株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


相撲協会主導の大手メディアによる「貴乃花親方が悪いキャンペーン」に不自然さを
感じる人は多い。八百長の温床だと囁かれる”モンゴル会”の問題をごまかすマスコミ


2017年11月30日 木曜日

貴乃花親方の狙いはただ一つ?モンゴル会に囁かれる”八百長ユニオン”の黒い霧 11月27日 デイリーニュースオンライン

 大相撲の横綱・日馬富士(33)が平幕力士・貴ノ岩(27)に暴行を加えた騒動の激震が続いている。当初は、朝青龍以来の横綱の不祥事とあって圧倒的に劣勢だった日馬富士だが、相撲協会の御用ジャーナリストらの擁護によって、次第に沈黙を守る貴乃花親方(44)に批判の矛先が向かっている。

 テレビを中心とした大手メディアでは、今回の事件が地方巡業中だったこともあって貴乃花親方の巡業部長としての責任を問う声や理事長選を見据えた動きだと批判的に報じている。さらには暴行被害者のはずの貴ノ岩にも、「天下の横綱が話している時にスマホをイジる態度に問題がある」といった論調が広がるなど、今回の事件を報じるメディアはどこも”反貴乃花親方”に染まっている印象が強い。しかし、この一連の騒動は「横綱への礼儀とかスマホがどうとか、理事長選に向けた心理戦だとか、そんな簡単なものではない」と語るのはあるスポーツ紙記者だ。

「日馬富士の暴行ということになっていますが、その実態はモンゴル派閥に加わらない貴ノ岩への集団リンチに過ぎません。角界周辺では以前から、所属する部屋を越えてモンゴル人力士が集まる”モンゴル会”は八百長を生む場になるとして物議を醸していた。元小結の旭鷲山の頃から20年以上も続くモンゴル会ではその時代によって仕切るボスがいて現在は横綱の白鵬(32)。サブリーダーが日馬富士という序列ができあがっている。貴ノ岩は八百長を嫌う貴乃花部屋なのでモンゴル会へ参加していなかったことで、つまり八百長してモンゴル人同士で助け合う”ユニオン”の一員ではないために目をつけられていたんです」

 モンゴル会の白鵬と日馬富士には”八百長”を疑われる取組が過去にあった。関係者によく知られているのは2009年の夏場所での大一番である。勝てば優勝という場面で日馬富士があっさり白鵬を下して初優勝を果たした。この時の取り組みは今でも八百長を疑う声が止まないほど不自然で、当時のテレビ解説者も疑問を呈していたほどだ。

 しかし、モンゴル会という八百長ユニオンに距離を置いていた貴ノ岩は今年初場所で白鵬と対戦した際、全力でぶつかりわずか10秒で勝利した。これは白鵬と優勝を争う日本人大関(当時)の稀勢の里の初優勝を”アシスト”する大一番で、ガチンコの真剣勝負を望む貴ノ岩からすれば当然の取組だった。しかし、これに白鵬がカチンときていたようで白鵬は執拗に接触の機会を伺い、制裁の機会を狙っていたという。

「白鵬は付け人を何度も連絡役にしてしつこく出稽古にも誘っていたという証言も出ている。しかし、ガチンコ主義で他の部屋の力士との交流を禁じている貴乃花部屋所属の貴ノ岩からすれば白鵬だろうと会う理由などなく、また会ったとしてろくなことがないと頑なに応じていなかった。そこで白鵬と日馬富士は地方巡業中の鳥取城北高校相撲部のOBらが集まる場に、貴ノ岩が出席すると聞いて、一方的に押しかけて暴行に及んだ。貴乃花親方とすれば、これほど悪質なことはなく、さらにそれが八百長を断ったがための制裁だったと知って、正面から戦うことを決意した。それは理事長選などではなく、相撲界から八百長を一掃すること。八百長の温床だと囁かれる”モンゴル会”の問題を明るみすること、そのただ一つです」(前出・記者)

 相撲協会主導の大手メディアによる「貴乃花親方が悪いキャンペーン」に不自然さを感じる人は多い。会いたくもない先輩に押しかけられ、一方的に何時間も説教され、その最中に恋人からスマホにメッセージが届いて一瞬、手に取ったとして、どこが礼儀に反する行為なのだろうか。これは完全に威圧的なパワハラであり、集団リンチにほかならない。こうしたモンゴル会を黙認していた協会に向けた貴乃花親方の怒りの深さがうかがい知れる。



(私のコメント)

最近では北朝鮮問題が佳境に差し掛かっているにもかかわらず、国会では朝から晩までモリカケ騒動に終始しているし、テレビをつければ日馬富士暴行事件で報道が終始している。しかし話されている事は、はっきりしているにもかかわらず、コメンテーターは「相撲通」であるはずなのに、モンゴル会による「八百長」のことは言わない。

貴ノ岩に対する暴行は、単なる白鵬の言うような「かわいがり」ではない。ホチキスで9針も縫うような怪我は明らかに暴行事件だ。しかしワイドショーは2通の診断書を示すばかりで、はっきりしたことを言わずに相撲協会の流す情報に傾いた。何がこの問題の根幹であるかは、「相撲通」ならすぐに分かることなのにはっきりと問題点を指摘しない。

どのテレビのワイドショーでも、同じ人が出てきて同じ事をしゃべるのはマスコミの洗脳手段の一つだ。これは相撲のことばかりでなく政治や外交問題でも同じだ。マスコミといえば偏向報道が問題になりますが、きちんとした検証もしないで大々的にセンセーショナルに報道する。

いったい誰の言うことを信用したらいいのかわからなくなりますが、今のマスコミ報道を見てもわかりますが、旭鷲山の言うことが嘘だというニュース記事があふれていますが、旭鷲山の明らかにした貴ノ岩の写真を見れば嘘でない事はすぐにわかる。この写真が相撲協会にとって致命傷となり日馬富士の引退につながった。

ワイドショーやスポーツ紙などは貴乃花の理事退任説まで流していますが、相撲協会と貴乃花の対立は昔からあったことであり、八百長問題から既に長い年月が経っていても、未だに解決されておらず、「モンゴル会」の八百長疑惑は誰もそのことは口にしない。その「モンゴル会」の頂点に立っているのが白鵬だ。

白鵬は、大横綱であることは間違いないのでしょうが、表ヅラは良くても裏の顔があるようだ。しかし誰もその事を指摘できない。日馬富士の暴行事件でも白鵬は止めに入ったとされているが、メンバーを揃えて貴ノ岩を呼びつけてつるし上げた首謀者は白鵬だ。

相撲協会としては、日馬富士の引退でシャンシャンと行きたいところですが、白鵬の優勝を決めたインタビューでの言動は不可解だ。相撲協会としても今やモンゴル人力士がいなくてな成り立たなくなり、「モンゴル会」に対して注意もできず八百長の根は残っている。それに対する貴乃花の行動にマスコミの批判が集まっている。

もちろん大相撲でガチンコ相撲ばかりやっていたら、負傷力士続出で大相撲が成り立たなくなる。あれだけの体格の力士が本気で投げつけたら怪我しないほうがおかしい。そのへんはプロレスと共通しますが、怪我させないように投げるのも相撲の技であり、手加減することと八百長することとは異なる。特に優勝に関わる勝負はガチンコでなければならない。

貴ノ岩が白鵬に勝った勝負では、貴ノ岩が八百長に乗らなかったから白鵬が怒って「モンゴル会」の掟を破ったから日馬富士の暴行事件が起きた。「モンゴル会」のような繋がりができればどうしても八百長の根が出来てしまう。だからあくまでもわからないように阿吽の呼吸で相撲を取るのも技のうちなのだろう。しかしモンゴル人力士では阿吽の呼吸が通じない。だから「モンゴル会」のような親睦会ができてしまう。相撲協会が先に手を打っておくべきだったのだ。




ジンバブエの軍人は勇気を出した。北朝鮮の多くの軍人の中で長期政権と独裁に
対し立ち上がる軍人は1人もいないのか。彼らの奴隷根性には語る言葉もない。


2017年11月29日 水曜日

米中は金正恩を「アジアのムガベ」にできるか 「テロ支援国家」再指定は「ならず者」の烙印 11月28日 鈴置高史

北朝鮮<ジンバブエ=韓国

ジンバブエ軍は独裁者を倒せたのですね。

鈴置:韓国の保守はそこに注目しました。「未来志向」というペンネームの識者が趙甲済ドットコムに「アフリカの軍人よりもダメな北朝鮮軍」(11月17日、韓国語)を寄稿しました。ポイントを訳します。

 北朝鮮の軍人に、決起を呼び掛けたのです。

韓国紙はこうした視点で書きませんね。保守系紙を含めて。

鈴置それは当然です。ムガベ政権を倒したのは軍だけではありません。退陣を要求するデモと、議会の弾劾手続きも貢献しました。

デモと弾劾……。北東アジアのどこかの国と似ていますね。

鈴置:そこです。韓国の大手メディアは朴槿恵(パク・クネ)退陣を実現したデモを称賛し「世界に誇る快挙」と自画自賛していました(「『名誉革命』と韓国紙は自賛するのだが」参照)。

 東亜日報は「日本人は羨ましがっている」、朝鮮日報は「外国メディアも感嘆」と書きました。韓国では朴槿恵弾劾騒動が「英国の名誉革命の再現」「フランス革命などと並ぶ世界4大革命」ということになっている。

 というのに「なんだ、我が国はジンバブエと同じ水準だったのか」と読者に思わせる記事は載せられません。韓国人はアフリカを露骨に下に見ますしね。

 韓国の弾劾騒動を「衆愚政治の極み」と批判していた趙甲済ドットコムくらいでないと、ジンバブエで起きた「韓国に続く名誉革命」を報じにくいわけです。

クーデターは訪中直後

なるほど。「ジンバブエの軍人のように勇気を出せ」と揺さぶられたら、金正恩は「韓国はジンバブエと同じじゃないか」と言い返せばいいわけだ。

鈴置:「韓国はジンバブエだ」なんて言っている余裕は金正恩政権にはないでしょう。ムガベ退陣の後ろには中国がいたとの見方が広がっているからです。

 CNN・日本語版が「ジンバブエの『クーデター』、中国関与か 軍幹部が直前に訪中」(11月20日)で報じています。引用します。

 要は、中国がムガベ大統領を見限った、ということです。中国はジンバブエに多くの経済的な利権を持ちます。そんな国が政情不安に陥ったら困るのです。

 ひょっとすると中国は、こうした情報をリークし「ムガベになりたいか」と金正恩委員長を脅したのかもしれません。中国の安全保障にとって、北朝鮮の安定はジンバブエのそれとは比べものにならないほど重要ですから。



(私のコメント)

「株式日記」では、対馬海峡を渡ればアフリカに連なる「暗黒大陸」だと書いてきました。つまりジンバブエと南北朝鮮と大して変わりがないのです。韓国でもクーデターが度々起きたし、最近では韓国でも弾劾裁判で自分たちが選んだ大統領を引きずり下ろしている。

長期独裁政権国家は、近代国家とは言えないのですが、なかなか民主的な制度で政治が運営されない。北朝鮮も中国も独裁国家であり、韓国も盧泰愚政権までは軍事独裁国家で、民主化されてもいつ軍事クーデターが起きて独裁国家に逆戻りするかわからない。だから北朝鮮>韓国=ジンバブエなのだ。

韓国やジンバブエはクーデターが起こせるだけマシなのですが、北朝鮮は長期独裁政権が続いてもクーデターすら起こせないようだ。ジンバブエは中国と経済的な繋がりが強くて、ジンバブエの軍部も中国に暗黙の了解を得ていたようだ。韓国のムン・ジェイン政権もアメリカの暗黙の了解で軍事クーデターが起きるかもしれない。

それくらい韓国のムン政権は親北朝鮮であり、放置していれば韓国は北朝鮮に併合されかねない危険性を持っている。訳が分からないのはムン・ジェインが大統領選挙で選ばれたことであり、これは韓国国民自身が北朝鮮に併合されることを望んでいるからだろうか。それを中国自身が画策していることは韓国国民も知っているはずだ。

アメリカがこのまま何もしなければ、北朝鮮は核弾頭とICBMを完成させて手がつけられなくなるだろう。北朝鮮は日本に対しても記事にあるように、『日本に対しても2017年9月13日、朝鮮中央通信が「日本列島の4つの島を核爆弾で海中に沈める」と威嚇しました。』という事ですが、日本の国会では相変わらずモリカケ問題一色だ。

今日の朝方また北朝鮮がICBMのミサイル実験を行いましたが、これはワシントンまで届くようなミサイルだったらしい。これは既にレッドラインを超えたものであり、アメリカはそれでも自重している。私は北朝鮮を軍事攻撃することは不賛成であり、軍事攻撃するよりもジンバブエのようにクーデターを起こさせて金正恩を処分すべきなのだ。

先日も北朝鮮から亡命してきた軍人がいましたが、北朝鮮軍部でも金正恩独裁にかなり不満が高まってきている。中国もジンバブエのようにクーデターを起こさせて金正恩を倒すことはジンバブエよりも簡単なはずだ。しかし北朝鮮による韓国併合は目前に迫っており、アメリカが何もしなければ数年以内に韓国はなくなるはずだ。




もし、キリスト教が『ご先祖様の供養をしてもいいですよ』と認めていれば、日本で
キリスト教が受け入れられた可能性があります。仏教は、先祖供養を認めていた。


2017年11月28日 火曜日

日本にキリスト教が根付かなかった訳 11月24日 金貸しは、国家を相手に金を貸す

アジアで唯一欧米諸国の植民地にならなかった日本について、その理由を芥川龍之介の小説から分析している記事です。

日本には先祖供養の文化があり、キリスト教では、キリスト教徒以外の人の死後は「地獄に落ちる」ことになっており、それが日本人には到底受け入れられなかったとのことです。

また、あらゆるものに神々が存在する精霊信仰の国である日本には、一神教であるキリスト教が異質のものと見なされ、布教活動の障壁となってきたとのことが、宣教師の回述にもあったとのこと。

外来の様々な文物と同化→融合→日本化してきた歴史から見ても、同化できない対象がキリスト教であったと思われます。

キリスト教が根付かなかったことから植民地化を諦めた金貸しは、日本を戦争に巻き込み、戦争による国力の低下を待って間接支配:傀儡政治に舵を切ったと思われます。

途中にはキリスト教化と同じ位相でさる国語を英語に変える戦略も二度ほど試みられましたが、心ある人たちによってそれは阻止され、かろうじて「日本人の心」:本源性は失われることなく現在に至っています。

それが日本の可能性に繋がっています。共同体社会への欠乏が高まっていく今後が、日本という国が世の中をリードしていく役回りであるということが、徐々に確信に近づいています。

以下、『世界を操るグローバリズムの洗脳を解く(馬渕睦夫著)

からの紹介です。

****************************

■日本人の伝統的な知恵が明治維新を成功させた

幕末に開国を迫られた日本が、明治維新以降のわずかな期間で国力を高め、日清戦争、日露戦争にまで勝利したことは、世界の人たちにとって驚くべきことでした。

なぜ他のアジア諸国と違って、日本だけが植民地にされずに、欧米と伍すまでになったのかは、世界の人々が知りたがるところです。

明治維新が成功を収めたのは、日本の伝統的な力、日本人の知恵があったからです。それは、外国の文物を日本化する力です。西洋からの文明を受け入れて、日本の国体に合うようにつくり替えて融合させたのです。このような視点から歴史を見ている教科書は残念ながら皆無です。

これは今日の日本を考える上でも重要な視点だと思います。

にほんブログ村 経済ブログへ

現在はTPP(環太平洋経済連携協定)などで欧米から「新たな開国」を迫られていますので、明治時代と状況はほとんど同じです。日本の伝統的な民族文化を守りながら、欧米流の市場化をどこまで受け入れ、いかに両立させていくかを考えていかなければなりませんが、日本には民族文化と欧米化の両立を成し遂げる力と知恵があります。

日本という国は、昔から外国文化をどのように取り込んでいくかを常に考えてきた国です。欧米化との関わりについて触れておきたいと思います。

さかのぼれば、欧米化への対応はフランシスコ・ザビエルが日本に来た時点から始まったといえます。以来、日本をキリスト教化しようという欧米諸国の動きはずっと続いてきました。

ところが、最終的に日本にキリスト教は根付きませんでした。それは伝統的な神道の力が強かったからです。多くの人は気付いていませんが、日本には神道の強い影響が残っています。

言い換えるなら、日本の国体が強かったために、日本をキリスト教化できなかったのです。一方、外国からは行って来た宗教の内うち、仏教は日本人に深く根付きました。その違いを考えてみることが重要です。

私は、芥川龍之介の短編を集めた『奉教人の死』の中に、ヒントを見つけました。

■日本人受け入れたもの、受け入れなかったもの

芥川龍之介は、天才的な作家ですが、なぜキリスト教が日本に根付かないかを『神神の微笑』『おぎん』などの一連の短編小説の中に書いています。

(中略)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

幼くして両親をなくしたおぎんという少女は、敬虔なキリシタンの養父母にキリスト教徒として育てられました。

ある日、三人は隠れキリシタンとして火あぶりの刑に処せられることになり、刑場に連行されました。

ところが刑の執行の直前に転向の機会を与えられたところ、おぎんは転向することを明らかにしたのです。

その理由は、なくなった実の両親に会いたくなったからでした。

キリスト教の教えでは、キリスト教徒ではなかった両親は地獄に落ちていることになります。このままキリシタンとして天国に行けば、永遠に実の両親とは会えないのです。子のおぎんの話しに、最後は養父母も折れて、三人とも転向したというストーリーです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この話は、日本人の心の中に根付いている先祖供養の気持ちをうまく表しています。

芥川龍之介は、キリスト教がなぜ日本に根付かなかったかという理由をこの短編小説の中で示唆しているのだと思います。

キリスト教は、日本人が最も大切にしている先祖供養の感情と合わないのです。

フランシスコ・ザビエルの本を読むと、同様のことが書かれています。

彼が日本人からの質問で一番困ったのは、「私が死後にキリストの身元に行くのだとしたら、私のご先祖たちはどこに行っているのでしょうか」というものだったそうです。それに対する応えは、「地獄へ行っている」ということになります。

