株式日記と経済展望


ポールソン氏は7日、シンガポールで講演し、中国の振る舞いが
米国内で仲間を失う結果を招き、米国民を反中で結束させたと訴えた。


2018年11月12日 月曜日

米中経済に「鉄のカーテン」 元財務長官の警告 両国関係に楽観的だったポールソン氏は今、中国の振る舞いと米国の誤算を憂慮している 11月12日 The Wall Street Journal

ヘンリー・ポールソン氏はゴールドマン・サックス・グループ時代にも、米財務長官としても、政界の長老としても、米国の対中関与政策を強力に支持し、実現させてきた。その点で彼をしのぐ人はほとんどいない。

 そのポールソン氏が、対中関与は失敗しつつあり、米中間に間もなく「経済的な鉄のカーテン」が下ろされるかもしれないとの結論に達したということは、2大経済大国の関係が非常に危険な状態にあることを示している。

 ポールソン氏は7日、シンガポールで講演し、中国の振る舞いが米国内で仲間を失う結果を招き、米国民を反中で結束させたと訴えた。米国を厳しく批判することはなかったが、米国は中国にも同盟国にも非現実的な期待をかけているとの見解を示した。米中のいずれも方針転換しなければ「米中関係に長い冬が訪れ」「とてつもなく大きなシステミックリスク」が生じると述べた。

ポールソン氏は財務長官として2008年の金融危機に対応したことで知られるが、米中経済関係でも同じくらい重要な役割を果たしたと言える。ポールソン氏が最初に中国を訪問したのは1990年代初めだ。ゴールドマンとして投資銀行事業に乗り出すためで、やがて中国の主要国有企業数社の再建と株式上場を支援した。2006年にはジョージ・W・ブッシュ政権の財務長官に就任し、米中高官が2国間関係に対処するための経済戦略対話を開始した。

中国を容赦なく批判

 この間、ポールソン氏は中国の指導者らと関係を築いた。習近平国家主席の補佐役である副主席を務める王岐山氏とは今も友人関係にある。

 にもかかわらずポールソン氏は中国の現在の方向性を容赦なく批判した。世界貿易機関(WTO)加盟から17年がたった今も、中国は合弁会社に関する規制や所有制限、技術標準、補助金、認可手続き、外資による競争を阻止する規則を利用し、「あまりにも多くの分野で海外との競争に門戸を閉ざしている」と指摘した。「こうした現状はとても受け入れられない」。

 中国で改革熱がピークを迎えたのは当時の江沢民国家主席の下でWTOに加盟した直後のことだ。後任の胡錦涛主席時代になると熱気は冷めていった。2013年に習氏が国家主席に就任した時、市場と民間企業が中国の発展をけん引するとの習氏の言葉をポールソン氏は信じたが、実際にはそうはなっていない。ポールソン氏は共産党が支配力を強めているせいだと考えている。

「江沢民氏は党は大きなテントだと言った」。ポールソン氏は先週、インタビューにこう語った。「彼の考え方は、財界のリーダーや学者などの『エリートを党に引き入れる』というものだった。習近平氏は党そのものをエリートと見なしており、官僚機構ではなく党が統治機構なのだろう」

 シンガポールで開かれたブルームバーグ・ニューエコノミー・フォーラムでの講演では、共産党内での権力集中と依然として続く外国企業への差別によって、米国の指導者は政治的立場の違いを超え、中国は「米国の犠牲によって」台頭した戦略的ライバルとの見方で一致していると指摘した。ハイテク製品の貿易で国家安全保障上の懸念が刺激され、その結果、地政学的な競争関係は緩和するどころか激しくなっていると語った。

