株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


忖度という意思疎通の方式で下の人に指示を与えている人は、結果が出れば自分の
手柄にする事ができ、悪い結果が出れば部下の責任にする事が可能になるからです。


2018年5月31日 木曜日

「体育会系」が弱い心を育てる内田氏も栄氏も入院した理由 5月29日 渡辺龍太

日本中をあきれさせている日本大学のお粗末な対応と組織の異常さ。日大のアメフト部の内田正人前監督やコーチ陣の真実を一切語らない姿勢。そして、日大関係者がタックルをした学生のみに罪を被せるような姿勢を取りづける事に、あいた口が塞がらないと感じた人も多いでしょう。この異常事態の根本原因は「体育会系」のコミュニケーションにあります。今回は『1秒で気のきいた一言が出るハリウッド流すごい会話術』の著者が、体育会系コミュニケーション起こす弊害、会話の断絶の危険性について解説します。

「結果が出たら俺の手柄、失敗は部下の責任」が
体育会系上司の本質

 世間をあきれさせているアメリカンフットボールの試合における悪質タックルに端を発する日本大学の対応。もはや試合におけるルール違反行為そのものよりも、日大関係者の隠ぺい体質やパワハラ体質、そして組織の腐敗ぶりに世間の怒りは向かっています。

 まだ真相は解明されていませんが、1つ言える事があります。それは、この事件の大きな原因の1つが、「日大アメフト部が、体育会系コミュニケーションを行っている組織」であるという事です。今回は、わかっていない事が多いので、日大タックル問題の根本原因についての私の推論を述べさせていただきます。

 さて、実際にタックルをした学生は、日大指導者から悪質なタックルをするように指示されたと告白しています。一方で、指導者たちは自分たちの責任ではあると言いながらも、それは意気込みの話であって、悪質なタックルをしろという意味ではないと主張しています。

 仮に双方の主張が事実だとしましょう。なぜ、こういう意思疎通のズレが起こるのでしょうか。それは、一般的に体育会系を自負する上の立場の人は、下の立場の人に非常に曖昧な、最小限の指示しか与えない傾向があるからです。

 それにも関わらず、下の立場の人からの簡単な質問に対してすら、「口答えするな」と受け付けない傾向があります。これでは、下の立場の人は、上の顔色を伺いながら、ある意味、カンや忖度で動くような状態に追い込まれてしまいます。

 なぜ、上の立場の人が、こういう状態を作るのでしょうか。それは、この手法が彼らに非常に強力なパワーもたらすからです。なぜなら、こういう意思疎通の方式で下の人に指示を与えている人は、結果が出れば自分の手柄にする事ができ、悪い結果が出れば部下の責任にする事が可能になるからです。

 また、そういう構造ゆえ、上の人は組織の現状を把握しにくくなっていき、何が事実なのかが分からなくなりがちです。さらに、下の人間への適切な指示を行う能力も低下していきがちです。

リーダーシップがない人間ほど
忖度を強いる体育会系を好む

 よく、「日本企業は下々の現場の人の能力は高いのに、組織の上の人の能力が低い」と嘆かれる事があります。その原因の1つが、体育会系コミュニケーションにある事が、これでわかったと思います。絶対に無理と多くの人が思っていても、「アメリカに勝てる!」としか発言できなかった戦前と、まだ日本のコミュニケーションレベルは、たいして変わっていないです

 さて、仮定の話ですが、今回の悪質タックルがここまで大問題にならず、大学アメフト界だけのプチトラブル程度だった場合はどうなっていたでしょうか。おそらく当該選手の出場停止などの処分で片付けられたのではないでしょうか。あるいは、「監督の手腕でチームを有利な状況に導いた」という評価になっていたという可能性もあるでしょう。

 しかし、今回のように事が大きくなってしまうと、こういう体育会系組織は大崩壊します。なぜなら、前述のように、多くの上の人間は下の人間に忖度させて組織を動かしているので、いざという時にリーダシップを発揮できないからです。また、普段から自分の周りにイエスマンばかり並べていると、メンタルが弱まってしまい、逆境に非常に弱くなっているからです。

会見直後に入院した内田氏、
パワハラ発覚後に入院した栄氏

 だから、大学関係者は、危機対応がシドロモドロになっていて、内田元監督に至っては、メンタルがやられて入院するまでの話になってしまうのです。ちなみに、最近、似たような事例があるのが思い出されませんか?レスリングの伊調馨選手へのパワハラが認定された栄和人氏も、自分に対する世間からのバッシングが起きたら、すぐに入院してしまいました。

 これも、自分の心を弱くする「体育会系コミュニケーション」を駆使していた事が、大きな原因の1つだと思われます。肉体的には屈強そうなスポーツの指導者たちですが、メンタル面は弱くなって逆境に耐えきれなかったのだと推測できます。

 このように、「体育会系コミュニケーション」は、人間も組織も弱体化させ、いずれ大問題を引き起こす要因となりますので、取り入れてはいけないコミュニケーション方法なのです。今回の日大タックル問題は、いまだ日本では広く普及して、礼賛する声も多い「体育会系コミュニケーション」を見直すきっけかとなるのではないでしょうか。

 もし、自分は体育会系だと自覚していたら、まずはできる限り「話しかけやすいオーラを出す」という意識を持つようにしてください。「話しかけやすいオーラ」については次回、詳しく解説します。



(私のコメント)

今日もテレビでは、日大のアメフト部の問題を取り上げていますが、体育会系は戦前の軍部の体質をそのまま引き継いでいる。大戦で負けたにもかかわらず組織の体質が変わらないのはどうしてなのか。一年奴隷、二年人間、三年天皇、四年神様と言われるような体質はどうして変わらないのでしょうか。

このような体質は、日本企業における年功序列と馴染みやすく、就職でも体育会系は有利に就職している。何事も入社年次が最優先であり年功序列は絶対だ。このように年功序列が徹底していると、途中入社の他所者は非常に不利な扱いを受けることになる。それで風通しの悪い組織になってしまう。

日本企業が、長いスランプを抱えているのも、世界中から有能な人材を集めようと思っても、年功序列社会が邪魔をして中途入社が受け入れられない閉鎖された社会になりがちだ。組織を合理的に運用しようとすれば、有能な者ほど指導者となって組織を動かしていくべきなのでしょうが、年功社会では年次で出世が決められる。

戦前の軍部も、年次で昇進が決められてしまって、陸軍大学の卒業年次で昇進が決められた。たとえ有能でも先輩士官がいれば彼を追い抜いて昇進するのは御法度だ。先任将校という言葉があるように同じ階級の者がいれば先輩の方が優先されるのは国際的な決まりですが、誰が指揮をとるのかがはっきりしていなければならない。

いざ戦争になれば、誰が有能で誰が無能であるかがはっきりとわかりますが、日本軍はそれでも年功によって昇進が決まった。アメリカ軍ならば無能とわかればすぐに解任されて有能な者が抜擢された。さらに日本軍では有能かどうかは陸軍大学の成績で決められて、大将になるには陸軍大学の成績で決められた。軍功で成果をいくら上げても陸軍大学を優秀な成績でないと大将になれない。

有名軍人の昇進を比べてみると年齢とともに昇進していることがわかりますが、日本軍は能力主義ではなく年功であり、あとはコネや派閥などで昇進が決まる。これは現代の日本の大企業でも同じであり、年功以外にコネや派閥で昇進が決まる。たまに末席の取締役が社長になったりするとマスコミから「抜擢人事」と書かれたりするほどだ。

先の大戦は散々な負け戦であったにもかかわらず、大戦の総括は行われずうやむやのままですが、それが体育会系の体質を残した原因ではないだろうか。軍の司令官やスポーツ競技の監督が絶対的権力を持ち、曖昧な目的のまま部下が忖度して動く組織は責任が曖昧になる。現場が非常に強くても上部組織は脆弱で無能なら部下は忖度して動かなければならない。

記事でも、『「日本企業は下々の現場の人の能力は高いのに、組織の上の人の能力が低い」と嘆かれる事があります。その原因の1つが、体育会系コミュニケーションにある事が、これでわかったと思います。絶対に無理と多くの人が思っていても、「アメリカに勝てる!」としか発言できなかった戦前と、まだ日本のコミュニケーションレベルは、たいして変わっていないです。』という状態だ。

このような体育会系体質は、側近をイエスマンで固めて独裁体制にする。外からの批判には聞く耳を持たず、やばいことは側近にやらせて自分は責任を取らない。このような組織はいずれ暴走して、日本で言えば大戦で敗れるわけですが、このような状態になると誰も責任は取らず、うやむやのまま済まそうとする。

福島第一原発の大災害にも、東電も経済産業省も原子力安全委員会も誰も処罰されす責任も取っていない。いずれも日大アメフト部的な体質を持っており、外部からの批判を許さず、そして大事故が起きると雲隠れしてしまう。これらの組織は外部からの批判に脆弱だからワンマン体制になるのでしょうが、風通しのいい体制にならなければ、いずれまた同じ失敗を繰り返す。




QRコード決済は、市販のタブレットなどで簡単に導入が可能なため、導入コストが
あまりかかりません。さらに、加盟店の手数料も、もっと低いかゼロです。


2018年5月30日 水曜日

中韓に周回遅れ。日本はプライドを捨てQR決済でキャッシュレス化を目指せ=岩田昭男 5月29日

日本のキャッシュレス決済比率は18%と、中国の60%、韓国の89%に大きく遅れています。どうすれば現金主義から抜け出せるのか、中国でQR決済が普及した例から考えます。(『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』岩田昭男)

※本記事は、『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』2018年4月15日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:岩田昭男(いわたあきお)
消費生活評論家。1952年生まれ。早稲田大学卒業。月刊誌記者などを経て独立。クレジットカード研究歴30年。電子マネー、デビットカード、共通ポイントなどにも詳しい。著書に「Suica一人勝ちの秘密」「信用力格差社会」「O2Oの衝撃」など。
岩田昭男の上級カード道場:http://iwataworks.jp/

日本は何を学ぶべき?金融に疎かった中国がキャッシュレス大国へ

日本は「キャッシュレス後進国」

2020年の東京オリンピックが近づいてきましたが、日本のキャッシュレス化は未だに進んでいません。

2015年の世界のキャッシュレス決済比率(現金に対するクレジットカードや電子マネーの利用比率)では、日本は18.4%となっています。対して、アメリカは45.0%、中国は60.0%、そして韓国は89.1%と世界一のキャッシュレス大国になっています。日本は大きく引き離されました(世界銀行『Household final consumption expenditure(2015年)』、BIS『Redbook Statistics(2015年)』より)。

こうした状況に危機感を覚えた日本政府は、今年4月にそれまで計画していた「27年のキャッシュレス比率40%」という目標を2年前倒しして、25年までに実現すると改めました。

将来的には、世界トップクラスの韓国に並ぶ80%をめざすと言いますが、そのハードルはなかなか高そうです。今のままでやっていては、急激な伸びは望めないでしょう。

話題のスマホ決済をどう活用するか?

では、何をすればいいのでしょうか。やはり、今後の伸びを見込める決済ツールに絞って、その普及を国家的レベルで促進することだと思います。

その際の本命は、やはり「スマホ決済(モバイル決済)」でしょう。

スマホ決済には、大きく2種類があります。「非接触IC」を使って決済するものと、「QRコード」を使って決済するものです。

非接触ICは、電子マネーを取り込んだりクレジットカードを登録して、今のキャッシュレス文化の延長で利用できるように作られています。Apple Pay、Google Payなどがあります。

それに対してQRコード決済の方は、アリペイ(Alipay=支付宝)という中国のスマホ決済ツールから生まれ、メジャーになった規格です。

QRコード決済とは、店舗での支払いにスマホのアプリなどでQRコードを表示するか、もしくは店舗にあるQRコードをユーザーのスマホで読み取ることによって、決済を行います。こちらの方がコストパフォーマンスもよく、小回りも効くので、非接触IC決済よりもおすすめできます。

どんな機種でも使える「QRコード決済」

QRコード決済の特徴は、Apple Payなどの非接触IC決済と違い、スマホの中に電子マネーやクレジットカードを直接登録しないことです。専用アプリと、クレジットカード情報や電子マネー情報との「連携」によって、決済を実行するのです。

代表的なQRコード決済のサービスは、「楽天ペイ」や「LINE Pay」などがあります。

各サービスでの決済は、そのサービスの個人IDと紐付けられ、決済履歴が残ったり、そのサービス特有の特典が受けられることが特色です。そのために、利用者はQRコード決済に必要なアプリを自身の端末にダウンロードします。

また、QRコード決済は、非接触IC決済のGoogle Pay・Apple Pay・おサイフケータイなどとは異なり、機種に依存せずに、アプリをダウンロードすれば大半の機種で利用できるのです。どの機種でも使えるというのは、大きな利点です。

セキュリティ面でも大きな強み

さらにセキュリティ面でも十分な対応がなされています。

QRコード決済は支払い時に「本人のデバイス」と「パスワード」の両方が必須なので、現金の盗難やクレジットカードを使用する際の暗証番号のスキミングなどを事前に防ぐことができます。

実際に使ってみると、スマホの機種を問わず、どれでもアプリをダウンロードすれば使えるというのは便利です。

また、支払い方法もプリペイドだけではなく、銀行口座引き落としやクレジットカード払いも選べるのも利点です。

そうして考えると、非接触IC決済よりも小回りのきいた優れた規格ということができるのではないでしょうか。IC型の欠点をひとつひとつ潰していって作られた規格のようにも思えます。

もっともトクをするのは「お店」側

しかし、本当の凄さは、利用者に対してというより、店舗の担当者が実感するのではないでしょうか。

QRコード決済は、市販のタブレットなどで簡単に導入が可能なため、導入コストがあまりかかりません。

さらに、加盟店の手数料も非接触IC決済では2〜3%かかりますが、こちらは加盟店手数料はもっと低いかゼロです。

こうした経済的利点があるために、小規模な事業者等ではQRコード決済への関心が急速に高まっています。一部では、この決済の方式は初めて「手数料なし」を打ち出した画期的なビジネスモデルだと言われています。

楽天、LINE、Appleほか次々と参入している

そのためか、今や Origami Pay(オリガミペイ)、LlNE Payをはじめ、楽天ペイ、ドコモ、Appleなど、すでに非接触IC型の決済事業を展開しているところも含めてこぞって参加を始めました。

その背景として、「費用をかけずに自前の経済圏を簡単に作れる」と大手業者が考えたからと言われています。店側にとって、これは思いもかけない追い風でしょう。

これまでの非接触IC決済では、初期費用10万円くらいはかかりました。手数料も3%かかります。

それらのものがすべていらなくなる可能性もあり、そうなればいくらでも導入ができるのです。

これはもう利用しない手はないというので、いろいろな店舗が加入を考え始めています。キャッシュレス化の促進には、QR方式が断然有効なのかもしれません。

5億2千万人が利用する「アリペイ」

日本企業の手本になっているQRコード決済の雄、「アリペイ」を少しみてみましょう。

アリペイは、中国の巨大IT企業のアリババグループの子会社が開発した決済ツールです。グループ内のネットショッピングモール「タオバオワン(淘宝网)」での決済に利用してもらう目的で作られました。

その原型になったのが、Googleが作ったPayPalです。これは、基本的には送金のためのツールです。

しかし今や、アリペイがPayPalをきれいに抜き去りました。2004年12月にアリペイがスタートしてから13年が経過し、加入者数は5億2千万人とケタ外れの数になっています。

名実ともに、中国を代表する決済ツールに育ったと言えるでしょう。(後略)



(私のコメント)

昨日今日のテレビは、日大のアメフト部の不祥事で持ちきりですが、スポーツのラフプレイがどうしてこれほど問題になるのでしょうか。しかも被害者の選手も怪我から復帰しています。スポーツ界ではあの程度のラフプレイは日常茶飯事なのでしょうが、問題は日大そのものの体質であり、監督やコーチの言うことは絶対という独裁的な価値観なのでしょうか。

監督や上司に言われれば、不法な事でも従うといった事は日本企業でもよくあることであり、一流大企業でも不法行為が続発しています。終身雇用制度や年功序列制度の下では、上司の言うなりにしていた方が得であるといった事に流されがちであり、部下は不法行為だからと拒否することはできない。

組織に忠誠であることは大切ですが、それが悪用されるととんでもないことになります。日大のアメフト部も日本企業も古い組織論が未だに幅を利かせていて、民主的な開かれた体制になっていない。監督や会社の社長が倫理的に狂い始めてしまうと組織の内部からの改革が困難であり、公にバレるまで突っ走ってしまう。



今日はキャッシュレス決済の問題ですが、クレジットカード決済から大きな変化が起き始めている。今でも鉄道の改札などでは「非接触IC」を使って決済する方式が多くなりましたが、私はスマホを持ち歩かない主義なので切符を買っている。ところがスマホのQRコードを使った方式になれば、それこそ現金は必要がなくなるのではないだろうか。

QRコード方式は機種に依存しないから導入コストもかからないし、手数料もかからないらしい。そうなれば財布を持ち歩く必要もなくなりスマホ一台で何でも出来るようになる。最近のスマホは薄く軽くなって持ち歩くのも便利になりました。しかもアンドロイドのスマホは安くなって1万円以下で買える。

「非接触IC」を使って決済する方式では機種に依存するから、買い換えるのも大変ですが、QRコード方式は機種に依存しないからQRコードを表示できるものなら何でも使える。手数料もかからない方式だから少額決済も可能になる。通信販売などもパソコンでQRコードを読み込ませれば決済できるから便利だろう。

ということになれば、有料ブログなども少額決済でQRコードで課金ができるようになって1円決済もできるようになる。なぜ手数料がかからないかといえば決済用機器に金がかからないからであり、QRコードが読み込める機器ならなんでも使えるからだ。