キリスト教の教義に従うならば、そのように答えざるを得ません。そうすると、日本人はみな悲しそうな顔をするとザビエルは観察しています。(ピーター・ミルワード『ザビエルの見た日本』)。

ザビエルは日本人の心をそれ以上には解明していません。先祖供養の心が根付いていることには気付かなかったのでしょう。

もし、キリスト教が『ご先祖様の供養をしてもいいですよ』と認めていれば、日本でキリスト教が受け入れられた可能性があります。仏教が日本で受け入れられたのは、先祖供養を認めていたためです。

■共存共栄を考える日本の国民性が国力を発展させた

先祖供養というのは、日本民族のもともとの信仰である神道の考え方です。

日本人には、神道の精神との両立ができるのなら、仏教でもキリスト教でも受け入れる気持ちがあります。先祖供養さえ認めてくれれば、宗教上の修行は仏教式でもキリスト教式でもかまわないというのが日本人の考え方です。

言い方を換えると、日本の国体さえ守ってくれれば、外国のやり方であっても受け入れるということです。この考え方が、明治時代にうまく欧米化を取り入れてきた日本人の知恵と通ずるものがあります。

日本人は、天皇と言う「権威」が守られるなら「権力」は誰が握ってもかまわないという考え方すら持っています。政権をとるのは、自民党でも民主党でもいいのです。

実際に、あの民主党政権ができました。さらに言えば、マッカーサーが権力を握っても日本人は受け入れました。

天皇がいらっしゃる限りは、そして、日本神道と言う日本人が誕生したときから持っている信仰を認めてくれるのであれば、誰が権力を持ってもいいのです。

宗教についても、仏教でも、キリスト教でもユダヤ教でもイスラム教でもどうぞ、と言う考え方です。

残念ながら、キリスト教もユダヤ教もイスラム教も一神教であり、他の宗教を認めないから日本では根付かないのでしょう。仏教だけは神道を認めて、神仏習合の形で日本に根付いていきました。

つまり、日本人は多文化との共存、共栄の考え方を持っている国民だということです。外国のものを受け入れて共存させることができます。

一方、外国に対しても、日本のものを押し付けることはしません。日本のものも受け入れてもらって、共存共栄を図りたいという考え方です。欧米がアジアを植民地として、アジア人を統治しようとしたのに対して、日本人はアジア人たちとの共栄を目指しました。アジアを侵略する気持ちなど全くなく、共存したい。そういう国民性なのです。

■日本には外国からの文化を「造り変える力」がある

芥川龍之介の短編小説『神神の微笑』には日本に来たキリスト教の宣教師が布教活動をするのがいかに難しかったかが書かれています。

この短編は、安土桃山時代に活躍した実在の宣教師オルガンティノと日本を守護している老人の霊との対話の物語です。

小説の中に、オルガンティノが心情を吐露した言葉として、

「この国には山にも森にも、或いは家家の並んだ町にも、何か不思議な力が潜んでおります。そうしてそれが、冥冥の中に、私の使命を妨げて居ります。」

という一節があります。

これは、機にも、川にも、風にも、夕明かりにも神々が宿っているという日本の信仰文化を表しています。その日本の神々によってキリスト教の布教という使命が妨げられているというのです。

キリスト教を布教しようとしても、ありとあらゆるところに神々が宿っている日本に於いては、「キリスト教の神だけを信じなさい」と言う一神教の考え方は受け入れられません。日本人には、日本に存在している神々を否定することはできません。仏教の場合は、それらの神々との共存を選んだから日本で広まりました。

この芥川の短編小説の中では、老人の霊がキリストも日本に来ればやがて日本人になってしまうと述べています。これが重要な点です。

日本という国は、外国の文物を土着化させ、日本化させて受け入れることをしてきました。芥川はキリストを日本人に変えてしまう力のことを「造り変える力」と表現しました。日本においては外来の仏教、儒教などが広がりましたが、日本古来の文化と共存できるように作り変えて受け入れてきたのです。それが日本人の知恵です。

明治の開国以降、日本はアジアの中で唯一植民地にされませんでしたが、西洋の文化は受け入れました。欧米文化を日本風に造り変えて受け入れることで近代化を図り、国力を発展させてきたのです。

しかし、一点忘れてはならないことがあります。『神々の微笑』が書かれたのは大正時代ですが、芥川龍之介はキリスト教が勝つか日本神道が勝つかはまだ断定はできないとして、今後の私達の事業が勝敗を明らかにするだろうと指摘していることです。

つまり、日本型の近代化は大正時代の時点まではまだ実現していないと言うことです。

当時の大正デモクラシーの風潮を考えれば、芥川の目には日本が本当に西欧文化を日本化できたか疑問に写ったとしても、不思議ではありません。芥川が指摘した日本人の課題は、21世紀の今日まで引継がれてきているといえるといえるのです。


(私のコメント)

日本の歴史においては、秀吉や家康はキリスト教の正体を見抜いていましたが、徳川時代はキリスト教が入ってこないようにするために鎖国した。なぜキリスト教をそれほど恐れたのかといえば、キリシタン大名の領地の寺や神社を打ち壊し始めたからだ。さらには火薬などを手に入れるために女性を海外に売り飛ばしてしまったからだ。

キリスト教では異教徒は死ねば地獄に落ちると言う事であり、それは先祖崇拝の日本人には受け入れられなかったのだ。なぜキリスト教が先祖崇拝を受け入れないかよくわかりませんが、日本人は死ねば神や仏となって天国に行くとなっている。キリスト教では異教徒が天国に行くのはなぜ許さないのでしょうか。

古代ローマ帝国では、多神教であり皇帝のは神となって神殿が造られている。しかしキリスト教が入ってきて、キリスト教以外の者は死ねば地獄に落ちるとなっては、皇帝も神として祀られなくなり、皇帝自身がキリスト教徒になるしかなかった。ローマ帝国はキリスト教を受け入れたことで皇帝の権威が落ちて滅んでいったのだろう。

世界にはキリスト教と敵対しているようなイスラム諸国圏でもキリスト教徒は10%近くいますが、日本では1%にも満たない。このようなことは異例ですが、どうして日本ではキリスト教が広まらないのでしょうか。結局は先祖を神として祀るか祀らないかが一番の障害になっているからだろう。

多神教なら、自分の父や母や祖父母が神や仏になっても不都合な事にはなりませんが、キリスト教のような一神教では、自分の父や母が神や仏になっては論理矛盾が起きてしまう。キリスト教ではイエス・キリストだけが神だからだ。では天地を創造した神は何なのかがキリスト教では大問題となりましたが、三位一体で片付けている。

日本ではキリスト教が広まっていない以上にイスラム教は広まっていない。中国ですらイスラム教徒は歴史的にも多くいますが、日本人でイスラム教信者はよほどの変わり者でしかイスラム教徒になるものはいない。日本では信教の自由は認められているから、キリスト教もイスラム教も中国や韓国並みに広まっても不思議ではないはずだ。

欧米人から見れば、日本人と中国人や韓国人は見た目がよく似ているので同一視しがちですが、宗教観が全く異なり中国や韓国には神社がない。だからキリスト教徒イスラム教の対立どころではなく、宗教観が全く異なるから、中国では死者の墓を暴いてまで鞭打つのだ。

「株式日記」のコメント欄にも、「同じアジアの同文同種」と書き込む人がいるが宗教観が全く異なるのに同一視することは誤解を招く。日本では死ねば神や仏となり、大東亜戦争のししゃも靖国神社に祀られていますが、欧米人や中国人や韓国人にはその意味がわからない。むしろ古代ローマ人なら靖国神社を理解できただろう。

私の家にも仏壇があり、父や母や祖父母が祀られているが、先祖をどうして神として敬ってはいけないのだろうか? キリスト教宣教師からすれば、先祖は地獄に落ちたとしか言うしかない。彼らから見れば靖国神社の300万人の英霊も地獄に落ちているはずだからだ。だから靖国の英霊を慰霊できない人は日本人とは言えないのだ。




戦後72年。私は、日本を包囲殲滅する意図によって「歴史戦」を仕掛けて来る韓国や
中国と、どう戦うかということを国民全員が考えなければならない「時」が来たと思う。


2017年11月27日 月曜日

日本を襲う悪意に満ちた「虚偽の史実」 11月25日 門田隆将

悪意に満ちた「虚偽の史実」に基づいて、日本人が貶められるという不幸な事態が、全世界に広がっている。その勢いは留まるところを知らない。

「してやったり」と、これをほくそ笑んでいる人たちに対して、私は怒りを禁じ得ない。2017年11月24日は、私たち日本人にとって、“あること”を肝に銘じる日にしなければならないと思う。

「姉妹都市の信頼関係は崩壊した」「民間人同士の交流は続けてもらったらいいが、税金は投入しない」―大阪市の吉村洋文市長は24日、そう宣言した。

米サンフランシスコ市が慰安婦像の寄贈受け入れを承認したことを受け、同市との姉妹都市関係を解消することを公表したのである。これによって、大阪市とサンフランシスコ市との実に「60年」にわたる友好関係は「途切れた」のだ。

同じ日、韓国国会の本会議では、毎年「8月14日」を元慰安婦を讃える「法定記念日」とする法案が賛成多数(賛成205、反対0、棄権8)で可決された。

これによって、韓国では来年から8月14日が「日本軍慰安婦被害者を讃える日」になるのだそうだ。韓国では、あの貧困の時代に春を鬻(ひさ)ぐ商売に就いていた女性たちを「国家の英雄」として讃えていくのである。

同法には、「慰安婦問題を国内外に伝え、記憶するための行事をおこなうこと」と、国や自治体に「記念日の趣旨に沿った行事や広報をおこなう努力」が義務づけられている。つまり、これから韓国では、あの虚偽の史実を、国を挙げて流布することが「法的に義務づけられた」のである。

戦後72年。私は、日本を包囲殲滅する意図によって「歴史戦」を仕掛けて来る韓国や中国と、どう戦うかということを国民全員が考えなければならない「時」が来たと思う。

この虚偽を世界にバラまいたのは、周知のとおり、朝日新聞である。同紙は、慰安婦を日本軍、あるいは日本の官憲によって無理やり「強制連行」されたものだと喧伝し、世界中に広めた。同紙の一連の報道によって、韓国の世論は沸騰し、慰安婦強制連行問題は、日本を窮地に追い込む重要な“アイテム”となったのである。

あらためて言うまでもないが、婦女子の強制連行とは、「拉致」「監禁」「強姦」のことである。意思に反して連行されたのなら「拉致」であり、無理やり慰安所に閉じ込められたのなら「監禁」であり、望まない性交渉を強いられたのなら「強姦」だからだ。

それを日本が「国家としておこなった」という虚偽を、朝日新聞は長期にわたって書きつづけた。もちろん、現在、韓国が主張し、世界中に広まっている日本による「従軍慰安婦=性奴隷(sex slaves)」という論拠は、朝日新聞の記事に根ざしている。では、それのどこが「虚偽の史実」なのか、簡単におさらいしておこう。

慰安婦とは、あの貧困の時代に、主に「軍人相手」に性を売っていた女性たちのことである。さまざまな事情で身を売らなければならなかった女性たちは、当時、たくさんいた。今からは考えられないが、国家が「公娼制度」として、そういう商売を認めていた時代のことである。

女性が身を売る場所は、世界中、あらゆるところに存在した。欧米も、アジアも、変わりはない。そんな商売に身を投じ、幸せ薄い生涯を送った女性が多かったことは、歴史に銘記しなければならない「事実」と言える。女性の人権問題として大いに議論していかなければならないだろう。

しかし、朝日新聞が火をつけた「慰安婦問題」とは、先に述べたように日本軍、あるいは官憲が、女性たちを強制的に連行し、無理やり、慰安婦にしていったという「国家の犯罪」である。

自称・山口県労務報国会下関支部動員部長の吉田清治の虚偽の証言を検証もないまま長期間、記事にしつづけ(のちに取り消す)、また、1991年8月11日には、「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」という見出しの下、元慰安婦が「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と報道し、1992年1月11日には、宮沢喜一首相の訪韓に合わせて慰安婦問題を1面トップで報じ、その解説記事の中で、挺身隊の名で強制連行された女性たちの数を「8万とも20万ともいわれる」と記述した。

これらの報道を受けて、韓国の世論は沸騰、「国民学校の生徒まで慰安婦にさせた日帝の蛮行」と報道され、訪韓した宮沢首相が首脳会談で8回も謝罪させられる前代未聞の首脳会談がくり広げられた。

韓国の国民が以後、「女子挺身隊=慰安婦」を信じ込み、その後、あの慰安婦像設置を各地で続け、ついに昨日、慰安婦を讃える法廷記念日の制定にまで至ったのである。

しかし、女子挺身隊とは、戦時中の国家総動員法に基づく勤労奉仕団体のひとつで、主に軍需工場等で働いた女性たちのことである。もとより、慰安婦とは何の関係もなく、そのことは日本では常識だ。

では、慰安婦になったのは、どんな女性たちだったのだろうか。朝鮮の新聞には、当時、大々的に業者による「慰安婦募集」の広告が打たれ、彼女たちは当時の兵隊(上等兵)の給料の30倍という「月収300圓」を保証されて慰安婦となっていった。

今の金額で換算すれば、兵隊の給料を少なめに10万円としても、慰安婦は月給で「300万円」、年収では「3600万円」という途方もない収入だったことになる。慰安婦に多くの女性が殺到したことこそ、史実である。冗談ではなく、当地の方面司令官より慰安婦の方が「給与が高かった」というエピソードは、あちこちから伝わっている。

なかには親に売り飛ばされた女性もいたに違いない。彼女たちの不幸な身の上には、大いに同情しなければならないだろう。しかし、大金と引きかえに、軍を相手に独占的に商売する「P屋」と呼ばれた売春宿で働いた彼女たちは、少なくとも「強制連行」された女性たちではない。

日本軍や官憲が、婦女子を強制連行する必要もなく、また、そうした史実もなく、韓国の国民が思い込んでいる「強制的に慰安婦にさせられた国民学校の女子生徒たち」など、どこにも「存在しなかった」のである。

無理やり日本という国家の「犯罪」にしたかった朝日新聞の記事が韓国の国民に誤解を生じさせ、それを膨らませ、ついには、60年もつづいた姉妹都市も途絶させられるような事態に至ったことに心を痛める人は多いだろう。

2014年8月に慰安婦検証記事を掲げながら、いまだに謝罪も、英字紙への慰安婦取り消し記事や謝罪広告の掲載もおこなわず、虚偽の史実が全世界に広まることを放置しつづける朝日新聞。世界の人々が日本人を誤解し、これから国際社会へ雄飛しようとする若者の大きな障壁になっていることを朝日はどう考えているのか、と思う。

この虚偽をばら撒き、国際社会に対して日本人を貶める行為をおこなった朝日新聞には、同じジャーナリズムの世界に生きる人間として、謝罪を伴った再度の「検証記事」の掲載を求めたいと思う。

慰安婦という薄幸な女性たちが存在したことを忘れず、しかし、日本の一新聞社が、その史実をねじ曲げ、日本の国家・国民に想像もできないような天文学的な額の損害を与えたことを、われわれ日本人は心に銘記しなければならない。

そして、2017年11月24日は、悪意をもった国際的な歴史戦に対して、「史実」をもとに敢然と反論していく日本人の「決意を新たにする日」にしたいと、心から願う。



(私のコメント)

中国は「超限戦」の一貫として日本に対して「歴史戦」を仕掛けてきています。それは江沢民時代から行われてきていますが、日本国内においては朝日新聞が中国の意向で動いているようだ。韓国はあくまでの中国の言いなりで動いているのだろう。すでに韓国はアメリカよりも中国の意向で動く国となってる。

このままだといずれアメリカはアジアから追い出されて、アジアは中国の勢力圏となってしまうだろう。日本がどうなっているかは分かりませんが、中国に対抗できる国力のあるのは東アジアでは日本だけになるだろう。わけがわからないのはアメリカの戦略であり、中国に騙されてアジアから追い出されるのが分かっていない。

トランプ大統領にしても、キッシンジャーのいいなりであり年中彼と会談している。キッシンジャーは中国の代理人であり、中国はアメリカのあらゆる方面に工作活動をして影響力を高めている。アメリカ国内でも中国のやり方に警鐘を鳴らす人もいますが、トランプ大統領も対中国強硬派だったのに丸め込まれている。

もちろん中国は日本国内でも工作活動を行っており、朝日新聞はその先兵役になっている。朝日新聞社内には中国の新華社やNYタイムズ紙や韓国の東亜日報の支社があるようだ。番地が同じだからだ。だから朝日が報道すれば中国やアメリカの新聞社も同じことを伝える。

このような国際的な連携は、国際世論の形成に大きな影響力があり、それが国内に跳ね返ってきて増幅されて伝えられる。90年代まではこのようなマスコミのネットワークによって各国の世論形成を主導してきた。それによって南京大虐殺も従軍慰安婦も既成事実化されようとしてきた。マスコミに反論しようにも手段がなかった。

しかしネットが普及してきて、マスコミが誤報や捏造記事を書けばネットから集中砲火を浴びることになり、状況が変わってきた。朝日新聞も福島第一原発における捏造報道は社長の首が飛ぶ事態となりましたが、従軍慰安婦やモリカケ報道でもいずれ朝日新聞の社長のクビが飛ぶ事態となるだろう。

それくらい今のマスコミは信用を失っており、マスコミは金で買収できてもネットは数が多くて買収のしようがない。質と量でテレビや新聞ではネットに敵わないからだ。新聞社もテレビ局も数える程しかないが、ネットのサイトやブログは数え切れないほどあるからだ。

朝日新聞は従軍慰安婦問題では検証報道をして誤報を認めましたが、海外へは報道しておらず不徹底なものとなっている。海外へは今更誤報でしたと認めるわけには行かず動きが取れないのだろう。海外の従軍慰安婦活動家たちは朝日新聞の報道を唯一の根拠としてきたから、今更誤報でしたと認めるわけにはいかないのだろう。

従軍慰安婦でしたと証言している証言者の身元調査をしても、出身地などがデタラメで親戚知人などの調査も行わわれず、アメリカ政府も日本政府もいろいろ調査したはずだが、その文書が公開されていない。元慰安婦への聞き取り調査もあるのですが公開されていない。

