株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


世界で最古の紙幣は10世紀に四川地方で発行された交子とされるが、
日本はこれに次いで世界で二番目に古く紙幣を発行していたことになる。


2017年12月15日 金曜日

紙幣はどのようにして誕生したのか 12月14日 久保田博幸

中国の唐の時代の後期には、茶・塩・絹などの遠距離取引が盛んになるなど商業の発達に伴い銭貨の搬送を回避する手段として「飛銭」と呼ばれた送金手形制度が発生した。高額商品の売買には銭貨の「開元通宝」などでは量がかさんでしまう上、途中での盗賊などによる盗難の危険もあった。このため、長安や洛陽などの大都市と地方都市や特産品の産地などを結んで、当初は民間の富商と地方の商人との間によって「飛銭」という送金手形制度が開始された。

これはたいへん便利なものであるとともに、手数料収入に目を付けた節度使(地方の軍司令官)や三司(財政のトップ)などもこれを模倣した。飛銭を利用する際に使われた証明書(預り証)が、宋代になると交子・会子・交鈔・交引などと呼ばれ、証明書それ自体が現金の代わりとして取引の支払に用いられるようになった。特に四川地方で発行された交子は世界史上初の紙幣とされている。

紙幣はたいへん便利なものであったことで、その需要が増え、それに目をつけた政府は軍事費に当てるための財源として交子を乱発し、その価値を失ってしまった。政府に発行をまかせると紙片を乱発しかねないのは歴史が証明している。その後、新たな紙幣を発行するものの、やはり信用を落としてしまい、最終的には銅銭が復活することになった。

しかし、なぜ中国で世界最初の紙幣が誕生したのであろうか。貨幣の材料となる貴金属などの産出が限られていたこともあるが、宋や元の時代の国家権力が強かったことも要因であろう。それとともに遠隔地との交易など商業の発達がそれを促したものといえよう。忘れてならないのは、紙そのものが中国で発明されたものであり、さらに印刷術も発達していたことが、紙幣の発行を可能にしたといえる。マルコ・ポーロの「東方見聞録」には、元で通貨ではなく紙幣で買い物をする様子を見て驚く場面が登場する。

日本における現存する最古の紙幣は、1610年に伊勢の山田において、支払いを約束する預り証の形式をとって発行された山田羽書(はがき)とされる。

伊勢神宮に仕える有力商人が、高い信用力と宗教的権威を背景に、釣銭などの煩わしさを少なくするために発行された紙幣であり、額面金額も銀1匁以下の小額となっていた。形や文様が統一されたことで、不特定多数の人々に交換手段として利用が可能なように作られており「紙幣」として利用されたのである。

世界で最古の紙幣は10世紀に四川地方で発行された交子とされるが、日本はこれに次いで世界で二番目に古く紙幣を発行していたことになる。

その後、私札は伊勢国、大和国、摂津国など近畿地方を中心に、有力商人がその「信用力」を元に発行し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて約60年の間、流通した。

こうした私札に目をつけた各藩が発行したのが「藩札」と呼ばれる紙幣である。藩札の最初は1630年に始まった備後の福山版のものと言われているが現物は残っておらず、現存するものとしては1661年の福井藩の札が最古のものとなっている。

私札も藩札も江戸時代後期まで、ほとんど銀立の額面で発行されていたが、これは西日本では銀が経済の主流であったことが要因である。

紙幣については乱脈な発行によるインフレへの懸念とともに、偽札の問題が生じる。世界で最初に紙幣を発行した中国では、偽札防止のため細かな文字や文様などを組み合わせ簡単には真似のできない工夫がされていたが、日本の藩札も同様に色刷りや透かしなどが実用化されていた。1856年に浜松藩が出した銀札にはオランダ語を入れるなどの工夫も行っていたのである。



(私のコメント)

通貨とは何なのかについては、何度か書いてきましたが、経済の教科書などでは金の兌換券として説明されています。金が通貨の源だということですが、それでは金の生産量に制約されてしまう。財務省や日銀のバカ官僚は教科書に書かれたことをそのまま信じるから、通貨の増刷はインフレになると騒ぎ立てます。

しかし通貨とは、その国の経済力や労働力や信用の元に通用するものであり、経済が拡大すれば通貨も増刷しなければデフレになってしまう。コメが10俵生産していた田畑で、生産性が向上して100俵取れるようになった場合、通貨も10倍発行しないとデフレになってしまう。

逆に、大不作で100俵取れてた田畑から10俵しかコメが取れなかった場合は、コメが高騰して10倍に値上がりしてしまう。そのような時は国は通貨を回収してバランスを取らなければならない。バブルの発生も日本経済が停滞しているにもかかわらず金をばらまけば、株や土地などが値上がりしてしまって資産インフレになってしまった。

だから慌てて総量規制などで引き締めてバブルを収めましたが、長期間引き締め続けすぎてデフレにしてしまった。日本経済が停滞してしまったのは、中国などに工場が移転して国内の経済活動が空洞化したからであり、金融を引き締めた結果、円高になってしまった。アメリカはドルをじゃんじゃん発行してドル安円高にした。

株式市場や為替市場は、金融政策のメーターのようなものであり、経済活動と通貨供給がアンバランスになると株式や為替市場でメーターが大きく振れ出す。最近では円高株安と円安株高が連動していますが、為替を操作することで株式をコントロールできるようだ。だから為替市場が動かなければ株式市場も動かない。

円高というのは円の価値が上がることだからいいことなのですが、急激に上がりすぎれば輸出品の価格が上がって国際競争力が落ちる。どの国も輸出で稼ぎたいから通貨安に持っていけば通貨安競争になってしまう。そうなると世界的なインフレになってしまう。どの国も通貨安になるというのは本来はドルに対する通貨安のことだった。

ドルと金は以前はリンクしていたのですが、ニクソンショックで金との交換かなくなって、アメリカはドル紙幣を乱発するようになった。金との代わりに石油とリンクさせて石油がオイルショックで高騰するようになった。日本から見れば江戸時代はコメが通貨の指標でしたが、現代では石油が通貨の指標にもなっている。

アメリカのドルは世界の基軸通貨になっていますが、それはアメリカの経済力とともに石油ともリンクしているからだ。しかし最近では石油採掘技術が進歩してシェールオイルが取れるようになり、石油が世界でだぶつくようになった。自動車が電気で走るようになり石油の消費が減っていく。

石油が高くなるということはドルがだぶついていると言えますが、石油が安くなればドルを回収しなければバランスが取れなくなる。NY株式市場が高騰続けているのもドルのだぶつきを示すものであり、アメリカは金利を上げてドルの回収に取り掛かるようになるだろう。

今まではドルがだぶつくことで、株高や石油高や円高になってきましたが、ドルの回収が進めば逆の動きが出てくることになる。現在は新興国バブル崩壊が進んでいますが、中国は情報を公開していない。アメリカがどんどんドル紙幣を増刷できたのは、新興国でのドル需要が大きかったからであり、中国は人民元安でアメリカに輸出することで経済大国になった。

しかしこの流れをいつまでも続けることができないのは、NY株高が限界に来ているからだ。アメリカは中国に投資し続けてきたが何時かは回収しなければならない。中国経済が健全な発展なら回収は可能だが、中国は超高層ビルや高速鉄道などを作り続けて来た。しかし採算に合っているのだろうか?

中国の都市は超高層ビルラッシュでまるで何処もニューヨークのようだ。しかし超高層ビルは大都市の中心部でないと採算が取れず、ニューヨークは島だから超高層化しなければならなかった。しかし超高層ビルは維持費や管理費がべらぼうに掛かり維持することが難しい。ビル経営は最初の10年は上手く行くが、それを過ぎると維持費がかかるようになり、下手すれば使い物にならなくなる。高速鉄道も同じだ。

中国経済が実態を伴った経済発展なら問題はないが、中国に投資されたカネの回収ができなくなれば世界は大パニックになるだろう。アメリカが刷りまくったドル紙幣も返済するために新興国はドルをかき集めている。そのドルの金利が上がり始めて新興国はパニックを起こすかもしれない。


米、0・25%利上げ決定…今年3回目 12月14日 読売新聞




米国は日本国民がGHQが施した自虐史観の集団催眠から覚醒するのを恐れている。
いつまでも「日本は悪うございました」と懺悔の日々を送ってもらわなければ困る。


2017年12月14日 木曜日

ゲッペルスの手法に負けてはならない。 12月13日 日々雑感

米サンフランシスコ市が慰安婦像と碑文の寄贈を受け入れた問題で、中国系米国人らによって結成され、像設置を主導した「慰安婦正義連合」(CWJC)は12日までに声明を出し、安倍晋三首相と、同市との姉妹都市関係の解消を表明している大阪市の吉村洋文市長について、「(像などに)不信の念を表明し、撤去しようとしている」などと批判した。

 声明は「『慰安婦』記念碑に対して寄せられた反対意見への返答」と題し、CWJCのホームページに英文と日本文で掲載。姉妹都市解消について「政治的なスタンドプレー」と批判したうえで、「彼女(元慰安婦)らの声に耳を傾け、学ぶべきだ」としている。

 また、「性奴隷」の表現を使い、「人道に対する罪、戦争犯罪として認定されている」としたほか、サンフランシスコ市のリー市長が慰安婦像受け入れへの協力を惜しまなかったとして、「褒めたたえたい」と称賛した。

 英文と日本文は完全な逐語訳になっておらず、「私たちは吉村市長と安倍首相の企てを決して許しません」「2015年のいわゆる(日韓)『合意』は、一方で日本政府の責任を認めながら、犠牲者の要求は一切無視」など、英文と対応しない表現が日本文にはある>(以上「産経新聞」より引用)

 ヒトラーの宣伝相を務めたゲッペルスが「嘘は大きいほど良い。同じ嘘を百回つき続けると真実になる」と述べている。「慰安婦」などという嘘は戦後も30年も経った1970年代に吉岡某が著述した書物の中に「慰安婦」が日本軍部による強制であったと大嘘を記したのが端緒だ。

 それを反日新聞の朝日新聞が大々的に取り上げて国際版にも繰り返し掲載した。まさしくゲッペルス宣伝相の論理を実践した。反日国家の韓国は日本を貶める「道具」が見つかったとばかりに飛びついた。

 朝日新聞が中心となって日本を貶める道具として韓国や中国に提供したアイテムとしては他に「歴史教科書」や「靖国神社」などもあった。残念なことに日本の朝日以外のマスメディアも真実を報道することなく、反日報道に同調した。

 毎日や読売も「歴史教科書」や「靖国神社」を日本軍国主義の残影として当時の教科書を批判した。それ以降、自国の歴史を捏造している韓国までも日本の歴史教科書を批判しだした。

 なぜマスメディアは反日報道を行って日本の国家と国民を貶めたのだろうか。その原因は米国だ。

 日本は先の大戦で欧米諸国と同調した中国国民党政府と戦い、アジアを植民地にしていた欧米列強を相手に戦った。戦争そのものが「悪」だとする現在の常識からすれば当時の日本は悪だったのだろうが、しかし当時の世界を支配していた欧米列強の常識は「弱き者を新侵略し征服して殺して、すべてを奪い取る」というものだった。

 白人以外は劣等人間で何をしても神は許される、という理屈が欧米列強の社会では罷り通っていた。彼らは悪逆非道の限りを尽くして世界を侵略し、征服して植民地とし、原住民を奴隷として使役した。もちろん奴隷は売買しても構わない「使役動物」だから、アフリカ原住民を狩って奴隷として米国へ売った。その数1000万人だ。

 植民地支配の悪逆非道さを一々この稿では揚げないが、欧米列強の当時の実態を知りたい人はネットの中にもゴロゴロ転がっているから是非とも調べて戴きたい。

 欧米列強の頭になった米国は大戦に勝って国連軍として日本へ進駐した。そしてGHQを設置して日本国民の洗脳に取り掛かった。自分たちを正当化するには相手をそれ以下に貶めることだ。

 日本もまた侵略国家だと日本国民に信じ込ませた。決して植民地解放の戦争を東南アジアで戦ったことを教えなかった。朝鮮半島や台湾も自分たちと同じように「植民地」として原住民を使役して搾取した(はずだ)と、彼らの観念で日本を断罪した。

 しかし真実は異なる。日本は決して朝鮮半島を植民地化しなかったし、朝鮮人を日本国民として処遇した。朝鮮半島にたった四校しかなかった義務教育施設を四千校も建て、医療施設も半島全域に建てた。

 原住民に教育を施した欧米列強は一ヶ国もない。むしろ原住民から教育の機会を奪った。欧米列強の「植民地主義」からすれば日本は神のような国だった。しかし欧米列強、とりわけ世界戦略の一環として日本支配の必要に迫られた米国はGHQを通して徹底して日本国民に自虐史観を植え付けた。その手先になったのが日本のマスメディアだ。

 米国は日本国民がGHQが施した自虐史観の集団催眠から覚醒するのを恐れている。いつまでも「日本は悪うございました」と懺悔の日々を日本国民に送ってもらわなければ困る。断じて欧米列強、とりわけ米国は原住民を600万人も虐殺し土地を奪って建国し、メキシコに戦争を仕掛けて西部を奪って国土を拡張し、謀略でハワイ王朝を追放して米国のモノにしたと知られたくない。そのために「西部開拓史」を正当化するインディアン対騎兵隊の西部劇映画を製作して世界にインディアンの残虐さを宣伝し、自分たちの「西部開拓史」を正当化してきた。

 そうした国だから米国が韓国の捏造「慰安婦」増の建立を受け容れたのだ。彼らは似た者同士だ。あくまでも日本は悪逆非道を働いていたとしなければ立つ瀬のない連中だ。

 しかし真実は一つだ。日本はまさしく「聖戦」を戦った。戦後に世界の植民地が次々と独立したのは日本が大量の日本兵の流した血で欧米列強と互角以上に戦った姿を見せたからだ。有色人種でも白人に勝てると世界の植民地支配に苦しむ人たちに実際に戦って見せたからだ。

 真実の歴史を日本政府は世界に宣伝すべきだ。欧米列強の悪逆非道さを宣伝する必要はない。ただ、日本は「慰安婦」を他民族に強制したことはなく、そもそも「慰安婦」は売春婦に過ぎず、正当な報酬を得て働いた「職業婦人」であったと世界に報せるべきだ。

 売春婦が非倫理的か否かは各国民の道徳観による。一概に否定できないのは未だに先進諸国でも売春を禁じているのは日本も含めて少数派だ。多くの健康な若い男子のいる兵営の近所で売春宿・「慰安所」が営業するのは商売の需要と供給から何ら不都合なことではない。

 真実は一つだ。米国に隷属している限り、日本国民が自虐史観の集団催眠から覚醒するのは難しいかも知れないが、大嘘をつき続ける反日・国民と反日・勢力に対して真実を拡散し続けるしかない。



「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成29年(2017)12月13日(水曜日)

(読者の声2) サンフランシスコのエドウィン・リー市長が死去とのニュースにネットでは「Kの法則」(コリア・コリアンと関わると不幸になる)が発動したとか天罰だとか大盛り上がり。
リー市長は中国共産党との繋がりをFBIが調査中だったとされ、表面化する前に口封じされたのではとの見方もあるようです。
 カリフォルニアはカリフォルニダと呼ばれるほど韓国系が多い土地柄で日系企業・市民に対する嫌がらせも数知れず。日産は北米本社をテネシー州へ、トヨタはテキサス州に移転済み。人を呪わば穴二つと言いますが、「アベ死ね・日本死ね」と叫ぶ反日左翼のお仲間マイク・ホンダも落選していました。

 対馬の仏像が韓国人に盗まれたときには海神神社の祟りがあるだろうといわれ、実際に韓国船舶の事故が多発、ついにはセウォル号沈没事故、さらには韓進海運の破綻、最後は朴槿恵大統領の退陣へと一直線。
日本は昔から平将門や崇徳院など祟りの本場?ではありますが、ネットの反応をみていると日本人の宗教心というのは変わらないものなのですね。
   (PB生、千葉)


(私のコメント)

サンフランシスコのリー市長が急死されましたが、ネット上では「例の法則」の祟だと噂されています。韓国は対馬のお寺の仏像をまだ返還していませんんが、仏罰が下って韓国そのものが無くなりかねないような災難が襲っています。このような怨霊のたたりは、因果が巡ることによるものであり、決して偶然ではなりません。

韓国や中国やアメリカに共通する点は、歴史を直視できない点であり、歴史を学術的に見ればとても正視に耐えないものであり、粉飾された歴史でないと自分たちの国家としての正当性が維持できない。中国なども王朝が替わるたびに歴史が書き換えられていますが、それほど正視に耐えないひどいことが起きてきたからだ。

それは韓国やアメリカも同じであり、アメリカの歴史もひどいものであり、ナチスドイツ以上の人種差別国家であり、日系人も戦中はゲットーの中に閉じ込められてしまった。大東亜戦争は日本とアメリカとの人種解放戦争であり、植民地解放戦争でもあった。しかしアメリカはそのことは認めたくない事だ。

このような事をアメリカの学者に言えば、「歴史修正主義者」だの、極右論者だのとレッテルを貼り付けますが、それは触れられたくないことだからだ。だからDHQは日本の歴史の書き換えを行い、7700冊の書物を焚書して抹殺してしまった。これが文明国家のなすことではなく、勝者による歴史の書き換えはアメリカも例外ではない。

朝日新聞が反日的な記事を書き続けているのは、バックにはアメリカのプロパガンダ組織が付いているからであり、中国や韓国はそれに相乗りして活動している。もちろんアメリカには様々な組織が活動しているから全部ではない。冷戦時代は共産主義勢力に対抗するために歴史問題は棚上げされてきましたが、冷戦の終結によってアメリカは日本に対して歴史戦を仕掛けてきた。

もちろん彼らは正面には立たずに、朝日新聞や中国や韓国を使って攻撃してきた。ソ連に続いて倒すべき敵は日本で有り、彼らは本気で日本を叩きに来た。クリントン大統領は日本を素通りして中国に9日間も滞在して、日本を敵国と発言した初めての大統領になった。