孤立するのは米国

 ポールソン氏によると、その一方で中国は、財界など米国きっての中国応援団を遠ざけてしまった。「中国との対立を支持する人の中に、中国を最もよく知り、中国で働き、中国でビジネスをして、中国で金を稼ぎ、中国との生産的な関係を支持してきた人たちが含まれているとはどういうわけか」。確かに明日の競争力より今日の利益を優先する「ファウスト的な契約」を受け入れた人たちもいるが、「彼らがそうした状況に満足しているということにはならない」とポールソン氏は言う。

 ドナルド・トランプ大統領は対中強硬派に囲まれている。彼らにとって、ポールソン氏が自分たちの不満に同調することは間違いなく皮肉だろう。ポールソン氏が支持した関与政策のせいで中国が経済的、戦略的な罪を犯したというのが対中強硬派の考えだからだ。(後略)



(私のコメント)

アメリカの親中派といえば、キッシンジャー氏とポールソン元財務長官が中心ですが、トランプ政権に対してはほとんど影響力を失ってしまったようだ。親中派としては中国が洗練された民主国家になるることを期待していたのでしょうが、習近平政権になって独裁体制が強化されていることで支持を失ってしまった。

WSJ紙の記事によれば、『中国で改革熱がピークを迎えたのは当時の江沢民国家主席の下でWTOに加盟した直後のことだ。後任の胡錦涛主席時代になると熱気は冷めていった。2013年に習氏が国家主席に就任した時、市場と民間企業が中国の発展をけん引するとの習氏の言葉をポールソン氏は信じたが、実際にはそうはなっていない。ポールソン氏は共産党が支配力を強めているせいだと考えている。』ということですが、それは前から分かっていたことだ。

中国政府は会談では約束しても、それは守られないことは常識になってしまっている。中国は独裁国家だから国家主席が言えば、それは必ず守られるはずだ。言う事を聞かなければ粛清が待っている。中国の主要産業が国営企業化しているのもアメリカの期待を裏切ることですが、情報の公開もなされていない。

ポールソン氏はさらに、『世界貿易機関(WTO)加盟から17年がたった今も、中国は合弁会社に関する規制や所有制限、技術標準、補助金、認可手続き、外資による競争を阻止する規則を利用し、「あまりにも多くの分野で海外との競争に門戸を閉ざしている」と指摘した。「こうした現状はとても受け入れられない」。』と指摘していますが、これでは親中派も立場を失う。

中国がなすべきことは、資本の自由化と為替の自由化ですが、これは中国が行うには中国共産党が崩壊しかねない問題だ。そうでなければ中国に投資してきた企業はまるで儲からない。つまりアメリカの親中派は中国政府に裏切られたのであり、中国政府の約束は守られない。

これではポールソン氏がいくら中国を弁護しようにも、出来なくなるのは必定であり、今や中国に一番強硬なのは、トランプ政権よりもアメリカ議会なのだ。習近平政権がこれらの要求を受け入れることはあるのだろうか。会談では約束しても実行はされずに放置されるだろう。17年間も中国はWTOの規約を守っていない。

中国は自由貿易のいいところだけを利用して、金融の自由化などは守っていない。投資は受け入れても、利益を持ち出すことは禁止されたままだ。合弁企業しか認められず、合弁すれば企業秘密がみんな盗み出されてしまう。日本もその例外ではないのですが、企業秘密が盗み出されてコピー商品が世界に輸出される状態だ。

アメリカがトランプ政権になって、対中政策を大きく転換してきましたが、親中派のスタッフを排除するのに時間がかかっている。それだけ親中派が政権に入っていましたが、トランプ大統領でなければできなかったことだ。中国はキッシンジャーを呼びつけたりして叱責しているようですが、中国自身に責任がある。