これほどの国際問題となっているにもかかわらず日本政府自身も、韓国との密約等でこれらの調査報告書を公開しないのだろうか。元慰安婦自身の証言を精査すると矛盾した内容となったり、証言自身の信憑性にも影響があるのではないのだろうか。


韓国の慰安婦証言集が嘘と矛盾だらけ東北亜歴史ネット 

慰安婦の証言がまとめられている

「あんなたくさんの軍人たちが、私にあれほど来るとは夢にも思わなかった」

コン・ジョムヨプ
1920年 全羅南道務安生まれ
1935年 16歳 平壌の職業紹介所にだまされて行く
海城-上海-ハルビンなどで日本軍「慰安婦」の生活
「ある日、許可が出たっていうのさ、許可が出たって。『何の許可が出たんですか?』って聞いたら、父さんと母さんに、私の故郷に、全羅道の故郷に電話して、警察から全部連絡して、父さんの承諾をもらったから、署から許可が出て、客の相手をすることになったって言うのさ。」

・日本が慰安所を設置したのは1938年以降 本当に慰安婦だったならば19歳以降のはず
・日本軍が強制連行したのではなく、両親がキーセンに売り飛ばしただけ

「日本のやつらめ、戦争じゃなかったら、私たちが行くはずないだろう」

キム・ファジャ(仮名)
1926年 慶尚北道安康生まれ
1942年(17歳) 家から就業詐欺により連行 台湾キゴで日本軍「慰安婦」の生活
1946年頃(21歳頃) 船に乗って釜山に帰国

・17歳で連行されたと証言しているのに、初めて慰安婦として軍人を相手したのは15〜16歳と主張
・1946年に釜山〜台湾間の航路は存在せず、証言している船が当該航路に就航していた記録も無い
(故に梁順任(植村隆の義母)は自称慰安婦達に「台湾に行ったとは言うな」と証言指導をしていた)
・証言の慰安所「花月」は台北にあった慰安所で、キゴには存在しない

「胸の奥にしまっておいたことを話そうとしたら、私の胸も張り裂けるよ」

カン・イルチュル
1928年 慶尚北道尚州生まれ
1943年(16歳) 家から日本軍「慰安婦」として連行
安東・新義州を経由-長春-牡丹江の慰安所へ移動
1945年(18歳) 初夏に朝鮮人に救助され、?倫春へ避難
解放後に吉林市近郊の集安県で朝鮮人と初婚

2009年 :1943年に軍靴の紐を編む工場で働くと言われ、16歳で強制連行
2010年 :1945年、17歳の時に2年にわたり長春や牡丹江などで被害に遭う
2012年 :15歳で吉林の慰安所に連れて行かれ4年過ごした

・1944年8〜9月に牡丹江に着き、1945年8月に終戦(証言では救出)なので3〜4年も慰安婦だったはずがない
・1943〜1944年は南方戦線への兵力増強のために北部支那の師団の多くは撤退していた そこに新たな慰安婦を送り込む必要があったのか

「どうしたら、この仇を討てるだろう。」

ソク・スンヒ(仮名)
1928年 ソウル市麻浦生まれ
1941年(14歳)  ソウル市麻浦区ポクサゴルで連行、中国まで移動
内モンゴルと推定される所で日本軍「慰安婦」の生活

・内蒙古に存在した慰安所はたったの5ヶ所
・1942年から開始されていた兵力の南方戦線への転換中に慰安婦補充は非現実的
・証言「土曜日曜は休みだから」→当時の日本軍の休日は隔週日曜日のみ
・証言「コンドームは見たこともない」→日本軍は官品支給有 サックを使わないのは米軍
要するに米軍慰安婦だったことが証明

ノ・チョンジャ

1920年 忠清南道大徳郡生まれ
(住民登録上の年度は1922年)
1934年(15歳)
卷番(日本帝国強占期の妓生たちの組合)に入り、踊りと歌を学ぶ
1938年頃(19歳頃)
日本の憲兵に連行される満州などで日本軍「慰安婦」の生活
1945年頃(26歳頃)
解放後に帰国

「だから、私があの時、17歳だったか、18歳だったかな。農村では畑作なんかもするじゃないか。何人かの小作人と畑の雑草を取っていたら、黄色い服を着たやつらが4人か5人やって来て。」
「日本のやつら、だから憲兵隊、ここの刑事と同じようなもんだよ。巡査よりも階級が高いっていうやつらだよ。」
「黄色い、全部軍人なんだけど、軍人の前で歌を歌ったんだ。食堂で慰問団をしたんだ。」

当時の日本軍には黄色の軍服は無く、中国国民党の軍官学校の教官が着ていた。





本来、恋人にせよ他人にせよ、性交渉の同意は必要です。とはいえベッドの
上で毎回、同意を得ようとすれば、せっかくの甘い雰囲気は台無しでしょう。


2017年11月26日 日曜日

本当は恐ろしい"男女で一線を越える行為" 婚活で出会った2人の残酷物語・前 8月10日 露木幸彦
▼婚活パーティーで32歳・商社の派遣社員と意気投合

竣太さんは婚活パーティーで意気投合した彼女(32歳・商社の派遣社員)とハロウィーン・ディズニー、海岸ドライブ、そして夜景ディナーと3回のデートを重ね、順調に愛を育んでいるように思えたのです。

竣太さんは、シャイな性格で気持ちを表に出すのが苦手なタイプ。そのため、自分から「好きです。付き合おう」とアプローチし、それに対して彼女が「はい」とレスポンスする場面はなかったそうです。とはいえ、そもそも2人が知り合ったのは婚活パーティーで、交際前提の男女が集まってくるイベントなのだから、少なくとも竣太さんは「男女の仲」だと思い込んでいたそうです。

34歳 年収500万 メーカー社員の男性が「落ちた穴」

ちょうど翌月は彼女の誕生日。竣太さんは彼女の了承を得た上で、当日はホテルで一緒に過ごそうとワンランク上の部屋を予約したのです。ホテルという密室に2人きりで入るのだから当然、「彼女もそのつもり(性交渉をするつもり)に違いない」と竣太さんは決め付けていたようです。

年収約500万円の会社員である竣太さんにとって1泊5万円の部屋はあきらかに身分不相応。ホテル代だけで財布の中身がカツカツゆえ、ディナーはケチって格安のイタリアンバルに。そこで飲んだ安物のワインがいけなかったのでしょうか。彼女はお酒が強いほうでしたが、当日は千鳥足状態。左右に揺れる彼女を支えながら、ゆっくりと歩みを進めることで何とかホテルに到着したそうです。彼女はいったん部屋のベッドに腰をかけたのですが、背もたれがないので、そのまま座り続けることはできず、すぐにバタンと寝転んでしまった。

竣太さんはそれほど酔っていませんでした。そばには静かに寝息をたて横たわる女性がいる。自然に胸が高鳴ります。もちろん初めての経験ではありませんが、緊張します。彼女の様子を気遣いながらも、ゆっくりと彼女の美しい髪の毛をなで、体に触れました。

ハグ、キス……と接触の度合いを大きくする際、竣太さんはその都度「いい?」「平気?」「大丈夫?」と投げかけて彼女の反応を確認することはしませんでした。ただし、彼女も露骨に抵抗しなかったので、OKしてくれているという前提で事を前に進めたのです。

▼蜜月関係が始まった途端、彼女が束縛を始めた

確かに性交渉の最中、彼女は「いやっ」などと反応することがありましたが、竣太さんの耳にはそれは極めて官能的なものに聞こえたのです。本当に「嫌」なら、こんな声色ではないはずだ、と。竣太さんはきちんと避妊具を使用しました。その後、彼女が起き上がる気配がなかったので、ホテル備え付けのパジャマを着せてあげたそうです。彼女と一緒に眠りについた竣太さんは、そのまま同じベッドの上で朝を迎えたのです。

このように竣太さんと彼女は最後の一線を越えて、心だけでなく体も結びつき、2人の関係はすべてが良い方向へ進んでいるかのように思えました。しかし、蜜月関係に突入した途端、彼女にある変化が起こりました。突然、まるで人が変わったかのように竣太さんを束縛し始めたのです。

「私と仕事どっちが大事なの!」「これじゃ続かないよ。別れたいの?」

たとえば、竣太さんの仕事が忙しく、なかなか彼女を会う時間をとれずにいるとLINEでこんな文を送って詰め寄ってきました。

「私と仕事、どっちが大事なの!」

竣太さんの証言によれば、彼女は四六時中、LINEでたわいもない文を送ってきました。「さすがに仕事中の対応は難しいよ」。やれやれと思い、既読スルーにすると彼女は「こんなんじゃ続かないよ。別れたいの?」とケンカ腰の物言いで気を引こうとすることもあったそうです。

彼女はさらにエスカレートします。竣太さんの部屋からスマホを盗み出しておいて、慌てて探す竣太さんの様子を高みの見物。“狼狽ウオッチ”に飽きると「落ちていたよ」と平然とスマホを突き出してくる。そのとき、こんなセリフを言い放った彼女のドヤ顔を竣太さんは忘れられないと言います。「やっぱり私がいなきゃダメなんでしょ!」。

そんなふうに彼女の嫉妬、わがまま、いたずらに振り回され、竣太さんはだんだんとノイローゼ気味になったそうです。「もう無理! これ以上、我慢できない!!」と最終的には彼女のLINEはすべて「未読スルー」とすることで、正式に関係をやめることを決断したのです。

▼既読スルーされた彼女は復讐を始めた

ところが、そうは問屋がおろさなかった。

自分のメッセージがいつまでも既読に切り替わらない。彼女は直感的に「未読スルー(もしくはブロック)されている」と気付きました。相手の逃げ腰な態度にイライラが頂点に達し、即行動に出ました。

愛情は憎しみに変わったのです。彼女の復讐とは、何だったのでしょうか?

この答えを聞くと、世の男性は背筋が凍る思いをするに違いありません。「男女交際の有無」「性交渉の同意の有無」「ベッドイン拒否の有無」「接触・挿入への抵抗の有無」……。これらすべてについて彼女は自分流に解釈し、“身勝手”な持論を確立したのです。つまり、竣太さんをレイプ犯に仕立てる。そのシナリオを作り上げることを決意したわけです。

「あんたが本気だと信じていたから体を許したのよ。それなのに勝手にフェードアウトするなんて……サイアク。どうせ最初から体目当てだったんでしょ。私は付き合ってもない男に犯されたのよ」

男のミスにつけこみ、レイプ犯に仕立てるシナリオ

LINEで憎悪の言葉が次々に飛んできました。

彼女は突然、竣太さんは「恋人」ではなく「他人」で、関係性は「本気」ではなく「遊び」だと言い出したのですが、何をたくらんでいるのでしょうか?

本来、恋人にせよ他人にせよ、性交渉の同意は必要です。とはいえベッドの上で毎回、同意を得ようとすれば、せっかくの甘い雰囲気は台無しでしょう。そのため、一般的には2人が恋人同士の場合、暗黙の了解(きちんとした同意は不要)で済ませることが多いはずです。彼女の論理に従えば、勝手にフェードアウトするような相手は恋人ではなく、そして恋人同士ではないのにOKをもらわずに性交渉に及んだらその行為はNGだ、と話をすり替えてきたのです。

「そもそも婚活パーティーで知り合ったので、『男女の仲』だと思い込んでいました」

困り顔で竣太さんは語ります。

私が竣太さんの言動に関してひとつ“致命的”なミスだったかもしれない、と伝えたのは「好きです。付き合おう」と切り出さなかったことです。そういうケースはあるでしょう。しかし、この2人の場合、彼女のほうが「交際していない」と翻意してきたら、あとで何を言われてもどうしようもなくなります。残念ながら、詰めが甘かったと言わざるを得ない。そして竣太さんの“悲劇”はさらに続きます。

彼女の復讐はまだ始まったばかりだったのです。



(私のコメント)

伊藤詩織レイプ疑惑事件は、未だに尾を引いていますが、この手の話はよくある話で、男女が酒を飲んで出来上がってしまって、勢いでホテルに行って一線を超えてしまった。女性もその日に限って泥酔してしまって、ホテルに連れ込まれたも覚えていないというのは信じられない。

酒で泥酔状態になるのは、よほどハイペースで強い酒を飲んで酔が一気に回ってきた場合であり、ワインの一気飲みでもしたのでしょうか。記事の話でも、婚活パーティーで知り合って3回もデートしたのだから、一線を超えるような事があっても不思議ではなく、ホテルにで二人きりになったのだから、状況からして「暗黙の合意があった」と見るのが普通でしょう。

むしろ何もなかったら「一体何してんの?」といった事になる。記事の男女にしても、一線を超えたのだから結婚まで一直線というのが筋なのでしょうが、男のほうが冷めてしまって別れを考えたいたようだ。女の方はあとは結婚式を待つばかりと考えていたのでしょうが、夢やぶれてしまった。

伊藤詩織と山口敬之との関係も、いわゆる不倫行為になるのでしょうが、それが準レイプ事件になってしまった。お店をはしごして酒を飲んだのだから、ある程度の関係だったのでしょうが、酔った勢いで女をホテルに連れ込んでしまった。女も泥酔状態で意思の確認もなく一線を超えてしまった。

私から見れば、男女が二人で酒を飲んで、しかも女の方が泥酔するほど飲めば、あとは男次第ということになり、男も女の罠に引っかかってしまうといった事になる。もし女の思惑通りにならなかったら、ホテルに強引に連れ込まれて強姦されたと脅されることもあるだろう。

記事の男女も、伊藤詩織のレイプ事件も男がやり逃げしようとしたから事件になってしまった。ヤバそうな女だと思ったらやらないのが身のためなのですが、男の方も馬鹿なのだ。伊藤詩織の顔を見ても気が強そうで見るからにヤバそうな女だ。一線を超えればTBSに就職できるように口利きはしなければ何をされるかわからない。

しかし山口敬之はTBSを首になり、結果的に女を食い逃げしたことになる。この二つの例は、レイプ事件として起訴することは警察が判断したように難しいだろう。起訴できたとしても示談で解決するように求められるだろう。記事の男女も、結局は交際を再開させることで収まりましたが、悪い女に捕まると一生浮かばれなくなります。

記事でも、「今後も何かあれば、彼女に罵詈雑言を浴びせられ、振り回され、付きまとわれ、悩まされ続けることは想像に難くありません。」と書いてありますが、男の愚かさがすべての根源でしょう。山口敬之もヤバイ女に手を出して一生を棒に振ることになりました。伊藤詩織に手を出していなければスター記者として活躍していたはずだ。

今どき女に酒を飲ませて泥酔させてホテルに連れ込まなくても、高級デリヘルに頼めばいい女がいくらでもいる。アダルトビデオを見ても、アイドルや女優より美女が沢山いる。だから素人女性に迂闊に手を出して後で騒がれるのは馬鹿げている。そのスリルがたまらないと言うのなら別だが、私などは金がないからデリヘルすら利用したこともなく、素人女性を酒を飲ませてホテルに連れ込むなどということはバカすぎて理解できない。




タイムズ紙やガーディアン紙などと同様、英の高級紙の一角を占めるインディペンデント紙
がこの問題を報じたことで、欧米でも韓国政府の不誠実ぶりが知れ渡り始めています。


2017年11月25日 土曜日

韓国兵は3回も私を襲った…ベトナム戦争の残虐を英紙が報道、欧米で怒り・驚き噴出 11月24日 岡田敏一

■「韓国兵3人が次々と…私は3回も出産させられた」

 この記事を見つけたときは驚きましたが、読み進めるうち、驚きは嫌悪感から怒りに変わりました。

 今年の9月11日付の英紙インディペンデント(電子版)です。見出しはこうです。「戦時下でレイプされたベトナムの女性たちは、生涯受ける苦痛と損害に対する裁きを求めている

以前の本コラムでご説明したように、ベトナム戦争時、米の同盟軍としてこの戦争に参戦した韓国軍が13歳から14歳(の女性)を含む数千人のベトナム女性に対し激しい強姦または性的暴行を行い、その残虐行為によって多くの女性が妊娠・出産。彼女たちが産んだ混血児(ライダイハン、Lai Dai Han )が現在、ベトナムには5000人から3万人存在しています。

 前述のインディペンデント紙の記事は、そんなベトナムの被害者女性たちの生々しい声を拾い集めているのです。

 最初に登場するのは、ライダイハンの男性、トラン・ダイ・ナットさんです。1975年4月、彼が5歳の時、ベトナム戦争が終わったのですが、彼は当時をこう振り返ります。

 「私はまだ若過ぎて、自分のアイデンティティーを感じることはできませんでした。そして、母に、なぜ私が他のベトナムの子供たちと違って見えたのかについて、まだ疑問を持っていませんでした」

 「しかし、共産主義者が勝利を宣言したとき、私に関する全てが変わった。突如、私は危険なほど(他の子供たちと自分が)違っていることを知りました」

 ナットさんは学校で虐(いじめ)められ、苦しみました。「私は繰り返し、虐められました。他の子供たちは、私の父が誰かを尋ね続け、彼を「犬」と呼びました。私は黙って耐えるしかありませんでした」

 「私が18歳の時、母は私の前に座り、韓国兵にレイプされたと明かしました。1度ならず、3度も。だから私と、私の2人の女兄弟の3人が混血であり、ライダイハンなのです」

 ナットさんの辛い告白を紹介したあと、このインディペンデント紙はこう説明します。

 <韓国がベトナム戦争に関与した話は、ほとんど知られていない

 韓国軍の部隊は(ベトナムの)民間人女性を単独で搾取するだけでなく、彼らの国は(レイプの被害者たちの)告発を決して認めず、(事実の)調査のための措置を取らなかった

さらに、ナットさんの母親で、現在、76歳になるトラン・ティ・ンガイさんは、自身の悲惨な過去をインディペンデント紙の取材に対し、赤裸々に吐露します。ンガイさんは時折、すすり無き、怒りと悲しみで涙をぬぐいながら、話し始めました。体は弱っていますが、ベトナム戦争中に受けた性暴力に関する記憶ははっきりしています。

