株式日記と経済展望

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マクロな目でみると、この現状は「高学歴者に妊娠や出産のチャンスを僅か
にしか与えない社会」に他ならないし、それは少子高齢化の一因でもあるだろう


2018年2月15日 木曜日

高学歴者ほど「若者」から「大人」に変わるタイミングが難しい 2月9日 シロクマ

  ・高学歴の人は就学期間が長く、仕事のキャリアアップも結婚も、後々まで定まりにくい。ゆえに、「若者」的なメンタリティから「大人」的なメンタリティにもっていくための猶予期間が短く、タイミングが難しい。

高卒〜高専卒のクラスメートは、すぐに「大人」になった

   私は北陸地方の田舎出身なので、都市部よりもずっと進学率が低い中学校を卒業した。クラスメートのうち、大学進学した者は3割もいなかったのではないだろうか。高卒の割合がとても高く、卒業してすぐ働く者もいたと記憶している。
 
 中学校を卒業した後も、実業高校や高専に入ったクラスメートとの付き合いは続いていた。ゲームやPC、漫画やアニメについての情報交換もたくさんやった。受験勉強に追われるか否かという違いはあったものの、それ以外はだいたい同じようなものだと感じていた。
 
 ところが、高校や高専を卒業するや、彼らは急激に変わっていった。
 
 いまだ大学に通う私をよそに、彼らは急に「大人」になった。いや、急に大人びて見えるようになった。最初のうち、それは一足先に社会に出て、収入を得るようになったからだろうと思っていたし、半分ぐらいはそれが正解だったのだろう。
 
 だが、それだけではなかった。彼らは早々に結婚し、子どもを育て始めて、急速に「大人」になっていった。最新のゲームやPCにもあまり関心を示さなくなり、オヤジ臭い趣味を始めたり子煩悩になったりしていった。二十代のうちから早くもおじさんのような風格を漂わせ、それがサマになっていたのを憶えている――“あいつら、『新世紀エヴァンゲリオン』も『カードキャプターさくら』も興味ないのに、充実しきった顔してやがる……

 
 その一方で私は医学部に入学し、オフ会などを通じて“どこからどう見ても高学歴な人々”にも出会うようになった。彼らは勉強熱心で、好奇心や向上心が強くて、ゲームやPCや漫画やアニメにも詳しい人が多かった。自分自身を戦略的に成長させてていく意志や能力を持っている、とも感じた。そこには田舎の中学校とは隔絶した世界が広がっていた。
 
 ところがそんな彼らも、「大人」という点では、高卒や高専卒の人達の後塵を拝していることがほとんどだったのである。
 
 彼らはなかなか結婚しなかったし、子煩悩にもならなかった。30歳までに結婚するのは早い部類で、結婚しない人も珍しくない。比較的若々しい状態を保っているとも言える反面、なかなかサマになるオヤジっぽさを身に付けられなかった、とも言える。さすがにアラフォーともなれば、そんな彼らも強制的に「若者」という括りから叩き出されたわけだが。
 
 また、高学歴な人々のなかには、結婚しても簡単には子宝に恵まれず、不妊治療を受ける人が少なく無かった。結婚した時期や挙児希望の時期を考えると、それは不思議なことではない。高卒や高専卒の人達が20代の中頃までに子育てを始めていたのに対し、十年ほど遅れて挙児しようというのだから、産婦人科医の助けを借りなければならなくなる確率は高くもなろう。
 
 [関連]:NHK クローズアップ現代 「精子“老化”の新事実 男にもタイムリミットが!?」 - Togetter
 
 先日、『クローズアップ現代』でも紹介されていたように、女性側はもちろん男性側も、生殖能力は三十代になっていよいよ下がっていく。男性だけが何歳になっても挙児の心配をしなくて構わないというのは、先入観にもとづいた間違いである。本当は、女性が妊娠適齢期を気にするのと同じぐらい、男性だって妊娠適齢期を気にするべきだし、気にしなければ、子どもをもうけたいと思う頃にはもうけにくい……といった事態が発生してしまうのである。
 
 ついでに言うと、年齢が高くなってからの子育ては身体にも厳しい。30歳までに子どもを小学生に入れてしまうのと、40歳になってから子どもを小学生に入れるのでは、表向きは同じでも体力的なシビアさは別である。なぜなら、20代に比べて40代のほうが体力的余裕が少ないからである。
 
 また、先日、Books&Appsの安達さんが、「もっと早くからやっておけばよかった」と思うことのリストをブログ記事に書かれていて、そのなかに「子育て」が含まれていたのだが、一読して衝撃を受けた。  

もし子供を将来的に持ちたい、と思っているなら早い方がいいと、後悔している。
一つは体力的な問題、子育ては体力勝負の部分が大きく、体力がないと余裕が持てず、ついイライラしてしまいがちだ。
そしてもう一つは子供の将来の問題だ。
子供が成人する頃に、私は還暦を迎えてしまうことを想像すると、「子供の人生を見ることのできる時間の短さ」を痛感する。

 私にとって、「子育てを遅く始めると、子どもの人生を見ることのできる時間が短くなってしまう」は盲点だった。確かにそのとおりだ。早く子育てを始めた人ほど、子どもの人生を長期間見ることができる。逆に、遅く子育てを始めてしまえば子どもの人生を見られる時間が短くなる。そのうえ、子育ての途中で癌などの病に倒れる確率も高くなってしまうだろう。
 
 高齢出産のリスクには色々なものが挙げられているが、「子どもが成人するまで無事でいられる確率が下がる」も隠れたリスクだと思う。 (中略) 

 マクロな目でみると、この現状は「高学歴者に妊娠や出産のチャンスを僅かにしか与えない社会」に他ならないし、それは少子高齢化の一因でもあるだろう。また、高学歴者という、文化資本の塊のような人々のもとで子どもが生まれ育つチャンスが少なくなるということでもある。長い目でみればこれは巨大すぎる損失であり、絶対に何とかするべきものだと思われるのだが、ほとんどの国において、この現象はあまり改善していない。
 
 マクロな社会がすぐには改善しない以上、ミクロな個人は自力でこの状況に挑まなければならない。高学歴になっていく人は、全員、自分たちの生物学的な適齢期が非常に短い期間であることを知っておかなければならない。と同時に、「若者」的なメンタリティのままでは挙児や子育てはストレスフルなものになるわけだから、自分自身のキャリアアップやスキルアップにすべてを注ぎ込みたいメンタリティをいつまで維持し、どこからパートナーや家族のために励むメンタリティにシフトチェンジしていくのかを、将来あり得る課題として意識したほうが良いと思う。
 
 不幸なことに、これらの課題に答えを出すための猶予期間はあまり長くない。いや、社会的にはいくらだって引き延ばせるのだけれど、精子や卵子の老化をはじめとした生物学的な制約は不可避なので、答えを出す時期が遅くなれば遅くなるほどコストやリスクが嵩むことになる。
 
 10〜30年ほど前に「若者」だった世代においては、こうした「高学歴者のライフスタイルと結婚・妊娠・出産の問題」をちゃんと意識している人は少なかった。それより、思春期の延長や「若者」でいられる期間の延長をイノセントに寿ぐ人のほうが、高学歴者の世界では注目されていたように思う。
 
 しかし、「元・若者」たちが結婚・妊娠・出産を延長した挙句に苦労し、卵子や精子の老化が広く知られるようになった今はそうではあるまい。とりわけ高学歴者にとって、こうしたライフコースにあわせたメンタリティのシフトチェンジは、時間的猶予が短いだけに切実である。「若者」をやるべき時期には大いに「若者」のメンタリティで成長するのは素晴らしいことだが、ライフコースの先を見据えて考えるなら、いつまでも「若者」的であり続けるのが正解とは限らない。その次にやって来る「大人」の季節についても、相応に考えを巡らせておいたほうがいいんじゃないだろうか。


(私のコメント)

「株式日記」では大学進学の意味を問うてきましたが、確かに学生の一部は大学に進学して学者の道を目指す人は必要ですが、今では大学に進学する人が過半数を占めるようになりました。しかし大学卒業は就職試験用のパスポートとなり、大学入学してまもなく就活するようになるというのはナンセンスだ。

社会人になるには高校を卒業した18歳くらいが一番適しているのではないだろうか。医者などの最初から高度な知識を必要とするような職業は大学を出る必要がありますが、多くの職業では高度な専門知識は要求していない。むしろ専門学校で実務的な教育を受けたほうが時代にあっていると思う。

文部科学省も大学を実務教育機関に変えていくような兆しが見えますが、今の大学生はパソコンの操作もできない人が多いと聞きます。スマホでネットをしてるからパソコンは必要がないらしい。しかし生産的な仕事をするにはパソコンは必要であり、学校でパソコンやプログラミングの基礎くらいは教える必要がある。

確かに時代の変化により、社会で生きていくには多くの知識が必要になってきて、車の運転からパソコンの操作まで生活に必要になってきている。しかしそのために大人になるまでに時間がかかるようになって、結婚したりする時期がますます遅くなってきている。

以前なら高校を卒業して5年10年経てば一人前となり結婚もできたが、高卒で就職して10年経ってもまだ28歳だ。しかし大卒で就職して10年も経てば30代の半ばになってしまう。これが少子化の原因の一つにもなっているようだ。だから結婚して子育ても40代になってするというのは体力的にきついものがあるだろう。

幼児を育てるには、体力が必要であり、10キロ近くもある幼児を抱き上げるには女性には大変だろう。20代の頃なら仕事をしながら子育てもできる体力もあるが、30代40代になると子育てと仕事をするには体力的にきついようだ。若者から大人になるというのは大きな壁があるようだ。

最近ではサラリーマンも安定した職業とは言えなくなり、非正規社員が増えてきて、派遣社員も多くなり、同じ仕事をしても昔のように正社員として地位が安定していない。しかも正社員でも会社が傾けばリストラは避けられないからサラリーマンは気楽な稼業ではないのだ。

だから「株式日記」では独立起業を目指すべきだと書いてきましたが、20代から30代で独立起業しないと、失敗は出来なくなる。特に女性は以前のように結婚して専業主婦で安泰とは言えなくなり、共稼ぎでないと家庭が維持できなくなってきている。格差社会になって大金持ちと貧乏人が増えてきて、中産階級が少なくなった。




今まで30年間アメリカは軍事と経済両面で中国に譲歩し続け、日本には貿易
為替戦争で制裁を貸す一方で、中国には貿易ルールを破っても容認していた。


2018年2月14日 水曜日

アメリカは中国と対立姿勢 中国の分岐点 2月14日 世界のニュース トトメス5世

ソ連はアメリカと世界を二分し、アメリカを倒すかに見えた

アメリカの対中姿勢に変化

今まで30年間アメリカは軍事と経済両面で中国に譲歩し続け、その分中国は前に出る事ができた。

南シナ海を中国が占領したのは「米軍が撤退した後」で決して中国軍が米軍を追い出したわけではない。

経済でもアメリカは日本には貿易為替戦争で制裁を貸す一方で、中国には貿易ルールを破っても容認していた。

クリントンからオバマまでの大統領は「発展する中国と関係を深める必要がある」と繰り返し演説していました。

これをぶっちゃけて言えば「日本やフィリピンより中国の方が儲かるので、あいつらは見捨てよう」という事でした。

アメリカという国は儲からないと見れば簡単に同盟国を捨てるし、儲かると見れば戦争犯罪人と平気で付き合う事ができる。

もっとも割を食ったのが日本で、フィリピンやタイ、台湾など中国と対峙していたアメリカの友好国は捨てられた。

アメリカはチベット、ネパール、ブータンが植民地化されても、南シナ海が中国に占領されても、気にも掛けませんでした。

「その方が儲かるから」であり、金儲けのためならチベット人や日本人が滅んでも構わないという態度を取った。

ゴミ国家に永続的な発展はできない

中国がもっと力をもち、アメリカの国力を超えて世界の支配者になる、という所まで来てようやくアメリカ人は自分の馬鹿さ加減に気づき始めた。

かつてソ連も「もう少しでアメリカを超える」所まで近づき、ナチスドイツやバブル期の日本も「もう少し」まで行った。

今度は中国だというわけで、トランプ大統領は中国と軍事的に対立する準備を進めている。

ドイツ、ソ連、日本はGDPでアメリカの7割前後まで行き、中国も今後その程度までは接近する可能性がある。

だがいつも挑戦者がその水準どまりだったのは、旧態依然の政治制度で経済だけ発展しようとする無理があった。

ソ連は共産主義のゴミ国家、ナチスドイツは独裁国家、日本はバブル帝国主義でどれも先進的な社会制度ではなかった。

ゴミ国家でも国家総動員体制で強制的に経済成長させることは可能だが、せいぜい30年程度しか続きません。

ゴミ国家はしょせんゴミでしかないので、社会の効率が悪く、永続的な経済成長はできないのです。

アメリカも完全な合理的社会ではないが、ナチスやソ連やバブル日本よりは合理的で効率的な社会制度でした。

米中対立で中国の成長は終わる

中国の成長が鈍化すると、中国から得られるアメリカの取り分は少なくなり、中国に譲歩するメリットもなくなりました。

アメリカ人らしいのは、「金の切れ目が縁の切れ目」とばかりに、利用価値がなくなったら手の平を返しました。

トランプ大統領は経済でも軍事でも中国との対決姿勢を打ち出していて、これに関してはあまり反対意見は出ていません。

まずトランプ大統領は、敵対勢力が通常兵器で攻撃してきた場合でも、アメリカは核兵器で反撃すると(ツイッターで)書き込みました。

重要なのは「自国や同盟国」と書かれている点で、日本が中国やロシアから通常兵器による攻撃を受けても、アメリカは核兵器を使用し得る事になります。

実は何十年か前にケネディ大統領も同じ事を言ったのだが、なぜかケネディは賞賛されトランプは好戦的だと批判されている。

日本が中国の弾道ミサイルに攻撃されたらアメリカは核兵器による反撃を行い得るというのは、日本にとっては非常に好都合な事です。

こういう事をアメリカの大統領が年に1回ぐらい発言してくれたら、新型戦闘機300機分くらいの抑止力があるでしょう。

アメリカは今まで南シナ海や尖閣諸島問題に中立姿勢を取っていたが、米国防総省は東アジアに重装備の海兵遠征部隊(MEU)を派遣する方針を示しました。

日本、韓国、フィリピン、タイ、ベトナムさらに台湾などに強力な地上軍を配備し、海上には核戦力を配備したら中国と対決する事が可能になります。

今までアメリカへの挑戦者は全て軍事的対決に体力を消耗して破れていて、バブル期の日本は最初から米軍の占領下にありました。

軍事力で主導権を握った国が経済のルールを決め、軍事的弱者は強者が作ったルールに従うしかありません。

中国が軍事力の競争で米軍に破れたなら、経済成長もアメリカへの挑戦も終わるでしょう。


(私のコメント)

トランプ大統領の発言が物議をかもしていますが、「わが国は対中日韓で巨額を失っている。これらの国は殺人を犯しながら逃げている」と言うのは、トランプ流の発言であり、中国を刺激しないために日本や韓国を加えているのでしょう。トトメス5世のブログで指摘しているように、アメリカは30年にわたって中国を戦略的パートナーとして外交してきた。

クリントン大統領からオバマ大統領に至るまで、アメリカは中国を最恵国待遇で扱ってきた。それが変わり始めたのは中国主導のAIIB加盟問題であり、アメリカはEUやその他の国から見捨てられて、アメリカの言いなりになったのは日本だけといった状況になってしまった。気がついたらアメリカは世界から孤立してしまっていた。

特に英独仏伊のアメリカへの裏切りはショックだったことでしょう。アメリカが中国を戦略的パートナーとして遇してきたのは、それだけ経済的な利益があると見てきたからですが、確かにアメリカの大企業は中国に多額の投資をして稼いできた。中国も経済発展をして世界第二位の経済大国となり軍事大国となった。

その割を食ったのが日本で有り、為替で1ドル70円台にまで釣り上げられて輸出では儲からなくなってしまった。今まで海外に1ドル売れば120円入ってきたのに、75円しか入ってこなくなれば輸出企業はどこも儲からなくなる。アメリカは為替相場の主導権を持つことで日本に制裁をして中国を優遇してきた。

