが寄ってたかってつぶしにかかる。」と述べていますが、野党は構造改革に反対なのだろうか。




ここで安倍政権が敗北すると「官僚のいやがる決定をする政権は長続き
しない」という前例ができ、役所に丸投げする昔の自民党政治に戻る。


2017年7月25日 火曜日

霞ヶ関で爆発した終身雇用の「不満のマグマ」 7月24日 池田信夫

NewsPicksが「官僚たちの逆襲」という特集をやっている。官邸主導から官僚を解放し、雇用が流動化してろくな人材のいなくなった役所にエリートを取り戻せというが、これは問題を真逆に見ている。

アメリカでは、官僚は自由に動く。トランプ大統領になると1000人以上が民間から政治任用され、オバマ政権の幹部はクビになるが、彼らは「回転ドア」で民主党系のシンクタンクに行ったり、民間企業に行ってロビイストになったりする。

こういう雇用流動性があれば政治任用の弊害は少ないが、日本のように終身雇用だと、安倍政権に逆らって左遷されると不満がたまり、加計学園のようなしょうもないネタをマスコミに売り込んで騒ぎを起こす。

内閣人事局のできたときから、こういう人事に対する不満のマグマが官僚に貯まっていたようだ。いま官僚の標的になっているのは菅官房長官で、各省の官僚は「内閣の意向を振り回す」とか「安倍政権にゴマをする幹部が出世する」という。

これは筋違いである。いやなら役所を辞めればいいのだ。日本でも戦前の法制局や内務省の幹部は政治任用だったが、GHQが陸軍省と海軍省と内務省をつぶしたとき100%内部昇進になった。この結果、戦後は各省が決定して内閣が承認する官僚内閣制になった。安倍政権の改革は、これを国民に選ばれた首相が公務員の人事を決める議院内閣制のルールに戻すものだ。

政治任用には弊害も多い。専門的知識のない「お友達」や大口献金者が役所の幹部になることが多く、幹部をすべて交代するのに1年以上かかる。トランプ政権は、幹部のなり手がいなくて大幅な欠員が出ているが、雇用に流動性があれば政権交代が機能する。

他方、日本のように外部オプションがないと役所にしがみつくしかないので、不満が役所に鬱積して反乱を起こす。これが文科省のような弱小官庁なら大した問題ではないが、防衛省のように制服組が情報漏洩して大臣を追放しようと画策すると、文字通りクーデタになる危険がある。

このように政治任用と雇用流動性には制度的補完性があり、どちらかが欠けると機能しない。日本のような官僚主導とアメリカのような政治主導のどっちがいいかは一概にいえないが、『失敗の法則』でも書いたように官僚主導は柔軟性に欠け、部分最適に陥りやすい。

ここで安倍政権が敗北すると「官僚のいやがる決定をする政権は長続きしない」という前例ができ、役所に丸投げする昔の自民党政治に戻る。こういう安全運転では、向こう10年は憲法改正はおろか、規制改革も税制改革もできないだろう。

政権が気に入らないというなら「反安倍」のデモなんかしなくても、選挙で政権を倒せばいい。官邸主導と政党政治にも補完性があり、政権交代というオプションがあればよい。日本の本質的な問題は、政党政治が機能していないことである。


(私のコメント)

昨日今日と国会中継をたまに見ているのですが、結局は言った言わないの問題になってしまって、前川前次官の思い込みを官邸が全面否定する構図になっている。安倍総理がムキになって全面否定するからかえって怪しいと思い込まれてしまう。しかし違法性がないのなら問題がないにもかかわらず、関与したのなら総理を辞めるとか国会議員も辞めるとか言って野党を張り切らせてしまった。

関与した証拠が見つかれば安部総理を辞任させることができるから野党は張り切ってしまった。たとえ関与していても贈収賄と関係がなければ政治家として問題はないと思うのですが、野党を挑発して最近の国会はモリカケ問題に終始している。安倍降ろしには、野党のみならず霞ヶ関が関与しており、前川前次官が文書をばらして朝日や野党に提供した。

これは官僚による官邸への反乱であり、内部文書がマスコミにもたらされること自体が公務員の守秘義務違反だ。マスコミはこれを内部告発だと言っていますが、民間の会社なら内部告発などはあるにしても、公開された文書は公開を目的としない内部文書だ。だから公務員の守秘義務違反がまかり通っている。

こんなことを許していたら、霞ヶ関が気に入らない総理大臣を辞めさせようと思えば内部文書をマスコミにばらすことで辞任に追い込んでいく。第一次安倍内閣はその手でやられた。今も霞ヶ関の内部からのマスコミへのリークで安倍内閣の支持率が落ちてきて同じ事が起きるのだろうか。

霞ヶ関の人事権は、従来は事務次官が決めて内閣が承認する仕組みになっていて、大臣には各省庁の人事権がなかった。大臣はお客様に過ぎず政治は霞ヶ関がしきっていたのが当たり前になっていた。法律も霞ヶ関が作って国会で承認されてきた。霞ヶ関は行政のみならず司法も立法も行ってきた。

つまり民主主義制度のもとでは国民に選ばれた政治家が政治行うのが筋ですが、日本では国民に選ばれない官僚の方が総理大臣よりも偉かったのだ。安倍内閣になって公務員制度改革に積極的に取り組んで内閣人事局ができた。これが霞ヶ関の事務次官にとっては面白くないはずだ。

防衛省でも日報の問題をめぐってマスコミに問題がリークされましたが、このようなことは内部からの反乱であって、防衛省の内部統制の乱れから生じてる。事務次官に人事権がなくなり内閣人事局ができたことで事務次官の統制力がなくなったとも言える。あるいは事務次官が反乱を後押ししているのかもしれない。

政治主導か官僚主導かで権力闘争が行われていますが、どちらがいいとも言えないことですが、筋から言えば政治家主導でなければならない。しかし霞ヶ関という巨大組織は大臣や総理大臣の思い通りに動くものではなく、官僚たちは利権を握って天下りし放題になっている。

公務員は終身雇用年功序列制度に守られていますが、年数が経てば出世のポストも限られてくるから天下りさせて雇用を守ってきた。公務員が無能なら一生ヒラの公務員でもいいと思うのですが、年功序列で出世して天下っていく。有能な公務員なら自分で再就職先も見つけられるのでしょうが、無能なら天下り先を斡旋しなければならない。

文科省の組織的な天下りで前川事務次官が処分されましたが、その報復としてモリカケ問題が起きた。今や前川前次官は官僚たちにとっては希望の星であり、内閣人事局をぶっ潰すのが彼らの願いだろう。なんの安倍総理の違法性がないのにこれほど問題が長引くのは、マスコミに文書をリークした官僚たちの反乱なのだ。

議院内閣制なら政治で失敗すれば選挙で落選させることができるが、官僚内閣制では政治で失敗しても官僚は責任を取らない。だから議院内閣制は守らなければなりませんが、マスコミと官僚が手を組めば安倍内閣も簡単に追い込むことができる。マスコミに騙される国民が多いからだ。




社長業を新入社員の頃から4〜5年もやれば、30歳になる前に本当の
社長になれるだけの知識と経験とリーダーシップを身につけることができる


2017年7月24日 月曜日

大前研一氏、新卒で子会社の社長業をやることの利点を主張 7月23日 NEWポストセブン

 企業に対し、「社会貢献」「社会的責任」が求められて久しい。投資家たちも、就職先を選ぶ学生たちも、「この会社はどんな社会貢献ができるのか」といった視点で企業を見るようになった。しかし、大前研一氏は、「人事への力の入れ方」こそ「良い会社」を判別する指標になると指摘する。
 
 * * *
 実際、私がいたマッキンゼーでは、まさに「人材がすべて」という考えで「成長のGRID」と呼ばれる評価システムを厳密に運営していた。

 だが、そういうことをやっている日本企業は、ほとんどない。リクルートはかつて「実質的な38歳定年制」と呼ばれた極端な制度で独立心や起業家マインドなどを鼓舞していることで知られているが、その他の企業となると、私の知る限り、インターネット広告・メディア・ゲーム事業で知られる「サイバーエージェント」くらいである。

 同社は創業20年足らずで売上高が約3100億円(2016年9月決算)に達しているが、その成長の大きな原動力は人事と企業戦略を綿密に結び付けていることだ。

 たとえば、同社には「新卒社長」という制度がある。新卒で入社した社員の中から将来有望だと判断した人材を、非常に早く(最短は採用内定時点で)子会社の社長=イントラプレナー(社内起業家)に抜擢しているのだ。

 本稿執筆時点で新卒社長は累計51人に達し、連結子会社97社のうち22社を新卒社長の会社が占めている。

 そして、優秀な人材は20〜30代の若いうちから「CA8(シーエーエイト)」と呼ばれる8人の取締役、「CA18(シーエーエイティーン)」と呼ばれる18人の幹部に抜擢される。

 つまり、これらの制度によってサイバーエージェントは続々と新しい事業を生み出すとともに優秀な人材を見いだすことができているのだ。人事が成長戦略に直結しているわけで、同社は21世紀型の「良い会社」の一つだと思う。

 そもそも企業のトップの最も重要な仕事は、5年後、10年後に「こういう会社になっていたい」というビジョンを作り、それを共有して事業を大きくしてくれる人材を「発見」し、「選択」してアサインすることだ。

 よく「人材を育てる」と言うが、リーダーになる人材は簡単に育てられるものではない。それは自分の子供を見ればわかるだろう。どれほど時間やカネを使っても、たいがい親が思っているようには育たない。

 人間には持って生まれたものがあるから、経営者はもともと優れていて入社後も能力を磨いている人材を発見し、その能力を最大限に発揮できる仕事を任せなければならないのだ。「人事は発見と選択」と言っても過言ではない。

 逆に言えば、リーダーになる人材を育てようと思ったら、採用する時に「発見」して「選択」し、入社したその日からリーダーになるためのトレーニングをしなければならない。だから、サイバーエージェントの新卒社長制度は評価に値するのだ。

 社長を務めるということは、人事も経理も企画も営業も広報も自分でやらなければならない。自分の給料も他人の給料も決めなければならない。そうした重責を担う社長業を新入社員の頃から4〜5年もやれば、30歳になる前に本当の社長になれるだけの知識と経験とリーダーシップを身につけることができるのだ。

 21世紀はAIやビッグデータ、IoT(モノのインターネット)の時代だと言われているが、本質的な「良い会社」の条件は、あくまでも優秀な人材を「発見」して「選択」し、その能力を最大限に発揮させる人事制度があるかどうか、なのだ。人事部が有名大学の卒業生を大量に採ってきたと自慢しているようでは、“尖った個人”が新しい領地を開拓する21世紀に生き残っていくことはできないだろう。



(私のコメント)

社長と従業員との違いは大きなものであり、社長と副社長との間は、副社長と新入社員との間よりも大きい。たとえ社長より従業員の方が優秀でも判断力がなければ社長は務まらない。シャープや東芝が悲惨なことになったのも判断を間違えたからであり、従業員がいかに優秀でも社長が判断を間違えれば会社は倒産する。

社長は判断力と決断力が求められますが、判断力や決断力は経営者としての経験を重ねなければ身につくものではない。日本の企業における年功序列による生え抜き社長では、経営者としての判断力や決断力を養う間もなく社長を引き継がなければならないことであり、任期も二期4年では何もできずに終わってしまう。

政治の世界でも同じであり、総理大臣と国会議員とでは大きな差が有り、長い間国会議員をすれば総理としての能力が養われるということではない。むしろ都道府県の知事などをした人の方が総理大臣に馴染みやすいのではないだろうか。アメリカでも上院議員が大統領になったのは少なく、多くが州知事の経験を積んで大統領に選ばれている。

トランプ大統領が、なかなか政府スタッフを決められないのも州知事などの政治経験がないからであり人脈がない。社長は会社の業務に精通しているだけではなく、対外的な目を持って大きな流れを把握していないと判断を間違えることになる。だから若いうちから経営者としての経験を積んでいかなければならない。