 「ベトナム戦争当時、私は若く、村人を助けるため看護師をしていました。両親は農場で働いており、私たち一家は本当に貧しかったのです」

 そんなンガイさんが韓国兵に初めてレイプされたのは24歳の時だといいます。

 「看護師のシフト勤務で、私は昼食後の昼寝のため、帰宅しました。すると、近くの基地の韓国軍の指揮官が部屋に現れ、私を抱きしめました。私は凍り付きました。誰も兵士には楯突けません。彼は私の体を触りはじめ、私をレイプしました。私は大声で叫び、助けを求めましたが、誰も来ませんでした。その後、私は数日間、泣き続けました。しかし両親は私を責めました。私が自分の意志で彼と性行為に及んだと思っていたのです。両親は子供を堕ろせと言ったので、私は薬を飲みましたが、失敗し、小さな女の子を産みました。私は自殺しようとしましたが、どういうわけか生きていく方法を見つけたのです」

 韓国兵の恐ろしい残虐行為なのですが、本当に恐ろしいのはこれからなのです。なぜか。韓国兵に1度レイプされ“汚された”ベトナム人女性は、仲間たちに“公正なゲーム”とのレッテルが貼られ、またレイプしても問題なしという扱いを受けたというのです。

 そのため、ンガイさんは再びレイプされてしまいます。

 「私の最初の子供の父親は韓国に帰りましたが、赤ちゃんのことを調べると偽り、別の韓国兵が我が家に送り込まれてきました。彼は私を引っ張り、床に強く叩(たた)き付け、レイプしました。彼も韓国に帰国。私はもう1人の娘を出産。毎日、泣きました」

そして信じがたいことに、ンガイさんは翌年、彼女の居場所を同僚から聞いた別の韓国兵にレイプされてしまうのです。「3度目のレイプのあと、私は本当に傷つき、悲惨な気持ちになりました。誰も信じられなくなりました」

 自分でレイプしておいて“汚された女”とのレッテルを勝手に貼り、その後は別の奴らが寄ってたかってレイプ。人間の所業ではありませんね。

 ンガイさんは訴えます。「韓国政府はベトナムの女性にしたこと全てについて、謝罪すべきだと思います。私たちの国は過去の歴史において、(ベトナム戦争のような)多くの出来事を経験しましたが、今もなお苦しんでいるのはライダイハンです」

 このインディペンデント紙は他にも、当時、韓国兵にレイプされ、妊娠・出産した2人女性の恐ろし過ぎる体験や、うち1人の息子(44歳)がライダイハンとしてこれまでに受けた差別についての当人たちの証言を報じています。

■「大戦中の日本の行為より、1970年代のベトナムでの残虐を調べる方が簡単なはずだ」

 そしてこの記事の読者コメント欄には「彼ら(韓国側)は日本に対しては、第二次世界大戦中に慰安婦だった女性たちに対し、補償や謝罪以上のことを求め、強く抗議してきたが、私は、韓国が、1970年代に起きたこうした出来事について調査するのはより簡単なはずなのに、こうした彼女たちの告発を決して認めないということが信じられない」というように、自分たちがベトナムで犯した残虐行為は徹底無視し、日本には「性奴隷にするため女性を拉致したという明確な証拠はない」(別の投稿より引用)にも関わらず、日本政府に慰安婦への補償や謝罪を求めたり、この問題をめぐって反日キャンペーンを展開したりすることへの疑問が示されています。

 しかし、韓国政府は、自分たちに都合の悪いこの問題については相変わらず徹底無視です。

 実際、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は11月12日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)出席のため、初めてベトナムを訪問しましたが、ベトナム戦争時のこうした残虐行為については滞在中、触れませんでした。

 とはいえ、タイムズ紙やガーディアン紙などと同様、英の高級紙(今はオンライン新聞)の一角を占めるインディペンデント紙がこの問題を報じたことで、欧米でも韓国政府の不誠実ぶりが知れ渡り始めています。

 実際、本紙既報の通り、ベトナム戦争に派兵された韓国軍兵士がベトナム女性をレイプするなどして「ライダイハン」と呼ばれる混血児が生まれた問題で、「暴行の犠牲者になった人たちを救おう」と、英国の民間団体「ライダイハンのための正義」が9月に設立されました。(後略)



(私のコメント)

中国や韓国が仕掛けてきた「歴史戦」において、日本はプロパガンダ戦争を仕掛けられているにもかかわらず、「友好が第一」と日本の政治家たちは謝罪と賠償を繰り返してきた。日本のマスコミも中国や韓国の政府機関によって買収されて、朝日新聞などは反日記事を書きたててきた。

アメリカ政府も、安倍総理が靖国参拝するだけで「残念だ」と圧力をかけてきている。つまり「歴史戦」を仕掛けた大元の元祖はGHQなので、日本の政治家は「歴史戦」に対して対米恐怖感があるようだ。しかし日本のネット世論は米中韓などからの工作や圧力が通じないので、反論をし始めた。

それによって、南京大虐殺や従軍慰安婦問題などの言論戦においては、日本国内ではほぼ決着がついたのですが、中国や韓国はアメリカやカナダやオーストラリアで対日言論戦を仕掛けてきている。アメリカ各地にも慰安婦像が建てられていますが、在米中国人や韓国人はかなり活発な活動を行っている。

それに対する在米日本人は、反日マスコミに汚染された人が多くて、反論活動はせず、さらに自分の子供たちが学校でいじめにあって困っているそうです。アメリカの教科書にも従軍慰安婦問題などが教えられるようになっては、日本人の子供たちが学校でいじめられるようになってしまう。

在米中国人や韓国人は、纏まりが悪く反日でないと一つに纏まれないといった事情もあり、日本人がムキになって反論すればするほど都合がいいようだ。だから大阪の吉村市長のような姉妹都市解消のような対抗手段ではなく、中国や韓国内の人権問題を反撃材料にすべきなのだ。材料はいくらでもある。

このことは20日の「株式日記」でも書きましたが、韓国に対してはイギリスから思わぬ材料が飛び出してきた。ベトナム戦争時代の韓国軍兵士によるベトナム女性への暴行事件はライダイハン事件として知られていましたが、韓国内ではほとんど知らされていない。

韓国軍にはいわゆる慰安婦施設はなく、韓国軍兵士はベトナムの一般女性を強姦して多くの混血児が生まれた。5000人から3万人くらい生まれたらしい。この例からすれば日本軍兵士と韓国女性や中国女性との混血児が数万人規模でいてもおかしくはなりませんが、そのようなニュースは見かけたことはない。日本軍は軍律がとれて慰安所で慰安婦とやっていたから、一般女性を強姦して混血児が生まれるようなことがなかったのだろう。

韓国でも。アメリカ軍兵士が韓国の一般女性を強姦しないように慰安所を作っていた。だから米韓の混血児がたくさん生まれたということは防げた。日本でもアメリカ軍兵士用の慰安施設を作ったが、それでも日米の混血児が多く生まれてしまった。このように軍と慰安所とは切っても切れない関係であり、単なる売春施設なのだ。

このような問題にならないような事が国際問題になってしまったのは、日本政府のお粗末な対応と朝日新聞の仕掛けによるものだ。河野洋平のように暗に慰安婦を認めるような談話を発表したりして、それを根拠にしてアメリカ議会が責め立てる構図が出来てしまった。しかしGHQは日本軍の犯罪を徹底的に調べたがアジアの占領地で一般女性を強姦したような例が出てこなかった。

一般女性を襲って軍に性病でも蔓延させてしまったら軍法会議ものだ。だから慰安所を作ってそれを防いだのだ。そのような事を橋下市長等が言っても理解されないのは、「歴史戦」なのだから中韓米は認めるわけがないのだ。アメリカもベトナム戦争における韓国軍のライダンハンを責め立てることは、立場上難しいのだろう。

イギリスはベトナム戦争の参戦はしていないから、ライダンハン問題を高級紙や民間団体が問題視している。日本はこのような第三国の世論を借りて反撃すべきなのであり、「歴史戦」においては第三国の世論に訴えかけて中韓米に対抗すべきなのだ。だから韓国の団体が建てた慰安婦像の隣にライダンハンの像を建ててみたらどうだろうか。


世界中の慰安婦像の隣に、ライダンハン像を建てて反撃しよう!





リッチな旦那様を見つけたからと言って、玉の輿に乗って仕事をしなくても済む
というフランス人女性がいたら、社会的にかなり「厄介者」と見なされてしまう


2017年11月24日 金曜日

フランス人から見たら日本女性は不思議だ なぜそこまで結婚にこだわるのか 1月17日 レティシヤ・ブセイユ

フランス人が「結婚」を考えるとき

現在、フランスでは結婚を考える人の3割はすでに子どもがいるらしい。ただそれは日本でいう「できちゃった結婚」とは違う。子どもが少し大きくなったタイミングで、未婚の親たちが冷静に考え直し、「自分に事故が起こっても、子どもへの遺産や権利がちゃんと守られている状況を作ってあげたい」とか、「夫婦としてはここまでやって来られたから、結婚して家族に形をつけたい」などの発想から生まれた結婚の決意である。

後者をさらに分析すると、1960年代の自由な時代、フランス人の若者は自発的に結婚しない道を選んだ。その結果、1970年代から2000年代にかけてその副作用のように同時に増えてきたのが離婚率だった。2000年以降は少し安定してきているようだが、自分の親の別れや、新たな親を迎える「ステップファミリー」を経験してきた多くの30、40代のフランス人の心には、離婚に対する不安が大きいというのが事実だ。それもあって、「離婚ブーム」の時代を経験した親たちは、自分の子どもに「結婚しなさい」とは少し言いにくいのかもしれない。

私の場合、親に妊娠のことを告げたときに「結婚はしないの?」と軽く驚かれたが、強く批判はされなかった。もっとも保守的な家庭では、結婚へのプレッシャーはフランスでも強いが、それは少数派だろう。

ここまで聞くと「フランス人女性は結婚のプレッシャーを知らない自由人」と日本人女性はうらやましく思うかもしれないが、フランスもそう簡単にはいかない。フランスには日本とは違うプレッシャーが存在する。

私の親の世代が子どもに対して最も望んでいることがある。それは、結婚という形ではなく、「よい相手を見つけること」「仕事のプロフェッショナルライフを充実させること」「家庭を作ること」そして「よい物件を買うこと」だ。これは重要なポイントだ。

結婚のプレッシャーが存在しなくても、この「完璧な」大人になるための4つの要素「パートナー」「仕事」「子ども」「物件」をうまく組み合わせるプレッシャーがあらゆる方面からかけられる。

フランスで厄介者とみられる女性は?

「孫がいたらいいのにね!」「まだ仕事見つからないの?」「独身生活は寂しいだろうね」「物件探し進んでるの?」。実は、これらの質問は、私が実際に周りから言われたものだ。こんな質問が親や親戚からはバンバン飛んで来るし、同世代同士が家庭事情を比較しうらやんだり、ねたんだりすることは世界共通だ。

たとえば、25歳を過ぎると、親戚で集まるたびに、おじいちゃんたちに「孫はまだか?」としつこく言われた。相手がいればまだましで、もし交際相手がいない場合、フランスでは本気で周りから心配される(これについては別の機会で紹介したい)。また、仕事のことは、特に父親から今でもしょっちゅう言われる。私はフリーランスで働いているのだが、子どもが生まれたばかりのときでも「仕事はどうするの?」「そろそろ働き出さないの?」と言われて、それどころじゃなかったから本当に頭にきた。

あまり知られていないが、日本と違ってフランスでは、「結婚と仕事のどちらかを選ばないといけない」ということは存在しない。逆にリッチな旦那様を見つけたからと言って、玉の輿に乗って仕事をしなくても済むというフランス人女性がいたら、社会的にかなり「厄介者」と見なされてしまう。子どもがいても、子育てに集中するために働かない女性も、あまりよい目で見られていない。

「普通」の女性は夫婦関係や仕事、子育てはもちろん、家事も格好良くこなすことが当たり前になっている。しかし、上辺はスーパーウーマンに見えても、ほかに選択肢がなくて無理をしているフランス女性も多い気がする。

私の場合は、自分の母親がまさにそのタイプ。3人の子どもを育て、料理と家事をこなし(今は男女ほぼ平等に分担するようになったが、昔はフランスでは、家事は女性がするものと思われていた)、そのうえにフルタイムの仕事を持ち、それらを全部同時に頑張っていた。母は歯を食いしばって頑張る、典型的なフランスのスーパーウーマンだと今でも感じる。

フランス人にとって「落ち着く」とは

話を結婚に戻すが、フランスでは「結婚しよう」とまで言わなくても、日本で言う結婚と同じ意味で、遊びの時期を経て「まじめな」カップル関係を求めるという人生の段階が存在する。それをフランスでは「落ち着く」とよく言う。若い彼女をコロコロ変え続ける30代後半の男友達がいるけど、彼には「そろそろ落ち着けば?」とか「いい相手を見つけて、落ち着いて家庭を作らないの?」と周りからアドバイスが飛んで来る。結局、「落ち着く」ことは日本の「結婚する」と同じ意味の決意なのではないかと思う。

フランスも日本も結婚にまつわる悩みは尽きないが、日本と比べて、フランスは結婚という制度を一度否定し、そしてカオスを経験し、再構築した歴史を持つだけあって、結婚に対してリアリストのような気がする。

そこでぜひ最後に、日本で結婚を悩んでいるみなさんに、次のことを質問してみたい。結婚をすることで、何をいちばん望んでいますか??社会的に認められたいのですか??親の期待に応えたいのですか??独身生活は寂しいから、長く続く恋愛関係を求めているのですか??家庭を作りたいのですか??この答えが出せたら、何か見えてくるのではないだろうか。



(私のコメント)

日本では「専業主婦」は当たり前の存在であり、まだ6割もの既婚女性が「専業主婦」となっている。しかしこれを欧米から見ると「専業主婦」は「厄介者」とみられているようだ。私の会社員時代でも、女子職員は「結婚」や「出産」を機会に当然のように全員が仕事を退職していった。なぜ仕事を続けないのかと私は思ったが、結婚や出産で退職しなければならない社内規程はなかった。

ただ単に皆そうしているからといった理由で退職して行った。別に結婚しなくても5、6年仕事をすると、多くの女子職員が次々と辞めていく。「なぜ辞めるの?」と聞いてもはっきりした理由もなく辞めていく。ほかにいい職が見つかって転職するというのならわかるが、会社から辞めるように圧力をかけるどころか、引き止めているにもかかわらずだ。

給料も女性の職業としては銀行員はいい給料だし、仕事はきついが慣れれば定型業務なので高い能力を要求されるわけでもない。最近の話では、地方の女子銀行員で結婚してもなかなかやめなくなったのは、地方の銀行では旦那の給料ではやっていけないからという理由で、妻も仕事を続けているという女子行員の話があったが、それが当たり前になりつつあるのだろう。

フランスでは3人の子供を育てながら、フルタイムで働く母親の話がありますが、それがフランスでは当たり前であり、旦那の稼ぎがいいからといって「専業主婦」をしているのは「厄介者」扱いされるようだ。家庭環境が日本とフランスとでは違うから同じように比較はできないのかもしれませんが、子育てと仕事の両立ができないのはなぜなのだろうか。

日本も昔は農業国家であり、農家の嫁さんは朝から晩まで農作業で仕事をしていた。農家の嫁さんから見れば、サラリーマンの嫁さんは全くの別天地であり、「専業主婦」として子供の育児に専念ができた。日本の税制度には配偶者控除があって「専業主婦」で税金をまけてくれる。だから主婦のパート仕事でも105万円の壁ができている。

このように国の税制からして「専業主婦」が認められているから、6割もの主婦が「専業主婦」をしていられるのだろう。フランスでは仕事か結婚かの選択はなく、結婚したからといって仕事を辞める選択はないようだ。フランスでも料理と家事は女の仕事であり、なおかつ仕事もフルタイムで仕事をしていたということです。フランス女性にできて日本女性がそれができないのはなぜなのでしょうか。

フランスでは、結婚以外に様々な制度が有り、『「Concubinage(コンクビナージュ)」と呼ばれている。これは日本でいう「内縁」や「同棲」と同じような意味だ』そうです。さらに「PACS(パックス)」という制度は、より結婚に近い制度ですが、離婚が簡単にできる制度だそうです。フランスのカトリックでは宗教上離婚が認められていないから、そのような制度で抜け道を作ったのでしょうが、日本でもいったん結婚していしまうと離婚はなかなか難しい。

日本でも「内縁」という事がありますが、ブログ記事を書いたフランス女性は、一人の子の母ですが、結婚でもパックスでもなくコンクビナージュだそうですが、男と分かれてしまえば母子家庭になってしまう。フランスでも一時期非婚化が進んで離婚率が高くなり、それで結婚以外の制度ができたようだ。

結婚は世の東西を問わずに、男にとって負担が大きなものであり、一時期は非婚化が進む。それで女性もフルタイムで働き、夫婦共稼ぎが当たり前になり、結婚以外に離婚しやすい制度を整えてきた。結婚相手が「専業主婦」では、離婚したくてもできなかったり、母子家庭でも仕事がない母親になってしまう。それでは生活保護一直線だ。

日本ももっと多様な結婚以外の制度を整えるべきであり、女性もフルタイムで働いて社会貢献すべきなのだろう。最近では不倫がブームのようになっていますが、不倫するくらいなら離婚したほうがお互いにいいと思うのですが、簡単に離婚できる制度なら女性も「専業主婦」などしていられないだろう。




結婚や子育てという純粋な歓びを、「機会費用」という名で利得を計算し(専業主婦に
なるとX億円の損、とか)、結婚や出産を「リスク」とみなすような結婚支援や少子化対策


2017年11月23日 木曜日

家族はコスパが悪すぎる?結婚しない若者たち、結婚教の信者たち 11月23日 赤川学

「結婚支援」という少子化対策

前回のコラム(「こんなに少子化対策している日本で、子どもが増えない厄介な矛盾」)で筆者は、「日本の少子化の要因は、結婚した夫婦が子どもを多く産まなくなっていることにあるのではなく、結婚しない人の割合が増加したことにある」と書いた。

ここ10年ほど、政府や自治体がお見合いパーティや「婚活」に躍起となり、大騒ぎしてきたことは記憶に新しい。これら結婚支援が少子化対策の名の下に行われてきたのは、上記のような認識が存在するからでもあった。

思えばここ数十年、独身貴族、パラサイト・シングル、負け犬(の遠吠え)、おひとりさまといった形で、なかなか結婚に踏み切らない独身者という「問題」が論じられ続けてきた。