集団ではなく個であることをもっと大事にする教育が必要です。個人として社会
で生きていける人間をつくる教育をしない限り、世界で戦える人材は育ちません。


2018年11月11日 日曜日

世界で勝ち抜くには好奇心が不可欠である 日本人に決定的に足りないもの 11月10日 柳井正

山口県の商店街で紳士服小売りを営んでいた小郡商事は、ファーストリテイリングと名称を変え、世界的な大企業へと成長を遂げた。同社の柳井正会長兼社長は、国境や産業の境界が薄れ始めているいま、企業も個人も、世界中のあらゆる問題と無関係ではいられない時代が訪れたと言う。そうしたグローバルかつフラットな環境で勝利を収めるためには、何事にも好奇心を持つことが不可欠だが、現代の日本人には、競争とは勝たなければならないものだという意識自体が欠落していると、警鐘を鳴らす。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2018年12月号より、1週間の期間限定で抜粋版をお届けする。

 日本のビジネスパーソンが好奇心を持てないのは、なぜだとお考えですか。

 日本の多くの企業は、真の意味での組織になっていません。まるで江戸時代の大名家のようです。

 会長や社長が殿様、専務が家老、その下に奉行格の部長がいて、彼らの間だけで行われる報告ゲームの中で仕事を進めている。本来は、現場にいる末端の社員たちが最も有益な情報を持って仕事に当たるべきなのに、上の人たちが情報を牛耳っているから、下の人たちに必要な情報が届きません。

 情報を知らない限り、好奇心は生まれません。組織内で地位の高い人間だけが一方的に報告を受けて、そうして得た情報を独占するような企業文化は、即刻廃絶する必要があります。

 従業員が好奇心を持てないのは、企業側の問題ということでしょうか。

 もちろん、組織ばかりの責任ではなく、個人の問題でもあります。情報を得るためには、行動し、体験しなければなりません。

 それをすることなく、インターネットで調べて情報を整理した気になっている人が多いのですが、その情報はあくまで他人が整理した情報です。みずからの行動を通して得た情報を整理しなければ、何も身につきません。まず行動して情報を取りに行き、それを整理する。その過程こそが学びです。

 その意味では、先入観をなくすことが重要です。自分の想像通りに事が進んでいると思う出来事のほとんどは、自分の範囲の中でしか行動していないからそう感じるだけです。私の場合、自分は商売には向いていないと思い込んでいて、父の後を継ぎたくありませんでした。でも、やってみたら案外とうまくできました。

 自由に行動し、自分が勝手に思い描いていた世界とは違っているという体験をすることで、好奇心が生まれてくるものだと思います。

 自由な行動には責任も伴いませんか。

 それは当然です。自分が自由に行動できるということは、相手が何を選ぶかも自由だということです。選ばれなかった時の責任は、自分自身にあります。自由と責任は常に表裏一体で、責任を負わない環境に本物の自由もなく、そこには好奇心も生まれないでしょう。

 企業も同じです。現代の日本は規制社会ですが、企業は本来、規制とは無縁であるべきです。法治国家なのだから、法律さえ遵守すれば、後は自分たちの責任で自由であるべきなのです。私は、それを実践する企業こそが最も優れた企業だと思っています。

 でも、実際はどうなのでしょうか。まるで反対の方向に向かっているように思えてなりません。

 最近話題になった就職活動の問題にしてもそうです。経団連が就活ルールの廃止を決めましたが、世界でそんな協定をつくっていた国がどこにありますか。そのようなルールを定めていたこと自体がおかしい。企業は世界中にどんどん飛び出して世界のルールで戦っているのに、なぜ採用活動だけ横並びで行わなければいけないのか。本当に不思議です。

 彼らは大学生という集団ではなく、個人なんですよ。それなのに、国や企業や大学が横から口を出している。誰が何をするかは個人の自由であり、就職活動が勉強の妨げになるのであれば、自分の責任で調整すればいいだけです。

 悪口ばかり言いたくはありませんが、学生をもっと信用して大人扱いしないといけないと思います。そうした子ども扱いを社会人になってからも続けて、自由も責任も与えないのが、いまの日本です。