だから大前氏が言っているように、リクルートやサイバーエージェントのように、新人のうちから見込みのある人物を子会社の社長として経験を積ませていくことが社長という人材を育てることになる。それくらい社長とその他の社員とは異なる能力が求められる。

年功序列による生え抜きの社長では、経営者としての経験がないままに社長になる。だからいまの大企業では子会社の社長に一旦出して、実績を残してきた人を社長にするところも多くなった。従業員は上司から言われたことをやっていればいいが、社長は5年先10年先を見て経営判断を下していかなければならない。

私自身も、30代のうちから不動産賃貸業を始めましたが、経営のノウハウや要領は経験を積んでいかなければわからない。判断も間違えることもあり、判断や決断を間違いないためには運を掴むことも大切だ。今までやってこれたのも幸運があったことも大きい。

社長は多くの社員をまとめなければなりませんが、人柄や人格なども大きな要素になる。部下に対して怒鳴り散らしてばかりいれば社員はバラバラになってしまう。社長や経営者で一番難しいのは従業員をまとめて統率することであり、稲田大臣がトラブルを起こしているのもこのような能力に欠けるからだ。

国会議員でいるうちは、秘書を怒鳴り散らしていても国会議員でいられるが、大臣や総理大臣になれば、多くの役人を使いこなして統率していかなければならない。社長や大臣が大切なのは頭の良さとかいうものではなく、人徳や人をまとめて行く力であり、単なる優等生ではそのような能力は身に付かない。

だから、エリートを育てるのは古典と歴史であり人格が大切であり、頭がいいだけではエリートになれない。しかし年功序列制度では人格に問題があるような人物でも仕事が出来れば年数で出世していける。このような人物が社長になれば、会社内では独裁者のように振舞うが、社外では借りてきた猫のようになる。




日本は、日本海から南シナ海に至る海の部分を、周辺の日本や
ASEAN、オセアニアで取り囲むようにして「地域帝国」を形成する


2017年7月23日 日曜日

閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済 (集英社新書) 水野和夫(著)

「世界は閉じた地域帝国に再編、経済成長は終わる」水野和夫氏に聞く 7月20日 ダイヤモンド・オンライン

ドイツで開かれた主要20ヵ国・地域首脳会合(G20サミット)は、自由貿易や気候変動(パリ協定)問題なので「内向き」に転じた米国と、他国との溝の深さが浮き彫りになった。また、ドイツやロシア、中国などの首脳も、個別に利害調整を図ろうとする姿勢が目立った。世界の潮流が変わり始めたのか。水野和夫・法政大教授は、近著「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済」(集英社新書)で、国民(主権)国家と資本主義の時代が終わり、「生き残るのは、『閉じた経済圏』を確立した『帝国』だ」と予測する。国家、そして資本主義はどこに向かうのか、水野教授に聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン特任編集委員 西井泰之)

「拡張」の時代は終わり
「地域帝国」と「定常経済」に

──米国では「アメリカファースト」を掲げるトランプ大統領が誕生し、英国も国民投票で「EU離脱」を決めました。グローバリズムの旗振り役だったはずの英米の国民たちが、これまでの政治に疑問符を突き付けています。

 国家が、世界に向かっての「拡張」から、世界に対して「閉じる」という選択をし始めていると見ています。こうした状況は今後も続く見通しで、これからは世界がいくつかの閉じた「地域帝国」に再編される一方、経済は閉じた世界を舞台に、ほとんど成長のない「定常経済」に落ち着いていくということです。

 具体的に言いますと、地理的に近いいくつかの国民国家(主権国家)が塊になって、安保や外交、エネルギー確保など、国が主導権を持って取り組まなければならない問題については、「地域帝国」が共通の利害で動く。一方で、国民の生活に関わるような政策については、生産規模で言えば100兆円ぐらいのブロック(地域)が「地域政府」を形成し、その下で行政を行う。こうした「閉じた帝国」の“二重構造”を持った世界システムになると思います。

──転換の背景には何があるのですか。

 資本主義経済が、グローバル化のもとで行き着くところまで行ってしまったということでしょう。資本主義というのは資本が自己増殖していく。常に利潤を求めて、植民地支配をしたり、消費者の欲望を刺激して新商品を売ったりといったことをしながら新たな市場を開拓してきた。「実物投資空間」(実物経済)での「拡大」が難しくなると、90年代からはITや金融というバーチャルな「電子・金融空間」へと向かってきた。しかし、それも「リーマンショック」によって限界が見えました。

 つまり、「生産」を基本にした「産業資本主義」から、カネや情報を高速で移動させて収益を得る構造に変わってきたわけですが、こうした経済は従来ほど雇用を生み出すわけではありません。ごく一部の層や、企業だけが“富”を独り占めする経済になってしまった。しかも「ゼロ金利」に象徴されるように、利潤を生み出せなくなっているだけでなく、かえって経済を不安定にし、格差を拡大させて社会の分裂を引き起こしています。つまり国民国家の存立基盤まで揺るがしているわけです。

国民国家と資本主義の
システムは制度疲労

──資本主義が行き詰まり、国民国家との関係も変わったということですか。

 近代では、国家と資本主義、そして民主主義と資本主義は相互に依存し、分かち難い関係で来ました。産業資本主義の下では、経営者などのいわゆる資本家は、勤勉で高い技能を身につけた国民が産業に従事する方がいい。なかんずく中流層は労働者と同時に消費者でもあるので、両面で大事な存在であるわけです。

 こうした層を、義務教育で育て所得再分配政策で支えるのが国家でした。

 つまり資本主義にとっては、民主主義が進むことは生産効率を上げるのに適しているし、一方で民主主義を維持するには中流層が一定の豊かさを享受することが条件。そのためには資本主義が発達し、国民経済を大きくする必要があったのです。

 だが、資本は国境を超えて自由に移動するようになった。先進国では雇用が減少、賃金も抑えられて労働分配率は下がり続けてきました。

 もはや資本と家計(労働者)は、国家という「同じ船」に乗っていないし、国家も資本主義がもたらす不安定や格差を制御できなくなっています。

 歴史的に位置づければ、国家というものの下で、民主主義と資本主義をベースに成り立っていた「近代」システムが制度疲労を起こし、次の段階に入り始めたということでしょう。

日本はASEAN諸国などと
“東の地中海”圏を作る可能性

──それが「閉じた帝国」が複数、並び立つ世界システムということですか。

 これまでは、オランダや英国、米国と、その時期に最も生産力のある国が覇権国になり、「影の帝国」として世界秩序を維持してきました。そうした国は、独の政治哲学者、カール・シュミットの言う「海の国」でした。

 米国を除くと、国内市場はそう大きくないものの、周囲を海に囲まれているため外に向かって進出し、海外に市場を拡げていった。いわば「海の国」による「拡張」の歴史だったと言えるでしょう。

 しかし、今後、「地域帝国」が形成されるとすれば、今度はいわゆる「陸の国」であるユーラシア大陸の国が中心になると思われます。ドイツの他、ロシア、トルコを中心としたイスラム諸国、それに「シルクロード経済圏(一帯一路)」構想を掲げる中国なども可能性があるでしょう。

 現代において、「地域帝国」のイメージにもっとも近いのはEU(欧州連合)です。EUは、加盟国それぞれが主権を欧州政府に移そうとしているし、通貨を共通化し、金融政策も一本化している。うまくいっていない面も多々ありますが、まさにEUはポスト近代に向けた「実験」だったのです。

 EUはミニグローバリゼーションだという見方もあるが、「拡張」一辺倒ではありません。加盟国が多くなり過ぎたため、見直しの動きも出てくるでしょうし、英国の離脱を機にドイツを中心とした統合の深化を進めることになっていくでしょう。

──日本はどうなりますか。

 「閉じる」という意味で日本は、日本海から南シナ海に至る海の部分を、周辺の日本やASEAN諸国、オセアニア諸国で取り囲むようにして「地域帝国」を形成することになるのではないでしょうか。

 かつて、地中海を囲むようにイタリア、スペイン、北アフリカなどが一大経済・文明圏を作ったように、“東の地中海圏”を作るイメージです。

 そうなった場合、日本の首都も東京ではなく、地理的に近い九州に移すほうがいいかもしれません。領土問題や歴史認識問題などがあり、今は多くの人が夢物語のように感じるかもしれませんが、中世から近代への移行も200年かけて進んだわけですし、これから百年先まで今の状況が続くとは思えません。

 日本の将来を考えたとき、少なくともそうした未来像を描きながら準備しておく必要があるのではないでしょうか。(後略)



(私のコメント)

グローバル化の問題は、経済の世界では比較的グローバル化の動きに適応がしやす いが、国家ではグローバル化は主権の問題なども絡んでくるから難しい。国家と経 済は昔は一つに重なっていたが、経済は利害さえ合えば拡大して行っても問題がな い。EECなどの経済連合はEUとして発足してから国家連合の様相を呈してきましたが 、国家連合となると広がりすぎて纏まりがつかなくなってきてしまった。

イギリスのEU離脱の動きは、経済的に見ればマイナスですが、国家的には大陸側と の利害が衝突しやすくなり分離の動きが表面化した。海洋国家と大陸国家とでは文 化も異なってくるし考え方も異なってくる。だからEUのように国家統合を強引に進 めようとすれば利害が衝突してしまう。

EUでは通貨までユーロを作って統合の動きが強化されましたが、各国の経済力が異 なれば経済政策も異なり、ひとつの政策だけではうまく機能しなくなる。強権的な 政府ができて独裁国家であれば、ロシアや中国のように広大な国家と経済がひとつ になりますが、民主国家では広大な国土を維持することが難しい。

アメリカも広大な国土を持つ国家ですが、発足は国家の連合体であり、国力が衰えれば分離独立の動きも出てくるだろう。トランプのような大統領が出てくるのも、 アメリカは海岸部と内陸部の違いが表面化してきて、内陸部はラストベルト地帯と 呼ばれてグローバル化の波に乗れてきていない。

グローバル経済は、豊かなものはより豊かになりグローバル化万々歳ですが、貧し い者は時代に波に乗れずにますます貧しくなっていく。それに国内における地域格 差も大きくなって、グローバル化の弊害も大きくなってきた。大都市は国際化して 経済も活発になりましたが、過疎地帯では人口の減少や産業の衰退が起きて貧しく なった。

国家間にしてみても、EUではドイツの一人勝ちになり、周辺諸国にとっては経済の 不均衡が拡大してきて不満が高まってきた。PIIGS諸国では財政の破綻リスクが大き くなり経済格差が拡大した歪が出てきた。アメリカにしても豊かなニューヨークや ロスに比べるとラストベルト地域は取り残されて地域格差が生まれた。

グローバル化の旗頭だったアメリカやヨーロッパでグローバル化に逆行する動きが 出てきたのは、歪が大きくなってきたからだ。経済成長が続いているときは歪は表 面化しないが、経済が停滞すると歪が大きく浮かび上がってくる。資本主義が生産 を基本にした経済なら工場を分散して作れば全体が豊かになるが、金融を基本とし た資本主義では一部しか豊かにならない。

このようになると国民国家と資本主義とがバラバラになって対立が生じるようにな った。企業はますますグローバル化して世界的になっていきますが、国民国家は格 差が広がり財政は破綻してくる。グローバル企業は国家に税金を払わずタックスヘ イブンに利益を隠してしまう。

水野氏は、「もはや資本と家計(労働者)は、国家という「同じ船」に乗っていな いし、国家も資本主義がもたらす不安定や格差を制御できなくなっています。」と 述べていますが、企業は国家の枠から飛び出して自由に動き回れるが、国民は自由 には動けないからグローバル化に取り残されてしまう。

国民が自由に動けたら、国家は成り立たず、豊かな地域に人が集中してしまう。ド イツやイギリスなどに中東からの移民が殺到して混乱していますが、グローバル化 が本格化すればそのようになってしまう。日本も例外ではなく中国やアジアからの 移民が殺到してくるかもしれない。そうなると国家の崩壊であり、グローバル化の 末期症状になる。