アメリカが中国を優遇してきたのは、経済的成長余力が中国にあると見込んだからだ。日本や韓国や台湾などで成功してきた経済成長モデルを中国に当てはめるだけであり、日本だって1ドル360円でアメリカに輸出してボロ儲けしてきたのだ。ところが85年のプラザ合意で為替相場で経済制裁を受ける身になってしまった。

ならばアメリカが、円高ドル安を仕掛けて来たのなら、日本も対抗して金融緩和して円安にすべきだったのですが、日銀がかたくなに金融の引き締めを行って円高に持って行ってしまった。財務省が気休めに数兆円の為替介入したところでその程度の介入では瞬間的に蒸発してしまう。

黒田バズーカで円は80円台から120円台にまで円安になりましたが、超金融緩和すれば円安になることが政府日銀は知らなかったのだろうか。黒田バズーカが認められたこと自体がアメリカの外交スタンスの変化によるものであり、アメリカは今度は中国を押さえ込む方向にスタンスを変えつつあるのだろう。

中国はアメリカの覇権に挑戦的な態度をとりつつあり、アメリカ国内でも貧富の格差が広がってきて、プアホワイトたちがトランプを大統領にした。アメリカの多国籍企業は豊かになって経済も好調で株価も上がりっぱなしだが、ラストベルト地帯は貧しいままだ。

日本の長期の経済的不調はアメリカにばかりにあるのではなく、国内の硬直的な雇用体制にあるのですが、年功序列で社長になった経営者では新しい環境に適応ができない。トトメス5世でも、「ゴミ国家はしょせんゴミでしかないので、社会の効率が悪く、永続的な経済成長はできないのです。」と述べている。

政治家にしても世襲政治家が増えてしまって、社会の変化にどうしても適応ができなくなっているのだろう。アメリカが円高を仕掛けてきたら日本も有効な反撃をすべきだったのでしょうが、日米安保体制の方が気楽でいいらしい。外交をアメリカの任せればそれで済むからだ。

果たして中国がアメリカを凌ぐ大国となり、アメリカはそれを容認するだろうか。アメリカの力が相対的に落ちてきているのは確かだが、AIIBに見るようにEUにも見放されて日本もこのままコケてしまえば、アメリカの自殺行為になる。日本の弱体化がアメリカの利益になったのだろうか。




日本が成熟という名で成長を拒否してきた四半世紀の間に、よその国では子供が大人
になるくらいの進歩がありました。中国も韓国も技術力では日本の先を行くようになった


2018年2月13日 火曜日

made in Japan神話は過去の話 2月12日 非国民通信

?半年ばかり前、会社でHuaweiのWi-Fiルータが導入されました。その際に判明したことなのですが、私の勤務先の部長と課長は「Huawei」が読めません。まぁ別に海外メーカーの読み方が分からないぐらい、大したことではないのかも知れません。

 ただ、私の勤務先は通信業界です。グループ会社の中にはMVNO事業を運営しているところもあれば、SIMフリーの端末を販売しているところもあります。

 そしてHuaweiは通信機器では世界2位のシェア、スマートフォン販売でも世界第3位、日本国内のSIMフリー端末では売り上げ首位を独占し続けているわけです。まさしく業界の巨人なのですが、それを通信業に分類される会社の部長と課長が知らないってのは、どういうことなのでしょうね。

?なお上述のファーウェイ社は日本で新卒採用するにあたり、40万円を超える初任給を提示して話題を攫った会社でもあります。「初任給(20万円ちょっと)を引き上げたのに人材が集まらない!」などと寝ぼけたことを繰り返している日本企業では、もはや逆立ちしたって敵わない会社です。しかし、通信業界の部長と課長は、その読み方すら知りませんでした。

 確かに、社内ルールや社内用語、経営トップの趣味嗜好を把握することの方が、日本で働く上で重要なのは確かだと思います。でももう少し、世界の動きに目を向けてもいいんじゃないのかな、とも感じました。まぁ、日本人の中には90年代以前で時計の針が止まっている人も少なくない、今でも技術面では日本企業が優れていると信じている、中国や韓国ほか諸外国の企業を侮っている人も多いのかも知れません。

「遅い、安全でない、検査不合格」ジャマイカ側の言い分(朝日新聞)

?東京都大田区の町工場が開発した「下町ボブスレー」が平昌(ピョンチャン)五輪直前に、ジャマイカチームから「使用拒否」を通告された。不採用の事情について、ジャマイカ・ボブスレー連盟のクリスチャン・ストークス会長が朝日新聞の取材に答えた。

(中略)

?行き違いの始まりは昨年12月のワールドカップだという。輸送トラブルで下町のそりが届かず、ジャマイカチームは急きょラトビア製のそりに乗った。「すると驚異的に成績が伸びた。五輪出場権獲得へ大事な時期だった」とストークス会長は話す。このそりに乗り続け、出場権を獲得した。

?一方、下町のそりについて、ストークス会長は「遅い」「安全でない」「機体検査に不合格」の3点を強調。「1月に行われた2度の機体検査に不合格だった。五輪でも失格の恐れがあった」と語る。

?下町側は不合格を認めたうえで、「すぐに修正できる細かい違反だけ。一時は合格も出た。五輪には間に合う」と反論した。だが、ジャマイカ連盟は実績のある海外メーカーを選んだ。

?……で、こちらの報道です。そりの性能に関しては単純に測定できるものではないにせよ、日本製は「2度の機体検査に不合格」であり、ラトビア製のそりへ変更したことが出場権を獲得する好成績に繋がったという揺るがぬ実績があるわけです。

 元より「下町ボブスレー」は日本代表チームからも採用を断られてきた代物ですから、これを擁護するのはかなり難しいように思います。契約面でトラブルに発展するリスクを背負ってもなお使用は避けたい、それが「下町ボブスレー」の評価なのですね。

?日本の町工場には世界レベルの技術がある、という伝説があります。そうした伝説を信じて動き出したプロジェクトの一つがこの「下町ボブスレー」だと言えます。結果はご覧の通り、競技者からは「付き合ってられない」と通告されるレベルです。

 確かに90年代以前なら、日本は世界に冠たる技術大国だったのかも知れません。しかし日本が成熟という名で成長を拒否してきた四半世紀の間に、よその国では子供が大人になるくらいの進歩がありました。中国も韓国も技術力では日本の先を行くようになった、その現実は直視しなければいけないでしょう。

?日本企業が中韓メーカーの後塵を拝するようになっても、「日本製の部品」は一定のシェアを残しているところはあります。「○○には日本の部品が使われているのだ」と、誇りを抱く人も一定の割合でいるようです。

 しかし本質的な問題として、部品を供給する日本企業と、供給を受けて製品を販売する外国企業のどちらが利益を上げているかは問われるべきでしょう。国内で言われるほど「日本製の部品」に唯一無二の価値があるのなら当然、高値が付くはず、相応の経済的利益もあってしかるべきですから。

?私自身、前職では「日本では一社しか製造していない」部材を取り扱うことがありました。他に代替となるメーカーは存在しなかったのですが――その取引先が儲かっているかと言えば、全くそんなことはありませんでした。

 結局ブルーオーシャンには理由があると言いますか、魚のいない不毛な海に漁に出る人はいないわけです。競合がいなければ同業他社との争いは発生しませんが、だからといって販売相手に対して強気に出られるかと言えば、決してそんなことはないようです。寡占市場でもニッチすぎる商材には、それ相応の値段しか付かない、と。

?そして「日本製の部品」を諸外国の企業に供給する下町の町工場ですが、日本国内の技術力幻想を満たしこそすれ、供給先企業に対して強気に出られるだけの能力などないのが実態なのではないでしょうか。

 ともすると市場を独占しているように見えるのは、「儲からないから」競合他社が発生しにくいだけ、大手企業からすれば「儲からないから」ヨソに外注したいだけ、その結果とも言えます。日本製部品の採用例が多いからと言って、それが優れているとは限らない、実態は安上がりな下請けとして利用されているだけ……なんて可能性もあるはずです。

?日本の、とりわけ小さな町工場の「技術力が高い」という幻想にしがみついていれば、精神的な満足感は得られるのかも知れません。しかし、経済的な利益は得られたのでしょうか。経済的な利益を酸っぱいブドウのように考えて自分を慰めているのなら、その先はありません。

 「下町ボブスレー」も、日本人に夢を見せる読者参加型の物語としては一定の成功はあったのでしょう。しかし、結果はご覧の有様です。夢から覚めるべき時間は、既に来ていると思います。



(私のコメント)

日本の下町工場の技術力は本物なのでしょうか。下町工場が後継者がいなくて廃業する工場が多いようですが、儲かっていれば後継者には困らないはずだ。町工場は慢性的な借金で苦しんでおり、借金を背負ってまで社長を引き受ける人がいないだけの話でしょう。

工作機械の進歩が著しく、日本で作ろうが韓国や中国で作ろうが変わりのないものがつくれれば、親会社は安い方に注文するようになるだろう。手作業で熟練を要するような仕事は今の若い人には耐えられないかもしれません。日本の技術力といっても積み重ねによるものであり、自動車業界では通用しても、電機業界では通用しなくなっているようだ。

下町ボブスレーが話題になっていますが、なぜボブスレー1台つくるのに7千万円もかかるのでしょうか。ラトビア製のボブスレーは3百万円だそうですが、その差はどこから来ているのだろうか。下町ボブスレーにはダイアモンドでも散りばめているのだろうか。ボブスレーといっても単なるソリであり、7千万円もどうしてかかるのか。

加工用機械から全部揃えて行ったら確かに数千万円かかってもおかしくはない。それではとても下町ボブスレーとは言えず、一種の公共事業になってしまう。その金は日本政府から出るのだろうか。このプロジェクトには高級官僚が絡んでいるという話がありますが、これもスパコン疑惑のように金だけがめったやたらとかかるようだ。

日本の物作りはどこに行ったのだろうか。三菱のMRJも未だに完成せず機体は重たくなる一方のようだ。完成予定は延期に次ぐ延期であり、いつ完成するのかもわからない。MRJにしても下町ボブスレーにしても経済産業省が絡んでいるようですが、役所が絡めば成功するのも失敗するだろう。役人に物作りはできないからだ。

開発支援の名目で予算がつくようですが、金を出せば役人が当然口を出してくる。だから物作りに失敗する。ボブスレーの開発にも大田区が金を出しているから構造は同じだ。このような官民一体化したプロジェクトが成功するわけがなく、当然の結果が出ただけだ。

調べてみると制作スタッフが競技のルールも知らずに設計して、その図面を下に下町工場が作ったが、誰もボブスレーを知らず、日本選手からも設計の聞き取りなどしていなかったようだ。だからとんでもない物ができて、日本チームすらも下町ボブスレーは採用しなかった。

MRJにしても、後発のエンブラエルやボンバルディアの方が先に完成しそうだ。日本の物作りは何処に行ってしまったのでしょうか。開発費だけがどんどん膨らんでいって時間だけが経過していく。東芝の原発もアメリカで工事が行われていたが、東芝の幹部は誰も現場を見に来ることはなく、作業員たちは工事が中止になって何もしなくても給料はまるまるもらっていた。

火力発電事業でも、三菱と日立は問題を抱えており、南アフリカの工事の遅延で大損害を出しているようだ。ここにも経済産業省の政策が絡んでいるようですが、役人が絡んだ事業はみんな失敗をするのは、役人たちが無能であり金をばら撒くことしか興味がないからだ。




ミサイルの脅威のようには、人口減少の恐怖というのは直に感じとれるものではない。
問題を実際の危機として実感することが難しいところに問題があるように感じた。


2018年2月12日 月曜日

イギリスのテレビ局も驚愕した日本の「国難レベルの人口減少」 2月10日 現代新書

「新書大賞2018」(2月10日発表/中央公論新社主催)で2位に輝いた『未来の年表』は、昨年6月の発売以来、43万部を超える大ベストセラーとなっている。すでに台湾で翻訳出版されるなど、日本が少子高齢化にどう立ち向かうか、世界がその動向を注目している。とくに強い関心を寄せるのは、同じ島国であるイギリスだ。

イギリス人の寄せる関心

「いまの日本は少子高齢化が進み、人口が大きく減り始めています。日本の総人口は約1億2700万人ですが、このままだと50年で3分の2の数になり、100年で半減していく。

100年あまりで人口が半減しようとしている人口大国は、世界の歴史のなかでもひとつもない。北朝鮮のミサイルの脅威や大災害と同じように、国家を滅ぼし得る脅威であり、これを私は“静かなる有事”という言葉で説明しています」

43万部を超える大ベストセラー『未来の年表』著者の河合雅司氏が語る、こんな言葉が英語に翻訳されると、目を見開いて、「Oh really?」と声を漏らした人がいる。

イギリスのテレビ局「チャンネル5」のニュース特派員として来日し、このたび河合氏にインタビューを行ったピーター・レーン氏だ。

彼はもともと、日本のロボット技術について取材するために来日した。しかし、その取材過程で日本の少子高齢化、人口減少問題の深刻さを知り、取材予定を急遽変更して、河合氏にテレビ番組出演を申し込んだという。

そして、ピーター・レーン氏の取材は、日本旅館・星のや東京にて実現し、この時に取材された内容は、先月、家族向けニュース番組内で報じられた。

その番組名は、「How can Japan solve its population problem?」(日本はどうすれば人口問題を解決できるだろうか?)である。

放送時間が限られていたために、河合氏が出演した時間もわずかだった。だが、インタビュー中のピーター氏は、「OK、OK!」と、河合氏の発言内容に興奮する自らを落ち着かせながら、日本でまず何が起こっているのか? なぜ日本でこうした問題が起きているのか? に強い関心を寄せた。

河合氏が冷静に語る。

「先進国に共通したことではあるが、文化の成熟とともに婚期や出産の時期が遅くなる傾向があり、結果的に生涯を通じて、ひとりの女性が出産する子供の数が減っていってしまった。一方で日本は長寿化が進み、高齢者の数は増えていくわけです。

では、なぜ日本で少子高齢化問題が起きるのか? 日本が島国で外国との接触が少なかったこともあって、移民を受け入れることには消極的だったところがある。

また、第2次ベビーブーム以降の団塊世代ジュニアの働き方が変わったという要因もある。独自の終身雇用に限界が来て、非正規雇用が増え、所得が不安定となり少子化を加速させた」

河合氏の発言に、ピーター氏は「この人口問題の臨界点はいつと見ているのか?」と問うた。その表情からは、河合氏に会った時に見せた笑みはもう消えていた。

これに対して、河合氏はこう答えた。

「2020年には女性の人口の半分が50歳以上の社会となる。それについては、出産適齢期を過ぎた女性が、日本の女性人口の半分を占めるという見方もできる。そうなれば少子化は一気に進むでしょう。機械的な計算をすれば、西暦3000年に日本の人口は2000人になると試算されています

「2……thousand……people?」

ピーター氏の開いた口は、なかなか塞がらなかった。

河合氏への取材を通して、ピーター氏は日本の人口減少の問題をどう考えているのだろうか?

日本の人口問題が海外でどう見られているのかに強い関心を抱いていた私たちは、ピーター氏への「逆取材」を試みた。

イギリスで生まれる3人に1人が移民の子

―河合氏の話を聞いてどう感じた?

日本の人口減少問題が、北朝鮮のミサイルの脅威と同じように深刻であるということがわかり、非常に興味深い。

しかし、ミサイルの脅威のようには、人口減少の恐怖というのは直に感じとれるものではない。問題を実際の危機として実感することが難しいところに問題があるように感じた。

―イギリスでは、日本の人口減少問題がどの程度認知されているのか?

イギリス人は、こうした問題が日本で起こっていることをまだまだ知らない。イギリスでは移民を多数受け入れており、2030年まではむしろ人口は増え続けるだろうと言われている。

一方で、年金や福祉、医療の負担が増え続けていることがにわかに問題となっている。その一環で、ゆくゆくは高齢化社会について議論が必要だということをゆっくりと気づいている最中だ。日本は人口が増えるイギリスとは真逆の状況にあることに気づき、驚いている。

―日本では移民に対して消極的だが、それをどう思う?