 大学に入学した時点で一人前の大人です。大学生といわず、中学や高校の時から一人前として接するべきでしょう。すなわち、集団ではなく個であることをもっと大事にする教育が必要です。個人として社会で生きていける人間をつくる教育をしない限り、世界で戦える人材は育ちません。それを集団で足並み揃えてやろうとするところに、間違いがあります。

 個の弱さは日本全体の課題としてよく挙げられます。

 ユニクロがオープンしたのを機にスウェーデンを訪れた時、彼らは個人であることをとても大切にしていると気づきました。驚いたのは、オープンの時に大行列ができたのですが、日本で通勤電車を待つようにぎっしりと詰めて並ばず、全員が前の人と距離を取ってパーソナルスペースを保っていたことでした。入店する時も、こちらはもっと早く入ってほしいと思うくらい、ゆっくりと前進する。

 これが本当の先進国での振る舞いかと感じました。それは文明ではなく、文化の先進国という意味です。

 日本も経済的には先進国の1つではありますが、そうしたことを自然にやれるようにはなっていません。それを規制によって正そうとしてはいけない。個人として、内発的にそれをやれる国こそ、真の意味での先進国と呼べると思います。必要最低限のことは自分で考えて、自分の責任でやることが大事であり、それには学校や家庭での教育が重要ではないでしょうか。(後略)



(私のコメント)

日本の経済の低成長は長引いていますが、何が原因なのだろうか。既存の大企業は利益を上げていますが、GDPの伸びは低くて、新規投資を控えています。アベノミクスによってデフレはなんとか脱却できそうですが、人手不足ですが正社員の給料の上昇に結びついていない。

どうしたら日本の経済が活性化するのでしょうか。70年代から80年代は日本が世界の工場でしたが、ビデオからFAXに至るまで日本でしか作れなかったものを作って世界に売ってきました。しかし日米の経済摩擦でジャパンバッシングが始まり、85年のプラザ合意で円高になり、日本の輸出産業は勢いを失ってしまった。

それまでは日本の年功序列終身雇用制度が、日本経済の強さの象徴とされてきましたが、いまでは多くなりすぎた中高年社員が企業の重荷になっている。電機産業では数千人規模の大リストラを行ってきましたが、韓国や中国の電機産業に圧倒されてしまった。

グローバル企業同士の競争が始まっていますが、世界においては日本企業の影が薄くなってきてしまった。頑張っているのは自動車産業くらいですが、トップ企業のトヨタがベスト50にやっと顔を出す程度になってしまった。世界的企業も製造業から情報サービス産業にシフトしていますが、日本はその波に乗れていない。

アメリカのアップルやアマゾンが100兆円企業になったというニュースがありましたが、日本ではトヨタが24兆円企業でパッとしない。NTT・ドコモが10兆円規模であり、その差はどこから来るのだろうか。アップルやアマゾンは世界的規模で商売をしていますが、システムやソフトで儲けている。グーグルやフェイスブックが後を追っている。

いずれもネット関連企業であり、日本でもネット株ブームがありました。しかし多くのネット企業はソフトバンクなどの一部を除いて霧散無償してしまった。日本では何故GAFAのような企業が登場しないのでしょうか。個性ある天才的なリーダーが現れないからでしょうが、年功序列制度の下では出てこないだろう。

ファーストリテイリングの柳井氏は、「会長や社長が殿様、専務が家老、その下に奉行格の部長がいて、彼らの間だけで行われる報告ゲームの中で仕事を進めている。」「企業は世界中にどんどん飛び出して世界のルールで戦っているのに、なぜ採用活動だけ横並びで行わなければいけないのか。本当に不思議です。」と述べていますが、日本だけの特殊な慣行が行われている。

人材の育成に関しても、「個人として社会で生きていける人間をつくる教育をしない限り、世界で戦える人材は育ちません。それを集団で足並み揃えてやろうとするところに、間違いがあります。」ということも、年功序列社会では有効でも、天才的な個性的な人材は育たない。