グローバル化においても、海洋国家のグローバル化と大陸国家のグローバル化とで は意味が違ってくるようだ。中国は一帯一路のシルクロード経済圏を構想していま すが、高速道路や鉄道などで大陸内部を自由に動ける構想なのだろう。それに対し て海洋国家のグローバル化は既に海そのものが交通路として機能している。

日本の場合も海洋国家であり、日本海から南シナ海にいたる地中海が内海化して、地域経済圏になるのだろうか。その場合中国が入るかどうかはわかりませんが、中国は大陸国家であり海洋国家ではない。また朝鮮半島も北部は大陸国家だが南部は海洋国であり摩擦が起きやすい。中国も沿岸部と内陸部と北と南では大きく環境も違うから分裂国家になるのではないだろうか。




石炭火力発電では、メガワット時のコストが100ドル前後で推移してきた一方、
太陽光発電は、10年前の600ドルから100ドル以下へと6分の1にまで縮小した


2017年7月22日 土曜日

◆太陽光発電の発電コストが石炭火力発電以下に。ソーラーが「お得」な時代へ 1月17日 松岡由希子

<長年"コスト高"という大きなデメリットを抱えてきた太陽光発電が、近年、技術の進化と規模の経済性で、コスト競争力のある発電方式となりつつあることが明らかになった>

 太陽光発電は、化石燃料を必要とせず、発電時に温室効果ガスや騒音、振動などが発生しない、環境負荷の低い再生可能エネルギーの発電方式だが、発電設備のコストが比較的高いため、発電量あたりのコストが従来の火力発電に比べて高くなりがちであった。

 このように長年"コスト高"という大きなデメリットを抱えてきた太陽光発電だが、近年、技術の進化などに伴って、コスト競争力のある発電方式となりつつあることが明らかになっている。

世界30カ国以上で、太陽光発電コストは石炭火力発電以下に

 世界経済フォーラムの報告書では、オーストラリア、ブラジル、チリ、メキシコなど、世界30カ国以上で、太陽光発電の発電コストが、石炭火力発電以下に低下しており、2020年頃までに、同様の現象が世界の約3分の2の国々に広がると予測している。

 発電所の設計、建設から運用、廃止までのコストを総発電量で割った「均等化発電原価(LCOE)」で比較すると、石炭火力発電では、メガワット時のコストが100ドル前後で推移してきた一方、太陽光発電は、10年前の600ドルから100ドル以下へと6分の1にまで縮小した。

 太陽光発電の発電コストが低下した要因として、発電効率の改善と発電設備の廉価化が挙げられる。米国の国立再生可能エネルギー研究所(NREL)によると、ソーラーパネルの変換効率は、20年前の15%から、現在、46%にまで上昇。また、生産プロセスの改善や規模の経済性により、発電設備の製造コストが大幅に削減され、太陽光発電の発電コストを押し下げている

 太陽光発電の発電コスト低下は、新興国でも顕著に認められる。ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス(BNEF)によると、中国、インド、ブラジルなど、非OECD加盟国58カ国では、2016年時点で、太陽光発電導入コストが165万ドル/MWとなり、風力エネルギーをわずかに下回った。また南米チリでは、太陽光発電業者が29.1ドル/MWhの条件で政府と売電契約を設定した事例が話題となっている。

フランスで世界で初めて、ソーラーパネルを敷設した道路が完成

 規模を問わず、発電効率が一定な太陽光発電は、大規模な発電所からスマートフォン向けの充電器まで、様々に導入できるのも特徴だ。たとえば、フランスでは、2016年12月、世界で初めて、ソーラーパネルを敷設した道路が完成。英国では、2017年1月から、電車の側面にソーラーパネルを装着し、太陽光エネルギーを電力として利用する調査プロジェクトが始動している。

【参考記事】テスラが描くエネルギー新世界

 いわずもがな、地球温暖化防止の観点からも、太陽光発電は有力な発電方式だ。2015年12月の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)に続き、2016年4月には、インド、オーストラリア、フランス、エチオピア、ブラジルを含む25カ国が、太陽光発電に関する研究開発や普及のために1兆ドル(約114兆円)を投資することで合意した。太陽光発電のコスト競争力が高まるにつれて、先進国、新興国を問わず、日射量の多い国・地域を中心に、太陽光発電への投資が多様に増え、太陽光エネルギーの活用は、ますます広がっていきそうだ。



(私のコメント)

科学技術の進歩は日進月歩であり、少し前の非常識が現在では常識に変わってしまう。太陽光発電もとても火力発電にはコストで敵わないと思われていたものが、今では石炭火力発電よりも発電コストが安くなっているということです。日本では原子力発電が一番コストが安いと言われていましたが、安全性確保のためのコストが上昇している。

太陽光発電所は個人でも出来る規模であり、地方に行くとあちこちに太陽光発電パネルを見かけるようになりました。休耕田などに太陽光発電設備を作れば一石二鳥であり確実に電力会社が買い取ってくれる。電力会社の買取価格も年々下がってきているが、太陽光パネルのコストもそれ以上に値下がりして格安で作れるようになって性能も向上している。

私自身も千葉のアパートの近所は空き地があちこちにあり、その土地を借りたり買い取って太陽光発電設備を作っても10年くらいで元が取れるくらいになった。あとはバッテリーなどの進歩でコストが安くなれば蓄電することで電気の自給自足ができるようになるだろう。家庭用のバッテリーは嵩張ってもいいのでコストは安くできるはずだ。

住宅メーカーでも電気の自給自足を売りにする住宅が発売されましたが、私のアパートも隣の土地に太陽光発電設備を作って、電気と水は自給自足ができるようにしたいと考えています。そうなると電力会社は家庭用電力の売り上げが低下してしまう。だから日本では原子力発電が強引に進められてきた。

「株式日記」は原子力発電賛成派と決め付けている人がいますが、原発の再稼働に賛成しているだけで積極的な原発推進派ではない。せっかく一基7000億円もかけて建設したのだから稼働させたほうがいいと言っているだけだ。特に軽水炉型原発は50年前の技術であり安全対策に金がかかりすぎるから壁に突き当たっている。

2008年10月23日の株式日記では、「なぜ日本には風力発電所や太陽光発電所が作られないのか?」と題して書きましたが、福島第一原発事故の前であり、2009年11月2日の「株式日記」では「太陽光発電について、発電量の全額を相場の倍額で買い取る制度が始まった。」と書いており、自然エネルギー推進派であり、2009年9月14日の「株式日記」にも次のように書いている。

(私のコメント)
「柏崎原子力発電所も浜岡原子力発電所も地震の被害で止まっています。日本にある36基の原子力発電基のうち17基が停止中です。日本に巨大地震が起きて発電所が一斉に停止したら大きな被害が出ます。だから日本にも自給自足型のエコロジー発電の普及に努めるべきでしょう。しかし地方においては公共事業が橋や道路を作るばかりで、電気の自給自足する発想が見られない。

食料なども安全保障などから減反政策など廃止して地方は食料の自給自足体制を整えるべきです。エネルギーにしてもエコロジーの発電所を作れるのは地方にしかなく、日本にはなぜヨーロッパのような風力発電所が出来ないのか考えてきましたが、日本型のエコロジー発電所を地方に作るべきだろう。原子力発電所も地震災害に弱いことが分かりましたが、太陽電池発電所なら災害にも強く非常用発電を賄えるだろう。」


このように、福島原発災害の前においても、原子力発電所が自信災害に弱いことを指摘して、自然エネルギー開発すべきだと書いてきたのですが、どういうわけか原発推進派とレッテルを貼られてしまっている。現在は火力発電で電気をまかなっていますが、天然ガスも決して安いものではなくいつ海外からの供給がストップするかもしれない。その時のためには電気の自給自足は安全保障対策にもなる。




稲田朋美も田中真紀子も大臣失格。政策についてロクな知識がない
のに、制服組を見下すような態度を取り、いつも高圧的に命令する。


2017年7月21日 金曜日

反乱官僚が“稲田潰し”開始 隠蔽容認報道は省内リーク濃厚 7月21日 日刊ゲンダイ

「日報廃棄」問題で大揺れの稲田朋美防衛相(58)。防衛官僚による「隠蔽」を了承していた疑いが強まっている。今回の一件、情報の出元は自衛隊の上層部だとみられている。防衛大臣に就任後、現場をバカにし、勝手なことをやってきた稲田大臣に対し、自衛隊幹部はカンカンになっている。怒りを募らせた制服組は、稲田朋美防衛相を辞任に追い込むつもりだ。

 自衛隊内での稲田大臣の嫌われ方は相当なものだ。自衛隊関係者はこう言う。

政策についてロクな知識がないのに、制服組を見下すような態度を取り、いつも高圧的に命令する。皆、『なんだ、あいつは』『やってられねぇ』と怒りを募らせていました。8月3日の内閣改造で外されるのは確実だから、放っておいても稲田大臣はいなくなります。でも『このまま“円満退社”させたくない』と多くの自衛隊幹部が腹の中で思っている。と同時に、安倍首相に重用されているだけに、万が一の留任の可能性を潰すために、関係者が内情をリークしたとみられています」

 稲田大臣と現場が反目するきっかけとなったのは、防衛相をサポートする役割を持つ「防衛大臣政策参与」の“クビ切り”事件だ。稲田大臣は昨年末の人事で3人いた参与を全員クビにしたのだ。

「切られたのは、稲田大臣の『先輩大臣』である森本敏元防衛相ら3人です。稲田大臣本人は『言うことを聞かないから私が辞めさせたのよ』と手柄話のように周囲に話していたといいます」(防衛省担当記者)

■トドメは“ランチミーティング”

 さらに、役人からレクチャーを受ける時は、傍らに六法全書を置き条文や判例を細かくチェック。根拠法を記載することをエラソーに求めるから、役人は作業量増大。大ブーイングが上がっていたという。トドメは、自衛隊員が九州北部の豪雨で救助活動に汗をかく中、約1時間も防衛省を不在にし、ルンルン気分で支援者との“ランチミーティング”に行っていた一件。怒りを通り越して呆れ返った自衛隊員も多かったという。

 今回の「稲田氏、PKO日報の隠蔽を了承」との共同通信のスクープは19日未明だった。稲田大臣が事実を否定すると、7時間後の19日朝に「緊急会議の2日前にも電子データ保管の事実を大臣に報告」と間髪入れずに第2弾を報じている。現場が次々にリークしたのは間違いないだろう。今後もリークが続出する可能性がある。軍事ジャーナリストの世良光弘氏はこう言う。

今回の報道は、自衛官の実情を把握していない稲田大臣に不満を募らせた防衛官僚のリークの可能性があります。私もかつて通信社で働いていた経験があるので、共同通信が“フィクション”の記事を書くとは思えません。確たる情報源があっての報道でしょう。稲田大臣が辞任しない限り、同様のリークが続くこともあり得る。稲田大臣は、事細かに部下の報告をチェックしていたといいますから、『報告は受けていない』という説明はにわかには信じられません。しっかりと検証する必要があります」

 7月の中央省庁人事は一段落。防衛省も自衛隊も怖いものはない。加計学園問題でも、内部から続々と「証拠文書」が流出した。“文科省の春”が、防衛省に飛び火した格好である。それもこれも、稲田大臣を更迭しなかった安倍首相の自業自得である。


(私のコメント)

稲田大臣の問題も、政治家と官僚との権力闘争なのですが、大臣がハチャメチャだと官僚たちもやってられない。以前にも田中真紀子外務大臣の時と状況がよく似ている。気負いばかりが先走って官僚たちに威張り散らして省庁を混乱させる。音を上げた官僚はトラブルをマスコミにリークして対立が深まる。