だからこれからは、鉄道に乗るのも改札はいらなくなり、電車にQRコードを読めるようにすればできるだろう。こうなるとマイナンバー制度もいらなくなってQRコードで本人確認をすればできるだろう。セキュリティーに関しても『、QRコード決済は支払い時に「本人のデバイス」と「パスワード」の両方が必須なので、現金の盗難やクレジットカードを使用する際の暗証番号のスキミングなどを事前に防ぐことができます。』ということで安全だ。

一番の決め手は手数料がかからないことであり、『QRコード決済は、市販のタブレットなどで簡単に導入が可能なため、導入コストがあまりかかりません。さらに、加盟店の手数料も非接触IC決済では2〜3%かかりますが、こちらは加盟店手数料はもっと低いかゼロです。』という事です。




文在寅と金正恩の共通の目的は、北朝鮮存続の保証をアメリカから取り付け、
時間をかけて韓国を赤化し、やがて統一することです。次に日本に刃を向けてきます


2018年5月29日 火曜日

文在寅の悪だくみ  5月23日 中韓を知りすぎた男

北朝鮮が米朝首脳会談にたいして再考すると言い出しました。

ボルトン米大統領補佐官は、北朝鮮に非核化の意思がないと判断した場合は、「見返りを期待する北朝鮮との際限ない協議に引きずり込まれるという過去の失敗は繰り返さない」と語り、いつでも交渉を打ち切る用意があると強調しました。

ここに至ってボルトン大統領補佐官とポンぺオ国務長官というタカ派に替えた事はトランプにとって、世界にとって大成功です。何故なら他の外交官なら融和ムードを作り出して北朝鮮を存続させる文在寅の戦略に陥ってしまうからです。

文在寅は北朝鮮の核問題で一見米国と協力するかのような態度を示しているがトランプは文在寅の腹を読んでいます。金正恩は、同胞愛を強調する首脳会談で金王朝の存続を韓国に約束させ、非核化の中身は懐に秘めたまま、文在寅と示し合わせて、米国の攻撃を封印する腹です。

攻撃を封印するために、南北朝鮮は当事者が無条件で「不戦条約」をしてしまった。もう戦わないと宣言することによってトランプが北を攻撃できる選択肢の幅を狭めてしまった。

トランプの想定は米朝会談で「完全かつ検証可能で不可逆的な非核」を金正恩は飲めないと踏んでいます。北朝鮮が会談を長引かせて結果的に非核化の課題に取り組む気が無いのなら、米国は世界の世論を気にせず堂々と武力攻撃が出来ます。

金正恩もトランプ大統領の本気度にきずき始めた。そこで金正恩は中国を味方にすべくで習近平に会いに行った。後ろ盾を手に入れた金正恩は強気な態度に豹変させた。

これに対してサンダース報道官は「会談したくないのなら、かまわない」と突き放した。つまり攻撃のきっかけを探している米国にとって金正恩の国際社会を欺く態度豹変は想定内です。

トランプ大統領は核のあるなしではなく、北朝鮮の政治体制こそが存在してはならない最大の悪であるということがお勉強によって理解しています。もちろん安倍首相の助言も聞いています。

金正恩は自分にとって不都合な幹部たちを100人近く処刑し、罪のない人民20万人以上を苛酷な強制収容所に押し込め、また毎年20万人以上の人民が餓死しています。この世の地獄を作り出している世界最悪の人権蹂躙国家です。このような国は地球上に存在してはならない、最大の罪深い国家だということをトランプ大統領は重々承知しています。

南北首脳会談の出来レースを察知したトランプ大統領は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」を北朝鮮に突き付けていく方針を変えることはありません。

南北は、4月27日、首脳会談であまりにも世界に向けて仲が良いことを見せつけたことで出来レースの正体がばれてしまった。そこで核実験場廃棄の式典に現地取材を許可するとしていた韓国記者団の取材を拒否することによってトランプの思考を攪乱させた。

文在寅と金正恩の共通の目的は、北朝鮮存続の保証をアメリカから取り付け、時間をかけて韓国を赤化し、やがて統一することです。その赤化統一が出来れば次に日本に刃を向けてきます。

核が無くても、生物兵器・化学兵器で日本を威嚇し、日本から金と技術を奪い取ることが狙いです.

だから日本はその前に憲法を改正し、国軍を創設しなければならない。憲法改正を思想や法律論だけで議論するのは愚かの極みです。国家なくして、国家経営も国民も存在しない。



(私のコメント)

朝鮮半島情勢がどうなるか分からぬ状況になりましたが、南北の首脳が話し合ったところでなんの足しにもならず、結局はアメリカと中国がどう折り合いを付けるかにかかっている。朝鮮半島は地域であって国家ではない。南北朝鮮は常に外国勢力を引き入れてきたから、自分たちで自国のことが決められないのだ。

朝鮮半島は、漢の武帝が楽浪郡を置いて以来の冊封国家であり、中国王朝に支配されてきた地域だ。半島という地理的な特性から直接支配するよりも間接支配して来ましたが、日本やアメリカという海洋勢力が朝鮮半島を中国王朝から切り離した。清朝が滅んで中国の内乱が続いて、朝鮮半島は日本やアメリカが支配してきましたが、中国の台頭とともに朝鮮半島は中国の手に落ちるのだろう。

アメリカと中国の関係は摩訶不思議なものであり、朝鮮半島では敵対して、朝鮮戦争では熾烈な戦争をしたのに、ニクソン訪中以来、米中は手を組んできた。それはソ連を叩くためであり日本を叩くためであった。アメリカの「日本たたき」を何度も「株式日記」で書いてきましたが、それで日本は混乱状態になってしまった。

アメリカは味方なのか敵なのか、日本の指導層は混乱して、細川政権や民主党政権が生まれるようになり、鳩山首相は「沖縄の海兵隊は出て行ってもらう」と発言したり、米中等距離外交を打ち出すようになった。私はこの動きに期待したが直ぐにアメリカによって潰された。

アメリカは日本とは同盟国のはずなのに、潜在敵国の中国と手を組んで「日本たたき」をするというのは戦略的な大失敗であり、アメリカはこのように対日政策でもブレる国である。アメリカにも様々な勢力が有り、対中政策や対日政策も大きくブレる。オバマ大統領までは親中派の大統領であり、中国や北朝鮮が何をしようが何もしようとはしなかった。

トランプ大統領の登場は、対中政策が大きく変わる転機となるのでしょうが、それは北朝鮮政策にも現れている。中国も今までのアメリカ大統領とは違うと気がつき始めたので、挑発的な言動は控えるようになった。今までは中国が何をしようとアメリカ政府は寛容だった。それは日本を押さえ込むためであった。

北朝鮮は中国にとってリトマス試験紙のようなものであり、アメリカがどう出るかで試しているのだろう。今までのような寛容な対中政策が行われるかどうかは、北朝鮮を見ればわかる。今までのアメリカなら北朝鮮が核やミサイル開発をしても経済制裁程度で済ませてきた。

ところがトランプ大統領の経済制裁は本格的なものであり、かなり効いているようだ。対中関係も米中通商摩擦は本格的なものであり、中国のスマホメーカーのZTEは潰されようとしている。今まで手控えられてきた中国や北朝鮮への制裁が本格的なのだ。金正恩は今までのようにアメリカを舐めて掛かってきましたが、トランプは米朝会談をキャンセルした。

それで金正恩は中国に泣きつきましたが、中国も米中通商摩擦で強いことが言えない。これで金正恩は後ろ盾を失って「完全かつ検証可能で不可逆的な非核」を受け入れざるを得ない事になるのだろうか。習近平もやけのおとなしいのですが、裏では金正恩に気合を入れているのだろう。

韓国のムン・ジェイン大統領はメッセンジャーボーイであり、金正恩と抱き合って不戦条約を誓い合った。韓国のムン・ジェインは北朝鮮の核やミサイルを民族の核と捉えている。そんなことを中国やアメリカが認める訳はないのですが、トランプはムンの裏切りに気がついている。

北朝鮮の核やミサイルを「完全かつ検証可能で不可逆的な非核」化させるのは、トランプ次第ですが、ギリギリまで金正恩を追い込む必要がある。中国の腹の中はまるでわからない。ロシアや中国の手を引かせなければ北朝鮮を追い込めない。それまでは米朝の駆け引きは続く。




近代以降、ヨーロッパのエリート養成を担ってきた教育機関では長らく哲学と歴史が
必修とされてきました。オックスフォードでは、哲学が三学領域の筆頭となっています


2018年5月28日 月曜日

「地位はあるけど教養がない」人たちの末路 人も企業も進化するために「哲学」が必要だ 5月26日 山口周

無教養なビジネスパーソンは「危険な存在」

近代以降、ヨーロッパのエリート養成を担ってきた教育機関では長らく哲学と歴史が必修とされてきました。今日に至っても、たとえば政治・経済のエリートを数多く輩出しているオックスフォードの看板学部「PPE=Philosophy, Politics and Economics」(哲学・政治・経済学科)では、哲学が三学領域の筆頭となっていますし、フランスの高等学校課程=リセでは、理系・文系を問わずに哲学が必修科目となっており、バカロレアの第一日目の最初に実施されるのは伝統的に哲学の試験とされています。パリにしばらく滞在した人であれば、バカロレアの哲学試験にどのような問題が出されたか、自分ならどう答えるかがオフィスやカフェで話題になっているのを耳にしたことがあるのではないでしょうか。

あるいはアメリカに目を転じても、エリート経営者の教育機関として名高いアスペン研究所では、世界中で最も「時給」の高い人々であるグローバル企業の経営幹部候補が集められ、風光明媚なスキーリゾートとして知られるアスペンの山麓で、プラトン、アリストテレス、マキャベリ、ホッブズ、ロック、ルソー、マルクスといった哲学・社会学の古典をみっちりと学んでいます。

彼らはなぜ、ともすれば「役に立たない学問の代表」とされがちな「哲学」を、これだけプライオリティの高い学問として学んでいるのでしょうか。アスペン研究所設立のきっかけとなった1949年の国際カンファレンス「ゲーテ生誕200年祭」において、発起人の一人であるシカゴ大学教授(当時)のロバート・ハッチンスは「リーダーに教養が求められる理由」について次のように言及しています。

無教養な専門家こそ、われわれの文明にとっての最大の脅威
・専門家というものは、専門的能力があるからといって無教養であったり、諸々の事柄に無知であったりしていいものだろうか

(日本アスペン研究所HPより)

実に強烈です。哲学を学ぶと「役に立つ」とか「カッコいい」とか「賢くなる」ということではない、哲学を学ばずに社会的な立場だけを得た人、そのような人は「文明にとっての脅威」、つまり「危険な存在」になってしまうというのがハッチンスの指摘です。

ひるがえって、わが国の状況はどうでしょうか。たまさか、筆者は先日ある経済団体の集まりに問題提起者として参加し、財界を代表する経営者と「文化と企業」の関係について議論する機会を持ちました。しかし、ここでわかったのは、このテーマについて、まともに「自分の意見を述べる」ことができる経営者が、少なくともその場にはいなかった、ということでした。多くの経営者は「文化は儲からない」「祇園におカネを落としたいが時間がない」といった幼稚なコメントに終始し、まともに「企業経営が文化形成に与える影響」について議論することができませんでした。

一方で、このように無教養な「お金儲けの専門家」によって率いられている多くの日本企業から、子どもでさえ仰天させるようなコンプライアンス違反が続出しているわが国の状況を鑑みれば、このアスペン研究所設立の前提となったハッチンスの問題意識が極めて予見性に満ちたものであったことがわかります。(中略)

さて、ではこれがなぜビジネスパーソンにとって重要なのかというと、ビジネスでもまた、批判的思考が求められるからです。変化する現実に対して、現在の考え方や取り組みを批判的に見直して、自分たちの構えを変化させていく。かつてはうまくいっていた仕組みを、現実の変化に適応する形で変更していく。企業のことを英語ではゴーイングコンサーンと言いますね。これは「永続することを前提にした組織」ということですが、重要なのは「環境が変化する」のに対して、「企業が永続する」という点で、これはつまり、企業というのは「どんどん変化していく」ことが前提となっているということです。

なぜ、日本の組織は変化できないのか

このように指摘すると、「そんなことは当たり前じゃないか」と思われるかもしれませんが、では、その「当たり前」がなぜ、多くの日本企業では難しいのか。

最大のポイントは「変化」には必ず「否定が伴う」という点です。これまでやってきた考え方、動き方を否定したうえで、新しい考え方、動き方を取り入れていく。難しいのは「新しい考え方・動き方」を「始める」ことではなく、「古い考え方・動き方」を批判的にとらえて、これを「終わらせる」ことなんです。これまで通用した「考え方」を、一旦批判的に見直してみる。そして、それが現実にうまく適応できていない、現実をうまく説明できていないのだとすると、その理由を考察して、新しいパラダイムを提案する、ということが求められるわけですが、これはまさに、哲学者が連綿とやってきたことです。

対象となる問題はもちろん異なりますが、このような「自分たちの行動や判断を無意識のうちに規定している暗黙の前提」に対して、意識的に批判・考察してみる知的態度や切り口を得ることができる、というのも哲学を学ぶメリットとして挙げられると思います。



(私のコメント)

エリートは古典と歴史が必須科目であり、これを習得していなければ正解のない難問に対して答えを出すことができない。東大を出た日本のエリートたちが正解を出せないのは哲学がないからだ。だから前例を踏襲することになり、変化に対して肯定することができないのだ。

哲学は考えることを学ぶ学問であり、考え方の基本が分からなければ間違った考えが出るかもしれない。人生哲学といえば人生の考え方のことであり、過去の偉人が言ったことを覚えることではない。過去と現在では環境も違ってきているから、言っている事が正しいとは限らないからだ。

だからこそトップエリートは哲学を学ぶ必要があり、歴史を学ぶということは人間を学ぶということでもあり、歴史を知らなければ人間を知ることができない。しかしながら日本のエリートたちは哲学も歴史も本格的に学んではいない。小説や大河ドラマなどを見て歴史を知ったような気分になっているだけだ。

欧米のエリートは、『世界中で最も「時給」の高い人々であるグローバル企業の経営幹部候補が集められ、風光明媚なスキーリゾートとして知られるアスペンの山麓で、プラトン、アリストテレス、マキャベリ、ホッブズ、ロック、ルソー、マルクスといった哲学・社会学の古典をみっちりと学んでいます。』という事ですが、日本の大企業の社長さんにそんな教養などあるわけがない。

人生の壁に突き当たった場合、どのように打開するかを考えるのが哲学であり、古典を知らなければ斬新な考えも出てくるわけがない。日本のエリートたちは過去の成功例を繰り返すのみであり、前例がないことに対する試みに理解を示さない。例えば原発が大津波が襲われたり全停電になったりすることなど前例がないから考えられないのだ。

記事でも、「無教養な専門家こそ、われわれの文明にとっての最大の脅威」と書かれていますが、過去に大津波が何度も来ていることを原発の技術者たちは知らなかった。こういうのを専門馬鹿と言いますが、原発が暴走したら何が起きるかも原発の専門家たちは知らなかった。

日本の経営者たちも、『多くの経営者は「文化は儲からない」「祇園におカネを落としたいが時間がない」といった幼稚なコメントに終始し、まともに「企業経営が文化形成に与える影響」について議論することができませんでした。』という事であり、だから企業不祥事が立て続けに起きても、カエルのツラにションベンなのだ。

彼らは企業内では、全能の神のごとく威張り散らしているが、彼らには教養がなく問題意識も持ってはいない。最近ではAI革命と言われていますが、これからどのように変化していくのか分からなければ企業もどのように変えて行くかも分からない。彼らは前年比○○パーセントの売り上げ増といった事しか考えない。

財務省の官僚も消費税増税することしか考えず、彼らは、『これまで通用した「考え方」を、一旦批判的に見直してみる。そして、それが現実にうまく適応できていない、現実をうまく説明できていないのだとすると、その理由を考察して、新しいパラダイムを提案する、ということが求められるわけですが、これはまさに、哲学者が連綿とやってきたことです。』といった事が出来ない。

まさに、日大アメフト部で起きたようなことが日本中で起きている。上司の言った事には絶対忠誠であり、批判的に見ることは許されない。しかし彼ら監督やコーチは責任は取らないのだ。大学でありながら現代の大学ではエリートとしての教育は行われず、哲学や歴史教育は専門学科でしか教えられていない。これでは大学と言えるのだろうか。

私が大学生の頃は、「老子」や「荘子」などを面白く読んでいたが、「徒然草」や「葉隠」なども読んでいた。マキャベリの「君主論」なども読んでいましたが、それらが政治や経済を考える上で役に立っていると思う。




日本企業には、みんな常識だと思っているけど実は日本独自の奇妙な慣習というの
が多々あります。全国転勤や長時間残業、有給の取りづらさといったものですね。


2018年5月27日 日曜日

若手を辞めさせないためには何をすべき?と思った時に読む話 5月24日 城繁幸

今週のメルマガ前半部の紹介です。
ある調査によると、日本の若手社員のうち「2年以内に転職したい」と回答した人の割合が37%と、前回調査より7%も上昇していることが明らかになりました。

【参考リンク】「2年以内に転職したい」若手社員の4割に 民間調査

世界平均が43%ですから、だいぶ世界標準に近づいたわけです。法律や人事制度はなかなか変わりませんが、少なくとも35歳以下の若手は自分たちで勝手に流動化し始めていると言っていいでしょう。

ちなみにその理由はシンプルで「40歳以降の出世や昇給に大して期待できない」と考える若手が増えた結果、自力でより魅力的な仕事を探し始めたということですね。最近のメガバンクなんかが典型でしょう。

とはいえ、組織としては若い戦力が流出してしまうのを指をくわえて見ているわけにはいきません。そもそも若手の流動化は社会にとって歓迎すべきことなんでしょうか?そして、会社はどういった対策をとるべきでしょうか。

