株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


要するに、マンション経営というのは事業ですから、真剣に取り組まなければそう簡単
に利益など出ないのです。その覚悟がないなら、相続税をきちんと払ったほうがいい


2017年10月31日 火曜日

「実家をマンションに」甘い話の落とし穴 10月29日 山口雅之

■駐車場と山林どっちがほしい? 

 田舎で暮らしていた両親が二人とも亡くなって、空き家になった持ち家を相続しなければならなくなった。こういう場合はどうしたらいいのだろう。新月税理士法人代表社員の佐野明彦氏は次のように解説する。

 「相続人のうち誰かが親と同居していて、なおかつ相続後もそこに住むのであれば、小規模宅地等の特例が利用できるので、相続時の評価額は8割減になります」

 「では、相続人が誰も同居していなかったら?  実は、そういう場合でも、相続人が相続開始前の3年以上借家住まいなら、いずれ住居として使用するとみなされて、小規模宅地等の特例が認められるのです。ただし、実際に住む必要はないので、申告期限まで所有し、そのあと売却してもかまいません」

 その家の相続に際し、相続税を支払っていた場合には、相続後3年以内に売却すると譲渡所得税が安くなることがあるため、さらに節税になるという。

 生まれ育ち、家族の思い出がつまった家は、誰も住まなくても残したいという家庭も多いが、そうしたこだわりがないのであれば、親が存命中に便利なマンションなどに引っ越してもらって、家は先に処分しておくというのもひとつの手だ。

 ちなみに、家以外に財産がないときは、相続税を物納することもできるという。ただし、「物納は評価額の算出などに時間がかかるので、事前に十分な準備をしておかないと間に合わない」(新月税理士法人代表社員の高馬裕子氏)。

■「マンション建設」の誘いには要注意

 また、家の敷地が広かったり、自宅以外にも土地を持っていたりすると、地元の不動産業者から、ここにマンションを建てて経営すれば相続税が安くなりますよと勧められることもよくあるが、そういう話には安易に飛びつかないほうが身のためと、佐野氏は警鐘を鳴らす。

 「たしかに賃貸物件を建てれば土地の評価額は下がるので、一時的には節税になります。しかし、建物が老朽化すれば修繕費もかかるし、空室のリスクも出てくるでしょう。たとえ不動産業者との間に家賃保証の契約があっても、家賃の額まで永久に保証してくれるわけではありません。入居者とのトラブルがあれば精神的な負担になります」

 
「要するに、マンション経営というのは事業ですから、真剣に取り組まなければそう簡単に利益など出ないのです。その覚悟がないなら、相続税をきちんと払ったほうがいい。そのほうが絶対に安く上がります」

■税理士に遺言書の説明をさせよう

 それから、親が自分の意向を記した遺言書があると、不動産の相続に関するトラブルはグッと減るらしい。

 「残された土地が駅前の駐車場と山林だったら、多くの人は駐車場がほしいわけです。そのとき、『駐車場は長男、次男には山林と預貯金を与える』といった遺言書があれば、あとで遺留分という話が出たとしても、一応親の気持ちを汲んで話を進めようということになりますよね」(佐野氏)

 ただ、親が書いたその遺言書が公正証書の手続きを踏んだ正式のものでないと、ほとんど効果はないという。たとえ自筆で日付も入っていて実印まで押してあったとしても「長男に脅されて書いたのかもしれない」「実印なんて誰でも押せる」などと、いくらでも文句がつけられるからだ。

 「公正証書遺言は、公証人役場に行って、遺言書の内容と利害関係のない証人二人の立ち会いのもとで作成しなければならないなどかなり面倒なので、喜んでやってくれる親はまずいません。そこで、家族会議のときに税理士にも入ってもらって、その税理士に遺言書の説明をさせるというのはどうでしょう。家族から言われるよりも素直に耳を傾けられるはずです」(佐野氏)


(私のコメント)

「株式日記」のコメント欄には時々、不動産業を小馬鹿にしたようなコメントが見られますが、不動産業は誰にでもできることではなく、不動産業も景気の波に翻弄されて、それを乗り切るには人並み以上の能力が要求される。バブル崩壊で中小の貸ビル業者も多くの人が潰された。経済政策がむちゃくちゃだと対応ができなくなる。

私がこうして生き残っているのも多くの幸運があったからであり、運が悪ければ自己破産して今頃はホームレスになっていたはずだ。幸運は自分から引き寄せなければ訪れない。土壇場の大ピンチを救ったのは自分の行動力であり、たまたま自分の選んだ事が幸運につながった。

不動産業は、20年先から30年先まで読まなければなりませんが、東京もこの20年で大きく変わった。30年前はネットすらなくパソコン通信が主流だった。電話も黒電話の時代であり、ポケベルなどが使われていた。最近ではネット利用が本格化してきて、オフィスビルなどもそれに対応したビルでないと使い物にならない。

不動産業は、トラブル請負業でありテナントや入居者とのトラブルや交渉は避けられない。家賃の値上げ交渉や契約の継続交渉などは定期的にやって来る。電気代が高いの水道代が高いのと年中文句を言われるし、家賃を下げろと言われることもある。テナントに借り続けてもらうために家賃を一気に10万円も引き下げたこともある。

それらの交渉を一歩間違えるとビルの経営破綻につながり、不動産経営は本当に気骨の折れる仕事だ。佐野氏の発言にもあるように、「ここにマンションを建てて経営すれば相続税が安くなりますよと勧められることもよくあるが、そういう話には安易に飛びつかないほうが身のため」という事もあり、マンション経営は気骨が折れる。

都内の大地主などとの話でも、土地をめぐる裁判沙汰を抱えることもあり、適切な法律的な手を打っていかないと大変な事になることもあります。不動産業者との家賃保証などは一種の詐欺であり、業者を信用するととんでもないことになる。資産はあればあったで、だまし取ろうという業者があとを絶たない。

「要するに、マンション経営というのは事業ですから、真剣に取り組まなければそう簡単に利益など出ないのです。」という言葉がありますが、マンションを建てるにも膨大な借入金が有り、それを返していかなければなりません。だから都内の大地主であってもビルを建てるには、それなりの経営感覚がある人でないとできない。

中国などでは数千棟もの超高層ビルが建てられていますが、ちゃんとうまく経営されているビルはどれほどなのだろうか。大都市の中心部ならともかく郊外に建てられたマンションなどは多くが経営破綻しているかするはずだ。ビル経営には必然的に維持費がかかるからだ。それを政府が公的資金で穴埋めをしているが、いつまでもつのだろうか?

結局大手の不動産業者で生き残っているのは、いずれも財閥系の不動産業者であり、かつての不動産王と呼ばれた個人の大手不動産業者は皆姿を消してしまった。生き残ったのは自己資金の豊富だった個人業者か、バブル崩壊以前に借金を返済し終えた業者のみだった。私は生き残った不動産業者の生き証人であり、生き残れたのが不思議なくらいだ。




現実世界で起きている「夫いじめ」は、妻が生活の主導権を握り、
夫の日常をじわじわと追い詰めるケースが見受けられるようです。


2017年10月30日 月曜日

お風呂に入らせてもらえず銭湯通い 専門家が語る「夫いじめ」の実態 10月28日 末吉陽子/やじろべえ

いじめは子どもたちだけの問題ではなく、大人社会にも存在します。それは、たとえば最も身近なコミュニティである家庭においても起こり得ることです。

「妻からのいじめ被害を訴える夫は少なくありません」と語るのは、夫婦問題専門家として、これまで2万件以上の相談に乗ってきた岡野あつこさん。その実態について聞きました。

●お風呂に入るな! 安物でいい! 「夫いじめ」のリアル

本来は、お互いに支え合い、慈しみ合うのが夫婦としてのあるべき姿とされています。しかし、それはあくまでも理想の話。現実世界で起きている「夫いじめ」は、妻が生活の主導権を握り、夫の日常をじわじわと追い詰めるケースが見受けられるようです

ある方(夫)は、妻から『汚い、不潔』と罵られて、お風呂も入らせてもらえないと相談にきました。その方は銭湯に通っていて、『まだ我慢できるけど何とかしたい』と和解を望んでいたんです。ただ、どうやら妻が女友達と結託していたようで、夫をどういたぶるか相談していたことが発覚。結果的に不信感が払しょくできず離婚してしまいましたね」(岡野さん、以下同)

他にも、こんな事例があるとか。

「毎日スーパーの安い惣菜だけを食べさせたり、安い材料で簡単な料理しか作らなかったりと、経費を抑えるケースはよく耳にします。食事だけではなく、シャンプーや石鹸など、夫が使うものすべてを安物で埋め尽くすんです。

あとは、趣味や遊びなど、好きなことをさせないように邪魔をするケースも多いですね。もし育児中で、妻自身も時間がない場合だったとしても、『今日は遊びに行っていいけど、来週の休みは代わりに子どもの世話をしてね』など、譲歩したり交渉したりするのが思いやりですよね。でも、夫いじめのスイッチが入った妻は、とにかく夫の自由な時間を奪う。無理矢理予定を入れたり、小遣いを減らしたりと邪魔をするべく画策します」

●妻からの「夫いじめ」、解決の余地はある?

では、なぜこうした「いじめ行動」に走ってしまうのでしょうか? それは、夫に対する愛情が薄れたばかりではなく、存在自体がストレスになってしまうからだと岡野さんは分析します。

子どものいじめの多くは、『一緒にいたくないのに、いなきゃいけない』という不快感から、相手を排除しようとしますよね。夫婦間のいじめについても、夫の存在がストレスになっていることがほとんど。しかし、相手にいなくなられても困るというジレンマがあるわけです。いじめる側の妻としても、夫が離婚を切り出したら、それですっきりするのかというと、それはまた別問題なんです

いじめの範ちゅうを超えて、夫を殴る蹴るの暴力でいたぶっていた妻も、離婚を言い出されたら、慌てることがほとんどなのだとか

そもそも、なぜ夫の存在がストレスになるのかといえば、「私のことを理解していない」「私が満足できる夫ではない」からというのが妻側の言い分だそうです

「たとえば、夫をお風呂に入れない妻は、もしかしたら夫の体型や衛生観念に不満を抱えているのかもしれません。また、安物ばかりを与える妻は、夫の給料に満足していないのかもしれません。いじめられているから『ひどい妻だ!』といって逃げるのではなく、愛情で接して、妻の懐に入っていかないと解決はしません。もとを正せば、妻と本気と向き合おうとしなかったから、陰湿ないじめ行動でストレスを発散しているとも考えられます」

いじめられていると分かったら、いじめてくる相手と離れたくなるのが人間というもの。しかし、夫婦生活を“延命”させたいと思うのであれば、本気でぶつかり合う覚悟を持つ必要があるようです。

妻と向き合わずに無視していると、どんどん気持ちが離れていって逆効果なんですよね。いじめをする子どもに対しても同じですが、まずは心の闇を理解しようと歩み寄らないかぎり、本質的な解決には至りません。『一体何が不満でいじめるのか』、それを察したうえで、どうすれば払しょくできるのか真剣に考えることが大事です

熱愛で結ばれた夫婦、打算で結婚した夫婦、はじまりは十人十色かもしれません。とはいえ、生活をともにする以上、本気で向かい合うことを怠ると、いつの間にか心は離れ、結婚は脆くも破綻してしまう可能性も高くなります。もし、妻からのいじめに苦しんでいる人がいたら、ぜひ参考にしてみてください。



(私のコメント)

「亭主元気で留守がいい」という言葉がありますが、妻にとって夫はATMでしかなく、稼ぎのいい夫がいい夫なのでしょう。たとえ恋愛結婚だとしても数年経てば、恋愛感情も冷めて、大人の男女がひとつの屋根の下で生活していることになる。仲が良けれなそれでいいのでしょうが、不満やストレスを抱えていれば何時かは爆発する。

妻は専業主婦で、夫は仕事で日中はいないことで平和が保たれるのでしょうが、夫が失業したりすれば、多くの結婚生活は破綻する。妻が働いて一家を支えるという事も理論上はありますが、専業主婦だと夫が失業すれば生活が成り立たない。だから終身雇用制度では夫の首切りは極力できないようになっている。

現代では夫婦共稼ぎで、妻もフルタイムで働き、夫が失業しても妻が家計を支えることで不安定な生活を支え合うことが理想だ。そうしなければ不安定な雇用情勢の世の中を生きていけない。女性としては高所得の男性と結婚して専業主婦が理想なのでしょうが、それが出来るのは一部の上流家庭だけになる。

格差社会で所得格差が広がり、中流が没落して下流層が増えた。所得も300万円以下では共稼ぎでなくては結婚も家庭も持てない。共稼ぎともなれば夫婦の力関係も変わってきて、妻側の力が強くなることが当然だろう。そうなれば紹介したブログ記事にもあるような「夫いじめ」家庭が多くなるだろう。

しかし共稼ぎ家庭でも、夫が家事を手伝うということはあまりないのが妻側の不満になる。その感情が暴走すれば妻による夫へのいじめに繋がるのだろう。安月給で結婚すればかかあ天下となり一生頭が上がらなくなる。だから低所得での結婚は無理しない方が自分の幸せのためかもしれない。

銀行員時代は営業でいろいろな家庭を回ったが、家庭の主婦の中には自分勝手で非常識な人がいた。学校出てすぐに結婚して社会的な経験や常識が身につける機会がなく自分勝手なのだ。もし就職して会社勤めをして非常識な行動すれば周りから叩かれる。しかし専業主婦しか経験がない人の中にはとんでもない主婦がいる。

できれば学校を出て一般社会常識を身に付けるには、サラリーマンやOLとして10年くらい勤めた人ならそれなりの社会常識は身についている。経済観念なども自分で働いて給料を貰えば金銭のありがたさが分かるのですが、家庭の専業主婦には金銭の貴さがわからない人がいる。

最近では、豊田真由子元議員のようなキツイ性格の女性が増えてきたような気がする。だからテレビで繰り返される「このハゲー!」という文句は堪える。ブログ記事にもあるような夫へのいじめは珍しいことではなく、よくあることなのだろう。夫の存在自体が許せなくて「いじめ行動」に走ってしまう。そうなると夫はまさに気の毒ですが別れる方法が一番なのですがそれもできない夫がいる。

ブログ記事では、「妻と向き合わずに無視していると、どんどん気持ちが離れていって逆効果なんですよね。いじめをする子どもに対しても同じですが、まずは心の闇を理解しようと歩み寄らないかぎり、本質的な解決には至りません。『一体何が不満でいじめるのか』、それを察したうえで、どうすれば払しょくできるのか真剣に考えることが大事です」ということです。

しかし妻の心がいったんそうなってしまうと、心を開かせるのは不可能に近い。「夫の一言が私の心を凍りつかせた」といった文句がありますが、女の心は非常にデリケートで自分勝手だ。女性は心優しくか弱い存在というのは昔の話であり、豊田真由子のような女が多くなった。人相を見ればつり上がった目でよくわかる。




中国崩壊本を手に取れる状況が続けば、中国に対する正確な理解や分析は
いつまでたっても日本社会に広がらない。最近は崩壊本の売れ行きが低迷する


2017年10月29日 日曜日

中国崩壊本の崩壊カウントダウン 10月27日 高口康太(ジャーナリスト)

問題を抱えた中国経済は早晩崩壊する――根拠なき崩壊論に訪れる曲がり角

一世を風靡した「中国崩壊本」が今、曲がり角を迎えている。

中国崩壊本とは「中国経済は数々の問題を抱えており、早晩破綻する」と主張する書籍や雑誌のことだ。いわゆる「反中本」の中でも、主に経済に論考が限定されている。アメリカにも存在するが、日本での出版数が圧倒的だ。

石平「中国『崩壊』とは言ってない。予言したこともない」

「世界第2位の経済大国を自称するが、統計はごまかしが横行している。実際のGDPははるかに少ない」「軍事費や治安維持費が右肩上がりに増えており、高成長を維持できなければ国家が破綻する」「中国の暴動・ストライキの数は年10万件超。成長率が下がれば国が持たない」「不動産バブルは既に限界」......といった個々の事象を基に、中国経済が立ちゆかなくなると結論付けるのが一般的だ。

05年の反日デモ、08年の中国製冷凍ギョーザ中毒事件、10年の尖閣諸島沖中国漁船衝突事件、12年の日本政府による尖閣国有化に伴う反日デモと、日中間で衝突が起きるたびに中国崩壊本は出版されてきた。

曲がり角を迎えている最大の理由は、10年以上前からオオカミ少年のように「間もなく崩壊する」と言い続けたのに中国経済が一向に崩壊しないからだ。「崩壊詐欺」とも批判を浴びている。

そして、本の売れ行き自体も低調になった。「あの手の本には一定の支持層がいるが、大きく売り上げを伸ばすためには中国との『事件』が必要」と、中国崩壊本を何冊も手掛けてきた日本人編集者は言う。「現在、日中関係は安定しているので、ある程度は売れるもののそれ以上の大きな伸びは見込めなくなった」

このような本が売れた背景には、日本社会の変化がある。00年代以降、排外主義的な傾向が強まり、「ネトウヨ」と呼ばれるネット右翼が台頭。ナショナリズムによりどころを求める風潮も広がった。

しかし中国崩壊本を買っていたのは彼らだけではない。ネトウヨ層の中核は実は40代とされるが、彼らは主にネットを利用し紙媒体とは隔絶した空間に生きている。出版社によれば、崩壊本の主要読者層は60代前後。著名作家の本は確実に1万部は売れる。