アメリカでも数年前、社会学者が結婚しない男女の生態を活写した『シングルトン』という著作が大ヒットし、邦訳も存在している。

これらの著作に登場する独身者は、自らが結婚しないこと、子どもを持たないことについて、必ずしも否定的に捉えてはいない。

ところが日本の少子化対策の文脈で独身者が取り上げられるときには、彼ら/彼女らは自らの意志で「結婚しない」のではなく、仕事と子育ての両立困難や経済的困窮などの理由で「結婚したくても、できない」(=かわいそうな)人たちと描かれることが多い。それゆえ、「結婚支援」が少子化対策として大真面目に取り沙汰されることになる。

ソロ社会は孤立社会ではない

ところが今年、2人の社会学者が著した新書が、こうした言説状況に風穴を開けた。

最初の一冊は、荒川和久氏が著した『超ソロ社会:「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)である。

博報堂のマーケッターでもある荒川氏は、「日本の20年後とは、独身者が人口の50%を占め、一人暮らしが4割となる社会」であることを正確に見抜きつつ、官製社会調査のトリックに対して批判する。

たとえば「日本人は9割が結婚したいと思っている」というタイプの主張を裏付ける官製統計に対して、「まだ結婚するつもりはない」(男性の47.7%、女性の40.6%)が、「いずれ結婚するつもり」として、「結婚したい」側に組み入れられていることを鋭く暴き出している。

ここでは、「結婚しない」という意志表示であったかもしれない回答が、「結婚したくてもできない」ことを意味する数字として一方的に解釈されているのである。

荒川氏によれば、自らの意思で結婚しない男女、すなわち「ソロ男・ソロ女」は約半数存在する。彼ら/彼女らは、「結婚に関して、女性は相手の年収や経済的安定は絶対に譲れないし、男もまた結婚による自分への経済的圧迫を極度に嫌う」という実利主義者ではある。

それゆえに「女性が輝く社会」では、(バリバリ働く)女性は結婚する必要を感じなくなり、女性の未婚率が加速するとまで述べて、既存の少子化対策の無効を宣言する。

また「結婚を勧めてくる既婚者たちは、結婚教の宣教師であり、勧誘者」と述べて、その善意の結婚強要を「ソロハラ」と名付けている。きわめて重要な問題提起といえるだろう。

さらに本書の白眉は、ソロ男やソロ女が作り出すソロ社会が孤立社会ではないという、力強いメッセージを打ち出していることである。

ソロで生きる力、即ち、ひとりでいられる能力は、誰かとのつながりがあるから可能になる。ソロで生きる力は自分を愛し、自分の中の多様性を育む力でもあるからこそ、他者とのつながりも可能になる。

そのような「超ソロ社会」はありうべき、一つの社会構想といえる。単にソロ男、ソロ女だけの問題でなく、離婚や死別の経験者、子どもが自立した以降の夫婦(カップル)など、誰にでもあてはまる、重要な問題を提起している。

家族はコスパが悪い

もう一冊は、家族社会学を専攻する永田夏来氏が、20年に及ぶ研究成果を世に問うた『生涯未婚時代』(イースト新書)である。

彼女の問題意識は、「画一的な家族のあり方を批判し、家族の多様性を主張していた家族社会学が、『結婚して家族を作るべきだ』『家族とは本来良いものだ』といった話に引きずられて、学問ならではのニュートラルな視点を失っている(p.4)」という、学界に対する現状告発をも含んでいる。同業に属する筆者も、共感するところ大である。

荒川氏同様、永田氏も「結婚を人生設計に組み込まない若者の登場」を射程に収めているが、結婚を目標やゴールと考える「ドラクエ人生」、結婚するかどうかは場合によると考える「ポケモン人生」を分けているのが特徴的だ。

ドラクエ人生とは、人生にはしかるべきタイミングで進行する標準的なルートとゴールがあり、一度つまずいたらそこで停止してしまう、「昭和の人生すごろく」的一本道の人生観である。

これに対しポケモン人生は、一通りのストーリーを終えた後がむしろ本番で、対戦しながらレベルを上げたり、コンプリートを目指したりすることになるという。

ゲームに詳しくない筆者がいうのも何だが、これは標準的ルートも終局もない、ゲームの過程そのものが快楽となるゲームなのであろう。

永田氏は、地方暮らしの若者にみられる「ほどほどパラダイス」がポケモン人生に該当するというが、ひと頃流行った「マイルド・ヤンキー」もこれに通じるものがあるはずだ。

本書の後半で永田氏は、家族は本質的にコストパフォーマンスが悪いため、コスパや合理的計算で考えると結婚はかえって遠のいてしまうと指摘する。

コスパで考えるとはつまり、結婚や子育てを「人生すごろく」の一コマとして捉えていることの証左なのであろう。

結婚や子育てという純粋な歓びを、「機会費用」という名で利得を計算し(専業主婦になるとX億円の損、とか)、結婚や出産を「リスク」とみなすような結婚支援や少子化対策が大手を振ってきたのである。

今日の少子化は、その末路と考えるべきだろう。

また「結婚すればなんとかなる」という考え方は問題の先送りであり、パーソナリティを安定化させ、生活を支えるという機能を有していた家族を失った場合、途端に行き場がなくなってしまう。これも、現代家族が抱える本質的困難の一つである。

それらの難点を承知した上で永田氏は、「結婚する人生も、しない人生も、同じくらい尊い」と述べ、「自分と違う選択をした人々に寄り添いながら、それぞれの人生を尊重する」という思考力を持つことを1人ずつでも増やしていくことが、生涯未婚時代を明るく照らすと結んでいる。(後略)



(私のコメント)

最近は少子化問題や非婚化の問題を取り上げることが多くなりましたが、私の若い頃は、何歳になったら結婚して、何歳までに何人の子供を産んでいないと周りから何やかやと言われる時代だった。マスコミも統計を持ち出しては、結婚相手の理想像を書き立てた。

遅くとも30歳くらいまでは結婚していないと、変態じゃないのかとか、カタワだろうとか、ホモとかゲイとか言われていたようだ。画一化社会では、自分とは少しでも違った人生観を持った人に対して、執拗に聞きただそうとするのは、自分の人生に自信がないからだろう。そして結婚していないというだけで欠陥人間であるかのように言われた。

私自身は、独立起業を目指していたから、金を貯めて本ばかり読んで遊ぶ事もほとんどしなかった。若い女性の多い職場だったから結婚の誘惑も大きかったが、住宅問題は手の届かないレベルまで高騰して、住宅ローンを借りて住宅を買うと、一生住宅ローンに返済に追われることになる。

だから私も結婚を損得づくで考えて、独立起業して経済的に自立することを第一と考えた。しかし当時の銀行は、画一的であることが常識をわきまえた人間として好ましいと評価されて、異端者は変人奇人扱いされて居心地が悪かった。私などは「大金持ちになって愛人を何人も持つことが人生の目標」と周りをけむに巻いた。

銀行の同僚や先輩たちは、ほとんどが社内結婚であり、社内ローンを借りてマイホームを手に入れていた。しかし私はそれが会社の罠であることを見抜いていた。結婚して借金をさせてしまえば、会社を辞めることもできず、一生定年まで働き続けなければならない。

バブルの崩壊は、何年か後に起きたが、住宅ローンで買った住宅はまたたく間に何分の一の価値になってしまった。私はその後の同僚や先輩たちがどのような人生を歩んだか分からないが、多くの人が中途退職していた。銀行も合併されて居心地が悪くなっていたからだ。

このような時代では若い女性たちも用心深くなって、結婚相手に一流企業の高給取りを望むようになった。公務員などは人気なようですが、どうも若い女性たちの結婚観に違和感を感じます。男を金や職業で選別しているようだ。結婚して専業主婦になるのが理想だからなのでしょうが、もはや時代はそんな時代ではない。

女性も大学を出ればバリキャリにならなければ元が取れないと思うのですが、10人のうちの6人が専業主婦になって2億円をドブに捨てていることになるそうです。人生観や職業観の問題になると思うのですが、好むと好まざるとにかかわらず、欧米などの例を見ても結婚しても夫婦共稼ぎでないとやっていけない。

少子化と非婚化は、結婚が割に合わないと考える若い人が増えたからであり、当然の帰結でもあるのだろう。確かに女性にとって育児とフルタイムの仕事の両方はこなせないと悲鳴を上げている。日本が夫婦共稼ぎの環境になっていないことの反映ですが、夫の低賃金を責め立てても何の解決もしない。専業主婦は2億円ドブに捨てているからだ。

昔は高卒で就職するのが当たり前であり、18歳から若い労働力が供給されていたが、今ではどんなバカでも4年生の大学を出て、500万円以上もの学費を親が負担するか、ローンで借りて大学を卒業する。18歳から22歳までの若い労働力が大学に吸収されて社会的な損失になっている。それが若年労働者の不足につながっている。

秀才なら大学に行っても、それだけの見返りがありますが、Fラン大学では本人にとっても時間の無駄遣いにしかならないだろう。女性の晩婚化も大卒が多くなれば当然の結果であり、4年という時間は女性にとっては、あまりにも重要すぎる時間を大学で無駄にしているのではないだろうか。大学を出たらバリキャリにならなければ意味がない。しかし大卒の証書は嫁入り道具になってしまっている。




今の学校というのは結局、こうした標準化された人間を生み出して
「雇われ労働者」を大量に生産している工場に過ぎないと私は考えます。


2017年11月22日 水曜日

天才の育成に不向きな学校教育 義務教育からの脱出

均等で平均的な労働力を作り出すという政府の学校の教育内容は、特定分野において傑出(けっしゅつ)した才能を持つ一部の天才には無意味な場所です。 

学校で求められるのはあくまでも凡人と呼ばれる多数派の大衆を育てることであって、独創性に富んだ人間など求められないのが一般的なのです。

「広く浅く」が天才を潰しているのではないか

学校では言うまでも無く、時間割などというものが存在します。学校側が子供たちに対していつどこで何を学ぶのかということを全部決めてしまっているわけです。

それなので児童生徒らの興味関心の有る分野や、能力が高い分野を個別に伸ばすような体制でないのは明白です。

要するに学校ではたとえ表面上だけでも全ての人間が一通りの知識を持っていた方がいいという考え方で、1つの分野に熱中し圧倒的な結果を出すようなことは望まれません。

数学が大好きな子供がいるとして、問題を解いているとしましょう。しかし、チャイムが鳴ればどうなるでしょうか?

・・・そう、強制的に中断されて次の授業の準備をしなければならなくなるわけです。そして、何の興味も無い授業でもとりあえず受けなければなりません。

これは結局監理する側の安心感だけなのですが、こんなことが学校では当たり前なので子供達が何か1つのことに集中して能力を開花させるなどという現象は殆ど起きないわけです。

また、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)と呼ばれる少数の子供なども得意不得意の差が激しいので学校には向かないでしょう。

歴史上の天才などもこうしたLDやADHDなどを抱えていて普通の人が簡単に出来ることが出来なかったといわれる人が多かったというのは、先天的な脳機能の異常によるものだという見方が強いのです。

そして結局みんなと同じ事が出来ない子供は学校では異端児・出来損ない扱いされるので歓迎されません。

しかし、みんなと同じ事が出来ないというのは欠点ばかりとは限りません。周囲の人間の誰もが出来ない能力を備えているという見方も出来るのです。

学校で求められているのは決められた授業などを満遍なくこなせて、どの教科でもそこそこの点数をとれるという「バランスの取れた人間」です。

しかし、1つの能力だけが異常に高くその他の分野は全く駄目という「アンバランスな人間」は本当に駄目なのでしょうか。

そんなことは無いはずです。むしろアンバランスで一点突破の特性を持った天才が歴史を塗り替えてきた事例は数多く存在するのです。

エジソンにせよ、学校の授業に適合できなかったからこそ自分の本当に興味関心が持てる分野の研究などに没頭して偉大な結果を残す事が出来たわけです。

アインシュタインも天才物理学者と呼ばれていますが、数学以外の能力は一般大衆に大きく劣っていたと言われています。それでもアインシュタインが落伍者などという人は恐らくいないでしょう。

学校で求められる授業などについて来れないから駄目な子供扱いする風潮が根強いですが、それは所詮「広く浅く」の知識を持っている人間が教師たちに好まれているというだけではないでしょうか。

深く狭く1つの分野で才覚を発揮する子供の方が私はずっと凄いと思います。

天才は自分の好きな事に集中し続けてきた

そして、ここから分かることは偉大な結果を残した人物は本当に自分が好きな事・興味の持てる分野というものに大量の時間を投入してきた人だと言う事です。

学校は嫌な授業や行事などがあっても我慢して受けろというのが一般的です。

しかし、嫌な事や不得意な事を仕方無く続けてきただけの人間が成功するというのは無理があります。

嫌な事に時間を仕方なく費やすよりも、本当に価値を感じられるもの・没頭できるものに時間を使う方が建設的で生産的なはずです。

今の学校というのは結局、こうした標準化された人間を生み出して「雇われ労働者」を大量に生産している工場に過ぎないと私は考えます。



(私のコメント)

私の小学生の頃のあだ名が「天才」というもので、得意な分野の事に異常に詳しい事から付けられたようだ。その頃は天文学に興味があって、天体望遠鏡が欲しくて、自分で天体望遠鏡をこしらえたりして月などを眺めていました。本格的な天体望遠鏡が欲しくてたまりませんでしたが、東京では星が見られなくなりました。

天文学の本なども買って読んだりしていましたが、その事から「天才」とあだ名がついたのだろう。天文学以外にも次々と興味のある分野の本を買い集めては本を読み漁っていた。だから学校の先生よりもその分野については異常に詳しくて、教科書に書かれていることが間違いであることを先生に指摘したりしていた。

学校の中間試験や期末試験などは、小学校や中学校などでは試験勉強などしたことがなく、大学受験などもした記憶がほとんどない。しかし学科によって成績の差が激しくて、記憶力重視の英語や国語の漢字の書き取りなどは苦手だった。しかし作文などの才能はあったらしくて、作文はいつも読み上げられていた。

つまり記憶力はあまりなくて創作力を要するものは強かったようだ。記憶力と創作力は相反する能力のようで、記憶力の不足を創作で補い、創作力の欠如を記憶力でカバーするような関係がある。だから美術とか技術工作などの科目は得意であり、できれば画家とか彫刻家になりたがったが、それでは食べていけないのでその方面の学校には行かなかった。

想像力型の人は、将来を予測するようなことに強く、記憶力型の人は過去の事を記憶してほじくり返すのが好きなのだろう。現在の学校制度は記憶力優先の教育が行われており、学校で行われる試験なども過去の試験問題を記憶して答えを丸暗記すればなんとかなるテスト方法が行われている。

面接試験なども、想定問答集などを記憶して答える方法で何とかなってしまう。だから最近の大学生は、就職試験でも同じ格好をして何を聞いても同じ答えを答える。すべてがマニュアル通りであり言われた事しかしないように教育されている。「義務教育からの脱出」というサイトでは、このような教育に関する問題を取り上げていますが、子供の才能をすりつぶして鋳型にはめ込んだ人間を大量生産している。

バブル崩壊まで日本の目標もはっきりしていて、アメリカ並みの先進国に追いつくことが目標だった。しかしアメリカに追いついてみると、その先の目標がない。目標がはっきりしていれば、大量生産された規格にはまった人間のほうが使いやすい。だから学校教育でもそのような教育が行われてきた。

しかし、これからどうしたらいいかわからない時代が来れば、規格にはまった人間では対応のしようがなくなり、学校自体も荒れてきていじめによる自殺騒動まで起きてくる。現代社会に対応しない教育が行われていて、子供たちもそれによって不満がこもってしまって荒れるのだ。

これからの時代は天才的な能力を持った人間を必要としており、天才型の人間は学校という鋳型にはまらなくなり、学校を飛び出してしまう。アメリカのIT企業のベンチャーの社長も皆そのようなタイプだ。しかし日本には大学を中退してITベンチャーを起こすような人間は出てこない。




自分の体を作るのは食事です。食事は精神にも影響を与えます。食事が乱れれば精神が
乱れる。精神が乱れれば社会も乱れる。月に一度も米を食べていない人が20代男性の2割


2017年11月21日 火曜日

若者の2割は米を食べない。若者の食事が酷い事に。。 2016年3月28日 YUSUKE HOLY!!

とてもショックなニュースを耳にしてしまいました。若者の2割は月に一度もお米を食べないそうです。先祖代々日本人はお米が主食だと思っていました 笑。

月に1度もお米を食べないとなると若者は一体何を食べて生活しているのでしょう??

お菓子??パン??うどん???

若者の驚きの食事感覚を紹介しましょう!!ベジタリアンの私には理解不能な感覚でした・・・

20代男性の2割は月に1度もお米を食べない!?