転職回数が多いほど労働者は幸せ

結論から言えば、若手の流動化は素晴らしい変化を本人と社会に及ぼすことになるはずです。理由は以下の3点です。

1.本人の仕事への満足度が高まる

終身雇用制度のある日本では10年以上の勤続年数のある従業員の割合は45.1%と、世界最高水準です(国際労働比較2017)。じゃあすぐクビに出来て勤続年数10年以上の人が28.9%しかいないアメリカ人より幸せかと言えばむしろ逆で、仕事に対する満足度ややりがいと言った各種調査では、逆に世界最低水準のものが目立ちます(満足度調査はISSP国際比較調査2005で調査対象32カ国中28位、熱意については以下参照)。

【参考リンク】「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査

転職回数が多い方がそれだけ自分の理想のキャリアに近づく努力をしているわけで、当然の結果ですね。新卒で入った会社で与えられた仕事がたまたま天職でした、という人なんてまずいないでしょう。

というわけで、若い世代がどんどん流動化することで、上記のような満足度ランキングも、これから徐々に上向いていくことでしょう。

2.採用がクリアになり、ブラック企業は淘汰される

90年代まで、日本企業の採用スタンスの基本は「いかに学生をひっかけるか」でした。とにかく明るく風通しの良いオフィスをアピールし、説明会では美辞麗句を並べたうわべだけの説明に終始し、いざ入社してみると「全然逆でした」なんてことはザラでしたね。筆者の後輩でメガバンの就活中にカラーシャツで参加したら「うちはリベラルですから全然かまいませんよ」と人事に言われたのにいざ入行して同じシャツ着て研修行ったら講師に胸倉つかまれて「お前今度色シャツ着てきたら地方飛ばすからな」って言われた奴もいます。

なぜそんなギャップがあったのか。就活で騙して入れちゃえばもう逃げられる心配がなかったからです。

でも若手が流動化してしまったらもう嘘は通用しません。すぐ逃げられる以上、最初から洗いざらい見せた上で納得してくれた人だけを採用した方がコストは低く抑えられます。というわけで最近急速にインターンシップが普及しているわけです。

同じ理由で、いわゆるブラック企業問題も転機を迎えることになります。大手同様の滅私奉公を要求しつつも終身雇用という対価の保証されない「見返りの無い企業」のことですね。実はそうした企業を下支えしてきたのは、「どんな仕事でも芽が出るまで頑張る」と言った昭和的価値観だったりします。そういう価値観を持たない世代が台頭することで、今後は急速にブラック企業も淘汰されるでしょう。

3.企業が人事制度の見直しを余儀なくされる

そして、企業は硬直した人事制度を見直さざるを得なくなります。日本企業には、みんな常識だと思っているけど実は日本独自の奇妙な慣習というのが多々あります。全国転勤や長時間残業、有給の取りづらさといったものですね。それぞれにちゃんと理由はあるんですが、現実問題としてそういう“ムラのおきて”に従い組織は運用されているわけです。

でも「転勤ですか?じゃ辞めます」とか「なんで仕事終わったのに残業しなきゃいけないんですか?」とか平気で言い出す世代が増加すれば、組織は“ムラのおきて”の方を見直さざるを得なくなります。

ちなみに、日本企業の中でメガバンクというのはもっとも保守的な業種の一つだったんですが、筆者はこれからの10年でメガバンクはもっともドラスティックに人事制度が変わると見ています。新規採用の抑制にくわえ(これから銀行のビジネスモデルを刷新してくれるだろうと期待されていた)若手がどしどし流出しているわけですから。カラーシャツに文句垂れたり上役の学歴年次全部暗記したりしてる暇ないでしょう。



(私のコメント)

これからは、少子高齢化に伴って慢性的な人手不足の時代になって行くだろう。経営者側は外国人労働者を入れろと言っていますが、外国人労働者を受け入れれば、今までのような終身雇用で年功序列制度は受け入れられないだろうし、日本人の若者も年功賃金体系は受け入れられないだろう。

そのような環境では、日本国内を転勤させたり、長時間のサービス残業を強いれば若者はその会社を辞めていくだろう。つまり外人を入れようが日本人の若者を採用しようが雇用環境が変わっていくだろう。ホワイトカラーの生産性の低さは就職氷河期によるものであり、最低賃金が800円代であることにも現れている。

国際的な賃金水準から計算すれば、1200円程度の賃金でなければならないはずだ。今までの就職氷河期はバブル崩壊とリーマンショックと円高によるものであり、このような時期は二度と来ないだろう。「歩のない将棋は負け将棋」と言われますが、若者をどれだけ雇用できるかが企業の勝敗の分かれ目になるだろう。そのためには初任給を上げなければならない。

中小企業の廃業も、若者が雇用できないから廃業せざるを得ないし、雇用したければ賃金を上げる必要がある。今の日本企業は管理職ばかりいて平社員がいなくて、いても派遣社員であり会社のために忠誠を尽くしてくれません。残業もしないし無理な命令はできない。

城繁幸氏が言うように、社員を日本中転勤させるのは世界的に見れば異例であり、単身赴任までさせている。幹部社員でなければ転勤を命ずれば社員は辞めていってしまうだろう。それが出来たのも終身雇用で年功序列だからできたのだ。サラリーマンも無理な転勤を受け入れざるを得ないのも、会社を辞める人が少なかったからできたことだ。

私もサラリーマン時代には、さんざん転勤や配置替えをさせられてきましたが、無意味な転勤や配置替えがあまりにも多い。せっかく仕事を覚えて軌道に乗ってきたら転勤させられる。そのような人事権を行使することで管理職の権威を維持しようとするのでしょうが、仕事の効率は二の次だ。だから生産性も上がらない。

日大のアメフト部も話題になっていますが、あのようなブラックな体質では部員も集まらなくなっている。だから余計に焦って無理な要求をしてまで勝とうとする。出世したければ不正な行為までさせるのは、東芝や三井住友建設や三菱自動車やゼネコン談合など名前を挙げればきりがない。上司が部下に強いれば不正もやらされるのは日大のアメフト部を見ればよくわかる。




サクッと成功することはスマートに見えます。ですが、それは本当にごく一部の人だけ。
多くの人は答えを模索し続け、失敗のごみの山を積み重ねることで成功にたどり着く


2018年5月26日 土曜日

「苦労は買ってでもするべき」という根性論は正しいか? 5月25日 黒坂岳央

こんにちは!肥後庵の黒坂です。
「若い頃は苦労を買ってでもしなさい」という人がいます。私はサラリーマン時代、上司や先輩からこのセリフを何度も言われてきました。今の私はこのように言われることもなくなりましたが、昔は学生時代から言われていた気がします。

近年、努力や根性を見せる姿勢を「ダサい」と見る風潮があります。また、あちこちのブログで「苦労しなさい、は嘘だ」という主張が見られます。苦労はするべき?それともムダ?今回はそんな話をしたいと思います。

苦労や努力には「質」がある

苦労、努力には「質」があります。苦労や努力をすれば何でもいいのではなく、質の高い苦労や努力、その逆もあるわけです。

ムダな苦労の代表例が「非効率」なものです。私が住んでいる熊本県から、東京都へ行こうとするといろんな手段がありますが、総合的に考えて飛行機での移動以外はありえません。自動車だと丸一日時間がかかる上にガソリン代と高速代がかかりすぎます。また、都内に入った後の駐車料金も尋常じゃなくかかりますので論外。新幹線もとてつもなく時間とお金がかかりますのでパス。今は安い時期に飛行機を取れば数千円で行けますし、都内に入った後の行動にも一切の成約がないので飛行機以外の選択肢はありえません。

移動手段について明らかに非効率な手段を選ぶ人はあまりいません。しかし、仕事や学習をする上では、非効率な努力が未だに横行しています。私が昔、財務・経理の仕事をしていたときのことです。決算書の分析をするため、一緒に働いていた人へ「エクセルにデータを落として、内容を見ておいてもらえますか?」とお願いをして席を外しました。

会議から戻ってみると、その人がやっているのは一生懸命、会計ソフトの勘定を見ながらエクセルへ手入力をしているのです。データをエクスポートすれば所要時間は1分、1時間以上離席して戻ってみると、未だにチコチコと入力をしているのです。これは飛行機という手段があるのに、あえて自動車を選ぶような効率性の悪さでしょう。手入力は体力も使いますから、それをやるメリットは何もありません。

…でも私もえらそうなことはいえません。義務教育時代、私は社会のテスト勉強をする時に一言一句、ひたすらノートに暗記の対象を書いていました。手と頭が疲れ、全然脳内に情報が入ってこないのに時間だけは飛ぶように過ぎていきます。もちろん、テストの結果はボロボロ。地理や歴史の勉強をするならば、手で書くのではなく何回も読む方が圧倒的に記憶として定着します。

このように苦労や努力には質があります。悪い質の努力をいくら重ねても消耗するだけで、時間のムダでしかありません。

答えを模索する努力はムダにはならない

しかしながら、たとえ思うような結論に至らなかったとしても活きた努力は存在します。それは「答えそのものを模索する努力」です。

このブログもそうですし、経営しているフルーツギフトの肥後庵も同じです。日々、新しい商品やサービス、記事の執筆などに取り組んでいますが、空振り三振も少なくありません。

でもそうした失敗の山があるからこそ、成果に結びついた経験は数多くしてきたつもりです。発明王のエジソンは次のように言っています。

発明するためには、 豊かな想像力とゴミの山が必要だ

これは発明という大成功の前には、試行錯誤の末のたくさんの失敗があるということです。あのエジソンでもこのような言葉を残しているのですから、必死に答えを模索した努力は絶対に裏切らないのです。

私は2015年に起業をするまで、数々の起業を失敗してきました。初めての起業は、銀座のレンタルオフィスに英会話スクールを立ち上げました。起業のきの字も知らないド素人ですから、当然集客なんて出来ません。半年分まったくの空室にお金を払い続ける事になりました。でも、その経験を経て、「起業をする前に、集客をする手段を持っておくべきだ」という揺るぎない理解を得ることが出来ました。その後も何度も色んなビジネスを立ち上げては潰す事を繰り返し、ようやく2015年に肥後庵のビジネスを立ち上げて今に至ります。昔、山ほど失敗した経験が今の自分を作り上げてくれています。

苦労を回避しようとする人は失敗する

世の中にはすぐに答えを求める人が少なくありません。手っ取り早く答えを求めようとする人は、苦労を回避しようという気持ちが強いのでしょう。私のもとにも

「ネットショップで簡単に稼げる方法ありますか?」
「確実に集客出来る方法を教えて下さい」

と質問が寄せられることがあります。でもそういう事をいう人は絶対に成功できないと思います。なぜかというと、失敗を避けようとしているからです。

どんなビジネスでも、人生の生き方でも100%確実な答えなんてありません。「これをやれば絶対に売れる。即成功する」なんてものは世の中にないのです。どんなにいいものでも、時代にマッチしなければ「早すぎて市場に受け入れられなかった」ということはいくらでもあるのです。また、同じことをしてもやっている人が違うだけで成果が違ったりします。

何事も試行錯誤しないと結果なんて分からないのです。いや、むしろ壁にぶつかって「さあ、どうすればいい?」と考える時が本当のスタートです。「確実な答えをくれ。早く!」という人は一度でも壁にぶつかるとすぐに諦めてしまいます。私がやってきたネットショップや記事を書く成功例をお伝えすることはもちろん出来るのですが、それを伝えて絶対に壁にぶつからないかというとそうではないのです。むしろ、必要な行動をやってみて壁にぶつかった、そこからが真のスタートだと思っています。

例えばブログもそうです。集客やブランディング、マネタイズを目的に広告を貼ったり、アフィリエイトリンクを貼ってブログを始める学生や主婦がいますがほとんど失敗しています。それはなぜかというとすぐに諦めるからです。「もういいわ。バカバカしい」と自分が感じたポイントで、ほとんどの人は投げ出しています。そこを乗り越え、ある程度の期間、試行錯誤を繰り返した結果、成功にたどり着くわけです。

サクッと成功することはスマートに見えます。ですが、それは本当にごく一部の人だけ。多くの人は答えを模索し続け、失敗のごみの山をたくさん積み重ねることで成功にたどり着くことが出来る方法なのです。

無意味に苦労しなさいというつもりはありません。しかし、自己成長につながり、己の哲学を磨くことになる「質の高い苦労」は借金してでも買う価値はあると思っています。



(私のコメント)

人間が成長するには多くの苦労を乗り越える必要があります。多くの苦労を乗り越えられなければ人間は成長しません。成功した実業家の二代目や三代目がうまくいかないのは、先代が克服してきた苦労をしていないからであり、そうしなければ実力がつきません。

しかし苦労は誰もが避けたがるものであり、避けて通れる苦労は避けるべきでしょう。何かを成し遂げようとすれば必ず苦労がつきまといます。絶対的な壁となって立ちはばかる事もあります。壁に突き当たったときは無理をせずにチャンスが来るのを待ったほうがいいのでしょう。

「若い頃は苦労を買ってでもしなさい」というのは、苦労をしていないから言えることであり、本当の苦労をしている人はとてもそんなことは言えません。何かをしようとすれば苦労はつきまとうものであり、想定外の事にぶち当たって苦労させられるのです。何もしなければ苦労もせずに済むでしょう。

どうしたら無駄な苦労はしないで済むのか分かりませんが、知恵を働かせることで苦労を回避することができます。知恵を働かせずにする苦労は時間の無駄であり馬鹿げています。しかし壁に突き当たってしまうと、時間が経って状況が変わるのを待たなければなりません。壁を回避する道も見つかるかもしれません。

九州と東京を行き来するには飛行機が一番効率的ですが、車や新幹線では時間と金の無駄だ。パソコンを使えば1分でできる仕事を手作業で何時間もかけるのも無駄でしょう。ところが日本ではIT化もAI化も進まず生産性も向上していない。USBメモリーで済むものを数千ページも紙にプリントアウトするのも無駄なことですが、政府や国会内ではそれが行われている。

問題は正解のない答えを探す行為であり、それには試行錯誤を繰り返していかないと答えが見つからない。失敗を繰り返した経験があれば答えを見つけ出す方法も見つけやすくなります。そのためには失敗した検証をしなければなりませんが、しないと同じ失敗を繰り返すことになるでしょう。

なぜ正解が無いかと言うと、時代が変われば正解も変わるからであり、過去では正解であっても今では正解でないことがあるからです。現在でも日本はその病気にかかっており過去の成功した方法に拘りすぎているのではないだろうか。

記事においても、『どんなにいいものでも、時代にマッチしなければ「早すぎて市場に受け入れられなかった」ということはいくらでもあるのです。また、同じことをしてもやっている人が違うだけで成果が違ったりします。』のであり、当人によっては正解も違ってきます。

失敗もせずにサクっと上手くいったとすればそれは幸運であったからであり、運が去ってしまえば失敗します。記事でも、『何事も試行錯誤しないと結果なんて分からないのです。いや、むしろ壁にぶつかって「さあ、どうすればいい?」と考える時が本当のスタートです。「確実な答えをくれ。早く!」という人は一度でも壁にぶつかるとすぐに諦めてしまいます。』ということであり、成功するまで諦めないことも大切です。




文在寅や習近平がちょこまか出てきて余計なことするからろくでもないことに
なったという面は間違いなくある。わが安倍首相のように、どっしり構えておれば良い


2018年5月25日 金曜日

米朝首脳会談中止の責任は中韓にある 5月25日 八幡和郎

米朝会談は中止されたが、私は希望は失っていない。金正恩が率直に反省して素早く反応すれば意外に早く会談が行われるかもしれない。

米朝の関係修復のためには、双方にある種の軽はずみさがなければどうにもならない。アメリカが荒々しく軍事行動の可能性を示し、その一方で、金正恩の体制保持について保証を与えるかわりに、金正恩は清水の舞台から飛び降りるつもりで懐に飛び込むしかないし、それは可能だと私はいまも思う。

今回の取りやめの理由はポンペイオが説明しているように、アメリカ側の核放棄手続きについての具体的な提案について北が回答を引き延ばした(思考停止に陥ったのかもしれないし、国内の抵抗を金正恩がはねのけられなかったのかもしれない)、はたして6月12日までに準備がまとまるか心配したことのがメインだろうが、直接の引き金は、ペンス米副大統領の発言に対して崔善姫外務次官が「愚かしい」など失礼な批判をし、「米朝は首脳会談を開くか、核で対決することもできる」などと述べたことのようだ。

「北朝鮮が望む場合、裏口はまだ開いている。ただ最低限でもレトリックの変更は必要だ」としているが、トランプ大統領はアメリカ合衆国のプライドを重視する人だから、それをくすぐり続けない限り話にならないのである。とくに、副大統領を侮辱することはボルトン補佐官を批判することとは意味が違うのである。北朝鮮はアメリカを侮辱する言葉の誘惑をあきらめない限りせっかくの実質的な前向きの決断をしても台無しであることを知るべきだ。ただ、アメリカ人の解放はトランプも評価しているから、希望はまだある。

文在寅や習近平がちょこまか出てきて余計なことするからろくでもないことになったという面は間違いなくある。わが安倍首相のように、どっしり構えておれば良いものを馬鹿な連中だ。

大きな流れとしては、トランプが本気で金正恩との取引を望み、そのなかで、核兵器のアメリカへの移送や、場合によっては核技術者の移住まで要求しているという本気度にうろたえて習近平に相談にいったときに、習近平はここはアメリカのいうことを聞いておくことを勧めつつ体制維持の約束については、アメリカから保証を取り付けることについては、仲介することを提案すべきだった。ところが、習近平が核放棄を段階的にすることにでも理解を示したのではないか。

文在寅については、私は、「これまでの大統領はそれなりの自己主張をしたがったから邪魔だったが、文在寅は北の使い走りに過ぎないからかえって好都合だ。余計なことしたがると平和のためにならないからあまり動かない方が良い」と最近、書いたばかりだ。ところが、米朝の話し合いで蚊帳の外に置かれているのに満足できなくなっていろいろ盲動したように見える。

文在寅としては、米朝の話し合いを促進すれば自分の地位向上が図れるとみたのが、逆に、無用になることに気づいて慌てたのかもしれない。韓国政府が何かして自分も絡みたいと思うとろくなことがない。足下もみられるし、北も余計な期待をする。