一番わかりやすい例が、中国の人民元を1ドル2元から8元に切り下げを認めたことであり、日本円は1ドル79円にまで切り上げられた。このために日本の輸出産業は致命的な打撃を受けてしまった。異常な円高政策はオバマ政権でも復活して1ドル75円まで円高になり、シャープや東芝までもが倒産の危機に見舞われた。

中国や韓国の反日政策は、アメリカの中国系アメリカ人や韓国系アメリカ人が発信源になっているのでしょうがアメリカ人であることに変わりがない。サンフランシスコのリー市長も中国系アメリカ人であり、カリフォルニア州は反日勢力の中心地だ。

しかし本来のアメリカ人からすれば、アメリカは世界各国から移民がやってきているから、アメリカ国内での民族同士の対立を煽ることは傍迷惑なことであり、国家の分裂につながりかねない。中国人や韓国人はアメリカに帰化しても民族意識は失わず、彼らは一箇所に集団で住みコロニーを建設する。いわばアメリカ国内に中国の飛び地を作る。

慰安婦像などの活動も反日団体の活動であり、本来のアメリカ人からすれば迷惑行為であり、日米の分断につながりかねない。中国系アメリカ人のアイリス・チャンなども南京大虐殺の本を書きテレビなどで活躍していましたが、不慮の死を遂げた。サンフランシスコ市長のリー氏も不慮の死を遂げましたが、アメリカも中国系アメリカ人に対する警戒心が出てきたようだ。

オーストラリアやカナダでも中国系や韓国系の団体が慰安婦像などを立てて活動していますが、彼らもれっきとしたオーストラリア人でありカナダ人であることにかわりがない。中国のやり方は大量の移民を送り込んでその国を乗っ取るのが彼らのやり方であり、カナダやオーストラリアもその事に気がつきだした。

慰安婦像はその象徴となりつつある。中国系や韓国系アメリカ人が一つにまとまるには反日が一番であり、日系アメリカ人に対する権力闘争なのだ。しかし本来のアメリカ人はそのことを望まない。リー市長の不慮の死は、病死か殺されたか自殺だかわからないが、カリフォルニアが中国に乗っ取られるのはアメリカ人にとっては我慢ならないことだ。




日経平均が他国のように市場最高値(4万円)を目指すシナリオは、至極当然に
なってきた。2020年4万円という壮大な上昇相場の序章である可能性か濃厚である


2017年12月13日 水曜日

不思議の国からの帰還、2018年 12月11日 武者陵司

不思議の国日本

今の日本は不思議の国である。水(資本)が下流から上流に向かって流れているのに、みんながそれを当たり前と思っている。おかげで本来灌漑され肥沃なはずの平野が枯れ野となり、他方では上流のダムの中には利用されない水が満々とたまっている。下流の枯れ野の生活にくたびれ果てた人々は、ここは見込みのない宿命の不毛地だ、諦めよう、欲望を抑えよう、つつましく生きようと思い込んでいる。オピニオンリーダーたちは成長は無理だ、利益分配を求めるのではなく、負担を分配しあおう、と人々を鼓舞している。水とは資本である。日本では長らくリターンが高い部門から低い部門に向けて資本が流れ続け、人々はとうとう逆流が本来の姿であるかように錯覚するに至った。

成長は幻想と主張する指導者、例えば枝野幸男氏

今最も人気ある政治家である立憲民主党党首の枝野幸男氏は東洋経済刊行の著書「叩かれても言わなければならないこと」(2012年9月)で、成長期待という幻想を捨てよ、と主張した。曰く「責任ある政治家は有権者に耳障りなことでも主張すべきだ。企業が儲かり、それが従業員や中小企業に波及するという経済の果実が滴り落ちるというトリクルダウンは時代に合わない。この成熟した人口減社会において旧来型の経済思想から脱却し成長できないことを受け入れるべきだ。政治は今までの利益分配の政治から負担分担の政治へ変わる必要がある。成長は幻想だ。負の再分配を経過しないかぎりは成熟した豊かさには行き着けない。」

不思議の国(=資本の逆流と過剰貯蓄)からの帰還が始まった

しかしここ10数年の日本がカラカラで不毛であったのは(成長できず生活水準が向上していないのは)、水(資本)がないからではない。水(資本)はたっぷりあるのにそれが逆流し上流のダムに蓄えられているからである。1990年から2000年代の一時期、冷戦終了、日米貿易摩擦と超円高の環境の下で、それまでの日本企業の価値創造モデルが破たんし、企業が価値を作れなくなった、つまり水がなくなった。しかしここ十年あまり日本企業は画期的な新ビジネスモデルを構築し、企業収益は大きく改善しているのである(次回レポートで詳述)。

低成長は価値(=購買力)が創造できなかったからではなく、創造された購買力が先送りされていたからである。貯蓄とは購買力の先送りであるから、過剰な貯蓄が低成長の原因であり、宿命的に不毛であった訳ではない。

当社は不思議の国からの帰還が始まったと主張している。国民金融資産の7割が利息ゼロの現預金として退蔵され、配当2%、益回り7%の株式から資金流出が続く、という不思議の国からの帰還が始まりつつある。ようやくアベノミクスの成果により、ダムに貯水された膨大な水が堰を切ったように流れ出し下流を潤す正常化が始まりつつある。米国並みの株式・投信7割、現預金2割という正常な国に戻る大資本移動が引き起こされ、株式需給は激変するだろう。

負のバブルの是正運動、現預金から株式へ

1990年の日本株価はミスプライシング、本質的価値からかけ離れて高かった。それは当時の株式益回り2%以下(PER50倍以上)、配当利回り0.5%、長期国債利回りと預金金利8%、を比較すれば一目瞭然である。同様に現在の日本株式も極端なミスプライシング、本質的価値からかけ離れて安いことは、株式益回り7%(PER14倍)、配当利回り2%、預金金利と長期国債利回り0%とを比較すれば明らかである。この明白な誤り(いわばアップサイドのバブル、ダウンサイドのバブル)はいずれ必ず是正される。1990年以降の日本株式の暴落はまさしくミスプライシングの是正運動であったが、今も同様に壮大なマイナスバブルの是正運動が起き始めているといえる。2000年のITバブル、2007の住宅バブルなど、米国をはじめ全世界でバブルが形成され、崩壊した。しかし大半の国でバブル崩壊後数年で資産価格は底入れし、今ではバブル崩壊前の史上最高値を更新している。20数年にわたって住宅・不動産と株価が下落を続けた、マイナスバブル形成は、日本固有の現象である。つまり不思議の国に陥ったのは、日本だけなのである。

株高を正当化する諸条件

この正常化を正当化する条件が、熟柿のように整っている。日本企業の収益力は、日本企業の世界新環境(地政学、新技術と産業革命、グローバリゼーション)に完全に適合するビジネスモデルの完成により、歴史的に高まっている。世界同時好況、史上最高値更新中の世界株高は中国のハイテク爆投資により加速されつつある。豊かになったアジア中産階級が高品質日本に向かって群れを成して訪れる。少子高齢化に対する心配とは裏腹に労働需給は超ひっ迫の様相を示し始めた。不思議の国の下でのデフレ継続、総悲観大合唱が終わろうとしている。

新産業革命による空前の高収益に支えられ、世界主要国株価は史上最高値を更新し続けている。世界株式市場時価総額は、リーマンショック前ピークの2007年10月の62兆ドルから、リーマンショックで2009年3月の26兆ドルでボトムを付けた後、今日では96兆ドルに達している。日経平均が他国のように市場最高値(4万円)を目指すシナリオは、至極当然になってきた。年末24000〜25000円、2018年末30000円、2020年4万円という壮大な上昇相場の序章である可能性か濃厚である。当社はアベノミクスのスタート直後2013年、日経平均10000円前後の時に『日本株100年に一度の波が来た』(中経出版)を上梓し、以降日経平均は4万円になると主張し続けている。いや、4万円も単なる通過点に過ぎないだろう。



(私のコメント)

お金は使って初めて価値が出るものであり、お金をいくら貯め込んでもなんの価値もないものだ。貯まった大金を運用する手段としては債券や株式が主なものとなりますが、債権は元本が確実だが利回りは低い。株式は元本が保証されないが利回りが高く値上がり利益も期待ができる。

バブル崩壊以降は、株式離れが進んで企業の内部留保は、銀行預金や債券投資に限られてきた。特に国債は安全性が高いので国債バブルと言われるほど利回りが低下してしまった。日本人は流れが出来ると我も我もと同じ行動をとることに喜びを感ずる人間であり、少しでも違う行動をすると変人奇人呼ばわりする。

このような同調圧力がきつくて、経済行動にも同調圧力が働くようになる。ばぶり絶頂期は、銀行から金を借りてまで株や土地などを買いあさりましたが、バブル崩壊で借金だけが残り、その精算に30年近くも日本経済は費やしてしまった。国民の多くが住宅ローンの返済に苦しみ、生真面目に返済してきましたが、アルゼンチンやギリシャやロシアのように借金は踏み倒すのが国際常識だ。

本来ならば日本も狂乱インフレにして借金をチャラにするべきでしたが、日銀は金融を引き締めて円高にしてデフレにしてしまった。そのために多くの企業が潰れて、多くの人が破産して無一文になった。バブルがはじけたら政府日銀は金融緩和してインフレにして借金返済を楽にするのが常識のはずだ。

金融緩和すれば、円安になり海外からの石油や資源価格が上がりインフレになるはずだった。ところが日銀は金融を引き締めて株価の暴落と円高にしてしまった。金融緩和と為替相場は関連性が有り、財務省のバカ官僚は時たま為替介入をしていましたが、このことが為替相場を知らないど素人の証明にもなる。

円高になれば金融を緩和することで円安にコントロールできることは金融の常識なのですが、財務省や日銀の官僚は円高になっても市場に任せきりにして金融の緩和を怠って円高にしてしまった。本来ならば120円から110円の範囲内でコントロールすべきだったのですが、アメリカの圧力で円高にしてしまった。

アメリカの圧力とはプラザ合意のことですが、密約であり詳しい内容がわからない。しかし結果的に見れば日本の失われた25年になったことは確かだ。アメリカは日本を弱体化させて中国をアジアのパートナーにする戦略を立てた。いわゆるG2戦略であり、アメリカの戦略家は中国と手を組むことでアメリカの経済繁栄が保てると考えた。

中国が経済繁栄すれば、洗練された民主国家になるというのはプロパガンダであり、ソ連が崩壊して民主国家になろうとしましたが、ロシアになってもプーチンの独裁が強まるばかりであり、中国やロシア国民は民度が低くて、学歴や能力は高くても民主主義にはなじまない国民性だ。

最近になってアメリカの戦略家は、ようやく中国に騙されたことに気がつき始めてきた。中国も日本のように経済発展して民主主義国家になると考えてきたようですが、独裁体制が強まるばかりでアメリカを脅かす存在になってきた。中国は密かに北朝鮮を支援してアメリカに対して核ミサイルを打ち込むかもしれない。

アメリカ人はようやくそのことに気がつき始めましたが、ワシントンに北朝鮮の核ミサイルが打ち込まれてもそれは自業自得なのだ。アメリカは慌てて日本の再強化して中国に対抗させるしか手はないだろう。それがアングロサクソン流のやり方だ。日本は米中間の駆け引きを見守るしかないのですが、アメリカの戦略家たちの馬鹿さ加減に驚く。

アメリカの金融資本家たちも、中国から他のアジアに資金を移していますが、まだ中国に投資を続けている者もいる。トランプ大統領はアメリカ国内に工場を引き揚げさせていますが、おそらく手遅れになるだろう。日本も同じ動きがありますが、黒田バズーカ政策が取れるようになったのは、アメリカ政府の日本の円安容認の動きがあったからだ。

円安に日本企業の業績が回復してきて、内部留保が400兆円にもなっている。しかし国債ばかり買われて株式投資に向かわないのが不思議ですが、株式は平均7%の益回りがあるのに債券利回りが0、3%の債権ばかり買っている。不動産でも利回り20%の物件もあるのに買われない。

武者氏の説によれば、株価は4万円になってもっと上がるということですが、これにはアメリカの国家戦略の転換がバックにある。キーワードは世代交代であり、バブル崩壊を知らない世代になれば再び経済成長は蘇るだろう。アメリカの大恐慌も脱するのに30年かかりましたが、日本も今回の大恐慌を脱するには30年はかかるだろう。

図にもあるように、金融資本は30年ごとに振り子が揺れるように、株式と債権のあいだを往復している。日本もいよいよ債券の時代から株式の時代に移ろうとしている。2050年は中国の時代ではなく、日本の時代が来ていることだろう。




自動翻訳は、人間の通訳や翻訳に比べて圧倒的に低コストですし、24時間365日
休まず働いてくれます。既に、日本人の平均的な語学力は完全に超えている


2017年12月12日 火曜日

翻訳AIの進化でこれ以上の英語学習は不要? 専門家NICT隅田氏に聞く、AI時代に必要な英語力  12月11日

まず、機械翻訳の研究の世界では、どのようなことが起こっているのか、教えてください。

隅田英一郎・NICTフェロー(以下、隅田)今、AI(人工知能)の時代ということで、自動翻訳の世界でもニューラルネットワークを使うのが主流になっています。人間の脳の働きを機械に置き換える、深層学習とも言われるものですね。例えば、日本語で「あ、い、う」と言ったら、英語で「A、B、C」になりますよといった翻訳例文をどんどん覚えてさせていくと、少しずつ賢くなっていきます
(関連記事:深層学習AIで自動翻訳にパラダイムシフト

覚えさせる例文が多ければ多いほど、正確に訳せるようになるというわけですね。

隅田:そうです。こんな単純な仕組みで、どうして翻訳が上手くいくのか不思議に思われるかもしれませんが、この仕組みで翻訳精度が飛躍的に向上しています。

 例えば、次のような日本語の文章を従来の方法で翻訳すると、いかにも機械が翻訳したような感じの、よろしくない文章になるんです。(中略)

 ただし、ニューラルによる翻訳にも欠点があって、100%の答えを出せるわけではないんです。この例文では、ニューラルによる翻訳だと「英語への」というフレーズが抜け落ちてしまっています。正確に訳すのなら、「translate into English」といったフレーズが入らないとダメですよね。

 これが時々重要な単語が抜け落ちてしまうという、ニューラルの典型な誤りです。それが今、大きな課題になっていて、世界中の研究者がこの問題を解決すべく競争しています。

覚えさせるデータを増やせばいいという問題ではないのですか。

隅田:アルゴリズムをもうちょっと整理していく必要があると思います。覚えさせる量が増えればより流暢になるのですが、たくさん覚えさせても、こういう誤りは起きてしまいます。そこは、アルゴリズムの改良が必要と思われています。

 ただし、それでも非常に良い翻訳ができるようになったことは事実です。NICTの音声翻訳システムもニューラルに移行したことで、タクシーや買い物などで使った時に意味が通じる翻訳をする率が2割くらい向上しました。非常に効果が出ています。

NICTではニューラルの研究はいつ頃から取り組んできたのですか。

隅田:2013年からずっとやっていたんですが、先ほど申し上げていなかった欠点が実はもう1つありまして、本格的に移行できていませんでした。それは、非常に大きな計算量が必要だということです。

 その計算をするには、GPU(画像処理半導体)という計算機を使うわけですが、非常に値段が高い。システムを作るのに大きなコストがかかるだけではなく、それを一般の人に使ってもらうときにも高いサービスになりかねません。そのため、タイミングを迷っていました。

 それなのになぜ、我々もニューラルに移行したかというと、昨年秋に米グーグルがニューラルを使ったサービスを出し、米マイクロソフトもその動きに即座に追随して、我々も負けてはいられないと判断したのです。

 実は、中国の検索大手バイドゥは数年前からニューラルを使った翻訳サービスを出していたんですよ。しかし、日本人の我々にはほとんどインパクトがないので、誰も気にしていませんでした。ところが、グーグルが出すと、みんなその精度の高さにショックを受けたというわけです。

「グーグル翻訳(Google Translate)」ですね。

隅田:はい。それまでグーグルの翻訳は、必ずしも精度の高いものではありませんでした。機械翻訳に典型的な誤訳も多いという印象でした。ところが、ニューラルでやると、これほど翻訳精度が向上するのかと、翻訳関係の人たちはびっくりしたわけです。そこで我々も、最新の技術に取り組んでいるということを皆様にも理解してもらうために、今年6月にニューラルを使った翻訳を出しました。

 我々が独自に技術を開発する意義は、誰もがグーグルのようなクラウドサービスを使うわけにはいかないからです。情報の秘匿性を考えると、ビジネスではグーグルの翻訳サービスを使えないという企業もあるはずです。日本の国立研究所としては、そうしたニーズにもしっかりと対応する必要があります。

日本独自に自動翻訳の技術を向上しておかないと、情報を海外企業に持っていかれるリスクもあるということですね。

隅田絶対に情報を外に出せないというケースもあります。個人情報の塊である病院のカルテのような情報とか、防衛関連の情報とかはその典型でしょう。特許やIRに関連する情報も、企業の外には出しにくい。秘密を守りながら翻訳しなければならない分野は、数多くあります。

隅田:日本では、自動翻訳の研究を何十年も前からやってきた歴史があります。2014年には、当時の新藤総務大臣が我々の自動翻訳のシステムをご覧になって、これを2020年の東京オリンピックに向けてぜひ多言語化して、海外から来る人たちに使ってもらおうということになりました。それから総務省の予算を集中的に投下してきています。

 NICTの中に先進的音声翻訳研究開発推進センター(ASTREC)を作り、日本の企業から出向で研究員に来ていただいて、40人くらいのチームを作りました。出向元の企業はパナソニックやNEC、富士通、日立製作所、東芝、ソニー、NTT、KDDIなど多岐にわたります。翻訳エンジンはNICTで作り、そのエンジンを企業にいろいろな形で使ってもらうというものです。

 技術の進歩はここに来て急速に速くなっています。自動翻訳は、人間の通訳や翻訳に比べて圧倒的に低コストですし、24時間365日休まず働いてくれます。しかも、多言語対応が容易です。既に、日本人の平均的な語学力は完全に超えているレベルに達しています。(後略)