私自身は多文化な環境で育ち、ヨーロッパ人というアイデンティティを持っている。しかしイギリスで生まれる子供の3人に1人が移民の子供になっている一方、仕事・学校・医療のサービスが十分に受けられないという、ネイティブ・イギリス人が多くいるのも事実。

結局、多くの人がブレグジット(EU離脱)を選んだのも、移民が溢れすぎているからだ。……移民と純粋なイギリス人とのいい比率を知っていれば私は今頃、総理大臣にでもなっていただろうね。

移民はたしかに効果的だが、戦略的、かつ選択的になる必要がある。産業の中で人材が足りない場所を国が見極めてマッチングするとか、コントロールすることが大事だろう。

―イギリスもいずれは日本と同じ道を歩むのではないか?

イギリスは若い移民労働者に頼っているところが大きく、ネイティブのイギリス人の出生数を増やす政策などは行っていません。ブレグジット後がどうなるかもわからないし、同じ島国であっても、イギリスはヨーロッパ大陸との距離が近い。他国と距離がある日本と決定的に違う点だ。

とはいえ場合によっては、ゆっくりだがイギリスも日本と同じ道を辿ることもあるかもしれない。そういう意味で今後の日本の動向は注目に値する。日本はロボット技術が進んでいるということもあり、それが答えになるかどうかはわからないが、ひとつの対策として、その可能性は高いのではないか。(後略)



(私のコメント)

今日はメモ帳で書いていたらメモ帳が完成した途端に消えてしまって、全て書き直しになってしまった。少子化問題は何度も「株式日記」でも書いてきましたが、日本の根本問題であり、逆ピラミッドの人口構成は国家政策の歪みが反映されたものだ。安部総理自身が子供がなく、少子化の象徴でもあるようだ。

一夫一婦制では、当然のように子供ができない夫婦ができてもおかしくはない。ましては高齢で結婚する夫婦が増えてくれば、当然子供ができないという結果にもなる。女性には出産適齢期が有り、これはいくら若く見えても女性の卵子は老化して子供が出来にくくなる。

だから20代前半で結婚することが望ましいのですが、女性の大学の進学率が高くなれば、卒業したらすぐに結婚しないと出産適齢期が過ぎてしまう。30代後半になれば出産率は半減して子供ができなくなる。高齢出産は妊産婦の生命にも関わることが多くなる。

少子化問題を考えれば、女性の人権問題にも関わってくる問題にもなるから誰もが避けたくなるのも原因なのだろうか。政治家が女性は子供を産む機械と言っただけでも政治問題になってしまう。「機械」というのは言葉のアヤなのですが、女性の人権意識の高まりが少子化問題にも、微妙に影響しているようだ。

「株式日記」でも女性もフルタイムで働くべきだと書いたことがありますが、フルタイムで働けるような環境にすることが先決ですが、企業側はやりたがらないし、女性の採用を控えてしまうようになるだけだ。女性の働けるピークと出産のピークは重なっており、両方を同時にすることはできない。

せめて外国人家政婦を解禁して、フルタイムで働く高給の女性は家政婦を雇って家事を代行させないとフルタイムで働くことが難しい。欧米でもフルタイムで働くエリート女性は家政婦を雇っていることが多いようだ。しかし日本では外人労働者を受け入れることは難しく、安い外人家政婦を雇えない。

イギリスでは3人に一人が移民の子供だということですが、将来的にはイギリス人の3分の一が移民になるということだ。移民にしてみれば子供をじゃんじゃん産んで仲間を増やすことが生存競争で求められており、国家の福祉政策の恩恵を受けて育てれば、本来のイギリス人にしわ寄せが行く。




利益が出せるかどうかの保証などもない植民地ビジネスはリスクが大きく、割に合わない
のだ。「植民地=収奪」という根拠のない「つくられたイメージ」を一度、捨てるべきだ。


2018年2月11日 日曜日

植民地経営は大損だったのに… 2月10日 宇山卓栄

欧米列強は18世紀以降、本格的に海外を植民地化した。植民地化によって、現地人を搾取して、利益を収奪したという一般的なイメージがあるが、植民地経営はそれほど簡単なものではなかったし、収奪する程の利益など、植民地にはほとんどなかった。

海外を植民地化することは莫大な初期投資がかかり、費用対効果という観点からは、とても受け入れられるようなものではない。常時、軍隊を駐屯させる費用、行政府の設置・運用とその人件費、各種インフラの整備、駐在員の医療ケアなど、莫大な費用がかかる。その行政的手続きも極めて煩雑になってくる。

初期コストや投資金を無事に回収し、安定的に利益が出せるかどうかの保証などもない。植民地ビジネスはリスクが大きく、割に合わないのだ。「植民地=収奪」という根拠のない「つくられたイメージ」を一度、捨てるべきだ。

教科書や概説書では、植民地経営の成功例ばかりが書かれている。例えば、オランダはインドネシアを支配し、藍やコーヒー、サトウキビなどの商品作物を現地のジャワの住民に作らせ(強制栽培制度)、大きな利益を上げていたというようなことだ。しかし、このような成功例はごく一部であって、ほとんどの場合、投資金を回収できず、損失が拡大するばかりであった。実際、19世紀、ヨーロッパのアフリカの植民地経営などはほとんど利益が上がらなかった。

文明化への使命

では、なぜ、欧米は大きなリスクをとりながらも、植民地化に取り組んだのか。それは経済的な動機というよりも、思想的な動機が強くあったからだ。

近代ヨーロッパでは、啓蒙思想が普及した。啓蒙とは「蒙を啓く」つまり無知蒙昧な野蛮状態から救い出す、という意味である。啓蒙は英語でEnlightenment、光を照らす、野蛮の闇に光を照らす、という訳になる。啓蒙思想に基づき、西洋文明を未開の野蛮な地域に導入し、文明化することこそ、ヨーロッパ人の使命とする考えがあった。

イギリスのセシル・ローズ(Cecil John Rhodes、1853年〜1902年、は南アフリカのケープ植民地首相)などはこうした考え方を持っていた典型的な人物であった。

ローズは、アングロ・サクソン民族こそが最も優れた人種であり、アングロ・サクソンによって、世界が支配されることが人類の幸福に繋がると考えていた。

開明化された地域が資本主義市場の一部に組み込まれれば、利益をもたらすという狙いも最終的にはあったかもしれないが、「文明化への使命」という考え方が割に合わない植民地経営のリスク負担を補っていた。

当時のヨーロッパ人というものは、我々が考える以上に非合理的であり、昔ながらの精神主義に拘泥していたと言ってよい。

実は、日本の植民地政策にも、このような啓蒙思想を背景とする思想的動機が強くあった。韓国や台湾を植民地化して、当時の日本に利益など全くなかった。元々、極貧状態であった現地に、日本は道路・鉄道・学校・病院・下水道などを建設し、支出が超過するばかりだった。それでも、日本はインフラを整備し、現地を近代化させることを使命と感じていた。

特に、プサンやソウルでは、衛生状態が劣悪で、様々な感染症が蔓延していたため、日本の統治行政は病院の建設など、医療体制の整備に最も力を入れたのだ。

日本人はヨーロッパ流の啓蒙思想をいち早く取り入れ、近代化に成功し、それを精神の前提として、植民地政策を展開した。何の儲けにもならないことのために。

1995年、当時の首相村山富市が発表した「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題された談話(いわゆる「村山談話」)には、以下のような下りがある。

植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。

このような文言は「植民地=収奪」という「つくられたイメージ」を前提にしていると言わざるを得ない。植民地支配によって、我が国は「多大の損害と苦痛」を「与えた」のではなく、「被った」のである。



(私のコメント)

韓国では平昌冬季オリンピックが開会しましたが、これほど政治に利用されたオリンピックも珍しいだろう。韓国は前のめりになって、北朝鮮代表団に随行してきた北朝鮮政府の高官に付き添うように同行していますが、レセプションではアメリカのペンス副大統領は5分足らずで退場してしまった。

本来ならば韓国が先頭に立って北朝鮮の核とミサイルに対して対抗しなければならないはずですが、北朝鮮の民族主義に取り込まれてしまって迎合しようとしている。韓国はアメリカが作った国であり、冷戦時代は西側陣営のショーウィンドウとして、アメリカや日本からの経済援助で経済的に発展した。

戦後においては、日本もアメリカからの経済援助で高度成長した国であり、日本とアメリカは植民地と帝国の関係が続いている。戦後においては植民地の多くが独立して欧米諸国は植民地を失う結果となりましたが、日本も朝鮮半島や満州や台湾を失った。日本は多額の投資をこれらの地域に行ったが、それが戦後になって生かされている。

韓国や台湾は、経済先進国の仲間入りをしていますが、それらは戦前における日本からの投資がベースにあるからだ。特に教育面における整備によって人材が多く育つようになった。中国近代化なども満州の経営が基礎になっており、中国空軍は日本のパイロットたちが中国に残って育成したものだ。だから朝鮮戦争では中国人パイロットがミグ15を乗りこなして戦うことができた。

戦前における帝国と植民地と、戦後における帝国と植民地の関係は明らかに変質しましたが、帝国循環そのものは変わってはいない。インドは大英帝国に綿花を輸出して外貨を稼いだが、ポンドは大英帝国に滞留して使われた。戦後においては日本や中国はアメリカに輸出して外貨を稼いだが、ドルはアメリカに滞留してアメリカで使われている。

日本は中国は米国債を買いあさっているがドル建てで買っているから、紙切れになる恐れがある。なぜ円建てでアメリカ国債を買わないのだろうか。それを日本の政治家も経済評論家も誰も議論しようとはしない。中国なら人民元建てのアメリカ国債を買うといった要求を突きつけるかもしれない。

アメリカが冷戦崩壊以降に中国を改革解放させて、中国に資本や技術を援助して高度経済成長させましたが、これも帝国循環の視点から見れば理解できることだ。しかし中国は日本のようにアメリカに対して素直ではなく、アメリカに代わる帝国としての野望を持っている。その野望がだんだん明らかになってきたのでアメリカではトランプ政権ができましたが、中国を押さえ込めるだろうか。

学校の歴史教育では、「欧米列強は18世紀以降、本格的に海外を植民地化した。植民地化によって、現地人を搾取して、利益を収奪したという一般的なイメージ」で教育されているが、本当にそうだったのだろうか。日本にしても朝鮮や台湾や満州に多額の投資をしてきたが、それを言うと大臣でも首が飛んだ。




本当のお金持ちは、衝動的な消費に対して財布の紐が堅い一方で、人脈を広げる
こと、学ぶこと、価値ある体験、健康などの投資にはしっかりとお金を使います。


2018年2月10日 土曜日

成金とは違う、本当のお金持ちに見られる4つの共通点とは? 2月9日 ファイナンシャルフィールド

お金に余裕があって、しかも、心も豊かであるということは皆さん、憧れますよね。

数多くのお金持ちを見てきて感じたことは、心も満たされ、豊かな人生を送っている「本当のお金持ち」と単なる「成金的なお金持ち」は、お金の価値観が全く異なるということです。
そして、資産額100万ドル以上(約1億2000万円)を超え、心も豊かな「本当のお金持ち」には4つの特徴があると気づきました。

1世帯あたりの平均家計資産は3491万円。1億円以上は上位6.1%。

本題に入る前に、日本人の平均的な貯蓄額を見てみましょう。

総務省統計局の「平成28年家計調査報告」によると、2人以上の世帯の家計の貯蓄額は、1世帯あたり平均で1820万円、平均値を下回る世帯は全体の67.7%を占め、4000万円以上の世帯は、12.6%という結果となっております。

また、世代別に貯蓄額を見ると、70代以上が2446万円、60代が2312万円、50代が1802万円、40代が1065万円、40代未満が574万円となっております。

参考元:総務省統計局家計調査報告(貯蓄・負債編)−平成28年(2016年)平均結果速報−(二人以上の世帯)

次に、貯蓄額に、不動産などの資産も加えた、家計資産について見てみます。

総務省統計局の「平成26年全国消費実態調査」によると、平成26年11月末時点での2人以上の世帯の家計資産は、1世帯あたり平均で3491万円という結果となっています。しかし、平均値を下回る世帯は全体の6割以上。
つまりは、富裕層が全体の平均値を引き上げている形です。なお、2人以上の世帯で、家計資産が1億円以上の世帯は上位6.1%でした。

心も豊かな「本当のお金持ち」の4つの特徴

さて、豊かな人生を送る「本当のお金持ち」に共通する特徴はどんなところなのでしょうか?

今まで、私がいろいろとお会いした中で、気づいたその共通する特徴は以下のとおりです。

(1)見栄を張らないことを意識しており、外見からはお金持ちに見えない
(2)無駄なところにお金をかけない。でも、ケチではなく、必要なところにはお金をかける倹約家
(3)お金儲けをネガティブに捉えず、リテラシーをきちんと持っている
(4)消費と投資を明確に区別していて、使い方が上手

本当のお金持ちは、見えるところよりも、見えないところにお金を使う傾向があり、一見すると質素で、外見で判断することが難しいこともあります。

そして、物事の本質を捉え、優先順位や、自分の基準がしっかりしており、有意義なことにしかお金を使いません。特に、倹約家が賢いと思っているところから、倹約情報にとても関心があるようです。

また、お金に振り回されず、お金との付き合い方が上手な印象があります。でも、本音のところを伺うと、どうやら、実は、使い方については、常に悩まれているのだそうです。

一方、成金的なお金持ちの特徴としては、見えるところばかりに執着し、軸がないためお金に振り回されてしまったりする傾向があります。
特に、このままどんどん収入が今までどおり上がっていくと勘違いをして、身の丈以上の支出をしてしまう傾向があり、生活水準を変えてしまっているために、結果的にお金が残らない人が多いようです。

消費と投資を明確に分けることが大事

そして、本当のお金持ちは、衝動的な消費に対して財布の紐が堅い一方で、人脈を広げること、学ぶこと、価値ある体験、健康などの投資にはしっかりとお金を使います
また、自分の資産を社会貢献に使う人も多くいます。長い目で見て、きちんと使うべきところで使うことの重要性を分かっているからです。

先日、ある資産家の方にお金の価値観、大事にしている習慣をこっそり教えていただきました。

お金は不幸を避ける道具だと思ってます。そして、大事にしていることは、常に余裕がある中で使うということです。特に、お金を持って感じるのは、お金を使う権利を持てば持つほど、人の品格が問われるということです。

余裕を持つということは、本当の意味での豊かさや、品格にもつながるんですね。

お金持ちを目指すなら、ライフプランを作成しよう

心が豊かなお金持ちのようになりたいならば、ライフプランを作成して、どこでお金を使うべきかを明らかにすることが必要です。

その際、自分のお金の価値観、優先順位は何か考え、定量的(どれだけ稼ぐか)・定性的(どのように使うか)の2つの軸で作成しましょう。過去を振り返り、「見える化すること+自分の価値を高めるにはどうするかを考えること」が重要です。

ちなみに、私はライフプランを個人・家族・会社の3つの角度から考えるようにしています。継続的にお金をマネジメントするために、ライフプランを作ることをおすすめします。

日本人はお金儲けの話をすることをネガティブに捉える傾向があります。しかし、本当のお金持ちはお金儲けをポジティブに捉え、意見交換にも積極的です。
もちろん、むやみやたらにお金の話をする必要はありませんが、お金に関する情報交換はとても有益なものです。お金儲けに対してポジティブな気持ちを持つことも、お金持ちへの近道かもしれませんね。



(私のコメント)

私は副都心に商業ビルを持ち、リゾート地にアパートを持って経営している資産家ということになりますが、金持ちとか資産家といった気持ちが未だに実感ができない。ビルやアパートの資産価値を計算すれば数億にはなりますが、ついこの前までは借金返済に苦しむ貧乏人だったからだ。

住宅ローンで豪邸を買って返済してきた人も完済すれば自宅は自分のものになりますが、自宅では収入を産まない。毎月返済してきたローンが無くなるだけだ。私の場合は毎月家賃が入ってくるから生活そのものが一変してしまう。去年から今年にかけて土地を買ったり、設備投資をしたりして金を使いましたが、預金残高は増える一方だ。

このように書くとやっかみ半分のコメントが来そうですが、30年近く続いてきた倹約生活の習慣は変えられない。豪華マンションや豪邸に住んでベンツを乗り回す様な生活には馴染めない。着るものも着たきりスズメであり、炊事洗濯買物なども自分一人でしなければならない。