出版不況の中、一定数が売れるので書店も販売スペースを確保し、平積みして陳列する。日中間でトラブルや事件が起きたときに「中国のことを知りたい」と書店に訪れた一般読者が、大々的に並ぶ中国崩壊本を手に取る――というサイクルが成立してきた。

こういった本には制作コストの安さというメリットもある。多くの場合、経費をかけた現地取材をすることなく、中国国外で活動する反共産党の中国語メディアの記事をネタに複数の中国ウオッチャーが対談。それを書き起こした内容を編集して書籍化されている。

例えばよく使われる「中国の治安維持費は国防費をしのぎ、経済成長率を上回るペースで毎年増加している。治安維持費の増加に中国経済は耐えられない」というネタは、もともと香港紙が14年頃に取り上げ始めた。11年に中国政府の「公共安全支出」が国防費を上回ったことが、「治安維持費と国防費が逆転、外敵よりも人民を敵視する中国政府」という文脈で広まった。

しかし、公共安全支出は警察、武装警察、司法、密輸警察などの支出の合計。密輸監視を治安維持費と呼ぶべきかどうか疑問が残る。また警察関連が公共安全支出の約半分を占めているが、16年は4621億元(約7兆8600億円)と対GDP比で0.62%にすぎない。ちなみに日本の警察庁予算と都道府県警察予算の合計は3兆6214億円、対GDPで0.67%だ。

<中国のGDPは公表値以上?>

中国の経済統計が捏造されているとの指摘も定番だ。ただ統計制度の未成熟ゆえ、逆にGDPを過小評価している可能性もある。公式統計に把握されない地下経済はどの国にもあるが、制度が未成熟な途上国ほど規模は大きくなる。中国の地下経済規模は先進国以上とみられ、これを加算したGDP規模は統計を大きく上回るかもしれない。

論理的に統計の矛盾を突き、崩壊論を導こうとする著者もいる。経済評論家の上念司は『習近平が隠す本当は世界3位の中国経済』(講談社)の中で、輸入量と実質経済成長率の相関が不自然な点から、中国の統計は捏造であり、そのGDPは今でも日本以下だと主張する。これに対し、神戸大学経済学部の梶谷懐教授は「実質経済成長率を算出するためのデフレーター(物価指数)が不正確なことに起因している。ごまかしではない」と批判する。

崩壊本も代わり映えのしない内容の繰り返しではさすがに飽きられるように思えるが、それは大きな間違いだ。

嫌韓・反中のネット掲示板では、日々似たような情報が繰り返し論じられる。議論や新たな情報の収集が目的ではなく、ただひたすらに会話を途切れさせないこと、コミュニケーションを続けることが目的化している――と、社会学者の北田暁大は著書『嗤う日本の「ナショナリズム」』(NHK出版)で指摘する。中国崩壊本も同じことで、読者にとって新しい情報や議論はむしろ邪魔かもしれない。

出版不況で書籍も雑誌も発行部数は激減している。新書の場合、20年前は初版2万部が当たり前だったが、現在では1万部ならいいほうだ。売り上げが減れば制作費を削らざるを得ない。中国崩壊本は、書き下ろしより短期間・低コストで作ることができる対談本が多数を占める。

一定数の売り上げが見込め、かつ制作コストも安い中国崩壊本は出版社にとってありがたい存在だ。「物書き」たちもひたすら高潔であろうとすれば、自著の出版は永遠にできない。

「少し過激なタイトルを付けることで、それなりにしっかりした内容の本が出せるのなら、必要悪だと割り切っている」と、前述の編集者は言う。「日本で海外事情を紹介する本は全く売れなくなった。海外関連の本を出さないと割り切る選択肢もある。ただ、日本人には海外に関する知識を身に付けることが必要ではないか」。「羊頭狗肉」ならぬ「狗頭羊肉」の戦略といえるかもしれない。

<あと一歩で「反中本」作家に>

中国崩壊本に優れた内容が隠れているケースもある。その好例が在米中国人ジャーナリスト陳破空(チェン・ポーコン)の『赤い中国消滅〜張子の虎の内幕〜』(扶桑社)だろう。これぞ崩壊本というタイトルだが、同書の前半は著者が89年の民主化学生運動に参加し、弾圧されて亡命するまでの半生を描いた自伝。香港経由での国外逃亡ルートの実態をはじめ、亡命を勧めた公安当局者の話など知られていない内容が盛りだくさんだ。後半は現代中国の分析だが、「消滅」をあおるような記述はない。

ハイレベルで学術的な「中国崩壊」論争も存在する。東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授と神戸大学の梶谷は共著『超大国・中国のゆくえ4 経済大国化の軋みとインパクト』(東京大学出版会)の中で、元経済産業省官僚の津上俊哉が書いた『中国台頭の終焉』(日本経済新聞出版社)を批判した。

津上は中国経済の専門家で、安易な崩壊論に与する筆者ではない。丸川と梶谷も津上の分析力を認めつつ、「中国の潜在成長率の積算根拠」「投資過剰による成長行き詰まりがもたらすマイナス要素の大きさ」「人口予測の妥当性」といった、一般読者には理解が難しい専門的な部分に議論を集中して津上の「崩壊論」を批判した。

津上と梶谷はその後もブログで議論を続けたが、一連のやりとりで明らかになったのは中国経済予測の困難さだ。知識が豊富な専門家でも、公式統計や報道が未成熟で、かつ急激に成長と変化を続ける中国経済の正確な予測は難しい。また、専門的な議論は一般読者にはとっつきにくい。その隙間にうまく入り込んだのが、手軽に制作できて読みやすい崩壊本なのだろう。

私はこれまで中国崩壊本は書いたことがない。しかし、共著本の題名を『なぜ中国人は愚民なのか』に変えられ、反中本作家の仲間入りする寸前の経験をしたことはある。

「中国を知りたい」という一般読者がこうした崩壊本を手に取れる状況が続けば、中国に対する正確な理解や分析はいつまでたっても日本社会に広がらない。最近は崩壊本の売れ行きが低迷するなか、過大評価と過小評価のどちらにも振れない客観的な本が出版されるようになってきたが、まだその動きは心もとない。

中国本の売れ筋が変われば、日本の対中認識も変わる。正確な中国認識は日本の「国益」にほかならない。この転換が実現できるのか。書き手と出版社、そして読者も試されている。

<本誌10月24日号特集「中国予測はなぜ間違うのか」から転載>



(私のコメント)

「株式日記」では、バブルの崩壊は先送りしようと思えばいくらでもできると主張してきました。中国の崩壊論もそれと同じであり、経済的に破綻していて、不良債権がいくらあっても、国家が公的資金で埋めてしまえば表面化させないで済む。中国は独裁国家だから、いかなる非常手段も取ることができる。

北朝鮮を見ればそれはわかりますが、数百万人の餓死者が出ても独裁国家は潰れない。中国にしても大躍進の失敗で3000万人の餓死者が出ても中国は崩壊しなかった。その代わりに独裁体制を強化するために徹底した情報管理をして外国との通信も遮断しなければならない。

例外としてはソ連の崩壊ですが、ソ連も徹底した情報管理をして独裁体制を維持していれば崩壊することもなかったのでしょうが、ゴルバチョフが出てきて情報公開した途端にソ連は崩壊してしまった。中国はそれを見ているから情報は封鎖して独裁体制を強化して、ソ連のような失敗はしない事を目指している。

だから中国の崩壊論そのものが、中国を普通の国として見ているからだ。中国が崩壊するとすれば中国にゴルバチョフのような人物が出てくれば可能性はありますが、独裁国家はいつも徹底した粛清を行って独裁体制を維持している。だから中国でも暴動事件は数え切れないくらいいありますが、武装警察によって鎮圧される。

独裁国家が崩壊するのは、西側の自由主義諸国の独裁国家であり、中南米の独裁国家は国家崩壊の常連だ。中南米では国境を封鎖して情報統制することは不可能に近い。しかし中国や北朝鮮ではそれが可能だ。インターネットの時代でも中国はネットを徹底的に監視して情報を統制している。

独裁国家では独裁者以外は人間ではなく家畜と同じであり、中国や北朝鮮では自国民が数百万人から数千万人が餓死しようが、毛沢東や金正日は平気だった。また政権の幹部であっても独裁者に殺されるのは日常茶飯事であり、中国人や朝鮮人は人間の格好はしていても家畜同然なのだ。

自由主義諸国の常識から言えば、数百万人が餓死したら国家崩壊するのですが、中国や北朝鮮では世界の常識が通用しない国であり、中国の国家崩壊論の根拠はその通りなのですが、中国が独裁国家であることを中国崩壊論者は考慮していないのだ。

アメリカ人は単純で非常にお人好しなので、中国が豊かになれば自由と民主主義の国家になると考えていた。イラクもサダム・フセインを排除すれば民主国家になると考えていた。しかしフセインを排除した結果は混乱とイスラム国家の誕生であり、テロリストの温床になってしまった。リビアのガダフィーがいなくなればどうなったか、混乱あるのみで民主化では国家が機能しなくなる。

中国や北朝鮮も同じであり、金正恩や習近平を暗殺したところで混乱するだけであり、洗練された民主国家になれるわけではない。ロシアや中国や中東諸国はモンゴル帝国の末裔であり、独裁国家でしか纏まれない血が流れている。モンゴル帝国は非常に野蛮で支配された地域は住民が皆殺しにされた。

日本人と中国人や朝鮮人とは見かけはよく似ているが、モンゴル帝国の血は民主主義を受け入れない体質を持っている。中国を崩壊させようとするならば、徹底した情報の公開と民主体制にすることですが、独裁国家である限りバブルが崩壊しようが、国営企業が潰れようが、独裁国家はなんでもできるから崩壊しない。

不動産業者の私から見でば中国はすでに崩壊している。空っぽで使われていない超高層ビルやマンションが林立しているからだ。超高層ビルやマンションほど維持費のかかるものはなく、10年もすれば超高層ビルやマンションは使えなくなり水やエレベーターも使えなくなる。超高速鉄道も数千億円もの赤字を出しているようですが、独裁国家である限りでは無駄であっても崩壊することはない。国家経済は破綻しても独裁国家は潰れないからだ。

ソ連崩壊は例外的なものであり、ロシアは再び独裁国家に戻ろうとしている。ゴルバチョフの情報公開は大失敗であり、ロシア人は恐怖の独裁国家でないと機能しない。一度自由化してみたら混乱だけが起きた。だから中国はそれを見ているから崩壊することはない。しかし永遠に先進国となることもない。




脳というのは使い方によって、成長の仕方が変わります。「知識を得やすい脳」、
つまり「勉強脳」となっているかどうかは、活字の読み方次第で変わってくるのです。


2017年10月28日 土曜日

スマホが記憶力を低下させるワケ、1万人の脳を治療してきた医師が明かす 10月28日 ダイヤモンドオンライン

電車の中で8人がけの席を見ると、そのうち7人はスマホを眺めています。本を読んでいる人は、一人いればいいほうです。「スマホで本を読んでいるかもしれない」という可能性もないわけではありませんが、もし「知識を得る」ために本を読んでいるのだとしたら、スマホは適切ではないと、『脳を強化する読書術』(朝日新聞出版)の著者で、「脳の学校」代表、加藤プラチナクリニック院長の加藤俊徳医師はいいます。

 自身も「難読症(ディスレクシア)」で、本を読むのが苦手だったという加藤医師が、数十年に渡る研究で知ったスマホ読書の弊害とは? 加藤医師に話を聞きました。

 私は医学博士として、人の脳の成長過程を専門に研究してきました。「fNIRS法」という脳を分析するための手法を確立し、その方法は現在世界700ヵ国以上の医療機関で使用されています。また、臨床家としてこれまで1万人以上の人々のMRI脳画像を特殊な技術で分析するだけでなく治療してきた経験から、脳を見れば、その人が何が得意で、何が不得意か、どんなくせがあり、どんな生活を送っているかがわかるようになってきました。

 例えばアナウンサーの人の脳は、たくさんの文字情報に接しているにもかかわらず、脳の「記憶する場所」や「思考する場所」よりも、「伝達する場所」が鍛えられています。原稿を読んで覚えたり、考えたりするのではなく、「伝えること」に特化しているからです。実際に読んだニュースの内容が頭に残らないという人も多いのです。

 このように、脳というのは使い方によって、成長の仕方が変わります。「知識を得やすい脳」、つまり「勉強脳」となっているかどうかは、活字の読み方次第で変わってくるのです。

勉強するなら、スマホではなく紙の本

 最近では電子書籍をスマホなどで読む人も増えているようです。スマホであれば、ちょっとした時間でも読むことができますから、効率も上がるように思えるかもしれません。

 しかし、実際にはスマホでの読書は、紙の本よりも効率が悪いのです。何が違うのでしょうか?

 スマホを読むときに、私たちはスクロールしながら文字を追い続けます。このとき目は常に画面の文字を追っているため、目も常に動いている状態になります。このように、目がものを追いかけている状態にあると、脳の中の「見るための場所」ばかりが刺激されて、「記憶する場所」や「思考する場所」への刺激がおろそかになってしまうのです。ですから、暗記したり、思考したりするためには、文字が動かない紙の本のほうがいいのです。

物体として存在することに意味がある

 紙の本のよさは他にもあります。それは本という「物体」が存在する、ということです。

 脳には主に文字情報を担当する左脳と、主にものの形や非言語情報を担当する右脳分かれます。スマホで文字情報だけを追っていると、その刺激は左脳にしか行きません。しかし「めくる」という動作など、五感を通じて「本」という形を認識することで、紙の本の読書は左脳と右脳を同時に刺激することになります。「脳全体を使って読む」方が、記憶に定着するのは間違いありません。そういった意味でも、紙の本は「物体として存在する」ということに、大きな意味がるのです。

「経験になるかどうか」という文脈でも、大きな違いがあります。「今日は1日ゆっくり読書ができて、最高の1日だった」という経験をしたことのある人は多いでしょう。休暇のときに、木陰や砂浜で本をゆっくり読むなどというのは、最高の贅沢ですよね。しかし、それがスマホだとどうでしょう? ネットニュースなどでいい記事を1本読んで、「いい記事を読んだ」と嬉しくなることはあっても、「今日は1日スマホでゆっくり読書ができて、最高の1日だった」という感想を持てるでしょうか?

 スマホの文字情報を追うだけでは、「本を読んだ」という経験にはなりにくいものです。私たちの脳が、物体を伴わないものに関して「経験」として認めてくれないのであれば、本はやはり紙で読んだほうがいいでしょう。なぜなら、「経験」にすることで、脳への定着率がより高まるからです。

 大人になると、ものを覚えるのが昔よりも随分と難しくなってきます。その上、勉強にスマホを使っているのであれば、その効率は下がって行くばかりです。私は、自分自身が「難読症(ディスレクシア)」であり、活字を読むこと自体に苦労した経験から、これまで数十年にわたって、脳に知識を入れるためにどんな読み方をしたら良いか、ということを散々試してきました。その際には、脳科学の知識も使いました。そして、その過程でわかったことは、

「本は紙のほうが、内容が頭に残る」

 ということです。

 せっかく読書をするのですから、それを知識として記憶し、それをもとに思考を深めたいものですよね。そうであれば、本は紙で読むことを強くおすすめします。



(私のコメント)

一時期電子書籍が話題になりましたが、スマホやタブレットで電子書籍を見ている姿をあまり見かけません。大抵がゲームやSNSにつかわれているようだ。電子書籍専用のキンドルなども改良されてきて新型も売り出されていますが、電車の中でもキンドルほとんど見かけません。 

アメリカなどでは電子書籍で読む人が多いようですが、日本人はスマホの利用がほとんどでタブレットはあまり見かけない。私などはもっぱらパソコンユーザーであり、自宅でパソコン場面で文字を読むことがほとんどだ。「株式日記」のネタを仕込むためでもあるのですが、ネットでは情報の量が多すぎてとても全部目が通せない。

だからどうしても自分が興味を持つ分野の記事にばかり目が行ってしまって、新聞などのように隅から隅まで全部読むといった読み方ができない。新聞やテレビと比べてもネットは比べ物にならないほど情報量が多く、テレビですら「詳しくはネットで」と宣伝しているほどだ。テレビでは24時間という物理的な限界があるが、ネットには物理的な限界がない。

電子書籍で本を読むのはまだ経験がありませんが、一つのタブレットに数千冊もの本を収納できる。検索機能を使えば読みたい本がすぐに出てくる。読みかけの本もすぐに未読の部分から読むこともできる。文字が小さければ拡大して読むこともできるし、本などよりも機能面で優れている。

私などは長時間電車に乗る時などは本を1冊か2冊持って出ますが、やはり紙の本が読みやすく電子書籍を持って電車に乗る気にならない。スマホも持って出ますがスマホの画面ではとても数百ページある本は読めない。読書の習慣をつけるにはやはり紙の本がよく、電子書籍では読書の習慣がつくのだろうか。

ダイヤモンドの記事では、「例えばアナウンサーの人の脳は、たくさんの文字情報に接しているにもかかわらず、脳の「記憶する場所」や「思考する場所」よりも、「伝達する場所」が鍛えられています。」というように、同じ読むにしても脳の使い方が異なり発達も違ってくるそうです。

だから小学校からタブレットで授業をするところも増えてきましたが、教育的に果たして効果が出るのだろうか。スマホやタブレットでは一冊の本を読む習慣がつくのだろうか。紙の本とスマホでは読み方もことなり、紙の本では目で文字を追いますが、スマホではスクロールした文字を読むことになる。そうすると脳の使い方も異なり、脳の発達に違いが出るというのとです。

紙の本は、パラパラとめくる事も簡単ですが、スマホでは読み飛ばすことも難しいだろう。ネット上で記事を読むにしても、読んだ記事が頭に残るのだろうか。結論的には「本は紙のほうが、内容が頭に残る」という事ですが、本当なのだろうか。文字を書くにしても紙にペンで文字を書くのと、パソコンでタイプするのとでは漢字を覚える上では、パソコンでは漢字をどんどん忘れていってしまう。

「株式日記」を書く上でも、考える脳と文字をタイプするのでは使う脳の部分が異なるから、タイプしていても考える脳を使っているから、パソコンが誤変換しても気がつかない。あとで読み直せばすぐに気がつくのですが、読み直すこともなくネット上にアップしてしまう。

結論的には、本と電子書籍ではどちらがいいと言う事ではなく、本と電子書籍は別物であり、紙の本と電子書籍の両方を買って、それぞれの用途によって使い分けたほうがいいのだろう。紙とペンで書く事とキーボードで書く事は別の事であり、使い分けることが大切なのだろう。




昔だったら絶対見られなかったものがネットで見られて、バーチャルでとりあえず
満足しちゃう。だから、生身の人間と接するのが面倒くさいというのもあるんでしょうね。


2017年10月27日 金曜日

瀬戸内寂聴の嘆き。「日本から『青春』が消え去ってしまった…」恋も革命もしたくない若者たち 10月26日 現代ビジネス

いまは青春がない? 便利になると結婚しなくなる? 恋愛は面倒くさい?