(私のコメント)

日本人の英語ベタは証明済みですが、既に自動翻訳の飛躍的な進歩で、TOEIC800点レベルにまで達しているということです。語学は記憶力がほとんどであり単語などの記憶は非常に手間と時間のかかることでした。しかしコンピューターのAI化で翻訳の精度が非常に上がってきたということです。

「株式日記」などもいずれは外国語に翻訳して公開しようと考えていますが、近い将来にはそれが出来るだろう。AI将棋がプロの棋士を破ったように、翻訳も飛躍的な進歩で精度が高まってきている。しかし記事でも英語から日本語に訳すのは楽だが、日本語から英語に訳すのが難しいらしい。文法から違うからですが、中国語や韓国語は楽らしい。

このような流れに逆らうかのように、日本では小学校から英語を習わせようとしていますが、基本的な事だけでも英語学習は済むのではないだろうか。同時通訳などもみんなAIに任せてすればいいのであり、翻訳者や同時通訳者はみんな失業するだろう。英語を習わせるために海外留学も必要がなくなる。

しかし英語学習が全く不要になるということではなく、AIだけでは完璧は翻訳や通訳は本人や当事者でないとできない。本人の発する言葉の不完全さもあるし、AIは隠れた意味までは翻訳ができないからだ。だから当面は旅行などの会話程度の通訳しかできませんが、いずれは国際会議の同時通訳もAIで出来るようになる。

むしろ日本語とか英語などの語学そのものよりも、それぞれの国の文化とか科学技術などの専門知識がないと完全な翻訳はできないから、それらの知識でAI翻訳の間違いを訂正していく能力が必要になる。例えば映画などの字幕などの翻訳も直訳では使えないからかなりの意訳が必要になる。

日本語などでは、主語が省略された文章が多くなりますが、主語の間違いによっては意味が逆になってしまうことすらある。そのような状況判断は当事者しかわからないから最終的なチェックは必要になるだろう。いずれにしてもAI翻訳が進歩しても本人の文章力や発言能力が大切であり、本人も何を言っているのか分からないような意味不明の発言は訳しようがない。

だから英語などの外国語の学習よりも、国語の作文能力や明瞭な発言をする学習が必要であり、英語学習よりも国語の学習がより大切になるだろう。私なども漢字変換の間違いなども気がつくことがあるのですが、漢字の意味が分からなければ修正のしようがないでしょう。

日本語には漢字が使われているから外国語に翻訳することが難しいが、漢字そのものを覚えることも大変な学習ですが、パソコンの普及でワープロソフトを使えば感じが自然に変換されるので、漢字そのものを覚える必要性がパソコンやスマホがあれば必要性が少なくなった。しかし手書きで文章を書くときに立ち往生してしまう。

最近では手書きで文章を書く事がなくなり、名前しか書く機会がない。スマホの普及で手帳もいらなくなってメモもスマホで間に合うようになった。パソコンやスマホの普及によって漢字や英単語を覚える必要性が少なくなって、どのように使いこなすかが問題になる。

私なども毎日「株式日記」を書く事をすることによって文章力と考察力を上げることを心がけていますが、これが膨大なデーターベースになって、AI翻訳などによって世界中に発信できるようになる時代が来つつある。今のところ日本語を解する外国人はわずかですが、AIによって各国語に翻訳されるようになれば読者は爆発的に増えるだろう。

AI翻訳が本格的に導入されたのはグーグル翻訳からであり、翻訳の精度が高まった。しかしこれは翻訳にかけるとみんなグーグルに筒抜けになり情報も漏れてしまう。だから秘密を要する翻訳は独自のシステムが必要になり、個人情報が含まれることも翻訳にはグーグル翻訳は使えない。

現在では文章の入力にはキーボードを使っていますが、喋った言葉をテキスト入力する技術も進歩して、グーグルやアマゾンなどからはスマートスピーカーが発売されてる。スマホなども言葉で入力できるようになり、旅先でもスマホがあれば簡単な言葉は通訳機能ができるようになった。

だから国際会議なども、無理に英語で発言する必要がなくなり、イヤホンに同時通訳機能をつければ解決する。問題はどれだけの膨大なデーターを収容できるかにかかっていますが、あらゆる文章データーを無限大に覚え込ませることができるようになり、問題はその量にかかっている。問題は日本語話者の数が限られていることであり、ネット上の記事の数にかかっている。




東京でも大阪でも、スーパーマーケット付きマンションはわずかずつだが
増えている。その人気は高く、短期間に売り切れてしまう事例が大半である。


2017年12月11日 月曜日

<住み替え>シニア層が広尾ガーデンヒルズから移った先は? 12月10日 毎日新聞

 日本を代表する“名マンション”の一つに「広尾ガーデンヒルズ」(東京都渋谷区広尾)がある。10年ほど前、その広尾ガーデンヒルズを売って、別のマンションに住み替えるシニア夫婦の動きが目立った時期があった。なぜそうしたのか。そこには意外な理由があった。住宅ジャーナリストの櫻井幸雄さんが解説する。【毎日新聞経済プレミア】

 移り住んだ先のマンションとして人気が高かったのは、同じ渋谷区内にある「代官山アドレス ザ・タワー」(渋谷区代官山町)。東急東横線・代官山駅の近くにあった同潤会代官山アパートの建て替えで2000年に生まれた超高層マンションだ。

 つまり広尾ガーデンヒルズを中古として売って、中古の代官山アドレス ザ・タワーに引っ越したのだ。

 ◇バブル時には5億〜7億円

 広尾ガーデンヒルズは1983(昭和58)年を中心に分譲された大規模マンションだ。当時、まだ珍しかった複数不動産会社による共同事業で開発された。それも当時の“ビッグスリー”の三井不動産、三菱地所、住友不動産が初めて手を組んだ(もう1社第一生命保険も参加)ことでも全国的に注目された分譲マンションだ。

 当時、駆け出しの住宅誌記者だった私も、一応購入を検討した。しかし、3LDKの分譲価格が安いところでも5000万円以上したことで購入を断念した。

 ところが、その5年後くらいから起きた不動産バブルで、広尾ガーデンヒルズの中古価格は10倍まで跳ね上がり、5億〜7億円で取引される住戸が多く出た。「無理をしてでも買っておけばよかった」と思ったが、それは後の祭り。

 ◇「もったいない」と思うけど……

 それはさておき、バブル崩壊後、広尾ガーデンヒルズの中古価格は1億円前後まで下がり、落ち着いた。しかしその後も、超都心部で緑に囲まれた名マンションであることに変わりはなかった。

 私は広尾ガーデンヒルズから代官山アドレスに移り住んだシニア夫婦に話を聞いたことがある。

 −−なぜ、広尾ガーデンヒルズを売ってしまうのですか。もったいないじゃないですか?

 「私たちも、広尾ガーデンヒルズが好きなので、もったいないと思う。マンションとしては最高。でも、買い物がダメなのよ」

 −−買い物が不便ですか?

 「最寄りのスーパーマーケットまで歩いて10分。10分だけど、行きが下り坂で、帰りが上り坂なので、買い物袋が重いと大変。それに、広尾のスーパーは高級すぎて、値段が高いのも困る」

 ではなぜ、代官山アドレス ザ・タワーだったのか。その答えに、シニア層が理想とする「終(つい)の住まい」の姿が見えてくるようだった。

 −−代官山アドレス ザ・タワーは、広尾ガーデンヒルズと比べてどうですか。

 「建物は、はっきり言って広尾ガーデンヒルズのほうが上。高級感もゆとりも広尾ガーデンヒルズのほうに分がある。でも、買い物は圧倒的に代官山アドレス ザ・タワーのほうが便利」

 ◇夫人の意見が決め手?

 代官山アドレス ザ・タワーの地下にはスーパーマーケットがあり、極めて便利だ。この便利さが格別なのだという説明だった。自宅からエレベーターで下りたら、そこがスーパーマーケット。これなら、雨の日も雪の日も、夏の暑い昼下がりもサンダルで気楽に買い物ができる。

 「それに……」とシニアの夫人が耳打ちしてくれた。

 「スーパーマーケットに入っている魚屋さんに無理が利く……」。選んだ魚を三枚に下ろす、刺し身にする、さらには頼めば塩焼きにもしてくれるというのだ。

 シニアの夫婦2人暮らしだと、毎日調理を行うのはおっくうになる。外食も体力を使うので毎日は無理。その点、マンション内のスーパーマーケットでできたての塩焼きが手に入れば、あとはチンするご飯に即席みそ汁、そして作り置きの野菜の煮物などで十分となる……。

 「代官山アドレスでは、そういう暮らしができる」という話が伝わり、広尾ガーデンヒルズから代官山アドレスへの移り住みが多く発生したというわけだ。

 ◇スーパー併設のマンションは人気が高い

 当時、都心部ではスーパー併設のマンションは少なかった。品ぞろえが豊富で、しかも庶民的な価格設定のスーパーが付いているマンションとなると、さらに希少だったのだ。シニア層が自身にとって良いこと考えたのは、建物や部屋の高級感よりマンションに直結するスーパーマーケットだったのだ。

 現在、代官山アドレスのスーパーは昔と違った新しいスーパーが入っている。以前のような無理が利くかどうかはわからない。しかし、「マンションの下にスーパーがある」便利さは、今も変わっていない。お総菜は簡単に手に入り、それが便利と感じるシニアは多いはず。スーパー付きマンションは、シニアにとって夢のような住まいとなるわけだ。

 もちろん、1人暮らしでも、夫婦共働きでも、子育て世帯にとっても、スーパーが下にあれば便利なことはいうまでもない。だから現在、東京でも大阪でも、スーパーマーケット付きマンションはわずかずつだが増えている。その人気は高く、短期間に売り切れてしまう事例が大半である。


◆記事へのコメントより

記事を読んでお金持ちの贅沢な悩みは尽きないと心から感じました。
とても羨ましく思います。
不動産はどの世代で住む家に寄ります。
独身なのか、子育て世代なのか、夫婦2人なのか、、シニア、、、

不動産の価値は、、
「立地」
「利便性」
「環境」
「日当り」
「間取り」...

何を最優先するかは人次第、年寄は「利便性」一番?

駅が遠い、銀行が遠い、スーパーが遠い、コンビニが遠いなどの戸建は特に不便ですね。

家や家族はとても大切ですね。


メディアに煽られて郊外に移住した高齢者が、田舎暮らしでは衣食住と医療が不便でかえって苦労するパターンが増えそうだな。高齢になってからでは都心に賃貸物件借りて戻ろうにもどこも貸してくれない。都心の家は売らずに賃貸するとかよく考えて行動すべき。


(私のコメント)

最近は空き家問題が大きくなってきましたが、私も千葉の郊外にアパートを持っているので、地方や郊外の空洞化が目に付きます。国道沿いも貸店舗の看板が目につくようになりました。コンビニやスーパーや飲食店などが国道沿いには並んでいたのですが、車に乗る人が少なくなり、客も減ってしまったのでしょう。

昔は、夏の行楽シーズンには国道は大混雑していましたが、子供などが減ってしまって海水浴客も減ってしまった。それでもサーファーがある程度いるから、将来的には悲観はしていない。なぜ郊外の住宅が空家になってしまうかを考えると、高齢になった夫婦にとっては買い物に不便な郊外は住みにくいようだ。だから便利な都内に戻ってくる夫婦が多くなったのだろう。

しかしバブルの頃は、坪30万していた土地が今では3万円で売りに出ている。一戸建ての中古住宅が500万円で買える。環境的には申し分なくいいところですが、買い物や医療施設などが不便で都内に引っ越してしまうのだろう。このようなことは実際に住んでみなければわなりませんが、都内でも富裕層の世帯では、買い物がより便利なところのマンションがいいらしい。

考えてみれば、私なども副都心の駅から5分以内のビルの最上階で、100平米近い自宅に住んでいるので、広尾ガーデンヒルズよりも便利なところに住んでいることになる。自宅を貸しに出せば家賃は30万円以上はするのでしょうが、独り住まいではなんとももったいないことです。

買い物は、デパートや地下街などで買えるから便利だし、医者も近所の医者に通えるので便利だ。ただし繁華街であり環境的には賑やかすぎて落ち着かない。だから週末には郊外の広い庭付きの一戸建てに住みたいと思っていますが、まだまだ空家が増えて郊外の中古の一戸建ては下落していくだろう。

だからこれからの不動産投資は、都内の高級マンションを狙うべきであり、近所に買い物に便利なスーパーや医療施設のあるところがいい。近所の超高層マンションにも一階にはコンビニが入っているところがありますが、残念ながら駐車場がない。広尾ガーデンヒルズなどは地下が駐車場になっており、地上は緑豊かな庭園になっている。

都内でも、このような広域開発してマンションを建てれば億単位のマンションとして売れるだろう。近所でも超高層マンションが建てられても、駐車場や庭園などがなくて殺風景なのが残念ですが、地域的な総合開発でないとこのような整備が難しい。そして都心で緑豊かな高級マンションとなると億ションになってしまう。

バブルの一時期、モータリゼーションが本格化して、アメリカのビバリーヒルズのような郊外型の超高級住宅街が作られましたが、今では陸の孤島になってしまって空家が増えている。買い物に不便で医療施設もなく、繁華街から遠くてはなんの楽しみもない。やはり都内の高級マンションの需要が高まるだろう。

地方では車がなければ生活ができないことが、地方の衰退につながっており、車社会では人口が分散化してしまって商業施設が成り立たない。イオンなどのショッピングセンターもネット通販の普及で売上が落ちてきて閉店が相次いでいる。残るのは食品スーパーだけだろう。それでもアマゾンが食品にも手を出してきている。

地方の衰退を防ぐには、人口の密集化を図るべきであり、歩いて生活ができる生活圏を作ることだ。アメリカのような大型の乗用車に乗ってSCに一週間分の食品の買い物をするような生活には日本人はなじまない。冷凍食品ばかりで新鮮な野菜や魚や肉が食べられないからだ。アメリカ人はコカコーラとハンバーガーだけでも生活ができる。




仮に東芝の事件がアメリカで起きていたら、経営者も即刻逮捕ですね。
あのスケールの会社の粉飾だと懲役100年とか出てもおかしくない。


2017年12月10日 日曜日

ぐっちーさん「日本型組織の致命的弱点とは」 大相撲と大企業の不正問題の根っこは同じだ 12月9日 ぐっちーさん

とどまるところを知らない、大企業のデータ改ざん問題。

ついに日本経団連の会長が相談役にいる東レも登場。大手企業におけるさまざまな問題が頻発しています。神戸製鋼の問題が発覚したとき以来、私はあちこちで「これは明らかに氷山の一角」、と申し上げておりましたが、そのとおりの展開です。

アメリカでも「Practice」という公然の秘密はあるが…

これらは私が日本で勤めていた1980年代なら絶対発覚することもない問題だったはずで、実は昨日今日発生した問題ではない。長らくそこにいる社員にとっては「当然」と思われていたことが、突然ネットなどで漏れるようになってきて、世間の基準からはかけ離れている、ということが露呈したという話にすぎません。

多かれ少なかれ、歴史のある大企業は相当世間離れした「常識」をいまだに続けています。こういう問題はアメリカにもあって、英語では「Practice」と言われます。今問題になっている日本相撲協会なども、根っこはまったく同じ構図です。

元来は出るところに出れば不正として処分されるのですが、その企業の中では公然の秘密として継続的に行われているという?Practice が日本の大企業にもたくさんあるはずで、何かの拍子に出てくるたびに問題視されることになります。

東芝の粉飾問題もいわばこのPracticeで、これも明らかに氷山の一角です。もっと危ない経理操作をしている大企業はたくさんあるでしょう。大体、監査するべき立場の人たち(監査法人)はその企業にいわば雇われているわけで、どう考えても身内なわけ。その身内が厳しい審査をできると思われますか?