特に防衛省という大組織は統率力がないと、単に命令だけでは動かない。国会でも野党の集中攻撃を受けるから、答弁も気をつけなければなりませんが、稲田大臣の答弁は籠池氏との関係でも虚偽答弁がバレてしまうなど資質に問題があった。国会議員でいるうちは大して忙しくもなく、問題がなくても務まるが、大臣となると行政庁のトップだから朝から晩まで忙しい。

稲田大臣は弁護士出身であり、会社に就職したりして大組織に所属したことがない。だから防衛省のような大組織を動かす事の大変さがわからない。弁護士も国会議員も個人企業のようなものだから、行政組織の大臣ともなれば組織の論理が分からなければ、組織の幹部たちも我侭な大臣について行けなくなる。

テレビの画像を見ても、明らかに稲田大臣は浮いており目が死んでいる。忙しくて疲労困憊しているのかもしれない。大臣には多くのスタッフがついて統率しなければなりませんが、スタッフたちを怒鳴り散らして威張りまくる。豊田真由子議員も秘書に当たり散らしましたが、稲田大臣も同じだったのだろう。

稲田大臣は毎年8月15日に靖国神社に参拝していましたが、去年16年8月15日には海外出張で参拝しなかった。その祟りで籠池騒動が起きたのかもしれません。稲田事務所は籠池氏の顧問弁護士の契約をしていましたが、国会答弁では全面否定していた。

稲田大臣は弁護士をしているくらいだから頭も良く記憶力もあると思うのですが、典型的な頭が良いが仕事ができないタイプの女性であり、防衛大臣はとても務まらなかった。田中真紀子も稲田朋美も演説などは上手だったから国民的な期待も高かったが、実務的な能力は協調性がなくてダメなようだ。

周囲のスタッフの能力を使いこなせればいいのですが、独断専行型であり、靖国神社に何故参拝しなかったのかと問われると、涙ぐんでしまった。田中真紀子も小泉首相から「涙は女性の最大の武器だ」とまで言われるようになった。田中真紀子も稲田朋美も初の日本の女性総理と期待されましたが、外務大臣も防衛大臣も務まらなかった。

安部総理としては、稲田大臣を更迭しては経歴に傷がつくので先送りにしているが、都議会議員選挙では稲田大臣の応援演説がもとで自民党が大敗した原因の一つにもなっている。確かにこのようなお粗末大臣では防衛省もやってられないから官僚たちはリークして大臣の交代を求めている。

最近の国会議員の質が低下してきたのは、なんとかチルドレン議員が増えてきたからですが、ブログも書けないようなお粗末議員が多い。ブログも書けないから満足な演説すらもできずに二度目の選挙では大量落選する。ネット化社会になっても国会議員はネットを使った広報活動ができず、国民は資質を見分けることもできない。




「これを奪うことが日本を再起不能にする。二度とアメリカに歯向かわない
国にする」と確信したマッカーサーは、これを教育で徹底的に破壊した。


2017年7月20日 木曜日

マッカーサーが見た日本人の弱点 pride and history.

1941年12月8日、真珠湾攻撃と同日、マッカーサーは、アメリカの植民地だったフィリピンで日本軍を迎え撃つ。マッカーサー軍15万人に対し、日本軍はその3分の1にも満たない4万3000人。マッカーサーは余裕で撃退できると自信を持っていた。

しかし日本は、初日の爆撃で大きな成果を上げ、フィリピンの航空戦力を壊滅まで追い込む。その状況にマッカーサーは、「日本軍の戦闘機は、ドイツ人パイロットが操縦していた」と本部に報告するまで日本軍を低く評価していた。

ところがその日本軍の怒涛の進軍は止まらず、マッカーサーは侵攻からわずか1ヶ月で首都マニラを明け渡すことになり、マニラ近くのバターン半島での防衛戦しか残された道はなかった。

小さい半島で大軍を抱えることになったマッカーサー。致命的なことに食料がなく、飢餓と疫病、そして連日の日本軍の猛攻に誰もが衰弱していった。「このままではマッカーサーが捕虜になりかねない」と見かねたワシントン側が、マッカーサーにフィリピン脱出を命じた。

悩んだ末の決断ではあったものの、司令官たる者が部下を捨て、なんと8万人以上もの捕虜を残して、マッカーサーは暗く狭い魚雷艇に乗って戦地を脱出していった…

(中略)

しかし、こんなに日本に恨みを持つ人物が、日本占領政策のトップに就任したとは、私たちにとって最大の不幸だったのかもしれない…。

マッカーサーは1941年からずっと日本人について考えてきた。いや、もっと前からかもしれない。マッカーサーは小さい頃父親と共に来日し、日本軍の英雄である乃木希典や東郷平八郎と会う機会すらあり、その生き方に感銘を受けた日本通でもあった。

そんなマッカーサーだからこそ、日本人の強みの原点は既に見抜いていた。

それは、日本人特有の精神文化、規律のとれた習慣、周りを思う道徳心。

この強みこそ、日本人の弱点になってしまった。「これを奪うことが日本を再起不能にする。二度とアメリカに歯向かわない国にする」と確信したマッカーサーは、これを教育で徹底的に破壊することに力をいれる。

そのスピードは早く、占領開始から2週間もせず「国体」と「神道」の抹殺を命令、2ヶ月後には現行教科書の使用を停止、4ヶ月後には教育界やマスコミから都合の悪い人物を公職追放で駆逐、8ヶ月後には不適格な思想を持つ教職員を排除するための審査を開始。この審査にあたっては、全国130万人もの教職員が対象になった。そして1年後には、高等師範における英才教育の廃止なども行われている。

そして、明治より学校教育のベースになっていた「教育勅語」が、「軍国主義を生む」として捨て去られる。だが、それを学んできた私たちの祖父母、その親兄弟たちは、そんなに好戦的な恐ろしい人たちだったのだろうか?

さらに、同じく明治から日本が「欧米列強に牛耳られまい」と取り組んだ、日本的なイデオロギーや列強の研究などを扱った書物が、7千冊以上GHQにより葬り去られた。先人の叡智の結晶とも言えるものが、現代の私たちの目には決して触れないようになってしまった。

日本が弱くなってしまった理由

こうして、過去から受け継いできたものを全部捨て去って、日本の教育が空洞化したところで日本人に教えられるようになったのは、「歴史の上澄み」と「平和を愛する民主主義」。

これでは日本が精神的主柱をなくしてボロボロになるのは必然だった。「過去を失い自分の国のなりたちがわからない」とはつまり、「自分のこともわからない」ということ。アイデンティティを喪失し、目隠し状態になった日本人。これは、マッカーサーの計画通りになってしまった。

結果として私たちの多くは自分の国の歴史、特に近代史を「なんとなく」しかわからない状況になり、しかも「侵略戦争をした」とする後ろめたい気持ちすら埋め込まれている。なので外国から謝罪を求められれば、毅然とした対応が取れず、何度も何度も謝罪してしまう。

日本政府や高官が戦後、公式に謝罪に触れたのは45回。非公式ならそれ以上になる。

「あの太平洋戦争はなぜ起きたのか?」 こんな大事なことも私たちが話したり考えたりすることすら、タブーのように扱われてきた。

先人たちがどうしてあんなに血を流したのか、何のために戦ったのか、どうしてあんな戦い方ができたのか? それに答えられないままでいる。

一般的には、軍部の一部が暴徒化して、侵略行動を激化させていったとされている。これは、マッカーサーが実質責任者だった東京裁判の考え方でもある。

しかし果たしてそれだけだったのか? 資源もない日本が国力と国民を削ってあれだけ大きな戦争をしたのは、ただの一部の人間の利己的な侵略のためだったのだろうか? 

日本が戦争した理由に答えられない日本人

その答えのためにもう少し時代を遡ってみれば、太平洋戦争前も、日本は驚くほど多くの大戦争をしている。太平洋戦争、日中戦争、第一次世界大戦、日露戦争、日清戦争…。そしてその前は国内でも西南戦争と戊辰戦争が起きている。

しかしその前はといえば? 天下泰平の江戸時代は260年も戦争がなく平和だった。その日本人が、江戸が終わってから明治維新を経て、終戦に至るまで約70年。決して豊かな国ではないのに、多額の借金を背負い、多くの犠牲を出して、人が変わったように戦争に走ったのはなぜだったのか?

明治以降に日本人が作り上げた教育勅語や数々の書物をマッカーサーがあそこまで徹底的に葬り去ったのは、そこには何か知られたくない秘密でもあったのだろうか?

日本が数多くの戦争に走った起源である明治時代。そのころに育まれた精神や知恵を失った日本人。この空白には、一体何があったのか。(後略)



(私のコメント)

戦後70年も経つと戦前に教育を受けた世代がいなくなり、ほとんどが戦後の教育を受けた人ばかりになった。戦後の教育は終戦直後のGHQによって指令された教育が未だに続いており、日本の政治家たちも中国や韓国に言われるままに45回も謝罪を繰り返している。

戦争の名前すら大東亜戦争から太平洋戦争と変えさせられてしまいましたが、未だにそれは続いている。つまりGHQによって書き換えられた歴史がそのままなのだ。戦後において130万人もの教員の思想調査が行われて「危険思想」の教員は排除されてしまった。経済界も公職追放で思想の弾圧が行われた。

しかし講和条約で日米関係が正常化しても日本国内からアメリカ軍が立ち去ったわけではなく、吉田茂総理が単独で署名した日米安保条約でアメリカ軍は立ち去らなかった。つまり日米安保が存在する限り日本の独立はありえないのであり、在日米軍は日本を守るためにいるのではなく占領するために駐留しているのだ。

安倍総理が憲法改正を言い始めた途端に、マスコミはモリカケ問題で集中攻撃をし始めましたが、憲法が改正されて国軍が正式に認められるようになると在日米軍がいらなくなり、これはアメリカにとってもまずいからマスコミや官僚たちはアメリカに「忖度」して安部総理を辞任に追い込もうとしている。

第一次安倍内閣も「戦後レジームからの脱却」をスローガンに掲げた結果、これもまた官僚たちがアメリカに忖度して大臣スキャンダルをマスコミにリークして退陣させた。今またそれが始まっている。安倍総理も靖国神社参拝が一回で終わってしまいましたが、靖国神社の御利益も消えかかってきたのだろうか。

安倍内閣の支持率が落ちてきたから、そろそろ靖国神社参拝を8月15日に行って見れば支持率も回復するのではないだろうか。マッカーサーが行ったことは思想弾圧であり靖国神社に対する宗教弾圧でもあった。日本人から歴史観を抹消して小説家を動員して小説でデタラメな歴史観が植えつけられた。

アメリカにとっては東京裁判史観が否定されることは、思想戦における敗北を意味するから容認されることではない。7月17日にフーバー大統領の「裏切られた自由」という著書を紹介しましたが、ルーズベルト大統領の行ったことに対する批判であり、アメリカはスパイ戦においてソ連に取り込まれてしまっていた。

戦後になって冷戦が始まると、アメリカは赤狩りを行ってチャプリンなどの共産主義者を追放しましたが、アメリカの民主党にはまだ共産主義者の残党が残っている。だから中国共産党とも親密な勢力が有り、安倍総理のような右派政治家に嫌悪感を示す歴史家が多い。だからフーバー大統領の「裏切られた自由」は2011年まで発刊されなかった。

日本がなぜアメリカとの戦争に踏み切ったのかもまだよくわかりませんが、東京裁判史観では軍部にその責任が負わされた。しかし戦争に一番積極的だったのは国民世論であり、戦争を煽っていたのは朝日新聞などのマスコミだった。戦前も戦後も新聞などのマスコミがスパイ工作の主戦場であり、近衛内閣の相談役の尾崎秀実はソ連のスパイだった。

現在でも朝日新聞はスパイの巣窟であり、朝日新聞の言うことを聞いていたから日本は戦争になったのだ。しかし戦後になっても朝日新聞は戦争責任を取らずに済んだのはスパイの巣窟であることをGHQが利用しようとしたからだ。マッカーサーは日本国民が朝日新聞の言うことには従順であることを知っていたからだ。それは今でも変わりがない。




実は「専業主婦」という仕組みが少子化の原因のひとつ
になっています。戦前は男女共働きが普通でした。


2017年7月19日 水曜日

いまの社会保障は非正規雇用者をカバーできない仕組みになっている。正社員を守りすぎる規制をなくし同一労働同一賃金の実現を  7月18日 城繁幸

現行の社会保障制度は非正規雇用が想定に入っていない

みんなの介護 中編「人口が増えることを前提とした現行の年金制度が変わらなければ移民はおろか、就職氷河期世代を支えることさえ困難な状況」では、正規雇用と非正規雇用の格差是正が直近の課題のひとつだというお話が最後にありました。「派遣切り」という言葉は最近それほど聞かれなくなりましたが、非正規雇用をめぐる問題はまだ解決されていないのでしょうか?