アメリカは安倍首相のアドバイスをよく聞き、あとは、習近平にはしっかり釘を刺すだけでよい。文在寅にはあまり情報も与えない方が、交渉としてはうまくいくだろう。文在寅が南北首脳会談をしてもよいが、トランプの言うことをよく聞くようにという以外はいうべきでなかったし、ワシントンに行ってもろくなことにならないか心配だったが不安は的中した。

それから、金正恩がイメージアップ作戦に成功しすぎて、生き残りだけでなく、自分のイニシアティブによる南北統一に望みを持ったのもまずかったようにみえる。

会談中止の裏には、北の側がシンガポールでは安全の保証が心配だったというようなこともあるかもしれないが、いずれにしても、北の方からキャンセルしたら修復が難しいが、アメリカ側からしたのだから、金正恩次第で、早期の仕切り直しは可能だと思う。

日本は拉致問題について、北朝鮮から方針が示されるまでは動くべきでない。それまでは、トランプに強硬姿勢を勧め、核と拉致が解決すれば、経済協力はするといっておれば良い。

拉致は生存者の帰還と、もし、亡くなっている人がいるなら正確な情報提供は譲るべきでない。一方、私は、関係者の処罰や拉致自体の真相究明も過度にこだわらない方が良いと思う。経済協力のハードルを分かりやすく示さないと「取引」材料にならない。

一方、体制保持については、習近平、プーチン、それからどうでもいいが文在寅と具体的な保証を与えてアメリカの心変わりがないように保証する側に回ることはできると思う。ただし、それは、拉致問題について北がカードを切ってからのことだ。



(私のコメント)

意外と早く米朝会談は破談になりましたが、トランプ大統領は交渉事が得意であり、駆け引きの天才でもある。交渉には破談をちらつかせながらやらないと金正恩は言う事を聞かないだろう。一旦決まってもいつも合意をひっくり返すのが金正恩のやり方ですが、トランプはその手に乗らないだろう。

北朝鮮の揺さぶりには日本のさんざん振り回されてきましたが、約束は破られるものと見て対処しないとまた同じ手を使ってくる。韓国や北朝鮮との合意には、文書に、「完全で最終的かつ不可逆的な合意」と書かないとダメなようで、それでも後でひっくり返してくる。

北朝鮮はまたいつもの手でゴネ始めたのでしょうが、制裁だけ解除させたらまた元に戻ってしまう。その手を食わないようにトランプは会談をキャンセルした。アメリカの要求を受け入れれば再開の道は開かれているそうですが、北朝鮮はどのように反応するのだろうか。とりあえずは会談を再開できるように態度を軟化させるだろう。

トランプの会談中止理由は、『ペンス米副大統領の発言に対して崔善姫外務次官が「愚かしい」など失礼な批判をし、「米朝は首脳会談を開くか、核で対決することもできる」などと述べたことのようだ。』という事ですが、会談の主導権はこちらにあると思い込んだのだろう。

韓国や日本が相手ならいくらでも手玉に取れてきましたが、相手がトランプだとどんな反応を示すか分からないことは会談キャンセルでもわかりますが、トランプ政権内に融和派がいなくなり強硬派ばかりになったのは金正恩の計算外なのだろう。それで中国の習近平に泣きついて、焼きを入れられたのだろう。

金正恩にしてみれば、トランプの言いなりになって核とミサイルを廃棄すれば金正恩のメンツは丸つぶれになり、リビアのガダフィーのようになりかねない。いつものように段階的廃棄に持っていくしかありませんが、トランプがその手に引っかからない。

会談がキャンセルされて、メンツが丸つぶれなのは韓国のムン・ジェイン大統領であり、板門店でのお芝居は猿芝居になってしまった。当初から韓国には当事者能力がなく米朝の仲介などできるはずがないのですが、韓国はどうすることもできない。ムンジェインは最初から単なるメッセンジャーに過ぎないのだ。




日大の田中理事長は、体育会気質で情に厚く、人望もあって人脈は広いが、
これまで広域暴力団の住吉会会長や山口組組長との写真が流出している


2018年5月24日 木曜日

日大アメフト部OBたちが決死の覚悟で守ろうとしているもの なぜ稚拙な対応しかとれないのか 5月24日 伊藤博敏

「田中ファミリー」

日本初の危機管理学部を創設したのがブラックジョークとしか思えない、日本大学の遅くて稚拙な対応に対し、関西学院大学のクオーターバックの選手を負傷させたアメリカンフットボール部の宮川泰介選手(20)が行なった謝罪会見は、その真摯で誠実な受け答えと合わせ、負傷した選手と家族、関西学院関係者、そして騒動を知る国民を、十分に納得させるものだった。

本来、危機管理とは、何を守り、何を守らないかを迅速に判断したうえで、公表すべきは公表し、謝罪すべきは謝罪するもの。許されないのは、保身に走って情報を小出しにし、謝罪や会見を後回しにすること。そうすれば、対応が後手に回って炎上する。

今の日大がまさにそうだ。まして「責任は俺が取る」と、宮川選手に試合後、語り、「すべては私の責任」と、19日の会見で述べながら、「責任」の中身に言及せず、宮川選手が前に出ざるを得ない状況に追い込んだのは内田正人前監督であり、教育者としては、まさに万死に値する。

内田氏は、そして日大は、なぜ稚拙な対応しか取れないのか。日大関係者が口を揃えるのは田中英寿理事長の存在である。

「昨年9月、4選を果たした田中さんはドンとして君臨、逆らう者がいない体制を固めている。それを公私にわたってサポートしているのがアメフト部OBなんです。内田さんと井ノ口(忠男)さん。だから田中さんは、アメフト部の問題にしたくないし、それを承知の内田さんは、やり過ごそうとして墓穴を掘った」(日大元理事)

田中理事長は、現役時代、学生横綱、アマ横綱など34のタイトルを獲得したアマ相撲の実力者で、引退後は相撲部監督として後輩を指導、大翔鳳、舞の海など多くの力士を育て上げる一方、学校経営にも参画。スポーツ部を束ねる保健体育審議会事務局を足場に、理事、常務理事と順調に出世し、08年、理事長に就任した。

体育会気質で情に厚く、人望もあって人脈は広いが、その清濁併せ呑む人柄が仇となり、これまで広域暴力団の住吉会会長や山口組組長との写真が流出、その交遊が国会で問題になったことがある。また、常務理事時代には建設業者からのバックリベートが取り沙汰され、内部調査を受けた。

いずれも決定的な証拠はなく、疑惑の指摘にとどまっているが、それだけ敵が多いのも確かで、長期政権を敷く間に理事を仲間や側近で固めて、支配権を確かなものにした。その際、自分との距離感を計るのに使うのが、優子夫人が経営する阿佐ヶ谷の「ちゃんこ料理たなか」である。

「そこを頻繁に利用して、田中理事長だけでなく、優子夫人にも認められるのが出世の条件。ばからしいと距離を置くのは健全だが、それでは田中ファミリーの一員にはなれず、出世しない」(日大関係者)

その田中ファミリーの筆頭が内田氏。「フェニックス」の愛称があるアメフト部OBの内田氏は、田中氏より10歳下で、その足跡を踏襲して出世してきた。フェニックスには篠竹幹夫という名物監督がいて、日大をアメフト界の名門校に育て上げたが、内田氏は篠竹監督をコーチとして支え、03年、後を継いで監督に就任した。

その一方、田中氏の後を受けて保健体育審議会事務局長となって体育会を支配、理事を経て、昨年9月、田中4選が決まった理事会で常務理事に就任し、実質的なナンバー2として田中体制を支えることになった。

この理事会で理事に抜擢されたのが井ノ口氏。内田氏の2年後輩のフェニックスの主将だが、井ノ口氏は田中ファミリーと近くなってから大学の内側に入るという特異なケースを辿っている。

「井ノ口さんは大阪でスポーツ関係の事業会社を経営しているんですが、広告代理店を営む実姉が優子夫人と懇意になって、田中ファミリーの一員となった。それで井ノ口さんと田中さんとの関係が生まれ、内田さんとの縁も復活した。彼が、日大に深く食い込むのは、日本大学事業部の起ち上げからです」(前出の日大関係者)

ある種の防御壁

株式会社日本大学事業部は、学生と教職員を合わせて10万人のマンモス学校法人の福利厚生面を事業化することによって、その収益を日大に還元しようというもの。田中理事長の発案で、9年7月に開設準備室を設け、10年1月、設立した。

保険代理業、人材サービス、キャンパス整備、学生生活支援などを事業化、提携する会社がマンモス学校法人に配慮するのだから収益力は高く、例えば、全国のキャンパスに設置する自動販売機は、設置台数、販売本数とも膨大で、それが収益に直結する。

この担当役員が内田氏で、事業手腕のある井ノ口氏がそれを支える。井ノ口氏は、当初、田中氏の推薦を受けてアドバイザーとして関与し、11年9月からは事業企画部長に就いた。その際、名刺には「理事長付相談役」と刷り、内外に田中理事長との関係をアピールした。

この日大事業部の1期生として新卒採用されたのが、フェニックス出身の井上奨氏。宮川選手に「相手のクオーターバックを1プレー目で潰せ」と、指示したコーチである。井上氏には、ビデオ出演に絡むスキャンダルがあったとされ、その過去を封印するように内田氏が日大事業部に迎え入れた。

その後、井上氏は保険代理店出向などを経て退職。大学職員となり、日大豊山高校のアメフト部監督を務めて宮川選手を指導。フェニックスでもコーチを務めている。宮川選手にとっては逆らえない存在で、試合前、井上氏に「できませんでしたじゃ、済まされないぞ!」と、ハッパをかけられると、「殺人タックル」を仕掛けざるを得なかった。

同じフェニックスコーチの井ノ口悠剛氏は、井ノ口氏の子息で、子供のいない田中夫妻、ことに優子夫人に可愛がられ、運転手を務めることもあるという。

こうして、相撲部出身の田中理事長を公私にわたって支えているのがフェニックスOBたちである。学内外に敵も多く、メディアの攻撃を受けることの多い田中氏を、内田氏、井ノ口氏、井上氏らが、日大事業部という会社をある種の「防御壁」にして守っているわけで、このつながりは深い。

したがって殺人タックル事件は、4期12年体制を固めた田中体制を、内側から揺さぶる危険性があった。

内田氏としては「私が指示した。私の責任です」と、全てを受け止めることはできなかった。その躊躇が、遅すぎる対応となって宮川選手を追い詰め、国民的指弾を受ける結果となったのである。



(私のコメント)

日本の大学の質的な劣化は、大学という利権体質が腐敗しているからだ。少子化の時代にあって大学が増える理由がありませんが、おいしい利権体質に群がるように大学が設置されて、大学の授業料は上がり続けている。大学というのは親バカにつけ込んだ集金マシーンであり、大学生一人を出すには500万円から1000万円もの学費を払わなければならない。

日大はマンモス大学と言われるように、全て合わせると10万人という非常に大きな大学だ。問題の根源はアメフト部の内田監督だけにあるのではなく、日大という大学の体質に問題が有り、理事長の田中理事長の超ワンマン体制に問題があるようだ。広域暴力団の住吉会会長や山口組組長とも関係があり、理事長がヤクザの関係者では教育機関とは言えない。

内田前監督は日大のNO2であり、日大のNO2に取り立てたのが田中理事長であり、理事は田中理事長の即金で固められていて、風通しの悪い体制のようだ。トップがヤクザの関係者ではポン大も地に落ちたものですが、日大出身の大人たちはどのように見ているのだろうか。

アメフト部に限らず、日大の体育会系的な体質は相撲部などにもあり、大相撲でも暴力事件ざたが話題になった。大学は教育機関なのだから体育会系だから許されるという事はなく、一年奴隷、二年平民、三年天皇、四年神様と言われるように上下関係が厳しい。傍から見ればおかしなものですが、それが年功序列の元になっている。

このような上下関係の厳しさは儒教から来ていると言われていますが、これも行き過ぎればトップが狂ってしまうと組織全体が狂ってしまうという弊害をもたらす。だから程度問題であり、1年も歳が違えば言葉遣いまで変えるというのは行き過ぎだ。だから会社でも能力よりも年功が優先されて年功序列が出来てしまう。

日本の企業文化である年功序列を変えるには文化も変える必要がありますが、日本企業に能力主義を取り入れるのは簡単ではない。年功序列主義だとどうしてもよそ者に対して排他的になり、中途採用などでは不利になってしまう。若くて優秀な者が無能な高齢社員にこき使われれば、若い社員は逃げ出してしまうだろう。

大学の運動部でも、年齢で能力が決まるわけでもないのだから、一年奴隷 二年平民 三年天皇 四年神様というのでは、優秀な一年生が集まらないといった弊害も出てくるだろう。農耕社会では経験がものを言うといった面がありますが、工業化社会では進歩のスピードが早くて経験だけでは対応ができなくなってきている。

私も学生時代に運動部の経験はありますが、先輩たちはどうしてあれほど威張り散らすのだろうか。確かに先輩を敬うという事は必要ですが、上下関係で人間社会を見るのは間違い出てはないだろうか。上下関係を作るというのなら能力で上下関係を作るべきであり、そうでないと他から優秀な人材をスカウトしてくることができなくなる。

日本企業に優秀な外人社員が来ないというのも、能力社会ではなく年功社会だからだ。しかし能力主義といっても明確な基準があればいいが、無ければコネやゴマすりで出世したりするから弊害もある。トップに求められるのは能力ばかりでなく公正さと人徳も必要であり、今回のアメフトの傷害ざたは明らかに狂っている。

ルール違反のタックルをした選手は未熟な学生であり、監督やコーチに唆されたらしい。教育機関である大学でそんな事を教えていいのだろうか。日本大学という体質そのものが狂っているからそのような監督が生まれる。コーチにも責任があり、今回はコーチが責任を負わされるようだ。しかし問題の根源は日大の田中理事長に問題がある。




アメリカ財務省経済制裁が強化されるほど、中国、イラン ロシアなどの国々や、可能性
としては、EUも、ドル依存を減らし、ワシントンが他の国々を支配する力が益々弱くなる


2018年5月23日 水曜日

石油は「アメリカの世紀」を終わらせるだろうか? 5月19日 F. William Engdahl

2018年5月19日
F. William Engdahl
New Eastern Outlook

 1941年、アメリカ支配体制インサイダーのヘンリー・ルースによって、ライフ誌論説で、誇らしげに宣言された「アメリカの世紀」は、石油支配と、世界石油支配のための果てし無く続く戦争の上に築かれていた。今皮肉なことに、アメリカ大統領による、違法で、一方的なイラン核合意離脱のおかげで、意図的ではないにせよ、まさに「アメリカの世紀」という世界覇権崩壊で、石油が重要な役割を演じることになっているのかも知れない。

 ドル依存から離れるため、様々な国々の最近の拡大しつつある措置の各要素それ自体は、石油の売買をドルのみでおこなうよう他の国々に強制するワシントンの能力によるアメリカ・ドル支配を終わらせるには不十分だ。それでも、ワシントンの力による一方的な挑発や制裁行動のそれぞれが、わずか四年前には、可能あるいは現実的とは思われなかった解決策を、他の国々が見いだすよう強いている。

 ヨーム・キップール戦争の後の、1973年石油価格ショック以来、ワシントンとウオール街は、サウジアラビア率いるOPECが、アメリカ・ドルでしか石油を売らせないように動いた。それが、アメリカ通貨への需要が、事実上、アメリカ経済の内部状態や、政府債務や赤字と無関係になることを保障していた。ヘンリー・キッシンジャーや他の連中が、当時、オイルダラー・リサイクリングと呼んだ体制は、アメリカが世界に戦力を投射する能力の極めて重要な基盤であり、同時に、中国やメキシコやアイルランドやロシアなどのような場所にすら移転する過程で、アメリカの主要大企業が、国内課税や投資から逃れることを可能にしていた。現時点で、かなりの数の国々の集団がドルを放棄して、他の通貨に移行したり、バーター貿易をしたりすれば、アメリカ金利の急増と、十年前のものより遥かに醜悪になるはずの新たなアメリカ金融危機を引き起こしかねない連鎖反応の出来事のきっかけになり得る。

 制裁マニア、アメリカ

 2001年9月11日以来、アメリカ政府は、アルカイダのようなテロ集団への資金供与を取り締まるはずの金融経済制裁の使用を、アメリカの世紀防衛のための戦争の中心的武器へと転換する過程に従事してきた。過激な新たな形の標的を絞った経済制裁をロシアに課するというアメリカ財務省による最近の決定は、アメリカ国民が彼らと事業をすることを禁じるだけでなく、そのような事業を行っているアメリカ国民ではない人々にも経済制裁を課すと威嚇し、更に過酷な新アメリカ経済制裁をイランに再び課すことが続いている。

 トランプ政権は包括的共同作業計画 (JCPOA)、イラン核合意から一方的に離脱し、イラン石油を貿易している他の国々も、11月までに取引を段階的に縮小しなければ、いわゆる第二次経済制裁で、彼らも経済制裁に直面すると発表した。アメリカ財務省は、イラン石油貿易に関与している可能性のある主要国際再保険会社や外国銀行も標的にしている。最新のイラン経済制裁に、2012年会計年度の国防権限法1245条を正当化に利用している。

 根拠のないアメリカの動きは、中国、ロシアや、イラン自身を含む主要な国々、可能性としてはEUにも、これまでになかったことだが、ドル離れするよう強いているのだ。

 中国元による石油貿易

 今年3月、中国は、元に基づく石油先物契約を開始した。先物は、現在の世界石油貿易の主要要素だ。アメリカ・ドルではない石油先物契約としては、初めてのものだ。新たな対イラン・アメリカ経済制裁まで、ワシントンは、本格的に受け入れられるとしても、何年もかかるやっかい者同然に見なしていた。今や、ドルでのイラン石油販売を阻止するアメリカの取り組みは、上海の石油先物や、一部の人々がオイル元と呼ぶものの前払いに大きな弾みをつける可能性がある。