美人の愛人を囲うということもなく、派手な生活とは全く縁がない。今年から海外旅行などもしてみたいが、ファッションやグルメや海外旅行とは無縁の生活をしてきた。そうしなければ破産の生活が待ち構えていたからだ。これなら普通のサラリーマン生活の方が良かったと後悔した時もありましたが、幸運にも生き延びることができた。

今は資産家でも、3代続けば税金などで持っていかれるから、資産家階級でもいい思いが出来るのは2代目までだ。3代目でなぜダメになってしまうかというと、派手な生活が小さい頃から身についてしまって、倹約した生活ができないからだ。派手な事に金を使えば数億円の金などあっという間になくなってしまう。

記事でも、「見栄を張らないことを意識しており、外見からはお金持ちに見えない」という事ですが、私もボロ靴を履いてボロ服を着ているから普通の浮浪者と変わりがない。消費もファッションやグルメや海外旅行とも縁がない。これでは女性にモテないのは当たり前ですが、モテるのは成金連中だ。

記事でも、「一方、成金的なお金持ちの特徴としては、見えるところばかりに執着し、生活水準を変えてしまっているために、結果的にお金が残らない人が多いようです。」と指摘していますが、テレビ番組でも有名になった成金社長は、多くが数年後には没落している。

問題はお金の使い方ですが、「お金を持って感じるのは、お金を使う権利を持てば持つほど、人の品格が問われるということです。」ということであり、何に金を使うかが問われることになる。美人の愛人を囲うにしても、金遣いの荒い愛人を持てば身の破滅につながるだろう。(笑)




「やりたいこと」をたくさん後回しにしておくと、現実の「処分可能時間」
では半分もできないのが現実です。今すぐ始めることをお勧めします。


2018年2月9日 金曜日

「残された時間は半分だ」という現実を認識する! 2月8日 荘司雅彦

学生時代、夏休みや冬休みに「計画倒れに終わった」を経験した人は少なくないと思います。

かくいう私も学生時代は「計画倒れに終わった」経験ばかりです。これは処理能力の問題ではなく、人間の認知の歪みが原因なのです。

1979年に、行動経済学者であるダニエル・カーネルマンとエイモス・トベルスキーが「プランニングの誤謬」として発表しました。

学位論文を書くのにどれだけの時間が必要かと問われた学生たちは平均して33.9日、最悪の事態を想定しても平均48.6日で完成すると回答しました。

ところが、実際にかかった時間を後刻平均すると55.5日になったのです。

「プランニングの誤謬」は、人間は未来にかかる時間の想定を一貫して楽観的に間違う傾向を持つことを解明しました。

いくら現実的に見積もったつもりでも、その見積もりは認知のレンズで歪んでしまうのです。

拙著「最強の勉強法」でご紹介した方法論の一つは、試験までの「可処分時間」を計算し、こなしたい課題にかかる「必要時間」を計算することです。

「可処分時間」と「必要時間」を比較すると、その差に愕然とします。あまりにも「可処分時間」が少ないので、泣く泣く課題を絞り込む必要があるとご説明しました。

この方法は、楽観的に多めに見積もってしまう「可処分時間」が現実にはいかに少ないかを自覚し、達成可能な計画を立てるためのものです。この方法を採用してから、私はようやく「残念な計画倒れ」から解放されることになりました。

「プランニングの誤謬」は、勉強だけでなく仕事や人生計画にも必ず付きまといます。

「1週間もあればできるだろう」と思っている仕事のほとんどは1週間では終わりません(想定外に容易であれば別ですが…)。

ですから、直感的に見積もった時間の2倍程度を予め予定しておくか、先に紹介したように「処分可能時間」と「必要時間」を計算することを強くお勧めします。

恒常的に残業をしないと仕事が終わらないという人も、おそらく「プランニングの誤謬」に陥っているのでしょう。

終業時間までに仕上げられると思った仕事のほとんどは終業時間までには終わりません。

仮に1日を1つの仕事に集中するとしたら、午前中に7割くらい終わらせる勢いでこなしていく必要があります。不測の事態が割り込んでくることも想定すれば、午前中に8割くらい終わらせる勢いが必要かもしれません。

人生もこれと同じです。

「やりたいこと」をたくさん後回しにしておくと、現実の「処分可能時間」では半分もできないのが現実です。

ですから、あなたにとって是非ともやりたいことがあるのなら、今すぐ始めることをお勧めします。



(私のコメント)

私の学生時代に、夏休みが来ると何をしたいと計画を立てましたが、大体3分の1程度くらいしか出来なかった。計画の段階ではできる計算でするのですが、休みに入ると気分がだらけて何もしないでぶらぶらする時間が多くなります。私の性格からしても土壇場に追い込められないと能力が発揮できないのです。

だから夏休みの宿題なども、休みが終わり近くになって慌ててやりだしました。だから計画を立てること自体をやめて、一つのことに集中して、これだけはやるという事にしました。だから私の人生でも、ビルを建ててこれで生計を立てて行くことに絞りました。だから出来たのだと思う。

目標を一つに絞らないと、結局は何もできずに終わってしまうのではないかと思う。もちろんその目標が出来なかった場合の二次的な目標も考えておくべきですが、二次的な目標として土地を買ってアパートを立てて生計を立てることにした。そのうちにビルを建てる話が望みが出てきて建てられるようになった。

ビルが建てられなければ、アパート事業に集中しようと考えていましたが、バブル崩壊でアパートの方の利益は、ビルの返済と生活費に使われてなんとか切り抜けることができました。もしビル以外に収入源がなければとっくに自己破産しているところだった。これは戦略家のリデル・ハートの打ち出したものであり、主目標の他に副目標を作っておけというものです。

荘司氏の言うように、あれもこれもといった目標は半分もできずに終わることが多い。だから主目標とそれができない場合の副目標を立てて進むべきなのでしょう。1日の目標でも同じであり、今日すべきことは午前中にでも終わらせるくらいでちょうどいいのでしょう。

人生全体でも、ひとりの人間ができることは限られており、余命が幾ばくもなくなって、やれなかった事ばかりが多く残ってしまって後悔することが多いようだ。高齢者ともなると余命がなくなってきて、思い残すことがないようにしたいものですが、しかしなかなかやりたいことが有っても面倒になって後回しにしてしまう。

多くの人は、80歳代や90歳代まで生きるつもりになっているのでしょうが、誰もが平均寿命まで生きられるものではない。私もそろそろ終活にかかるべき時が来ているのかもしれない。「処分可能時間」はそれほど残されていないかもしれないからだ。しかし何をすべきかなかなか思いつかない。

今年は海外旅行にも挑戦してみようと思いますが、どこに行きたいかも分からない。私はもともと旅行が好きではないからしなかったのですが、近場から始めてみようと思う。韓国や台湾などでは国内旅行よりも安くできるようだ。




価値を安定させる仕組みが備われば、円やドルではない仮想通貨に、支払の手段、
価値の尺度、価値の保存という通貨の機能が備わることは可能だろう。


2018年2月8日 木曜日

アマゾン、銀行設立か…利用者の利便性大幅向上、従来の銀行ビジネスを覆す 2月8日 真壁昭夫

世界全体で、ハイテク技術を用いた新しいプロダクトの“基盤”を開発しようとする企業が増えている。また、IT業界ではアマゾンやアリババドットコムのように、自社のIT空間を通して、企業や消費者がモノを購入したり、サービスを利用する機会を増やすことが強化されている。ビジネスや消費など、経済活動の“プラットフォーム=基盤”を開発し、シェアを獲得することが多くの企業にとって重要な課題となっている。

 12日に閉幕した世界最大の家電見本市である「CES」は、それを確認する機会となった。アマゾンなどと組んで、トヨタ自動車が新しい自動車のコンセプトを発表したことは、その一例である。トヨタは、衣食住の基盤としての自動車の開発を目指している。

 今や自動車は、IT空間とつながるコネクテッドカーをベースに、デジタル家電などの要素を取り入れて生活の幅広い分野で使われるデバイスと考えられている。このように、IT技術の高度化とその活用が、常識を覆すことが増えている。加えて、多くの企業がIT技術の活用を通した新しいビジネスのプラットフォームを単独ではなく、複数の企業と連携して開発しようとしている。

 金融業界でも、IT技術と金融ビジネスの融合である「フィンテック」を強化する企業が増えている。国内でも銀行業界を中心に“効率化”のためにIT技術が重視されている。そのひとつの例が、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が開発を進める「MUFGコイン」だ。各行独自の取り組みがどのようにして世界的なプラットフォームの開発競争に対応していくかは、国内金融業界の将来を左右する要因のひとつとなるだろう。

■銀行が独自の通貨を発行する時代の到来

 2017年の世界経済を振り返ると、さまざまな“想定外”の出来事が起きた。特に、ビットコインをはじめとする“仮想通貨”の価値がドルや円に対して急騰したことは、多くの経済学者や投資家の関心を引き付けた。

 ビットコインには致命的な問題がある。1ビットコインの価値がどれだけか、裏付けがないことだ。そのため、ビットコインの価値は需給に左右される。欲しい人の数が相対的に多ければ、ビットコインは買われ、価値は上昇する。その逆も然りである。

 価値を安定させる仕組みが備われば、円やドルではない仮想通貨に、支払の手段、価値の尺度、価値の保存という通貨の機能が備わることは可能だろう。それを実現しようとするのが、MUFGコインだ。MUFG以外にも多くの金融機関が独自の仮想通貨を開発し、実用化を目指している。

 MUFGの取り組みは国内では先行している。実用化が進み、各国の金融機関や一般企業との連携が進めば、内外の金融市場で同社の存在感は高まるだろう。そうした可能性を考えると、同社がMUFGコインの取引を行う取引所を開設し、価値の安定した仮想通貨取引を実現させようとしていることは重要だ。

 銀行独自の仮想通貨の発行計画を支えるのが、ビットコインの取引増加で一躍有名になった「ブロックチェーン」と呼ばれる分散型のネットワークシステムである。ブロックチェーンを使えば、1カ所に巨大なサーバーを設置し、コストをかけてデータや情報を管理する必要性が低下する。理論上、ひとつの端末で入力した取引などの記録が金融機関全体のデータと同期化する。休日なども送金を行うことができるようになるだろう。
 
 ATMでの預金引き出しにかかる手数料など、わが国の銀行サービスの満足度は高いとはいいづらい。人口が減少するなかでより多くの顧客を確保して収益を確保するためには、コストの低下と利便性の向上に向けた取り組みを同時に進める必要がある。MUFGコインはその目的達成のための取り組みのひとつだ。そのほかにも、手作業に依存する部分の多い有価証券の売買管理など、ブロックチェーンの拡張性が注目を集めている。

■金融サービスを取り込む、非金融業

 ブロックチェーンには無限の可能性があると考えるITの研究家がいる。それは、過言ではない。ルーティン業務をブロックチェーンによって運営し、省人化を実現しようとする取り組みは加速している。そのために、IT技術と金融理論、あるいは金融サービスを融合させるフィンテックのビジネスが重視され、コストの削減が目指されている。
 
 フィンテック事業の強化のためには、IT技術を専門とする企業などとの連携が欠かせない。国内の金融機関経営者のなかには、フィンテック企業をどれだけ取り込めるかが、今後の競争に生き残れるか否かを左右すると考える者も増えているようだ。こうした発想は、あくまでもビジネスの中心はこれまでの金融だという考えに基づいている。

 それ以上に重要なことは、世界全体で進むビジネスのプラットフォームの開発競争に、金融機関がどう関わっていくかだ。プラットフォーム開発のイメージを持つためには、アマゾンのビジネスを考えるとよい。アマゾンは世界のクラウドコンピューティング市場の30%超のシェアを手中に収めている。生鮮食品から耐久消費財まで、広範な“モノ”を扱うEC(電子商取引)プラットフォームも提供している。事実上、アマゾンがあれば生活できる環境が整いつつある。

 現時点でいえば、データ関連のサービスはアマゾンの収益の柱だ。しかし、同社の経営を見ていると、特定の事業で収益を稼ぐ発想は見当たらない。これは、上述の金融機関経営者の発想とは異なる。アマゾンだけでなく、アリババなどのハイテク企業も、金融サービスを成長実現のためのひとつのピースと考えているはずだ。

 もし、アマゾンが銀行ビジネスに参入すれば、同社の“プラットフォーム”は従来以上のペースで、企業や消費者を取り込む可能性がある。すでに、米国の通貨監督庁の関係者からは、商業を営む企業が銀行業に参入することによって、消費者の利便性が高まるとの認識を示している。“アマゾン銀行”が実現する可能性は高まっている。

■国内の金融機関が促進すべき、グループ外企業との協働

 重要なことは、IT技術の高度化とその実用化に支えられて人々の生活とネット空間の関係が深まるにつれて、社会が変化するということだ。今後、銀行を中心とする既存の金融業界からそれ以外の業界に、金融サービスの担い手がシフトしていく可能性がある。

 大規模かつ急速な社会の変化に、個々の企業が独自の取り組みで対応することは難しい。電気自動車の開発を見ても、多くの企業が他のメーカー、異業種の企業の参加を呼びかけ、オープンなかたちで新しい製品のコンセプトを具体化したり、技術を開発しようとしている。そうした取り組みの背景には、多くの企業、消費者からアクセスされるプラットフォームを整備し、自社のビジネス範囲を拡大させていこうとする考えがある。

 一方、国内金融機関の経営を見ていると、依然としてグループの経営はグループのリソースを軸に進めるべきという考えが強いようだ。一部の経営層には、他行との連携はタブーだとの頑なな考えを持つ者もいるようだ。EC企業など異業種との協働を進める銀行も出ているが、小粒な感は否めない。そうした発想は、かつての電機業界と似た部分がある。シャープ、三洋電機など、わが国の電機メーカーは国内で完成品を生産し、輸出する、慣れ親しんだビジネスモデルに固執し過ぎた。その教訓を、金融業界も生かすべきだ。

 これまでの発想を重視することが、新しい取り組みにつながるとは限らない。往々にして、従来の発想が柔軟な発想を阻害することのほうが多い。国内大手金融機関が協力して仮想通貨の開発と実用化を目指すことは、わが国の発想やフィンテックビジネスに関する規制などが、国際的な競争環境に適応できるか否かを見極めるためにも必要だ。

 ハイテク技術の普及はプラットフォームの開発競争などを通して、すべての業界・企業の将来を大きく左右するだろう。変化のスピードは、加速する可能性が高い。ライバル企業、異業種などとの連携を強化して、新しい金融のビジネスモデルを開拓することが、わが国の金融機関の生き残りには不可欠だ。



(私のコメント)

仮想通貨はまだ実験的な段階であり、本格的な実用性が試さされていますが、ハッカーによって瞬間的に数百億円が奪われることからしても実用性に疑問が出てくる。管理を厳重にすればと思うのですが、運用者がデタラメならどうすることもできない。ならばメガバンクや日銀が直接に仮想通貨を運用したらどうだろうか。

仮想通貨は電子データーなので通貨にタグがつけられる。それによって仮想通貨の流れが全部把握することも可能だ。毎年2月になると確定申告のシーズンになりますが、マイナンバーが仮想通貨のタグにつけられれば、個人の金の流れも把握できることになり、税務署のコンピューターが毎年の税金を計算してくれるようになるだろう。現金決済が一切無くなればの話ですが。

個人の動きが仮想通貨の使い方で全部把握できることになり、不正なことは現物交換でしか出来ないことになるかもしれない。仮想通貨はどこで発行されて、どのように使われてきたがが把握できるから、贋金を作ることはデーターを照合すればすぐにわかるようになる。仮想通貨が盗まれたとしてもタグが付いているから直ぐに足がつく。

仮想通貨の問題点は、商品として売買されて通貨の価値の上下動が激しいことであり、通貨としての問題点がある。仮想通貨が欲しいという需要が常にあれば価格はつくが需要は一定でないから価格が上下動する。それにたいしてメガバンクや日銀などが考えている仮想通貨は価値が固定されているものとなるだろう。

記事でも、「価値を安定させる仕組みが備われば、円やドルではない仮想通貨に、支払の手段、価値の尺度、価値の保存という通貨の機能が備わることは可能だろう。それを実現しようとするのが、MUFGコインだ。MUFG以外にも多くの金融機関が独自の仮想通貨を開発し、実用化を目指している。」というように円やドルに代わる通貨になりうる。