波瀾万丈の人生を送ってきた95歳の作家・瀬戸内寂聴さんに、ジャーナリスト・池上彰さんが「老後の心構え」について聞いた話題の新刊『95歳まで生きるのは幸せですか?』より特別公開!

混乱を恐れる気持ちが、恋も革命も遠ざける

寂聴 学生が大勢集まってるところで話す機会があったんですよ。そのときわかったのが、もう「青春」って言葉がないのね、今は。

池上 青春ねえ。

寂聴 青春がないの。だけど、あえて「青春は恋と革命だー」って叫んだんですよ。

池上 「青春は恋と革命だー」。

寂聴 そうしたら、みんな「うわー」って盛り上がっていましたよ。だからまったく恋とも革命とも無縁というわけでもないんだけど、自分でやるのは面倒くさいのかしら。

池上 今の若い人たちは、恋も革命もしたくないでしょ。

寂聴 恋と革命をしないから、日本はこんなにだらだらとした、妙な国になっちゃうんですよ。最近は大学生たちのデモが盛り上がってましたよね。その子たちはまだ私の言うことがわかるらしいんです。

池上 2015年の安保関連法の反対運動ですね。

寂聴 あの子たちにも会いましたけど、なかなかいいですよ。「恋と革命だ」って言ったら、「やってます」って(笑)。

池上 どっちもやってると? 「恋と革命だ」って言う人がいっぱいいれば、少子化問
題は少しは解決に向かいますかね。

寂聴 解決すると思います。

池上 混乱も起きるような気がするんですけど。

寂聴 混乱が起きなきゃ、革命にならないですけどね。みんな混乱を恐れてるのかし
ら。恋も混乱しますからね。混乱が面倒くさいから、みんなしないんですかね。でもそれで平穏に暮らしていて、おもしろいですか?

私は、もうじき死にますけど、「ああ、九十何年も長生きして、いろんなことして楽
しかった」って思って死ねますよ。

池上 子どもたち、若い人に情熱がないと感じるのはなぜでしょうね。なんとなく生きる力が弱くなってるような気がしません?

寂聴 そうですね。食べてるものは、私たちの子どものころよりずっと栄養のいいものなのに、どうしてでしょうね。便利になりすぎたのかしらね。

池上 そう言うと、昔の人は不便だから恋に走ったみたいじゃないですか。

寂聴 だってそうでしょ。ひとりが不便だから結婚したかったんですよ。

池上 便利になるから結婚したんですか?

寂聴 今は便利すぎて何も要らないんだもんね。ご飯だって、料理が下手な女房が作るより、そこらで買ってきたほうが美味しいでしょ。洗濯ものは洗濯機に入れればいいし、掃除は掃除機がやる。もう女房なんて要らないですもんね。

池上 だから結婚しなくていいって、そういう発想は寂しいですよね。

寂聴 でも、そんな理由もかなりあるんじゃないですか。ひとりが不便だったら、やっぱりまず結婚するでしょ、みんな。

池上 なるほど。

池上彰、青春時代のデート事情は……

池上 今、日本では子どもの数が減ってますでしょ。人口もどんどん減っていきます。
日本の人口はずっと増え続けてきたのが、2015年、ついに減少しました。このまま減り続けると、2050年には1億人を切るといわれています。

寂聴 ええ。いろいろな理由があるんでしょうけど、やっぱり若い男ですよ。女の子は
それほど変わっていないと思うんです。けれど、恋愛にも結婚にも興味がない男が増え
ているんですね。これはいったい、どうしてですか?

池上 そうですねえ。

寂聴 これは私じゃなくて、異性のあなたが説明してくださいよ。

池上 (笑)。いやいや、私にもよくわからないんですけど。

寂聴 あなたがもしお若いとしたら、「恋愛離れ」なんていわれてる今の状態をどう思われます?

池上 私の若いころはまさに激動の時代でしたし、みんなが貧しかった。押しなべて貧しい中でも、なんとしてもクルマは欲しかったですね。免許を取って、中古でも何で
も、とにかくクルマさえ手に入ればデートができる、という魂胆ですね。でも今の若い人たちはそもそもクルマに興味がない。

寂聴 クルマが要らないんですって!

池上 「クルマがなかったらどうやってデートするんだよ?」って聞いたら、「別にデートしません」。

寂聴 そう。デートしたくないからクルマも要らない。

池上 もうそうなると想像を超えているというか……。

寂聴 じゃ、今の若い男の方たちは、何がおもしろいんでしょう? 何が楽しいんでしょう?

池上 SNSでつながっていたり、ネットでありとあらゆる情報が入ってきますよね。

昔だったら絶対見られなかったものがネットで見られて、バーチャルでとりあえず満足しちゃう。だから、生身の人間と接するのが面倒くさいというのもあるんでしょうね。

寂聴 仮想の世界はますます複雑でおもしろくなっていくんでしょ? そしたらもう人間が人間じゃなくなりますね、やがて。

池上 ですよね。

寂聴 お若いときは、やっぱりちゃんとデートはしていたんでしょ?

池上 いやいや、全然ないですね。ないんですけど、頭の中では、そんなことばっかり
考えてましたよね。

寂聴 だってそんな年ごろでしょう。それが今の若い人たち、嫌だっていうんですよね? 面倒くさいと。

池上 そう、面倒くさいっていうんですよ。

寂聴 そこがわからないですね。

池上 そりゃ、面倒くさいですよね、ああいうことはね。その面倒くささを乗り越えて当たり前だと。

寂聴 面倒くさいのが楽しいんじゃないんですか、恋愛はね。

池上 なるほど。確かに。(後略)



(私のコメント)

95歳の老人から見れば青春時代は遥か昔の話になりますが、私から見ても青春時代は遥か昔のことになる。私の青春時代は、恋の話もなければ友達との交友もパッとしたものはなく、本ばかり読んでいたような青春時代だったような気がする。銀行印時代も楽しいことよりも辛いことが多かったので戻りたくはない。

とにかく学生時代も会社員時代も、組織の一員として生きることを要求されてきたから、窮屈で自由のない生活が楽しくはなかった。大学生の4年間は自由に生きれたから楽しかったが、銀行に入ってからは毎日が地獄であり、会社を辞めたいと思わなかった日は1日もない。

10代20代は体力も気力もあり希望もあったが、私の理想とはかけ離れた青春時代であり、金もなく時間もなく女にももてず、毎日へとへとになるまで働いて時間ばかりが経って行ったような気がする。青春ドラマのような事は一つもなく、50CCのバイクに乗って関東一円を走り回ったことぐらいが私の青春だった。

だから青春時代の話といっても人に自慢できるものはなく、ガールフレンドもなく恋人もいず、デートは何回かしたがそれ以上の発展もなく、結婚を考えても住宅難でマイホームがなければどうにもならなくて、いい物件はないかと探し回ったが、とても高くて手が出せなかった。同僚たちは社内結婚が多くてラブロマンスの花が咲いた。

若い女性の多い職場だったが、美人もいれば可愛い子もたくさんいて誘惑も多かった。私に好意を寄せる子もたまにはいて、押せばなんとかなっただろうが、独立起業を考えていたので女には手を出さなかった。当時は不動産で一財産作ることも夢ではなく、ヤンエグと呼ばれる若い青年実業家もたくさんいた。

瀬戸内さんのような女性なら、青春時代がまさに花であり、大恋愛などの話で盛り上がるのでしょうが、イケメンで背も高くて仕事もできてインテリで口説き上手な男はそんなに多くはない。私も順調な人生だったら結婚もして子供も作ったのでしょうが、バブル崩壊でいばらの人生になってしまった。

瀬戸内さんと池上さんの対談では、今の若者は恋愛や結婚には興味がなく、車も欲しがらないということですが、恋愛や結婚をしたり車を買うには金がいる。しかし今の若者には金がない。あるのはスマホと時間だけであり、スマホで擬似恋愛を楽しんだり、バーチャルな世界で満足している。

現実の世界とバーチャルな世界との違いは何だろうか。バーチャルな世界でも恋愛や結婚はできるし、上手く行かなければリセットすることもできる。現実世界は一度失敗すれば二度と立ち直れずやり直しもできない。スマホがあれば一日中時間もつぶせる。

瀬戸内さんは、「今は便利すぎて何も要らないんだもんね。ご飯だって、料理が下手な女房が作るより、そこらで買ってきたほうが美味しいでしょ。洗濯ものは洗濯機に入れればいいし、掃除は掃除機がやる。もう女房なんて要らないですもんね。」というように便利になりすぎて、不便さを克服する喜びがない。

確かに昔はお湯を沸かすにも、薪割りから初めてコンロで火を起こしてヤカンを乗せなければならなかったが、今ではポットのボタンを押すだけだ。恋愛だって昔は大変だったが、今ではデリヘル嬢を呼べばインスタントラブが簡単に楽しめる。若い女性にとってもそのほうが金になる。

つまり世の中便利になりすぎて、バーチャルな世界と現実世界との差が少なくなり、スマホで疑似恋愛ゲームを楽しむのも、スマホでデリヘル嬢を呼ぶのも大した変わりがない。金がかかるかの違いだけである。




文科省の前事務次官、前川喜平氏(62才)が「実地調査」で通い詰めた店である。
7月初旬のある夜、本誌もまたここで働く女性の生態を“調査”すべく、店に入った


2017年10月26日 木曜日

出会いカフェ“ワリキリ”女子大生「被害者どこにいるの?」 7月13日 NEWSポストセブン

「けっこう浪費家なんで。服とバッグにお金かけちゃう。こないだもバーキン買って。接客バイトとかやりたくないし、アタシ、効率重視なんです。立ちっぱで時給800円とか絶対無理。だったらワリキリのがいいじゃん、って」

新宿・歌舞伎町のど真ん中。居酒屋、雀荘、日焼けサロン、あらゆる店が集う雑居ビルの2階で、浜崎あゆみを細くしたような21才の女子大生が話す。

《各テーブルで今夜も恋の芽散乱中》を謳う出会いカフェ『L』の店奥。15席のカウンターの端で、あゆみは肩に掛かるほどカールした茶髪をいじりながら、しきりに「ワリキリ」を連呼した。花柄のひざ上スカートに白のカットソー。生足をさらけ出し、カルアミルクを流し込む。

文科省の前事務次官、前川喜平氏(62才)が「実地調査」で通い詰めた店である。7月初旬のある夜、本誌もまたここで働く女性の生態を“調査”すべく、店に入った。南国のモンステラの葉が壁一面を覆う店内には、カウンター席の他、ガラスで仕切られた向かい合わせの席がある。

1時間1ドリンク付きで3500円、2時間4800円。女性は無料。ドリンク飲み放題、スナック菓子食べ放題。席に座ると、男性の手元にはピンク色のメッセージカードが置かれる。ニックネーム、職業、血液型書き、「食事」「カラオケ」「飲み」「女の子におまかせ」の4項目から1つを選択。全て記入したら店員経由で気になる女性に送る。先方がOKの場合、相席して“次の予定”を交渉する。

この夜、店内には9人の女性がいた。ミニスカワンピの20代前半から、スーツを着たアラフォーまで、さまざま。グラスを片手にスマホをいじり、男性からの指名を待つ。一晩遊ぶ男を求め、あるいは交際相手を求め、店に集った素人女性である。

「ま、多くが“ワリキリ”目的だけどね。要は、エンコー。お金のために割り切って寝ますってこと。前川さん、よく来てました。あたしも指名されたことあるんで。貧困調査なのかなぁ。教育問題とか難しい話をしてたけど。『このあと外出る?』みたいな交渉もあった。アタシは断ったけど、ついてく娘もいた」

あゆみが通うのは、都心の超有名私立大学。文学部英文学科でヴォルテールを学ぶ。

「高校は地元の宮崎の進学校で、超ガリ勉でした。両親は教師。小さい時からメチャ厳しくて。テストの点数悪いとオモチャ捨てられてましたから。でも暗記ものは得意で、入試は意外にサクッと」

念願のひとり暮らし。で、すぐに弾けた。 「1年のときはイベントサークル入ってました。彼氏もできたけど、基本チャラくて。半年も続かなかったな。親からの生活費は4万円。全然足りないですよ。2年夏頃かな、友人と一緒に『L』に行ったら、ヤリ目的の男がわんさか。しかもこの店、金額は各々の交渉次第。1晩10万でもいいんです。風俗と違って、嫌な相手とはやらなくていいし。ま、ワリキリは基本2.5から3万くらいで落ち着きますけどね。ご飯だけだと5000円」

店に行くのは週1〜2日。これで月15万〜20万円の稼ぎになる。見知らぬ男と寝ることに、罪悪感はない。

「テニサーの連中なんか、やりまくりですよ。とっかえひっかえ。それと何が違うんですか? 男はHできて嬉しい。私はお金もらえて嬉しい。被害者がどこにいるの。ノルマもなければシフトもない。効率を考えたら最高でしょ」

もちろん、親は知らない。

「アタシがこういう店にいること知ったら、気絶すると思う(笑い)。でも時代錯誤です。40人の語学クラスの中で、キャバやってる娘3〜4人いますから。AV出た友達もいるし。むしろ性欲ためて鬱屈した男を救っていると思う」

実にあっけらかんと、あゆみは言う。


(私のコメント)

以前なら、このような話題は週刊誌のものでしたが、最近ではネット上で書かれる事が多く、若い女の子の性意識はますます飛びまくっている。もちろんこのような女の子は全員がそうだというのではなく、ごく一部のものなのでしょうが、女子大生の40人クラスのうち3〜4人はキャバやっているということです。

私の銀行印時代でも、女子行員にはかなりぶっ飛んでいる子がいましたが、だれかの愛人になったりしてクビになったり、AVに出演してクビになった子もいる。真面目な子が多い銀行でもそんな具合であり、真面目な子もたくさんいたが、東京に出てきてハメを外してしまう子も多かった。

だから現代の若い子がどんなにブッ飛んでいようが驚きませんが、若い女の子が手軽に短時間で稼げるアルバイトとして、ワリキリで稼ぐ子が出てきても時代の流れなのだろう。都会で実家から通っている子はワリキリをすれば親バレする危険性がありますが、地方から出てきた子はやりたい放題だった。

地方から東京に出てくると、まずは銀行の寮などに入りますが、男ができるとアパート暮らしをはじめる。寮などに5年もいる子など僅かであり多くがアパート暮らしをはじめる。現代では女子大生も進学率が高くなり、東京に出てくれば学費以外に生活費は少なくても15万円はかかるだろう。親からの仕送りではとても間に合う金額ではない。

奨学金ローンが社会問題になっていますが、安い文化系でも卒業までには500万円以上はかかる。女子のアルバイトでも時給が900円では稼げる学費も限度があるだろう。しかし割り切りなら週に1日か二日くらい店に出てワリキリをすれば月に20万円は稼げる。私からすれば大学に行くためにワリキリをするのは本末転倒だと思うのですが、将来のことなど考えないのだろう。

出会い系カフェは、いわばグレーゾーンの商売であり、自由恋愛が前提になっている。出会って気に入れば自由恋愛に発展するし、気に入らなければ断ることができる。「文科省の前事務次官、前川喜平氏(62才)が「実地調査」で通い詰めた店」もそのようなお店であり、話では断られることが多かったようだ。

60代のおっさんでは、よほどのことがない限りワリキリに応じてくれる子はいないだろう。あったとすれば自由恋愛ではなく個人売春に近いだろう。このような人物が文部科学省の事務次官をしていたのだ。そして何人かの子と個人売春までしていたのだろう。状況的にそうなる。

男子の大学生ならそんなワリのいいバイトがあるわけではなく、時給900円で働かなければならない。大学を卒業しても500万円以上の借金を抱えてスタートしなければならない。女子大生でワリキリなら1年で返せることも可能だ。これほどの男女格差があるだろうか。これでは若い女性が低収入の男と結婚なんてと考えるのも無理はない。