 中国は、イラン石油の圧倒的な最大顧客で、イランの一日約250万バレルの最近の輸出総計のうちの一日約650,000バレルを輸入している。ブルームバーグの最近のレポートによれば、インドは第二位で、一日約500,000バレル輸入している。韓国は第三位で、313,000 bpd、更にトルコは第四位で、一日165,000バレルだ。最近ドルから自立する願望を明かにしたイランが、中国元で石油を中国に売る可能性は極めて高い。もし中国が、元での販売を、イラン石油購入継続の前提条件にすれば、ドル交換の経費を節減し、ドルを犠牲にして、世界貿易での中国人民元の利用を大幅に増やすことになろう。

 イランは、何兆ドルものユーラシア・インフラ・プロジェクト、中国の一帯一路構想における主要な戦略的パートナーでもある。最新のアメリカ経済制裁の後、フランスのメジャー、トタル石油が、イランの巨大南パース天然ガス田の株の売却を強いられる可能性があり、中国国営エネルギー企業情報源は、中国の巨大石油集団CNPCは、フランスの株を引き受ける用意があると述べているという報道がある。現在、トタルは50.1%を保有し、CNPCが30%、イランの国営石油会社が19.9%を保有している。対イラン戦争を主張してきた、長年にわたるネオコン・タカ派、トランプの国家安全保障問題担当補佐官ジョン・ボルトンは、EU企業が、もしイラン政府との協力を継続すれば、アメリカ経済制裁に直面することになると述べた。

 中国-イランの経済的つながりの増大を示すものとして、5月10日、中国は内モンゴル自治区のバヤンノール市から、約8,000キロ、カザフスタンとトルクメニスタンを経由し、テヘランまでを結ぶ直通陸上鉄道便を開始した。貨物の輸送時間は、14日間と予想されており、海上輸送時間より約20日間短い。

 ロシアの動き

 イランにとって二番目に大きなビジネス・パートナー、ロシアは、自身が、アメリカ経済制裁によって苦しめられているが、2014年のイラン核合意と経済制裁解除の後、イランとの無数の事業契約を行っている。ロシアのプーチン大統領は、経済制裁への脆弱性にまつわる安全保障上の理由から、ロシアがアメリカ・ドルから独立する希望をはっきり宣言した。この点、ロシア-イラン二国間貿易は、2017年11月以来、多くの製品が非ドル・ベースのバーターで行われている。

 更に、イランのモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外務大臣が、5月14日、モスクワを訪問して、ロシアのラブロフ外務大臣と、将来のロシアの原子力計画協定について話し合い、両者は経済協力継続を誓った。いくつかのロシア石油会社は、既にイラン・プロジェクトに参加している。

 最近の愚かなアメリカのイラン合意離脱の前から、ロシアと中国間の貿易も、ドルから離脱しつつある。現在、中国は、ロシアの最大貿易相手国で、17%を占め、第二位のロシアとドイツ間の倍だ。両国間のドル貿易が更に減少する可能性が高い。4月25日、上海でのヴァルダイ・クラブ会議で、Union of Chinese Entrepreneurs in Russia(在ロシア中国起業家同盟)会長、Zhou Liqunが、ユーラシアの二国は、二国間貿易で、ドルから一層離脱すべきだと述べた。彼は“二国の指導部should think over関係改善、特に、金融協力r。一体なぜ外国通貨で支払う必要があるでしょう? なぜドルなのでしょう? なぜユーロなのでしょう? 直接、元とルーブルで行えるではありませんか”と彼はロシア国営TVで述べた。

 最近のワシントンによるロシアとイラン経済制裁の前から、ロシアと中国は両国の二国間貿易でのドル離脱の方向に慎重に動いてきた。ロシアは、2016年末に上海石油-元先物と似たような、ロシア・ウラル石油先物の値付けにルーブルを使う石油先物契約取引を、サンクトペテルブルク取引所(SPBEX)に開設した。

 2017年に、約31%増え、今年、中国・ロシアの二国間貿易は、1000億ドルに達すると推計されている。ユーラシアの主要二国の銀行や企業は、世界準備通貨を保持しているというワシントンの不愉快な強みである、ドルからの、そしてドル経済制裁に対する脆弱性から自立する基盤を慎重に築いている。

 2017年、既に9パーセントのロシア商品の中国輸出はルーブル決済だ。ロシア企業は、15パーセントの中国輸入を人民元で決済している。こうした直接のルーブルや人民元決済は、NATO経済制裁が益々重要な要因になっているので、ドルやユーロ通貨のリスクを回避できる。更に、EUのSWIFT国際銀行間決済体制から自立して、確立した人民元決済システム(CIPS)を使うことで、この二つのユーラシア国家を、アメリカの金融戦争や制裁から、遮断できる。既に170以上のロシアの銀行や、ロシア中の証券会社は、中国銀行、ICBC、中国建設銀行や中国農業銀行などの中国の巨大国営銀行が参加しているモスクワ取引所で、元で取引している。ルーブル-元為替レートは、アメリカ・ドルの関与無しに計算されている。

 EUは続くだろうか?

 最近、これまで行っているドルでなく、ユーロによるイラン石油貿易の可能性を欧州連合が検討しているという報道もある。彼らはトランプによるイラン核合意からの一方的離脱を強く非難し、イラン石油貿易や、アメリカに威嚇されている航空機や他のハイテクの大型契約を維持する方法を検討している。フェデリカ・モゲリーニ欧州連合外務・安全保障政策上級代表は、マスコミに、イギリス、フランス、ドイツ、イランの外務大臣が、ワシントンの動きに対応した、現実的な解決策に、今後数週間で取り組む予定だと語った。彼らは、石油とガス供給の分野を含め、イランとの経済的なつながりを拡大する予定だと報じられている。

 EUがそのような動きをすれば、ドル体制の基盤を根底から揺るがし、それと共に、アメリカ戦力投射をも揺るがすことになる。現時点ではありそうにないが、2014年以来、ロシア経済制裁で、ワシントンが要求して明白に起きているEU経済権益を損なう、ワシントンの動きの一つ一つによって、大西洋同盟から離れるという地政学的同盟の大規模構造的転換の可能性が、より想像可能なものとなる。

 主要世界準備通貨としてのアメリカ・ドルの役割は、軍事力とともに、ワシントン権力の基盤だ。これが大幅に縮小するようなことになれば、他の国々の資源を利用して、超大国支配を継続するため戦争をしかけるペンタゴンの能力を弱体化させるはずだ。アメリカ財務省経済制裁が強いるものが抑えのきかないものになればなるほど、中国、イラン ロシアなどの国々や、可能性としては、EUも、ドル依存を減らし、ワシントンが他の国々を支配する力が益々弱くなる。前世紀のこうした過程の核心にあったのは、石油支配と、その支配のためのドルの役割だった。

 F. William Engdahlは戦略リスク・コンサルタント、講師で、プリンストン大学の学位を持っており、石油と地政学に関するベストセラー本の著書で、オンライン誌“New Eastern Outlook”への独占寄稿。


(私のコメント)

今日はかなりハイレベルの戦略的な話になりますが、アメリカ政府が経済制裁を乱発すればするほど、基軸通貨としてのドルの力が弱くなるという話です。ロシアやイランや中国に経済制裁をすればするほどドル離れが進んで、ルーブルや人民元が使われる動きを促進することになるのではないだろうか。

アメリカのドルが世界の基軸通貨としての役割を果たせたのは、ドルと石油がリンクしていたからですが、アメリカが経済制裁を乱発すれば、石油生産大国のロシアやイランと石油消費大国の中国のつながりが深くなる一方になる。特に米中関係が対立してくればくるほど中国はロシアやイランの石油を頼りにするようになる。

経済大国の中国と資源大国のロシアやイランが結びつけば厄介なことになるだろう。すでにアメリカは世界の警察官を降りていますが、それだけ世界への影響力も弱ってきている。それをカバーするためにキッシンジャーは中国と手を組む戦略を打ち立てましたが、中国はアメリカの言う事を聞かなくなりました。

アメリカは中国を経済大国にしましたが、双方の利害は一致してソ連を崩壊に追い込むことに成功した。さらには経済大国になった日本をも勢いを止めることに成功した。まさにチャイナカードはソ連を崩壊させて日本を弱体化させることに成功した。中国にとってもソ連は脅威であり日本は宿敵だったからだ。

アメリカはソ連崩壊と日本の低迷によって単独覇権国家となり、アメリカに脅威をもたらす国がなくなった。日本は経済の低迷によって全く自信をなくし、アメリカに全てを託すような国になってしまった。マスコミでも日本は経済大国と言っていましたが、中国にも抜かれて落ちぶれた国になってしまった。

アメリアの単独覇権は中国の台頭とともに失われてきて、中国もアメリカを追い越す野望を露にするようになった。それが歴然としてきたのはAIIB加盟問題であり、英独仏伊もアメリカの反対を押し切って加盟するようになった。アメリカに従ったのは主な国は日本ぐらいしかなかった。

オバマ大統領のアメリカは、怖い国ではなく中国からも侮られるような国になり、それがAIIB加盟にまでつながっている。シリア攻撃もオバマ大統領はしないことを選択した。ところがトランプ大統領は「強いアメリカ」を支持する大統領でありレーガン大統領を尊敬する大統領だ。

トランプ大統領になりアメリカは経済制裁を乱発し、シリア空爆も二度も行っている。オバマ大統領とは全く正反対の大統領であり、「戦う大統領」でもあるのだろう。イラン核合意もひっくり返しましたが、イランへの経済制裁はイランをロシアや中国に追いやる結果になるだろう。

つまりドルから、中国やロシアやイランの貿易ではルーブルや人民元が使われるようになり、アメリカのドル支配が及ばなくなる地域が増えていくことになる。アメリカの経済市販はドルが支えになっていますが、アメリカ一カ国でロシアと中国とイランを相手に喧嘩ができるだろうか。

アメリカはユーロに対しても、ギリシャを唆してユーロの台頭を押さえ込みましたが、ルーブルや人民元をつぶせるだろうか。日本の円に対してもアメリカは円高で日本経済を潰してきた。今では円は110円前後で安定していますが、あれほど乱高下した円が安定しているのはアメリカが円を釣り上げなくなったからだろう。

ドルはまさに武器であり、ドルは紙幣でありいくらでも印刷すればばら撒くことができる。それはドルが基軸通貨だから出来た事であり、ドルが基軸通貨でなくなればアメリカは双子の赤字で苦しむただの大国に過ぎなくなる。しかしアメリカが没落すればアメリカに代わる西側の大国は日本しかないが、日本は軍事力がない。




悪質タックルを見舞ってベンチの戻った選手がヘルメットを撫でられたのと同じように、
粉飾決算に手を染めた東芝の社員たちも「グッジョブ!」と褒められたのだろうか。


2018年5月22日 火曜日

日大アメフト部の悪質タックルは、東芝の「チャレンジ」と同じ構造だ こうして日本型組織は「集団催眠」にかかってゆく 5月19日 大西康之

日本大学選手による悪質タックルで関西学院大学アメフト部の選手が負傷した問題で、関学は5月17日、日大から「『厳しさ』を求める指導と選手の受け取り方に乖離が起きていた」という旨の回答があったことを明らかにした。

 閉ざされた集団の中では、上からの指示に逆らえない空気が生まれる。7年以上にわたって大規模な粉飾決算を続けていた東芝でも同じことが起きていた。背景には「組織のためなら一線を超えても構わない」という集団催眠がある。

「反則」というより「犯罪」に近い

 テレビが繰り返し流す映像を見る限り、その行為は「反則」というより「犯罪」に近い。アメリカンフットボール、日本大学と関西学院大学の定期戦。試合開始直後、投げたパスが通らず空を仰ぐ青いユニフォームの関学クオーターバック(QB)に、赤いユニフォームの日大選手が背後から全力疾走で迫る。プレーが終わり、すっかり気を緩めている関学QBの背中に、日大選手は猛烈なタックルを見舞った。不意をつかれた関学QBは激しく仰け反り、頭は激しく地面に打ち付けられた。

 アメフトでは、プレーが終わった後の無防備な選手へのタックルは禁止されている。また、アメフトに限らず、ラグビー、サッカーなど相手との激しい接触をともなうスポーツでは、相手の選手生命を奪いかねないタックルはご法度である。

仲間たちが「よくやった」とヘルメットを撫でる

 その後の報道によると、日大チームの他選手は「あのプレーは監督の指示だった」「(反則を犯した選手は監督に)試合に出たいなら(関学大の)QBを壊してこい、と言われていた」と証言している。日大の内田正人監督は、選手に猛練習を課す厳しい指導で知られる。悪質タックルのあった試合の直後も日刊スポーツの取材に対し、「うちは力がないから、厳しくプレッシャーをかけている。あれぐらいやっていかないと勝てない。やらせている私の責任」と悪質タックルを容認する発言をしている。

 悪質タックルがそれを命じたであろう監督と遂行した選手だけの問題ではないのは、当該選手がベンチに下がったシーンを見ればよく分かる。内田監督以外のコーチや仲間の選手たちが「よくやった」と言わんばかりに当該選手のヘルメットを撫でているのだ。相手選手を再起不能にしかねない悪質タックルがこのチーム内では「許容範囲のプレー」と認められているかのようだった。

 もしも相手チームの司令塔を壊した(怪我を負わせた)仲間を「よくやった」と褒めることが常識になっていたとすれば、日大アメフト部はまさに集団狂気に陥っていたと言わざるを得ない。

利益を水増しして「会社に貢献した」と達成感

 まったく同じシーンに出会ったことがある。東芝の粉飾決算を取材していた2015年、私は都内の某所で東芝の原子力事業部門で働く現役の部長に会っていた。彼は匿名を条件に自分たちの部署でも決算を改竄し、利益を水増しした手法を明かした後、驚くべき発言をした。

「上に言われて利益を水増しした書類を提出したのですが、その時は罪悪感を感じませんでした」

 ではどんな気持ちだったのか。

「むしろ、自分の部を守った、会社に貢献した、という達成感を感じていました」

 悪質タックルを見舞ってベンチの戻った選手がヘルメットを撫でられたのと同じように、粉飾決算に手を染めた東芝のエリートサラリーマンたちも「グッジョブ!」と褒められたのだろうか。だとしたら、すべてが狂っている。

言い訳の仕方も東芝に酷似している

 冒頭の回答の中で、負傷した選手に対する謝罪を求めた関学大に対して、日大側はこのように釈明していた。

「ルールに基づいた『厳しさ』を求めたが、指導者の指導と選手の受け取り方に乖離が起きていた」

「『あれぐらいやっていかないと勝てない。やらせている私の責任』(日刊スポーツ)という試合後の内田監督のコメントは、選手に『厳しさ』を求めて発したもの。反則行為を容認する発言と受け取られかねないものであり、本意ではないため撤回する」

 言い訳の仕方も「チャレンジ」と称して社員に粉飾をけしかけたとされる東芝の経営陣とよく似ている。東芝は粉飾決算(東芝は「不正会計」と表現している)で被った損害の賠償を求めて西田厚聰、佐々木則夫、田中久雄の歴代3社長(西田氏は死去)と2人の財務担当役員を訴えている。この裁判の中で佐々木氏はこう主張している。

「社長月例(社長と事業部責任者の会合)において『チャレンジ』と称される目標の伝達が行われる場合もあった。その意味合いはコーポレートからカンパニーに対する努力目標であり、その必達が要求されるものではなかった」

田中氏も「チャレンジは『もっと頑張れ』という社長からの叱咤激励であり、経営者として当然の行為。それをしないのは経営者の怠慢」という旨の発言をしている。「『厳しくやれ』とは言ったが『相手に怪我をさせろ』とは言っていない」という日大の主張と酷似しているではないか。(後略)


(私のコメント)

日本型組織の恐ろしさは、組織に対する絶対的な忠誠を求めることであり、それが倫理に反することであっても「上官の命令は天皇陛下の命令だ」とされて、絶対の服従が求められることだ。ヤクザ組織ならそれでもいいかもしれないが非合法集団とされてしまう。

しかし日本大学や東芝が、なぜヤクザ組織化してしまうのでしょうか。それは終身雇用であり年功序列型の組織では、組織に対する絶対的忠誠が求められやすいからだ。私も銀行員時代に同じような感じを持ったが、上司の命令に「そこまですることもないのでは」と思うことが多々あった。

日本型の組織では、有能である事よりも組織に対する絶対的忠誠が求められており、上司の命令に逆らえばその組織にいられなくなる恐れも出てくる。なぜ日本型の組織ではそれほど上司や組織に対する忠誠が求められるのでしょうか。それは会社内の倫理と一般社会倫理にズレがあっても気がつかないからだろう。

日大のアメフト部や東芝などの事件は、このような問題が顕在化したからわかりますが、アメフト部の監督や東芝の社長などは絶対化されてしまって、不正な事を指示されても「それはおかしい」とは言えない雰囲気ができてしまう。

財務省の文書改ざん事件でも同じことですが、佐川局長から指示されれば不正でもそれは行われてしまう。日本では組織防衛が正当化されて不正が行われても処分がされない事があるようだ。文書の改ざんは違法行為なのに内容の変更はないとして起訴されない。

日大のルール違反のタックルも、東芝のチャレンジも、財務省の文書改ざんも不正な事に変わりがない。しかし組織防衛のためということで組織内部では正当化されてしまう。それが外部に漏れて問題化すれば、日本人は初めてそれが「不正」だと気がつくのだろうか。

日大も東芝も財務省も、一種の閉鎖された社会であり、一般社会倫理と組織内倫理にズレが生じても気がつかなくなってしまうことがあったようだ。やっている本人がそれが組織の為という正当化された行為と思い込んでしまう。

記事においても、「上に言われて利益を水増しした書類を提出したのですが、その時は罪悪感を感じませんでした」「むしろ、自分の部を守った、会社に貢献した、という達成感を感じていました」という発言が書かれていますが、まさに狂っている。しかもみんな狂っていて誰もが気がつかない。