軍事同盟国・米国との関係を最優先にし、中国に接近しすぎないこと。
第2次大戦時、日本最大の失敗は、ナチスドイツと軍事同盟を結んだことだった。


2018年11月10日 土曜日

中国が米中覇権戦争に絶対勝てない3つの理由 11月8日 北野幸伯

<第3の理由>
戦闘なしの戦争で、中国は勝てない

 核兵器の登場と拡散で、戦争の形態は変わった。
 
 米国と中国は、共に両国を破壊し尽くせる核兵器を保有している。それで両国は、大規模な戦闘が起こせない。結果、戦争の形は大きく変化した。戦闘よりも、情報戦、外交戦、経済戦などが重視されるようになったのだ。
 
 
情報戦で、中国は米国に勝てない。中国は、民主主義のない一党独裁国家だ。

 言論の自由も、信教の自由も、結社の自由もない。ウイグル人を100万人強制収容しているといわれる、人権侵害大国である。こういう国なので、米国が望めば、容易に中国を「悪の帝国」にすることができるだろう。
 
 外交戦は、自国の味方を増やし、敵国を孤立させるために行われる。「アメリカファースト」のトランプは、お世辞にも「外交上手」とはいえない。彼の要求が厳しすぎるので、欧州、ロシア、中国がお互いに接近している。
 
 トランプの外交は、米国にとっては大きな懸念要因だろう。しかし、中国の景気がますます悪化すれば、人権問題がフォーカスされるようになる。
 
 金のある人権侵害国家と付き合いたい国は、たくさんある。中国は、いつでも人権侵害国家だったが、1990年から2000年代の間、日欧米企業は、競ってこの国に進出してきた。
 
 しかし、金のない人権侵害国家は「ただの人権侵害国家」だ。結局、世界の国々の大半は、再び米国側につくことになるだろう。

 最後に経済戦。現代の戦争では、これがメインだ。ここでも、米国が勝つ可能性が高い。

 米国は、年間5000億ドル強を、中国から輸入している。一方、中国は、米国から年間1300億ドルしか輸入していない。貿易戦争によって、お互いの全製品に関税をかけたとすると、中国が受ける打撃は、米国が受ける被害の3.8倍になる。

 以上を簡潔にまとめてみよう。

 ・中国経済は、米中貿易戦争がなくても悪化していくトレンドである
 ・中国経済は、米中貿易戦争で悪化のスピードが加速する
 ・不況で、中国の政治は不安定化する
 ・民主的政権交代システムがない中国では、クーデター、革命が起こりやすくなる
 ・核大国である米中の「戦争」は、情報戦、外交戦、経済戦がメインになるが、中国は米国に勝てない

日本が注意すべき
2つのこと

 米中貿易戦争が、覇権争奪戦に転化する中、日本はどう動くべきなのだろうか?注意すべき点は2つだ。

 まずは、「孤立しないこと」。1937年に日中戦争が始まったとき、中国は、米国、英国、ソ連から支援を受けていた。この戦争は事実上、日本vs米英中ソの戦いだった。日本が負けるのは当然だ。

 あれから80年の時が過ぎ、日本は現状、孤立していない。しかし、中国は常に日本を孤立させようとしているので、決して安心はできない(証拠はこちらの記事を参照のこと)。

 日本は、中国の罠にはまって孤立しないよう、常に慎重に行動しなければならない。
 
 もう1つは、軍事同盟国・米国との関係を最優先にし、中国に接近しすぎないこと。第2次大戦時、日本最大の失敗は、ナチスドイツと軍事同盟を結んだことだった。「負ける国の同盟国になったこと」が致命的ミスだったのだ。

 今の日本政府はそんなバカなことはしないと思う人が多いかもしれない。しかし、米中覇権争奪戦が始まった途端に、日中関係が大きく改善された。日本は、第2次大戦時のようにフラフラし、米中の間を揺れているようにも見えるのだ(安倍首相は、習近平との会談後、すぐにインドのモディ首相を別荘に招くなどして、バランスをとっているようだが)。