だからレベルの高い子が、風俗の世界に入ってくるので、AV嬢もレベルが高くなる一方であり、どうしてこんな美人で清純そうな子がAVに出るのだろうと思うくらいなのですが、そのために従来の底辺の女の子にとっては風俗が救いの手段にならなくなった。メンヘラ気味の子やまともな仕事の出来ない子にとっては風俗が最後の手段だったのですが、今では面接受けても落とされる。

だから、メンヘラ気味の子やブサイクで仕事ができない子は生活保護で生きていくしかありませんが、女性同士の格差もこのようなことで広がってきている。




年収が約600万円に達しない夫に対して、専業主婦としての労働を提供
することは、機会費用から見て割に合わないという損得感覚が女性にある


2017年10月25日 水曜日

なぜ男が結婚するには「年収600万円以上」が必要なのか 10月25日 山崎元 経済評論家

なぜ「年収600万円」なのか

 筆者は、縁あって結婚に関する原稿を書く機会があるので(連載「山崎元の男と女の婚活経済学」)、ネットなどで結婚に関連する話題によく目が行く。その際に、何となく気になっていた数字が「600万円」だ。どうやら、多くの独身女性が結婚する相手に求める年収の条件が「600万円以上」であるらしい。

 生活の漠然とした実感として、年収600万円くらいあると、専業主婦でもそこそこの生活が成り立つのではないかという感覚があったが、なぜ600万円がレベル感なのかについては確たる根拠を持てずにいた。

 このたび、この疑問をスッキリ解消するとともに、結婚するかしないかを含めて人生の戦略を構築する上で大いに参考となる書籍「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」(白河桃子、是枝俊悟著、毎日新聞出版)に出合った。

著者の白河桃子氏は「婚活」という言葉の生みの親でもあるジャーナリスト・作家であり、是枝俊悟氏はシンクタンクの研究員で税金や社会保障などの問題を専門とされていて、緻密で信頼性の高い分析をされているので、筆者はしばしばレポートを拝読している。既婚未婚を問わず、若い方も、若くない方も、自らの人生と家族のあり方を考える材料として、是非一読することをお勧めしたい。

 例えば、この本の56ページには、「夫の年収が600万円以下なら、専業主婦は『好きの搾取』をされている」という小見出しがある。搾取と見るか、それでも好きであることを喜ぶかは人それぞれであっていいと思うが、計算根拠は興味深い。

 是枝氏の分析によると、TBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」にも登場した家事労働の価格「月額19.4万円」は、機会費用法から計算した「子どものいない専業主婦世帯において主婦が貰うべきフェアな対価」であり、夫がこの対価を支払うためには月の手取り収入がその2倍(38.8万円)は必要で、この年額465.6万円を手取り収入として得るためには、2017年現在、590.5万円の税引き前年収が必要なのだという。なるほど約600万円だ。

 ちなみに、2013年版の政府の報告書によると、日本の女性全体の1時間当たりの賃金が1383円だという。ドラマでは、これに1日7時間の家事労働に20日間(合計140時間)を掛けた数字から19.4万円が導かれている。

 つまり、年収が約600万円に達しない夫に対して、専業主婦としての労働を提供することは、機会費用から見て割に合わないという損得感覚が女性にあるとすれば、夫になる相手に対して「年収600万円以上」を求めるのだろう。

 なお、政府の報告書では、専業主婦が年間に行っている無償の労働時間を2199時間として、専業主婦の労働の経済価値を304.1万円としているという。多くの専業主婦は土日に関係なく家事をしているので、こちらをベースに考えるなら、妻が夫に要求する年収は600万円よりももっと高くなりそうだ。

恐ろしい「育児労働」の経済価値

 ところで、前記の数字は、子どもがいない前提のものであって、子どもが生まれて、育児の負担が全面的に妻にかかる場合の損得勘定は、夫にも、妻にも、「恐ろしい」ものになっている。

 詳しくは、先の書籍を是非読んでいただきたいが、ドラマの設定を延長して主人公夫婦が未就学児童を持つ場合に、夫が専業主婦の妻に給料(月37万1336円)を支払うためには手取り年収で891万円、税引き前の年収は約1247万円必要だと是枝氏は試算している。

 また、是枝氏は別の前提条件で、夫の年収別に「妻が専業主婦の場合のフェアな夫の家事・育児分担割合」を求めており、年収400万円の場合は32.5%、600万円の場合で24.5%、800万円の場合は18.0%などと計算している(前掲書146ページ。夫婦合計の家事育児労働時間を69時間、妻の労働の1時間当たりの機会費用を1383円で計算)。

  ちなみに、高額所得者も少なくないダイヤモンド・オンラインの男性読者のために、夫のフェアな家事・育児分担比率がゼロになる年収をご紹介すると、1400万円以上となっている。

 もっとも、年収が1400万円以上だからといって、家事負担をゼロとして妻に「ワンオペ育児」を押しつけることは、読者にお勧めしかねる。理由は詳しく記さないが、その方針には「非常に高くつく!」リスクがある。

 未婚既婚を問わず、多くの男性読者は是枝氏の試算を「恐ろしい数字」だと受け止めるかもしれないが、これは見方を変えると、家事の分担には年収の不足を補う効果があるということだ。年収が400万円であっても、「家事の3分の1は僕が負担します」と言い切れるなら、堂々と意中の人にプロポーズできるということなのだ。

最強の人生戦略は「共働き&事実婚」

 筆者は、昨年まで6年間ほど大学で授業を持っていたので、大学生くらいの若者にどうアドバイスしたらいいのか、という視点で白河氏・是枝氏の本を読んだ。

 男女を問わず学生にアドバイスするとすれば、以下のような内容だろうか。

(1)税を始めとする日本の制度は、共働きの夫婦にとってベストな条件になっている(「専業主婦ではない」と是枝氏は分析する)。だから、共働きのパートナーを持つことを指向するといい。

(2)「一緒に暮らすこと」には規模の経済効果が働く。相手がいるなら、一緒に住むと暮らしは楽になる。

(3)家事を分担することには、経済・精神両面で大きな効果がある。男女ともに家事能力を持とう。

(4)「専業主婦家庭」は、男性にとっては負担が大きく、女性にとってはリスクが大きな形態だ(夫婦の3割は離婚するのだから)。

(5)日本の制度は、籍を入れない事実婚に対して好意的だ。事実婚が差別されるのは、配偶者控除を受けられないことくらいだ

(6)配偶者控除を捨てて事実婚を選ぶことの価値評価は難しいが、離婚の潜在的コストを圧縮する効果があることを思うと「ペイする」カップルは少なくなかろう。

(7)子どもを持つことの経済的負担は相当に大きい。子育てをもっと支援すべきだと国に要求しよう。

 人生の送り方はさまざまで構わない。ただし、経済は常について回るので、各種の選択に当たって「経済的現実はどうなっているのか?」を考えることが大切だ。

(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 山崎 元)



(私のコメント)

結婚をするかどうかの分岐点は、男からしてみれば年収600万円が分岐点になりそうだ。大学を出て一流大企業なら30歳前後で年収600万円はなんとかクリアできるだろう。しかし圧倒的多数の男にとっては年収600万円は高いハードルだ。昨日のニュースでも40歳代で世帯主の年収が300万円以下が20年間で1、5倍に増えたということだ。

その割合としては、11%から17%に増えたということですが、氷河期世代が40歳代に突入したということでしょう。氷河期世代は日本の失われた20年と合致しますが、少子高齢化が進んだ世代でもある。年収が300万円ではいくらなんでも結婚には踏み切れないだろう。しても夫婦共稼ぎが前提になる。

だから政府も夫婦共稼ぎが標準としての政策をとるべきであり、子供が出来ても女性が退職しないで仕事が続けられる体制にしないと成り立たない。私の世代では寿退職が当たり前でしたが、現代では結婚して子供ができても仕事は続けなければならない。ないしは年収が600万円以上の男性と結婚するしか専業主婦が成り立たない。

「株式日記」では女性もフルタイムで働かなければならないと書いたことがありますが、家事育児と仕事の両立は時間的にも体力的にも無理だ。だから夫も家事や育児をしなければなりませんが、なかなか意識改革は進まない。夫も家事や育児をするとなれば定時に会社から帰らなければなりませんが、残業が当たり前の会社ではそれができない。

昨日は若い世代の男女関係が驚く程変化していることを書きましたが、結婚というセックスの長期独占契約から、個人売春というバラ売りする女性が増えてきたことで、若くて美しい女性がその気になれば年収が1000万円以上も稼げる時代になっている。今どき若い男が1000万円も稼げる職業は外資系くらいしかない。

若い世代がこのような変化だから、男は低収入で結婚できないし、女は自分よりの低収入の男とは結婚しないから非婚化が進む。さらに子供ができれば爆発的に家計費がかかるようになるから、年収が1000万円でもギリギリの生活になることもあるようだ。

当然夫婦共稼ぎになれば、夫の家事育児の分担は当たり前であり、子供がいて専業主婦家庭だと1400万円くらいの年収がいるようだ。しかしこのような議論は現実離れしており、平均年収が420万円では親子4人の生活そのものが成り立たない。平均年収が400万円台と低いのは女性の賃金が上がらないからであり、生産性の低さにも現れている。

私自身も、銀行を退職する頃は600万円弱あった年収が、退職後はアパートの家賃収入だけの200万円台まで落ちてしまった。そんな生活を30年近くも続けてきて、やっと借金も払い終えましたが、月日だけが経ってしまった。バブルが崩壊しなければこんな事にはならなかったのでしょうが、若い男女の結婚にも非婚化や事実婚などの変化が見られる。つまり少子化現象は国の経済政策の歪が現れているのだ。




男性との所得格差がなくなった以上、女性たちは、セックスを長期独占契約で売る結婚
にまったくメリットを感じなくなり、その代わりに、セックスのバラ売りをはじめたのである


2017年10月24日 火曜日

日本の結婚市場の崩壊と梅毒感染者の急増 4月17日 藤沢数希

僕はさまざまな要因から、結婚によってメリットを受けられる女性は一握りで、それゆえに未婚化、少子化が進んでいる、と指摘してきた。そして、そのひとつの解決策として、結婚して子供を産み家族を作る or 生涯未婚で子無し、という極端なふたつの選択肢しかない現状に対して、欧州の先進国のように、事実婚などが増え、家族の多様性が当たり前になればいいのではないか、と提案した。

『損する結婚 儲かる離婚』藤沢数希

女性が自分より所得が低い男と結婚するメリットはなく、男女の所得格差がなくなれば、婚姻率が下がっていくのは当たり前のことなのだ。女性がもっと社会進出し、男女平等をますます推進していく、というのは先進国では当たり前のことであり、また、僕の願いでもある。大臣の数、企業の役員の数などでも、日本は男性の方が多く、いまだに女性差別が残っている。本来、これらは北欧などの進んだ国がそうであるように、男女で半々になるべきものだ。婚姻率がどれだけ下がっても、日本でジェンダーフリーを推進していくことを止める、という考えは絶対にありえないのだ。

このような背景から、僕の本は、女性たちの背中をポンと押し、欧米では当たり前のリベラルな社会へと堰を切るきっかけになると考えていた。もう、伝統的な(単にキリスト教の影響を受けた西洋の家族法を輸入しただけのものだが)結婚にこだわる必要もないし、所得格差がなくなった以上、メリットのある結婚をすることはますます困難になっているのだから、日本人女性たちはもっと自由になればいい、と応援したかったのだ。

しかし、日本の女性たちは、僕の想像を超えて、はるかに先を行っていたことがわかった。先日、性風俗や個人売春など、日本の性産業に造詣が深い経営者や編集者の人たちと、最近の社会情勢について議論する機会を得た。その際に、いま日本で起きている驚くべき現象を、僕は知ることとなった。

20代、30代の日本人男性の年収は300万円程度であり、サービス業がさかんになり女性の労働者のほうが人気がある昨今では、多くの若い女性と所得が同程度か逆転してしまっている。こうした状況で、年収300万円程度のふつうの男性と結婚する女性はほとんどいない。その結果、何が起こったかというと、驚くべきことに、個人売春業が活況を呈することになったのだ。

つまり、男性との所得格差がなくなった以上、女性たちは、セックスを長期独占契約で売る結婚にまったくメリットを感じなくなり、その代わりに、セックスのバラ売りをはじめたのである。そのやり方はさまざまである。本番行為のないソフトな性風俗店でアンダーザテーブルで顧客から金をもらい本番を行うというものから、女子大生たちの間で流行っているいわゆる「パパ活」と呼ばれる中高年男性との月締めの売春契約、富裕層へのAV女優の斡旋など、形態は非常に多岐にわたる。しかし、ボリュームという点で最も多いのは、出会い系アプリなどを使った、個人取引であると思われる。

要するに、男女格差の縮小により、日本の結婚市場が崩壊し、セックスを長期独占契約で売る結婚から、一回ずつのバラ売りである売春に、日本人女性のビジネスが急激にシフトしていったのが、この2、3年に日本で起きていることなのだ。当然、これらは地下経済であり、公式の統計には現れないが、こうした仮説を裏付けるいくつかの強力な証拠はある。

まずは、税務当局による直接の摘発である。人気AV女優であった里見ゆりあ氏に2億4500万円の所得隠しが発覚した。本人は単に貢がれた、と主張したが、東京国税局の調査官たちは売春業による所得と認定したのだ。これは氷山の一角であり、このようなビジネスが広範に行われていることをうかがわせる。

人気AV嬢「里美ゆりあ」が2億4500万円の所得隠し “貢がれた”と異議(デイリー新潮)

しかし、もっと強力な証拠がある。いま若い女性たちの間で、性病感染者が急増しているのだ。すこしググれば、各県の自治体などが梅毒やクラミジアの蔓延などを警戒しているニュースが出てくる。たとえば千代田区のウェブサイトにいけば、梅毒届け出数が女性は5年で約15倍に上昇していることが報告されている。

●若い女性の「梅毒」感染が急増。医師も危惧する異常事態(日刊SPA!)
https://nikkan-spa.jp/1181393

こうしたエビデンスや、また、実際に性産業を定点観測している記者たちの話を総合し、日本人女性たちが結婚というビジネスから、セックスのバラ売りである売春業に、急激に業態を変化させたことは間違いない、と僕は見ている。

さて、今週のメルマガでは、性病感染者数データのさらなる分析とともに、このように荒廃する日本の恋愛市場、結婚市場でいかに立ち回るべきなのか詳細に議論することにしよう。



(私のコメント)

最近の社会問題として、少子化や非婚化の問題がありますが、「株式日記」でもいろいろと考えを述べてきましたが、昔ながらの倫理観が大きく変化してきています。女性の社会進出が進んで一人で生きていけるようになれば、低所得の男と結婚する女性は少なくなるだろう。

先日も、外資系に勤める年収が1200万円の35歳の女性のことを書きましたが、このような女性が年収が300万円の男性と結婚することはないだろう。外資系の会社なら年収が1000万円以上ある若い男性はたくさんいる。しかし若くて高所得の男性はごく僅かであり、そのような男性には縁談が殺到している。

昔なら女性の職場はほとんどなくて、結婚という手段を取らざるを得なかったのでしょうが、現代では仕事のできる女性なら外資系で働けば1000万円以上は稼げるし、美人ならサービス業や風俗でなら売れっ子になって一般男性以上に稼げる。藤沢氏の記事にもあるように、「人気AV女優であった里見ゆりあ氏に2億4500万円の所得」があった。

これはAV女優だけの稼ぎではなく、売春などで稼いだ額であろうし、愛人稼業でも貢がれた所得が入っている。もちろんこれは誰もが出来ることではなく、極端な話なのでしょうが、最近では素人女性と玄人女性の境目がなくなり、女子大生でも学資稼ぎで風俗業などでアルバイトすれば楽に稼げる。

藤沢氏は、「女性が自分より所得が低い男と結婚するメリットはなく、男女の所得格差がなくなれば、婚姻率が下がっていくのは当たり前のことなのだ。」と指摘しているように、稼ぎのない男性は結婚は諦めるべきであり、だからこそ高所得を稼ぐ努力がいる。満足できる結婚ができるのは高所得か、家が資産家の家ぐらいだろう。

低所得の男性と結婚するくらいなら、個人売春などで稼いだほうが稼げるし、自由な生活ができる。藤沢氏によれば、「年収300万円程度のふつうの男性と結婚する女性はほとんどいない。その結果、何が起こったかというと、驚くべきことに、個人売春業が活況を呈することになったのだ。」という事ですが本当なのだろうか。

昨日も、既成マスコミによる世論形成よりもネット世論の方が主導権を持つようになったと書きましたが、女性の生活でもネットを利用した出会い系などのスマホを利用した個人売春が盛んになってきている。結婚はセックスの長期独占契約ですが、割に合わなくなってセックスのバラ売りを始めたということだ。

個人売春なら税金も収める必要もなく、売春で消費税を納める可能性はゼロだ。個人売春の実態はなかなか分かりませんが、梅毒などの性病患者において女性が5年で15倍に急増している。従来の風俗業などなら性病予防などの措置が取られていますが、個人売春だと防ぎようがない。

もともと結婚による一夫一婦制度は性病の蔓延などを防ぐためのものであり、夫婦間だけにセックスを認めた。不特定多数のとの男女関係を認めれば性病が蔓延して社会不安をもたらす。それが実際に起きてしまっていますが、個人売春はモラルの問題であり、法律で禁止するのは自由恋愛に対する侵害だ。

藤沢氏は、「日本人女性たちが結婚というビジネスから、セックスのバラ売りである売春業に、急激に業態を変化させたことは間違いない、と僕は見ている。」という事ですが、週刊誌記事などよりも実際の女性の実態は進んでいるようだ。このような状況を踏まえて少子化問題や非婚化の問題を考えないと、なんの問題解決にならないだろう。




今回の衆院選挙は、偏向マスコミ対ネット世論の戦いであり、安倍総理は
ネットの「報道特注」で「今回が一番の盛り上がりだった」と感想を述べた。


2017年10月23日 月曜日

カフェスタ 安倍総理出演「報道特注見てますよ」

大勝をおさめた安倍政権が「まずやるべき」経済政策はコレだ 10月23日 高橋洋一

立憲民主党、これから大変だよ

「リベラル」という言葉を、護憲ではなく、欧米のリベラル系政党が標準的に掲げる、「金融政策による雇用重視」「社会福祉」「市場経済重視」「身分差別反対」「非宗教的」等の政策基準でみてみると、いまの安倍政権は(欧米基準でみれば)かなり「リベラル」な政策を採っている。ひょっとして、今日本で一番「リベラル」なのは、安倍首相かもしれない。

立憲民主の枝野代表は、かつて筆者とテレ朝の「朝生」で議論したことがあるが、金利引き上げによって経済成長を目指すんだという「トンでも政策」を主張して、頑として譲らなかったのを覚えている。

金利引き上げは、雇用を最も作れない政策であることは明らかで、それを主張することは、(雇用重視」という点では)とても欧米基準では「リベラル」といえない。

立憲民主は、希望の党の失速もあって躍進したが、やはり雇用=金融政策であることを理解しないと、雇用の実績を作れないので、安倍政権にはかなわないだろう。なにより、リベラルを名乗れないだろう。

金融政策は雇用を作るとともに、株価を押し上げる。雇用と株価の二つをとっても安倍政権の実績はいいので、立憲民主がこれを凌駕するには、よほどの努力が必要だろう。

さて衆院選の結果を受けて、安倍政権は外交、内政、経済でどのような課題に直面するだろうか。

北朝鮮との対話の可能性も…?