日本全体も海に囲まれた閉鎖された社会になりがちですが、トップが狂ってしまうと歯止めが利かなくなり暴走しやすい体質を持っている。国会にしても「モリカケ」で狂いまくっていますが、違法行為があれば問題となるが、有権者からの陳情に政治家がこたえて何の問題があるのだろうか。これだけ狂っているのに国会内の野党はそれに気がつかない。




韓国の17年の合計特殊出生率は、さらに大きく悪化して1.05。推計値を含む同年の
国際比較では、1を割り込んでいるマカオ、シンガポールに次いで世界ワースト3位だ


2018年5月21日 月曜日

韓国政府、「韓国人が消滅」との予測発表…超格差社会で20代の未婚率91%、諦める若者 5月20日 高月靖

下がり続ける底なしの出生率

 西暦2750年、韓国人は最後の1人が死んで地上から消える――。韓国の行政機関、国会立法調査処がこんな発表をしたのは、14年8月のこと。これは前年の合計特殊出生率1.19が持続した場合の推計だ。

 だが3年半後に発表された17年の合計特殊出生率は、さらに大きく悪化して1.05。推計値を含む同年の国際比較では、1を割り込んでいるマカオ、シンガポールに次いで世界ワースト3位だ。

 韓国でも少子化と同時に高齢化が進んでいる。昨年の総人口5144万6000人のうち、65歳以上の高齢者は全体の13.8%。いっぽう14歳以下は13.1%にとどまり、史上初めて高齢者と子供の数が逆転した。


非婚化、晩婚化は日本以上
 
 高齢化の進行は予想を超えるスピードで進んでいる。人口の20%を高齢者が占める超高齢社会の到来は26年といわれたが、1年ほど前倒しになりそうだ。死亡数が出生数を上回る人口減少も、当初予想の30年から23年に早まるとの見通しがある。

 今年3月には、もう一つ悪い数字が発表された。婚姻件数が12年から6年連続で減少し、昨年に前年比6.1%減で過去最低を記録したのだ。これで出生率のさらなる悪化はほぼ確実となった。

 韓国の婚姻率の低下と晩婚化は日本以上だ。初婚年齢は09年から日本を上回り、20代の未婚率は日本79.7%に対して91.3%に上る。


過去16年間の少子化対策は「失敗」と総括
 
 韓国で少子化が大きな問題として認識されたのは、サッカー・ワールドカップ日韓大会が開かれた02年。この年に新生児数が初めて50万人を下回り、史上もっとも多かった1971年(102万5000人)の半分以下に落ち込んだ。

 これを受けて05年に低出産・高齢社会基本法が成立。韓国政府は06年からの「第1次低出産・高齢社会基本計画」を皮切りに、第2次、第3次と対策を繰り広げてきた。一連の計画で費やされた予算は、200兆ウォン(19兆6200億円)に上る。

 だが現職の文在寅大統領は昨年12月、次のように述べている。「(16年に及ぶ)これまでの少子化対策は失敗だった」「少子高齢化は韓国の根幹が揺さぶられる深刻な人口危機状態だ」「いまを逃せば解決のチャンスはもうない」。この強い危機感の下、政府は前政権から引き継いだ第3次計画の大幅見直しに着手している。

高所得者の特権と化した結婚・出産

 韓国政府がこれまで主にやってきたのは、出産インセンティブの付与。つまり出産奨励金や育児手当の支給、保育支援などだ。だが前述のとおり、これは大金を浪費しただけだった。出産インセンティブが無意味なわけではないが、それだけでは出生率は上がらなかったのだ。

 失敗は少子化の原因を見誤っていたせいだという議論がある。現地メディア「Chosunbiz」は昨年11月、30代男女の既婚・未婚を分ける最大の要因は所得だと伝えた。これは15年の意識調査を分析し直した結果だ。

 30代男性の場合、月収が100万ウォン(9万8000円)上がるごとに既婚者である割合が12.4ポイント上昇。また同じく正規職の男性の既婚率は、非正規職より17.7〜18.5ポイント高い。35歳男性のうち月収400万ウォン(39万円)の正規職の既婚率が83.9%に対し、同200万ウォン(20万円)の非正規職は46.3%という残酷な実態も明らかになっている。

 また昨年5月には、従来の常識に反して教育水準が低い層ほど子供が少ないこともわかった。学歴が低いため低収入の職にしか就けない層が、子供をつくらなくなっているのだ。

出生率低下は「不平等」の産物か
 
 国会立法調査処の立法調査官は今年3月、過去の対策を批判しながらこう語った。

「少子化を迎えた韓国と日本の共通点は、格差社会という点に集約できる。若い世代は、自分の考えに基づいて結婚しないわけではない。結婚・出産の経済的コストが自分に賄える水準を超えているという、合理的な判断をしているのだ」

 結婚を奨励し、初婚年齢を早めれば出生数が増える――。過去の対策が土台としたこの仮説も、否定されつつある。低出産・高齢社会委員会で今年3月、専門家が次のように発言した。

「晩婚化・非婚化が問題なのではない。スウェーデンの平均初産年齢は31歳で韓国とほぼ同じだが、出生率は1.98(13年)で韓国を大きく上回っている」

「韓国の出生率が低いのは、持てる者だけが恵まれる不平等の深刻化、そして国民全体の『生活の質』が悪化したことだ」

結婚・出産を諦めた若者たち
 
 韓国で「3放世代」が流行語になったのは、11年頃から。これは「恋愛、結婚、出産の3つを諦めた=放棄した青年世代」を意味する。背景にあるのは、青年層の就職難と家庭を持つ経済的コストの増大だ。のちに「人間関係、住宅」を加えた「5放世代」という言葉も生まれた。

 猛烈な受験勉強を経て進学しても、ソウルの一流大学でなければ満足な就職は望めない。やっと会社に入れても雇用は不安定で、長時間労働が常態化している。住宅価格は経済成長を上回る勢いで高騰し、マイホームはますます手が届かなくなった。こうして家庭を持つことを諦めた青年層には、出産奨励金も行き渡りようがない。

女性と青年の「生活の質」が究極の答え
 
 労働問題に詳しいウン・スミ大統領府女性家族秘書官は、昨年12月の懇談会で「少子化は単独の問題ではなく、私たちの社会が抱えるさまざまな問題が現れた病の症状だ」と述べた。さらに「出生率と出生数を当面の目標とするのでなく、市民、特に女性と青年の生き方を変える人間中心の政策にパラダイム転換する」と宣言した。

 韓国社会の一部でも、女性の社会進出や高学歴化が少子化の原因だという意見は根強い。だが世界経済フォーラムによれば韓国と日本はともに、OECD加盟29カ国中で女性の社会進出が難しいランキングのワースト1と2に並んでいる。これは、むしろ逆の相関を疑うほうが合理的だろう。

 儒教に基づく韓国の伝統的な家族観は、父系の血縁を特に尊重する。それと相反する未婚の母は、執拗な偏見と差別の対象だ。韓国人の価値観は現在も急速に先進国化しつつあるが、こうした因習は一部でまだ根強い。

 女性や家族問題を扱う中央省庁、女性家族部は、前政権の第3次計画を見直すにあたってこうした点を批判している。入籍していないカップルが、出産インセンティブの対象から排除されていることなどがそうだ。同時に未婚の母への差別にも言及し、その改善を求めた。

「最後のチャンス」に賭ける具体策はこれから
 
 韓国の大学進学率は、09年から女性が男性を上回っている。16年は女性74.6%、男性67.6%だ。同年の女性就業率は66.4%で日本とほぼ並んでいる。文政権はさらに女性の労働環境を幅広く改善し、「女性の人生と選択を尊重する」政策を追求すると宣言。育児を母親1人に負担させない「平等育児」も提唱した。日本のあとを追って生産年齢人口が減少へ向かう韓国は、女性の労働力活用も死活問題だ。

 女性と青年の「生活の質」を変えるという文政権の少子化対策。だが今のところ提案されている具体策は、既視感が強い。「公共部門の雇用を増やす」「企業の意識改革の促進」「女性のワーク・ライフ・バランス」「育児ケアの強化」など、前政権でも見たようなプランに終始している。1994年のエンゼルプランを皮切りとする日本の政策もベンチマークにしているが、それとて目立った成果が出ているわけではない。

 移民を歓迎するムードは、10年ほど前より後退した。南北統一という変数もあるが、もちろん現実味に乏しい。待ったなしの危機的状況を前に、韓国社会はどこまで自己変革できるのだろうか。


(私のコメント)

経済の低迷の大きな原因の一つが、少子化と高齢化の問題がありますが、日本だけではなくアジア諸国や先進各国も同じ問題に直面している。原因については教育に金がかかるようになり、結婚して妻子を養うには費用がかかるという問題がある。さらに格差社会となれば、富裕層は結婚して子供も作れるが、貧困層は結婚もできず子供も作れない。

ならば社会主義的な政策をとって、累進課税などで所得の再分配を行って貧富の格差を無くす政策をとって、ゆりかごから墓場までの福祉政策で生活の保証をすれば解決するのだろうか。非常に貧しい国では子供も働かせて生活手段になるから子沢山で、人口構成も多産多死のピラミッド型になりますが、戦前の日本もそうだった。

しかし高度経済成長で日本も豊かになり、医療なども充実して生まれた子供もほとんど大人にまで成長するようになり、子供をたくさん産む必要がなくなる。国中が貧しい頃なら家族が貧しくても平気だったが、豊かな社会になれば家族の生活費はかかるようになり、特に教育には大学まで進学させるには数千万円もかかる。

これでは5人も10人も子供は作れず、2、3人の子供の家庭が多くなる。家付きカー付きババア抜きと言った言葉があるように、結婚して家庭を持つには非常に金がかかるようになり、その多くは結婚して住宅ローンを借りて家を持つ。日本もバブル崩壊まではそれで上手く行っていたが、バブル崩壊とともにその生活スタイルは崩れた。

非婚化と晩婚化は、高学歴社会にも原因があると思うのですが、高卒ならば18歳で社会人となり、仕事も覚えて20歳代半ばで結婚はできるが、四年制大卒だと仕事を覚えるまでに30歳になってしまう。高い学費を払って大学を卒業すれば親や本人の負担はかなりのものになる。

男はともかく女性は結婚適齢期の数年間を大学で過ごしてしまうし、高卒ならば20歳前後で結婚して子供を作ることも多かったが、今では20歳前後で結婚して子供を作るのは圧倒的に少数派になった。さらに晩婚化だけなら高齢出産も多くなってきたが、非婚化社会になると出産そのものが難しくなる。

韓国政府も、「出産インセンティブの付与。つまり出産奨励金や育児手当の支給、保育支援などだ。だが前述のとおり、これは大金を浪費しただけだった。出産インセンティブが無意味なわけではないが、それだけでは出生率は上がらなかったのだ。 」という事ですが、子供を3人産めば1000万円という条例案があるそうだ。

「株式日記」でも子供が出来たら毎年100万円配れという案を出していますが、出産奨励金は効果がないのだろうか。日本もそうだが韓国や台湾も出生率の低下が著しく1、0を下回った年もあったそうです。いずれも高度経済成長した人口過密国家であり、少子化は自然調節とも思えるのですが、貧しいアジアやアフリカは人口爆発が止まらない。

世界的に見れば人口爆発は止まってはおらず、インドなども中国を追い越して人口大国になる。アジアやアフリカも豊かになれば人口爆発も止まるのでしょうが、中国は豊かになって少子化が問題になり始めている。少子高齢化問題は問題ではなく自然調節現象なのでしょうが、成り行きに任せるしかないのだろうか。

シンガポールなども、「出産祝い金や子ども手当の増額、外国人メイド税の減税など包括的な政策を出したが、効果があったとはいえない。今もなお、出生率は1.1〜1.2あたりをはっている」そうです。ヨーロッパなどは婚姻制度そのものが崩れて非嫡出子が多くなり、結婚と出産は関係がなくなった。日本もいずれそうなるのだろう。




日本はデフレが続き給料は長期間にわたって下がり続けていた。名目所得が
過去20年でアメリカは7割、欧州でも4割上がっているが、日本は1割も下がっている


2018年5月20日 日曜日

日本企業の給料が低いのは、社員を解雇できないから。「雇用」より「人」を守れ。 5月16日 中嶋よしふみ

先日、フェイスブックの社員の給料が年収2600万円であると報じられた。

フェイスブック社員の年収2600万円 17年中央値 ソニー平均の3倍 :日本経済新聞

2017年の中央値は2600万円で、パートタイム労働者も含んだ数字であるとして平均年収はもっと高い可能性があるという。

少し前には中国のIT企業ファーウェイの初任給が月額40万円だと話題になった。グーグルの新入社員は年収1800万円と報じられたこともある※1。

国内の大手企業やIT企業と比べてもフェイスブックの給料は著しく高い。なぜここまで高い給料を払えるのだろうか。フェイスブックは儲かっているから、というだけの話なのか。

■フェイスブックの脅威の利益率

フェイスブックの給料が高いのは儲かっているから、という指摘は当然のことながら正しい。

2017年の売り上げは約406億ドル、営業利益は202億ドル、営業利益率は約50%と驚異的な数字だ。日本の上場企業でもこれくらいの企業はあるが、日本円換算で兆単位の売上規模がありながらこの数字は驚異と言える。

生産性の観点でも、社員一人当たりの売り上げや利益で見るとやはりフェイスブックの数字は抜きんでている。

国内で最も売り上げが大きいトヨタ自動車と比較すると、トヨタ自動車は社員一人当たりの売り上げが約7481万円、フェイスブックは約146万ドル、1ドル109円で換算すると約1億5972万円と、およそ2倍となる。

これが社員一人当たりの利益だと、トヨタ自動車が約496万円、フェイスブックは約6260万円と、10倍以上の差だ※2

ウェブサービスを主とする企業とモノづくりの企業で利益率が異なるのは当然とも言えるが、製造業の中でも効率性が高いと言われるトヨタと比較してもこれだけの差が出てしまう。

■日本の企業はなぜ給料を上げられないのか

フェイスブックがたまたま儲かっているから給料が高い、というのであれば特殊な事例ということで何の参考にもならない。

しかし、日本はデフレが続き給料は長期間にわたって下がり続けていた。名目所得が過去20年でアメリカは7割、欧州でも4割上がっているが、日本は1割も下がっている(日本総研 政策観測No.33 2012/02/27)。

日本の給料が下がる一方で他の先進諸国の給料が上がっているのなら構造的な問題がそこにあると言える。

その最大の原因は強い解雇規制にある。

例えば日本国内にある企業であっても、外資系企業の給与水準はあきらかに日本企業より高い。

自分はFPとして多数の顧客にアドバイスをしているが、外資系企業に勤務している人ならば30代で年収1000万円超は当たり前といった水準だ。

これも解雇を前提とした給与体系になっている事が大きな理由だ。今の働きに今の給料で応える、逆に言えば業績が悪化すれば大幅に給料を減らしたり解雇をする前提なので給与アップが将来のコストアップ要因とはならない。

外資系企業でも日本にある以上は当然のことながら日本の法律に従って違法行為にならないように対応はしている。

とはいえ、実際には法の穴をかいくぐって(現在の法律ではグレーゾーンとなる)実質的な指名解雇が行われており、従業員も概ねその慣習を受け入れている※3。

外資系企業はクビに出来るからこそ高い給料を払える。

一方で日本企業は解雇が難しく、なおかつ不利益変更と言って急激な給与の引き下げも難しいため、業績が悪化した時の事を考えて給与の引き上げには慎重にならざるを得ない。

そして解雇規制は他の部分にも様々な悪影響を与えている。

解雇は制限される一方で転勤は企業の裁量でほぼ自由に認められている。残業時間もほぼ青天井だ。

電通では新入社員が長時間労働を理由に自殺する事件が発生したが、過労死基準とされている一か月あたり80時間程度の残業は多くの企業でごく普通に行われている。

つまり、雇用調整を解雇ではなく低賃金や転勤、長時間労働で行っているのが日本企業ということになる。

そして解雇を制限出来ても採用を強制することは出来ない。可能な限り少ない社員で、一人当たりの労働を限界まで増やすことで業績が悪化した時でも解雇出来ないリスクをヘッジする……これが日本の雇用ではスタンダードなやり方だ。

果たしてこれは健全な状態と言えるのか。解雇を過剰に避けようとするあまり雇用がゆがめられているのではないか。
(後略)



(私のコメント)

表題にあるように、「日本はデフレが続き給料は長期間にわたって下がり続けていた。名目所得が過去20年でアメリカは7割、欧州でも4割上がっているが、日本は1割も下がっている」のは何故なのだろうか。記事では日本の解雇規制が原因であるとしている。

日本の雇用制度は終身雇用と年功序列制度であり、大企業や公務員などの一流企業ほどその傾向が強い。高度成長経済の時はその制度はプラスに働いたが、変動の激しい現代では硬直した雇用制度が企業の足を引っ張っているようだ。しかし年功序列制度は儒教などの影響で小さい時から叩き込まれてしまっている。

これは学校教育から変えなければどうにもならないことかもしれない。成績別クラス編成とか能力別に進学させるとか言った制度は、「差別」だと言って受け入れられない。日本では小学校から一斉に誰もが進級して、落第といった制度は受け入れられない。大学に入ってもトコロテン式に卒業ができる。

勉強しない生徒は落第させるべきだし、成績優秀者はどんどん進級させて16歳で大学卒業してもいいのではないかと思う。それほどでないと能力主義が受け入れられないだろう。会社も新卒で採用して使えないと分かれば解雇したほうが本人の為になるのではないだろうか。

しかし解雇が規制されているので、会社は陰湿ないじめや過剰労働をさせて本人を辞職に追い込むこともしている。日本では過労死がニュースになりますが、過労死する前に会社を退職すればと思うのですが、小さい時から年功序列のレールの上に乗っていると、脱線することは死を意味するように思ってしまう。

私自身も銀行を退職したあとは、2〜3年は仕事をすることもなくぶらぶらしていましたが、アパートを経営していたので失業手当はもらっていない。そして電気学校に行って電気工事士の資格を取った。それはビル経営にも役に立っている。もっと早く銀行を首になっていればもっと早く転身できたかもしれない。