 今の社会保障制度の問題点は、正社員と自営業しか想定していないことです。例えば年金で言うと、正社員として勤めていた夫婦ならば厚生年金を含めて月に15万前後もらえます。自営業なら身体が動くまで定年がありませんから、収入と国民年金の6万円を合わせて暮らしていけます。

しかし、非正規雇用かつ65歳以上、という人たちのことはまだ想定されていませんよね。特にスキルを持たない人たちが、どうやって月6万円の国民年金だけでやっていけるのか。大量に切られることはなくなっても、問題そのものは解決していないんです。

みんなの介護 非正規雇用者の保障問題を解決するにはどんな手立てがあるでしょうか?

 社会保障の解決もそうですし、労働市場の解決も必要ですね。正規雇用と非正規雇用の格差は、規制が多すぎることから生じているので、正社員の解雇や賃下げを柔軟にできるような規制緩和も必要です。

みんなの介護 そうすることで正社員の賃金だけが高止まりせず、非正規雇用にお金が回って来やすくなるんですね。

 もうひとつ、非正規雇用者は雇用期間の上限が規制されています。派遣なら3年、有期雇用なら5年ごとに職場を転々としなければいけないので、なかなか付加価値のあるスキルが身に付かない。寿司屋でたとえるなら、皿を洗ったりお掃除したりというような、誰がやっても良いような仕事しか任されないわけですよ。肝心のネタを捌いたり握ったりするのは社員だけ。

スキルが身に付かないと、いつまでも賃金が上がりません。これが賃金格差の最大の原因です。こういう規制をなくして、同一労働同一賃金が成立するような環境整備をしないことには前に進まないですよね。

みんなの介護 同一労働同一賃金というのは雇用形態や性別、学歴などに関わらず、同じ仕事をする人は同じ水準の賃金を受け取る仕組みのことですね。

 ええ。そのためには政府が“同一労働同一賃金基本法”のようなものをつくって企業に見直しを促すことも有効でしょうね。

そうなると、派遣社員の方が正社員に比べ給料が上回るケースが出てきます。それは本来、正しいことなんです。同じ仕事をしている派遣社員と正社員がいるとすると、派遣社員の方が解雇しやすいぶん時給が高くなりますから。

専業主婦制は、経済の停滞した現代では少子化の一因に

みんなの介護 少子化についてはどうお考えでしょうか?

 実は「専業主婦」という仕組みが少子化の原因のひとつになっています。一般的に専業主婦は日本の伝統的なスタイルのように思われていますが、実はそれができたのは戦後のことです。農家などを例に取るとわかりやすいですが、戦前は男女共働きが普通でした。女性が家を守り男性は外で働いて…という暮らし方が可能だったのは一部の上級武士だけですよ。

みんなの介護 それは意外な事実でした。なぜ戦後、そのような専業主婦制が浸透していったのでしょうか?

 ここでも終身雇用制度が絡んできます。前編「労働市場が流動的ではないから長時間の残業、地方への転勤、転職の不利など問題が生まれている。年功序列と終身雇用の廃止が必要」でもお話ししましたが、終身雇用を守るためには転勤が欠かせません。例えば「大阪で社員が足りなくなりました」となったとき、終身雇用制度のもとでは余剰感のある他の地方から社員を転勤させることで雇用そのものを守るわけです。

もうひとつ、長時間残業もつきまといます。従業員が100人必要な企業があったとすると、終身雇用制度の元ではだいたい70くらいを雇うに留めておくんです。なぜなら、終身雇用制度で社員の人数調整ができないため、仕事が少ない時期に人手が余ってしまうからです。逆に繁忙期には70人で100人分以上の仕事をしなければならないので、月150時間くらい残業が発生することになる。

みんなの介護 「転勤」と「長時間の残業」が、終身雇用制度のもとでは不可欠なんですね。そうなると、夫婦共働きが難しくなり、専業主婦が増え、結果として少子化が進んでしまう…と。

 例えば、旦那さんが九州に転勤になったからといって奥さんも一緒に転勤させるのは難しいですよね。夫が長時間残業する分、誰かが家庭に専念しないといけないし。ちなみに東大の社会学者・上野千鶴子さんは「専業主婦は社畜の専属家政婦だ」なんてというきつい言い方をしていましたが…。

雇用制度を見直せば、既婚率・出生率が上がる可能性はある

みんなの介護 その専業主婦制がなぜ、子育てのネックになっているんですか?

 90年代後半までは、奥さんが専業主婦でも子供を2人産み、ローンでマイホームを買うだけの給料を企業が支払うことができたんですよ。でも今は経済が停滞しているので、40代を過ぎても半分以上のサラリーマンは平社員です。となると旦那さんが働くだけの世帯は、「家は買うけれど子供は1人でいいよね」ということになるんです。

みんなの介護 それが出生率低下の一因になっているんですね。一方で、結婚離れについてはどう思いますか?

 それはまた別の話でしょうけど、バブル世代くらいまではお見合い制度がまだ残っていて、家の近所にはお見合いを勧めてくるおばあさんが必ずと言っていいほどいたし、会社の上司もお見合いを勧めていました。そういう外部からのプレッシャーなしに結婚に踏み切れるほど、日本人は大人になりきれていない感じがするんですよね。だから恋愛関係で止まってしまっている。

さらに言うなら、大企業はかつて男性正社員のために花嫁さん候補を採用していたんです。これは多くの場合、「一般職」という転勤のない枠で採用される事務系の女性です。しかし90年代後半、景気が後退してくるとコストがネックになってその文化は廃れていきました。代わりに女性の派遣社員を採用しても、どんどん入れ替わってしまうのであまり結婚には繋がらないんですよね。

みんなの介護 専業主婦や少子化にまで絡んでくるなんて。雇用制度が社会に与える影響はそれほどまでに大きいんですね。

 しかし、少子化対策として打つ手はまだあります。例えば正規雇用と非正規雇用では既婚率が倍くらい違う。ということは経済的な理由によって結婚できない人たちが一定数いるんですよ。逆に言えば、同一労働・同一賃金の実現によって非正規雇用の労働環境を良くすることができれば、彼らの既婚率を上げることもできます。既婚率が引き上げられる可能性がある。

もうひとつ、夫婦が欲しがっている子供の数は過去に比べてそれほど減っていないんです。にも関わらず、実際に産む子供の数は減っている。ということは、子供を持ちたくても持てない理由についてメンテナンスすることで、出生率を上げられる可能性がありますよね。

賃上げは難しくても、長時間労働や転勤をなくすことでそうした理由のいくばくかは軽減することができるかもしれない。未婚者の既婚率を上げることと、既婚夫婦が持つ子供の数を底上げすること。この2つに取り組むことで、出生率を他の先進国並みには上げることができるのではと思っています。



(私のコメント)

「株式日記」では、女性もフルタイムで働くべきだと書いてきましたが、もちろん今のままフルタイムで働くのは無理が出てくる。戦前までのライフスタイルでは上流社会だけが専業主婦であり「奥様」と呼ばれていた。それが戦後になって中流社会や下層社会にまで「専業主婦」が広まっていた。経済状況がそれだけ良かったからです。

しかし高度経済成長が終われば、中流階級は「専業主婦」ではやっていけなくなりパート労働で家計をまかなうようになった。しかし老後までを考えれば共働きでないと年金などの受給だけではやっていけない。つまり中流以下の家庭では夫婦共働きでフルタイムの正社員でないといろいろ歪が出てくる。

私が会社員の時代でも、女性社員たちは結婚して子供ができると当然のように退職していった。高度成長期ならマイホームを買っても値上がりして住宅ローンの負担は少なく、買い替えしてより大きな家を買うことができた。しかし住宅の値上がりがストップして暴落するとそのような生活ができなくなった。

世代人口を見れば、団塊の世代と団塊ジュニア世代の山があるが、団塊ジュニア2世の世代の山がない。バブルが崩壊して住宅も暴落して家計が貧しくなったからだ。つまり家計が苦しくなって子供は一人までと制約されてしまったからだろう。団塊ジュニアの世代でも家計が豊かなら子供を二人三人ともうけたはずだ。

「専業主婦」は欧米でもいるが上流社会だけであり、中流以下の世帯では共稼ぎが普通だ。もちろん妻もフルタイムで働いている。その代わりに子育て世代の保育所などの整備などが整っているから可能なのだろう。欧米などでは車で通勤するから子供の送り迎えなどは楽だが、日本の場合は大都会は電車通勤だから保育所の場所が限られてしまう。

さらに労働環境も男女同一賃金であり、同一労働同一賃金が普及して最低賃金も日本よりも高いところがほとんどだ。日本の場合は終身雇用で年功序列だから転勤や残業が組み込まれており、サラリーマンは日本中を転々と転勤して回る。日本の場合は一旦離職すると再就職が難しい。だから無理な転勤も応じなければならない。

このような無理が「専業主婦」の固定化につ上がりフルタイムでの再就職が難しい。景気には波があるから景気の良し悪しによる雇用調整が終身雇用年功序列では難しい。日本では失業率が低く出ますが、景気が悪い時でも解雇が難しく正規雇用は70%程度の人員で抑えて、好景気になっても70%のままの人員で賄おうとするから残業が多くなる。

同一労働同一賃金が法制化されれば、離職や再雇用もしやすくなって、女子社員が出産や子育てで一旦離職してもキャリアがあれば再就職ができるようになるだろう。日本の場合はパート労働が非常に多くパート労働は低賃金だから生産性が低く出る。出産や子育て中でも正規労働を続けていれば低賃金になることはない。

日本の場合は正規労働が守られすぎて、非正規労働者にしわ寄せが行ってしまっている。「同一労働同一賃金というのは雇用形態や性別、学歴などに関わらず、同じ仕事をする人は同じ水準の賃金を受け取る仕組みのこと」であり、労働組合はこれに抵抗している。

日本の場合は、大卒の女子社員が大量に採用されても4、5年経つと、どいうわけかみんな辞めていってしまう。総合職で管理職候補でも辞めていく女子社員が多い。アラサーになると周りから結婚しないのかとか聞かれるのが嫌らしい。若い女子社員からも「お局様」と嫌がらせをされる。

日本人は多くの人との同一性を好み、他人とは違っていることがあると聞きただす様な人が多い。個性的であることは外人にとっては誇りなのですが、日本人は個性的であると「変人」とか「変わり者」と言って虐めたりする。だから女子社員も同期が辞めると残った人も辞めていく。

だから結婚して子供ができると当然のようにせっかく就職した一流企業でも辞めていく。「専業主婦」になるためだ。高度成長期の習慣が残っているのでしょうが、会社にしがみついても正社員を続けるべきなのだ。そのほうが経済的にも豊かになるし子供を多く作れるのではないだろうか。




メディアは田中角栄をはじめとして多くの総理を辞任に追い込んできた。
しかしネット化社会になってメディアの世論工作は効かなくなった。


2017年7月18日 火曜日

加計学園問題が冤罪と判明して有識者が「安倍総理擁護&偏向メディア叩き」に掌返し腹BLACK 2017年7月17日 netgeek

結局何の収穫も得られないまま時間だけが過ぎた加計学園問題。獣医学部新設にかかわった関係者が次々と安倍総理に有利な証言をして冤罪だったということが確定しつつある。

メディアに出演する有識者は掌を返したようにメディアをバッシングし始めた。

一部の者は「安倍総理は好きじゃないけど…」と前置きしたうえで「今回の騒動はメディアの偏向報道がおかしかった」と指摘する。視聴者からすれば非常に滑稽に思える掌返しだが、安倍政権にとっては追い風だろう。