円やドルには為替相場が有り、仮想通貨と同じように売買がされていて、価格変動がある。それに対してメガバンクや日銀が考えている仮想通貨には価格変動がなく、世界中どこでも同じ価値で決済ができることになるだろう。しかしそうなるとドルが世界の基軸通貨となっているアメリカがそれを認めるだろうか。

もしアマゾンがそのような仮想通貨を発行したら、アメリカ政府やFRBはどう動くだろうか。ドルとの固定相場の仮想通貨になるだろうが、その仮想通貨を手に入れるにはドルで買わなければならないことになるだろう。もしそのような仮想通貨ができれば、円やドルは仮想通貨に対する価格変動が基準になるだろう。

そうなれば仮想通貨を買う需要が増大して事実上の世界通貨ができることになるだろう。世界中どこでも使えて同じ価値を有する通貨が出来ることになる。アメリカ政府やFRBもそのようなことを考えていると思いますが、アマゾンは世界を相手に商売をしているから仮想通貨で決済すれば、円やドルなどの通貨とは関係がなく仮想単一通貨で決済ができることになる。

問題は、その主導権を日本のメガバンクが持つかアマゾンが持つか、あるいはその他の機関が持つかによりますが、軍事力を持つアメリカの通貨政策がまだ見えてこない。仮想通貨はインターネット上でブロックチェーンで管理されるが、そのようなシステムを作れる国はアメリカしかない。日本はインターネット技術に弱い。




最近には2.9%近くまで上昇した長期金利が、3%を超えてくるのは確実です。
このことが、好景気に水を差すとの懸念を生み、NYダウの急落を招いた。


2018年2月7日 水曜日

日米株安、金融市場の潮目は変わったのか 金利を巡る思惑が相場を動かしている 2月7日 小宮一慶

 好景気を背景に強気相場が続いてきた日米の株式市場で調整色が出始めています。米株式市場では2月2日に、ダウ工業株30種平均が前日比665.75ドル(2.5%)安と急落しました。そして、その翌営業日の5日には、1175.21ドル(4.6%)という史上最大の下げ幅を記録。その流れを受けて、週明けの東京株式市場でも日経平均株価は2日続けて大幅下落しました。

 株安の大きな材料と指摘されるのは、米国の長期金利の上昇です。市場が予想するよりも速いペースで上がり始めていることから、景気への影響などが意識され、株を売る動きが広がったのです。

 中央銀行による大規模な金融緩和で企業にとって有利な環境が続いてきましたが、そのトレンドは変わりつつあるのでしょうか。今後のシナリオを考えます。

米景気自体は好調

 今、米国景気は好調に推移しています。2017年10〜12月期のGDP(国内総生産、速報値)は、実質年率でプラス2.6%。雇用も回復傾向が続いており、1月の失業率は4.1%。非農業部門の雇用者数は20万人増となり、市場予想の18万人を上回りました。

 「企業収益」も下の表のように順調に伸びています。景気の先行指数と言われている「米ISM製造業景気指数」は17年秋以降、60前後の高い水準を維持しています。これは製造業の購買担当者を対象に景況感を調査したもので、50を超えていれば「景気が良い」、下回れば「悪い」という景況感を持っていることを意味します。

 消費者のセンチメントを示す「消費者信頼感指数」も、このところずっと高い水準にあります。全体的に米国経済は順調と言っていいでしょう。

 今回の株式市場に波乱をもたらした主な要因は、米長期金利の上昇と言われています。実際に米国金利の推移を見てみましょう。

 FRB(連邦準備制度理事会)の政策金利(FF金利)にほぼ連動する「TB(国庫短期証券)3カ月物」を見ますと、2014年は0.05%とほぼゼロにはりついています。米国では、リーマン・ショックの影響から景気が急速に悪化し、2008年12月から15年12月までゼロ金利政策を続けていました。その当時、長期金利にあたる10年国債利回りは、表にあるように14年に2.17%、15年は2.27%と2%台前半でした。

 FRBはその後、景気回復にともない、徐々に政策金利を引き上げていき、現在の誘導ゾーンは1.25〜1.50%となっています。17年12月のTB3カ月物は1.35%ですから、この範囲内に入っていますね。

 ただし、同じ時期の10年国債利回りは2.40%にとどまっていました。短期金利がほぼゼロだった14、15年あたりとさほど変わりません。短期金利の上昇から考えると、この昨年末あたりまでの長期金利の水準は低いと言わざるを得ない状況でした。

 理由は二つあります。一つは大規模金融緩和で資金供給量が多くなっていたことが資金の値段である金利を抑えていたこと。もう一つは、資金需要、それも長期の資金需要が伸びなかったということです。

FRBの利上げタイミングは難しくなる

 17年以降、消費者物価指数(総合CPI)は前年比2%前後で推移してきました。また、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融政策の判断材料としている個人消費支出(PCE)価格指数は、17年12月は前年同月比で1.7%と、それほど高くありません。

 こうしたこともあって、好況が継続しながらも長期金利は比較的低い水準にとどまってきました。

 しかし今、トレンドが変わりつつあるようです。2月2日には10年国債利回りが一時2.85%と約4年ぶりの高水準をつけました。同日に公表された1月の雇用統計で、物価の上昇圧力となる賃金の伸びが大きかったことが材料視されました。2.6%が当面の「壁」と考えられていたのが一気にその水準を抜いたのです。

 それに先立つ1月31日にFRBが開いた連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文では、米景気に自信をのぞかせ、これまで伸び悩んでいた物価についても今後上向く見方を示しました。

 年内3回というのが従来の利上げ見通しでしたが、先週までは4回という話も出ていました。昨年末、トランプ大統領が公約としていた税制改革を実現させました。連邦法人税率が35%から21%まで引き下げられることから、米国景気は予想以上に上振れる可能性があるからです。ただ、ここ数日のように、株式市場の動揺が長引けば、利上げのタイミングは微妙になります。市場では3月の利上げを予想する声が大きかったのですが、それも株式市場の動向に左右されるでしょう。

 通例ですと、一度の利上げにつき政策金利は0.25%引き上げられますから、1年間で引き上げられる金利は、3回続けば0.75%、4回ですと1.00%です。現在の政策金利の誘導ゾーンは1.25〜1.50%ですから、このペースで利上げをしていきますと、3回の利上げで年末には2.00〜2.25%になります。すると、最近には2.9%近くまで上昇した長期金利が、3%を超えてくるのは確実です。もっと上昇するかもしれません。このことが、好景気に水を差すとの懸念を生み、NYダウの急落、ひいては世界の株価に大きな影響を与えたのです。

 また、金利が上がれば債券価格が下がりますから、市場は「先に債券を売っておこう」と考えるようになります。米国債は世界で最も流通量の多い債券ですから、それを保有している人たち、特に価格変動リスクの大きな長期債券を保有している人たちは、戦々恐々としているところがあるわけです。

 確かに企業業績は好調ですが、米国株はこのところ急ピッチで上昇していたこともあり、調整色を強めています。こうして行き場をなくした資金は、金(ゴールド)などの現物資産、あるいは一部には仮想通貨に一時は流れたものの、これだけ株式市場が動揺すると、仮想通貨のみならず原油の先物市場など他の市場にも影響が出ます。多くの人がこの先の相場の動揺を恐れて、ポジションを持たなくなり、早く手じまいしたいと考えるからです。

最終的には円安ドル高進行か

 金利に動きがあるのは米国だけではありません。日本の長期金利にも変化が見られます。

 2月1日、新発10年国債利回りが0.095%をつけました。昨年12月末は0.045%でしたから、およそ2倍まで上昇したということです(もちろん、大きな問題が起きる水準ではありません)。

 翌2日には、日銀は長期金利の上昇を抑えるために、価格(利回り)を指定して国債を無制限に買い入れる「指し値オペ」と呼ばれる市場調節を実施。新発10年国債利回りはその後0.085%まで低下しました。

 皆さんもご存じの通り、日銀は2013年4月からスタートした異次元緩和によって国債を大量に買い入れています。今後、長期金利が大きく上昇(価格は下落)してくるようなことがあれば、日本国債を保有している日銀をはじめとする金融機関や債券への投資家は、巨額の含み損を抱えることになります。銀行の業績にも大きな影響が出る可能性があります。

 もう一つの注目点は、為替の動向です。今は米ドルが弱含んでいますが、中長期的には円安ドル高が進むのではないかと私は考えています。

 見極めのポイントは、日米の金利の動き。それから日銀が量的緩和の縮小(テーパリング)を実施するのかという点です。市場はすでにテーパリングを織り込み始めていますが、私はそう簡単にいかないのではないかと思います。

 というのは、消費者物価の上昇幅は今がピークであり、そろそろ上昇幅が低下し始める可能性があるからです(本コラム「財政規律はどうなる? 来春までに日銀は出口を」参照)。

 日銀がターゲットにしている「消費者物価指数」を見ますと、17年11月は前年比0.9%、12月も0.9%です。昨年末にかけて上がり続けていた主な要因は、その一年前に比べての円安ドル高による輸入物価の上昇です。「輸入物価指数」を見ますと、ちょうど一年前から上昇しています。つまり消費者物価指数を「前年比」で見た場合、輸入物価上昇の影響が剥がれ落ち、そろそろ上昇幅が縮小してくる可能性があるのです。また、日常品の消費にも弱い面が見られ、スーパー大手のイオンも、主要品目の値下げを発表しています。

 もちろん、一部のサービス価格が上昇していますから、物価動向はトータルで見ていかなければなりません。それでも、総合的に考えて、日銀がテーパリングに踏み切るのは、この機を逃せば当面難しくなるのではないかと思います。

 一方、よしんば消費者物価の上昇スピードが上がるにしても、いずれにしても、米国の方が日本よりも速く利上げが進むことはおそらく間違いないでしょう。現在は株式市場が大混乱のため、すぐの利上げは難しいですが、いずれ市場は落ち着きます。その際にはFRBは利上げを再開するでしょう。今年4回ではなく、3回であるとしても、日本の金利上昇幅は限られていますから、日米の金利差が開き、円安ドル高に振れやすくなると考えられるのです。

 市場のトレンドが変わり始めた今、金融市場の動向を予測することは大変難しいのですが、以上のポイントを注視することが肝要ではないかと思います。



(私のコメント)

株をやる上では金利動向が一番重要であり、アメリカの景気が予想以上の好調で、失業率の低下で賃金の上昇が予想されています。日本も雇用動向の改善で人手不足になっていますが、賃金の上昇にはあまり結びついていない。日本の年功賃金体系を崩すわけにはいかないから、新入社員の賃金だけ上げるわけにはいかないのでしょう。

賃金が上がらなければ物価の上昇も見込めないことになり、利益だけが企業の内部留保として膨れ上がって行きます。それでも3K職場には人が集まらなくなって、企業は外人労働者に頼ろうとしています。今までは低賃金が前提のような環境で成り立っていたところでは、人手不足倒産や廃業が相次ぐでしょう。

アメリカの不動産市場もリーマンショック以前の水準にまで戻していますが、日本ではバブル崩壊以降は地価水準も下がりっぱなしだ。アメリカではリーマンショックを10年で克服したことになりますが、それはFRBの政策が正しかったからだ。アメリカでは株価が政治に与える影響が大きいから政治家も株価に敏感ですが、日本では「政治と株」で叩かれて、政治家は株価に無関心でいることが当たり前になってしまった。

必然的に経済政策は、財務省や日銀に任されることになりましたが、それでは増税と金融引き締めの政策になってしまう。それが25年続いたのだから日本経済は「景気がいい」という言葉が死語になってしまった。官僚は不景気が大好きだからだ。アメリカでは株高がトランプ政権を支えているように、日本でも株高が安倍政権を支えている。

政治家が株高に一生懸命になるのは常識でもあるのですが、バブルの崩壊以降は「政治と株」はタブーになってしまった。公的資金の注入にしても、わずか6000億円の公的資金に対しても、マスコミは総攻撃で批判した。それにたいしてアメリカのオバマ政権では速やかに85兆円の公的資金で金融市場を立て直した。

日本では90年代以降は、景気と株が立ち直りかけると増税と金融引き締めと財政再建で景気回復の芽を潰してきた。このような政府日銀の制作を批判する評論家は、手鏡やロッカーや夫婦喧嘩でマスコミにリークされて叩かれるようになった。役人たちの姑息な印象操作で財務省や日銀は検察を動かして潰しにかかる。

今回のNY株式の暴落は、長期金利の上昇が避けられないということから起きたもので、株安と債券安とドル安が同時に起きた。債券も金利高になると債券価格が下がるから売らざるを得ない。金利高になれば景気にブレーキになるからドルも売られたようだ。

日本ではゼロ金利からなかなか抜け出せないでいますが、政府日銀の政策が間違ってきたからだ。アベノミクスでようやく変化の兆しが見えてきましたが、役人たちは財政再建にとりつかれて増税と金融の引き締めをしたがっている。それが彼らの習性であり、政治家がそれを正さなければならない。

トランプのような大型減税で景気刺激を図るべきですが、役人たちの財政再建がそれを阻む。できれば消費税の一時凍結や8%から5%に戻すなどの政策なら日本の株式や景気も明るくなるだろう。そうしなければ賃金も上がらず物価も上がらず消費も増えない。




「鼻血作戦」は北朝鮮に「核武装は絶対に認めない」意思を示すのが目的です。
例えば、ミサイル発射台を1台だけ攻撃する方法です。全面戦争にはならない


2018年2月6日 火曜日

次の焦点は平昌五輪前日の軍事パレード 「米国が北朝鮮を攻撃する」と焦り出した韓国紙 2月3日 鈴置高史

急浮上する「鼻血作戦」

大使人事の撤回は珍しいのですか?

鈴置世界のメディアが驚いたのは2点。まず、韓国政府のアグレマン(任命同意)まで得ていた人事の撤回だったこと。もう1つはその理由です。WPの記事によると、トランプ政権が検討する「鼻血(bloody nose)作戦」に対し、チャ氏が反対したためです。

 「鼻血作戦」は北朝鮮に「核武装は絶対に認めない」意思を示すのが目的です。例えば、ミサイル発射台を1台だけ攻撃する方法です。

 それで米国の意思は十分に見せつけられる。一方、それぐらいの攻撃に北朝鮮は反撃して来ないだろうから全面戦争にはならない、という理屈です。

「反撃して来ない」のは確かですか?

鈴置確かではありません。「反撃すれば全面戦争に突入し、自分が消滅する」と北朝鮮が予測するであろうから「反撃の可能性は減る」と見積もることは可能ですが。結局「鼻血作戦」を実施する際も、日米は反撃に備えることになります。

 中央日報の社説「異例の米大使内定撤回、米の強硬策の信号か」(2月1日、韓国語版)も「鼻血作戦」の可能性が高まっていると警鐘を鳴らしました。

 私の見た限りですが、北朝鮮への「鼻血作戦」に初めて言及したのは昨年12月20日の英紙テレグラフでした(「2018年『北の核』は軍事攻撃か体制崩壊で決着」参照)。その後、米メディアでしばしば言及されるようになっています。

死ぬのは向こう側

チャ氏はなぜ「鼻血(bloody nose)」に反対したのでしょうか。

鈴置:同じ1月30日のWPにチャ教授は「Victor Cha: Giving North Korea a ‘bloody nose’ carries a huge risk to Americans」を寄せ、それを説明しました。

 「死ぬのは向こう側だから攻撃のリスクは取る価値がある、と言う人がいる。だが、韓国と日本住む多くの米国人非戦闘員が、北朝鮮の長距離砲とミサイルの雨から逃れるのは困難だ」と主張しました。原文は以下です。

 トランプ大統領は「死ぬのは向こう側」と語ったと報じられています(「中国にも凄んで見せたトランプ」参照)。チャ氏は大統領の発言を真っ向から否定したわけで、米政府もこういう人を大使にはできないでしょう。

強襲揚陸艦が2隻に

米国籍の非戦闘員の退避は難しいのですか?