 日本政府は、愚かにも「負ける国の側についた」第2次大戦から教訓を得て、今度は「勝つ国」の側にいなければならない。

 そして、「勝つ国」は、またもや米国なのだ。



(私のコメント)

今日は戦略的な話になりますが、北野氏が言うように日本は外交的に孤立しないように気をつけなければなりません。北野氏は、「今の日本政府はそんなバカなことはしないと思う人が多いかもしれない。しかし、米中覇権争奪戦が始まった途端に、日中関係が大きく改善された。日本は、第2次大戦時のようにフラフラし、米中の間を揺れているようにも見えるのだ」と心配しています。

アメリカのトランプ政権が、どこまで中国との新冷戦を戦うかにかかっていますが、アメリカはかなり本気のようだ。これはトランプ個人が突っ走っているのではなく、政権も議会も中国に対して強硬な姿勢を見せている。しかし米中は全面戦争は起こせない。

ソ連との冷戦体制と同じですが、戦闘よりも、情報戦、外交戦、経済戦で戦われる戦争であり、中国との新冷戦も同じような戦いになるだろう。アメリカの態度がここまで強行になったのは、中国がますます独裁体制を固めてきたからですが、習近平体制が続く限り、軍事面でも経済面でもアメリカを凌駕することを目指している。

アメリカは、中国の人権問題に関しては見て見ぬふりをしてきましたが、経済面でのメリットを最優先してきた。北野氏は、「金のある人権侵害国家と付き合いたい国は、たくさんある。中国は、いつでも人権侵害国家だったが、1990年から2000年代の間、日欧米企業は、競ってこの国に進出してきた。」と指摘しています。

ソ連との冷戦と異なるのは、中国が世界の工場として成り立っており、中国との経済的な結び付きが大きいことだ。中国に進出しているグローバル企業も多いし、米中の経済戦争は、関税の掛け合いから始まった。中国からアメリカに輸出されるものがあまりにも多い。

これは、80年代の日米経済摩擦と同じですが、中国は85年のプラザ合意のような人民元高には応じないだろう。人民元は為替の自由化は行われておらず、アメリカは資本や為替の自由化を求めている。アメリカのトランプ政権が求めているのはこれだろう。

しかし中国がこれに応ずれば、中国経済は国際投機筋に振り回されることになり、共産党独裁体制を維持することは難しくなるだろう。だから習近平は今の路線を変更することができない。これによって、「中国経済は、米中貿易戦争で悪化のスピードが加速する」ということになるだろう。

それによって、「民主的政権交代システムがない中国では、クーデター、革命が起こりやすくなる」という事が考えられる。そこまでになるにはあと何年かかるかわかりませんが、そうなると世界経済にも大きな影響が出るだろう。だから中国に進出した企業もそれに備える必要がある。

中国政府は、急速に日本との関係改善を求めてきていますが、これは中国が外交的に孤立してしまったからだ。困った時の日本頼みでしょうが、アメリカはこれを注視している。日本はこれから始まる中国の混乱に巻き込まれないようにしなければなりません。




韓国が教科書などで「歴史」として教えているのは、「帝国主義日本に対して、われわれは
独立運動を戦い、日本の圧政を打ち破って建国を達成した」という「建国イデオロギー」だ


2018年11月9日 金曜日

韓国と日本、間違った歴史認識を持つのはどちらなのか 11月8日 デイリー新潮

イデオロギー優先の歴史認識

 有馬哲夫・早稲田大学教授は、中国や韓国の場合、歴史的事実よりも「イデオロギー」が重視される傾向が強い、という。

「20世紀に入ると実に多くの国々が民族自立の考え方のもとに独立しました。これらの国々の歴史とは、民衆がどのように独立を勝ち取ったか、どんな指導者のもとにどんな帝国主義的勢力と戦って国を建国したかという正統性やイデオロギーを国民に教え込む『物語』になります。こういった国では、歴史的事実よりも『建国イデオロギー』や『政治イデオロギー』が重視されることになります。『物語』が『イデオロギー』に変わったといえます」(『こうして歴史問題は捏造される』より。以下、引用はすべて同書)