1.立川志らく(落語家)。「私は正直言うと今の政権はあまり好きではないんですけれども、でも安倍さん憎しで物を捉えると真実が見えなくなる場合がある。安倍さんがやってること、言ってることは全部間違いなんだって言うと、例えば『九州の被災地に行ったのはパフォーマンスなんだ!』とか、何も見えなくなってしまう。国民が集団ヒステリーになって攻撃する場合があるでしょ?だから我々は正直に冷静に見る必要があるかなって…」

2.ダウンタウン松本人志「加計学園問題は安倍総理が脇見運転したようなもので、(獣医学部新設とは)切り離して考えるべき。全部がダメだっていうのは…ねえ?初動対応は悪かったけど、だからといって安倍政権がやること全部が間違いだっていうのはおかしい」

宮澤エマ(宮澤喜一の孫)「私はメディアの報道の仕方が各局、口合わせしたかのように同じネタを同じタイミングでやるのが気になる。その流れっていうのは一体誰がつくっているんだろうって思う」

3.反町理(フジテレビ報道局解説委員長)「加戸前愛媛県知事の国会での話を聞けば真相が分かるはずなのにメディアは報じなかった。丁寧に報じているところがあまりない」

4.大宅映子(ジャーナリスト・評論家)「加戸前愛媛知事が『行政を歪めたんじゃなくて歪められた行政が正された。岩盤規制を壊した』と言ったことをメディアは取り上げていない。私は真実が知りたい。好き嫌いとかじゃない。」

かつてここまで安倍総理が擁護されたことがあっただろうか。加計学園問題で安倍政権の支持率は急落したが、テレビがこの調子であればすぐに回復するだろう。

メディアがやけに偏向するのは利権が絡んでいるからかもしれない。例えば民進党の玉木雄一郎議員は身内の番組制作会社に日テレ「バンキシャ」の番組制作をやらせることで事実上メディアを支配している。

卑怯なことをする者こそ得をする状態というのは望ましくないわけで、今後は悪意ある偏向報道に手を染めたマスコミには罰則を与えるなどのペナルティが必要なのではないだろうか。

▼大手マスコミで加戸前知事の決定的な証言をきちんと報じたのは12社中4社のみ。

最重要証言を1秒たりとも報じなかったバツマークのメディアは完全に悪意を持って偏向報道に手を染めている。三角がついたメディアも情報の伝え方について考え直す必要がある。

少し前モーリー・ロバートソンは「加計学園の敗者はメディアになる」と予言していた。

参考:「加計学園問題の敗者は自民党ではなくメディア」 モーリー・ロバートソンによる鋭い指摘

都合の悪い部分を報じず、結論ありきで視聴者を騙したメディアは信用されなくなるという見立てだ。ネット上ではマスコミが偏向報道に手を染めた証拠が山ほど見つかるため、ついにインターネットで情報収集する国民はマスコミが真実を報じているのではなく主義主張に基いて意見を報じているということに気がつき始めた。

メディアに出演することで報酬を受け取っている有識者がメディアバッシングをするというのは奇妙に思えるが、そこまで切羽詰まった状況ということなのだろう。



加計問題を追及し続けるマスコミの「本当の狙い」を邪推してみた 7月18日 高橋洋一

苦しい答弁

先週10日、加計学園問題について国会閉会中審査が行われ、前川喜平前文科事務次官らの参考人招致があった。読者のなかにも、注目してみていた人が多くいるだろう。

加計学園問題の本質は、先週のコラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52245)に書いたように、2003年3月の文科省告示である。

前川氏に対する質疑では、自民党参議院議員の青山繁晴議員のものがもっとも良かった。青山議員は、「石破4条件」における文科省の挙証責任、既存大学の獣医学部の定員水増し問題、そして文科官僚の天下り問題との関係について質問していた。

まず挙証責任については、前川氏は当初行った記者会見では「文科省にはない」と言っていたが、さすがにそれではまずいと思ったのか、どこにあるとも言わずにはぐらかしていた。

また、既存大学の獣医学部では、全国で総数930名の定員に対して1200名までの「水増し入学」を黙認している現状がある。これで「需要と供給が均衡している」と文科省が判断しているとすればおかしいのではないか、と青山氏は質問している。これに対しても、前川氏は「既存の体制のままでいい」と苦しい答弁だった。

文部官僚の天下りが大学新設規制に関係しているのではないか、という点についても、前川氏は「関係ない」と述べたが、これらが関係しているのは霞が関の「常識」であり、規制がなければ天下りもあり得ないということは、前川氏だって知っているだろう。

青山議員とのやりとりで、筆者には、前川氏は平然とウソをついているように見えた。

特筆すべきは青山議員が、前川氏と一緒に参考人招致を受けた加戸守行前愛媛県知事(文科省OB)に対しても質問をして、両者の発言の対比ができるようにしたことだ。

青山議員はマスコミ出身だが、この対比手法こそ、一部のマスコミへの強烈な批判になっていた。というのは、一部のマスコミはこうした手法をまったくとらず一方的な意見だけを垂れ流しているのだ。それは、12日の産経新聞に詳しい(http://www.sankei.com/politics/news/170712/plt1707120010-n1.html)。

加戸前知事は「ゆがめられた行政が正された」などと文科省の過去の対応を批判したが、この発言について、朝日新聞と毎日新聞の紙面では取り上げていない。産経新聞と読売新聞が取り上げたのとは大きな差である。

テレビでも同様の傾向があった。前川氏の発言はどの局でも取り上げられたが、加戸氏のものはほとんどなかった。

もっとも今は、インターネットがある。青山議員の質疑は、参議院のサイト(http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?ssp=31131&type=recorded)にアップロードされているので、是非ご覧いただきたい。加戸氏は「マスコミが自分の意見を取り上げないので、ネットの動画を見て欲しい」という趣旨の発言もしているため、ますますマスコミは加戸氏の発言を使えないだろう。

さらには7月14日(金)、京都産業大が国家戦略特区を利用した獣医学部の新設を断念した経緯について、記者会見を行った(http://www.yomiuri.co.jp/politics/20170715-OYT1T50005.html)。その理由は、「教員確保が困難だったため」としたうえで、今回の戦略特区の選定作業が不透明だったか否かについては、「不透明ではなかった」と明言している。

加計学園問題についてマスコミや野党が流布してきたストーリーは「学園の理事長が安倍首相の友人であるから、特別に優遇された」というものだった。しかし、加戸氏の国会証言と京産大の記者会見によって、このストーリーは崩れたのだ。

謝るべきは民進党では?

これまでの本コラムでも書いてきたように、文科省と内閣府の両者が合意済みの、過去の戦略特区関係の議事録を見れば、「文科省内のメモ」にすぎない件の文書は信憑性がなく、手続きはすべて公正に行われたことが読み取れる。それが当事者間の証言によって改めて裏付けられたと言っていいだろう。

繰り返すが、文科省行政の「歪み」を示す証拠として筆者が取り上げてきた文科省告示は、大学新設申請をさせない「門前払い」のためのルールである。今年1月にようやく文科省告示の「特例」が出され、岩盤にドリルで穴が開けられたものの、これは学部新設をすべて容認するものではなく、あくまで「特例」だ。

役所に申請を出す場合、常識的に言っても「順番」が重要だ。この点、7月14日に記者会見した山田啓二・京都府知事は「愛媛県は10年間訴え続けたのに対して、こちらは1年。努力が足りなかった」と述べた(http://www.sankei.com/west/news/170715/wst1707150016-n1.html)。これが妥当な意見だろう。

この「順番」を役所の言葉で言い換えると「申請の熟度」という。申請が前であるほど、準備がよくできているという意味の表現だ。今回のケースはまさに「申請の熟度」の問題そのものだった。この順番をひっくり返したら、それこそ権力の濫用と言われかねない。

いずれにしても、こうした当事者の意見が出てくると、これまで加計学園問題を「行政が歪められたもの」として追及していた者はつらいだろう。それは、前川氏に乗っかった一部マスコミと野党である。

民進党の蓮舫代表は「京都産業大は被害者だったのではないか」と語った(http://www.yomiuri.co.jp/politics/20170715-OYT1T50099.html)。民進党の的外れな追及があったので、京産大はやらなくてもよかった記者会見をやらざるを得なくなったわけで、むしろ謝るべきは民進党ではないか。

ついでに国民にも、無駄な時間をかけてこの問題を国会で追及したことを謝るべきだ。獣医学部新設の抵抗勢力である獣医師会から政治献金をもらった議員が、この問題を追及するというのは、国民に申し開きができないだろう。

この種の疑惑では、まずカネの流れをチェックするのがセオリーであるが、追及する側の民進党議員に疑惑があるようでは話にならない(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51813)。(後略)



(私のコメント)

昨日の株式日記で、「スパイによる工作活動は、うまくいけばこれほど痛快なことはないが、失敗すれば永遠に後ろ指を刺されて後ろめたい思いをすることになる。朝日新聞なども従軍慰安婦問題で長いこと頑張ってきましたが、自ら誤報を認めざるを得なくなり自分で自分の首を絞めることになった。

プロパガンダ戦争は相手の国民が愚かなら大きな成果が見込めるが、懸命な国民であった場合は逆にスパイ工作活動が見破られて信用を失ってしまうことになる。中国や北朝鮮に行けば美人スパイにハニトラされるといったことは有名になってしまって、石破氏なども北朝鮮に行ってハニトラされたらしい。橋本元総理の中国人女スパイのハニトラは有名だ。」と書きました。

つまり安倍総理の加計学園疑惑も、スパイによる世論工作活動であり、90年代だったらうまくいっただろう。今週もメディアによる安倍政権への支持率急落が報じられていますが、これも自作自演でありメディアに騙される国民はまだまだ多い。このような工作活動は上手くいけば痛快であるが、失敗すればメディアの自殺行為になる。

核ミサイルの時代になり、いわゆるホットウォーの時代ではなくなり、情報操作によるメディアによる言論戦争の時代に入った。90年代まではメディアといえばテレビや新聞の独占状態であり、スパイ工作機関は相手国のメディアを買収してしまえば外交内政をうまく操ることができた。しかしネット化社会になるとネットは買収する事が難しい。

ネット人口は数千万人もいるから金で買収することは物理的に不可能だ。中国などはネットそのものを監視して外国からの情報を遮断している。それに対して日本や欧米などは言論活動は自由に認められてきたから、スパイ工作機関はマスメディアや有力言論人を買収して世論操作を行ってきた。

田原総一朗氏など、よく日本の総理を3人も辞めさせたと自慢していますが、自分の影響力を自慢したいのだろう。田原氏はサンデープロジェクトなどのテレビ番組を通じて政界への影響力を行使してきた。しかしネット化社会になって田原氏の偏向した言論活動がネットで指摘されるようになった。

ネット化社会では、著名言論人もズブの素人でも対等に言論活動をすることができる。特のネットの動画サイトなどはテレビがカバーしきれない情報を伝えることができるようになり、テレビの偏向したり誤報などはネットによって集中攻撃を受けるようになった。

安倍内閣の加計スキャンダル疑惑も、巨大マスメディアによる偏向報道によって、安倍内閣の支持率が急落したと報道されています。確かに連日ワイドショーなどで偏向した報道がなされれば、テレビしか見ない視聴者はそれに騙されてしまう。しかし短期間は騙せても、時間が経てば様々な情報が出てきて作為的な偏向報道が指摘されて来る。