20代の男性と言ったら一番食べる時期では無いでしょうか?そんな時期に2割の男性はお米を月に1度も食べないそうです。驚きですね。

月に一度も米を食べていない人が20代男性の2割に上ることが、農水省の食生活実態調査で分かった。
男女を通じて若い世代ほど米を食べていない

食生活の多様化が背景にあり、米の消費減少を裏付ける調査結果になった。

和食文化が日常生活で実践されているかを調べるため、農水省が委託して昨年10月、
全国の20〜69歳の男女を対象にインターネットで調査した。有効回答数は約1万人。

最近1カ月間の食生活を聞いたところ、「米を食べる」と回答した人は全体の93%。
残りの7%は月に一度も米を食べていないということになる。
女性(5%)より男性(9%)の方が食べない人が多く、どの世代でもその傾向が見られた。
特に若い男性の米離れが深刻で、20代(18%)、30代(11%)が多かった。女性も若い人ほどその傾向が強い。
ただ、男女とも3割が「今後増やしていきたい」との意向を示している。

和食の基礎となるだしを自分で取る人は28%にとどまり、顆粒(かりゅう)や
液体のだしを使う人より18ポイント低い。料理の習慣も、男性の中で全く料理をしない人は3割に上る。
和食文化が生活の中で薄れつつあることが浮き彫りになった。

食材を買う場所も多様化している。主に購入する場所はスーパーが最も多いが、
コンビニエンスストアも20〜40代の男性の約半数が回答した。ドラッグストアも20、30代女性の3割が回答した。

農水省は今月、この調査結果など日本人の食生活の実態を明らかにした報告書をまとめた。
報告書には自身の食生活を振り返り、和食文化の大切さを知ってもらうためのチェックシートも載せ、
和食文化を継承するための方法も紹介している。

確かにだしを一から取るのは大変ですし、実際若者で無くともそこまでやっている人は少ないのではないかと思います。和食は作るのに行程が多かったり繊細な調味料の加減や火の加減が難しいジャンルですが、日本人としてのソウルフードを忘れたく無いですね。

若者の食事に対する感覚が酷すぎる。。

和食離れが進んだ日本の若者は一体なにを食べているのか?洋食や中華を食べているのかと思いきや、そもそもの食事に対する考え方が違った様です。

その1:ランチはじゃがりこ

「新人社員の女の子をランチに誘ったら『持ってきちゃいました』と言うので、お弁当かな? と思ったら、彼女が取り出したのは、サラダ味のじゃがりこ。それにお湯を入れ、ふやかしてポテトサラダといって食べていました。意味が分かりません。一体どうなっているの、最近の若い子は……」(30歳/製造)

その2:お菓子と飲み物だけの食事

「先日、入社してきた20代前半の女の子は、昼の休憩も野菜ジュースのみ。とにかくお腹が空いたら野菜ジュースなんです。なぜなのか聞いてみると、『食べることに興味がないんで』だそう。世の中にはおいしいものが溢れているのに、悲しいですね」(32歳/広告)

その3:ご飯のおかずは駄菓子

「8歳年下の彼と同棲していたときのこと。『今日は俺がご飯作るよ』といって、出してくれたのがご飯のうえに、駄菓子のBIGカツが2枚乗ったもの。彼にとってはこれがご飯になるのだそうです。カツ丼だと言って食べていましたが、ドン引きでした」(31歳/飲食)

その4:朝からケーキ三昧

「先日、『今日寝坊して朝ご飯食べ損ねたんです』と言ってコンビニのケーキを食べていた後輩女子。なぜケーキなのか聞くと、『おいしいから』と返されました。そういえば、彼女っていつも甘い香りがするんですよね。あれって、ケーキの匂いだったんだ……」(32歳/メーカー)

その5:コーラが水代わり

コーラが大好きな新卒の後輩。それ自体は全く構わないのですが、自炊をするということで最近何を作ったか聞いたところ、『コーラかけご飯』『コーラ煮』などコーラを使ったものばかり。ホットケーキを焼く際にも牛乳の代わりにコーラを使うらしいです……ムリ」(33歳/IT)

もはや何と言って良いのやら。。。糖質が体に悪い!とか添加物は悪の根源だ!などと言う前の段階です。

自分の体を作るのは食事です。食事は精神にも影響を与えます。食事が乱れれば精神が乱れる。精神が乱れれば社会も乱れる。若者の食事だから私には関係無いなどと思ってはダメだと思ってしまいました。

社会が乱れればより一層住み辛い世の中になってしまいます。心からきちんとした食事を取って欲しいと思ったニュースでした。

こんな本がありましたが、日本人には日本人に適した食事法があると思います。

読んで頂き、本当にありがとうございました。



(私のコメント)

一昨年に母が亡くなってからは一人暮らしとなり、自分で食事を作らなくてはならなくなりました。当初は、今までどおりに炊飯器でご飯を炊いて食べていましたが、一人ではどうしても食べきれない。三度三度ご飯では腹にもたれてしまうので、パンや麺類を増やしていった。

今では朝はパンにサラダやトマトを乗せて食べています。昼は麺類か主になり、焼きそばとか、そばやうどんを食べています。晩はご飯とオカズで食べたり外食で牛丼や中華などを食べています。それでも毎日同じパターンでは飽きてくるので、徐々にレパートリーを増やしていますが、食事の支度は面倒だ。

食事の後の食器洗いも面倒ですが、あまり食器を使わない食事を心がけてます。食器乾燥機を買うと便利になりました。家事の中では食事の支度が一番大変ですが、3日に一度くらいのペースでスーパーに買い物に行きますが、一人暮らしなのに一回の買い物に3000円くらいかかってしまう。

料理に使う道具も、鍋が二つにフライパンがひとつと、あとは電子レンジで料理しています。コンビニ弁当はほとんど買ったことがなく、コンビニで買うのは食パンと野菜炒め用のパックぐらいだ。ご飯も炊飯器で炊くことからパックご飯を食べるよになった。レンジで2分で食べられる。

ブログで紹介されたような、とんでもない若い人の食事は本当なのだろうか。特に若い男性の2割はコメのご飯を食べないということは、料理らしい料理は外食を除けば食べていない事になる。若い女性でもお菓子とジュースで生活しているというのはまさに新人類だ。

男性の草食化も、食生活の劣化が原因なのだろう。女性もケーキとジュースが主食では体もおかしくなるだろう。私も他人のことは言えないのですが、連日焼きそばやラーメンでは栄養も偏ってくる。野菜やハムやソーセージも入れているのですが、肉料理がどうしても少なくなる。だから最近では牛丼を食べるようにしています。

一人暮らしだと、食事は自分で作るよりも外食の方が安くあがったりもする。テレビではグルメ番組が一時期流行りましたが、見ている視聴者たちは菓子パンやお菓子が主食だったりしている。若い人がデートなどする時は、高級料理店でデートしたりしても、普段がコンビニのケーキが主食では味覚も怪しいものだ。

現代では夫婦共稼ぎが当たり前の時代になると、男も料理や家事をしなければなりません。しかし料理などは学校では教えてくれないし、家庭では母親に任せっぱなしでは料理を学ぶ時がない。学校などでは家庭科でホンの少しやりましたが、男も料理教室に行ってレパートリーを増やす必要があるのだろう。

人間は、食事と性欲が二大欲望であり、美味しいものを食べることは人生を一番充実させるものになる。今のところ外食といっても牛丼チェーンや中華チェーン店では定食ばかりで、とてもグルメとは程遠い生活であり、これからは高級料理店などでの外食や、少し凝った家庭料理を目指したいものだ。




サンフランシスコ市やオンタリオ市は戦後70年以上もたってなお、日本に精神的苦痛を
強いようとしています。明らかに歪んでいるのにこれを覆せないのはなぜでしょうか?


2017年11月20日 月曜日

国家の持つすねの傷 11月19日 ヒロ

外国に住んでいる日本人が最も気にする点の一つに日本や日本人のレピュテーション(評判、評価)があろうかと思います。どれだけ頑張っても、「日本人はねぇ…」「日本人でしょ…」と言われたら腹が立ちます。なんで一括りにするのだ、と。日本に在住する限りにおいては民族問題に直接的に接することはほとんどないのですが、海外だからこそ繊細に感じる事象であります。

サンフランシスコで市議会が民間の敷地にあった慰安婦像と碑文の贈与を市が受けることを決定しました。これを受けて提携関係にある大阪市は大きく反発したことが報じられています。しかし、現地に住む日本人にはもっと衝撃的な事実であろうかと思います。不思議なことにメディアからは現地の声が全く聞こえて来ず、一種の偏向報道だと感じます。

カナダでは中国系の市民団体ALPHAがその圧倒的機動力を駆使し、オンタリオ州で12月13日を南京事変の記念日として制定する動議を通しました。その勢いをかって中国人コミュニティが大きいマニトバ州でも新民主党の代表代理であるフィリピン系女性議員が中心となり、同様の計画を企てましたが、反対多数で否決されています。

オンタリオ州で動議が可決されたといっても107名いる州議会議員のうち、その際に出席した議員はわずか15名です。それでも議員個人がかける動議は可決できるのです。これをあたかも圧倒的賛同を受けたと報じる中華系の新聞は先日のスペイン、カタルーニャの独立を問う住民投票と同じ構図なのですが、自己満足の世界だと報じたメディアもありません。

北米において日系人は戦時中、米国、カナダ政府によって強制収容所に送られるという屈辱を経験しています。これについてはのちに両国政府は謝罪しているわけですが、その謝罪とは肉体的にも精神的にも苦痛を強いたという意味であったと思います。にもかかわらず、サンフランシスコ市やオンタリオ市は戦後70年以上もたってなお、日本に精神的苦痛を強いようとしています。明らかに歪んでいるのにこれを覆せないのはなぜでしょうか?

いわゆる歴史戦とも称される当時の事実関係の洗い出しについては日本の学者らが様々な証拠を見つけ、発表しているもののほとんどが無視されるか、評価されない事態になっています。挙句の果てに「歴史修正主義者」というレッテルを張るのです。そんなことを言っては世の歴史学者の存在を否定するようなものです。しかし、直面する問題に対して歴史戦を展開するのは良い戦略ではないとも考えられています。それは「絶対的結論」がない学者論争だからであり、一般人の多くはそこまで深堀することはないからであります。

「国家の持つすねの傷」というタイトルは歴史的事象に対してどういう視点で見るか次第で絵図はすっかり変わることを意味しています。すねの傷がない国などほとんど存在しないわけでそれを誰がどう意図的に取り上げるか次第でどうにでもまつりあげることが出来るということです。

例えば日本がアメリカと戦争したきっかけはルーズベルト大統領の人種差別に基く挑発に根本的起因があるという見方は出来ます。が、学校の教科書にはそんなことは一言も書いていません。慰安婦施設を持たないソ連軍はどれほど非人道的凌辱行為を行ったかなどほとんど誰も知りません。そんなことは焦点の当て方とそれを問題視しようとする機運次第なのですが、遠い戦争時代の話など現代の人が興味を呼び起こすことすらなく、日本は常に歴史戦でディフェンス側に立たされるのであります。

では攻めなら何があるのか、といえば材料はいくらでもあります。例えば韓国は慰安婦問題をしきりに取り上げますが、韓国がベトナム戦争の際に行った大虐殺や強姦、その挙句生まれたライダイハンのことを日本側がスポットを当てたことはあまりありません。これも慰安婦問題や南京問題同様、数字が独り歩きしていて何が事実なのか不明瞭ですが、極めて残虐で、調べれば調べるほど唖然とするような話がてんこ盛りで出てきます。

中国はどうでしょうか?中国が必死で情報コントロールする文化大革命のその犠牲者はどれだけいるのでしょうか?一説には1億人とも言われています。習近平国家主席もそれによりつらい思いをした一人です。が、中国は決してその件を公にしません。書物は今でこそそこそこ出回っていますが、多くは中国人の著者によるものか学者の書籍で一般的な外国人の目で記したものはあまりないと認識しています。

中国にはほかにも今なお続く法輪功問題があります。一種の思想でありますが、中国政府がものすごい勢いで弾圧します。挙句の果てに虐殺のみならず、「臓器狩り」というオカルト的事件も組織的に行われたとされます。

欧米ではそれらの事実はほとんど学者レベルにとどまり、一般が知る機会はありません。慰安婦問題でも同様です。ただ、ごく一部の運動家が声を大にして活動するので無抵抗にそれが拡充してしまうというのが今起きている事実ではないでしょうか?

文化大革命などそれこそユネスコの世界記憶遺産にすべき事実だと思います。まずは日本だけが辱められるようなことではなく、どの国もいくらでもボイスアウトされたらいやな歴史的事実は存在する点をまず認識すべきと思います。そしてそれを第三国で今することに意味があるのかという疑問もあります。その良識が北米にはあったと思っていたのですが、最近は本当に残念な結果が続く中で何が良策なのかしっかり考える時期になったと思っております。


(私のコメント)

中国や韓国は、日本に対して「歴史戦」を仕掛けてきていますが、以前なら日本の左翼マスコミを使って仕掛けていたのですが、ネット化社会になって情報がマスコミ以外から反撃できるようになって、国内では中国や韓国が仕掛けてくる攻撃がほとんど効果が上がらなくなってきました。

中国が仕掛けるいわゆる「南京大虐殺」も、ネットで情報が公開されるとプロパガンダに過ぎないことがバレてきたし、韓国が仕掛けるいわゆる「従軍慰安婦問題」もプロパガンダであることがバレて、朝日新聞も誤報を認めるようになった。対日本向けでは効果がなくなってきたので、中国や韓国はアメリカで日本非難を始めている。

日中や日韓の二国間の問題を、アメリカという第三国で反日プロパガンダを繰り広げるのは、日米間の分断工作という見方もできます。このようなことはアメリカ下院議会でも従軍慰安婦非難決議が行われましたが、日系人のマイクホンダ議員が中心になって行われた。日韓の問題をアメリカ議会が非難するというのは理解に苦しみますが、中韓はアメリカを使って歴史戦を仕掛けてきている。

アメリカの日本に対する影響力の大きさを利用しようというのでしょうが、日米関係を歴史戦で分断させようという効果を狙っているのでしょう。それを江沢民やパククネといった中韓の国家指導者が先頭に立って欧米で行っている。さすがにこのような行為は長い歴史のあるヨーロッパでは顰蹙を買っていますが、歴史のないアメリカやカナダでは認識に欠けるようだ。

歴史のあるヨーロッパで歴史戦を仕掛けたら、泥仕合になってしまいますが、アメリカは自らを世界の警察官として、正義の味方として第三国の事にまで関与してきた。しかしアメリカだってアメリカインディアン大虐殺や、黒人奴隷問題など非難する事には事欠きませんが、お互いに未来志向で行こうというのが国家間の良識としてあった。

しかし中国や韓国にはこのような国家間の良識が通じない。とにかくも歴史問題を持ち出しては日本の総理大臣に謝罪を求めてくる。90年代まではそれが効果をもたらして、反論をした長官や大臣の首が飛んだ。最近でも田母神航空幕僚長が歴史発言をしただけで首が飛びましたが、このように効果があるから中国や韓国は歴史戦を仕掛けてくるのだ。

しかしこのような歴史戦の大元はアメリカにあり、南京大虐殺を持ち出したのはアメリカであり、東京裁判でそれが正式に持ち出された。しかし大虐殺でも何人が殺されたのかも未だにはっきりしない事件であり、それで松井大将が処刑されていますが、事実としては戦闘中の俘虜を3万人くらい殺したという事だろう。中国軍の司令官が逃げてしまって停戦が出来なかったからだ。

従軍慰安婦問題も、事実はともかくとして日本の政治家が勝手に謝罪して金を支払う構図が出来てしまっている。安倍総理も日韓合意で10億円支払っているが、そのような既成事実が積み上がって、事実でないことが事実として政治決着がつけられて繰り返されている。このような裏には韓国からの裏金が日本政界にばら撒かれた事実があるのだろう。

アメリカやカナダやオーストラリアなどで、中国系や韓国系の市民団体が地方議会に働きかけてこのような事をしているのですが、国連などでも同じような活動で日本が非難されている。それに対する外務省などの対応が見えてこないのですが、それが歴史戦をこじらせる原因となってしまっている。

私としては、中国や韓国にやらせるだけやらせて、引っ込みがつかなくなった時点で、非難決議をした議会や慰安婦像などを立てた地方自治体などに、事実でない事を証明していけばいい。このようなことは政治家がすることではなく、民間レベルでしていかないと外交問題になってしまう。日本の政治家が中国や韓国に行くと金や女で簡単に諜略されてしまう。

サンフランシスコ市で慰安婦像が市に寄贈されましたが、これに対して大阪市長が姉妹都市の提携の解消に動いていますが、これでは中韓の思惑通りになってしまう。あくまでも事実に反することを市民団体や活動家を動員して議員に訴えかけることだ。アメリカには中国や韓国に反感を持っている市民団体がある。

例えば「テキサス親父」として有名な方がいますが、そのようなアメリカ市民の活動を応援して連帯を組んだほうがいいだろう。さらには中国や韓国への歴史戦でも反撃に転ずるべきであり、中国や韓国には触れられたくない歴史問題が山のようにある。それを民間レベルで活動していくべきであり、補導連盟事件や済州島大虐殺やベトナムのライダンハンなどいくらでも反撃材料はある。

中国もチベット大虐殺や天安門大虐殺や文化大革命大虐殺など攻撃材料はいくらでもある。しかし韓国国民や中国国民はそのような大虐殺事件をほとんど知らない。そのようなことをネットを通じて世界に広報して、中国人や韓国人の凶暴な国民性を世界に知らせていくのだ。世界中に建てられた慰安婦像はいずれは韓国人が嘘つき国民であることの象徴になることで、恥さらしな記念碑になるだろう。




将来、長時間飛行が可能な何千機もの中国の小型自爆ドローンが日本に襲来する
こともありうる。F-35も、いずもも、イージスアショアもイージス艦も、金の無駄使いだ。


2017年11月19日 日曜日

潜水艦の時代は終わる? 英国議会報告書が警告 大量のドローンから潜水艦は逃げられない 11月18日 部谷 直亮

 質・量ともに圧倒的な中国の軍拡と、自衛隊の予算・人員の無駄遣いによって、日本の対中軍事優位性が日々減少している。そうした中、残された数少ない対中優位性の1つが日本の潜水艦戦力である。中国は対潜水艦作戦能力が低く、一方、日本の潜水艦は静粛性が高いので、日本がこの点では有利というわけだ。

 しかし、英国のシンクタンクが議会の要請に応じて作成した報告書によれば、小型偵察ドローンが潜水艦の優位性である「ステルス性」を無力化していく可能性が出てきているという。今回はその内容を紹介しつつ、意味するところを論じたい。

何千もの無人機が潜水艦を探索

 2016年3月、英国の英米安全保障情報会議(BASIC)は、科学ジャーナリスト、デイビッド・ハンブリング氏による「対潜戦における無人兵器システムの網」と題する報告書を発表した。報告書の作成を求めたのは英国議会である。英国が潜水艦型核ミサイルシステムを維持すべきかどうかを検討する材料として用いるためだった。

 ハンブリング氏の報告書の概要は、以下の通りである。

 これまでの「対潜水艦戦」(以下、ASW)は、少数の艦艇および有人機によって実行されていた。これらの仕事は、広大な荒野で逃亡者を探す少人数の警察のようなものだった。最も可能性の高い逃走ルートや隠れ家に戦力を集中させて、幸運を祈るだけであった。

しかし、安価な無人機の登場によって、逃亡者の逃走は不可能になる。一人ひとりの探知能力は低いものの何千人もの応援が警察の側につき、隅から隅まで全域を探索するようになるからだ。