そりゃ、おカネをもらっているのですから、最初から無理ということは明らかで、われわれ企業買収の専門家は監査法人の出してきた数字は、われわれは信じておらず、独自にデューデリジェンス(企業価値評価)を行います。そんなものを信じたら、こっちが倒産しちゃいます。専門家が信じない数字を見せられて株を買っている投資家は最もみじめな存在、と言えると思います。

東芝のようなケースはアメリカでも起こりうるのですが、粉飾を意図的に見逃した会計士には厳罰が待っています。それこそ懲役50年なんて判例もあり、それでやっと中立が守られる。悲しいですがこれが現実です。

アメリカなら、東芝の経営者は「懲役100年」

仮に東芝の事件がアメリカで起きていたら、経営者も即刻逮捕ですね。あのスケールの会社の粉飾だと懲役100年とか出てもおかしくない。株主を裏切ったことになるわけですからその罪は重いのです。しかし日本では東芝の経営者はいまだにのうのうと暮らしていますよね。だったら、ちょっとインチキするか……というのは人情というもので、これが日本資本主義の最大の弱点なのです。

ですからワタクシは基本的に日本株には投資をせず、すべてがクリアーになりうるアメリカ株に投資をすることをお勧めするわけです。

少し角度を変えてみると、なぜこんなくだらないルーティンが日本企業では延々と続いていくのか??それは簡単で、それは終身雇用だから。あなたがおかしいと思っていても、直属の上司も部長も課長もみーんなやってきたことなので、いわば全員同罪であり、それをあなたがおかしいというと、いわゆる「ブラックシープ」にされてしまい、社内であいつは変だ、と言われ、あらゆる出世から遠ざかるのはもちろん、「変人」扱いされる運命にあるからです。

性格の悪い人になると、家族の顔を思い出してみろ、そんなこと言えないだろう……などと懐柔してくるのですから、これはもう組織ぐるみ。政治も大企業も相撲協会も、みんなルーツはまったく同じと言っていいでしょう。これを告発する社員はそれこそ、そこで踏み絵を踏まされているようなもんです。

そして転職したとしても性質の悪い職場だと、新たな転職先に「あいつは会社のカネを着服したから辞めたんだ」「会社の女にセクハラしたから辞めたんだ」などと吹き込むのはお手のもの。もともとお互い脛に傷持つ者同士なので、互いの人事部もツーカーだったりします。(後略)



(私のコメント)

サラリーマン経験のある人なら、企業の持つおかしな倫理を押し付けられた経験があるでしょう。一般社会の倫理と企業内倫理とどちらを優先するかは、当然一般社会の倫理を優先すべきなのですが、終身雇用年功序列制度では企業内倫理の方が優先されるようだ。

日本企業は閉鎖された社会であり、外部との交流はあまりない。いわば日本企業はムラ社会であり、社員たちは村八分にされることを何よりも恐れます。私なども午後5時の定時になると帰るだけでも上司からは何やかやと言われました。残業することは会社への忠誠心の証であり、時間内に仕事を終わらせるとバカを見ます。

もちろん会社の人事課などは、ノー残業デーなどを設けて残業を無くそうとしていますが、現場では私生活を犠牲にして会社のために尽くしていることをアピールするには、残業して働くことが一番なのです。私などは会社の経営方針について上司にいろいろ意見具申したのですが、上司は目先のことしかわからない。

東芝の西田元社長が亡くなりましたが、西室元社長も先日亡くなられた。日本を代表するような大企業を潰すようなことをすれば、東芝の社員はもとより関係者からの非難の圧力もあったことでしょう。WH買収の失敗は仕方のないことでも、粉飾決算は明らかに犯罪であり、東芝の企業倫理を優先させてしまった。

原発の大災害を引き起こした東電の勝俣元会長も清水元社長も、安全対策よりも企業利益を優先して大事故を引き起こしてしまった。しかし本人たちは「知らなかった」とか「想定外だった」とか言い逃れをしているが、原発に対する安全対策は東電の企業倫理では後回しにされてしまった。

東芝にしても東電にしても外部との人事的な交流はほとんどなく、会社の経営幹部は企業内から抜擢されてきた。だから一般的な社会常識が無視されて、企業利益を上げたものが評価されるようになっている。日本の大企業の不祥事が相次いで表沙汰になっていますが、会社の幹部たちは部下に責任を押し付けて知らん顔をする。

大相撲もムラ社会であり、傷害事件が起きたのに相撲協会に知らせなかったのはけしからんと言っている。貴乃花親方は相撲協会に知らせれば揉み消されるから知らせなかったのでしょうが、マスコミではそれがけしからんというコメンテーターもいる。傷害事件は刑事事件であり、今まではもみ消されてきたから大騒動になっている。

責任者は、責任を果たすことが求められているにもかかわらず、ムラ社会の倫理に従っているから無責任と言える。会社のトップが一般常識をわきまえていなければ会社ごとおかしくなるのであり、内部告発してももみ消されてしまう。粉飾決算も監査法人のチェックがあっても東芝のように無視されればそれまでだ。

グッチーさんによれば、東芝のように粉飾決算すれば懲役100年だということですが、社長の責任はそれだけ重い。しかし日本の会社のような年功序列で社長になれば
前任者の不正は告発しにくい。東芝の一番の戦犯は西田元社長ですが病気で亡くなられた。

日本の大企業の社長に欠けているのは、責任感であり一般社会常識だ。年功序列人事では、上司のウケのいい部下が引き立てられて出世していく。一般社会常識を持った人材は裏切り者扱いされて会社からはじき出されてしまう。原発災害でも安全対策をした東北電力では無事だったが、同じ太平洋岸でも東電の福島原発で大事故が起きてしまった。

このような日本企業の無責任体質は、日本の軍部も同じであり、戦争を主導した強硬派の青年将校たちは戦後になっても誰も責任を取っていない。阿南陸軍大臣のように皇居を仰ぎ見て切腹して日本国民にお詫びすべきなのだ。戦略的に見ても地政学的に見ても大陸進出は無理であり、なんの利益もないのは秀吉や天智天皇でなくともわかるはずだ。

だから安倍総理がなすべきことは、朝鮮半島や中国大陸は封じ込めることが第一であり、元寇の時や日露戦争のように手を出してきたら叩くのが原則だ。太平洋戦争では此方から手を出して失敗している。日本近海でアメリカ海軍を迎え撃つ戦略をとっていれば、アメリカも手を出せなかったはずだ。

東芝も、ウェスティングハウスというアメリカ企業に手を出して大失敗しましたが、その原因を作ったのが西田元社長であり、東芝を破滅に追い込んでしまった。三菱地所もロックフェラーセンターを買収して大やけどを負いましたが、大陸進出はろくなことがない。自分が無能だと自覚したら何もしないのが無難だ。




国土全体でこれほど激しい人口減少が起きているのは日本だけでしょう。
コンパクトシティー政策は理想ですが、実際に人を思い通り動かすのは難しい。


2017年12月9日 土曜日

空き家で街がスカスカ 東京郊外で進む「都市のスポンジ化」、対策はあるのか? 12月6日 NIKKEI STYLE

「都市のスポンジ化」という現象を聞いたことがあるでしょうか。人口が減るなかで空き家や空き地がランダムに発生し、街がスポンジのようにスカスカになってしまうことです。この問題が東京の郊外で注目され始めています。

 「1970年代ごろまでに建てられた家で空き家が増えている。マッピングすると、スポンジ化を実感する」。こう話すのは、埼玉県毛呂山町役場の酒井優さんです。「街の人口密度が下がると、多額の投資をしてきた下水道や道路などが無駄になる。小売店なども収支があわず撤退してしまう。それでまた人が減る負のスパイラルに陥る」と懸念しています。

 スポンジ化は日本特有の現象とされます。高度経済成長期に都市部に若者が大勢やってきました。彼らは結婚するとマイホームを求めて郊外に散らばりました。その家を相続した子どもが放置すると空き家や空き地になります。団塊の世代の持ち家の相続期を迎える2033年には3軒に1つが空き家になるとの予測もあります。

 奇妙なことに周辺では開発が続いています。2000年代の規制緩和により、それまで開発できなかったところに、若い人向けの住宅や、相続対策用のアパートが大量につくられているのです。東洋大学の野沢千絵教授は「少しでも人口を確保したい自治体が郊外の開発を許容している。焼き畑農業的な対応」と批判します。

 都市計画制度の限界もあります。日本では開発時点での規制はありますが、開発後にどう使うかは事実上、個人の自由です。英国では開発した後もより良い街にしていくための仕組みがあります。開発事業者と自治体、土地の所有者が協定を結び、土地の使い道を考えるのです。そうした開発費も事業者が負担します。

 野放図な街づくりのツケを背負うのは住民です。景観が悪化したり、水道などのインフラ整備費が膨らんだりします。国土交通省も対策を考え始めていますが、具体化はこれからです。首都大学東京の饗庭伸教授は「いろんな立場の人が、生活を良くしようと考えることが大切」と話します。街をどう縮小していくか。知恵の絞りどころです。

■饗庭伸・首都大学東京教授「コンパクトシティー、すぐ実現は難しい」

 「都市のスポンジ化」の現状と対策などについて、都市計画に詳しい首都大学東京の饗庭伸教授に聞きました。

――「都市のスポンジ化」はいつごろから問題視されるようになりましたか。

 「都市計画関係の専門家の間では2000年代後半から指摘されるようになりました。人口が減っていく中で、都市は外側からじわじわと縮んでいくと考えられていましたが、現実は都市の大きさは変わらないまま空き家や空き地がランダムに出現するスポンジ化が進んでいるのです。空き家問題は、ゴミ屋敷になったり、周辺の治安が悪化したり、というスポット的な生活環境上の問題で扱われることが多いですが、スポンジ化は、これから都市をどう再編していくかという問題意識から空き家や空き地を捉えています」

 ――海外でもスポンジ化の例はありますか。

 「ないと思います。国土全体でこれほど激しい人口減少が起きているのは日本だけでしょう。そもそも歴史的に見て、都市が大きくなる際に、農地が虫食いのように開発される『スプロール』現象が大きく進んだことが日本の特徴です。日本は個人の土地の所有権が強く、都市計画がうまく機能しませんでした。これが今のスポンジ化の問題へとつながっていきます。ただ、私はスプロール開発により都市が緩やかに広がることで、スラムが発生しなかったなどの利点もあったと考えています」

 ――都市の再編としては、街の中心に機能を集約する「コンパクトシティー」を掲げる自治体も増えています。

 「コンパクトシティー政策は理想ですが、実際に人を思い通り動かすのは難しい。すぐに実現するのは難しいでしょう。都市は拡大するときは30年くらいでバーンと大きくなってしまいますが、小さくなるときは50年、100年といった時間がかかります。そしてその時に、確実にスポンジが出てきてしまう。50年後に都市が小さくなるからといって、50年間何もしないというのは人々の生活を支えることにはなりません。だから、スポンジの穴をどう使うかといった議論が必要なのです」

 ――スポンジ化にはどのような対策が考えられますか。

 「空き家や空き地をどう活用していくかだと思います。みんなが使える公園にしたり道路にしたり、都市をより良くする方向に使っていかなくてはなりません。こうしたことを行政がやろうとするととてもコストがかかるので、不動産業者など民間で進めてもらうしかありません。街や暮らしを豊かにしようとする取り組みをするNPOや若者も増えています。行政はこうした人たちをつないだり、事業への参入障壁を低くしたりする工夫が必要でしょう」



(私のコメント)

最近は人口減少問題を考えていますが、人口が過密な日本では人口の減少は悪い事ではない。しかし最近のような急激な人口の減少は社会問題を引き起こす。なぜ非婚化が進んで少子化が進んでいるのかはいろいろ書いてきました。生活が豊かになれば人の生き方も違ってきます。

少子化とともに高齢化が進めば経済にもいろいろな影響が出てきます。戦後は産児制限が叫ばれるほどの人口爆発が有り、団塊の世代という人たちの高齢化が問題になります。戦後は団塊の世代が中心になって動いてきましたが、団塊の世代も高齢化して人口の急激な減少がこれから起きるでしょう。

団塊の世代が家庭も持つ70年代には、大都市の郊外への住宅建設が進んできましたが、スプロール開発であり都市計画も思うようにできなかった。住宅には電気ガス水道といったインフラが伴いますが、無制限にそれが広がってしまってインフラを維持することが問題になっている。

上下水道もガスも電気も年数が経てば配管等を交換しなければなりません。地方の過疎化も進んできて空き家問題が起きてきていますが、山林や農地なども放置されて誰が持ち主かわからない土地が激増してきています。山林や農地を相続してもお荷物になるだけであり相続されない土地が増えてきている。

東京一極集中現象が止まりませんが、東京でも今まで通勤圏だった郊外に空家が増えてきています。90年代までは住宅難であり、住宅は郊外に果てしなく広がっていきました。しかし通勤に1時間以上かかるような郊外では、子供たちも大人になって都心の方に行ってしまって老夫婦だけが残された。夫婦共稼ぎでは郊外の住宅では不便だからだ。

郊外に残された老夫婦もいずれは亡くなり、子供たちも住まないから空き屋になる。そのような空家が最近では売りに出されていますが、庭付きの一戸建て住宅が300万円で売りに出されています。私などもセカンドハウスとして中古の一戸建てを探してみましたが、これほど中古の一戸建て住宅がたくさん売りに出されていることに驚きます。

いったい日本の戦後の住宅難は一体なんだったのだろうか。先日も千葉の不動産屋さんと話をしたのですが、投資目的で買われた土地が今売りに出されていて、二束三文でも買い手がいないそうです。駅から15分程度で100坪の土地が200万円台で売りに出されています。東京へも1時間程度だから通勤圏です。

私などは、団塊の世代が定年退職した後は、郊外の一戸建てで隠居生活すると想像していましたが、都心回帰が進んできて都心のマンションに移り住んでいる。郊外は確かに環境はいいいが買い物が不便であり車がないと生活ができず、定年退職したあとも仕事をするとなると都心でないと仕事がない。

「株式日記」では、コンパクトシティーを主張してきましたが、車でなくとも歩いて生活ができるコンパクトシティーはなかなかうまくはいかないようだ。マイカー時代と言いながら都会では車を持つ人が少なくなり、郊外では車が一人一台となり生活費用の負担になる。それだけ郊外や地方では消費が減る。

だから人々は、車がなくても生活ができる大都市に集まってきてしまう。地方や郊外では娯楽施設がなくて、あるのはイオンなどのショッピングセンターぐらいで、過疎化が進んで若い人の職場がない。高速道路網や新幹線の開通はますます大都市への集中を促すことになり、地方と大都市の差がますます開いていく。

これは政策の貧困さからくるものであり、どうしたら地方の過疎化を防いで活性化できるかが求められていますが、国や地方がやっていることは全て的はずれであり、地方や郊外は空家だらけになって立ち枯れていく。人口過密国家の日本が空家だらけというのはどういうことなのだろうか。結局日本は、都市計画が杜撰であり長期計画や戦略といったことはなく、全てが行きあたりばったりであり、無駄なことにエネルギーが費やされている。




年収だけが男の価値を決めるとはいいませんが、少なくとも自分が付き合う相手としては、
「収入」をひとつの大きな指標にしたい。結果的に未婚化につながっているのです


2017年12月8日 金曜日

デートで「おごられたい」女性は実は少数派だ 男性の「プライド」が未婚化につながっている 12月7日 荒川和久

「男がおごるべき」というソロ女の主張をまとめると、以下の3点です。

まず1点目についてですが、男性からしてみれば反論したい部分もあるでしょう。化粧品はともかく、男性でも洋服くらいは買います。もちろん、男性より女性のほうが美容やオシャレにおカネがかかることは理解できますが、そもそもそうした「自分磨き」は、男性からおごられるためにやっていることではないと思うのですが……。

一方、2番目の「気概を見せろ」という部分は多くの男性は納得してしまうのではないでしょうか。まだ付き合っていない段階の初デートであればこそ、男性の本気度を可視化してほしいという彼女たちの気持ちはわかります。自ら稼いでいる彼女たちは、「おごられる」ことで男性に経済的依存をしたいというわけではありません。

最後の「カネを稼いでから来い」は、前2つとは明らかに論点が異なります。本来は「男がおごる」という行動の是非を問題にしていたはずなのに、3番目は行動評価ではなく、男性の経済力のなさを問題にしてしまっています。

「気概を見せろ」と言いつつ、実はその前に「絶対値としての経済力」という足切りラインが存在するのです。あえて言葉を選ばずに言ってしまうと「カネがない男はお断り」ということです。ここにこそ、私がこの「ソロモンの時代」でも繰り返し提示している未婚化の根本的な要因が潜んでいます。

ソロ女に多い「上方婚」志向

確かに、今回座談会に参加した女性たちは皆仕事をして自ら稼いでいます。2017年6月11日配信の「女性が直面する『稼ぐほど結婚できない』現実」でもご紹介したように、ある程度年収を稼ぎ、経済的に自立している独身女性は、結婚相手に対する条件として「自分より高い収入」という項目を重視します。いわゆる「上方婚」の価値観です。

就業構造基本調査の産業分類によると、「新聞・出版・映像制作・広告制作業」「法律事務所・会計事務所」「デザイン業・著述家」などの女性は、専門的な資格や知識を持ち、年収も高いですが、同時に生涯未婚率が高いというのが特徴です。今回の座談会メンバーは、広告やデザインなど制作業務にかかわる人が多く、まさにその層にピタリと合致するわけです。

彼女たちは、自分なりに頑張ってきたという自負があります。頑張って仕事もし、認められて今の地位と収入も確保した。それなのに、同じくらいのキャリアがありながら、自分より稼げていないという事実だけで、その男は頑張っているとは思えないし、リスペクトできない。

年収だけが男の価値を決めるとはいいませんが、少なくとも自分が付き合う相手としては、「収入」をひとつの大きな指標にしたい。なぜなら、相手の人となりをまったく知らない以上、そういう可視化された情報で判断せざるをえないから。彼女たちはそう言いたいのです。

ソロ男の中には、こうした事態に直面し「デートってめんどくさい……」と思うようになり、デートに消極的になってしまう人も少なくありません。男女の意識の乖離が、結果的に未婚化につながっているのです。(後略)



(私のコメント)

最近では、政治や経済や外交問題を書く気があまり起きなくて、個人の経済観や人生観などを書く事が多くなりましたが、社会問題の根源にもなっており、結果的に少子化問題などに直結してくる。一昨日には「女はお金で釣れる」と題して書きましたが、声は極論ではなく、今日のブログでも同じようなことが書かれた記事がありました。

女はさまざまな方法で男の稼ぎを探ろうとしますが、だから男は無理してでも金を使ってデートでもてなす。女性とのデートではドライブなどもありますが、乗っている車で相手の男の経済状態を探ろうとする。しかし最近では車を持っている男自体が少なくなって、高級車が売れない。

バブルの頃ならアッシー君やメッシー君などを使い分けている女もいましたが、今はアッシー君もメッシー君もいなくなってしまった。バブルの頃なら給料のいい仕事はいくらでもあったし、将来のことを考えれば、いい女を捕まえるには車での送迎や高級レストランでもてなさなければならなかった。

今は都内の駐車場はガラガラであり、それだけ車を持っている男が少なくなった。私も90年代半ば頃に車を持っていましたが、駐車場がなくて遠くの駐車場を借りざるを得なかった。しかしそれから間もなくしてバブルが崩壊して、乗っていたベンツを半値で手放した。私のベンツでいい女をドライブに誘いたかったのですが夢に終わった。

その後は聞くも涙語るも涙であり、生活するだけで手一杯となり、ホームレスになる恐怖感を感じながら生活してきた。女性たちもバブル崩壊で「三高」などは夢ものがたりとなり、週刊誌などもそのような事は書かなくなった。貧しい若い男性が増えるということは、女性の結婚難にもつながることだ。

戦後の日本が貧しい頃は、みんなが貧しかったから、女性たちは見合い結婚せざるを得なかったが、高度成長期を過ぎると格差が広がり、稼ぎのいい男性に女性の結婚希望者が殺到するようになった。女性にとってはどんな男性と結婚するかで社会的な地位が決まってしまって、女性にとっては切実な問題となった。