日本の銀行はこれでいいのかといった問題を当時から思っていましたが、バブル崩壊でそれは現実になって銀行は大整理された。投資は人海戦術で預金を集めていましたが、私にはバカバカしく思えた。現在では外回りの預金集めは廃止されてコンサルタント業務に特化している。預貸率が50%では預金集めは意味がないからだ。

電気工事士の資格を取ってビル管理会社に転職しましたが、理系の仕事は比較的能力主義で資格がなければ出来ない仕事が多い。また仕事も出来る人と出来ない人の能力もはっきりとわかりやすい。しかし現場ではそうでも本社では銀行と同じように年功序列社会で、明らかに仕事ができない人でも首には出来ない。

会社の効率を上げるには、能力給にして記事のように、「今の働きに今の給料で応える、逆に言えば業績が悪化すれば大幅に給料を減らしたり解雇をする前提なので給与アップが将来のコストアップ要因とはならない。」ようにしたほうがいいのではないかと思う。

日本企業では有能な社員を無能な社員が脚を引っ張っている面があり、有能な社員がバカバカしくなって辞めていく。そして社内政治を生き残った社員が会社の社長になる。その結果がシャープや東芝のような会社になってしまう。

記事でも、「雇用調整を解雇ではなく低賃金や転勤、長時間労働で行っているのが日本企業ということになる」というのもそのとおりであり、私もサラリーマン時代は転勤や配置転換で年がら年中移動が続いた。これも終身雇用年功序列制度を守るためであり、残業も効率化するか人を増やせばいいだけの話だ。




グーグルやフェイスブックなどのネット事業者の政治力が強まっている。
安倍首相も、楽天やサイバーエージェントなどのネット事業者に軸足を移している


2018年5月19日 土曜日

「最強のロビー団体」民放連が迷走させる放送改革 電波の「区画整理」で日本は5Gのトップになれる 5月18日 池田信夫

 安倍首相も民放連も「政治的公平の規制をなくしたら地上波にネット放送が入ってくる」と誤解しているようだが、ニコニコ生放送やAbemaTVなどのネット放送が地上波の放送免許を取ることは不可能だし、その必要もない。

 いま現に放送できているのだから、各県に中継局をつくる必要はない。企業買収も、ライブドアや楽天の事件で分かるように不可能だ。これから放送ビジネスをやるなら、中継器1本で全国に放送できる通信衛星だろうが、地上波局の既得権を脅かすものではない。

政治部記者というロビイスト

 要するに安倍政権の放送改革は、よくも悪くも民放には影響がないのだ。ところが読売新聞は1面から3面までつぶして「放送法4条の改正反対」のキャンペーンを張り、朝日や毎日もこの点は歩調を合わせた。これは民放が新聞社と系列化されているからだ。

 民放の事業規模(年間売り上げ)は、全国の地上波局をすべて合計しても2兆6000億円。NTTグループ(11兆8000億円)の2割程度にすぎない。ところが地デジのネット配信のような通信・放送の利害が対立する問題では、常に放送が勝つ。

 産業としては小さい民放の政治力が強いのは、政治部記者という最強のロビイストを雇っているからだ。彼らは夜回りと称して政治家の自宅に上がり込み、本音ベースで取引できる。これに対して通信業者の渉外担当は役所に「ご説明」するだけで、政治家にはあまり影響力がない。

 また民放は、政治家の地元に対する「宣伝塔」になっている。民放は田中角栄が郵政相だったとき大量に免許がおり、政治家とのつながりが強い。田中角栄は、最盛期には新潟県で30分のテレビ番組を週2本もっていた。今でも地方に行くと、自民党の政治家がレギュラー出演するローカル番組がある。

 民放は自民党の集票基盤の一部で、彼らの電波利権を守る「族議員」がいるため、大きな影響力をもっているのだ。これはかつて農協が自民党の後援会を仕切ったのと似ているが、衰退産業である点も同じだ。安倍政権は農協に距離を置いたように、民放連とも距離を置き始めているのだろう。

 これは政治的には正解である。欧米でもテレビ局の政治力は衰え、グーグルやフェイスブックなどのネット事業者の政治力が強まっている。安倍首相も、楽天やサイバーエージェントなどのネット事業者に軸足を移している。

UHF帯を「区画整理」して5Gに

 民放連が電波の問題を恐れ、新聞もこれを取り上げないのは、UHF帯の電波が余っているためだ。私も規制改革推進会議で説明したが、テレビ局に割り当てられているUHF帯の470〜710メガヘルツ(テレビ40チャンネル)のうち、実際に使われているのは各エリアで最大8チャンネルで、残り32チャンネルが空いている。

 この「ホワイトスペース」を区画整理すれば、約200メガヘルツ空けることができる。民放連は電波が空くとテレビ局が入ってくると思っているようだが、前にも書いたようにこれは誤りである。UHF帯を整理して入ってくるのはネット事業者なのだ。

 アメリカで2017年に600メガヘルツ帯の割り当てを受けた通信事業者Tモバイルは、この帯域で5G(第5世代移動通信システム)を導入する予定だ。EU議会も2017年6月に、700メガヘルツ帯を2020年までに5Gに割り当てる方針を決めた。

 日本では、5Gは3.7ギガヘルツ帯や4.5ギガヘルツ帯などに割り当てられる予定だが、こういう高い周波数は直進性が強く減衰が大きいため、数百メートルしか届かず、携帯電話のような公衆無線には使えない。実証実験が行われているのも、センサーなどの業務用無線だ。

 これに対してUHF帯は、いま携帯電話に使われており、200メガヘルツあれば、携帯電話の帯域は倍増する。5Gなら、今の数十倍のユーザーが収容できる。自動運転などの移動端末には、こっちのほうが向いている。

 電波の再編は、欧米ではテレビの中継局と受像機のチャンネルをすべて変更しないといけないため、政治的に困難だが、日本の地デジではSFN(単一周波数ネットワーク)という技術で、同一エリア内は一波で放送できる。チャンネルはスイッチ一つで変更できる。

 これは南米では(日本メーカーのライセンスで)現に使われており、日本でも規制改革推進会議での総務省の説明によれば、神奈川県では97%がSFNだという。それならあと3%を整理するだけで、既存のテレビ局が立ち退く必要はない。むしろ新たに空いた電波で民放がネット放送をやってもいいのだ。

 こういう技術的な問題は民放連の経営者には分からないので、彼らはロビー活動で電波の区画整理をつぶそうとするだろう。それを説得するには「立ち退き料」を払ってもいいし、ホワイトスペースの一部を優先的に使う権利を与えてもいい。

 UHF帯ホワイトスペースの価値は、ざっと時価2兆円。これを効率的に配分できれば、民放連の既得権なんか大した問題ではない。これを区画整理して5Gに割り当てれば、日本の通信が世界のトップになる可能性もある。



(私のコメント)

「株式日記」でも、安倍内閣はネットを支持基盤として出来た初めての内閣と何度か書いてきましたが、テレビなどのマスコミがモリカケで1年半にも及ぶ批判キャンペーンをしても倒れないのは支持基盤が異なるからだ。ネットでは安倍内閣支持率が80%もあるというのは大げさだが、ネットとマスコミの対決が続いている。

しかし若者世代はテレビを見なくなりネットで時間を潰している事が多くなってきている。私などもネットで時間を潰すことが多くなり、テレビでもユーチューブを見ていることが多くなった。テレビ番組で下らないものが多くなったからだ。テレビ放送局でもアーカイブはネットで放送している。

だから既に結果は既に出ているのですが、マスコミのモリカケのキャンペーンは最後の悪あがきなのだ。新聞やテレビ局はなくなることはないだろうが、90年代までのような政治を動かしたような力はなくなるだろう。大手新聞社やテレビ局は数は限られているから買収することも可能でしたが、ネットは買収は不可能だ。

新聞社やテレビ放送局はインテリが集まる場所でしたが、電波などの技術的な事がわからないようだ。技術系の社員もいるのでしょうが、トップが文化系なので政治力が大きくて、政治部記者がロビー活動をして政治を動かしてきた。テレビ朝日も美人記者を財務事務次官に割り当ててハニトラしてきた。

日本の政治とマスコミの記者クラブは二人三脚できたようなものですが、マスコミの影響力がなくなってきて、ネットの影響力が増してきて安倍内閣が誕生しましたが、マスコミがネットを今更潰すわけにも行かず、数の力には抗し得ない。マスコミもネットサーフィンしながらネタを探しているような状態であり、それが電波行政にも影響してくる。

私も電波のことはよくわからないのですが、地上波テレビからなぜBS放送に切り替わらないのでしょうか。それには利権が絡んでいるからということは以前に書いたことがありますが、これも池田信夫氏の記事の受け売りだった。池田氏はNHKからネットに移ってきた人だから電波にも詳しい。

技術的にはBS放送の方が合理的であり、難視聴地域も無くなる。雨が降れば映らないこともありますが、高画質化にはBSなら放送機材とチューナーを新しくすれば可能だ。それに対して地上波では高画質化は不可能に近いほど困難であり、4Kや8K放送はBS、CS放送でしかできない。

最近ではマスコミ報道の左傾化が著しくなりましたが、それに対してネットの右傾化で安倍内閣が誕生したようなもので、放送の自由化は時代の流れで止められない。デジタル化で放送局は数倍にもできるはずなのですが、電波はスカスカの状態だ。政治と放送業界がグルになってきたからだ。新聞だって再販法や宅配システムで新規参入ができない。

ネットは新規参入が自由であり、サイト数は数百万もある。数百万もの新聞社やテレビ局があるようなものですが、政治でコントロールすることは不可能だ。やろうとすれな中国のように海外と遮断しなければならない。監視人も数万人も必要になる。




小さな子供たちまでが学校に飽き飽きしている。彼らは学校を占拠したり、
バリケードを築いたりはしない。もっと強力な武器を使う。勉強をしなくなることだ。


2018年5月18日 金曜日

社会を覆う閉塞感は、勉強しない学歴男性と退屈な教育のせい 5月16日 高橋大樹

高等教育は青年期を長びかせるが、仕事につながらない

教育と仕事の関係について、「20世紀の知的巨人」「未来学者」などと呼ばれたピーター・ドラッカーは、過去と現在・未来との間にはすでに大きな変化(=断絶)が起きてしまっていると指摘しました(『断絶の時代』)。

つまり、「勉強は成人前にしかできないもの、仕事は経験によるもの」とみなし勉強と仕事を別世界にわけた過去から、「勉強は経験を積んだ成人後のほうができる科目が多いもの、知識は仕事や生活に応用する基盤」として学校を社会と統合させる時代への変化(=断絶)です。

こう考えると、いままでの高等教育の弊害がみえてきます。まず「青年期の長期化」という問題です。

一八歳ないしは二〇歳まで学校にとどめておくことは、青年期の長期化を意味する。

青年期とは、その本質からして、自らの能力と社会的に要求される行動とが食い違う時期である。

青年期とは責任をもたされることへのおそれと、権力や機会から遠ざけられていることへの不満に満ちた時期である。

前途有望な若者の多くが、大人でもなく子供でもないという青年期なる煉獄に置かれている社会

引き延ばされた青年期は、社会にとっても、本人にとっても健全な状態ではない。

また、「勉強と仕事は別世界」とする考えのために、いくら勉強しても仕事につながらないことも問題でしょう。

教育が、経済的には何の役にも立たない贅沢と見られていたことは、一般高等教育のルーツを見ればわかる。それは労働寿命の延長に応じて延長されてきただけだった。

今日の一般教養科目にしても、教育者の怠慢によって生き残った専門教育のなれの果てにすぎない。一般高等教育の発展は、意図したものではなく成り行きのものだった。

今日では、学校はあらゆる者にとって成長の場とされるにいたった。しかし、もしそうであるならば、文法の教育は生産的でないことはもちろん、適切でもない。

この「仕事は学校を終えた後のこと、仕事は経験だけ」とする教育観に立ち続けるかぎり、仕事の経験量だけでは不利な女性にとっても意欲ある低所得者にとっても、高等教育は状況の改善に貢献しないと思います。

退屈な教育で勉強しなくなり、過酷な仕事で価値観が固定化する

そもそも私たちは学校でちゃんと勉強してきたんでしょうか。いまの大人は子どもの頃に退屈なことを教えられてきた反動で、勉強しない習慣が身についているのかもしれません。

今日学生はいたるところで学校に反旗を翻している。そもそも教室で教えていることが無意味であるとしている。無意味といわれるほど深刻なことはない。

小さな子供たちまでが学校に飽き飽きしている。彼らは学校を占拠したり、バリケードを築いたりはしない。もっと強力な武器を使う。勉強をしなくなる。これが今日の子供たちがしていることである。

落ちこぼれず高学歴を得た人たちは、「退屈に耐えられる」という資質のためにそうなれたという面も大きいと思います。

落ちこぼれは社会の側の失敗である。社会が喜んで仕事を与えてくれる歳まで彼らを学校に引きつけ、とどめておけなかった学校の失敗である。生徒に対する責務という、自らの最大の責務を全うできなかった教師の失敗である。

高給の職に就く男性たちは、「時間のプレッシャーが厳しい仕事」「チームのメンバーとつねに一緒にいなくてはならない仕事」「ほかの人に代わってもらえない仕事」などのために、リフレッシュや学び直しをして固定観念から脱却する機会をもてないのだと思います。

勤務先の「企業の制度や手続き、文化や価値観」もそうさせるんじゃないでしょうか。

社会を覆う閉塞感を打破する方法

社会の閉塞感を打破する方法については、グラットンとドラッカーという新旧の経営思想家のあいだで、ある程度の意見の一致がみられると思います。

「人生100年時代」のグラットンは、「教育→仕事→引退」という古い3ステージの生き方に別れをつげることを提唱しています。思っていたより20年も長く働く可能性の高い時代には、手もちのスキルや人脈だけで活力を維持しつづけるのがほぼ不可能になるからです。

ドラッカーは、学校教育を短縮し、学歴(職歴)偏重をやめ、成人のための継続教育を発展させることを提唱していました。若者にとっては「行政学ではなくアメリカ研究」のような応用科目の方が必要で、哲学や歴史などの一般的な教養科目は経験のある成人の教育としてこそ意味があるといいます。

つまり、とるべき道は「スペシャリストからゼネラリスト」だというのです。

継続教育こそ、真のゼネラリストを生み出す場である。そこにおいてこそ、全体すなわち総体を見、哲学し、意味を問うことができる。

それはナシーム・ニコラス・タレブが「実生活+蔵書」「膨大な蔵書を持つ遊び人」と呼ぶような、読書からの知識も手がかりに生活や仕事をどんどん変えていく、発展させていける人のことを指すのだと思います。

知識とは、その本質からして革新し、追求し、疑問を呈し、変化をもたらすものだ

われわれは、学歴はないが有能で意欲ある者が通れるだけの風穴をあけておく必要がある。

学校教育を短縮し、学歴・職歴偏重をやめ、家庭や仕事での経験のある成人が何度も勉強できる継続教育の環境や機会を充実させることにより、「これまでの閉塞感を打破し、希望の持てる社会」を目指せるんじゃないかと思います。



(私のコメント)

最近では誰も彼もが大学に進学しますが、時と学費の無駄遣いになるだけではないかと思う。60年代の頃は大学進学率は2割程度でしたが、私が大学を出た頃は4割となり、最近では6割近い進学率になっている。しかし大卒者にふさわしい職場はそれほど増えていはいないだろう。

その結果、高学歴のアルバイターやフリーターや引きこもりの若者が増える結果になる。将来的にはAIが高学歴の職場を更に奪っていく結果になるだろう。しかし高学歴化の流れは変わりそうもないが、18歳から22歳までの非常に貴重な年代を、高額な学費を払って無駄な時を過ごしかねない危険性を持っている。

私自身も大学生の頃は、大学が学問の墓場のような様相を見せていましたが、大学生は勉強をしに大学に来てはおらず、テストの時だけ出てきて学友にノートを見せてもらってテストに出るところを教えてもらって答案を書いていた。それ以外の時は皆んなアルバイトをして働いていた。

高校生の時は、みんな大学進学のために必死に勉強していたが、大学進学のための勉強であり、自分に身に付けるための勉強ではなかった。だからテストが終わればみんな忘れてしなうような内容の勉強であり、記憶力のテストに過ぎない。私が微分や積分を習ったところで実社会では何の役にも立たない。

基本的な学習としては、小学校や中学校で習う程度の学習で十分であり、高校からはどのような職業を選ぶかで学習科目を絞っていったほうがいいのではないかと思う。しかし多くの場合、決まっていない生徒が多いから工業高校や商業高校よりも圧倒的に普通科が多くなる。

しかし大学進学率が2割くらいの時は、大学入試がある程度の学力の選別基準になったが、大学全入時代ともなれば大学受験勉強もしなくても大学に入れるので、今の高校生は受験勉強しなくても大学に入れるようになった。さらに早稲田慶応といった大学もAO入試で入れるようになり、今では大学卒業が学力の証明にはならなくなってきている。

いわば大学生のインフレであり、高等教育の弊害のような事が起きている。記事でも、「前途有望な若者の多くが、大人でもなく子供でもないという青年期なる煉獄に置かれている社会」と書かれていますが、大人でもなければ子供でもないといった中途半端な年代が長すぎるようになる。

私自身も感じたことだが、勉強は社会に出てからも続けるべきものであり、私も株式投資で食っていこうと思っていたから社会や経済や科学などの本を読んでいた。パソコンなども早くから株式投資ソフトなどを買って勉強したが、全く役に立たなかった。ネットの株式情報も早くから読みあさったが全く役に立たなかった。

これからは、「教育→仕事→引退」という3ステージに分けるのではなくて、社会に出てサラリーマンなどの仕事をすることもひとつのステージであり、サラリーマンの経験を積んで独立起業してこそ、初めて社会人となれるのではないかと思う。つまりサラリーマンで定年までいた人は卒業できなかった大学生のようなものだ。