 小型偵察ドローンが米軍を中心に増加している。精密攻撃が可能な小型無人機もイスラエルなどで登場してきている。

 しかも最近の米国防総省は、大量の小型ドローンを「群れ」として使う研究を進めている。例えば、米海軍は「コヨーテ小型偵察無人機」というASW対応の小型無人機を開発した。コヨーテ小型偵察無人機は哨戒機から投下されるや飛行形態に変形し、熱センサーで水温を測定し、風速・圧力などの様々なデータを収集可能する。

 そもそも偵察機を飛ばす必要はなくなるかもしれない。米海軍が開発した小型水上無人機「フリマ―」は、今までASWの主力であったソノブイ(対潜水艦用音響捜索機器)の代替になる可能性がある。

 また、やはり米海軍が開発した「セイル・ア・プレーン」は、飛行機であると同時に偵察時は水上で帆を使って帆走し、太陽発電と波力発電で充電できる偵察機である。

 水中グライダー式の小型無人機もある(水中グライダーは推進機を持たず、浮力を調整することで水中を上下しながら移動する)。大阪大学の有馬正和教授が開発した「ALEX」は低コストの水中グライダーである。有馬教授は、1000ものALEXのような無人機の群れで構成される巨大な共同ネットワークで海洋研究調査を行うことを提唱している。

なお、現在、水中グライダー研究でもっとも重要な国は中国である。中国は世界初の水中無人グライダー「シーウィング」を瀋陽研究所で開発している。また天津大学のプロジェクトでは、リチウム電池により年単位で稼働するとされる水中グライダーを開発した。西安工科大学も、波力発電で稼働する水中グライダーの開発に成功している。

 しかも問題なのは、近年は水中センサーの発達が目覚ましく、小型無人機がソナー、磁気探知、熱センサー、光センサー、レーザー探知装置など、あらゆるセンサーを搭載できるようになったことである。しかも、米中が開発しているタイプはいずれも何時間、何日も行動可能だからである。

 現在の「コヨーテ小型偵察無人機」の稼働時間は90分だが、燃料電池技術の進捗によりこれは近い将来に5倍になるだろうし、そのほかの技術は無限に小型無人機の飛行時間を延ばすだろう。例えばいくつかの小型ドローンは既に太陽発電や波力発電機能を備えており、80時間以上の飛行に成功したタイプもある。これは昼夜連続で飛行できるということである。また、海鳥が何千時間も連続飛行するメカニズムを応用し、風速を利用した研究も進んでいる。

きわめて遅れている日本のドローン対策

 以上のハンブリング氏の論考は一体なにを意味しているのだろうか。

 それは、「National Interest」誌のマイケル・ペック氏が指摘するように、「高コストで壊れやすい潜水艦」と「低コストな小型無人機の群れ」という兵器システム間における争いが起こりつつあるということだ。

 この争いで、潜水艦が優位性を保つのは難しい。例えば、ヴァージニア級攻撃型原潜の価格は30億ドル(約3386億円)だが、小型無人機は5000ドル(約56万円)、30機の群れでも15万ドル(約1680万円)にすぎない。しかも、ヴァージニア級潜水艦は撃沈させられると乗員134名の被害が出るが、小型無人機は何機叩き落されても人的損失は出ない。どう見ても、中長期的に潜水艦システムが費用対効果で不利なのは間違いない。

 そして、これは我が国にとっても深刻な影響をもたらす。海上自衛隊の潜水艦が中国のドローンに追い回され、攻撃される日が来るかもしれない、ということだ。(後略)

 海自が誇るそうりゅう型潜水艦の11番艦は643億円を予定している。仮に中国が50万円程度の小型ドローンを10万機投入しても十分に元は取れる。いかにそうりゅう型の静粛性が世界最高峰であっても、何百機、何千機もの最新鋭の多種多様なセンサーを搭載した小型ドローンの下で行動の自由が担保されるとは思えない。

 ドローンが攻撃するのは潜水艦だけではない。将来、長時間飛行が可能な何千機もの中国の小型自爆ドローンが日本に襲来することもありうる。その際は、F-35も、いずもも、イージスアショアもイージス艦も、戦わずして無力化されてしまうだろう。

 何よりも、中国はドローンの世界シェア1位のDJIを擁するドローン大国である。今年6月には119機ものドローンを同時に運用することに成功し、世界記録を作っている。

 一方、小型ドローンやセンサー、3Dプリンタ技術などに関する研究はきわめて遅れている(先日、筆者とプレジデント誌の問い合わせに対し、防衛省は「小型ドローンを撃墜可能な装備はない」と正式に認めた)。日本に残された対中軍事優位性を確保するためにも、そうした関連技術の研究推進はもちろんのこと、小型ドローンの群れを安価に破壊するイノベーションを起こさなければならない。「近い将来」が「今現在」になる、その前に。



(私のコメント)

「株式日記」では、将来の戦争は無人化されたロボット兵器によって行われるだろうと書いてきました。そのほうがはるかに安い防衛予算で実現できるからだ。自衛隊員も数万人も必要がなく、ロボット兵器を操作するごく少数の自衛隊員しか必要ではなくなる。

今は超高額なロボット兵器も、技術進歩でコストダウンが可能であり、AIの進歩で防衛手段をロボット兵器が学習してくれる。アメリカは突然に無人戦闘機のX-47の開発を中止しましたが、それはすでに完成されたから開発を中止したのだろう。無人戦闘機なら高額なパイロット養成費用もいらなくなる。

既に無人偵察機は実用化されて実戦でも使われていますが、無人だからいくら撃墜されてもアメリカ軍は痛くも痒くもない。対地上攻撃も無人機によって行われておりアメリカ本土から操縦されている。北朝鮮への戦争も、もし行われるなら無人攻撃機によって行われるはずだ。

有人のB1爆撃機が飛び回ったり、原子力空母が3隻も日本海で軍事演習をしたりしているのは、北朝鮮の出方を見るためであり、このような政治的な駆け引きには有人の兵器による偵察の方が有効だろう。グローバルホークの実戦配備で有人のU2偵察機は廃止される予定でしたが、未だに有人のU2偵察機は飛んでいる。

平時の安全な時のパトロール業務などは、有人の護衛艦や偵察機の方が応用がきいて安上がりの時もあるが、有事で危険な業務ともなれば無人兵器の出番がやって来る。コンピューターやセンサーなどの機器は日進月歩であり、コストダウンは着実に進んでいく。

だから日本も、アメリカからF35やイージスアショアやオスプレイなどをアメリカの言い値で買っているが、平時用の兵器であり、いざ緊急事態ともなれば無人偵察機や無人戦闘機などしか役に立たないだろう。戦死者などが出れば政治的な影響が大きいからだ。

日本の防衛予算、特に新兵器の開発費は人件費に取られて乏しいものですが、無人兵器の開発はアメリカから購入するのはむだであり、国産で開発しないといざという時に確保ができなくなる可能性がある。プログラムなどがバラックボックス化されていては兵器として役に立たない。

潜水艦なども、人間が乗り込んで作戦を行うのは非常に過酷な環境であり、せいぜい1、2ヶ月くらいしか作戦活動はできませんが、無人潜水艦なら食料や居住スペースは必要ないから小型で長期間の作戦ができる。部谷市の記事では、水中グライダーという無人潜水艦がありますが、推進器は必要がなく水中を上下するだけで移動ができる。

未来戦争においては、原子力空母や原子力潜水艦などは失われた時のダメージが大きくなるばかりであり、役に立たないだろう。F35やF22といった有人超音速ステルス戦闘機も無数の無人戦闘機によって撃ち落とされるだろう。先の大戦でも超弩級戦艦が航空機によって沈められたような革命が起きている。

このような無数のドローン兵器を打ち落とすシステムはまだ出来ていませんが、レーザー兵器が開発されれば無数のドローン兵器も打ち落とすことは可能になるはずだ。まさにパソコンゲームのような世界ですが、自衛隊ではこのような状況を想定していないようだ。

最近では有人のヘリコプターなどがよく落ちますが、エンジントラブルが起きれば飛行機は墜落してパイロットをはじめとして犠牲者が出る。無人化の動きは軍事のみならず民間産業でも避けるkとができず、無人の自動車や電車や飛行機が開発されて、物流産業も無人化が進んでいる。コンビニですら無人のコンビニも出来つつある。

風俗産業ですら、会話のできるAIロボットラブドールが相手をしてくれる時代が来るだろう。画像認識は客を識別する技術であり、軍事でも敵味方を識別する手段になる。つまり民間技術も軍事技術も境目はなく、自動運転技術は無人偵察機などの運用に使える。自動車用電池の開発もそのまま無人兵器の電池に使える。

これからは潜水艦も空母も平時のパトロール用となり、戦時においては使われない兵器となる。せいぜい無人兵器のコントロール基地となり、無人戦闘機なら小さなヘリ空母でも多くの機数を運用できる。しかし日本で無人戦闘機を開発している様子はなく、アメリカから高価なF-35やグローバルホークを買っている。




慣れ親しんだ事業が成熟してくると、状況を変えようとして大型投資に走るわけです。
ある意味で乱暴な手法で勝ちを収めようとする。これが多くの失敗の共通点です。


2017年11月18日 土曜日

東芝・シャープが勝ち目のない案件に挑んだ理由 大失敗の共通項を神戸大学の三品和広教授に聞く 11月13日 小笠原啓

日本と米国では原発のビジネス手法が異なる

三品同じテレビ事業でも、ブラウン管と液晶ではビジネスのやり方が全く異なります。原発でも相手が東京電力なのか米国の電力会社なのかで、やり方は大きく変わらざるを得ない。自らが事業主体となるMRJでは、ボーイングの下請け時代とは違った責任が生じます。

 失敗した企業はこうした違いを過小評価したのでしょう。目の前に流れる川の「深さ」を確かめないまま、渡れると思い込んで足を踏み込んでしまった。過去の成功体験から自信過剰になっていたのだと思います。

足を踏み出した段階で、既に間違っている可能性がある。

三品:そうですね。間違った選択をしてしまう1つの理由は、日本企業が重視する「経験主義」にあると思います。

 日本企業に学生が就職する時には、学校で何を勉強してきたかはあまり問われません。入社してから仕事を通じて経験を重ねていけばいいと、社長以下が考えているからです。海外でMBAを取って転職してくる人よりも、生え抜きが重用される例が多いのはその象徴です。社内で積み重ねた経験に価値があると信じているからこそ、日本企業は今でも長期雇用を維持しているのです。

 経営者になるのは、その会社の本業で誰よりも経験を積んだ人。そして、自分が過去に経験して想像できる範囲内で次の戦略を考えようとします。

 自分たちが経験している領域には、当然、同業他社がいます。長い歴史の中で過当競争に陥っている事業も多い。そこで勝負するには大きな金額を張って、競合を振り切らないといけない。そんな発想に至るわけです。

 19世紀ドイツの宰相ビスマルクは「愚者は経験に学ぶ、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を残しています。歴史は他人の経験の集合体です。ビスマルクの視点では、自らの経験からしか学ぼうとしない日本企業は愚者に他なりません。

 一方で欧米企業は、他人の経験から学ぼうとします。自社が手掛けていない分野でも関係ありません。米ゼネラル・エレクトリック(GE)が金融分野に乗りだし、ずっとパソコンを作ってきた米アップルが通信機器であるiPhoneを手掛けるようなことは、当たり前に起きています。こうした挑戦は、日本企業の発想ではあり得ません。

「飛び地」に挑まないのは、根本的な間違い

新たな挑戦で、成功するかどうかは分かりません。

三品:だからこそ、最初は小さく始めるのです。

 アップルはiPhoneのために工場を作ったりしていませんよね。2008年に「iPhone3G」を投入し、それが成功したことを見極めてから、徐々に小さな会社を買収して機能を強化していく。これが本来のリスクテークのあり方なんです。

 米グーグルも米アマゾン・ドット・コムも、最初のビジネスは小さなサーバーでできる範囲にとどめていました。お客さんが付いて資金が回り出してから、本格的に投資を始めました。

 インターネットの登場で様々なビジネスが大きく変わり始めた時期に、グーグルは広告で、アマゾンは通販でそれぞれ最適な「立地」を押さえました。「揺籃期」なら市場規模はまだ小さいので、少額投資でも大きな存在感を示せます。その後、市場の成長に合わせて投資を増やしていけばよいのです。

 一方の日本企業は、経営陣が臆病で未経験の事業を判断できません。成熟産業でも新たな事業機会はどんどん立ち上がっているのに、「お手並み拝見」と眺めているだけ。経験を積んで勝手が分かる事業以外には、投資する勇気が無いのです。

 「飛び地」には行かないと宣言する経営者がいますよね。あの発想は根本的に間違っています。自らの経験のみを重視して、世の中で新たに登場するニーズや可能性に興味を持っていないというのと同義ですから。

戦略的に「立地」を押さえるのではなく、後から挽回しようとするから失敗してしまう。

三品そういうことです。慣れ親しんだ事業が成熟してくると、状況を変えようとして大型投資に走るわけです。ある意味で乱暴な手法で勝ちを収めようとする。これが多くの失敗の共通点です。

 日本企業がそういう乱暴な経営をしてしまう理由はもう1つあります。社長の任期が4〜6年と短いことです。3年の「中期経営計画」を2回転して退任するのが典型的なパターンになっています。

 この6年の期間で歴史に名を刻むには、小さな事業を育てていくのでは間に合いません。機が熟しているかどうかは関係なく、何らかの勝負に挑む必要があると考えるのでしょう。だからこそ、「高値づかみ」だと分かっていても後には引けないのです。

 後任の社長も失敗をすぐに修正できません。多くの日本企業では実績と経験に基づき、前任社長が後継者を指名するケースが今も続いているからです。

 そうした意味からも、ガバナンス改革を急がねばなりません。

 「執行」に携わるのは経験主義の中で育ってきた人でもいいんです。日本企業が強みとする実務では、経験が絶対に必要ですから。一方で「経営」する人、戦略を描く人はその延長線上では育ちません。ここをちゃんと区別する必要があります。だからこそ指名委員会の役割が大きくなると考えています。



(私のコメント)

日本の記憶力秀才型のエリートは、過去の成功パターン頑なに踏襲してしまう癖があります。しかし時間が経てば状況が変わることを認識しないで、ひたすら過去の成功パターンを繰り返そうとする。状況が刻々と変わっているのに原理原則に固執して失敗する。

日本の電機産業も曲がり角に来ていますが、シャープも東芝も大型投資に失敗して会社が破綻してしまった。液晶パネルも原子力発電も手馴れた分野であり、経験も十分だということで大型投資に踏み切ったのでしょうが、万が一の最悪の状況に対するリスク管理が甘くなってしまった。

WHは資産価値が2000億円ほどなのに6000億円で買収して高値掴みをしてしまった。液晶パネルも液晶の次の技術が出てくることも想定してなかったのでしょうか。シャープは液晶の次も液晶ということで1兆円の大投資をして失敗してしまった。液晶技術は既に成熟してしまってコスト競争に入りつつあった。

原発事業もCO2問題が大きくなってきて前途洋洋に見えましたが、アメリカでは原発事業に見切りをつけていた。日本の技術力を過信してアメリカではダメでも日本なら大丈夫という根拠なき過信があったのだろう。MRJも試験飛行が延期に次ぐ延期で日本の技術力はどこに行ってしまったのだろう。

今までならアメリカの発明した技術を取り入れて、日本が実用化して日本企業が一人勝ちをしてきましたが、韓国や中国が日本の成功パターンを真似てこられると、コスト競争で負けてしまう。日本型の経営では決断が遅くなるのは判断材料を集めすぎて時間ばかりたって、決断した時は手遅れになってしまう。

海のものとも山のものとも分からぬ分野では、サラリーマン社長では決断が下せない。とりあえず始めてみて間違っていたら修正するといった柔軟な対応ができないのだ。資料や報告書を山のように集めて、全会一致で決めれば社長は責任を取らずに済むと考えるからだろう。

東芝のWH買収も、いきなり大金を投ずるのではなく、一部出資で初めて見てダメなら手を引くといった慎重さが必要だった。WHはとんだ食わせ物の会社で不良子会社を抱え込んで、東芝の経営陣はわからなかったようだ。金だけ出してWHを管理監督ができなかった。外国企業の大型買収の失敗パターンを繰り返す。

サラリーマン社長という言葉を使うのは、数年で社長が交代していては長期的な計画が立てられず、短期で成果の上がる事ばかりするようになる。オーナー社長の時は長期的な経営ができても、数年で交代するサラリーマン社長では大規模な計画は後任社長に任せることになり、中途半端になってしまう。

三品教授は、「一方の日本企業は、経営陣が臆病で未経験の事業を判断できません。成熟産業でも新たな事業機会はどんどん立ち上がっているのに、「お手並み拝見」と眺めているだけ。経験を積んで勝手が分かる事業以外には、投資する勇気が無いのです。」と指摘していますが、日本企業は自分の殻に閉じこもってしまっている。

成熟産業では、短期間に成果の上がるような大型投資はあるものではなく、未知の分野に投資する必要がありますが、日本の社長ではそれができない。経験のある事しか判断ができないからだ。経験のあることでも原発やMRJや液晶で失敗しているのは未熟な経験だからだ。




中国の場合、そういう意味では国にはかなりの余剰があるので、そこを使って陰で支え
ていけば、だらだらだらだらバブルの崩壊しない状態が続くと私は思っていますね。


2017年11月17日 金曜日

今の中国って「ジュリアナ消滅直前」の感じかな 東京大学大学院農学生命科学研究科准教授・川島博之氏を迎えて 11月17日 山田泰司

山田:中国がそろそろ限界なのは間違いないと思います。では、どうしていくかなんですけど。

川島:日本では、バブルの象徴ともいえる、ジュリアナ東京がなくなったのが1994年だったけど、中国はまだその前ぐらいの感じじゃないかなと思います。日本でもそのころは、バブルがはじけるとは感じていなかった。日本はお尻に火がついたのは1997年です。山一証券がつぶれた。ただ、中国だったら山一証券をつぶしませんから。公的資金で救済するような形でいくから。

 だから今は1992年、1993年くらいだと思うね。ちょっとやばいかな、でも政府が何とか、やってくれるよねと。大学生も、だからまだ朝まで踊れていた。そんな感じで。中国の場合、そういう意味では国にはかなりの余剰があるので、そこを使って陰で支えていけば、日本のバブルの崩壊みたいなのは防げると。だらだらだらだらバブルの崩壊しない状態が続くと私は思っていますね。