今回の総選挙は、北朝鮮対応をどうするか、といういわば「有事解散」であった。これは安全保障を問う解散だったと言い換えてもいい。先日ある情報番組に出演して、外国人コメンテーターから、日本では「戦争」について語ることがタブー化されている、という発言を聞いた。まさにそのとおりだ。

筆者は昔からそのことを痛感していたので、米プリンストン大に留学する機会をもらった時、平和論・国際関係論を勉強した。これは、過去に本コラムでも紹介したが、戦争の発生条件を冷静に、数量的に分析して、どのようにしたら戦争になる確率を減少させるかを研究するものだ。

日本の左派論者は、「集団的自衛権をもつと、日本は戦争をする国になる」という主張をするが、実は過去の戦争データを分析すれば、集団的自衛権を認めることは、戦争になる確率を減少させる方策であるのだ。

こうした視点に立てば、同盟関係で圧力をかけるのは、戦争確率を減少させる効果的な手段だ(圧力は対話を引き出すためのものであることを忘れてはいけない)。

小泉政権の時に、小泉首相が北朝鮮訪問し、拉致問題を北朝鮮が認めて謝罪した。これがうまく行えたのは、ブッシュ政権が北朝鮮に圧力をかけていたなかで、北朝鮮がその圧力を軽減するために、日本の拉致問題を持ち出したからだ。

今の北朝鮮問題にあてはめれば、11月に日米首脳会談、米中首脳会談がある。また、APECでの各国首脳会談には、ロシアも出てくるだろう。それらの国際会議では、北朝鮮問題が話し合われる。これらは、北朝鮮版「ヤルタ会談」ともいうべきものだが、そうした国際的な圧力が高まる裏で、日本と北朝鮮との和解交渉が行われる可能性がないわけではない。

ところで最近、北朝鮮がおとなしい。先日まで中国で共産党全国代表大会があったため、北朝鮮も自重していたのだろうが。ここに来て、ようやく北朝鮮が自国のおかれた立場を理解してきたのかもしれない。

これまでの中国に対する度重なる非礼を許してもらい、挑発行動をとらずに、制裁に耐える道を選んだのかしれない。そうであれば、年内ともいわれていた国連軍あるいは多国籍軍による対北朝鮮の軍事オプションも遠のく可能性はある。

いずれにしても、トランプ米大統領、習中国国家主席、プーチン露大統領など互角に渡り合えるために、どのような準備を日本のリーダーがすべきか。まさに日本の国家としての命運がかかっている。

こうした外交・安全保障に気を払いながら、内政を同時並行的にやることが求められる。

経済としては、デフレを完全に脱却する必要がある。そして、早く完全雇用の状態を作らなければならない。本コラムで書いたように、インフレ目標2%、失業率2%台半ばを達成するためには、有効需要であと25兆円ほど必要である。そのために、来年の通常国会の冒頭での大型補正が必要である。

そのときには、ひょっとして朝鮮半島が有事になっている可能性もある。そうなれば経済に大きなショックを与えることが予想されるので、そうした事態を見越して、年初の大型補正の準備は直ちに取りかかるべきだろう。

ところで、安倍首相が「リーマンショック級のことが起これば、消費増税はしない」と発言し、各方面で話題になっているが、安全保障の環境や経済状況を考えないで経済政策があるはずなく、常識的な意見であるということを、最後に付け加えておきたい。



(私のコメント)

「株式日記」では安倍内閣はネット世論が作り上げた内閣であり、既存のマスコミよりもネットを重視した総理大臣であることは明らかだ。安倍総理は強気に解散に打って出たのもネットにおける支持率が高かったからだろう。既成のマスコミでは安倍叩きが酷くてボコボコに叩いても、ネットでTBSなどの偏向報道がひどいと反撃していた。

都議会議員選挙にける、秋葉原の街頭演説に対する既成マスコミの報道もひどいものであり、既成マスコミが仕込んだものであり、「安倍辞めろ」とコールしていたのはマスコミエリアの隣だった。そこに陣取れたのはマスコミが手引きしなければ陣取れない場所だ。マスコミエリアは最前列ですがその一角に「安倍辞めろ」コールをした数十人がいた。

22日の秋葉原の街頭演説には私も行きましたが、人で一杯であり近寄ることもできず、秋葉原駅のホームから街頭演説を聞くことにした。演説会場となった秋葉原の駅前は日の丸とプラカードで埋め尽くされて、反対派の入る余地はなく後ろの方で見ているしかなかったようだ。安倍総理が何か言うたびに「そうだ」と拍手と歓声があがり、大変な盛り上がりだった。

この様子はネットで見られますが、テレビでは報道しないようだ。都議会議員選挙の時は「この人たちに負けない」といった発言を何回も放送したのに、22日の秋葉原の様子は今のところテレビでは放送されていない。それくらい熱狂的な街頭演説であり、もしかしたナチの党大会のようだという偏向マスコミがいるかもしれない。

マスコミは偏向すればするほど、ネットでそれに対する批判が高まる。だから既成マスコミとネット世論の戦いといった構図ははっきりと見えてきた。もし既成マスコミは安倍内閣を一方的に支持していたら逆の方向にネット世論は行くかもしれない。マスコミとネットの対立構造は体制派対反体制派の戦いであり、90年代のようなマスコミが世論を作ることはできなくなった。

安倍総理は、ネットをよく見ているようでインタビューでも答えている。当然「株式日記」も見ているのかもしれない。自民党が野党時代は安倍氏も暇であり、ネットなどを見て政策を研究したのかもしれない。高橋洋一氏は安部総理の経済政策のブレーンであり、政策にも反映されている。金融緩和は失業率改善に一番効果がある。

民主党政権時代の経済政策は最悪であり、枝野氏の「金利引き上げによって経済成長を目指す」という論理はめちゃくちゃだ。だから超円高にもなってしまって、若い人の就職率は氷河期になってしまった。若い人の安部内閣支持率の高さも経済政策によるものであり、秋葉原でも若い人が多かった。ネットの呼びかけで集まってきたのだろう。

まだ23日の午前中なので、テレビでのコメンテーターの論調はわかりませんが、立憲民主党が勝利したかのような報道をするのだろうか。そして安倍内閣の大勝利は脇に置かれるかもしれない。しかし野党の分裂は致命的であり、マスコミに踊らされている立憲民主党と、これではいけないとする希望の党との対立でもあるのだろう。希望の党はもっとネット世論を味方にすべきだった。




地方が住みやすくするためには、30万都市程度のコンパクトシティー化が必要だ。
公共施設やコンビニやスーパーが歩いていけるようにしなければならない。


2017年10月22日 日曜日

地方は住みやすいか? 10月22日 荘司雅彦

よく「地方は住みやすい」と言う人がいます。
もちろん、純粋に当人の主観であれば、異議を唱える余地はありません。ただ、地方にも東京にも住んだわが身としてできるだけ客観的に比較検討し、「地方の活性化策」を述べてみたいと思います。

まず、「地方は物価が安い」とよく言われますが、この指摘はアテになりません。
地方にいても買い物はコンビニやスーパー、はたまた全国展開の量販店なので価格差はありません。ユニクロのフリースを、地方では安く売っているということはありませんから。

家賃はたしかに地方の方が安いですが、驚くほど安いわけではありません。
2LDKの平均家賃で比較すると、八王子市が9.21万円であるのに対し、(私が二度ほど赴任した)高松市は6.14万円です。

月に3万円も違いません。スペースが狭くなれば家賃格差はますます縮小します。
家を建てる場合の土地の価格には(場所にもよりますが)大きな違いがあるでしょう。
しかし、上モノである建物を全国展開のハウスメーカーに注文すれば、単価は全国どこでも同じなので(土地建物全体で考えれば)驚くほどの違いは出てこないはずです。

通勤時間は(総じて)地方の方が圧倒的に短く、マイカー通勤ができる場合も多いです。
ただし、人事異動で県内の別の地域に移動させられたりすると、単身赴任を覚悟しなければならないこともあります。三重県在住の私の友人で、尾鷲と熊野に転勤になった2人は、いずれも単身赴任しました。

リアル店舗のボリュームや多様性では、地方は圧倒的に劣位にあります。擁する人口が少なく、地元企業の賃金がやすいので、東京で激戦をしているラーメン店すらあまりなく、ファッション関連のリアル店舗はほとんどありません。

もちろん、規模の大きな地方都市であればそれなりにあるでしょうが、都会には遥かに及びません。

賃金や福利厚生は、東京の大企業と地方の中堅中小企業の間には天と地ほどの開きがあります。
私が長銀の高松支店に赴任していたとき、女性行員が結婚しても子供ができても退職しない理由を尋ねると(当時は全国的に寿退社が普通でしたが、長銀高松支店の女性行員の約9割が既婚者でした)、「夫の給料が私より遥かに低いので到底辞められない」とのことでした。
「地場産業で30年近く働いて退職金が20万円だった」という話も耳にしたことがあります。

子育ては、地方の方が圧倒的に楽だと感じます。
マイカー通勤で場所的範囲も狭いので、帰宅時に幼稚園にすぐに迎えに行けます。
幼稚園バスの運行距離も短くて、子供たちも楽です。実家の両親が健在であればさらに便利です。

結論的に言えば、大企業の支店や支社(もしくはそれと同レベルの企業)に勤務して高級好待遇で働き、リアル店舗のボリュームや多様性に目をつむれば、地方の方が快適な生活ができると考えます。
とりわけ、子育て世代にとっては利便性が高いでしょう。

このように考えると、現時点での地方活性化の最大の問題は「賃金と待遇」に尽きるようにも思えます。
であれば、既存の地場産業を「ふるさと納税」で延命させるより、いっそ規制緩和特区をどんどん作って大企業の誘致や成長企業の拠点にした方が賃金が高くなって若者も集まりやすくなると考えます。

以上、さして経験が豊富でもない私の主観も多々混入しているので、多くの方々のご意見をいただければ幸いです。



(私のコメント)

最近は、経済的なゆとりができたので、セカンドハウス的なものを買おうかと考えてはいるのですが、はたして地方の生活は快適なのだろうか。東京は賑やかなのはいいのですが、どこに行っても人でいっぱいであり、どうしてこんなに東京に人が集まるのかと思う。

それは地方には若い人が就職できる職場がないためですが、地方では工業団地を整備しましたが、製造業は中国やアジアに行ってしまって工業団地にはぺんぺん草が生えている。日本の地方よりもアジアの方がはるかに人件費や土地が安いからです。グローバル化が進めば、世界中が大都市と地方の格差が広がります。

日本の地方の過疎化は進む一方であり、若い人はみんな大都市に行ってしまう。地方の農業や商業は衰退する一方であり、大都市の高所得化は進む一方であり、港区の住民の平均所得は1000万円を超えるということです。その中で公務員や大企業の地方支店勤務の人だけが地方では高所得者になっている。

地方の農業や商業は衰退していく一方であり高齢化も進んでいる。東京は過密化して通勤距離は広がるばかりであり、通勤に費やす時間的なロスは計算すれば相当な額になるだろう。最近では都心に超高層マンションなどが建てられて都心回帰が進んでいますが、大都市の郊外も過疎化が進むようになった。

しかし私のように東京のコンクリートの家に住んでいると、やはり庭付き一戸建てが恋しくなります。子供の頃は都内でも雑草の生い茂った空き地がたくさんあって地方と変わりがなかった。木造の平屋建てで庭もあった。それが隣近所にビルが立ち並ぶようになって日が当たらなくなってしまった。

だからビルを立てて最上階に住むようになって、日は当たるようになりましたがコンクリートの部屋は暑くてたまらない。コンクリートとアスファルトだらけで土や植物は公園に行かないとありません。このような生活は精神衛生上もよくなく、やはりセカンドハウスでゆったりとするのがいいのではないかと考えるようになった。

経済的にはセカンドハウスは二重生活になり経済的ではありません。交通費も毎週利用するとなると馬鹿にはなりませんが、それは千葉のアパート管理などで実感している。特に中高年になると外出なども億劫になり電車に乗るのは疲れる。だから別荘を持ってもほとんど使わなくなる例が多い。

精神的にリラックスするためなら、旅館やホテルに泊まったほうがはるかに快適であり、食事や清掃もやらなくて済む。別荘を持つ経験者によれば、使わなくなってっ結局は損になるという。バブル崩壊以前なら別荘も資産の値上がりがありましたが、今では地方の物件では買い手がいない。

それでもセカンドハウスを考えているのは、東京にいるとどうしても家に閉じこもりがちになり運動不足になってしまう。精神衛生的にも太陽がいっぱいで自然がいっぱいの所に住むのが一番いい。東京で広々とした庭のある一戸建てに住めば一番いいのでしょうが、そんな家は相続税でがっぽりと行ってしまう。

私の近所のビルのオーナーも、郊外に住んでいる人も多く、ビルに自宅のある人は意外と少ない。ビル管理会社に任せればそれで済むからだ。私などはビルの清掃から朝晩の玄関の開閉までやってきた。いわば職場に寝泊まりしているようなもので心が落ち着かない。だから静かな郊外のセカンドハウスが欲しくなってしまう。

ただし、荘司氏が書いているように近所にコンビニや飲食店などがないとどうしても不便だ。以前にもコンパクトシティーについて書きましたが、何もない山奥ではなくて中小都市の近くがいいのだろう。今なら300万円台で中古の一戸建ての家が買える。




野党各党は、この最大の争点になっている北朝鮮問題には触れないよう
にして演説を展開しているが、これがまた信用がおけないということになる。


2017年10月21日 土曜日

北の“貢献”で自民の選挙戦が有利に  若年有権者層の反北感情も影響 野党は時代錯誤の極み 10月20日 杉浦正章

 隠れて見えない「影」から衆院選で自民党を応援してくれる国がある。どんどん応援しても外国だから公職選挙法違反にならない。貧乏国だから資金援助はないが、トップや幹部の発言が全て票に結びつく。与党にとってこんなありがたい国はないのが北朝鮮だ。最近一番利いたのが外相李容浩が、「金正恩委員長が声明で言及した『超強硬対応措置』とは過去最大の水爆実験を太平洋上ですること」と言明したことだ。防衛相小野寺五典は「水爆を運搬する手段が弾道ミサイルであれば、日本上空を通過することも否定できない」と応じたが、これを聞いた有権者は自民党に投票しようと“決意”する。

なぜかと言えば傍若無人にも日本を超えたミサイルで日本の庭の太平洋で水爆実験を行うなどと言うことは、国民感情の琴線に触れる最たるものだからだ。多くの国民は、野党、とりわけ立憲民主、共産、社民の各党は北朝鮮と同じ社会主義に根源を発していることもあり、北に関して何を言おうと信頼できない傾向がある。希望の党も大挙して元社会党の民進党から押しかけているから油断が出来ない。やはり頼りになるのは自民党ということになってしまうのだ。