歌などでは「愛さえあればあとは何もいらない」といった理想論はあるが、愛だけでは食べていけないのが現実だ。戦後は女性も解放されて安倍内閣では「女性参画社会」を政策にしていますが、女も男と対等に働くことが求められるようになった。そうなれば男以上に稼ぐ女性も増えてきて、そのような女性はどのような男性を選ぶのだろうか。

ブログ記事では『結婚相手に対する条件として「自分より高い収入」』が条件になるようですが、相手の男性としては人柄よりもやはり経済力が判断基準になるのでしょうか。なぜ経済力がそこまで重要視されるのか、経済力のある女性なら、定収入でも若くてイケメンで人柄のいい男性がいいと思うのですが、どうしてなのだろう。

ブログ記事では、「あえて言葉を選ばずに言ってしまうと「カネがない男はお断り」ということです。ここにこそ、私がこの「ソロモンの時代」でも繰り返し提示している未婚化の根本的な要因が潜んでいます。」という指摘は深刻な問題を引き起こしている。1000万円以上の高所得の独身男性は1%以下であり600万円以上の男性でも4%に過ぎない。

確率的に無理だと分かっていても女性たちは高所得の男性の望んでいるが、妥協の産物として「恋愛結婚」という形で結婚はしても本意ではないのだろう。結婚してみても、やはり男をリスペクトできず離婚やら不倫やらセックスレスなどにつながっていくのだろう。このような女性が増えれば必然的に結婚しないという男性も増えていくことになる。

なんとも殺伐とした世の中となり、人生は本当に金次第なのだろうか。物質文明の豊かさは金でわかりますが、問題の本質は精神文化の中にある。つまり精神文化の荒廃が「男を稼ぎで差別する」ことにつながっている。そのような女には精神の荒廃した家庭ができて、金があっても心の充実とは無縁の人生を送ることになる。




午前5時前には出社し、店から届く最大3万通のアンケートにくまなく目を通す。
昼間や夜は時間が許す限り、全国の店を視察する。それを25年ほど続けました


2017年12月7日 木曜日

「CoCo壱」創業者が店を叩き壊した朝 12月7日 久保俊介

勝率99・6%の経営者人生

 498勝2敗。これがココイチ一号店を1978年に出してから、2002年に経営から退くまでの私の戦績です。ココイチの前に喫茶店を2店出し、どちらも繁盛店にしましたから、それも含めると500勝2敗。つまり、私が経営していた間に閉めた店は2つしかない。福島森合店は、その数少ないうちの1つです。2回目の経験でした。

閉店というのは、私にとって許せないこと。数は少なくても、ココイチを選んで通ってくれているお客様がいた。そのお客様がもう店に来ることができない。もっといえば、地域の皆様の期待に応えることができなかった。それが何より悔しい。

 これが私がつくった壱番屋の社是です。略して「ニコ、キビ、ハキ」。閉店はこの社是が守れなかったことにほかなりません。ある日突然、知らない名古屋の企業が福島にやって来て、「商売になりそうだから土地を貸してください」と大家さんに頼んだ。そうした協力があって店を開くことができたのに、やっぱり儲からないからやめますだなんて、大家さんにもお客様にも、あまりに無責任で罪なことです。

何年たっても状況は改善しない

 立地は決して悪くありませんでした。JR福島駅から車で10分ほどの片側一車線の県道沿いにありました。座席数は標準的な規模で、駐車場もあります。1996年にオープンした397番目の店でした。

 ところが、開店して1、2年たっても、売り上げが伸びない。私が率いていたときのココイチは通常、最初は認知度が低く、客数が少ないのですが、時がたつにつれて客数が増え、売り上げも伸びてきます。カレーの辛さやご飯の量、トッピングを選べる楽しさ、そしてきちんとした接客が口コミで評判を呼ぶのです。

 残念ながら福島森合店はそうならなかった。3、4年たっても状況は改善しない。当然、赤字でした。

 アンケートで目立って満足度が低いわけでもない。不振の原因を探ろうと、自ら店に定期的に出向き、北海道・東北エリアを統括するスーパーバイザーや店長と話し合い、考え得る限りの手を尽くしました。

 ニコ、キビ、ハキの接客の基本を徹底したり、店の内外をピカピカに掃除したりするのは当たり前。当初、厨房内は客席から見えませんでしたが、異例の再投資までしてオープンキッチンに改装し、臨場感を出しました。近くのホームセンターで私が花とプランターを買い、店の外に並べて華やぎを出したりもした。

 でも、結果が伴わない。しかも、開店から2年たった頃、私の立場に大きな変化が生じました。98年、二人三脚で経営してきた妻の直美に社長を譲り、会長に退いたのです。400店を超えていた時期で、日常業務は直美に任せ、私は一歩退いた会長という大局的な立場で経営しようと考えました。50歳になり、私の後任を準備する必要もありました。新体制の下、2000年には店頭(現ジャスダック)市場に株式公開しました。会社全体としては順調だったのです。

(中略)

 最後のお客様に「ありがとうございました」と、いつも通り笑顔で送り出し、後片付けをしたり、ほかの店で使えるテーブルや椅子などを整理したりして、みんなと別れたのは午前2時だったと思います。それから一度ホテルに戻り、午前6時半に私一人で再び店に行って、カウンターと案内板を壊したのです。

自分の気持ちに一区切りついた

 帰りのタクシーの中では、すっきりした気持ちでした。自分なりに一区切りついたのでしょう。それ以降、悔しさを引きずることはありませんでした。2002年に創業者特別顧問に退くまで、当時の私の悔しさを社内外で語ることは、あまりありませんでした。

 ただ、会議で幹部の責任感が足りないのではないかと思ったとき、あえてこの出来事とそのとき私が何を感じたかを話すことはありました。会長でしたから、叱ったり、細かく指示したりはしない。ただ、創業者としての思いをくみ取ってほしかったのです。

 壱番屋の経営から離れた翌03年、私は夢を追うスポーツ選手や芸術家たちの支援などをするNPO法人、イエロー・エンジェルを立ち上げました。07年には音楽家が腕を披露する場を提供しようと、私財を投じて名古屋市内に音楽ホールの「宗次ホール」を造り、代表も務めています。

 音楽を気軽に楽しんでもらうために入場料は安くしているので、収支は赤字です。それでも、未来ある音楽家を応援したいという思いで続けています。同じ赤字でも、事業の赤字とは全く意味が違います。

 私は壱番屋の経営に一切の未練や後悔はありません。株もハウス食品グループ本社に売ってしまいました。創業者なのに、なぜこれほど会社への執着がないのかといえば、現役時代にやり切ったからです。毎日午前4時10分に起きて午前5時前には出社し、店から届く最大3万通のアンケートにくまなく目を通す。改善が必要ならすぐ指示し、昼間や夜は時間が許す限り、全国の店を視察する。それを25年ほど続けましたから。

 この話をしていたら、また福島のあの場所に行ってみたくなりましたよ。今、何があるんでしょうかね。



(私のコメント)

一昨日の5日の「株式日記」では、サラリーマン社長がどうして会社をダメにしてしまうかを書きましたが、創業社長とサラリーマン社長はどこが違うのでしょうか。創業社長は自分で作ってきた会社だから、会社の隅々まで知っているのに対して、サラリーマン社長は現場から遠ざかってしまう。

「カレーハウス CoCo 壱番屋」の宗次社長は創業社長であり、78年に創業以来、2002年には500店を達成して、現在では国内だけでも1303店舗も拡大している。店舗が500店もなれば社長一人では現場を見きれなくなりますが、宗次社長は朝4時には起きて全国の視点を見て回る毎日だったそうです。

店舗を出すには、1にも2にも立地が第一であり、500店舗のうちで閉店したのがたったの2件というのは驚きですが、それだけの才能が宗次社長にはあったのでしょう。カレー店が当たるかどうかはやってみなければわからないこともあるのでしょうが、「カレーハウス CoCo壱番屋」の隣に飲食店を開業すれば当たる確率は高いでしょう。

いわゆるコバンザメ商法ですが、都内でも「カフェ・ベローチェ」のそばに店を出せば当たるという噂もあります。大手の飲食店ではマーケットリサーチを行うから立地がいいところであり集客が見込める。「カレーハウス CoCo壱番屋」も社長の見立てで出店してきて100%近い成功率です。

もちろん、商品であるカレーなどの商品そのものの魅力や、接客などのノウハウがなければクチコミは広まらない。2015年11月4日にも「カレーハウス CoCo壱番屋」の事は書いたことがありますが、店舗経営で一番難しいのが従業員教育であり、それが出来なければ500店もの店舗拡大はできない。

私自身、ビルのオーナーとして店舗の入れ替わりを見てきたが、経営者がやる気がなくて店舗をマメに見てまわらないと、従業員はサボりだして仕事をしなくなる。だから経営者と話をする機会に、もっと店に顔を出して従業員の接客態度を良くしないと常連客が増えないのではないかと話したことがありましたが、従業員の教育指導が難しい。

私自身は個人経営であり、ビルも1棟しかなく清掃からメンテナンスまで一人でやっていますが、ビルを何十棟も経営しているようなオーナーだと従業員を雇わないと手が回らなくなる。私も宗次社長のように手広く事業を広げたかったのですが、ビル1棟で限界が来てしまった。

以前にも書きましたが、「カレーハウス CoCo壱番屋」が国内だけでも1303店舗も店を出せたのは、「CoCo壱番屋ではのれん分けでも積極的であり、正社員として2年働いて200万円もカネを貯めれば独立が出来て、資金援助も1200万円までしてくれるそうです。質の高い店員を集めるには意欲が出るモチベーションを持たせるべきであり、優秀な人材は独立目指して集まって来る。」からだ。

このようなチェーン店で成功するには、安売り競争に巻き込まれないことであり、そのためにはサービスの品質が良くなければ単価を高くできない。そのためには客からのクレームに対しても真摯に対応しなければ客はリピーターになってくれない。

大企業のサラリーマン社長が、会社を潰してしまうのは、現場を知らなくなるからであり社長室に閉じこもってしまうからだ。社員や客などの意見を聞かなくなり、独裁的になっていって、会社の幹部を怒鳴り散らして威張り散らすようになる。東芝などがそのいい例ですが、誰も社長に意見が言えなくなって不正がまかり通るようになってしまった。




45年の人生をかけて断言する。女はお金で釣れる。それもヒジョーによく釣れる。もちろん
一般論だが。女の愛はお金で買える! そうは思いたくないが、現実はそうなっている。


2017年12月6日 水曜日

男女のサタも金次第 金の切れ目は男女の切れ目 2003年4月 ほぼ世捨て人

テーマは、女は金で釣れるか。こういう話の場合、すべて一般論であることは言うまでもない。

● 金で女を釣ろうとする男

 以前見たニュースによると、全国行脚して200人の少女を買春した東大医学部卒の男がタイホされたという。行為のみだと5万円、写真撮影は7万円、ビデオ撮影だと13万円、などと細かく価格設定しており、非常に良心的な、いや悪質な犯行である。

 気になるのは、この手の事件ではマスコミも警察も常に少女を被害者と呼ぶことだ。金欲しさに自分の意志で売春した女を被害者と呼ぶのはおかしい。しっかりと料金表(?)を確認して売春したわけだから、まぎれもない加害者である。

 人類最古の職業と言われる売春。現在は援助交際と名を変えたが、もちろん同じもの。昨日、バイクで走っていたら目の前のトラックに「援助交際撲滅運動実施中」と書いたステッカーが…。「援助交際は売春です」、その後に「援助をもらわずに遊ぼう」と書いてあった。確かにまちがいではないと思うが…。

 男女の仲は恋人時代から金と無縁ではない。男はデートで飲み食い代を払う、遊興費を払う。プレゼントを買い与える。ありとあらゆる機会にお金で女を釣ろうとする。女は男の経済力に恋をする?

 最近よく耳にする毛皮デート商法はこっけいだ。毛皮業者と若い女がグルになって若者を誘う。女が毛皮を欲しがるそぶりを見せると(決して買ってとは言わない)、男は何十万円もはたいて買い与えるのである。お金で女の心を買おうとするわけだ。自分が金づるであることに気づかない男のおろかしさが信じられん。しかし、これが世の常なのだ。

 つき合っている彼女がいるキミ、これから結婚しようというキミ。自分は金づるでないかと疑ったことはあるかな。彼女に簡単なチェックをしてみよう。デート代をすべて割りカンにしようと提案してみる。あるいは結婚したら自分の生活費は自分で稼げと言ってみよう。「アタシのこと愛してないのね」と言って去っていけば、彼女は金が目当てだ(少なくとも目当ての一つだ)ということになる。95%は去っていくだろうね。

 女はお金を求める動物。男はそれに気づかない動物らしい。

 世間には男がお金を払うのは当然と思っている女が多い。そんな話を聞くたびに、この売春婦め、と以前は思ったが、よく考えたら男女の関係はすべて買春・売春だということに気づいた。

● 金を期待される男

 女にとって結婚は長期の売春契約と見ることができる。不特定多数の客をとれば売春。生涯一人の客を相手にすれば結婚だ。どちらもお金抜きでは成り立たない。いずれにしろ、男は金づると考えられている。

 結婚式のスピーチでは3つの袋が大切だと説く。お袋、堪忍袋、金玉袋…じゃなかった、給料袋だ。男が給料を持ってこないと結婚生活は成り立たないと言っているのである。

 男の役目を端的に表した言葉に「うだつが上がらない」というのがある。「うだつ」とは「うだち(小屋根をつけた袖壁)」がなまったもの。装飾用の屋根を高く作るだけの経済力がないという意味。男に対して使う形容であり、「うだつの上がらない女」とは言わない。

 女には「玉の輿に乗る」という形容がある。玉の輿とは「(特に女が結婚などによって得る)富貴な身分」(広辞苑)のこと。男は決して玉の輿には乗らない。

 一般に、夫婦やカップルは男の方が年上なのも経済力優先からくる必然的な結果である。さらに男は早めに死して、妻に遺産と保険金と遺族年金を残す。死んだあとまで面倒を見るのである。

 結婚することで男は出費し、女は金を得る。金の流れは常に「男→女」だ。女は常に男にお金を期待するのである。女性が意識するしないに関わらずだ。

 古今東西、結婚のプロポーズは男が女にするものと相場が決まっているが、その理由もよくわかる。プロポーズとはメリットを提示することである。「オレと結婚しよう」というのは、オレと結婚すれば幸せにするよ、楽をさせてあげる、いい暮らしができるぜ、という意味が言外にある。女のプロポーズにはこれがない。「ねえアンタ、アタシを養ってみない?」。これではメリットの提示にならないのである。

 女は優雅な都会暮らしを好む。男は「田舎で自給自足しよう」とか「豊かな自然の中にログハウスを建てて…」などとプロポーズするとまず失敗する。一般に女は自然(nature)に興味がない。男はロマンを求めるが、女はもっと現実的な動物なのだ。田舎の女はさっさと都会に出てマンション暮らし。田舎に残るのは男ばかりだ。

● 金で買える女

 お金のある男は、金で自由になるような女を探す。女は自分を養うバカな男を探す。両者の利害がぴったり合ったのがあの事件だ。日本人の男が公金14億円を横領してチリ人妻・アニータに貢いだお話。これほどわかりやすい事件はない。何の説明もいらない。どの夫婦も基本的にこれと大同小異だろう。アナタの家庭にもミニ・アニータがいるのではないか?

 例外的に、お金に不自由しない女性は金以外の目的で男を選ぶことがある。レストランのアルバイターと浮気した松田聖子。収入のないミュージシャンと結婚した松坂慶子。しがないADと結婚した松居直美。無名の俳優と結婚した松本明子。マネージャーと結婚した松原のぶえ。いずれも“松”がつくのは偶然か。

 女の人生を語るとき、すぐ頭に浮かぶのがオノ・ヨーコだ。彼女の人生は、女性として考えうる最高の人生ではないだろうか。

 ヨーコは前衛芸術家や事業家として活動するが、どちらもぱっとしない。彼女が手がけた事業でもっとも成功したのは“ジョン・レノンとの結婚”という事業だろう。これで労せずして一躍大きな富と世界的な名声を得ることになる。

 後に不幸にもジョンは凶弾に倒れるが、ヨーコは莫大な遺産や著作権料、名声と息子を受け継ぐ(もしジョンが生存し、離婚でもしたら相続額は激減したはず)。

 好きな作品を作り、好きなことを言い、働かなくても食べていける悠々自適の人生。ジョンがイマジンならヨーコはヒマジンだろう。なんて言ったら怒られるか。

 さて、テーマに戻る。金で女は釣れるか。答えは明らかだ。45年の人生をかけて断言する。女はお金で釣れる。それもヒジョーによく釣れる。もちろん一般論だが。

 女の愛はお金で買える! そうは思いたくないが、現実はそうなっている。

 ボク自身は貧乏なのでお金で女を釣ったことはない。そのせいか女性とは縁がない。どこかにお金で買えない女はいないかネ。



(私のコメント)

今日は女とカネの話になりますが、女にモテたければ金持ちになることが一番手っ取り早い手段であり、男なら多少ブサイクでもカネさえあれば女たちは寄ってくる。高級デリヘルならとびきりのいい女も毎晩のように抱けるし、高級交際クラブなら女優の卵やモデルさんなど選り取りみどりでデイトができる。

結婚したければ、医者や弁護士や実業家などの金持ち専門婚活会社に登録すれば、交際の申し込みが殺到している。年収が1000万円以上の独身の若い男性など滅多にいるはずもないのですが、年収が600万円い所の若い独身男性も4%程度しかいない。しかし若い女性に結婚相手の収入を聞けば600万円以上といった答えが返ってくる。

金さえ持っていれば、よほどの変な性格でもない限りは結婚相手は見つかるだろう。「ほぼ世捨て人」のサイトを見たのですが、私の職業観とか女性観ともよく似ており、一般論として言っていることは正しいだろう。私の銀行員時代は女にもてて縁談のような話も2、3はあった。銀行員は高給取りだからそうだったのでしょうが、独立起業した途端に持てなくなった。