独立した起業家にとっては大学卒業の学歴は何の役にも立たない。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズは大学を出ておらずに起業した。私から見れば大学を出てサラリーマンになっても一人前ではないのであり、独立起業してこそ一人前と言えるのではないだろうか。




国の中央防災会議で、「長期評価」を災害対策に生かすよう求めたにもかかわらず
反映されなかったと証言、対策をとっていれば、原発事故は起きなかった」と結論


2018年5月17日 木曜日

「原発事故はやっぱり防げた」地震学者の決死の法廷証言を聞け 5月15日 町田徹

明らかに人災」と断言

新聞によると、先週水曜日(5月9日)、福島第一原子力発電所事故を巡る業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の旧経営者3人の第11回公判が東京地裁で開かれ、原子力規制委員会の元委員で地震学者の島崎邦彦・東京大学名誉教授が「福島第1原発事故は防げた」と証言した

あの事故を巡っては、国会が設置した東京電力福島第一発電所事故調査委員会(国会事故調)が「何度も事前に対策 を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、今回の事故は『自然災害』ではなくあきらかに『人災』である」として「明らかに(歴代の規制当局及び東電経営陣による)『人災』だ」と断定するなど、東電の原子力事業者としての資質に落第点を付けた例が多い。今回の島崎証言も規制当局や東電の問題を改めて裏付けた格好である。

それにもかかわらず、政府は、地震・津波を巡る甘いリスク管理が祟って経営破綻が避けられなかった東電を経済・資本主義の論理に抗って救済、そのツケを国民に回すばかりか、柏崎刈羽原発の再稼働を後押しして、東電が「原子力事業者として復活する」ことも容認する構えだ。

着々と準備が進む柏崎刈羽原発の再稼働の流れを押しとどめることができるのは、地元・新潟県だけだ。が、その新潟県では、再稼働に慎重だった米山隆一前知事が女性問題で辞任、次の知事を選ぶ選挙は6月10日に行われる。結果次第では東電が原子力事業者として復活する日が大きく近づくだけに、新潟県民でなくてもその選挙の行方に関心を払わざるを得ない。

もう一度、受け止めるべき

福島第一原発事故は、東電が2011年3月11日の東日本大震災の地震と津波の影響で原子炉の冷却に必要な電源をすべて失い、メルトダウン(炉心溶融)や放射性物質の放出を起こした原子力事故だ。1986年に旧ソビエト連邦(現:ウクライナ)で起きたチェルノブイリ原発事故と並び、国際原子力事象評価尺度 (INES)で最悪の「レベル7(深刻な事故)」に分類されている。

事故原因については、すでに2012年7月、国会事故調が公表した報告書で「この事故が『人災』であることは明らかで、歴代及び当時の政府、規制当局、そして事業者である東京電力による、人々の命と社会を守るという責任感の欠如があった」とした。

政府が閣議決定で設置した東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会も、同月の最終報告書で「確立していないものであっても新たな知見を受け入れて津波の想定を見直し、それに対して十分な準備がしてあれば、又は予期せぬ事態の出来に備え十分な準備がしてあれば、今回のような大事故には至らなかった可能性がある」と結論付けた。

また、この事故の損害賠償を求める民事裁判としては、約1万2千人が18都道府県で約30件の集団訴訟を起こしており、2017年3月に最初の判決を下した前橋地裁が「津波の到来を予見でき、事故を防ぐことができた」として東電の賠償責任を認めただけでなく、東電に適切な安全対策を取らせなかった点を違法として、国の賠償責任も認めている。

島崎名誉教授が証言した刑事裁判は、福島県民ら1万人の告訴・告発がきっかけだ。検察は繰り返し不起訴としたが、検察審査会は2015年7月、東京電力が事故の3年前に15.7メートルの津波が押し寄せる可能性があるという試算をまとめていたにもかかわらず、対策を怠った点を問題視、2度目の議決でも「起訴すべき」とした。

この結果、2016年2月、裁判所が選任した5人の指定弁護士が検察官役をして、東電の勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長3人の強制起訴に踏み切った。

二つの大きな争点

裁判では、@巨大津波の襲来を予測できたか(予見可能性)、A有効な対策は可能だったか(結果回避可能性)――の二点が大きな争点となっていた。

島崎名誉教授は原子力規制委員会の委員長代理を務めた人物だ。あの事故の9年前、地震学者として政府の「地震調査研究推進本部」の部会長を務め、福島県沖を含む三陸沖から房総沖にかけて、30年以内に20%の確率で巨大地震が発生するという「長期評価」を公表しており、5月9日の公判に証人として出廷した。

ちなみに、この長期評価は、あの震災の3年前に15.7メートルの津波が押し寄せる可能性があるという試算を東電自身がまとめることになった原資料だ。

今回の島崎証言のポイントは、被告の元会長ら3人が「『長期評価』には専門家の間で異論があった」として「津波は予測できなかった」と主張していることに対し、「当時、部会の専門家の間で、信頼性を否定するような議論はなかった」と反論したことだ。

さらに、国の中央防災会議で、「長期評価」を災害対策に生かすよう求めたにもかかわらず反映されなかったと証言、当時の国の怠慢ぶりを指摘した。そのうえで「『長期評価』に基づいて、「(国や東電が)対策をとっていれば、原発事故は起きなかった」と結論付けたのだ。

原子力発電は本来極めて危険な技術で、一歩間違えば大惨事を招くことは、福島第1原発事故でも浮き彫りになっている。

また、「長期評価」とそれに端を発する各種の試算の存在や、東電がそれらの試算に基づいて当然講じるべきだった安全対策を怠ってきた問題は、国会事故調や政府事故調の報告書に先立つ2012年6月出版の『東電国有化の罠』と、その後の2014年2月に出した『電力と震災』で、筆者も指摘し続けてきた。今だに東電のガバナンスやリスク対応能力が極めて低いことは、大きな問題だ。

あの震災で福島第一原発より震源に近く、福島第一原発を襲ったものに匹敵する地震と津波に遭遇しながら、ボヤ程度の事故しか起こさず、ピーク時には周辺住民364人の避難所になった原発(東北電力女川原発)の安全対策や事故対応と比べでも、東電の原子力事業者としての劣後は明らかだろう。東電は原子力事業者として失格である。このレベルの会社には、二度と原発を運転させてはならないはずだ。

間接的な表現とはいえ、今回の島崎証言も、その事実を示唆したものと言える。(後略)



(私のコメント)

今日も、お昼過ぎに地震がありましたが、東京にもいずれは100%の確率で大震災がやってくることは分かっている。しかし国や東京都はこれといった対策を打てていない。耐震基準も猫の目のように変わるし、古い建物は大きな地震が来れば倒壊することが分かっていても何もできない。

東京都民もそれは分かっていても自分で震災対策をしている人はわずかしかいない。つまり無いことを祈りながら生活しているわけですが、なぜ十分な震災対策ができないのだろうか。国や東京都のそれだけの権限も予算もないからなのでしょうか。市街化区域は耐震性耐火性のあるコンクリート建物だけに限るとかできないのだろうか。

このような大震災対策に比べれば、原子力発電所の防災対策は限定されており、東京電力なら津波対策もやろうと思えばできるはずだった。非常用発電機を丘の上に移すとか、揚水ポンプ室を完全防水にするとかすれば最悪の事態は防げたはずだ。しかし東京電力は利益最優先にして防災対策を怠った。

十分な対策をしていれば、福島第二原発や女川原発のようになんとか防げたはずだ。大地震が起きれば地震の被害だけではなく、停電や津波の被害が予想されることは誰にでも分かることだ。原発が地震に弱いことは、中部日本海地震でも柏崎原発の周辺施設がやられた。幸い大事故にはならなかったが、福島第一は起きるべき事が起きてしまった。

原発は、一旦大事故が起きれば取り返しがつかなくなることは分かりきった事であり、当然安全対策はなされていると思われていたが、津波が来ることは想定外とされてしまった。原発は繋ぎの発電設備であり、完成された技術ではない。だから原発を作るにしても必要最小限にすべきであり、一ヶ所に何基も作るのは危険が大きくなる。

原発は寿命が来れば解体されなければなりませんが、解体されることを想定して作られてはいないようだ。それとも石棺方式で密封するのだろうか。3月18日には核燃料の保管について述べましたが、10年もすれば放射線も500分の一くらいになる。原発もより小型で安全な原発も開発見通しもあり、使用済みの核燃料も再利用できるかもしれない。

問題の核心は、民間会社が原発を運用していることであり、民間の電力会社では一旦事故が起きれば補償などの手当ができなくなることであり、東電は実質国営会社になってる。ならば最初から国営ですれば安全対策ももっと取れたのではないだろうか。今の段階では民間では無理なのだ。


使用済み核燃料使う次世代原子炉 日立が実用化へ 2014年9月23日 日本経済新聞

日立製作所が使用済み核燃料を燃料に使う資源再利用型沸騰水型軽水炉(RBWR)の実用化に向けて動き出した。使用済み核燃料の有害度は天然ウラン鉱石と同程度まで減衰するのに約10万年かかるとされる。だがRBWRが実用化されれば300年程度まで短縮できるという。原子力発電にとっての課題は使用済み核燃料の処理だ。日立は処分場の面積を約4分の1まで減らすことができるとみており、開発の行方に注目が集まる。

■処分場を4分の1程度まで縮小

 RBWRは使用済み核燃料の中に含まれるプルトニウムなど有害度の高い超ウラン元素(TRU)を燃料に使うのが特徴だ。TRUは使用済み核燃料のうち数%含まれており、使用済み核燃料から取り出したTRUをRBWRに投入する。

 RBWRは炉に投入したTRUを燃焼によって約9%減らすことができる仕組み。通常の原発であるBWR2基に対し、RBWRが1基あればTRUを現状より増やすことなく、BWRを運営できるのだ。

 通常の使用済み核燃料の有害度が高い原因はTRUを含むことによる。TRUを除去できれば、使用済み核燃料が天然ウランと同程度まで減衰する期間を10万年から300年程度まで短縮できる。よって使用済み燃料の処分場を4分の1程度まで縮小できる公算だ。(後略)





最低賃金には理論値があり、しかるべき水準であるべきなのです。しかし、日本では
政府が、理論値をまったく無視し、理論値を大幅に下回る最低賃金を設定しています。


2018年5月16日 水曜日

格差の超簡単な解決策は最低賃金引き上げだ 「適正水準は1300円」とアトキンソン氏 5月16日 デービット・アトキンソン

現在、日本の最低賃金(加重平均)は854円です。この水準の給料の人は、年間2000時間、まじめに働いても、年収はたったの170万円にしかなりません。しかも、この少ない年収から、社会保障費や税金を支払わなくてはいけないのです。

欧州と同じように1人・1時間当たりGDPの約半分と設定するなら、2020年までに日本の最低賃金を1300円にする必要があります。現時点で計算しても、1200円です。理論値まで最低賃金を引き上げていけば、年収は70万円増え、240万円となります。

『低すぎる最低賃金』が日本の諸悪の根源だ」の記事は大変たくさんの人に読んでいただき、250を超えるコメントをいただきました。多くのコメントが私の主張に賛意を表明するものでしたが、中には最低賃金の引き上げに反対のコメントもあってビックリさせられました。

最低賃金の引き上げに反対の人には、額面170万円の年収で、実際に生活してみてほしいと思います。それと同時に、日本の技術力の高さや国民の勤勉性に誇りを持っているのに、同じ日本人にたった時給1200円すら払いたがらない理由を教えていただきたいです。

今、最低賃金、もしくはそれに近い水準の給与をもらっている日本人は、技術力もなければ勤勉でもないというのでしょうか。この層はそれなりのボリュームがあり、理屈上は日本人全体の平均値に大きく影響しますので、日本人全体も勤勉でもなければ、技術力もないという結論を受け入れなければならなくなります。彼らの年収を170万円のまま据え置くべきだという主張をどう正当化するか、非常に興味があります

倒産を理由にした反対は「甘え」だ

以前も紹介しましたが、英国では1999年から20年かけて、最低賃金を当初の2.1倍に引き上げました。この政策が導入される前、エコノミストや企業経営者から大反対の声が上がりました。やれ「倒産が増える」「失業者が増える」と、それはそれは大騒ぎになったものです。

しかし、彼らの心配は杞憂に終わりました。失業率の大幅上昇などの予想された悪影響はいっさい確認されなかったのです。

その理由は、低所得者の場合、所得が少ないので欲しいものや本来必要なものも買わずに我慢しながら生活しており、収入が増えるとその大部分を消費に回すので、経済にプラスの効果が表れやすいためだと言われています。

同じ現象は日本でも起こることが予想できます。今、年収170万円で生活している人は、いろいろな面で非常に切り詰めた生活を強いられています。最低賃金を引き上げ、彼らがもう70万円手にできるようになれば、これまで我慢していたものを買うようになり、消費が活発化することでしょう。

先に紹介した英国の例と同様に、日本でも最低賃金の引き上げには、中小企業の経営者から反対の声があがることでしょう。しかし、私に言わせれば、年収170万円の労働者をこきつかえないとやっていけないような会社には、そもそも存続する意味がありません

こういう会社に貴重な労働力を浪費させるのは、これから急速に生産年齢人口が減少する日本にとってはマイナスでしかありません。もっと高い年収の払える、生産性の高い会社に移ってもらうべきなのです。

「おカネじゃない」という妄想

日本では「サービス料を払ってもらえない」「お客に価格転嫁ができない」などを理由に、 最低賃金の引き上げができないという経営者の声を聞くことがあります。また、「日本人はおカネばかりを目的に働いているわけではない」「だから賃金を上げる必要はない」とうそぶく経営者までいます。私に言わせれば、まったくのナ・ン・セ・ン・スです。

最低賃金には理論値があり、しかるべき水準であるべきなのです。しかし、日本では政府が(理論値の存在を知ってか知らずか)、理論値をまったく無視し、理論値を大幅に下回る最低賃金を設定しています。その結果として、国民が理論的にもらうべき水準の給料がもらえていないのです。

「デフレによって価格が下がって、何が悪い」「見返りを求めないおもてなしこそ日本独特な文化で、すばらしい」などと言う人がいます。これはただの妄想です。

実際には、国はインフラの整備・維持、年金・医療費などの社保障の負担を負わなくてはいけません。見返りを求めない、最低賃金が低い、価格転嫁できないなどの理由で国民の所得が増えなければ、払うべき税金を納められない状態が続くだけです。その結果、国の借金としてその分が蓄積されていきます

「日本には、おカネ以外に見えない価値がある」「日本型資本主義だから」と非現実的なことを言う人がいまだにいます。しかし、他の先進国並みにインフラや社会保障制度が整備されている日本では、これらの「見えない価値」はただ単に、国の借金という「見える形」で積み増されていくだけです。非現実的な「日本型資本主義」のコストは、国の借金という形できちんと勘定されています。日本人の甘え・妄想・非現実性が、国債という形でそのまま積み上がっているのです。

経済合理性を否定する「論者」が多いこの国では、この事実が理解されていないのです。



(私のコメント)

最近はコンビニや飲食店チェーンなどでアジア系外国人を多く見かけるようになりましたが、本来ならば人手不足になれば賃金を引き上げて従業員を確保するののが正常な姿でしょう。ところが最低賃金が低く抑えられているので、外国人を使うしか方法がなくなってきている。

日本の最低賃金は854円だそうですが、理論的な最低賃金は1200円だそうです。これだと170万円から240万円に上がるから、なんとかやっていける水準になります。若年労働者が不足しているのに賃金が上がらないのは、アジア系労働者が大量に低賃金労働者が入って来ている為であり、最低賃金が1200円に上がれば人手不足は解消されるはずだ。

明らかに東京などのコンビニや飲食店チェーンは多すぎるのであり、過当競争になっています。失業率も最低水準になり賃金が上がるのが普通の現象なのですが、経営サイドでは外国人労働者で穴埋めをしている。その為に日本人の若者が巻き添えを食らってしまって低賃金で働く人が多くなっている。

だから最低賃金を1200円に上げれば外国人労働者を受け入れなくても労働者の確保が可能だろう。それでも足りないのならば外国人労働者を受け入れればいい。コンビニや飲食店チェーンは国内産業だから国際競争にさらされていない。だから円高でもどこ吹く風で、低賃金で若年労働者を使って儲けてきた。

私に住んでいるところを見ても、コンビニと飲食店チェーンだらけであり、明らかに過当競争でおかしいと思う。むしろ店舗を減らして一店舗あたりに売上を増やすべきですが、過当競争社会ではそれができない。ならば最低賃金を上げて採算に合わない店舗を減らすべきなのだ。

このようなことは自然調節がなされるのですが、最低賃金を抑えておけば採算の成り立たないところでも営業を続けることができる。就職氷河期では倒産を出さないことが雇用対策になりましたが、人手不足になればこのような雇用確保政策はしなくていい。そうすれば最低賃金は上がっていくはずだ。

最近の外国人労働者で多くなってきたのは、中国系から東南アジア系の労働者であり、見た目で外国人であることがよくわかる人が多くなった。中国では日本よりも賃金が良い職業も増えてきて、円安の影響もあって中国系の労働者は減ってきている。

人手不足なのに賃金が上がらないのは、企業内で余っている中高年労働者の首を切れないから若年労働者にしわ寄せが来ていることも影響があるだろう。ならば中高年労働者がコンビニや飲食店チェーンで働けばと思うのですが、そのような自然調節機能が日本では働かない。

日本企業は何が何でも年功序列雇用体制を維持するつもりのようだ。しかしそれでは雇用の流動化は起きず時代の変化に適応ができない日本企業が多くなる。能力給で即戦力を採用して、いらなくなった労働者はクビに出来る方が時代の変化に対応がしやすくなる。

そうなれば、労働者も年功序列にあぐらをかいていてはいられなくなるだろう。企業内でもIT化やAI化に抵抗する風土があって、中高年労働者はパソコンも満足に扱えないといった事もできなくなるだろう。



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