 安倍も抜け目がない。歴代首相は、“ありがたい票田効果”が北朝鮮にあるのに気がつかず、手を付けなかった。しかし、安倍は国連総会で北朝鮮対策一色の演説をした流れをそのまま、選挙戦の演説に直結させた。安倍は北朝鮮のミサイル発射について「動きを完全に捕捉している。私たちは、しっかりと国民の命と幸せな暮らしを守り抜いていく」と訴え、米国とも連携していることに触れ、「強い外交力で核・ミサイル問題や拉致問題を解決していく」と主張。経済制裁を強化していることについては「しっかり圧力をかけ、政策を変えさせていく」と理解を求めた。聴衆の中からは批判勢力が秋葉原の例にならって「やめろ」のシュプレヒコールを繰り返すケースがあるが、最近では一般の聴衆が「選挙妨害だ」「黙れ」と憤りの声を上げる事例が相次いでいる。

 野党各党は、この最大の争点になっている北朝鮮問題には触れないようにして演説を展開しているが、これがまた信用がおけないということになる。安倍が強行突破した安保法制についても、今ほど必要とされている時はない。同法制に基づき政府は自衛隊の艦船で米軍の補給艦を守る平時の米艦防護や、補給艦による米軍イージス艦への給油を行っている。公式発表がないケースも増えてきているようだ。こうした政府の「日米共同作戦」に対して、批判すれば野党は不利になるとみて沈黙を続けている。確かに「給油反対」などと言える雰囲気ではないからだ。

そもそも野党は安倍政権が成立させた安保法制には反対であり、共産、社民は「安保法制は憲法違反。廃止を求める」と選挙で主張することになっているが、公言はしない。しかし選挙民の選択は共産党を“マイナス成長”にさせようとしている。減りそうなのだ。一方立憲も「北朝鮮対策としては個別的自衛権で対応できる。領域警備法と周辺事態法の強化で対処出来る」としているが、今そこにある危機に対しては説得力がない。まさに北朝鮮問題で野党は時代錯誤の極みの状態にあるのだ。

 そもそも根本的に与野党が異なるのは、自民党が北朝鮮への圧力に重点を置くのに対して、野党は対話に重点を置く傾向にあり、その基本姿勢の差は大きい。具体的には自民党が「全ての核ミサイル計画を放棄させる」としているのに対して、立憲は「北をテーブルに着かせるための圧力を強める」としている。この主張は、空想的社会主義のからが抜けないのか、今そこにある危機に対して空想的で現実感が伴わない。話し合いに応じない金正恩に対して「話し合いを」という空々しさと無責任さを感ずる。

 一方、憲法改正への取り組みも、安保がらみで各党主張が異なる。与党も割れる。自民党が9条に自衛隊を明記する方向での改正を主張しているが、公明党は「多くの国民は自衛隊を憲法違反と考えていない」として消極的だ。安倍も「国会の議論を活発化させるために投じた一石」として、それほどこだわる気配がない。従って、総選挙の大きな争点として浮上しているとは言えないだろう。

 このように、最近では珍しく北朝鮮が、大きなテーマとなっているが、野党の主張が総じて現実性に乏しく、与党側を有利に導いている事は確かだ。とりわけ18歳選挙権で若い世代が選挙に影響を生ずる傾向が増えることが予想されるが、高校、大学生は北に対して「むかつく」と反応する傾向が強い。若い世代ほど右に寄っているのが世論調査でも如実に現れている。その作用が大きい気がする。


(私のコメント)

衆議院選挙も今日が最終日になりますが、大きな波乱もなく自公連立内閣の圧勝が予想されている。野党が分裂選挙となり、「希望の党」は独自候補が全滅のような予想がなされている。現職だった若狭氏ですら落選が予想されている。小池氏が結局は不出馬ではしごを外されたような結果となり、「希望の党」から票が「立憲民主党」に流れるようだ。

最初から「希望の党」の政策が曖昧になり、本来の民進党の受け皿が、小池代表の「選別発言」で流れが変わってしまった。民進党は安保法制に断固反対をしてきましたが、北朝鮮情勢の緊迫化で、安保法制に反対してきたことを「リセットする」のが本来の目的だったはずだ。

「立憲民主党」は、北朝鮮問題には触れずに「憲法改正反対」に力点を置いている。目の前で北朝鮮が水爆実験やミサイル実験をやられては、国民世論も変化してきており、民進党のままでは選挙は戦えない情勢だった。ところが「希望の党」と「立憲民主党に」別れたことで、「立憲民主党」が全員当選の勢いだ。

選挙後は、「希望の党」と「立憲民主党」が合流して、小池代表は辞任に追い込まれるだろう。なんのことはなく民進党は党名を変えて選挙を戦っただけであり、元の木阿弥になるようだ。しかし北朝鮮情勢には変わりがなく「新民進党」が安保法制や北朝鮮情勢に対して変化が見られるのだろうか。

北朝鮮は『超強硬対応措置』を取ると言っているがこれが何を意味するのだろうか。北朝鮮は日本海側の原発を狙うと発言しているが、憲法9条があれば大丈夫と言っていた野党各党はどうするつもりだろうか。安倍総理は街頭演説でもアベノミクスの成果と北朝鮮問題について述べていますが、これが街頭演説でも成果を上げている。

安倍内閣にとって、北朝鮮問題はまさに神風であり、金正恩は一番の安倍内閣の支援者ということになる。しかし選挙期間中ではミサイル実験も核実験も行っていないが、日本の世論動向に配慮したせいだろうか。今日か明日にでもミサイル実験をしてJアラートが鳴り響けば、さらに安倍内閣に票が流れるだろう。

杉浦氏は、「安倍が強行突破した安保法制についても、今ほど必要とされている時はない。同法制に基づき政府は自衛隊の艦船で米軍の補給艦を守る平時の米艦防護や、補給艦による米軍イージス艦への給油を行っている。公式発表がないケースも増えてきているようだ。こうした政府の「日米共同作戦」に対して、批判すれば野党は不利になるとみて沈黙を続けている。」と指摘している。

野党各党は北朝鮮問題に対しては話し合いを主張していますが、これでは国民の支持が集まるはずがない。金正恩が話し合いに応じないのは明らかであり、水爆やICBMが完成するまでは話し合いに応ずるはずがない。つまり野党が主張していることは北朝鮮に時間を与えているだけなのだ。

今日は各党の最終街頭演説会が行われますが、安倍総理は因縁の秋葉原で午後7時半から街頭演説を行います。衆議院選挙のリベンジだということですが、安倍親衛隊が駆けつけて応援するようだ。あいにくの雨ですがそれを吹き飛ばすほどの熱い街頭演説になることでしょう。ユーチューブなどを見ても18日の池袋の街頭演説は大変な盛り上がりのようだった。


【衆院選2017】安倍総理人気は凄かった! 『貴方しかいないよ〜』街頭演説

【衆院選】安倍総理 日本を取り戻すための戦い!再び晋三コールを!街頭演説

171018 衆院選 自民党 鈴木隼人候補(東京10区)街頭演説 ―応援弁士:安倍晋三総理

安倍総理【街頭演説】安倍首相すごい人気!「大阪は凄いんですよ!」(in大阪)2017年10月16日-侍


テレビでは決して報道されない安倍総理の熱狂的な街頭演説の様子がネットではよくわかります。今夜の7時半から秋葉原で行われる安倍総理の街頭演説を応援しに行こう!





21日の安倍首相は秋葉原リベンジ演説へ 野党は森友・加計疑惑の批判を
選挙戦で連日、繰り広げているが、「自民が圧勝すれば、禊(みそぎ)は済んだ


2017年10月20日 金曜日

安倍首相は秋葉原リベンジ演説へ 改憲大連立でオール保守「安倍翼賛会」誕生も! 週刊朝日 2017年10月27日号

 政界の一寸先は闇。希望の党の大失速で衆院選は迷走、自公が300議席を超える情勢だ。このままだと安倍3選は確実となり、国会はオール保守の「安倍大政翼賛会」と化す悪夢も……。果たしてそれでいいのか。

「最終日、秋葉原に立つよ。リベンジだ!」

 安倍晋三首相は選挙戦最終日の21日、東京・秋葉原で街頭演説を行う意向を側近に伝えたという。

 都議選最終日(7月1日)の街頭演説で、市民団体の「辞めろ」コールに“逆切れ”した安倍首相は「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言し、歴史的大敗となった。

「秋葉原のトラウマ」と官邸で呼ばれる曰くつきの聖地での演説は、「避けたほうがいい」と心配する声も出たが、首相はやる気満々という。

 政府関係者が首相の強気の背景をこう語る。

「10日に出た情勢調査は『自公で300議席超えの勢い』という結果でした。すぐに麻生太郎財務相や二階俊博幹事長らに連絡が行き、引き続き安倍政権で改憲を最優先に北朝鮮有事対応にあたることなどが確認されました。選挙が終われば、二階幹事長に『安倍3選』をアナウンスさせ、安倍政権続投の段取りが密議されました」

 一時はポスト安倍の筆頭候補とされ、小池百合子氏との連携も取り沙汰されていた石破茂元幹事長は安倍3選で外堀を埋められつつある。

「解散直後、安倍首相を批判した石破さんは当面は“蟄居(ちっきょ)”でしょう。同じくポスト安倍の岸田文雄政調会長も身動きが取れず、沈黙せざるを得ない。党内政局は当面はない」(総裁派閥の細田派議員)

 対照的に野党第1党だった民進党が合流した希望の党は、小池代表の「(民進党リベラル派の)排除」発言以降、失速が著しい。排除された枝野幸男氏らが立ち上げた立憲民主党のほうが勢いがある。

「9月下旬では自民80減という予測だったが、希望の自爆でオセロゲームのように情勢がひっくり返った」(自民党幹部)

 その野党は森友・加計疑惑の批判を選挙戦で連日、繰り広げているが、「自民が圧勝すれば、禊(みそぎ)は済んだものと捉える。選挙後、すぐ加計学園の獣医学部の認可発表の準備に入るという情報も出ている」(政府関係者)という腹積もりだ。

 反アベノミクスで消費増税の必要性を訴える自民党勉強会に所属するベテラン議員はこう吐き捨てた。

「せっかく表紙(安倍首相)が替わるチャンスだったのに、小池の馬鹿者は何であんな訳のわからない『選別発言』をしたのか! 民意は『安倍NO』で人柄を全く信用していないのに、こんな状況に陥ってしまった。政治は数が全て。彼女だって自民党に長くいたのだから身に染みてわかっているはずなのに。民進党を全部丸のみしていればよかったのに、ブレたね」

 ある政府高官は早くも周辺に「改憲大連立政権誕生だ」と明言。

「衆院解散で小池さんが表に出てくることは予知していたので、名指しの批判をしないことにしていた。選挙後も彼女とは改憲発議のような場面で協力できる環境をつくっておきたいと思い、裏で根回しをしてきた。しかし、小池さんが『排除』発言でコケた今は、われわれになびかざるを得ない。次の国会の首班指名でも、希望当選組は『安倍晋三』と投じるはずです」(同前)

 小池氏周辺は「改憲での連立は選択肢の一つではある」と言葉少なに語る。

「小池さんは選挙後、次の目を残すためには維新同様に与党の補完勢力になる道しか残っていない。そうなれば、改憲発議に必要な3分の2に手が届く。希望の党から勝ち上がった保守系数十人と維新、無所属を合わせれば、350議席以上になる計算です。自公プラス維新、希望合体のオール保守が形成される。まるで戦前の大政翼賛会の復活ですよ」(自民党幹部)

 その希望の党は選挙直後にも空中分解しそうな状況だという。

「議席を伸ばせなかった小池氏は求心力を失うだろう。民進党に籍を残し、希望へ合流した議員たちの不満はマグマのようにたまっており、分裂するのはもはや時間の問題です。民進党の小川敏夫参院議員会長は敗色が濃厚の希望との合流を否定し、議席を伸ばしそうな立憲民主党との連携による再結集を目指す意向を明言している。岡田克也氏ら無所属議員らも含め、旧民主の新党を年内に結党するだろう」(希望から出馬した民進党前議員)

 しかし、巨大オール保守与党が誕生すれば、野党は対抗する術もないという。

「憲法改正案をはじめ、法案は何でも通り、安倍さんのやりたい放題の国会運営になる。国民は本当にそれでいいのか? よくよく考えるべきと思います」(霞が関官僚)

 22日にはいよいよ審判が下される。(本誌・村上新太郎、小泉耕平、上田耕司、亀井洋志、直木詩帆/西岡千史)


(私のコメント)

衆議院選挙もいよいよ大詰めを迎えましたが、自公連立政権の圧勝が予想されている。偏向マスコミがいくら反安倍記事を書きたたても、ネット化社会では通用しなくなり、新聞記者や放送記者は単なるアジテーターに過ぎなくなった。「株式日記」と「二階堂ドットコム」あたりを読めば政治動向はわかります。

マスコミにしてもいったん偏向報道をしてしまうと、元に戻しても一度失われた信用は二度と戻らなくなります。モリカケ報道は最初からひどいものであり、いったんは成功しかけたが、青山繁晴参議院議員の特別審査会のテレビ中継で、テレビによる偏向報道ぶりがバレてしまった。これではテレビは何を言ってもダメになる。

半年もモリカケで騒いでも、贈収賄に繋がるような証拠が出てこなければ辞任に追い込むことは無理だ。しかしマスコミでこれだけ騒げば安倍内閣の支持率が落ちてきたのは事実であり、それはTBSなどの偏向報道によるものだ。日本のマスコミは報道の自由を意味を間違えて理解しており、TV新聞はシナリオを作って、それにあう事実しか報道してこなかった。

加戸前愛媛県知事の発言は、シナリオに反するものであり、朝日や毎日などは加戸発言をほとんど報道してこなかった。これでは国民の判断も間違えるし、安倍総理が辞任してから無実がわかっても意味がなくなる。マスコミには成功体験が有り、90年代の細川非自民政権誕生に貢献した。90年代はマスコミの報道しだいで世論も動いた。

安倍政権はネットによって誕生した初めての政権であり、ネット上ではアンケートをとっても安倍支持が圧倒的に多い。だからマスコミ論調とネット上の意見には相違が有り、今回の衆議院選挙はネット対マスコミの選挙とも言える。そしてネットが圧倒的な勝利を迎えるだろう。

それを証明するのが、明日の21日の秋葉原にける安倍総理の街頭演説であり、当初は「安倍やめろ!」の妨害コールが起きていた。これもマスコミによる「ヤラセ」臭いのですが、選挙が進むに従って阿部支持者による「頑張れコール」が優勢になってきた。テレビなどは画像編集で「安倍辞めろ」ばかり写すのでしょうが、「TBSは偏向報道やめろ」といったプラカードを近くで示せばカットできなくなる。

都議会議員選挙の時は、最終日に秋葉原で街頭演説をしましたが、マスコミは仕込んであった「安倍辞めろ」コールに対する「こんな人たちに負けるわけにはいかない」という発言を、「一般市民に負けるわけにはいかない」といった意味で伝えた。しかし「安倍辞めろ」コールは明らかに常連の活動家たちだった。

あの頃は稲田大臣の問題やら、豊田真由子議員の「このハゲー!」発言があった時でも有り、特に女性からの反発が大きかった時だ。私も「このハゲー!」発言が耳につくほどテレビはこの放送を繰り返して放送した。そのことが都民ファーストへの票につながった一面もあるのだろう。

今回の衆議院選挙では、モリカケ問題で野党は攻勢をかけていますが、国民の反応はモリカケ問題には飽きが来ている。贈収賄の事実がなければ辞任は無理だという国民の判断がくだされる時が来た。明日の21日には日の丸を持って秋葉原に集結して「安倍辞めろ」コールを封殺しよう。




アメリカが20世紀に覇を唱えることができたのは、20世紀の世界観にその身を“特化”
させたがゆえですから、時代が変わった21世紀は、アメリカにとって亡びの世紀となる


2017年10月19日 木曜日

“過剰適応国家”は短命、ゆとりこそ長命の秘訣 「あそび」のなさが破滅を呼ぶ 10月19日 神野正史

「ゆとり」は悪ではない

 歴史を学ぶことで様々な真理が理解できるようになり、それが人生を豊かにする源となりますが、今回のコラムでは「ゆとり」について見ていくことにします。

 「ゆとり」といえば、近年「ゆとり教育」の弊害が表面化して社会問題となりましたが、じつのところ「ゆとり」自体は企業にも社会にも国家にも必要不可欠なものであって、それ自体が「悪」というわけではありません。

 もっとも、物事には“適度”というものがあり、「ゆとり教育」はそこのところを履き違えた感は否めませんが…。

「ゆとり」なき覇権国家の末路

 たとえば、歴史を紐解けば、その時代その時代を代表するような“覇権国家”というものがあります。古代ヨーロッパなら「ローマ帝国」、中世西アジアでは「イスラーム帝国」、近代では「大英帝国」、20世紀であれば「アメリカ合衆国」。

 しかし、どれほどその時代に覇を唱え、我が世の春を謳歌しようとも、これらの国がその栄華を長つづきさせることはできません。詳しくは拙著『覇権で読み解けば世界史がわかる』(祥伝社)に譲りますが、「覇権国家」になるためにはひとつの“絶対条件”があるためです。

 この“条件”を満たした国家だけが覇権国家たり得ますが、その“条件”自体が永続できない理由となります。その条件とは、「その時代の特性に国家体制を特化させ、ぴったりとマッチさせる」こと。