だから女にモテルかどうかは金次第であり、イケメンでもカネがなければなかなかもモテないのが実情だ。イケメンだから女が寄ってきても、カネがないとわかれば女は去っていく。男女平等とは言っても日本はまだ男女平等ではなく、仕事で稼げる女性はまだ少ない。

男女雇用機会均等法ができても、日本では専業主婦希望の女性が多く仕事を続ける女性はまだ少数派だ。しかし欧米などでは専業主婦だというとびっくりされるような状況であり、女性の会社の幹部は本当にまだ少ない。寿退職といった言葉がまだあるように、結婚して女性会社員は当然のように退職していく。

専業主婦希望である以上は、夫の収入だけで家計をまかなっていかなければならないから、どうしても年収600万円以上が夫に求める条件になってしまう。しかし子供の教育費や住宅ローンなどを考えれば、年収1000万円あってもまだ足らなくなるだろう。

結果的に起きていることは少子化であり結婚難による独身の男女の増加だ。欧米のように女性もフルタイムで働けば夫婦で年収が600万円以上になることも可能ですが、日本の場合は結婚や出産を機に辞めていく女性が多い。日本でも昔は女中さんとかお手伝いさんがいて家事をする人がいましたが、今では死語になった。

欧米や東南アジアでは家政婦を雇って妻たちは働いている。家政婦の賃金は安く新興国からの出稼ぎが家政婦になっているが、日本では外国人の家政婦を雇うことは法律的に認められていない。なぜ日本では女中さんやお手伝いさんが消えてしまったのだろうか。

安倍内閣では「女性参画社会」を唱っていますが、妻が仕事を辞めずに続けるには、欧米のように外国人家政婦を認めないと無理だろう。しかし安い外国人家政婦を雇うには妻も高給取りでなければならず、大学を出て一流企業で勤めても結婚して専業主婦というのは時代感覚がずれている。

保育所が足りないということが社会問題になっていますが、子供の送り迎えが大変であり、高給取りは外国人家政婦を雇えるようにしたほうがいいのかもしれない。日本から女中さんやお手伝いさんが消えたのは、日本は階層社会ではなくなり平等社会となったからであり、昔は貧しい農村の娘が女中として働いた。

しかし今では、女性も農村から都会に出てきて大学を出て会社で働くようになった。女中さんがいなくなった代わりに専業主婦が一般化しましたが、「女性参画社会」となれば、家事育児の面倒を見るには家政婦が必要になる。一部には国家戦略特区で外国人家政婦を認めるようですが、雇えるような文化が日本にはない。

専業主婦の労働はGDPには反映しないが、家政婦を雇えばそれはGDPに反映される。日本のGDPが低迷しているのは、専業主婦の労働をGDPに反映していないためであり、家政婦に置き換えれば日本のGDPもかなり違ってくるはずだ。

「ほぼ世捨て人」氏は、国立大学を出てSEとなり、フリーのSEとなって能力はあったが、仕事が合わないとしてアルバイト生活をしてきた人らしい。日本におけるSEの地位は低く、SEは下請け仕事に過ぎない。高い能力が要求されるのに賃金は安く不安定だ。IT土方とも言いますが、肉体労働よりも過酷で体がぼろぼろになってしまう。

日本女性も、大学を出ても高いストレスにさらされるような仕事には向かず、バリキャリの女性はごく一部だ。多くが専業主婦志向であり、家事育児に専念しますが、家政婦でもできる仕事で有り、大学を出たのであればバリキャリにならなければ採算に合わない。だからいるはずのない高給取りの若い独身男性を探すのは無駄な努力だ。




「役員専用のエレベーターやフロアがあって何が悪いんだ!?」と思われるかもしれないけど、
仮にあったとしても「社長に下とつながる本気」があれば、やがてそれは無駄なものと化す。


2017年12月5日 火曜日

役員エレベーターと不正発覚の不機嫌な関係 12月5日 河合薫

役員エレベーターがあってもなくても

 私はこれまでたくさんの企業を取材させていただいたり、多くの企業に講演に呼んでいただいたが、“問題”を抱える会社は例外なく上と下が断絶していた。

 で、大抵の場合、その断絶は“見える”。

 具体的にはこんな具合だ。

 ちなみに先の会合に参加した4人の会社は、上記の条件をすべて満たしていた。ということは……。これ以上考えるのはやめておこう。

 「役員専用のエレベーターやフロアがあって何が悪いんだ!?」と思われるかもしれないけど、仮にあったとしても「社長に下とつながる本気」があれば、やがてそれは無駄なものと化す。

 私がこれまで取材した経営者のうち、生産性を上げ、世界で通じるワザを持っている企業のトップは、誰一人として社長室に座り込んではいなかった。

 あるトップは毎朝社内を1時間かけて歩きまわり、
 あるトップは社食で従業員たちと食事をし、
 あるトップは社長室にバーを作り、社員と夜通し飲んでいた。

 それぞれのやり方で、それぞれの考えで、社員と“人”としてつながる場や機会を意識的に作り、“walking management”を実践していたのだ。

 かつてJALが経営危機に陥ったとき、西松遙社長(当時)が社員たちと同じ空間に机を並べ、同じ社食で昼食をとり、同じ通勤手段を使い、同じ通用門、同じエレベーターを使っていたけど、とどのつまり、社員が人ならトップも“人”。

 今回の不正発覚問題の原因は、さまざまな専門家の方たちがそれぞれの専門的な知識で説明しているけど、健康社会学的には実にシンプル。
 「“人”であることを忘れた結果」――。と、私は考えている。

 「今の会社にきて、いちばん戸惑ったのは社長室がないことでした。
 いつも部下たちに見られているから、すごい緊張する。ちっともくつろげない。ホントにイヤだった。
 でもね、だから前の会社で失敗したんだってことがよくわかった。

 孤立してちゃ、経営はできない。社長は外の人とつながるのは一所懸命だけど、いちばん大切なのは社内でつながることなんですよ」

 ある企業のトップだった方が、こんな話をしてくれたことがある。
 彼は10年ほど前に、現場の不正の責任を取って辞任。社員400人の企業から、20人の企業に移った。

どんな人物でも愚かになり得る。人間だから。

 前職時代にインタビューしたときには、ブランドもののスーツでビシッと決めていたけど、このときはラフなジャケットにノーネクタイ。
 服装の変化にも驚いたけど、目線の低い話し方になったことに驚嘆した。

 当たり前のことだが、社長も人。どんなに高い知性と、先見性と、並外れた能力を持っているトップでも、基本的には“人”。ということは、どんな人でも愚かになる可能性がある、ってことだ。

 人は誰しも過ちをおかす。感情的になることもあれば、傲慢になったり、保身に走ることだってある。

 その弱さを克服するために、人は他者とつながり、他者と協力することで生き延びてきた。信頼という関係性を築くことで、愚かになったり、自分勝手になった際の保険を掛けたのである。

 企業の中でも同じことだ。

 上と下が“つながる”にはその場の空気、すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を共有できる“場”が必要不可欠。

 冒頭の会合で“下”は「毎週月曜日に社員全員にメールする社長さん」「年頭に現場に出向いて講話する経営陣」を嘆いていたけど、おそらく“上”はそれでつながると思い込んだ。
 
でも、“下”はつながらなかった。

 「見る(視覚)、聞く(聴覚)」だけでは、心は“つながった”と認識できない。
 元気な会社のトップが歩き回り、昼食を共にし、社長室のバーで語りあったように、触れる(触覚)、匂う(臭覚)、味わう(味覚)が満たされて初めて心と心の距離感が縮まっていく。

 タバコの好き嫌いはさておいて、「喫煙室の会議」が盛り上がる一因も、五感の共有なのかもしれない。

 多くのリーダーシップ論には「クオリティータイム(質の高い時間)」の重要性が書かれているけど、実際には「クオンティティータイム(量を伴う時間)」が欠かせない。

 社長を“見る”機会が増えるだけで、「雲の上の存在で直接話してはいけない存在」という社員が抱きがちなイメージは打破できるし、接する時間が長くなればなるほど相手が身近になり、互いを理解する力も育まれる。

 それを国賓待遇で迎えたのでは、接する時間を極小化するようなものだろう。貴重な機会に距離を広げてどうするんだ。

 よく「経営者は孤独」と言うが、むしろ、孤独ではなく、“孤立”していることが問題で。
 やっぱり「孤立してちゃ、経営はできない」のだと思う。(後略)



(私のコメント)

日本を代表するような大企業の不祥事が相次いでいますが、大企業の社長室はほとんどの社員が入れないような所になってしまっているようだ。大企業の社長室ともなると超豪華な応接間のようになっており、多くの社長たちは一日の大半をそこで過ごすようになり、報告書や稟議書などを読んでハンコを押すことに終始するようになるようだ。

それだけでは退屈なので、時々は会社の幹部を集めて会議をしますが、出てくるのは数字ばかりで、それでは会社の現状に疎くなってしまうだろう。東芝などでは「チャレンジ」と称して目標達成にハッパをかけていたようですが、売上と利益ばかり追求するようになり、現場で何が起きているのか分からなくなって行く。

私の銀行員時代の銀行もそうであり、役員や理事が支店にやってくることはほとんどなく、本店勤務時代でも理事たちは専用フロアの役員室にいることが多く、普段何をやっているのかまるでわからなかった。時々は支店長会議で話はするのでしょうが、それで現場のことが分かるのだろうか。

国際的な大企業ともなれば、社長は世界各地を飛び回らなければなりませんが、海外事業で数千億円もの大失敗をするのはなぜなのだろうか。結局は担当者任せで、担当者の話だけで決済をしてしまうから失敗してしまうのだろう。東芝なども最後の最後まで社長ですら現状がどうなっているのか分からない状況だった。

記事にもあるように不祥事が大企業で相次ぐのは、社長と現場の距離が遠くなってしまっていることであり、生の情報が知りたければ社長自ら現場を飛び回らないとわからないだろう。中間管理職を経てきた情報では歪められてしまって、上に都合のいい情報しか上がらなくなる。

多くの大会社では、社長は雲上人でありほとんど見かけることはなく、社長の顔が見えてこない会社がほとんどだ。顔すら見えないのだから考えていることはなおさら分からない。ソフトバンクの孫社長や楽天などの三木谷社長のような創業社長なら従業員もわかるのでしょうが、年功序列でなったサラリーマン社長では数年の任期で退任していくからわからない。

地方の支店や工場や海外の支店や工場などを回るにしても、大名行列のようにお供を数多く引き連れて、現地ではまさに国賓並みの接待で出迎える。これでは現地の事が分かるはずもなく、問題があっても社長に直訴することすら難しくなるだろう。むしろ社長はお忍びで一人で回らないと現場の事はわからないだろう。

「神戸製鋼所、三菱マテリアル、日産自動車、スバル、そして、東レ……。彼らと話していたことが現実になった。」と記事にもありますが、日本の大企業ではどこも同じような問題を抱えている。共通するのは、「これが日本を代表するメーカーの“トップ”かと思うと情けなくなってしまうのだが、とにもかくにも“風通しが悪い”。」ということであり、社長は直接現場で問題点を見つけていかなければならない。

記事でも、「生産性を上げ、世界で通じるワザを持っている企業のトップは、誰一人として社長室に座り込んではいなかった。」とありますが、社長室に引きこもってしまう社長では、現場においては不祥事の温床になる可能性がある。このようなことは投資ファンドマネージャーなども観察しているのであり、共通する特徴があるようだ。




イオングループの稼ぎ頭が金融事業と不動産事業だという事実は、
今の日本の小売業の苦境を一番わかりやすく語っているのかもしれない


2017年12月4日 月曜日

イオン、スーパー事業の利益「ほぼゼロ」が意味する深刻さ 12月1日 鈴木貴博

 イオンは日本最大の小売業グループだ。昨年度の売上高は8.2兆円。今年度上半期決算では4.2兆円をたたき出している。にもかかわらず、グループが稼ぎ出す営業利益は昨年度が1847億円、今年度半期決算で850億円と、はっきり言えば業績はぱっとしない。

 そして重要なことは日本最大であるがゆえに、イオンは日本の小売業全体の縮図であるということだ。イオンは巨大スーパーからコンビニエンスストア、ショッピングモール、専門店とあらゆる小売業態を経営している。

 つまりイオンの業績がぱっとしないということは、日本の小売業界全体としてぱっとしないということだ。もちろん業界他社ではセブンイレブンやユニクロのように儲かっている小売業もいる。しかし、なぜ小売業全体としては儲からなくなってしまったのだろう。

 この謎を解く手がかりが、イオンの開示資料にある。実はイオンは、それぞれ業態の違う会社の業績を細かく開示している。だから、イオンの業績の詳細を調べると、日本の小売業の何が儲かって何が儲からないのか、その裏側が見えてくるわけだ。

 ということで、今回はイオンの決算から見える日本の小売業の「苦境」について考察してみたい。「最新の」ということで、今年度上半期の決算資料をもとに何が起きているのかをまとめてみよう。

■アマゾンエフェクトによる苦境

 現在の小売業の苦境はインターネットのせいだという説は根強い。アメリカではネット通販の成長によって、リアルな小売店が悪影響を受ける現象をアマゾンエフェクトと呼んでいる。日本ではアマゾンに加えて楽天市場、ヤフーショッピングの3つのECサイトが成長するたびに、小売店は窮地に陥っている。

 この影響を端的に表しているのが、イオングループのスーパー業態の苦境である。上半期の4.2兆円の売上のうち、衣料品や生活用品を含む大型スーパー(GMS)の売上が1.5兆円、小型の食品スーパーの売上が1.6兆円で、この2つの業態でイオングループ全体の4分の3の売上高を稼ぎ出している。

 一方で、この小売2事業を合計した営業利益は4億円だ。3.1兆円の売上高で稼いだ利益が4億円である。なんともわびしい話ではないだろうか。

 しかし、こう問題提起をするとおそらく食品スーパーの責任者は「うちは108億円の黒字だよ。104億円の赤字を出している大型スーパー部門が足をひっぱっているんだ」と主張することであろう。

 そう、私から見れば五十歩百歩の“うすーい”業績なのだが、確かに食品スーパーはわずかに黒字、大型スーパーはわずかに赤字という業績の差が存在している。

 実はこの差は、アマゾンエフェクトをどれだけ受けるかの差である。食品スーパーは生鮮食品が売上の中核にある分、ネット通販の悪影響をそれほど受けないという強みがあるのだ。一方で大型スーパーの場合、生活用品、衣料、寝具、電気製品などネット通販に顧客を奪われたり、安売り競争に巻き込まれたりという悪影響を受けやすい商品の比率が高い。ダイエーが“産業再生機構行き”になった際にも「食品スーパーだけに集中すれば生き残れる」という議論があった。それくらいアマゾンエフェクトは小売業の業績の足をひっぱっているのだ。

 ところがアマゾンは、アマゾンフレッシュを通じて生鮮食料品の販売も始めた。実はこの「食品スーパー事業だけは黒字」という状況もいつまで続くのかはわからないのだ。

■コンビニエンスな事業は儲かる

 大手小売業で一番気を吐いているのは、イオンのライバルであるセブンイレブンだ。一方のイオングループにもコンビニはある。ミニストップだ。

 ミニストップの業績は上半期で1056億円の売上高で14億円の黒字と、利益率では食品スーパーよりもずっといい。しかし、規模的にはセブンイレブンに大きく差を開けられているせいで、利益額は全体に大きな影響を与えるほどのものではない。

 しかし、実はイオンにはミニストップよりもずっと規模の大きいチェーンストアがある。それがウエルシア薬局だ。いわゆるドラッグストアチェーン店である。

 アメリカには日本のようにコンビニ文化はない。セブンイレブンはアメリカから来たが、アメリカのセブンイレブンは日本よりもずっと数は少なく、コンビニといえば主にガソリンスタンドに併設された小規模小売店というイメージだ。

 ニューヨークの市街地を歩くとわかるが、コンビニに代わって日常の小さな買い物の拠点になっているのがドラッグストアだ。そしてウエルシア薬局は、このアメリカ最大のドラッグストアであるウォルグリーンズのビジネスモデルを参考に日本の薬局を再編した小売業態だ。

 ウエルシア薬局を束ねるウエルシアホールディングスはイオングループの一員であると同時に、東証一部上場企業であり、16年に売上高でマツモトキヨシを抜いて現在は日本のドラッグストア業界首位の地位にある。

 ウエルシアの上半期業績は売上高3407億円、営業利益145億円。「イオンからスーパー部門を売り払ったほうが儲かるんじゃないか?」と思わせるぐらい、業績がいい。

 コンビニの語源はコンビニエンス、つまり英語で「利便性がいい」という意味だ。日本で今、儲かる小売業は利便性がキーワード。なぜなら「今すぐに」という利便性が求められる消費にはインターネット通販のつけこむ余地は少ないからだ。そしてドラッグストアもその強みは利便性にある。だからイオングループの小売業の中で一番儲かっているのがドラッグストアだという結果につながっているわけだ。

■小売よりもずっと儲かるビジネスがある

 では、ウエルシアがイオングループで一番儲かるビジネスなのかというと実はそうではない。イオングループにはそれよりもずっと儲かる3つのビジネスがある。

 実はイオングループで一番儲かる事業は金融事業。イオン銀行、WAONによる電子マネー決済、クレジットカードサービス、そして住宅ローン。つまり個人と決済をキーワードにした金融事業が上半期の営業収益で1979億円、営業利益329億円とイオングループの稼ぎ頭になっているのだ。

 時代は確かにフィンテック(金融とITが融合した新ビジネス)の時代だ。そしてイオン以外でもセブン銀行や楽天カードなど、小売企業の金融部門は着々と各社の収益の柱へと姿を変えつつあるのである。

 2番目に儲かっているのがデベロッパー事業。つまりイオンモールの不動産開発事業だ。いい立地を見つけ、土地の権利を手に入れ、銀行資金を引き入れて巨大なショッピングモールを開発する。このビジネスモデルでは、入居するイオンの総合スーパーや各種小売店の利益を吸い上げる不動産事業のほうが、小売事業よりも確実に儲かっているのだ。