真相がはっきりと分かるまでは時間がかかる。しかし真相は何かと見抜くことは天才的な戦略家から見れば直感的に容易であり、朝日新聞が何を報じているかを見ればよくわかる。つまり朝日新聞が左と報じれば真相は右ではないかと推測すれば分かり易い。朝日新聞は中国や韓国の機関紙であり、本社には外国のメディアの支社が同居している。

もちろんネットの世界でも、マスメディアに騙されやすいナイーブな人は沢山いる。「株式日記」のコメント欄を見ればわかりますが、時間が経てばどれが真実かは浮かび上がってくる。マスメディアは7月10日の国会休会中審査までは加戸前愛媛県知事の発言を封じてきましたが、国会の中継は編集することができないから丸ごと放送されてしまった。それでマスコミの嘘がバレてしまった。

テレビは発言そのものよりも、顔の表情や声の調子や仕草まで映し出すから感覚的に視聴者はその人を見抜いてしまう。マスコミは都合のいいところだけを切り取って放送してきた。しかしネットでテレビがカットしてしまった部分がネットで見せられると偏向報道が明らかになってしまった。

テレビのワイドショーでも、7月10日以降はコメンテーターの中にもテレビ報道批判する人が増えてきたことが前兆だ。偏向報道がばらされた時のためにアリバイ作りを行っているのだろう。新聞はともかくテレビは電波利権に守られたメディアであり中立公正でなければなりませんが、朝日新聞に右にならえといった報道がなされてきた。




「正義の連合国」対「邪悪な全体主義国」という従来の見方を真っ向
から否定する本書が、2011年に米国で刊行され議論を呼んでいます。


2017年7月17日 月曜日

裏切られた自由 上: フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症 ハーバート・フーバー

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成29年(2017)7月17日

 これは戦後出版界と歴史学界を画期する一大事件である
  フーバー大統領回想録『裏切られた自由』、ついに邦訳が刊行
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 待望のフーバー大統領回想録『裏切られた自由』(草思社)の邦訳板刊行が始まった。
 同時にこの本を詳細に解説する渡邊惣樹『誰が第二次世界大戦を起こしたのか』(同)も出版され、戦後の歴史解釈が根底的にひっくりかえる。

 ガリレオが、コペルニクスが、あるいはダーウィンがそうであったように、世の中の通説を転覆させ、真実をのべることは勇気を必要とする。
アメリカ人が単純に信じ込む「米国=正義」に対して、そのタブーに正面から挑戦したのが、フーバー大統領の回想録だからである。

 真珠湾攻撃は事前に暗合が解読されていて、むしろ日本をけしかけていたルーズベルト大統領の陰謀だったことは、いまや周知の事実である。しかし、日本の攻撃で一気にアメリカの厭戦ムードは吹き飛んだ。ルーズベルトの狙いは当たった。
 
アメリカは孤立主義から大きく逸脱し、まずはヨーロッパ戦線に大軍をさしむけ、ナチス・ドイツ、ムッソリーニのイタリアと戦闘。西側を勝利に導いた。いや、勝った筈だった。

ところが敵であるはずのロシアを支援し、あろうことか、戦後秩序はソ連のスターリンが最大の裨益者となった。死力を尽くしたポーランドが共産化され、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアばかりか、バルカン半島に到るまでソ連が手に入れた。
極東では南樺太、全千島を手に入れても足りず、アジアは中国共産党の手に落ち、朝鮮半島は南北に分断され、とどのつまりルーズベルトはソ連の領土拡大に協力したことになる。

 結果論の皮肉は、近年でもたとえば米軍がイラクに介入した結果、ISというテロリストを産み、イラクはイランの影響下に入り、アフガニスタンはタリバニスタンに変貌しつつあり、朝鮮半島では南が自ら赤化を望み、いそいそと中国圏に戻ろうとしている。

 フーバー大統領(任期1929?1933)はルーズベルト大統領に騙されていた。何かを仕掛けたなとは本能的に直感したが、当時、すべての密約は密封され、フーバーにさえ「ハルノート」という最後通牒を日本に突きつけていたことは知らされていなかった。
 フーバーは書類、議会議事録、外交文書そのほかを緻密に検証し、20年の歳月をかけて本書を書き残していた。

フーバーの言い分とは簡単に言えば「ルーズベルト外交は自由への裏切りであった」ということである。

 
 ▲マルタで東西冷戦は終わった

 東西冷戦は、ルーズベルトの失策がもたらした。そもそもルーズベルトの失敗は、ソ連を国家承認した(1933年11月)ときから始まった。大統領就任直後である。
それが世界に厄災を運び、ルーズベルト政権の周りはソ連のスパイと共産主義者に囲まれて国策を次々とあやまった。


大胆にソ連に挑戦したのは1981年のレーガンの登場だった。
スターウォーズ計画、ミサイル防衛網を前面に出して、ソ連と対峙姿勢をしめし、対抗策としてソ連は大軍拡にはしるのだが、経済力がついてこられず、あえなく頓挫。ペレストロイカ、グラスノスチを謳ったゴルバチョフが登場した。
1989年師走、ブッシュ大統領とゴルバショフはマルタの沖合のヨットで会談し、東西冷戦が終結した。

共産主義者は思想的敗北から逃れるために環境保護、人権運動、フェミニズム、少数性差別、反原発に流れ込み、日本でもその亜流がいまもメディアが牛耳っている。

さて、1938年3月8日に、フーバーはヒトラーと会見している。
「この会見でフーバーは、ヒトラーを狂信者であり、お飾りだけの愚か者だとする欧米の報道が間違っていることを確信した。ヒトラーは自身の言葉で国家社会主義思想に基づく経済再建を語った。情報の豊かさは彼の優れた記憶力を感じさせるものだった」(渡邊解説本、64p)。

その前年、1937年にルーズベルト政権はシカゴで演説した。有名な『隔離演説』である。しかも、この演説で、ルーズベルトは「国内の経済問題を話題にしなかった。具体的な名指しは避けたものの、日独伊三国によって世界の平和が乱されている、これを是正するためにはアメリカは積極的に国際政治に関与しなけれはならないと訴えた」(同72p)。

 一九三九年月一五日、ナチスはチェコに侵入した。
 「少なくとも軍事侵攻ではない。ハーハ(チェコ)大統領との合意によるものだった。さらに、フーバーが考える独ソ戦では、ドイツはソビエト侵攻のハイウエイとなるチェコスロバキアを通らざるを得ないことは自明である」(同88p)。

 次はポーランドだった。
 ここで英国のチャンバレンはポーランドの独立を保障する宣言を行った。英米は、ドイツはスターリンとの対決に向かうと考えていたから、ポーランド回廊を通過するのは自然であり、このポーランド独立を英国が保障するということは、フーバーからみれば愚かな選択であった。


▲ルーズベルトがスターリンに譲歩したのはアメリカを不幸にした

 ヒトラーは独ソ不可侵条約を結び、しかもソ連もポーランド侵攻に踏み切る。
「犬猿の仲であった独ソ両国の唯一の共通点。それが第一次大戦期に失った領土回復を希求する強い思いであった」(同99p)

舞台裏では何回も複雑に執拗に交渉が続いたが、ポーランドの誤断も手伝って、ついにナチスはポーランドへ侵攻する。
「この戦いがなければ日米戦争がおこるはずもなかった」が、ポーランドの稚拙な対独外交が原因で、戦線が広がり、日米開戦への道が準備される。

その後の戦争の展開は周知の事実とはいえ、問題は「カイロ宣言」、「テヘラン会談」から「ヤルタ」会談の密約、そしてポツダムへと米英ソの『密約』が次々と進み、アメリカ国民は何も知らされないままルーズベルトとスターリンの謀議は進展し、途中からチャーチルはのけ者にされ、やがて病魔に冒されたルーズベルトは正常な判断も出来なくなった。

トルーマンはルーズベルトから殆ど何も聞かされていなかった。原爆を保有したことさえ、トルーマンは知らなかったのだ。
こうしてフーバー回想録は、アメリカの歴史学主流に投げつけられた爆弾である。
かれらが『歴史修正主義』とレッテルを貼り付け非難してきたが、どちらが正しいかは明らかであり、ルーズベルトの評価が地獄に堕ちているのだが、これを認めようとしない一群の学者とメディアが、真実をいまも覆い隠しているのである。

渡邊氏は、解説書の最後を次のように結んでいる。
 「中国と韓国は、日本を『極悪国』として捉え、歴史認識では日本の主張を一切受け付けず、二十一世紀になっても非難を続けている。歴史の捏造が明らかな南京事件についても、いわゆる慰安婦問題についても、アメリカはプロパガンダであることを知っている。それにもかかわらず、アメリカが日本を擁護しようとしないのはなぜなのか。それは、ルーズベルトとチャーチルの戦争指導があまりに愚かであったからであり、その愚かさは、日本が(そしてナチス・ドイツが)問答無用に『悪の国』であったことにしないかぎり隠しようがないからである
 歴史修正主義は、戦後築きあげられた『偉大な政治家神話』に擁護されている二人の政治家(ルーズベルトとチャーチル)の外交に疑いの目を向ける。ナチス・ドイツや戦前の日本が、胸を張れるほど素晴らしい国であったと声高に主張しているのではない。極悪国とされている国を『歪んだプリズム』を通して見ることは止めるべきだと主張しているに過ぎない。それにもかかわらず、歴史修正主義は枢軸国を擁護する歴史観だとのレッテルが貼られている。それは、ルーズベルトとチャーチルが引き起こした戦後世界の混乱の真因から目を逸らさせたい歴史家や政治家がいるからである)(同220p)。

 歴史の偽造やフェイクをまだ信じているガクシャは、本書を読むと顔が引きつるだろうし、日本の論壇にまだ跋扈している左翼は卒倒するかも知れない。



(私のコメント)

「株式日記」では、チャーチル首相を大英帝国を滅ぼした首相と評価してきましたが、イギリスでは名宰相と評価しているのは不思議でならない。確かにナチスドイツには勝利しましたが、失ったものがあまりにも大きかった。しかしイギリス人はそれを未だに直視できない。

ルーズベルト大統領にしても、地政学的に味方である日本とドイツを敵に回して、敵であるロシアと中国と手を組んだ大馬鹿者だ。ルーズベルト大統領はソ連のスパイの取り囲まれて、それに操られてことがはっきりしてきましたが、やはりアメリカはその事実を直視できない。トランプ大統領のロシアゲート事件もスパイが入り込んでいる可能性がある。

ダントツの軍事大国と戦争するのは馬鹿であり、スパイ工作員を送り込んで大統領を取り込んだほうがよっぽど利口だ。しかし日本はそうせずに戦争を始めてしまった。ソ連にできたことが日本ができないはずがない。現在でも中国などは日本にスパイ工作員を送り込んで日本の首相を取り込もうとしている。

それにはマスコミ各社に工作員を送り込んで仲間を増やしていく。アメリカのマスコミも中国の工作員や買収工作で中国寄りの記事を書く事が多くなった。ロシアもソ連時代ほどではないが、プーチンになってからはソ連時代のような工作活動を再開したようだ。アメリカもCIAなどの工作機関があるが中国ロシアほどではない。

第31代アメリカ大統領ハーバート・フーバーが書いた「裏切られた自由」という本書は、アメリカでも都合が悪いので2011年まで刊行されることがなかった。アメリカは自由と民主主義の国であるにもかかわらず、自分に不都合なことは言論弾圧してこのようなことが行われる。

しかし日本に対しても、戦後においてGHQは7700冊もの本を焚書処分にして日本の歴史を書き換えてしまった。だから戦後の日本の歴史はアメリカによって歪められてきましたが、フーバー大統領によって書かれた「裏切られた自由」は戦後に書き換えられた日本の歴史も、元に戻すことが出来る可能性が出てきた。

アメリカでは、東京裁判史観に意義を唱えるとアメリカの学者や記者から歴史修正主義のレッテルを貼られてきましたが、歪めてしまったのはアメリカだ。そうしなければアメリカの正当性が失われてしまうからであり、プロパガンダ上非常にまずいことになってしまう。