 歴史を振り返ると、それぞれの時代により社会的な特徴があります。

 たとえばヨーロッパ史を紐解いてみると、中世なら封建体制が浸透して、土地所有者が絶対的な権力を振るった時代。

 近世に入ると、商業資本家が発展して王権が絶対的な権力を振るった時代。

 近代に入ると、産業資本家が発展して議会主権が浸透した時代。

 そして19世紀に入ると、金融資本家が発展して行政府が実権を握り、無制限に軍事力がモノを言った時代。

 それぞれの時代の「覇権国家」となるためには、その時代の中で100%力を発揮できるよう国家体制をそれぞれの時代にぴったりと合わせなければなりません。

 しかし。

 時代というものはかならず移ろいゆきますが、ひとたび時代が新しい段階へと移行したとき、旧時代にその体を“特化”してしまった覇権国家は、新時代へ体を合わせることができず、滅びゆく宿命を負うのです。

 それはあたかも、地球史上「中生代」(約2億5000万年前~約6500万年前までの時代)の地球環境にその体をぴったりとマッチさせることで繁栄した恐竜が、何らかの原因(隕石落下説が最有力)で地球環境が激変したとき「新生代」(約6500万年前~現代)を生き残ることができなかったように。(中略)

“受験知識”だけを叩き込まれた学生の場合

 学業でもおなじです。

 世の中には、幼いころから同年代の子と遊ばせもせずに「勉強!」「進学塾!」「家庭教師!」と徹底的に子供に“受験知識”を叩き込ませようとする親が少なからずいます。

 しかしながら、そんなことをしてよしんば子が一流大学に入ったところで、その子は社会人としてまったく役に立たない人間になってしまうのがオチです。

子供のころには思いっきり遊ばせ、喜怒哀楽は豊かに、できるだけ多くの経験をさせ、勉強もなるべく広く浅く学ばせることが肝要です。そうすることで、心に「柔軟性(ゆとり)」が生まれ、それが大人になってからの「生きる力」の土壌となっていきます。

 そもそも大学というところは、小・中・高と学舎でふつうに学び、級友と遊び、ケンカし、恋をし、部活動をして、その結果として身に付いた学力で試験に臨んで行くところであって、受験に“特化”した勉強をして行くところではありません。

 さきの「F1カー」を持ち出すまでもなく、ひとつのことに特化してしまえば、その「ひとつ」以外にはまったく役に立たなくなるのはあたりまえのこと。幼いころから「受験知識」や「受験テクニック」を詰め込むことだけに特化した勉強をさせたのでは、社会に出てから社会人としての「生きる力」も「耐性」も「最低限の能力」も持ち合わせていない、使い物にならない人間になってしまうのは自然のなりゆきです。

 以前テレビ番組で、一流大学の就活生が「何百社受けても内定がもらえない」と泣いているのを見たことがありますが、おそらく彼はこのタイプの人生を送らされてきたのでしょう。「受験テクニック」以外何も知らないような社会の役に立たない人間をどこの会社が雇うでしょう。しかし、本人はどうして自分が雇われないのか、わかっていないようでした。彼のこの言葉が印象的でした。

 「慶応に入ったんだから、就活で苦労するわけがないと思っていました」

 なるほど、雇ってもらえないわけです。私が人事担当者でも、けっして彼を雇わないでしょう。子供のころに親から“まともな教育”を受けさせてもらえなかった“犠牲者”の末路です。

極限までムダを削ぎ落とした企業の場合

 企業で言えば、トヨタ自動車。

 トヨタは、徹底的に生産効率を高めるために「カンバン方式(ジャストインタイム)」というシステムを編み出しました。これは「必要なものを必要なときに必要な分だけ作ることで在庫をほとんど持たない」という生産システムです。

 こうした「徹底的にムダを省く企業努力」が功を奏して、トヨタは業績を挙げつづけましたが、しかし“あそび”がない分、何かしらの事情で生産ラインのどこか1カ所でも計画通りに部品が届かないと、全ラインがストップしてしまうという弱点があり、そうした問題は、たとえば阪神淡路大震災や東日本大震災でトヨタの生産体制が一時麻痺したことで表面化したものでした。

 たしかに、企業にとって、ふだん在庫は「お荷物」かもしれません。しかし、たとえ屈強なボディビルダーであってもあまりに徹底した節制を行うと餓死してしまう危険性があるのと同様(実際にある著名な日本人選手が脂肪を極限まで落とすための減量により亡くなっています)、組織というものはあまりに短期的な効率ばかりを求めすぎると、かえって自ら企業体力を削ぐことになり、大きな波がやってきたとき生き残れなくなる可能性を孕むのです。(中略)

現代日本社会の“あそび”とは?

 つまり。

 「脂肪」も「在庫」も「あそび」も「ゆるさ」も、すべて程度を超えれば組織の“負担”となりますが、なくなってしまえば組織の寿命を著しく縮め、適度にあれば“ゆとり”となって、組織の寿命を延ばしてくれる役割を担っていたのです。

 “特化”はそれによってNo.1に立つことはできても命を縮め、“ゆとり”こそが寿命を延ばす。

 アメリカが20世紀に覇を唱えることができたのは、20世紀の世界観にその身を“特化”させたがゆえですから、時代が変わった21世紀は、アメリカにとって亡びの世紀となることは間違いありません。

 それに対して日本が2000有余年にわたって国を維持させることができたのは、敢えてどの時代にも“特化”させず、「2割のあそび」を作っておく秘訣を知っていたからです。

 そうしてみると。

 今、日本社会には「ニート」「引きこもり」と呼ばれる者たちがにわかに増え、何かと非難の対象となっていますが、ひょっとしたら彼らこそ新時代の「働かないアリ」であり、「社会の“あそび”の一翼」を担っているのかもしれません。

 そういえば。

 ネット上で一部の中国人は日本人のことを「日本鬼子(リーベングイズ=悪鬼のごとき日本人のクソ野郎)」と呼んで侮蔑・罵倒することがありますが、これを逆手にとって、日本のオタクが「日本鬼子(ひのもとおにこ)」という“萌えキャラ”を作って、中国人の悪意を萎えさせるというイメージ戦略が「2ちゃんねる」から起こったことがありました。こんな戦略は政府や官僚には思い浮かばないでしょうし、またたとえ思いついたところで実行できない策で、勉強しかしてこなかった高学歴よりよっぽど頼りになります。

 これから迎える混迷の時代、日本がどう生き抜いていくのか、注視していきたいと思います。



(私のコメント)

先日も、大政党を維持するには寛容と忍耐が必要と書きましたが、異端者を排除する社会は長続きしないでしょう。時として異端者が救世主になることもありますが、時代は移ろいやすく、時代が変われば異端者が次の時代のリーダーになることは日本の歴史でもあったことです。

古代ローマ帝国も、支配者に寛容と忍耐があったからこそ長続きしたのでしょうが、東方からやってきた蛮族に滅ぼされてしまった。しかし東ローマ帝国はそれから1000年も続いた。王朝の興亡が激しいヨーロッパから中東にかけては例外的な出来事だった。しかし東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン帝国も大航海時代のきっかけを作って中東の繁栄は失われることになった。

世界地長続きした国家は、日本であり、これはギネスの認定記録にもなっている。しかしこのことは日本の反日教育によって学校では教えられていない。日本の学校教育界には中国や朝鮮におもねる勢力が有り、中国では4000年の歴史とか韓国では5000年の歴史とか言っているが、これは出鱈目であり中国も韓国も戦後建国されたばかりの国だ。

国家や王朝が長続きするためには、その国民や民族が文武に優れてなければならず、寛容と忍耐がなければならない。革命や戦争の敗北などで王様の首を跳ねるような国民はレベルが低いのであり、先の大戦で戦争に敗れても日本は天皇制だけは守るようにした。それだけ日本人は文武に優れ寛容と忍耐のある民族であり、中国人や韓国人とは異なる。

寛容と忍耐があっても文武が劣ってしまうと周囲の蛮族の滅ぼされる事もあり、日本もモンゴル帝国やアメリカ帝国に滅ぼされる危険性があった。モンゴル帝国もアメリカ帝国も世界史でも最強の帝国であり、かたやユーラシア大陸を制覇して、かたや世界の海を制覇している。

この二つの帝国は圧倒的な軍事力が有り、行くところ敵なしでしたが、モンゴル帝国は内部分裂で滅び、アメリカ帝国も内部分裂で滅びることだろう。日本はそれを待っているだけでいいのであり、既にトランプ政権では内部分裂の兆しが出てき始めている。かつてのアメリカ国民には寛容と忍耐があったが、それがなくなりつつある。

アメリカも日本も、地政学的には島国国家であり外敵の侵入は難しい。飛行機やミサイルの時代でも国家の滅亡には直接的な侵略がなければ滅びない。アメリカもメキシコ軍やカナダ軍によって侵略されることは想像しにくい。むしろ内部分裂によって分離独立が起きるだろう。中国も同じであり独裁体制がゆるめば分離独立運動で解体されるだろう。

日本はアメリカ帝国に敗れて、未だに占領された状態ですが、アメリカ帝国の衰退によっていずれは日本から引きあげていくだろう。アメリカ帝国は日本を守ることを口実にして日本に軍事基地を置いていますが、北朝鮮にすら馬鹿にされて核実験屋ICBMの開発をしていますがアメリカ帝国は何も出来ないでいる。このような事が帝国の権威の失墜につながる。

アメリカはどういうわけか、中国を戦略的パートナーとして経済発展させましたが、ロシアや日本を敵とした戦略だったのだろうか。アメリカ帝国は日本の経済発展を快く思わず90年代にはジャパンバッシングを仕掛けてきた。この事自体がアメリカの寛容と忍耐の欠如を物語るものであり、安保ただ乗りというのなら軍を引き揚げればいいだけの話だ。

自国の植民地の発展は、将来的にリターンが来るはずですが、潜在敵国である中国と手を組んで日本を潰しに来た。中国が経済発展すれば日本のような洗練された民主国家になるという思惑だったのですが、キッシンジャーやブレジンスキーは中国に騙されたのだ。北朝鮮が好き勝手なことができるのも中国の後ろ盾があるからだ。

アメリカはかつては武勇に秀でて寛容と忍耐もあったのでしょうが、イラク戦争では寛容と忍耐に陰りが差してきた。近代的な兵器が通用せずゲリラ戦にはアメリカは弱い。北朝鮮も爆撃に耐える地下要塞を作り、中国国境でゲリラ戦に持ち込めばアメリカに勝ち目はない。中国はアメリカに協力はしないだろう。




大企業の不祥事は、まず社長や幹部が無理な目標を設定します。生産現場では
不可能な目標を達成するために「手抜き」をして低コスト化して生産量を増やします。


2017年10月18日 水曜日

「ほうれんそう」が東芝、神鋼を作った 10月17日 世界のニュース トトメス5世

不祥事企業の特徴

東芝、三菱自動車、日産、神戸製鋼と企業不祥事が続いていて、経営幹部が不都合な資料を隠蔽していたといわれています。

これらの不祥事はほとんど同じパターンで繰り返されていて、まず社長や幹部が無理な目標を設定します。

日産は生産1000万台、三菱はリコール隠しからの回復、東芝は業績回復、神戸製鋼も高い目標を掲げていました。

ところが幹部達は遠大な目標を掲げるだけで、具体的には工場など現場に「さっさとやれ」と怒鳴っていただけでした。

生産現場では不可能な目標を達成するために「手抜き」をして低コスト化して生産量を増やします。

これらの企業の社長や幹部は現場経験がない人がほとんどなので、工場で何をしているのか知りません。

経営責任者は異口同音に「まったく知らなかった」と言っていますが、本当だとしたら生産現場について何も把握していなかった事になります。

こうした大企業では権力の階段を上るために熾烈な競争が行われていて、生産現場出身で社長になる事はまずありません。

大企業になるほど出身大学や派閥が重視され、東大出の人は工場で部品を組み立てたりしないからです。

本社で出世する人と工場で生産する人には意思疎通も交流もなく、互いが何をやっているのかも知りません。

本社は目標を押し付けたり経費削減を要求したり、リストラを指示してくるので、工場と本社は多くの企業で敵対関係になります。

工場と本社は相手に隠し事をするようになり、相手にばれないように「ちょっとした悪事」を積み重ねます。

ほうれんそうの悪癖

ちょっとした悪事はどんどん大事になっていき、東芝では数千億円の債務を平気で隠して、自分の業績を誇示するようになりました。

日産はカルロスゴーンが1000万台生産を指示した結果、工場は低コストで目標を達成するために、独自の合理化をしていました。

神戸製鋼は会社ぐるみで強度データを改ざんしていて、これも工場が無茶な目標を押し付けられた結果でしょう。

くわえて事態を悪化させたのは、日本企業が熱を入れていた「ほうれんそう」で報告、連絡、相談の事です。

くだらない事でも「報告、連絡、相談」で意思の疎通を図った結果、みんなが仲良しグループになり、不正を批判する人は居なくなりました。

どの企業にも不正をチェックする役割の人が居たはずですが、仲良しグループになってしまい、不正に目をつぶっていました。

仲間や友人がやっている不正を暴いて、その人を貶めるのが仕事なのに、友人関係や仲間意識を優先させる集団になっていました。

一部上場のある工場では、「ほうれんそう」を口やかましく言っていたが、その企業の製品は故障が相次ぎ欠陥だらけでした。

なぜかというと現場の人は「上司が望む事だけ」を報告し、上司に怒られるような事は報告していなかったからです。

上司が怒り出すような現場の問題は放置して見なかった事にし、上司が喜ぶような事だけ「ほうれんそう」していました。

問題点を上司に報告しても、怒られるだけで解決策を出してくれる訳ではないので、自分たちだけで解決しようとします。

上司は結果論だけで「だから言っただろう」のような批判をし、「ほうれんそう」をやればやるほど士気が低下します。

日産や三菱や神戸も、こういう事だったのではないでしょうか。



(私のコメント)

「株式日記では、日本企業から画期的な新製品が生まれにくくなったのは、技術畑の社長が少なくなり、管理畑の社長が多くなったからではないかと書きました。大企業における熾烈な出世競争では、どうしても技術者よりも社内政治に長けた総務や経理や営業部門からの社長が多くなる。

メーカーなのに技術のことがわからない社長では、画期的な新製品が作れるわけがない。東大出が多くなった大企業がパッとしなくなるのは、東大出はエリートだから現場のことがわからない人が多くなるからです。社内政治に長けているから派閥を形成して組織力で出世階段を上っていく。これでは技術者はかなわない。

管理畑出身の社長は、交渉事や数字には強いがメカに弱い。メカに弱いからIT技術のことがわからない。業績を上げるには新製品を開発するよりもリストラで業績を上げようとするのが管理畑の社長の特徴だ。だから日本企業の多くは、正社員を減らして派遣社員や非正規社員を増やしてきた。

技術のことがわからない社長だから、東芝では原発に手を出したり、シャープでは液晶の次は液晶として大工場を建設した。建設会社でも強度計算がわからないから手抜きされてもわからない。社長ともなれば「知らなかった」では済まされないのですが、いやな報告が来ると怒鳴り散らす社長が多い。だから嫌な報告は途中でもみ消される。

本社と工場の距離がますます遠くなり、社長は現場のことがわからなくなる。社長こそ最前線に出て市場の状況把握に務めるべきなのですが、現場経験が豊富でなければ現場に出ても何もわからないだろう。本田宗一郎社長や井深大社長などは現場を見て回った。社長自身が技術者だったからだ。

日本の大企業で不正が横行するようになったのは、多くがサラリーマン社長であり、大株主でもなく創業者でもないから責任感に欠けるようだ。サラリーマン社長にとって怖いのは株主総会ぐらいなもので、社外重役制度も骨抜きにされて形骸化してる。だから誰も社長をチェックするものがない。

不祥事が起きた会社は、社長に全責任があるはずですが、東京電力の勝又元社長も経産省の原子力安全保安院から津波対策を勧告されていたにもかかわらず「知らなかった」と逃げ答弁している。監督官庁の勧告を社長が「知らなかった」というのは信じられないことだ。

「トトメス5世」のブログにも、「大企業になるほど出身大学や派閥が重視され、東大出の人は工場で部品を組み立てたりしないからです。」「本社で出世する人と工場で生産する人には意思疎通も交流もなく、互いが何をやっているのかも知りません。」と書いていますが、社長は社内では絶大な権力者ですが、裸の王様になってしまっている。

社長は、社内の最高責任者ですがサラリーマン社長だから、任期の数年間無事であればよく、問題が起きても先送りにしてしまえば自分は責任から逃げおせる。東京電力でも原発の安全対策を勧告されても、自分の任期には何もせず先送りにすれば、安全対策はいつまでたっても行われないことになる。

しわ寄せを食うのは現場であり、不祥事が発覚すれば業績はガタ落ちして大量のリストラが行われる。社長をはじめとする経営幹部は、高額な退職金をもらって退職するだけで済む。会社を倒産させたところで犯罪ではないから捕まることもない。だから会社の不祥事がいつまで経っても無くならないだろう。




与党になった瞬間に発信しなくなってしまう、それにノーを突きつけるのが都民ファースト
の会だったはずなんですが、残念ながら変わってしまいました。音喜多都議会議員


2017年10月17日 火曜日

「テレビで一発当てたわけじゃない」?"ブロガー議員"音喜多氏が訴えたネット発信の重要性 10月16日 AbemaTIMES

 衆院選が公示され、候補者たちが舌戦を繰り広げている。しかし一旦選挙戦が始まると、ネットで上での情報発信が途絶えがちになってしまうのが実情だ。また、「情報公開」を掲げ都議選で大勝した都民ファーストの会が、所属議員の情報発信や取材を制限しているとも報じられている。

 そんな状況に異議を唱え、“ブロガー都議”として毎日ブログを更新、論争を仕掛けてきたのが音喜多駿都議だ。そんな音喜多都議に、政治家と情報発信についての考えを聞いてみた。

■ 音喜多流の情報発信術

―実は学生時代からブログは書いていたということですが、議員になってからも続けようと思ったのはなぜでしょうか。

音喜多:バッジを付けて、さあどうやって自分の活動を伝えていこうかという時に、いっそ“ブロガー議員”と名乗って365日欠かさず書いていれば、他の議員との差別化にもなるし、後から何かしらの成果が出てくるのではないかと考えたんです(笑)。

―ネット選挙運動も解禁されているわけですが、やはり公示・告示後は多くの政治家がブログの発信を止めてしまいます。確かに、選挙区内を回って一人でも多く握手したほうがマシかもしれないし、ネットで情報発信することがリスクになる可能性もありますからね。

音喜多:ネットでの活動が票に直接は結びつかないというのはその通りだと思います。ただ、潜在的な支援者を掘り起こせるようになると思います。僕のところにも「ブログの読者です」と言って選挙区外から手伝いに来てくれたり、SNSでシェアしてくれたりする方々がいます。それはある意味で一票以上の価値を産むのではないでしょうか。

―1日1本以上は記事を書くというノルマを課しているとのことですが、ネタ探しは大変ではありませんか。

音喜多:書くと決めて活動に望めば、得られるものも違ってきます。視察に行けば、必ず「へー、裏側はこうなってるのか」という発見があって、帰ったらこれを伝えようとなるわけです。ただ漫然と視察してきました、というようなことにはならなくなります。

事務所への問い合わせや街頭で有権者に尋ねられたことを、そこで回答して終わりにするのではなく、"こんなことを聞かれたので、こう返事しました"とブログに書きます。そうすることで、一対一の対話が、多くの方に伝わる、有益な情報になります。

■ 与党議員が発信する難しさ

―おススメしたい政治家のブログはありますか?