 そして3番目にこの不動産の管理事業も大きな儲けを生み出している。イオングループのビル管理事業会社は売上高1518億円、営業利益88億円。小さな企業だが生み出す利益はスーパー事業部門と比肩できるほどの収益性である。

■結論

 イオングループは日本の小売業の縮図である。全体を眺めてわかることは、ネット通販の悪影響を回避できる小売業でないと業績が苦しいことだ。アマゾンで買えるような商品を売っている小売業態は、すでに儲からないビジネスへと変わってしまったようだ。

 そして食品スーパーのように「今はまだ大丈夫」ということでぎりぎりの収益性で残っているビジネスが次は危ない。アメリカでアマゾンがホールフーズを買収したように、日本でもスーパーを買収して参入してくれば、アマゾンフレッシュが日本のスーパーの収益性を削っていくことになる。比較的安全圏にいるのはコンビニエンス(利便性)を強みにしている小売業態だけではないだろうか。

 さらに残念なことに、小売業をやるよりも、小売業者からお金を得るビジネスをやったほうが儲かるということだ。イオングループの稼ぎ頭が金融事業と不動産事業だという事実は、今の日本の小売業の苦境を一番わかりやすく語っているのかもしれない。



(私のコメント)

最近では私自身もネット通販をよく利用するようになり、多い時には月に10万円以上になることもあります。どんなに大きな百貨店やショッピングモールでも品揃えでは限界があり、注文しても1週間以上かかります。ならばネット通販サイトは品揃えも無限大であり、今まで買えなかったようなものも買えるようになりました。

だから物品販売業ではネット通販にかなわなくなり、商店街も百貨店なども閉店が相次いでいる。イオンなどの大型のショッピングチェーンなどもネット通販の直撃を受けて業績が伸び悩んでいる。小売業でもネット通販に力を入れていますが、アマゾンなどの大型通販サイトにはかなわないようだ。

アマゾンなどは、全国に流通網を構築して、注文したら翌日には配達されるシステムを作り出した。大型の流通倉庫を作るには数千億円の費用がかかり、楽天などの通販サイトは大型の流通倉庫を作ることは断念した。その時点でネット通販でも既に勝ち組と負け組が出来てしまっている。

既存の小売業者は、ネット通販に客をどんどん取られて衰退の一途をたどるだろう。あるいはアマゾンとは違った新サービスで対抗していくしかないだろう。現在ではネットで注文すれば2時間後には配達されるようなシステムもできている。そのためには物流網をもっと細かく整備して、生鮮食品も即日配達なら乗るようになるだろう。

つまり巨大ショッピングモールは、既に時代遅れになり、全国各地にできたSCは次々と閉店が相次ぐだろう。しかし地元には商店街もなくなりSCもなくなれば買い物難民が続出することになるだろう。その時点でアマゾンの一人勝ちとなり、アマゾンもリアル店舗網を構築する構想があるようだ。

記事にもあるように、現在イオンで稼いでいるのは金融と不動産であり、小売では儲けていない。だから小売で儲けるにはネット通販以上の利便性がなければなりませんが、物を売るだけではなくサービス面での工夫は必要ではないだろうか。パソコンのネット通販でもパソコンは手に入るが、多くの人は使いこなすことができない。

巨大ショップングモールでも、物を売るだけではなく体験型のイベントなどで集客する必要が有り、ネット通販ではできない事を売りにしていかなければならないだろう。飲食店やリラクサロンや美容院などはネット通販になじまないから、私の経営するビルなども飲食や美容院や美容サロンなどがテナントとして入るようになった。

イオンが金融と不動産で稼いでいるのは象徴的ですが、私自身も不動産業で稼いでいる。不動産業もネット化が進んできて、売買物件や賃貸物件もネットで探せるようになった。いずれアマゾンも金融や不動産などに手を伸ばしてくるでしょう。AIが導入されてくると、欲しいものが注文しなくても配達されるようなサービスも行われるだろう。




複数のお店で働きました。どの店も「女性は全員、性病の検査していて安心」が宣伝文句
でした。しかし実際は、検査結果の提出を求められたことは一度もなかったといいます


2017年12月2日 土曜日

"私、梅毒になりました" 9月27日 NHK

ある国立大学の最寄り駅。待っていたのは、肩までの黒い髪に、紺色のスカートをはいたごく普通の女子大生でした。
前日、NHKに「私は、梅毒になりました」というメールが届きました。「このままでは感染の広がりが止まらない。危険を知らせてほしい」彼女が思いつめたのは、自分が感染を広げてしまったかもしれないという後悔からでした。

<学費と生活費>
女性が通っている国立大学は首都圏にある有名大学。大学に合格した時、親に迷惑はかけたくないと、学費と生活費は働きながら自分で払うと約束しました。学費は年間50万円ほど。奨学金は返済できるか自信がなかったので諦め、代わりにいろいろなアルバイトをしました。

しかし2年前、大学の学費を払い終えた後、家賃の支払いができなくなりました。足を運んだのは風俗店の面接でした。面接に行くと、1時間ほど説明を受けて、「もうお客さんがついたから」と言われました。店ではお客が払った料金のおよそ半額が女性の取り分。1日働いて数万円を手にし、家賃を払うことができました。

<梅毒に感染 まさか自分が>
それから2年間、複数のお店で働きました。どの店も「女性は全員、性病の検査していて安心」が宣伝文句でした。しかし実際は、検査結果の提出を求められたことは一度もなかったといいます。女性は去年の秋ごろから大学と仕事で精いっぱいで、検査に行っていませんでした。

すると、ことしに入って首にニキビのような発疹が現れ、腹部にも広がりました。慌てて検査に行くと「梅毒:陽性」でした。交際している男性はなく、お店で感染したとしか考えられませんでした。

「言葉にならないほどショックでした。梅毒の流行は知っていたけど、感染するとは思っていませんでした」と女性は言いました。「お客さんへの感染が心配」と店に伝えましたが、口止めされたといいます。「何も知らない、お客さんの奥さんや恋人に感染させてしまったかもしれない」と、いたたまれなくなりました。私は女性の話を聞き、風俗で働く人たちが情報交換をするインターネットの掲示板を見てみました。

<“守ってくれない”>
掲示板には、梅毒になったという人の投稿がいくつも出てきました。
「大々的にニュースで取り上げ、検査を義務化してほしい」
「自分が治っても、お客さんに危機意識がなかったら意味がない」

風俗産業で働く人と支援者が、啓発活動や情報共有を行う団体「SWASH」の代表の要友紀子さんは、働く人を守る仕組みが必要だと指摘します。

「日本では、オーラルセックスなどの接客時にコンドームをつけない店がほとんど。働く人もお客さんも病気の危険にさらされています」
「風俗サービスの法律上の位置づけがグレーで例えば梅毒となっても働く人を誰も守ってくれない。やめさせることだけが解決策とされてしまいます。そうではなく求められているのは感染を防ぐ支援や対策です」


国立感染症研究所の調査では、10年前は718件だった梅毒の感染報告は、去年は4557件。爆発的に増加しています。特に20代前半の若い女性の増加が目立ちます。さらに取材を進めると、いまや感染の危険は風俗で働く人だけにとどまりませんでした。

<彼氏としか、していなくても>
東京・新宿区の新宿レディースクリニックの釘島ゆかり医師に話を聞くと、梅毒に感染する若い女性が急増したのはここ3年ほどだといいます。

「医師になって20年、梅毒は知識としては知っていましたが、患者を直接診察したことはありませんでした。それが、今では梅毒に感染した子が見つかるのは日常茶飯事です」

クリニックで梅毒への感染が確認されたのはこれまでおよそ150人。風俗で働いている女性とそうではない女性の割合は“50対50くらい“といいます。

「彼氏としか性交渉していないのに感染した女性もいます。感染者の半数以上が24歳以下と若い人たちです」

<見過ごされる感染 “消える”梅毒>

その梅毒。感染を引き起こすのは梅毒トレポネーマという菌。粘膜同士の接触で感染するため、セックスだけでなく、キスでも感染します。怖いのは梅毒の症状は、出ても消えてしまったり、まったく出なかったりすることです。

感染してまもない1期は、性器や肛門、口に3ミリから3センチ大のしこりができます。ところが痛みはなく、実はおよそ1か月ほどで自然に“消える“のです。ここで「しこりが消えた=病気が治った」と勘違いされるそうです。

2期は、手のひらや足の裏など、体全体に赤い発疹が出ます。これもかゆみや痛みはなく、放置すると“消える”のです。そして感染後、3年程度となる3期は全身に炎症が発生。4期は脳や心臓に菌が入り、死に至ることがあります。

痛みがなく、出ても症状が自然に消えてしまうこと。さらには、無症状の人も3割程度いること。これが感染が見過ごされ、ほかの人に広げてしまう大きな原因です。

さらに、梅毒は一度感染して抗体ができても、再び感染し進行します。釘島医師は「梅毒の診察経験がある医師が少ないため、違う病気と勘違いされ適切に治療されないケースも多い。診断するには、血液検査をするしかない。感染が拡大してまだ3年くらい。いまは3期まで進む患者はまれですが、症状が進行した状態で発覚するケースも今後は出てくるのではないか」と危機感を抱いています。
そしてもう一つ心配なことがありました。母子感染です。

<母子にも感染 流産も死産も>
匿名・無料で月2回、保健所で梅毒など性病の検査をしている新宿区。新宿区保健所の神楽岡澄係長は「妊娠適齢期の女性で梅毒が広がっている」と強く懸念しています。妊娠中に感染すると、流産や死産の原因となるほか、赤ちゃんに先天性の障害が出るおそれがあるからです。

母子感染による先天梅毒の報告数は、平成25年は4例で、平成26年は10例、平成27年は13例、去年は14例。「自分は配偶者や恋人としか性交渉がないとしても、その相手の以前の性交渉の相手が感染しているかどうかまではわかりませんよね。もっとさかのぼれば例えば元カノの元彼の感染の有無もわかりません。少しでも不安があれば、パートナーと一緒に検査を受けることをすすめます」
(神楽岡係長)

<消えない後悔>

ルをくれた女子大生は、1か月にわたって薬を飲み続け、症状はおさまってきたといいます。

「私は誰かから感染させられた被害者かもしれないけれど、同時に自分も感染させた加害者かもしれません。私は直接”検査して”と言えませんでしたが、みんなに検査を受けてほしい」彼女は後悔の思いを込めてそう話していました。

(HIVの検査と同時に、梅毒の検査も無料で受けられる保健所もあります。全国の検査実施機関がこちらから検索できます。http://www.hivkensa.com



(私のコメント)

私自身は、風俗店に行って遊ぶといった趣味はなく、金もないのでほとんど風俗店に行ったことがない。最近は少し金ができるようになったので、女性と遊んでみたいと思うこともありましたが、金で遊ぶにしてもいろいろあります。しかしキャバクラのようなところは私は酒を飲まないので行ってもしょうがない。

ソープランドのようなところは若い頃行ったことがあったが、料金ばかり高くて、好きでもない女といちゃついてもバカバカしいと思った。最近ではデリヘルなどが女遊びの主流になってきましたが、これはまだ利用したことがない。若い女性がよく見ず知らずの男の家に行けるなと思いますが、金のためなら仕方がないのだろう。

NHKの記事にもあるように、最近では女子大生のアルバイトで風俗店がありますが、一部の特殊な女子大生のアルバイトかと思ったが、学費や生活費のためにそのようなアルバイトで稼ぐ女子大生が多くなってきたのだろうか。確かに最近では大学の学費が急騰してきて、安い文化系学部でも卒業までに500万円かかるらしい。

奨学金ローンなどで借りて500万円も借金を抱えて社会人としてスタートするのは、かなりのハンデになるだろう。私が大学生の頃とはだいぶ状況が異なるようだ。しかし同世代の過半数が大学に行くようになると、借金してまで大学に行かなければならないと考えるのだろう。しかし勉学の意欲のないまま大学に進学しても、学費と4年という貴重な時間の無駄使いであることは何度か書きました。

とくに記事にあるような女子大生の場合、奨学金の返せる自信がないということでアルバイトで学費を賄っていたようですが、足りなくなって風俗店で働くようになった。大学は国立の有名大学だそうですが、ならば奨学金を借りても、就職先も給料の高いところへ就職できたはずだ。

大学に行くために風俗店で働くというのは本末転倒であり、私が彼女の立場なら奨学金を借りるか大学をやめる事を選んだだろう。風俗店で働くのは稼げるかもしれないが、精神に与える影響が大きく心の傷になっていくのではないだろうか。彼女は運が悪いことに風俗店で梅毒に移されたということですが、一生を台無しにしかねない危険性がある。

もし彼女が美人なら、交際クラブに登録して「パパ活」してみたらどうだろうか。交際クラブで金持ちの男性と交際して月に20万円とか30万円もらって愛人になれば、アルバイトよりも短時間で稼げるし、職歴も傷がつかないし、病気をうつされる危険性もない。

交際クラブなどでは中小企業の社長などもおり、社長の愛人となってそのままその社長の会社に就職して働けるかもしれない。中小企業の社長には愛人を社員にして会社の給料を愛人手当にしている人が多い。社長秘書ともなれば社会的なステータスもあり、一石二鳥の女子大生の生き方になる。

いずれにしても風俗店で働くのは、よほどの事情がある場合に限るべきだろう。私が風俗店に行かないのも、ろくな女性がいないためであり、金と時間の無駄遣いになるからだ。私が女遊びをするとすれば交際クラブなどで愛人を見つけたほうがいいと考える。もっとも愛人クラブも風俗嬢がかなり登録しているらしい。

最近では不況で「パパ活」のパパも少なくなり、登録してもなかなか指名がこないらしい。それに対して登録する女性は増える一方であり、風俗店で働くよりも割がいいからだろう。最もこれも若くて美人でないとパパを見つけるのは大変だが、なんとも便利なシステムができたものだ。

HIVや梅毒は恐ろしい病気であり、後遺症も残ったり、再発する危険性もあるようです。梅毒はコンドームをしてもキスなどでもうつる病気であり、結論的には風俗店で遊ぶのはバカバカしい。いずれにしても女性と遊ぶのは金のかかることであり、ただでやりたければ結婚して嫁さんとするしかない。




何度、不祥事を起こしても改まらず、力士に範を示すべき現役の横綱が、公然
と反乱の言動をするなら、優遇措置を有する「公益財団法人」の地位を返上せよ


2017年12月2日 土曜日

ここまで白鵬の増長を許したのは誰か 12月1日 門田隆将

果たして、ここまで白鵬の増長を許したのは誰なのか。目に余る横綱白鵬の言動を見て、私はそんなことを考えている。それほど読売新聞が昨日スクープした内容は衝撃的だった。

〈日本相撲協会が30日午後に東京・両国国技館で開く理事会で、横綱白鵬関(32)を注意することが分かった。

関係者によると、元横綱日馬富士の暴行問題で28日に八角理事長(元横綱北勝海)が再発防止に向けて講話した際、白鵬関は「貴乃花巡業部長のもとでは冬巡業に参加できない」などと発言し、理事長から力士会などを通して要望するようたしなめられていた。

 相撲協会は、白鵬関が九州場所千秋楽の優勝インタビューで観客に万歳を要求したことなどについても経緯を聞く方針だ。〉

わずか244字に過ぎないこの記事が伝える意味は重い。理事長が今回の事件を受けて再発防止のために力士たちに対して「講話」という名の「訓示」を与えていた際、力士の範を示すべき横綱が、こともあろうに「貴乃花巡業部長のもとでは冬巡業に参加できない」という“ボイコット宣言”をやってのけたというのである。

正直、唖然とした。大相撲も舐められたものだ、と思う。日馬富士引退に至った「事件現場」にいて、これを止めることができなかった本人が、そのことを反省するどころか、開き直って、逆に巡業部長である貴乃花親方を「糾弾した」のだ。すさまじい下剋上である。

しかも、協会トップの八角理事長は、この横綱の反乱に対して「なにを言うか。おまえは自分が言っていることの意味がわかっているのか!」と一喝もせず、「力士会などを通して要望するように」と諭したというのだ。

今回の日馬富士事件の原因がどこにあったのか、この一事をもってその根本が想像できるのではないだろうか。

私は、10年前に起こった時津風部屋の新弟子リンチ死事件(2007年6月)を思い起こす。親方も一緒になって新弟子の少年にリンチを加えて死亡させた出来事は、傷だらけの息子の遺体に不審を抱いた家族が大学病院に解剖を依頼したところから刑事事件へと発展していった。

金属バットで殴り殺された息子の姿は見るも無残なありさまで、「稽古の後に急に亡くなった」という部屋側の説明を鵜呑みにせず、少年の故郷の新潟大学病院に遺体が運び込まれて「初めて明るみに出た」ものだった。

今回も、貴乃花親方が警察に被害届を出さなければ、事件が隠蔽された可能性は大きい。貴ノ岩がモンゴルの先輩たちに「おまえ、わかっているだろうな」とプレッシャーを受け、さまざまなルートから口封じのためのアプローチを受ければ、「どうなるかわからなかった」からだ。

協会の隠蔽体質を知り尽くす貴乃花親方が、鳥取県警に被害届を出して、「正当な裁き」(貴乃花親方)を求めなければ、事件の真相は明らかにならなかったかもしれない。

白鵬が感じたように「お前(貴乃花親方)がいらんことをしなければ、こんなこと(日馬富士の引退)にはならなかったんだよ」というのは、事件を隠蔽したい側から見れば、当然の怒りだろう。

前回のブログでも指摘したように、今回の出来事は、モンゴル互助会の存在を抜きには語れない。真剣勝負の系譜である貴乃花部屋の力士は、ガチンコ相撲が基本で、そのために貴ノ岩は、モンゴル力士たちがおこなう飲み会に参加することさえ許されていなかった。

鳥取城北高校出身の貴ノ岩が、同校相撲部の総監督が経営するちゃんこ屋でおこなわれた親睦会に顔を出したことが事件の発端だったことは報道されている通りだ。しかし、普段、飲み会にも参加せず、自分たちにガチンコ相撲を挑んでくる貴ノ岩のことを白鵬や日馬富士が気にいらなかったことは容易に想像がつく。