日本にはスパイ防止法がなく、作ろうと思っても自民党の議員さんたちも反対する。谷垣自民党元総裁がスパイ防止法を潰した張本人ですが、だから日本は政界やマスコミなどにスパイ工作員がうじゃうじゃいて取り締まることができない。そのようになってしまったのも東京裁判史観において、「日本は戦争犯罪を犯した犯罪国家」というレッテルを貼られてしまったからだ。

しかし事実は、アメリカは非戦闘員を無差別爆撃と原爆で大量虐殺した国であり、戦争犯罪国家はナチスドイツとアメリカだ。現代は核戦争の時代であり、先進国間では全面戦争はできなくなり、スパイ工作活動がその主戦場になっている。にもかかわらず日本にはスパイを取り締まる法律が作れない。

しかしスパイによる工作活動は、うまくいけばこれほど痛快なことはないが、失敗すれば永遠に後ろ指を刺されて後ろめたい思いをすることになる。朝日新聞なども従軍慰安婦問題で長いこと頑張ってきましたが、自ら誤報を認めざるを得なくなり自分で自分の首を絞めることになった。

プロパガンダ戦争は相手の国民が愚かなら大きな成果が見込めるが、懸命な国民であった場合は逆にスパイ工作活動が見破られて信用を失ってしまうことになる。中国や北朝鮮に行けば美人スパイにハニトラされるといったことは有名になってしまって、石破氏なども北朝鮮に行ってハニトラされたらしい。橋本元総理の中国人女スパイのハニトラは有名だ。

アメリカによる日本に対するプロパガンダ工作も、フーバー元大統領などの著書が出るようになって、東京裁判史観も覆される時が来るかもしれない。以前なら明らかにされなかったような事も、ネット化社会においては何でもバラされてしまって、いわばスパイ工作活動の国民総力戦の時代になってきている。

韓国なども日本に対して露骨にスパイ工作を仕掛けて、日本の政治家などを買収していますが、竹島問題なども政治家に金がばらまかれて買収されてしまった。それで竹島に港や建物が建てられても日本は何もしなかった。北朝鮮による拉致問題でもやはり金がばらまかれて日本政府はなかなか動かなかった。

派閥の領袖たちは子分を養うために金を必要とした。その金を中国の工作機関からもらうこともあり、ODAの6兆円の金がキックバックされた。だから田中派は100名もの大派閥になったのだ。小泉総理の北朝鮮訪朝も1兆円の資金提供があったからであり、朝銀救済の1兆円の公的資金は北朝鮮にわたって金正日との会談ができて5人の拉致被害者を取り戻すことができた。つまり一人2000億円の金が使われたのだ。




マンションの管理業務は肉体的にしんどい仕事のうえ、増加する
外国人居住者への対応や、精神的な消耗も大きく敬遠される


2017年7月16日 日曜日

いま日本中で急増している「マンション管理人失踪」という異常事態 7月10日 週刊現代

管理人はいるのが当たり前――そう思い込んでいる人ほど、彼らが普段、どれほど面倒事を引き受けてくれているかを知らない。いざいなくなったとき、待ち受けているのは絶望的な現実だった。

ヒビが入った窓ガラスも放置

埼玉県川越市。JR川越駅から徒歩20分ほどのところに、築約40年のAマンションがある。

「正直、身体がしんどいので、ここらで辞めさせてもらいます」

20年以上にわたりこのマンションの管理人を務めていた70代の女性が突然いなくなったのは、この4月のことだった。

Aマンションの管理組合理事長を務める60代の男性住民が言う。

「その管理人さんはもともと管理会社から派遣されていたのですが、長年修理や管理を一手に引き受け、住民からの信頼も篤かった。会社を定年退職されたのを機に、管理組合と直接契約し、引き続き務めてもらっていました。

それが、昨年あたりから『私も歳だし、この仕事はキツい』と何度か相談を受けていた。

しかし、こちらとしてもずっとやってきてもらって、代わりはすぐに見つからない。『せめて、次の人が来るまでお願いします』と慰留していたのですが、3月いっぱいで辞める、という意志は固かった」

長年、このマンションのすべてを一手に引き受けていた女性管理人。いなくなって初めて、住民たちはその存在の大きさを知ることになる。

まず困ったのは、ゴミの処理。自治体の分別は想像以上に厳しく、管理人さんがいなくなったとたん、収集拒否にあってしまった。それまでは問題のありそうなゴミ袋は彼女が一度開けて、再度仕分けし直してくれていたんです(男性住民)

回収されないゴミは、うず高く積み上がり、隣家の住人からクレームを受けるほどだった。

さらに、ゴミをめぐり、住民間のトラブルも勃発した。

「ウチのマンションはエレベーターがないから、上のほうの階の足が悪い住民のゴミを、管理人さんが代わりに収集場まで運んでくれていたんです。

彼女がいなくなってからは、その住民がベランダにゴミを溜め込むようになり、生ゴミのニオイが漂って、隣の部屋の住民との間で言い争いになってしまった」(男性住民)

風の強い日にヒビが入ったという窓ガラスも、管理人がいなくなってから急に増えたという外壁のスプレーの落書きも、修繕されず、放置されたままになっている。

「このままではさすがにまずいと思い、仲介業者に相談して、次の管理人の求人を募集してはみたものの、我々が出せる条件じゃまったく応募がありません」(男性住民)

募集条件は週3回の時短勤務で、月収5万円弱。時給換算では950円程度だ。「もっと良い条件で募集をかけたいのは山々」(男性住民)だが、このマンションの管理組合が管理・積立金として徴収しているのは一戸あたり月6000円ほど。管理人に支払える給料には限界がある。4月から募集をかけ、応募はわずかに1名だけだった。

「職を転々としている方で、正直、大丈夫かな?という気はしていましたが、背に腹はかえられず勤めてもらった。でも、結局2週間で音信不通になってしまった。

次も同じような人に来られたらたまらないので、その後は必要なことは余力のある一部の住民が交代でやっています。私もボランティアで週2回清掃をしていますが、いつまで続けられるか……」(男性住民)

誰でも務まる仕事ではない

屋上階に行くと、住民の誰かが勝手に置いたのか、古びた食器棚やカーペットが放置されている。周囲には、鳥についばまれところどころ破けたゴミ袋が散乱し、異臭を放っている。

粗大ごみの廃棄は自治体への申請が必要なのに、バレないと思って屋上に置いていく人がいるんです。誰のものか特定して注意すればいいんでしょうが、住民が住民を直接注意するのも角が立つのでやりにくい。主体的に住民間の調整をしてくれていた管理人さんのありがたさが今になって身に沁みる」(男性住民)

管理人がいなくなったことで、もはやコミュニティのルールさえ崩壊してしまったのだ。

近隣の不動産業者もAマンションの惨状を心配して言う。

あそこは売り出し物件も出ていますが、値段を下げても、半年以上買い手がつきません。荒れているから人が寄り付かず、住民が減り、更に荒廃する悪循環に陥っている。お年を召された住人ばかりなので、先を考えると大変でしょう

Aマンションのケースは決して特異な例ではない。いま、管理人が消え、後任が見つからずに荒廃するマンションが全国で急増している。

全国マンション管理組合連合会の会長を務める川上湛永氏が言う。

「近年、小規模な管理会社の人間と話していると『管理人のなり手が足りない』という話はよく聞きます。募集してもなかなか集まらないので、マンションから受注しても紹介できずに撤退する案件が多い。

もちろん、予算が限られていることもありますが、最大の原因は、これまで管理業務の中心を担ってきたリタイア世代の高齢化。

もともと管理業務は肉体的にしんどい仕事のうえ、増加する外国人居住者への対応や、高齢者の介護に近い仕事もあり、精神的な消耗も大きく敬遠される要因になっています

とはいえ、なかなか応募がないからと、採用の間口を広げれば痛い目を見ることもある。

「『経費の支出がスムーズにできるように』と管理人が管理組合から通帳やハンコを預かり、管理費を横領してしまうマンションは少なくない。中には、管理に必要だからと、勝手に自分名義の車を買っていたケースまであります。

マンション管理人の仕事は、住民の生活に密着し、時には個人情報も扱うため、悪意を持った人がやると犯罪行為も容易に行えてしまう。だからこそ、採用にあたっては注意深く人柄を見なければいけない。誰でも務まる仕事ではないのです(中堅管理会社の社員)(後略)



(私のコメント)

ビルやマンションは建てておしまいではなく、管理業務が大切であり定期的な設備の修繕などもしなければならない。そのための管理費用を確保しておかなければなりませんが、マンションの管理人には高額な賃金が払えない。そのために管理人がいなくなってマンションがスラム化してしまう。

私自身もビル管理会社に勤めた事が有り、大規模インテリジェントビルなども管理した経験がありますが、コンピューター管理から清掃までなんでもやらなければならない。しかしビル側は管理費用を出したがらないから、管理人のレベルは素人同然の人しか集まらない。

私がいたときは何事も起きなかったのに、私が他の現場に配置転換なってからは、そのビルでは事故続出で丸一日停電してしまったことがある。おかげでビル管理会社では私があちこちに飛びまわることになりましたが、高齢者では無理であり電気設備やコンピューターに強い人はなかなかいない。

コンピューターセンターにもいたことがありましたが、やはり私が他の現場に配置転換してしばらくして管理人の誤操作でコンピューターを止めてしまった。昔のビルとは違って今のビルはコンピューター化しているから、誤操作すると大事故になってしまう。

現在は私自身が経営するビルを私が管理していますが、ビル管理会社に勤めた経験が生かされている。ビルの照明のLED化も自分でやってしまったし、蛍光灯の照明器具のLED用の回路変更工事も自分でやってしまった。業者にやらせれば100万円かかった工事も40万円程度で済んだ。

エレベータ設備も経年劣化で電子回路基盤の交換もしなければなりませんが、全て含めれば工事費用で数百万円もかかる。電源のケーブルも30年も経てば交換しなければなりませんがやはり数百万円もかかる。しかしビル管理の素人にはそのようなことはわからないから管理費用が高いと苦情を言われる。

住宅用にしても、都心のマンションが人気ですが、マンションに住む以上は管理費用をけちるとマンションがスラム化してしまうことを覚悟すべきだろう。一戸建ての住宅なら電気ガス水道などの修繕費用は大してかかりませんが、マンションとなると大工事になる。

だからマンションは賃貸で借りるべきであり、分譲マンションは管理がしっかりしていないとスラム化してしまう。特にゴミの始末は住民もなかなか規則を守ってはくれず、ゴミの分別やゴミ出し時間や粗大ゴミなどの放置など問題が続出してしまう。管理人も住民との交渉もあり低賃金ではやっていられないだろう。

マンション管理士などの資格が最近出来ましたが、大手の不動産管理会社では比較的高給で人材を募集しているようです。女性でもできる仕事であり、平均年収は400万円程度になるそうです。宅地建物取引主任やボイラ技師や電気工事士なども免許があれば600万円くらいの年収も夢ではないでしょう。

私自身の経験でも言えるのですが、ビルやマンション管理業務は女性でもできる仕事であり、資格さえあれば給料も400万円から600万円程度もらえるはずだ。電気工事士には5年に一度の資格講習があるが、200名の講習会でも全員が男であり、それだけ電気工事士の資格を持つ女性はいない。

日本では女性の社会進出が遅れていると評論家たちが言いますが、好景気の建設現場では女性を見かけることはまずない。重機やクレーンのオペレーターなどは女性でもできる仕事であり、ダンプの運転手も女性でも出来るのに見かけたことはない。資格さえ持っていれば事務職や看護師などよりも高給がもらえる。

週刊現代の記事にも70代の女性のマンション管理人の話が出ていますが、若い女性はマンションの管理人などの地味な仕事はやりたがらない。やりたくない仕事はやらないから女性の社会進出が進まない。やはり女性は結婚して玉の輿に乗って専業主婦というのが理想なのでしょうが、社会はフルタイムで働く女性を求めている。またそうせざるを得ない世の中になりつつある。



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