音喜多:河野太郎外務大臣のブログは面白いですね。今は難しい立場にいらっしゃると思いますが、それでも積極的に書かれていますし、だからこそ読み応えもあります。

―与党側になったり役職に就いてしまったりすると、どうしても情報発信は難しくなりますよね。批判する側であれば書きやすいからか、野党時代にはブログをたくさん書いていた政治家でも、政権交代した途端に書かなくなってしまうと。

音喜多:どうしても“大本営発表”になりがちですから、書く方もモチベーションを維持しづらいし読む方も面白くないですよね。

与党になっても、「現時点ではこういう意見が出ています」としっかり書き、そして「100点満点じゃないけれど、決定のこの部分には私の意見が反映された」と説明して、最終的に決まったことには従うというのがあるべき姿です。

―組織に所属する人がどこまで自由にネットで発信していいのかという問題は、企業にもありますよね。

音喜多:僕も離党する前は都議会与党の議員として様々な制約を受けていましたし、組織人として党の方針とは異なる意見を自由に書くのが難しいことだというのはわかります。

サラリーマンは会社から給料をもらっていますし、上下関係もありますが、都議の給料は政党ではなく都民の税金から出ているわけですし、選挙で自分の名前を書いてもらって議席をあずかっているわけですから、代表や幹部が何を言おうと、有権者の感覚から乖離していると感じた時には声を上げないといけないはずです。

―「全体はこういう方針なのに、疑問を呈しているこの人は不平分子なんじゃないか?」。メディアや有権者は、ついそういう目で見てしまいます。

音喜多:「造反か!?」と面白おかしく書くでしょうね。でも、統制したり、無理して一枚岩ですとアピールしたりする方が、古いタイプの不自然な政治なんだ、"喧嘩するほど仲が良い"ということなんだと、時間をかけてでも理解していただいて、乗り越えていかないといけない問題です。

与党になった瞬間に発信しなくなってしまう、それにノーを突きつけるのが都民ファーストの会だったはずなんですが、残念ながら変わってしまいました。

―実際に制約を課されたとき、どう思いましたか?

音喜多:とんでもないことを言うなと。だから「ありえないです、中長期的に見て、僕だけではなく、組織にとってもマイナスになると思います」と主張したんですけれど、「今までが自由過ぎたんだ」と。

都民の皆さんが僕に期待していたのは、まさに情報発信だと思っていたので、それに答えられなくなるのは有権者にとっても不幸なことです。政治家としてレベルアップしていない、停滞してきていると感じるようになりました。

―やはり状況を変えることは難しかった?

音喜多:中から変えようと努力はしましたけど、できませんでした。力不足です。だからいっそのこと党を出て、外から変えていくのも一つの方法だなと思いました。賛否はあると思いますが、今回の決断に後悔はしていません。(中略)

―これから政治家を目指す方や、地方議員こそ、ブログでの情報発信をやるべきだと。でも、一番難しいのって、継続することですよね。

音喜多:選挙前に慌てて開設して、全然アクセスが伸びないって言うんですけど、ブログって農業みたいなものなんです。畑を買ったからといって、すぐに収穫できるわけないんですよ。

僕はテレビで一発当てて目立った議員だと見られがちなんですけど、知名度ゼロの時代から365日欠かさずブログを書いてきたというベースがあって、それを参考にさせてほしいとか、取材させてほしいという依頼が来るようになったんです。選挙区外から応援に来てくれる人もいると言いましたが、そういうことを多くの政治家に知って欲しいと思います。

難しいことや批判などは書かなくていいので、まずは自分自身に対するログとして、日々何を考えたのか、何を約束したのか、から始めれば良いと思います。解散総選挙がいつあるかわからない衆議院議員と違って、地方議員は少なくとも4年任期があります。毎日書けば、4年で1500本書けますよ(笑)。計画立てやすいでしょ?"ブログは一日にしてならず"、です。アメブロさんでもいいので(笑)、いますぐスタートすれば、2年後の統一地方選にも間に合います。僕もしがらみなのない立場になったので、今まで以上にどんどん発信していきます。



(私のコメント)

「株式日記」ではネットをもっと政治活動に使うべきだと主張してきましたが、未だにネットを選挙活動で有効に使っている政治家は少ない。毎日情報発信することは大変ですが、政治家の仕事はもっと大変なはずだ。ネットで情報を発信することすらできなければ、有権者は何を判断の材料にしていいかわからない。

選挙期間中だけ、選挙カーに乗り組んで名前を連呼されるのは有権者にとってうるさいだけだ。政治家は選挙に当選してからが次の選挙活動に邁進すべきなのですが、多くの政治家は選挙に当選した途端に有権者の事を忘れてしまう。そして選挙が近づくと慌てて選挙準備を始める。

特に衆議院議員選挙はいつあるかわからないから、日常のネットによる情報発信が有効になる。しかし読み応えのある情報発信をしている議員さんはあまり多くない。一人の議員が選挙区を回るのは大変であり金もかかる。都議会議員選挙でも忘年会や新年会を自民党の都議会議員選挙に駆け回っていましたが、あいにくその自民党の都議会議員は落選した。

都議会議員選挙では、小池都知事が「都民ファーストの会」を結成して公明党とも組んで、自民党の苦戦が予想されていた。小池ブランドと組織の公明党が組めば鬼に金棒であり、浮動票を大量に獲得して、あっという間に多数派与党にしてしまった。都議会自民党は「ボス」が議会を牛耳っていてブラックボックス化していた。

小池氏は東京都都知事に当選してから、都議会には「かがやけ東京」の3人の議員しか与党議員おらず、音喜多氏はその一人だった。音喜多氏は都民ファーストの会の幹事長となり、都議会議員選挙で圧勝した貢献者なのですが、小池都知事は音喜多議員を幹事長から外して無役にした。

これでは今までブラックボックスを批判してきた小池都知事が、都議会与党になった途端に小池氏自身がブラックボックスになってしまった。多数派の与党になれば、左派もいれば右派もいて中道派もいて、それでなければ国民政党は組めない。民進党も結局は左派の立憲民主党と右派の希望の党に分かれてしまった。だから大政党になれない。

小池与党から音喜多氏ら2人が都民ファーストから離党しましたが、与党だった都議会公明党も与党から離脱してしまった。小池氏が首相を目指す以上は「さらさらない」発言は致命傷となりましたが、国民政党をまとめるには、佐藤元総理が言ったように寛容と忍耐が必要だ。小池氏は有能だが寛容さに欠けている。

野党が小党分裂を繰り返すのは、寛容と忍耐に欠ける人が多いからであり、政策が異なる人でも使いこなせなければ小党分裂は避けられない。小池都知事も今回の衆院選では動かずに次の衆院選を待つべきであった。気の毒なのは「希望の党」から出た人たちであり苦戦は免れない。前原代表は偽メールでも騙されて小池氏にも騙された。

音喜多氏はブロガー議員の先駆けであり、世代交代が進むにつれてブロガー議員は増えていくだろう。しかし毎日ブログを発信し続けることは誰にでもできることではない。内容もくだらないことばかりでは読みに来る人もいなくなる。読者が増えないブログは内容がくだらないからだ。コメント欄も解放しなければ寛容と忍耐に欠けると言えるだろう。

しかし、国会議員や著名人のブログなどは、荒らすことを目的とした愉快犯に荒らされやすい。安部総理の街頭演説にも「安倍辞めろ」と言った「荒らし」があるようですが、これは明らかに公職選挙法違反だ。ブログの荒らしに対しても粛々と削除していけばいいだけの話であり、「株式日記」でも関係ないものは粛々と削除している。

スパムメールも毎日数百通も入ることもあったが、それらも粛々と削除してきた。「株式日記」でも、かなり過激なことを書いても荒らしが少ないのはなぜなのだろうか。「風俗で稼げば年収1000万も不可能ではない」と書いても荒れないのは女性読者が少ないからだろうか? そうではなく現実の方がもっと過激になっているからだろう。




高値を更新した日経平均株価は、安倍内閣の一層の長寿化を暗示しているのかも
しれない。そうなれば、「アベ嫌い」の方々には、まことにご愁傷様な結果になりそうだ。


2017年10月16日 月曜日

政権の寿命も株価次第? 戦後日本の政権寿命と株価騰落率の関係 10月15日 竹中正治

政権の寿命と景気動向に関係性がありそうなことは以前から感じていた。そこで遊びのような分析だが、戦後日本の内閣の寿命とその期間の日経平均株価指数(以下、「株価」)の騰落率の関係性を見てみたら予想以上に高い正の相関関係があることが分かった。

内閣の寿命は、内閣改造があっても首相が変わらなければ同じ内閣として計算してある。またわずか期間2か月前後で終わった超短命内閣(石橋、宇野、羽田)は、事情が特殊過ぎるので除外した。日経平均株価指数は月末データで、内閣成立月の月末から終焉前月末の比較である。

その結果が上段の散布図である(明細は下段の表)。決定係数0.608(R2)、相関係数0.780であるから、かなり高い正の相関関係だ。 株価指数(あるいはそれに代表される経済状況)→内閣の寿命という因果関係を想定した場合、株価指数の騰落率で政権の寿命は60%説明できることを意味する。

しかし、ちょっと待て。1980年代までは株価は概ね右肩上がりだから、長期政権ほど株価の上昇率も高くなるという逆の因果関係が生じるはずだ。そこで全期間騰落率を年率換算したものが、2段目の散布図である(やはり超短命の3内閣は除いてある)。決定係数(R2)は0.211まで下がるが(相関係数は0.46)、有意な結果が出た。

1989年末までの株価が長期的に右肩上がりだった時代の内閣の寿命と株価の関係は、株価(並びにその基礎となる景気動向)が好調→政権の長期化→全期間で見た株価騰落率アップという循環的な因果関係が働いていたと考えて良いのかもしれない。

ちなみに失業率との関係性も見てみたが、多少変数の設定を工夫してみても、有意な関係性は見いだせなかった。なぜだろうか。

内閣の寿命の要因となる「支持率」は、失業率のような実体経済のファンダメンタルな要素のみでなく、実体経済を基礎にしながらも株価の動向に反映されると思われる「社会の雰囲気(楽観、悲観)」という社会心理的な要因に依存している結果かもしれない。

分布の中でやや特異な存在は、小泉内閣だ。全期間株価騰落率は16%程度に過ぎないが、政権寿命は戦後3番目の長さだった。 ただし小泉内閣では期間中の株価がV字型で大きな変動をしている。2001年4月の内閣発足時から2003年4月まで、世界的なITバブルの崩壊と銀行の不良債権問題などが災いして株価は44%も下落した。

ところが、竹中大臣が最後まで不良債権処理の遅れていたりそな銀行への公的資金注入による事実上の国有化を宣言すると「銀行危機は終焉」との判断から、海外投資家が割安感のあった日本株買いに動き、株価は反転上昇、小泉首相の勇退となった2006年8月末までに株価は03年の底値から106%も上がっている。 実体経済も2003年頃から07年まで輸出の伸びが順風となり景気の回復が続いた。

つまり小泉政権については2001年から03年春まで経済的には難しい環境にあったが、それを乗り切った2003年以降の景気の回復と株価の上昇が政権の長寿化をもたらす順風になったと言えるだろう。

また鳩山一郎、竹下は、小泉とは逆で、期間中の株価の上昇率は高かったが、長期政権にはならなかった。鳩山一郎内閣の事情は私にはよくわからないが、竹下内閣は、リクルート事件で逆風となり、それにも関わらず消費税導入法案を成立させたことが、長寿化せずに支持率低下・政権交代となったのだろう。

さて現在までの第2次安倍内閣の分布上の位置は、株価は全期間上昇率で102%、年率では16.2%、政権期間は52か月と長寿政権の仲間入りとなった。第2次安倍内閣の株価の年率上昇率高度経済成長期の佐藤や吉田と並んでおり、その分布の位置は近似線のやや上である。

株価の動向はご承知の通り、政権発足当初から急上昇トレンドだったが、2015年8月に2万1000円手前で頭を打った後、2016年6月の1万5000円前後まで下落基調だった。ところが、その後再び盛り返してついに2万1000円を超えた(10月13日現在)。

政権の命運を賭けてうって出た10月22日に控えた総選挙も、一時大いに脅威となるかと思われた小池百合子代表の希望の党が失速し、自公与党で安定過半数の議席確保が見えて来た。景気動向も世界景気の回復で2016年以降は輸出が牽引役になっている。

高値を更新した日経平均株価は、安倍内閣の一層の長寿化を暗示しているのかもしれない。そうなれば、「アベ嫌い」の方々には、まことにご愁傷様な結果になりそうだ。



(私のコメント)

株価と政権の長さとは関係があるようですが、株価が高くなれば政権が長期化して安定することは経験的にも分かることだ。バブル崩壊以降は株価も暴落して短命政権が続いた。つまり株価を高値に誘導操作すれば政権も長期化するということであり、バブル崩壊以降の内閣は株価に無関心な首相が多く、株を高くしようとした総理は「株上がれ」と言った小渕首相くらいだった。

なぜ総理が株価に無関心になったかといえば、政治家と株で不正疑惑があったからですが、私の株式投資時代でも、「政治銘柄」ということがよく言われた。政治資金を株で稼ぐということですが、日本の証券会社が元気な頃は株価を操作して政治家に資金提供が行われたことがあったようだ。

当時のことを思えば、日銀やGPIFが株を買うなどということは御法度だったのでしょうが、デフレ脱却のためならなんでもありということになって、アベノミクス以降は株価を高くすることで、安倍政権も長期化させようという動きがあるおだろう。黒田日銀総裁以前は、日銀出身の日銀総裁が続いて金融引き締めが行われてきた。

このような実態は、リチャードヴェルナーの「円の支配者」に書かれましたが、日銀は4人のプリンスによって日本経済や政治をコントロールしようとしてきた。黒田日銀総裁の前任者の白川総裁は円を超円高に持って行って民主党政権誕生に貢献した。民主党が実質的に白川氏を日銀総裁に決めたからだ。

リチャードヴェルナーは日銀法の改正を訴えていましたが、安倍総理は実質的に政治関与で大蔵省出身の黒田氏に代えた。黒田日銀総裁は異次元の超金融緩和で円安に誘導して株高に持っていった。為替相場と株価とは密接な関係にありますが、金融を引き締めれば円高になり、金融を緩和すれば円安になる。

このようなことは16年前の「株式日記」でも書いてきましたが、日銀はインフレになると頑として金融緩和を拒否してきた。このような事で大蔵省にしても日銀にしても景気が少し持ち直すと金融引き締めをして、デフレの長期化にまでしてしまった。これを抜本的に変えたのがアベノミクスであり、株価は21年ぶりの高値を連日更新している。

自民党の勝利とアベノミクスの継続で株高を続けるという見方があるためだろう。偏向マスコミにとってはこれが面白いはずがない。野党はモリカケで攻撃するしかなく、国民はそれに飽き飽きしている。90年代ならマスコミの操作で世論をコントロールできましたが、ネット化社会でそれが出来なくなってきた。

テレビでマスコミのモリカケ偏向報道すればするほど、ネットでそれが暴露されてしまう。テレビは前川前次官の話は2時間以上にわたって報道したのに、加戸前愛媛県知事の報道は6分間しか報道していない。明らかに偏向報道ですが、テレビ朝日は「報道しています」と繰り返している。これでは国民は怒り出すだけだ。テレビ朝日は恥知らずなのだ。



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