鈴置:チャ氏のその主張には、多くの専門家が首を傾げます。米国は非戦闘員の退避計画(NEO=Non-combatant Evacuation Operation)をきっちり定めていて、訓練も年中実施しています。

 韓国に住む米国籍の市民は、身近な米軍基地に駆け込めば、米軍はあらゆる手段で戦地となる韓国から脱出させてくれます。

 通常は朝鮮周辺海域に1隻しかいない米海軍の強襲揚陸艦が、2017年末から2隻に増強されています。強襲揚陸艦は空母のように広い甲板を持ち、韓国脱出用のヘリコプターの発着に適しています。

 日本の横田基地にも宿舎が急きょ建設されたそうです。関係者は在韓米国市民を収容する目的もあると見ています。米国は平和ボケした日本とは異なるのです。

 米国が北朝鮮への何らかの攻撃をしようと決意した際にはまず、NEOを発動するはずです。もちろん北朝鮮は身構えるでしょうが、緊張は長期間維持できません。北朝鮮の軍民が疲れたころに攻撃する手があります。

 ことに、どこか1カ所を象徴的に攻撃する「鼻血作戦」なら、北朝鮮がNEOにより事前に察知しても攻撃地点を予測できないので、防ぎようがありません。

 朝鮮日報のユ・ヨンウォン軍事専門記者は「米、北朝鮮の1、2カ所の象徴をいつでも打撃可能…鼻血を流させる恐怖の作戦」(2月2日、韓国語版)で攻撃対象の候補をいくつか挙げています。以下です。

▼平安北道・寧辺(ニョンビョン)の核施設▼咸鏡北道・豊渓里(プンゲリ)の核実験場▼「火星15」型ICBM(大陸間弾道弾)などを生産する平壌(ピョンヤン)山陰洞(サンウムドン)ミサイル工場▼咸鏡南道のSLBM(潜水艦発射弾道弾)搭載型の潜水艦基地

韓国の自業自得

なぜ、NEOを無視して議論するのでしょうか。

鈴置:そこです。その点からも「米国の先制攻撃を防ぎたい韓国政府とチャ氏は歩調を合わせているのではないか」との疑いがわきます。朝鮮半島の専門家にNEOは常識だからです。

 チャ氏は韓国への反撃に関し、ことに懸念を表明しています。「日本は米国のMD(ミサイル防衛)で守られるかもしれないが、韓国はそうではない」とWPへの寄稿にも書いています。

 この辺から、ますますチャ氏の議論が怪しくなります。「米国のMDで在日本の米国人は守られている」というのは誤りで「日本のMDで守られている」のが真実です。

どうして、そんないいかげんなことを書くのでしょうか。

鈴置:本当のことを言えば「韓国の自業自得」が露見するからです。日本が自前でMDを保有すると書けば、韓国が自前のMDを持っていないことに光が当たってしまいます。

 韓国は米国とMDを構築するのを拒否したうえ、ソウルを含む韓国北部へのTHAAD配備も拒否しています。いずれも中国の顔色を見た結果です(「中国に『降伏文書』を差し出した韓国」参照)。

 戦略家のルトワック(Edward Luttwak)氏は「中国の言いなりになってMDを導入しない韓国」が北朝鮮の攻撃にさらされても自業自得だ、と言い切っています(「『五輪外交で主導権を握った』と小躍りする韓国」参照)。

 チャ氏は「鼻血作戦」の不当性を強調するために「韓国の自業自得」と「NEO」には触れないのでしょう。(後略)



(私のコメント)

最近は北朝鮮情勢が話題にならなくなりましたが、平昌オリンピックが開かれるから南北朝鮮の友好ムードをテレビなどでは伝えられている。北朝鮮は韓国に対して民族運動を全面に押し出すことで、韓国国民を揺さぶっているようだ。ベトナム戦争でも共産主義の脅威を訴えるよりも、民族運動を前面に立てることで北ベトナムは南ベトナム国民を骨抜きにした。

北朝鮮も同じ方式で民族主義を前面に立ててアメリカに対抗するでしょう。オリンピックはその宣伝には一番適しています。韓国国民の中には、北朝鮮の核は民族の核であり、南北朝鮮統一で核保有国となるという幻想だ。アメリカがそんな事を認める訳がないのですが、プロパガンダ戦争では北朝鮮が圧倒的に優位だ。

北朝鮮は独裁国家だから言論の自由はありませんが、韓国ではマスコミに北朝鮮の工作員が入り込んで、やりたい放題のプロパガンダが打てる。これに対抗するには韓国が再び軍事独裁政権にならなければ対抗ができないだろう。私は韓国がクーデターでムンジェイン政権が倒れると見ていますが、どうだろうか。

ムンジェイン政権では、戦わずして負けることを考えているようですが、アメリカが韓国で孤立している。アメリカが強硬な措置をとりたくても韓国政府が反対する。しかし時間を先延ばしにすれば、北朝鮮は核とミサイルを完成させてしまうだろう。それを阻止するにはアメリカは「鼻血作戦」を考えている。

しかし「鼻血作戦」は韓国政府もチャ氏も反対している。あまりにも危険な作戦だということですが、「鼻血作戦」自体がブラフであり、北朝鮮や韓国の出方を見るためなのだろう。日本は最悪でも北朝鮮からミサイルが飛んでくるかもしれないが、イージス艦のSM-3などで対処しようとしている。

北朝鮮とアメリカとのブラフ合戦は長く続けられてきたので、ブラフが効かなくなってきているのでしょうが、韓国に一番効いているようだ。本来ならば北朝鮮の脅威には韓国が一番感じなければならないのでしょうが、韓国は戦わずして朝鮮半島の統一を目指しているようだ。

アメリカ政府から見れば韓国政府の行動は裏切りとも見えますが、韓国にとってはもはやアメリカよりも中国に取り込まれてしまっているので、アメリカは打つ手がない。アメリカは日本に対して日韓の融和を呼びかけても、韓国は先手を打って反日政策を行ってきた。このような韓国の自滅的な外交は訳がわかりませんが、韓国はもともと自律的に独立した国ではないのだ。

最近の朝鮮半島情勢は、アメリカの衰退と中国の台頭が背景にありますが、アメリカは日本を軍事的に無力化したことでしっぺ返しを食らっている。かと言って日本が軍事大国になることはアメリカが望んでいなかった。むしろ90年代では日本を押さえ込むために中国と手を組んで日本を弱体化してきた。

その結果が現在の東アジア情勢に現れていますが、韓国が中国の手に落ちれば台湾やフィリピンも中国の手に落ちてASEAN諸国も右にならえということになるだろう。アメリカは中国とロシアを同時に敵に回すことができないから、トランプはロシアを取り込もうとしたが失敗した。

アメリカはソ連崩壊と日本の弱体化に成功して単独覇権国家となったが、冷戦時代の同盟国を失いつつあるようだ。それを象徴するのがAIIB加盟問題であり、アメリカの孤立を象徴するものとなった。アメリカに従ったのは日本だけであり、英独仏伊は中国側についた。韓国も中国に付いて行った。

こうなるとアメリカの戦略がよくわからなくなりますが、アメリカは結局は韓国を放棄して在韓米軍はいなくなるだろう。そうなれば必然的に朝鮮半島は中国の勢力圏に入る。中国は次の段階を考えて台湾攻略を考えて沖縄に手を出してきている。しかし沖縄の名護市長選挙では自民の推す候補が勝って米海兵隊基地建設が進むようだ。

中国はアメリカに対して太平洋の分割協定まで言い始めているが、要するにアメリカはそこまで中国に舐められている。中国が南シナ海を埋め立てて軍事基地を建設してもアメリカは完成するまで文句を言わなかった。中国は、やがてはグアムにも手を出してくるだろう。90年代に日本を弱体化させたことでアメリカは西太平洋を失いつつある。




中国の不動産バブルは「崩壊する」と言われ続けてすでに10年近い。
その間、何度か危機が訪れたが政府が介入することで崩壊を免れた。


2018年2月5日 月曜日

東京周辺の新築マンション、極度の販売不振で値引き横行…「中国発」不動産バブル崩壊か 2月4日 榊淳司

 近年、日本の不動産市場は金融化するとともに国際化した。個人、企業、あるいはファンド単位で外国から流入してきた資金が、日本の不動産市場で一定のプレゼンスを持ったプレイヤーに成長したのだ。それだけに、海外の不動産市場の影響も受けやすくなっている。

 2018年は、海外からの影響で日本の不動産市場に下落圧力がかかる可能性がある。

 まず、日本が不動産といわず経済全体でもっとも影響を受けやすいアメリカについて。

 表面的に、経済はかなり好調だとみていい。トランプ減税の影響が広がると、さらにその好調さが加速される、という見方も出ている。そうなれば当然、不動産市場にも好ましい影響をもたらすだろう。

 しかし、2008年のリーマンショックにつながったサブプライムローン問題は、不動産カテゴリーから発生している。今、アメリカの住宅市場はどうなっているのか。

 もっともよく使われる「S&P/ケース・シラー・全米住宅価格指数」という指標では、アメリカの住宅価格はここのところかなり安定した上昇を続けている。すでに08年を上回った水準に達しているのだ。つまり、見方によってはバブル状態かもしれない水準。

 一方、不動産市場に大きな影響をもたらすのは金利。17年は3回の利上げが行われたが、18年もFRB(米連邦制度理事会)は同様に3回の利上げを行う見通しだと伝えられている。これは、いわゆる金融引き締めである。不動産市場にとってはマイナス要因。アメリカの家計債務は、すでにリーマンショック時を上回っている。何かのきっかけで世の中の流れが変わると、これらが短期間に第2のサブプライム化する可能性もある。

 このように、アメリカの不動産市場はかなり危険な水準まで上り詰めた状態とみなすことができる。

 さらに、世界の不動産市場に大きな影響を与えるのは、イギリスのロンドン。ロンドン五輪開催前後の16年には絶好調と伝えられていた不動産市場は、17年の半ばには早くも変調をきたしていた。指標となる「英王立公認不動産鑑定士協会(RICS)住宅価格指数」は、16年の10月には30であったものが、17年の10月には0にまで落ちている。また、まだ竣工していないタワーマンションの住戸が大幅な値引きで取引された、という報道も伝えられた。ロンドンではすでにバブルの崩壊が始まったと考えてもよさそうだ。問題は、この影響がいつ日本に及ぶかということだろう。

■中国リスク

 15年から16年にかけて、東京都心の新築マンション市場には中国人の「爆買い」とも呼べる現象が見られた。現在はその動きがすっかり収まっている。おもに湾岸埋立地のタワーマンションを買い漁った中国人たちは、当然本国の経済からの影響を受けやすい。

 中国の不動産市場については、なんとも予測しがたい。なぜならば、中国に関しては純粋に需給関係だけでは市場が動かないからだ。まず、資本主義的な経済構造がかなり未熟である。人々は根拠の希薄な材料を当てにしてマンションなどを買い増ししている。まるであの平成大バブルの時の不動産業者が「今3億円でこの土地を買ったら、半年後に5億円で売れるはずだ」という見通しで、不動産を買いまくっていた状況と似ている。あの時の日本では、ほぼ不動産業者だけがプレイヤーだったが、今の中国は一般市民も同じようなノリでマンションをどんどん買っているのだ。

 普通に考えれば、いつかそんなバブルは崩壊する。日本は平成バブル崩壊後に「失われた20年」を経験したが、中国のあのバブルが崩壊したら経済はどうなるのか。しかし、中国の不動産バブルは「崩壊する」と言われ続けてすでに10年近い。その間、何度か危機が訪れたが政府が介入することで崩壊を免れた。そしてまた、新しいバブルが始まる、というサイクルの繰り返し。その間、雪だるま式に膨らんだと思われる不良債権予備軍のスケールは、いかばかりとなっているのだろうか。正確な統計数字はどこからも出てこない。

 中国の不動産バブル崩壊が起きれば、その影響はもろに日本に及ぶ。また、そうなれば中国経済が全体的にクラッシュするわけで、それこそリーマンショックの数十倍の悪影響を世界に与えるはずだ。しかし、中国政府は常に巧みな政策で切り抜けてきた。できることなら、世界が驚くようなバブル対策で、なんとか軟着陸させてほしい。

■海外からの「ショック」

 一方、日本国内の経済状況を見ると、不動産価格に下落圧力がかかる要因を見いだせない。経済は好調。多くの企業が過去最高益を更新しそうだ。そして、建設工事の現場では、依然として人手不足が続いている。

 ただ、気になるのは経済全体が好調であるにもかかわらず、いつまでたっても個人所得が増えていないことだ。だから、東京の近郊以遠の新築マンション市場はかなりの販売不調。価格は上がっても需要が追いついていない状態だ。そして、各販売現場ではあからさまな値引き販売が行われている。そこでは需要と供給の関係による健全な価格形成が行われているのだ。

 願わくは、日本の不動産市場も海外からの強烈な影響を受けずに、静かにこの3年ちょっとの間に膨らんだ局地バブルを緩やかに調整してほしい。急激な下落や、海外からの「ショック」は、またもや「失われた20年」のような悪夢の再現につながりかねない。
(文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト)



(私のコメント)

アメリカはリーマンショック以前の状態にまで不動産市場は回復しているそうですが、日本は失われた25年を経てもまだ土地価格の下落が続いている。東京などの一部が例外ですが、地方においては土地を売りに出ても買い手がいない状態だ。つまり過疎地の土地の資産価値はゼロに等しい状況にまでなっている。

このようにしてしまったのは、政府日銀の責任であり、アメリカのようにバブル崩壊したらFRBが金融緩和に踏み切って景気刺激策をとり続けてきた。しかし日本は90年代から安倍政権ができるまでの間、金融を引き締めつづけて円高にしてしまった。黒田バズーカでようやく円高も収まりましたが、日本経済はバブル前には到底戻れそうもない。

私はバブル前に億単位の借金をして、バブル崩壊で死ぬ思いをしたが、政府日銀はかたくなに金融を引き締め続けて来た。アベノミクスの示すように金融緩和すれば円安になることは「株式日記」でも主張してきましたが、白川日銀総裁はせっかく円安になったものを金融引き締めで1ドル75円にまでしてしまった。

黒田バズーカを90年代に放っていれば日本のバブル崩壊は軽傷で済んだはずだ。しかし日本の経済評論は聞くに耐えないものであり、まともな経済評論はクルーグマンやスティグリッツ教授の意見くらいしかなかった。安倍総理は両氏を招いて経済政策を打ち立てたが、日本の経済評論家は招かれなかった。

日本の経済評論家やエコノミストは、みんな日銀や財務省の広報係だからだ。まともな経済評論がなされないのは、ノーベル経済学賞を取った日本人はいないように、世界の経済学常識からはかけ離れているからだ。政府紙幣などの政策も「株式日記」で主張してきましたが、最近では仮想通貨すら出回っていることを見れば通貨がどんなものかわかるはずだ。

アベノミクスで2%のインフレは達成できていませんが、それはバブル崩壊で不動産デベロッパーが死滅してしまったからだ。私はその数少ない生き残りであり、政府日銀がとってきた経済政策を批判し続けてきた。私はようやく銀行から借りた融資を返済し終えましたが、再び不動産投資の再開を検討している。

不動産デベロッパーで生き残っているのは財閥系の不動産会社だけであり、バブル崩壊前から営業していた不動産王は森ビルを除けば全滅してしまった。だから新興マンション業者は出来てはいるが、大きなスケールの開発はできない。東京は別にしても地方では人口の減少が続いて、住宅マンション需要は望めない状況だ。

残された道は海外からの投資ですが、中国からの超高層マンション投資が一時期活発化した。しかし中国のバブル崩壊が進むと日本にも影響が出てくる。中国は独裁国家でありバブル崩壊を価格凍結で対応ができる。市場がなくなって価格固定の相場ができるのだ。1億円マンションはいつまでも1億円でしか売買ができなくなっている。だからバブル崩壊は隠蔽されてる。




この電力は電力会社が20円ぐらいで売り、差額は電力利用者に転嫁された。そのコストは
昨年だけで2兆1000億円。このまま放置すると、総額50兆円に達するという推定もある。


2018年2月4日 日曜日

過大な再エネ補助が電力インフラを食いつぶす 2月2日 池田信夫

 民主党政権が「地球にやさしいエネルギー」として導入し、急成長した再生可能エネルギーが、曲がり角に来ている。新規参入の激増で設備過剰になり、それを接続する送電線が足りなくなったのだ。