山田金融政策と財政出動ですね。

川島今の習近平(シー・ジンピン)国家主席の最初のときからそうなんですよね。何もしなかったら山一証券や日本長期信用銀行がつぶれたような日本みたいに、大変なことになる。ところがそこでうまくやっちゃうから。いつの間にかホワイトナイトが現れたと言って収まっていくというのは、そこはつぶさない技術です。

 だけど、これは私だけじゃなくて多くの人が言っているんだけど、もう成長しない状態で変な金融政策によりずるずる延ばしていっても、病が重くなるだけだ。やめると痛いからやめないんだけど、じゃあ、永遠にできるのといったら永遠でもない。でも明日には壊れないし、明後日も大丈夫そう。そういうことだよね、今、やっているのは。(中略)

中国経済は20年はこのまま、でもその先は……

川島:非常に強い差別意識だよね。

 でも私は結論に近いけど、農民戸籍の9億人を豊かにすることはできないと思っています。繰り返すけど都市戸籍の4億人は9億人を踏み台にして豊かになった。それが中国の特殊な社会主義。この踏み台を外してみんなで一緒になったら自分たちも貧しくなっちゃう。そのことはすごくよく分かっているんだと思う。

 差別意識もあって、9億人はもう仕方のない人という見方をしている。4億人経済が動いているし、4億人の部分はかなりの部分リッチになった。山田さんがおっしゃるようにすごくグレーなマネーが動いていて、日本に爆買いに来られるようになっちゃっている人たちがいるんだけど、そのマネーは絶対下の方には行かないんですよ。

 でも、農民の人を救おうと思えば、簡単なんですよ。都市戸籍の人の多くの財産というのは都市の不動産に変わっています。中国では固定資産税と相続税がかからない。税率にもよるけど、固定資産税と相続税がかかるようにすれば、今の体系は一遍で変わるよね。そこから出てきた税金で、例えば農民の小学校を建てるなどに回せばいいんだから。全部そこに富をため込んでいるんだから。

 私は、過去30年くらい研究してきて、アジアの発展の中で農地の転用がすごく大きい発展の原動力になっていることを感じています。日本の場合でいえば、農民自身が大きな金を得たケースが多くあります。農民の人が駅前ビルのオーナーになっているとか、駐車場のオーナーになっているとかあるよね。

 そういうところで非常に分散していったんだけど、中国は農民ではなくて、国営公社が取っていっちゃった。アジアでいえば、ベトナムが中国とほぼ同じ構造で動いているんです。中国は農民たちが農地の所有権を持ってなかったというのが決定的にうまくいかないですよね。

 山田さんには悪いけど、アイデアってないでしょう。どうやって彼らを豊かにしていいか。彼らに「どうしたら先生、いいですか」と聞かれるんだけど、今は答はないと言っている。と言っても、このシステムは止められない。

山田:25〜26年前からの知り合いが、今は中国の国家税務総局にいるんです。彼が税金の問題についてはずっと言っていますね。90年代から言っていますが、何の進展もしていない。

川島中国はほとんどの税金が日本で言うところの付加価値税なんですよね。それで税金の多くの部分を所得税じゃなくて企業から取っているんですよ。多くの部分を払っているのは国営企業なのね。

 中国で大きな税金を払っているのって、水道局とか、ガスとか電気とか、そして今一番大きいのは通信機器業者。普通の庶民が電気代を払う、ガス代を払う、それから携帯を使う。そうすると自動的に税金を取られちゃっているんです、国営企業を通じて。だから中国の貧しい人たちは、税金を取られたと思ってなくても、税金は取られている。スマホを使えば税金を取られる。中国は頭いいよ。

山田:そういうことですね。

川島:そういったところは共産党が胸先三寸でやっている。だから絶対国営企業は文句を言わない。中国の財政ってすごく健全なんです。中国の政府って人民をどう飼いならしていくかみたいなのをよく知っている人たちだよね。

 私は日本人だから農民に同情を寄せるけど、彼らに明日はない。だけど限界が来ているのも事実だから、中国には明日がない、中国崩壊となっていく。都市戸籍の4億人だけでやっているこんな状態はいつまでも続かない。ではどういうシステムにするのかといったら答がない。ただ、前にも述べましたが、少なくとも20年ぐらいはこの状態が続くと思います。

山田:党大会の後に、習近平独裁体制がいよいよ強まりました、みたいな報道があふれる中、中国の抱えている問題が、改めて分かりました。本日はどうもありがとうございました。



(私のコメント)

10月29日の「株式日記」でも中国崩壊論について書きましたが、バブルの崩壊は先送りしようとすれば出来ることであり、実質的には中国はバブル崩壊しているのだが、独裁国家でもあり公的な資金でバブル崩壊を先送りにしているだけなのだ。しかし先送りにすればするほどバブルは大きく膨らんで破裂すれば国家ごと吹き飛びかねない。

日本の場合でも、91年にバブル崩壊しましたが、先送りにしてなんとか持たせてきましたが、6年経っても状況が変わらないので、銀行のご存船団方式をやめて銀行を潰す政策に切り替えた。私が「株式日記」を書き始めたのがこの頃ですが、銀行を潰せば取り返しにつかないことになると警鐘を鳴らし続けてきて、実際に失われた20年になってしまった。

アベノミクスでようやく金融緩和政策でデフレ経済に底を打たせましたが、1997年にやるべきことは黒田バズーカのような大金融緩和していれば、円も79円の円高になることもなく120円台で安定していたはずだ。しかし日米の貿易摩擦で政府日銀は円高を認めてしまった。アメリカも円高にすれば貿易赤字が解消すると思い込んでいた。

日本は円高になっても潰れることはなく、潰れたのは韓国や東南アジア諸国であり97年にアジア通貨危機が起きてしまった。中国はそれを見ているからアメリカからの人民元の切り上げは認めない。そして大金融緩和して54兆円もの公共投資を行った。これは正しい政策だったが、バブル崩壊を先送りにしただけだ。

日本では、田原総一朗がテレビでゾンビ企業は潰せと大合唱していましたが、潰すべき30社リストまで出回っていた。小泉総理は青木建設が潰れて「構造改革が進んでいる」と発言していましたが、建設会社が潰れて喜ぶような首相がどこにいるのでしょうか。そのために東日本大震災が起きても建設従業員がいなくなって復興に足かせとなっている。

このような事をずっと書き続けてきて。ようやくアベノミクスで改善の兆しが見えてきましたが、株価もバブル崩壊以来の高値をつけてきた。新卒の就職率も改善してきましたが、給料が上がらないと国民は騒いでいる。20年かけて冷え込んできたのだから温めるのも20年はかかると見たほうが自然だ。

私から見れば、中国も無理にバブルを潰せばソ連崩壊のようになって取り返しがつかないことになってしまうだろう。ではどうしたらいいのだろうか。ソフトランディングというのは言うのは容易いがなかなか難しい。リーマンショック後のアメリカは大不況の経験があるから、いちはやく金融緩和してソフトランディングさせた。

ソフトランディングさせるには株価を見ることであり、日本は政府も日銀も株価に無関心だった。日本は株価が7000円台になっても金融を引き締め続けて円高を放置してデフレを長引かせてしまった。株価を見れば日銀が金融を引き締めているか緩和させているかがよくわかる。しかし中国の株価は政府が管理しているから分からない。

日本のバブルも株価が3万円を超えた頃から引き締めスタンスを取るべきだった。そして2万円を割ったら金融を緩和して円安にしていれば、もっと短期でデフレが脱却できたはずだ。中国が為替も株価も政府が管理しているから調整の取りようがありませんが、政府のデーターすらデタラメで良く分からない。

川島教授によれば、中国のバブルは金融と財政で先送りにして、あと20年くらいはもつだろうということです。しかしそれをやっていると経済成長ができなくなり旧体制が温存されてしまう。中国は国家丸ごと護送船団方式であり、日本も97年までは護送船団方式だった。

それが護送船団方式を解除した途端に最悪の状況になってしまった。企業も個人も金を貯め込んで使わなくなり、マネーが動かなくなってしまった。銀行は貸し渋りと貸し剥がしで懲りて、企業も個人も銀行から金を借りなくなった。だから護送船団方式を解除したのは間違いであり、アメリカのようにいち早く金融緩和してカネをばら撒いてソフトランディングさせるべきだった。中国もそのようにだらだらとカネをばら撒いてソフトランディングさせるだろう。日銀官僚のような馬鹿な真似はしてはならない。




「彼女がどこまで本気で地方行政をやる気があるのか、知事は地方行政の長であって国政
とは違う。総理を狙う踏み台に、というような思いで臨むと大変なことになるかもしれない」


2017年11月16日 木曜日

永田町のベテラン議員が予言した、小池百合子の未来<「小池劇場」が日本を滅ぼす> - 有本 香 10月18日

当初から小池批判を繰り広げてきたジャーナリスト、有本香氏の著書『「小池劇場」が日本を滅ぼす』。その中で、ひとりのベテラン議員が「現在の小池百合子」を予言していた――。

ヒロイン誕生と敵役の登場

 劇場には役者が必要である。出し物のドラマを流行(はや)らせるには、魅力的な主役はもちろんだが、よき敵役の存在が重要だ。

「小池さんのあれほど幸せそうな顔を見たことない。私がヒロインよ、という顔。今まさに絶頂だろうな」

 永田町のベテラン国会議員がこう呟いた。

 平成28年8月、女性初の東京都知事に就任後、連日メディアに追いかけられていた小池に対する感想である。

「この勢いが長続きして、東京はより良くなるでしょうか」

 と私が問うと、

「彼女がどこまで本気で地方行政をやる気があるのか、によるよね。首都東京といっても、知事は地方行政の長であって国政とは違う。総理を狙う踏み台に、というような思いで臨むと大変なことになるかもしれない」

 地方議員から永田町へ出た苦労人のこの言葉は、多くの示唆を含む予言のようであったと今は思う。

 知事選での小池の闘いぶり、自作自演は見事だったと永田町の多くが認めていた。

 真夏の選挙戦とその後は、まさにヒロイン誕生の絶好のプロローグとなった。緑のハチマキ姿で「女一人の出発」と第一声を上げ、古い大組織との対決を鮮明に印象づけ、連日の街頭演説では、「何か一つ緑色のものを身に着けて来て」と呼び掛け、観客との一体感をつくりあげた。

 出馬会見での妙な3つの公約の失態を巧く隠し、「東京大改革」なるスローガンとシンボルカラーの「百合子グリーン」で東京中を席捲し大勝した。当選後は一転、涼しげだが柔らかみも感じさせるアイボリーホワイトのパンツスーツに身を包み、余裕の微笑とともに初登庁した。

 その姿を実際に見た都庁幹部は、

「正直、綺麗で華があっていいな、と思いました。初めのうち議会と多少摩擦があっても、だんだん落ち着くだろうし、都政が少し変わるのもいいかなと。まさか、こんな展開になるとは想像もしなかった……」

 とふり返る。

 ファッションの話ばかりで恐縮だが、小池劇場の重要な構成要素の一つなのでもう一つ例を挙げると、リオ五輪の閉会式での、雨中、上質の色留袖を着て五輪旗を振った姿がまた多くの人を魅きつけた。

 金銭がらみで辞めた前二代の知事らに象徴される「オヤジ政治」との決別、代わって「クリーンで見栄えのする」女性都知事が誕生したことを多くの人が喜んだ。

「この人こそ東京の『顔』にふさわしい」と。

 たしかに、小池は「顔」としては申し分ない、いや、良すぎるぐらいである。

 昨今のテレビなどは、地方の首長選挙を「〇〇の顔を決める闘い」などと表現するが、いったいいつから、私たちは、地方行政の長に「顔」を求めるようになったのか。

 1000万人近い有権者が一人を選ぶ東京都知事選挙では、他の選挙よりもいっそう候補者の知名度がものをいう。とくに90年代、青島幸男、石原慎太郎という国民的人気者が続けて知事となったこともあり、今や著名人以外の都知事候補などお呼びでない。

 過去に、東京以外でも、タレント的な人が「改革」を標榜して知事となり、旧勢力と対決する構図でメディアの寵児(ちようじ)となった例はいくつもあった。

 長野県の田中康夫元知事(以下、敬称略)、宮崎県の東国原英夫元知事、大阪府の橋下徹元知事らである。

 10年以上前のことではあるが、田中の初登庁の折、挨拶に赴いた先の県職員から名刺を折られたシーンは今も多くの人の記憶に残っている。

 長野のあの愚をなぞるように、初登庁した小池の前に格好の「敵役」が姿を現した。選挙前から、小池との確執が伝えられた都議会自民党の面々である。

 都議会自民党の責任者は、小池初登庁の1日前、新たに幹事長に就任した高木啓氏(以下、敬称略)だった。たまさか高木は、私の20年来の友人である。

 新知事初登庁の日、高木ら都議会自民党の三役はそろって不在だった。

 留守居役の議員が小池に対応したが、ツーショット写真の撮影を拒否した様子がテレビで流された。さっそく、都議会自民党には「大人げない」「イジメをやめろ」との激しい非難が殺到した。

 腹黒い古狸オヤジどもに寄ってたかってイジメられる女性知事。理不尽な敵と闘うジャンヌ・ダルク。この日、テレビに愛されるヒロイン像がはっきりと定まった。

 選挙戦の最中、自民党候補の応援に出た石原慎太郎が発した「厚化粧の大年増」なる不適切発言からの流れもあり、自民党サイドの男たちの小池への「仕打ち」は、小池劇場の序幕を一気に盛り上げることとなってしまった。

 まさに自民党側のオウンゴールである。

「なぜ、あのとき小池知事をにこやかに歓迎しなかったの?」

 しばらく後になって、高木に聞いてみた。政治家なのだから、そのぐらいの腹芸はできるでしょうに、と。

「前々から入っていたスケジュールどおり、あの日は議会の事務所に出る予定はなかった。それだけだよ」

 高木は淡々と答えたが、「それだけ」でないことはわかっていた。

 旧友だから褒めるわけではないが、高木は勉強家で政策に明るく、まじめに汗もかく政治家である。ただ、反面、融通の利かない頑固なところがあり、宣伝戦などまったく不得手、小池とは対照的なタイプだ。

 就任の時点での小池の敵役は、自民党東京都連、都議会自民党、その2つを牛耳っていると言われていた「都議会のドン」、内田茂都議会議員(以下、敬称略)であった。石原慎太郎らが敵として本格浮上するのはもう少し後である。

※この続きはぜひ『「小池劇場」が日本を滅ぼす』をお読みください。


(私のコメント)

小池氏は総裁選挙で石破氏を応援して、安倍総理から冷や飯を喰らう存在になってしまいましたが、なぜ安倍氏から石破氏に乗り換えたのだろうか。小池氏自身も総裁選挙に出たことがあるように、女性初めての日本の首相を目指していた。しかし安倍総理から役職を干されることで都知事に転身を図った。

小池氏は防衛大臣になってから独断専行が祟って2ヶ月で防衛大臣を辞めざるを得なかった。守屋事務次官はまさに防衛省のドンであり、小池氏とドン守屋との対決は都知事選挙でも東京都のドン内田との対決を思わせるものがある。小池氏の本領はこのようなドンとの対決であり、絶対的な強さを持っている。

そして、小池氏はいよいよ因縁のあるドン安倍と対決を目指した時が、マスコミに祭り上げられた頂点であり、マスコミは小池氏をドン安倍下ろしの切り札になると考えたのだろう。しかし民進党の左翼を「選別」する発言で、左翼マスコミの反発をくらって地面に叩きつけられてしまった。

小池氏は、日本新党、新進党、自由党、保守党、保守クラブ、自民党と渡り歩いてきた国会議員であり、反自民党路線を歩んできた。だからドン安倍下ろしに動いても不思議ではないが、石破氏との連携も噂された。このように小池氏は有能なのだが尻が軽すぎて、都知事になっても総理への野心を抱いていたようだ。

都知事になってもこれといった業績も上げていないのに国政復帰ではあまりにも行動が軽すぎる。都知事が総理への踏み台では都政にも身が入らないだろう。石原氏も運輸大臣にまでなったが突然国会議員を辞職したが、すぐに都知事として政界復帰した。国会議員を辞職していなければ総理大臣にもなれたはずなのに謎が多い。

小池氏も石原氏も舛添氏も大衆的な人気はあり、都知事選挙でも圧勝したが、自民党時代に不遇な立場に置かれると自民党を飛び出して都知事になることを選んだ。3氏とも自民党総裁選挙に出たが、大衆的な人気はあるが、議員仲間からの支援が得られないのは義理人情や寛容と忍耐などが足りないからだろう。

大衆的な人気の高い政治家は、大統領にはなれても首相になることは難しい。自民党のような大政党をまとめるには寛容と忍耐が必要だ。都知事は大統領と同じ直接選挙だから知名度の高い人物が選ばれますが、最近では任期途中で都知事を辞任するケースが続いている。小池氏も同じように辞任すると見られていた。

はたして小池都知事は任期を全うして業績を残すことができるのだろうか。小池氏は独裁者的であり、意に沿わない人物は「排除」してきた。それは功績のあった音喜多都議を幹事長から外して無役にした頃からおかしいなと思いましたが、やはり小池氏は寛容と忍耐が足りないのだろう。

小池氏も自民党で冷や飯に我慢していれば、稲田防衛大臣がこけた後釜になれる可能性があった。稲田氏は、安倍総理が次の総理と期待した女性議員だったのにこけてしまった。残る有望な女性議員はといえば小池氏か野田氏ぐらいしかいなかった。小池氏は有能なのだが総理や首長ともなれば多くの腹心のスタッフがいないと仕事ができない。しかし小池氏は腹心のスタッフを切り捨ててきた。

小池都知事は、結果的に東京都の公明党からも見限られて東京都の予算も通らない可能性もある。大衆の支持を失ってしまった小池都知事はどう動くのだろうか。葛飾区議会議員選挙でも小池氏は都民ファーストの応援演説にも出なかった。だから5人出て一人しか当選できなかった。都民ファーストの議員からも不満が鬱積しているようだ。たぶん都知事も冷や飯と見たら都知事も投げ出すのだはないだろうか。



ホームページへ


inserted by FC2 system