29日の引退記者会見で日馬富士が貴ノ岩への謝罪の言葉を一切、口にしなかったことが私には印象的だった。あの暴行が「礼儀や礼節を知らない」貴ノ岩への指導だったという言い分に私は違和感を感じた。本当にそうなのか、と。

また、モンゴル力士の草分けである元小結の旭鷲山が、貴ノ岩の衝撃的なあの傷口の写真(医療用ホッチキスで9針縫われた写真)を公開しなければ、日馬富士はあのまま引退を決断しなかった可能性もあっただろう。

旭鷲山は、昨日、モンゴルの大統領補佐官の職を解任されたというから、真実を明らかにすることが、いかに勇気が要ることかを教えてくれる。

そんな強固な絆を誇るモンゴル力士たちの“常識”からすれば、今年初場所で、結果的に稀勢の里の「優勝」と「横綱昇進」をアシストすることになる貴ノ岩の白鵬に対する14日目の大金星は「あり得ないこと」だっただろう。

日馬富士の引退会見の席上、自分の指導の至らなさを反省するでもなく、涙を流し、そのうえ、マスコミの気に入らない質問をいちいち封じ込む傲慢な態度を示した伊勢ケ浜親方の姿もまた、私は、今回の事件の本質を暗示していると感じる。

「貴乃花巡業部長のもとでは冬巡業に参加できない」と言ってのけた白鵬をその場で一喝できなかった八角理事長や、弟子を指導できず、貴ノ岩や貴乃花親方への謝罪もなく、恨みに固まった伊勢ケ浜親方と日馬富士師弟の会見での姿は、「ああ、やっぱり……」という失望を多くの相撲ファンにもたらしたのではないだろうか。

そして、増長させるだけ増長させ、何かが起こった時には隠蔽だけを考える相撲協会の体質こそ、こんな事件がくり返される真の原因である気がする。野球賭博から始まって八百長相撲が発覚し、場所自体が中止になったあの痛恨の出来事から、まだ「6年半」しか経っていないのである。

白鵬は、九州場所11日目に嘉風に敗れた際に、「立ち合い不成立」をアピールし、1分以上も土俵に戻らず不服の態度を示し、ファンを呆れさせた。さらに、千秋楽の優勝インタビューで「場所後に真実を話し、膿(うみ)を出し切って、日馬富士関と貴ノ岩関を、再びこの土俵に上げてあげたいと思います」と言ってのけ、万歳三唱までおこなった。

加害者である日馬富士と、被害者である貴ノ岩がなぜ「同列」にされなければならないのか。「膿を出し切る」という「膿」とは何なのか。なぜ、これほど相撲界が窮地に追い込まれている時に「万歳」を観客に促すことができるのか。

私には、巡業ボイコット発言も加えて、白鵬がなぜここまで増長しているのか、ということがわからない。協会はなぜ、ここまで「白鵬の増長を許しているのか」ということだ。

実は、何かあるたびに協会は白鵬に「厳重注意」を与えている。私が知るだけでも、2008年夏場所での勝負が決したあとの朝青龍との睨み合い、2009年夏場所2日前のゴルフ、2011年技量審査場所千秋楽夜に繁華街を歩くTシャツ姿が週刊誌に報じられた件、さらには2016年春場所でダメ押しで相手力士を吹っ飛ばして審判を骨折させた事件など、少なくとも4件はある。

横綱への「厳重注意」とは、それほど「軽い」ものなのだろうか。少なくとも、白鵬は「厳重注意」を何度与えられようが、反省しているようすはまるでない。そして、ついに現役力士の身でありながら、巡業部長への糾弾まで公(おおやけ)の席でやってのけるまでに至ったのである。

一般人への暴行事件で引退を選ばざるを得なかった朝青龍事件の時も、「なぜ師匠は弟子の行動を律することができないのか」「相撲界の師弟関係とはその程度のものか」と思ったものだが、その“やりたい放題”の体質は、まるで変わっていない。

私は、モンゴル勢の相撲が好きである。日本人力士が失ってしまった、あの溢れんばかりの闘志が好きなのだ。それだけに、くり返される不祥事が残念でならない。モンゴル勢を応援して来たファンの一人としても、一連の出来事は無念である。

相撲協会は、興行を主たる事業とする興行主である。収益を挙げなければならないし、さまざまな制約もあるだろう。しかし、同時に日本の伝統の継承という大きな役割を果たすべき公益財団法人でもある。

何度、不祥事を起こしても改まらず、力士に範を示すべき現役の横綱が、公然と反乱の言動をすることができるような「体質」を続けるなら、税金をはじめ、さまざまな優遇措置を有する「公益財団法人」の地位を返上し、私企業として出直すことを強く提言したい。



(私のコメント)

今回の日馬富士の暴力事件は、一昨日の30日にも書きましたが、暴力事件の首謀者は白鵬であり、日馬富士は武力の実行役に過ぎない。やった者よりもやらせた方が罪は重いのであり、警察に白鵬は7時間も事情聴取されたが、白鵬を首謀者と警察は見ているのだろう。

しかし相撲協会は白鵬に対して注意することしかできず、白鵬になめられてる。既に大相撲はモンゴル人に乗っ取られており、モンゴル人力士がいなければ成り立たなくなってる。週刊新潮にも「モンゴル互助会」のことが書かれましたが、大相撲の歴史と伝統を台無しにしかねない問題だ。

普通の民間団体ならどうしようがいいことですが、文部省所管の「公益代団法人」なのだから、子供たちへの影響も大きく、相撲協会の白鵬の甘い体質は見逃すことができない。今回の事件の首謀者が白鵬であることは間違いなく、貴ノ岩が何十発殴られても止めに入らなかったのは問題だ。

テレビや新聞は朝鮮人に乗っ取られたように、大相撲もモンゴル人に乗っ取られてしまった。対馬海峡の向こう側はアフリカまで連なる暗黒大陸であり、「株式日記」でもモンゴル帝国の凶暴さを何度か書きましたが、白鵬や日馬富士はモンゴル帝国の末裔であり、相撲協会は到底彼らに太刀打ちができない。

大相撲を通じて子供たちに礼儀作法を教える場にもなっているのですが、白鵬が行っている行動は大相撲の礼儀に反するものだ。既にテレビやラジオなどでは白鵬を擁護するような「相撲痛」がいるが、関係者は白鵬の威光に恐れをなしてはっきりとは言わなくなっている。

30日の「株式日記」でも、「メンバーを揃えて貴ノ岩を呼びつけてつるし上げた首謀者は白鵬だ。」とはっきり書いて指摘しましたが、門田隆将氏も同じように指摘した記事でしたので紹介します。しかしながらテレビや新聞の相撲協会よりの報道はひどくて、ネットでも問題の本質がわかっていない人の書き込みが多い。日本人は人が良すぎるから、そこを朝鮮人やモンゴル人につけこまれてしまう。従軍慰安婦のように嘘でも力ずくで押し通してくるから始末が悪い。相撲協会は白鵬の押し切られて乗っ取られるのも時間の問題だ。




人生の時間配分において、大事なのは、そのいくつかの要素のうち、自分は何が
重要だと思うのか。どれを優先すべきと思っているのか、ということにほかならない。


2017年12月1日 金曜日

不満を抱えて人生を終わるのが嫌なら、「人生の時間配分を決める」こと。11月25日 fujipon

映画監督の押井守さんが、著書の『ひとまず、信じない ? 情報氾濫時代の生き方』(中公新書ラクレ)のなかで、こんな話をされていました。

僕の父は明治生まれのデタラメな男で、村始まって以来の秀才だと周囲の期待を一身に背負い、青雲の志を抱いて東京に出てきた。

そこまでは良かったが、結局は望んでいた法律家になる夢が破れ、最終的には私立探偵や髪結いの亭主をやって、まともに働くこともしなかった。ふだんは酒に酔って大暴れをしているだけで、家庭内では暴君だった。末っ子の僕は被害に遭わなかったが、一番上の兄が何度も理不尽に父親に殴られているのを見た。

結局、父は何一つ自分にとっての優先順位を決めることができないまま、「立身出世できなければ、男としてはクズだ」という価値観だけに縛られて、不満を抱えただけの人生を終えた。父が亡くなったとき、最期を見届けた姉が「自分が死ぬことも信じられない、というような顔をしていた」と話していたのを思い出す。

おそらく本当に、自分がそんな人生を送り、何一つ実現することもないまま、幕が下りようとしているのを信じられなかったのだと思う。これは本当の不幸だ。

一方、こういう人を父に持ったことは兄の価値観に大きく影響した。僕が幼いころから兄が「自分はあんな父親にはならない。家庭人になる。食ってさえいければ、仕事は何でもよい」と言っていたのを覚えている。

事実、兄はそういう人生を送った。家族を優先順位の一位に据え、おそらく幸福な一生を終えた。最期はガンで亡くなったが、残された妻や子どもたちから、いまだに兄は愛されているようで、彼らの口から今でもよく父親の話を聞かされる。

「立身出世できなければクズ」という価値観を持つこと自体が悪いわけではない。だが、そんな夢を果たせるのは男の中の5%くらいのものである。成人後は幸福な一生を送った兄も、父の価値観ではクズの部類になるのだろう。では、出世できなかった95%は本当にクズなのかというと、そんなことはない。

これを読んで、僕は身につまされました。

この父親って、僕のことではないか、と。

いちおう、今はそれなりに働いていますし、酒に酔って大暴れをすることもありませんが、僕は40代半ばにあっても「自分のなかでの優先順位」を決めることができずに、何かを諦めることもできず、「すべてがいつのまにかうまくいったらいいのにな」みたいな夢を見続けている、という現実を突きつけられた気がしたのです。

もちろん、すべてがうまくいく、という可能性も、まったくゼロではないのでしょう。

でも、そんなことは、まず現実的ではない。

立身出世しようと思えば、家庭生活にかける時間よりも、仕事や研究にかける時間を優先しなければなりません。

時間というものが限られている以上、人生の時間配分を決めなくてはならない。

押井監督は、これを「良い映画を作るための条件」にあてはめています。

映画の世界で考えてみよう。「良い映画を作るための条件とは?」と聞かれて、あなたは何と答えるだろう。

「良い原作があって、良い脚本があって、良い監督がいて、良いキャスティングができて、良いスタッフがいて、良い宣伝ができたら、良い映画ができます」

もしもあなたが映画監督で、スタッフに「良い映画を撮るための条件は?」と聞いて、そんな答えが返ってきたら、ためらわずにスタッフをクビにした方がよい。そんなことは、どんな馬鹿でも言える。なぜならそれは、当たり前のことだからだ。

大事なのは、そのいくつかの要素のうち、自分は何が重要だと思うのか。どれを優先すべきと思っているのか、ということにほかならない。

そして、そこには優先順位をつけるための根拠が必要となる。その根拠に、その人ならではの価値観が現れるのである。

何かを選ぶということは、何かを諦める、ということでもあります。

どちらが正しい、ということではなくて、その優先順位を自分自身で決めて、それを全うできれば、結果がどうあれ、「幸せ」なのだと押井さんは仰っているのです。

今の世の中って、「仕事はほどほどにやって、定時に帰宅しましょう」とか「仕事よりも家族を優先しましょう」なんていう考え方が、かなり広まってきています。

大部分の人は、「すべてを犠牲にして、仕事に打ち込んで成果をあげる」よりも、「家庭生活に重きを置いて、身近な人たちを愛し、愛されて寿命を全うする」ほうが、成功率が高いはず。

冒頭の押井監督のお兄さんは、父親を反面教師として自分の優先順位を決め、それを貫いたのです。

こういう生き方をすると、それはそれで「単なるマイホーム主義者で、社会的な業績を残していない」と批判されることもありそうです。

でも、外野がそんなふうに値踏みしたとしても、本人にとっては「ちゃんと目標を達成した」ということなんですよね。

そして、「仕事人間」も、それが本人の望んだ道であり、それに伴う犠牲も受け入れる覚悟があるのなら、けっして、「悪」でも、「間違い」でもないのです。

実際は、バランスをとっているつもりで、結果的に、仕事も家庭も中途半端になってしまう、ということばかりなのだけれど。

仕事がイヤになると、家庭を大事にしようと思い立ち、家庭がうまくいかないと、仕事があるから、と考えようとする。

結局、どっちつかずになってしまう。

そうやって、中途半端に終わるほうが、「人間らしい」とも言えるのでしょうけど、それで、自分の人生に満足できるのだろうか。

世の中には、大きな仕事をした(している)人に対しても、その人生において欠けているもの(優先順位が低かったもの)をあげつらって、「でも、あいつの人生には、○○が足りない」と嘲る人がいます。

たとえば、村上春樹さんや武豊騎手、イチロー選手に「でも、この人たちは、子どもがいないよね」って、言う人たち。

押井さんは、こう仰っています。 

定年まで仕事一筋ということで生きてきたのであれば、定年時に妻から「あなたとはこの先、一緒に暮らしたくありません」と通告されても、「それは仕方ない」とあきらめるしかない。そこに優先順位を置かなかったのだし、そこまで覚悟を決めていたのであれば、寂しい老後が待っていたとしても何の問題もない。

そういう人間は映画業界にはいくらでもいる。僕がよく知る宮崎駿監督だろうと、高畑勲監督だろうと、あるいは鈴木敏夫プロデューサーも、みな家庭難民みたいなものだ。

仕事ばかりして、家庭に下宿しているようなものだ。奥さんや子どもたちともコミュニケーションが取れているとはとても思えない。

ただ、その3人は家族とのコミュニケーションなど、もともと求めてもこなかった。このオヤジたちに「あんた、人生を後悔していないの?」と聞いたら、必ず「後悔なんか、するわけないじゃないか」と答えるに決まっている。

つまりは3人とも、幸福な人生を送ってきたということだ。それは、3人が映画の監督やプロデューサーとして成功したからという話でもない。今のような成功を収めていなかったとしても、彼らは後悔などしなかっただろう。そこで後悔するような人間だったら、そもそも今のポジションにはいなかっただろう。

正直なところ、いまの僕のように、40歳をすぎてから、「優先順位」を決めようとしても、これから仕事で大きな成果をあげたり、家族との関係が劇的に変化したり、というのは難しいと思います。

この「人生の優先順位を決める」というのは、20代、あるいは、社会人になって数年くらいの時期に、やっておいたほうが良いのでしょう。

ただ、宮崎駿監督とか、ノーベル賞を受賞した研究者の場合は、「優先順位を決めたというより、自分が好きなこと、やりたいことをやる、やらずにはいられない、そういうふうにしか生きられなかった」ような気もします。

「優先順位を決めなくては」と迷って、それを意識せざるをえないような時点で、仕事で飛び抜けた成功を収めるのは難しいのかもしれませんね。

僕も「自分が死ぬことも信じられない、というような顔をしていた」と言われることになるのだろうか、それは、すごく怖くてむなしい。

その一方で、大部分の「ふつうの人生」って、そういうものなのかな、とも思うのですが。



(私のコメント)

人生において、一番公平に割り振られているのは時間であり、一日24時間、一年365日であることだ。寿命は人それぞれ違うが、時間だけは誰もが同じ時間を与えられている。一応平均寿命を生きるとしても、仕事と私生活どちらに重きを置くかは難しい問題だ。

一日24時間と決められている以上は、仕事も私生活も充実した時間を割り振ることは不可能だ。多くなサラリーマンは通勤時間を含めれば、1日の殆どの時間を仕事に割り振らなければなりません。私はそれが嫌だから30代の時に独立起業をしましたが、私生活の時間は取れるようになったが、経済的に身動きが取れなくなってしまった。

一番にいいのは、自分の一番好きなことが仕事である場合であり、才能に恵まれてそれが仕事に生かされている人はごく僅かな人しかいない。さらに仕事と家庭の両立もなかなか難しいことであり、会社で出世しようと思ったら家庭を犠牲にしないと出世もなかなか難しい。

だからどこに時間配分を置くかは、なかなか難しい問題であり、私は私生活の充実こそが一番大切なものと考えています。しかし私生活の充実といっても、何をするにも金がかかり、金がないと私生活の充実もへったくりもありません。金があるときゃ時間が無く、時間がある時は金がない。ようやく時間も金もあると思ったら歳をとって体力気力がなくなっていたりする。

もちろん時間を有効に使うことが人生において一番大切なことであり、その自覚を持っていないと毎日をのんべんだらりと無駄に過ごしてしまうことになる。人によってはする事もなく時間を持て余している人も多いことだろう。これが人生を一番無駄に過ごしてしまう例ですが、失業して働きたくても働けない状態などが例になる。

多くのサラリーマンは、仕事もあり、家庭生活もあり、私生活もあるのですが、一日は24時間しかないから、殆どを仕事に使ってしまう。家族と過ごす時間を増やしたいと思ったら出世は諦めなければならない。さらには家族と過ごす時間が増やせば私生活の時間がなくなり、自分の趣味やしたい事も家族サービスで潰れてしまう。

だからどれも充実させることは物理的に不可能であり、何を最優先にするかは若い内に決めておかなければ、結局は何も充実させることができないまま人生を終えることになる。私の場合は私生活を充実させるために自営業となりましたが、職業が不安定だから家庭を持つことは諦めなければならなかった。

若いうちは、そのうちなんとかなると思っていても、結局はなんともならずに中高年になってしまって慌てて何とかしようと思っても手遅れであり、若いうちから計画を立てて、何を最優先にして何を犠牲にするかを決めないと後で後悔することになるだろう。

私の人生はビルを建てることで全力を使い切ってしまって、他を犠牲にすることにしましたが、借金を返済していくためには他にできることがなかった。いずれ私にもあの世からお迎えが来るのでしょうが、後悔する事がないようにしたいものだ。一番後悔するのは、何もしないまま、何もできないまま、人生を終えることである。

充実した人生が何であるかは人それぞれであり、誰もが成し得ないことをやったような事ができれば充実した人生と言えるのだろう。私の場合はそれがビルを建てることであった。できればビルを二棟目も取り掛かりたかったが、時間的に無理なようだ。借金を返済するには30年近くかかるからだ。



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