 ところが朝日新聞によると「基幹送電線は利用率2割」だという。もしこれが事実なら、電力会社は送電線を過大に占有して再エネを妨害し、送電線を8割も浪費していることになるが、それは本当だろうか。

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電力の「使用率」は100%近い綱渡り

 常識的に考えて、高価な送電線が2割しか使われないということはありえない。朝日新聞は「大手電力がいう『空き容量ゼロ』は、運転停止中の原発や老朽火力も含め、既存の発電設備のフル稼働を前提としており、実際に発電して流れた量ははるかに少ない」というが、これは誤りだ。

 この記事が根拠にしている安田陽氏(京大特任教授)の計算では、電力10社の「1年間に送電線に流せる電気の最大量に対し、実際に流れた量」の比率を送電線の「利用率」と定義しているが、こんな数字は普通は使わない。

 東京電力のピーク時の使用率はぎりぎりで、最大発電量の100%近くになる。これは危険な綱渡り状態で、先週の寒波では、他社から電力を調達してしのいだ。電力の使用率がぎりぎりなのに、朝日新聞のいう「利用率」が2割しかない原因は、基幹送電線が二重化されているという事実を朝日が知らない(あるいは無視した)ためだと思われる。

 基幹送電線には並行して予備の回線があるが、普段は使わない。事故でメインの送電線が使えなくなったときは予備回線を使うが、それは送電容量には含まれない。発電所がフル稼働しても、送電線の「利用率」は50%なのだ。これはもったいないように見えるが、基幹送電線に事故が起こると大規模停電になるので、国際的に決まっているルールだ。

 安田氏はこの予備回線を分母に入れて「電力10社の利用率は平均19.4%」と発表したが、彼は株式会社・日本風力開発の関連会社役員であり、中立の研究者ではない。電力インフラがギリギリのとき「電力会社が原発で送電網を無駄づかいしているから再エネによこせ」という朝日新聞の報道は、悪質な印象操作である。

電力会社に「ただ乗り」してもうけた再エネ業者

 この背景には、再エネ業者の苦境がある。2012年に始まった固定価格買い取り制度(FIT)では、当初は太陽光発電の電力を42円/kWhで電力会社が20年間、買うことになった。最初に太陽光発電所を大量につくったソフトバンクなどの再エネ業者は、20年間も利益を保証されて大もうけした。

 この電力は電力会社が20円ぐらいで売り、差額は電力利用者に転嫁された。そのコストは昨年だけで2兆1000億円。このまま放置すると、総額50兆円に達するという推定もある。それは電気代という逆進的な「税金」として国民負担になる。

 再エネ業者は、発電の利益は政府が保証してくれるので大もうけしたが、ボトルネックは送電線である。今までは電力会社のインフラにただ乗りしてきたが、新たに建設される送電線はオークションで費用負担が決まる。

 朝日の記事によると、風力発電業者が秋田県に100万kWの洋上風力発電所を建設しようとしているが、東北電力は「空き容量ゼロ」だとして、送電線増強費用の負担を求めたという。これに対して再エネ業者が、マスコミを使って「送電線は空いている」というキャンペーンを張っているわけだ

 予備の送電線が空いていることは事実だが、それは無条件で使えるわけではない。送電線は各電力事業者に先着順で割り当てられ、電力会社の回線は既得権だ。送電量が100%を超えたら、大規模停電が起こるリスクがある。

 インフラを占拠しているのは再稼動していない原発や、設置して休眠している太陽光・風力発電所だが、原発の過剰設備は再稼動すればなくなる。休眠している業者の既得権を剥奪する権限は電力会社にない。

 そこで予備回線を新しい業者に割り当てようという案が出ている。これは既存業者に優先的な接続権を与え、再エネ業者の送電は事故のときは止めるもので、イギリスなどで採用され、コネクト&マネージと呼ばれている。

 これは経済産業も検討しているが、送電線を150%割り当てたとき、事故が起こって1回線が使えなくなったら、どの発電業者の送電を止めるのか。予備回線なしで大規模停電は防げるのか。ただでさえ原発が止まって不安定な電力インフラが、ますます不安定になるのではないか。

いびつな「電力自由化」を見直せ

 再エネ業者が過当競争になったもう1つの原因は、電力自由化で供給責任を負わなくてもよくなったことだ。電力業界は発電と送電が一体の垂直統合産業で、政府が総括原価主義で経営を守る代わりに、電力会社に供給責任を負わせた。

 世界的な電力自由化の潮流の中で、経産省は発送電分離しようとしたが、電力業界の政治力が強いため挫折した。それを原発事故で電力業界が弱ったチャンスに実現したのだ。自由化は一般論としてはいいことだが、原発のほとんどが止まって大きな供給不足が起こっているとき発送電を分離したため、市場原理が機能しない。

 再エネ業者は送電インフラにただ乗りする一方、電力会社は供給責任を負って莫大な赤字を出し、それを政府が補填するいびつな構造になった。数十兆円の最終的な負担は、電力利用者と納税者が負う。

 再エネの普及もいいことだが、日本の状況は行き過ぎだ。太陽光パネルの技術進歩は予想以上に速く、中国が激安のパネルを世界に輸出したため、最近は単価が3円/kWhまで下がった。FITをやめてオークションに切り替えたドイツでは、調達価格は6円/kWh程度に下がった。これは火力や原子力より安い。

 技術進歩を促進するというFIT補助の初期の目的は達した。日本の太陽光パネルの導入量は、世界第2位だ。もう高値で買い取る必要はないのだが、日本のFIT買い取り価格は今も21円とドイツの3倍以上だ。日本政府も出力2000kW以上の買い取りにはオークションを導入したが、それを上回る価格で応札する業者がいないため不調に終わった。

 原発を止めたまま再エネを優遇した電力自由化は、電力供給を歪め、再エネ業者に過剰なインセンティブを与えて、莫大な国民負担を招いている。早急にFITを廃止し、自由化を見直して電力業界に市場原理を取り戻すべきだ。



(私のコメント)

私のアパートの近所でも、空き地に太陽光パネルがあちこちに見かけるようになりましたが、耕作放棄地などの有効活用で出来ているようだ。太陽光パネルの安くなってきて、買取価格が安くなっても土地さえあれば採算が合うようだ。問題は買取価格ですが最初は42円くらいだったのが、最近では28円くらいにまで下がってきているが、それでも一般の電気料金よりかは高い値段だ。

その差額は我々電気の利用者が負担しているが、そろそろ見直しの時期が来ているのではないだろうか。太陽光発電は天気のいい昼間しか発電しないが、蓄電設備を備えないと無駄になってしまう。蓄電設備もコストが安くなってきていますが、リチウムイオン電池はまだ高い。私も太陽光発電を考えたことがあったが、資金がなくて断念した。

太陽光発電所のコストダウンがどれくらい進むかにもよりますが、一般の電気料金よりも安く発電できるようになれば逆ザヤは収まる。本来の太陽光発電は自家用発電が主でしたが、火力発電よりの安く発電ができるようになれば、太陽光発電がさらに普及するだろう。そのためには蓄電池設備で夜間も売電できるようにすることが必要条件だ。

イーロン・マスクは太陽光発電事業にも手を伸ばしてきていますが、まだ補助金がつかないと普及は難しいようだ。電気は送電によるロスが大きく地産地消が一番望ましい。しかし各家庭に発電機を置くといった発想ななかったが、太陽光発電は家庭用発電機としての用途に適している。

再生可能エネルギーとしては、風力発電もありますが、騒音被害などが有り住宅街には適さない。従来の発電としては火力発電が主力でしたが、電気の工場生産のようなものであり、石炭や石油や天然ガスを燃料にして発電する。このような発電は家庭ではできない。家庭用としては燃料電池があるが、お湯なども同時に作れる。

このようになると電力会社とガス会社の区別がなくなり、ガスを燃料として電気が供給ができる。これだと昼間は太陽光で発電して、夜間や天気の悪い日は燃料電池で電気を確保することができる。太陽子発電にしても家庭用燃料電池にしても、日本のメーカーに欠けているのはコストダウンの発送であり、高品質だが高い。

日本のメーカーは電力会社に遠慮して安く作るというのは難しいらしい。エネファームですら自家発電ができないようになっていた。福島第一原発にしても非常用発電機はディーゼル発電一本槍でしたが、燃料電池や太陽光発電による多様化した供給体制なら、停電による災害は防げただろう。

もっと頭を柔らかくすれば、家庭用の原子力発電も国家プロジェクトで開発したらどうだろうか。燃料棒一本で何年間も電気の供給ができるだろう。日本人は極端から極端に走りがちであり、原発も脱CO2のエースとして持ち上げながら、事故が起きると脱原発一色になってしまった。

日本の経済産業省の官僚たちは馬鹿ぞろいであり、だから原発災害事故が防げなかった。太陽光発電も迷走して補助を打ち切ったら、外国勢に抜かれて遅れをとってしまった。産業用燃料電池や蓄電池でも同じようなことが起きていますが、東大法学部を出たような官僚には、エネルギー政策は無理なのだ。




金融界の目的を知らない投資家は、日本で仮想通貨が認められていることを誤解して、あた
かも「次なる通貨の座」に座るかも知れないと見て、仮想通貨をめぐるトラブルは多発している。


2018年2月3日 土曜日

日本、「仮想通貨消失」リアルマネーにはなれない「本質的欠陥」  2月3日 勝又壽良

仮想通貨を認めた背景

法貨にはなれない弱み

人間誰でも欲を持っている。他人が儲けたと聞けば、自分も一口乗りたい。そう思うのは無理からぬことだ。1月26日、仮想通貨取引所大手のコインチェックは、利用者から預かっている約580億円分の仮想通貨の一種(「NEM(ネム)」のほぼ全額)が外部の不正アクセスにより流出した。2014年に日本のビットコイン取引所だった「マウントゴックス」が約470億円分を消失させて以来、過去最大の仮想通貨の流出である。仮想通貨がデジタル通貨と呼ばれる理由は、皮肉にも一瞬で消え去る「幻の通貨」という意味合いもある。

日本は昨年4月、仮想通貨を決済手段として認めた。約100万人が、仮想通貨の売買に参加していると言われる。世界で最大の取引者数だ。日本の仮想通貨取引所は規制当局への登録が義務づけられている。年次監査や厳格なマネーロンダリング防止策を取らなければならない義務がある。前記のコインチェックは登録業者であるが、外部からの不正アクセスを防止する技術に手抜かりがあったという。

仮想通貨の問題点は、こういう取引の技術的側面だけにあるのではない。「仮想通貨」と称しているように、「通貨」という名称がついていること自体、果たして妥当かという点にある。中国と韓国では、この仮想通貨を禁止した。投機を煽るという危惧がその理由だ。日本は、禁止せずに「秩序ある」取引を認めている。

仮想通貨を認めた背景

日本が仮想通貨を認めている理由は、フィンテックという「金融とIT」の融合化が、これからの金融に大きな役割を果たすだろうという思惑だ。また、仮想通貨に使われている、「ブロックチェーン」という技術の利用価値もある。それに習熟する目的もあるのだろう。

日本の金融界は、ゼロ金利の下で収益体質が急速に劣化している。それだけに、フィンテックに磨きをかけるイノベーションに取り組んでいる。ボストン・コンサルティング・グループの推計によると、日本の現金決済の比率は決済全体の65%ほど。先進国平均(32%)の2倍以上だ。現金の取り扱いが多いからATM網が張り巡らされ、便利ゆえに現金決済が減らないという悪循環に陥っている。このATM維持費が莫大であるという。このコスト切り下げに、仮想通貨技術が応用できないか。そういう副次効果を期待しているのだろう。仮想通貨そのものに、大真面目で取り組んでいるとは思えない。

前記のボストン・コンサルティング・グループの推計によると、ATMの管理・維持コストで年間7600億円程度、さらに現金輸送や現金の取扱事務の人件費などを考慮すると、日本の金融界で2兆円もの現金取り扱いコストがかかっているという。この2兆円ものATM維持費をなんとか減らせないか。ここにフィンテックが浮上した。その一環として「仮想通貨」の技術を活用できないか、という狙いであろう。

こういう金融界の目的を知らない投資家は、日本で仮想通貨が認められていることを誤解して、あたかも「次なる通貨の座」に座るかも知れないと見て、仮想通貨をめぐるトラブルは多発している。

「国民生活センターによると仮想通貨に関する相談は15年が452件、16年が616件と緩やかな増加傾向にあったが、17年は取引人口が拡大したことや、仮想通貨の価格が乱高下して損失を被った人が増えたことなどを背景に2071件と急増している。17年初めに10万円前後だったビットコインの価格は、17年12月に一時230万円を突破。現在は、最高値の半値近くとなる120万円前後まで下落するなど、依然として激しい値動きが続いており、各地の消費生活センターにはトラブルの相談が増えている」(『産経新聞』1月26日付)

仮想通貨をめぐる国民生活センターへの相談件数は、17年にはなんと15年の4.6倍にもなっている。これだけ問題が起こっている理由は、仮想通貨への理解が足りないのでないか。通貨という名前がついており、なんとなく安心しているのだ。ここが、最大の間違いである。

仮想通貨は、「資産」であるか。「通貨」であるか。この二面から考えるべきである。先ず、「資産」であるかと言えば、実態価値(本源的な価値)はゼロである。「通貨」であるかと言えば、「仮想」であって、円やドルのような法定通貨ではない。要するに虚構の通貨であって、それ自体には何らの価値もない。「競馬」の馬券のようなものだ。極めて射倖性が強い性格を持っており、およそ、普遍的な通貨たる属性を欠いている。(後略)



(私のコメント)

今回のバブルは仮想通貨バブルであり、様々な仮想通貨が作られている。ビットコインもその中のひとつ見過ぎず、メガバンクが試行している仮想通貨とは異なるようだ。現在の銀行では、3万円以上の振込をすると864円の手数料がかかりますが、電子決済だけならそんなにコストがかからない。ブロックチェーン化されれば銀行を通じなくても直接決済が可能だ。

三菱UFJフィナンシャル・グループも仮想通貨の「MUFGコイン」を試行していますが、現金と仮想通貨が固定化されたものだ。ビットコインは商品であり投機的であり、中国人たちが海外送金のために投機的に買われましたが、日本のビットコイン取引所が使われた。仮想通貨には国境がなく、だから中国政府は仮想通貨を認めない。

中国はデジタルマネーの先進国であり、スマホによる決済が進んでいる。仮想通貨とデジタルマネーは全くの別物であり、デジタルマネーは現金の代わりに使われる。デジタルマネーは円で使われるが、仮想通貨は一単位で使われる。仮想通貨は全世界共通であり送金などでも都合が良く出来ている。デジタルマネーではあくまでカードで使われて現金だ。

仮装通貨は円やドルとは異なる通貨単位であり、送金でも為替手数料は関係がない。デジタルマネーは送金ができず口座には現金で入金しなければならない。しかし仮想通貨は円やドルとは異なる通貨単位だから、世界でどこで使おうとも価値は同じだ。だから為替手数料もかからない。

仮想通貨は価値が変動するのは円やドルが変動するのと同じですが、ビットコインなどでは億万長者が続出した。しかし実需に伴わない投機であり一方通行になりがちだ。私自身はもっぱら現金で買い物をしており、カード決済はネット通販で買ったときに使うくらいだ。しかしカード決済は定数料がかかる。

もしアマゾンが仮想通貨を発行して、アマゾンのネット販売が仮想通貨でできるようになると決済手数料がかからなくなるだろう。為替のリスクも関係がなくなるから、かなりの大きな変化になるだろう。ビックカメラではビットコインが使えるようになりましたが、価格変動にどのように対応しているのだろうか。

おそらくビックカメラは、中国人のビットコイン決済を狙ったのでしょうが、中国政府自身がビットコインを規制してしまった。ビットコインはまだまだどこも試験的な利用にとどまっていますが、だからもっぱら投機の対象となってしまっている。ビットコインに外にも多くの仮想通貨が作られていますが、日本が一番仮想通貨に前向きだ。



アメリカではNY株式が665ドルの大暴落ですが、長期金利の高騰がきっかけになった。ドル安とは相反する動きですが、これからは株式から債券の時代が来るのだろうか。アメリカの金利が上がればドルも買われてドル高になるはずですが、円が高くなっている。ドル安株安金利高はドルから円に逃避している動きですが、トランプはどのように動くのだろうか。




高齢男性は女性に比べて、老人施設の入居になかなかなじめず、後悔する
方が多いという話をあちこちで聞きますので、「やはりそうか」と思いました。


2018年2月2日 金曜日

男の老人ホーム入居は不屈の覚悟を 2月2日 中村仁

体験者が生の声を綴る

奥さんを亡くされた知人が老人ホーム(介護付き)に入居して満一年、しかも米寿(88歳)を迎えました。その体験記に「ホームでの暮らしには不屈の意思を持ち、周到な準備をされてからの入居をお勧めする」とありました。「不屈の意思」とは、なんと大げさなと思いつつ、入居の運命が待っている大量の予備軍のために、この話を紹介します。

各種の老人施設の新聞広告はあふれるほどです。全国展開しているチェーンも多く、すでに最盛期、団塊の世代が後期高齢者になる2025年以降はもっと増えるでしょう。広告を眺めながら、供給側の宣伝ばかりが大扱いされる一方、入居者自身がどう感じているかの報告が少なく、情報の非対称性は深刻と思っていました。

入居者が80歳、90歳と高齢化していけば、ネットやブログで内情を伝えようとする意欲もなくなってくるでしょう。そうした意味で、88歳の知人がブログに載せた生の声は貴重です。男性ほど甘い考えを捨ててこいと、叫んでいるのです。

高齢男性は女性に比べて、老人施設の入居になかなかなじめず、後悔する方が多いという話をあちこちで聞きますので、「やはりそうか」と思いました。知人は日本を代表する大手電機メーカーの役員を務め、現役時代に鍛えた観察眼は今も、衰えていません。

同じレベルの話相手がいない

現役時代に責任を持たされ、大きな仕事をしたほど、ホームでの生活は苦痛になるようです。まず、話相手になる人が極めて少ないのです。自己資金で購入したとはいえ、共同生活が基本ですから、人間関係をどう作るかに神経を遣うことなります。

「入居者(現在40数人)の多数は女性です。平均寿命からいっても、そうなります。多くの女性は夫から解放され、舅姑の面倒も必要なく、明るく伸び伸びと毎日を送っている」。対照的なのが男性です。会社生活が長かった人ほど、経済、政治、社会問題などに関心を持ち、そうした話なら飽きずに続けられるのに、それがかなわないのです。

たまに高齢男性がいたとしても、「難聴、脳梗塞の後遺症などがあり、まともに会話を交わせません」。手持ち無沙汰の長い一日をどう過ごすか。贅沢というより、深刻な悩みです。「70歳を過ぎたら、1人で過ごせる趣味をいくつか持ち、いづれは老人ホームに入る準備をしておくべきです。従来の延長線上で考えてはいけない」。

「3食、昼寝付きで、至れり尽くせり。それが災いして、ずっといたら、ボケるのも早いだろう。むしろそれを入れてソロバンをはじいている。ボケれば面倒はかからなくなる。4,5年もすれば入居者は入れ替わるという経済計算を運営側はしているようだ」。

「自分の意思がはっきりしている人は、運営体制、日常生活について施設側に不平不満をいう。90歳を超えた痴ほうの入居者がいる。不平不満を言わず、日々、好日。施設にとってはこういう人が歓迎なのだろう」。

階段を昇れなくなる人も

バリアフリーも良し悪しのようですね。「そのうちに筋力が弱って階段を昇れなくなる。スポーツジム通いの習性をつけていたほうがよい」。

知人の観察力はなかなかです。「独りで黙々を食事をする女性がいる。お近づきになろうとしたのか、ある男性が声をかけた。庭の空気でも一緒に吸いませんかと。そうすると、平手打ちをされた」。男に騙されたことがあり、男嫌いの女性だったそうです。

騙されたといえば、「子供に騙されて入居したと、大騒ぎになった例がある」そうです。親を施設に入れれば、子供たちは生活を邪魔されなくて済むとか、親は安泰とかと思う。それが必ずしも、親の気持ちと一致しないということです。

苦労は尽きません。「事業に成功したカネ持ちが、夫婦で入居しています。夕食時には毎日のように、ブランド物の衣装で身を固めて現れる。夫人は多弁、話があちこちに飛び、何を言いたいのかわからない」。困りましたね。

施設やサービスのレベル、運営体制の良し悪しよりも、入居者の同士の人間関係の作り方、1人ぼっちの時間の過ごし方が深刻な問題のようですね。知人は自宅をそのままにしてあり、時々、休養のために自宅に泊まり、気疲れを癒すのだそうです。



(私のコメント)

昨日の続きの話題になりますが、高齢者はこれからどのように過ごせばいいのでしょうか。サラリーマンは定年退職すればすることもなくなり、一日中自宅で暇つぶしをしていなければなりません。収入も年金しかないから旅行や外出もままならなくなるでしょう。奥さんや子供からは粗大ゴミ扱いされます。

私などは生涯現役で働くから、病気で倒れない限りはあと数十年は働ける。しかし大手電機メーカーで役員をされていた方でも、88歳にもなり奥さんにも先立たれて老人ホームの世話になった。しかしやはり老人ホームはいろいろな気苦労もあり過ごしにくいようだ。

私などは一人暮らしが慣れてしまっているから、日常生活には不自由していませんが、足腰が弱ってしまうと買い物もできなくなってしまう。だから普段から動き回って足腰が弱らないようにしていなければなりません。国のデイケアサービスもまだ不十分であり、民間のサービスも十分ではない。

母を介護していた時も、区に介護の申請をしたがなんともお役所仕事で、介護受ける前に母は亡くなってしまった。在宅療養体制もまだできておらず、病人でもないのに病院に入院するのは誰もが抵抗を感じるだろう。老人ホームに入ることも考えられますが、記事にもあるようにかなりの覚悟かいる事らしい。

子供たちがいたとしても、高齢の両親の面倒を見ることはかなりの苦痛らしい。だから老人ホームに入れたがる。「親孝行」という言葉は既に死語となり、息子の嫁さんは義理の両親の面倒を見ることを死ぬほど嫌がる。何のために結婚して子供まで作ったのかわからなくなりますが、高齢者は家族からも厄介者扱いされるようになった。

しかし子供たちの世代も何十年後かには高齢者となり、同じ目に遭うことになる。祖父や祖母の死を自宅で看取るということがなくなり、核家族化が進んだ。そうなると高齢者世帯が孤立してしまって、どちらかが亡くなれば独居老人世帯となる。できれば三世帯同居できればいいのでしょうが、東京では難しい。

東京の郊外では、大家族も住めるような庭付きの大型住宅が建ったが、子供たちは通勤通学に不便だと都内に引っ越してしまった。そのような空家だらけのニュータウンが東京の郊外にはたくさんできた。将来の家族モデルができずに家族が崩壊してしまって、高齢者は老人ホームで余生を過ごすというモデルが出来つつある。

私などは、生涯自営ビルや自営アパートの管理人だから、亡くなれば2、3日中には発見されるだろう。しかし郊外の一戸建ての家だと亡くなっても長いあいだ気がつかれないことがある。最近西部邁氏が自殺されたが、それもひとりの男の選択だろう。しかし国の高齢者対策の遅れがこのような結果を招いている。




中年になると、縦軸に「得意か、不得意か」を、横軸に「好きか、嫌いか」を置いて、
仕事でも趣味でも、自然と得意で好きなこと以外しなくなっていくのです。山本一郎


2018年2月1日 木曜日

無い才能の、見切り方〜駄目なことはすっぱり諦めて、良い中年になろう〜 - 山本 一郎 2月1日

この私も子供のころは、夢がありました。

 何って、電車の運転手になりたいとか。歌手になろうとか。

 年が経ち中学生になって、会社を経営していた親父に「エンジニアになりたい」と言ったら、あっさり「馬鹿野郎。エンジニアなんてものはな、金を払って雇えばいいんだ」と怒られました。そこから、長い長い反抗期と屈折した学生時代を送ることになった割に、結局は親父と同じような物事を金で解決する価値観になってしまったのは皮肉と言いましょうか。

「できることリスト」よりも「諦めることリスト」になっている

 いつ頃からでしょう、自分自身のことで夢を見なくなったのは。バブル全盛の高校生時代を過ぎると就職氷河期で社会に出され、証券投資をやりながらとりあえず就職、とりあえず起業……。思い返すと、自分で何かを成し遂げようというよりも、目の前のことをとりあえず乗り越えて前に何とか進んできた、そんな人生だったと思います。

 大会社の社長になって人の上に立つ器じゃないよなと思い、幸いにして家内と巡り合い家族に恵まれ、でも何者かになろうという気持ちはずっと長いこと持つことも無くこんにちまで生きてきました。もちろん、5年後はどうしよう、人生の設計をしようというのは考えます。でも振り返って、それが「できることリスト」よりも「諦めることリスト」になっていることに気づいたのはごく最近のことです。

 「深酒をやめよう」「自分の時間を犠牲にするようなだらだらとした人付き合いを減らそう」「やりたくない頼まれごとは請けずに仕事は選ぼう」などなど、人生における若さの喪失は、そのまま自分の可能性を削り取る作業に直結するのでしょうか。かつてはバンドをやり、イベントを企画したりしてましたが、いまや頼まれても、やりたくない作業は手掛ける気力がわきません。

 思うに、得意でないことは好きでも続けられないってことなんでしょうか。気晴らしに将棋をしていてもネットで強い人に当たると乗り越えて勝とうとする気力以上にパソコンの電源を落としたい誘惑に駆られる。せっかく車を買い替えてもメンテナンスしたり自分で運転するよりは、カーシェアリングや派遣のドライバーさんにお願いしたくなる。歳をとるにつれてどんどん物臭になっていき、面倒くささが興味や好奇心を上回るようになると、自然と「したい」と思えることしか手掛けなくなるのです。

削られゆくプライベートの時間

 その一方で、何かに関心を持つと知らずにはいられないのは子供のころから変わりません。万難を排してでも調べたくなる。コーヒーメーカーのスイッチを入れるのも面倒なのに、調査リストを作って法務局で登記をあげるのは楽しみでなりません。誰に公表するわけでもないのに気になった会社の社長宅を突き止めて写真を撮りたくなるわけであります。撮らないけど。

 中年になると、縦軸に「得意か、不得意か」を、横軸に「好きか、嫌いか」を置いて、仕事でも趣味でもマトリックスができるようになっていって、自然と得意で好きなこと以外しなくなっていくのです。金を使うのも時間をかけるのも限られた、おっさんという状況の中で最大限の効率を求めなければならないのは、削られゆくプライベートの時間です。おっさんは何かを犠牲にしなければ自分の時間を持つことなどできない。睡眠か、子育てか、介護か、家内との時間か、友人関係か、あるいは仕事やキャリアか。確かに気晴らしのためゲームセンターにいこうと思っても家事に苦労している家内を置いていくのは悪いと思うし、子供の送り迎えやデイケアの車が来るまで待つ間のスキマ時間はどうしても読書やスマホのような代物で心を埋めていかなければならない。

 それでも、近所の学童保育で夕方の帰り時間にやってくる会社員風のお父さんお母さんも、しんどい時間をやりくりして迎えに来ている。苦しくとも楽しい我が家をと理想を掲げて、自分たちが子供のころになろうと思っていた夢も、送りたかった人生もある程度諦めて、二馬力吹かして頑張ってる家庭も多いのでしょう。そればかりか、シングルマザーだったり、介護がしんどくて仕事を辞めたり。いろんな人生が、環境に向き合っていく中で、様々な夢を諦めていまを生きているのでしょう。

「しなくてもいいことをしない」ことが一番大事なんじゃないか

 したいことを、したいだけやればいい人生など送れないのだから、得意で好きなことに絞って生きていくしかないじゃない。歳をとってきたのだから、歳相応の生き方として、円熟するとはどういうことなのかを考えた結果、私はそういう「しなくてもいいことをしない」ことが一番大事なんじゃないかと考え至りました。昔は確かにしたいこと中心に人生を考え、もっといい人生を、素晴らしい成果を、と頑張ってきたけれど、ふと振り返ると若いころに思い込んでいた「これがきっと、良い人生に違いない」というのには、自分にない才能をフルに発揮できるならば、という注意書きがでっかく書いてあることに気づかずに持っていた夢だったのでしょうか。

 スヌーピーの名言でも「配られたカードで勝負するしかないのさ。それがどういう意味であれ」(You play with the cards you’re dealt …whatever that means)というのがあります。犬に言われたくねえよと思う反面、それが飼い犬に運命づけられた人生なら、確かに犬小屋のうえで寝ているしかないよなあとも思います。私たちの人生だって、いまさら取り返しのつかないことも、若いからこそできたこともたくさんある。そして、たとえ可能性が失われていく中年にあっても、実り多い時間を送ることはできるはずなのだ、と思ったとき、配られたカードでどういう可能性を追求するかは、むしろどの可能性を捨てるのかと表裏一体であることに気づくのです。

「ああ、世の中そんなものですよ」と言える人が幸せかどうかは分かりませんが、せめて自分の手の届く範囲はきちんと行き届いた、素晴らしい空間にしていくことが幸福への近道なのではないかと思います。たとえそれが、独りよがりの感情にすぎないのだとしても。



(私のコメント)

男の人生において、サラリーマンになるというのは、自分の一生を会社に売り渡すようなものであり、安全確実だが一生の大半を会社のために働くことになる。朝早く起きて会社に出かけると夜遅くまで帰って来れない。家に帰れば食事して風呂に入れば一日が終わってしまう。週休二日制で土日は休めるが、一週間の疲れを取るだけで終わってしまう。

こんな事なら、ホームレスになった方がマシだと考えることもあった。しかし金を貯めることが第一だと考えて、株式投資などでも増やそうと株式売買も派手にやってきた。外債投資などもやりましたが、結局は自分には向かないと株式も外債投資も止めてしまった。それで不動産投資に切り替えましたが、バブル崩壊でえらい目にあった。

結局は、不動産投資が自分にとって一番得意であり、自分が一番好きな仕事であることがわかった。不動産投資は最初の元手がかかる商売であり、銀行から大借金しなければならない。多くのサラリーマンも住宅ローンで借金をしたが、不動産投資ではなく自宅の購入に過ぎない。しかも完済には30年ローンなどで完済した頃は定年退職の時期になってしまう。それで一生が終わってしまう。

人間の一生は、限りのあるものであり、長生きしても80年か90年くらいしか生きられない。私の一生もあと何年と数えられるようになり、この前までテレビで活躍していたタレントの死が報ぜられると、じわじわと実感が湧いてくる。私もそろそろ人生のラストスパートの時期が来たと思いますが、終わり良ければ全て良しと考えています。

私の残された人生で、何をすればいいのだろうか。幸い経済的にもゆとりができてやりたいことがやれるようになった。残り何年と考えるのではなく、あと30年でも40年でも現役で生きるくらいのつもりでいたほうが気が楽だ。私の母も96歳まで生きた。サラリーマンは60歳で定年になってそれ以後は余生となってしまう。なんと無駄な生き方でしょうか。

山本氏は、『したいことを、したいだけやればいい人生など送れないのだから、得意で好きなことに絞って生きていくしかないじゃない。歳をとってきたのだから、歳相応の生き方として、円熟するとはどういうことなのかを考えた結果、私はそういう「しなくてもいいことをしない」ことが一番大事なんじゃないかと考え至りました。』と書いているが、無駄なことはやらずにしたいことだけするのが一番だ。

「株式日記」を書いてきたのもその一つであり、社会貢献の一つでもあるのですが、幸い多くの読者を得て、多方面に影響を与えているのではないかと思う。「株式日記」は私のライフワークでもあり、私にしかできる人はいないと考えています。出来ることなら世界的に情報発信してみたいものですが、AI翻訳などが高度実用化されれば可能になるだろう。

私は一昨年あたりから町内会の活動にも参加していますが、区の行政の末端組織のようなものだ。区の老人クラブにも参加していますが、高齢化が著しくて若い人がいない。私が一番若手なのだからこれからどうなるのだろうか。私の近所にはマンションが多く建っていますが、子供がいるような家族はいない。だから小学校などもとっくに廃校になってしまった。



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