 日本人は歴史というと同じものだと思いがちだが、中韓のいう歴史と日本やアメリカなどのいう歴史は違う、というのだ。

 では、韓国の主張する「建国イデオロギー」とはどのようなもので、事実とどこが違うのか。有馬氏の著書をもとに見ていこう。

幻の「対日戦争」

 韓国が教科書などで「歴史」として教えているのは、「帝国主義日本に対して、われわれは独立運動を戦い、日本の圧政を打ち破って建国を達成した」という「建国イデオロギー」だ。つまり、今日の韓国人の祖父やその上の世代が、国を守るために日本と独立戦争を戦い、勝利した、というストーリー。

 しかし、これはかなり事実と異なる。

「日本は一度も韓国と戦争したことがなく、韓国に戦争で負けたということもありません(略)

 韓国という国は1948年になって成立しています。日本を打ち破って建国したというなら1945年のはずです。

 また、独立運動というのですが、韓国の教科書を読んでも、指導者や根拠地がころころ変わり、どう見ても一貫性がありません。いろいろな抵抗勢力が散発的にテロを行ったというのが実情です。歴史教科書は、南京に臨時政府を作ったとも主張するのですが、これは国際的に認められていませんでした。国際会議に出ていたというのですが、国や地域の代表として参加したという実績はありません。

 だからこそ、日本の敗戦後、韓国と北朝鮮はそれぞれ3年もの間、アメリカとソ連に委任統治されることになったのです。そのあいだに、アメリカとソ連の指導のもとに国を作る体制を整えて1948年に建国したのです。

 連合国とくに米・英・ソが、日本が戦後再び大陸進出する可能性を考え、その足掛かりを奪うという恣意的な理由で、朝鮮半島を日本から切り離すことをカイロ会談で決めました。しかし、朝鮮半島を空白地帯にしておくわけにはいかないので、戦後米ソ冷戦体制のもとで自由主義と共産主義の二つの国を建国させることにしたのです。

 ということは、日本と独立戦争を戦ったというのも、また、それによって独立したというのも、歴史的事実ではありません。これは歴史ではなく『建国イデオロギー』です。

 にもかかわらず、建国後アメリカの意向をうけて韓国大統領になった李承晩は、自分がかつて携わって、実らなかった抵抗運動を賛美し、しかもそれが建国に結びついたと偽り『建国イデオロギー』を作りだしました。自分の大統領としての正統性を訴えるためのフィクションです」

 このように事実を踏まえていけば、独立戦争で勝利した、といったストーリーに無理があることは明白だろう。ではなぜ、この「建国イデオロギー」を韓国は踏襲し続けるのか。

「李は独裁者として国を追われるのですが、韓国はその後もこの『建国イデオロギー』にかわる、国家としての正統性を訴えることができるイデオロギーが見いだせず、かといって、いまさらアメリカなど戦勝国のご都合主義によって生まれたという歴史的事実を直視することもできず、追い出した独裁者の『建国イデオロギー』を微修正しながら現在に至っています」

都合のいい「反日」

 もちろん、日本においてもイデオロギーを軸とした歴史観を語る人は、左右両陣営に存在しているだろう。しかし、日本の場合、その両者や中間にいる人たちが自由に意見を表明して、議論ができる環境にある。また、少なくとも歴史教科書はイデオロギーではなく、ファクトに基づこうという姿勢で作られている。あまりに極端な人はキワモノ扱いだ。

 この点は中国や韓国と異なるところだろう。

「韓国のメディアも、独裁制が最近まで続いていたために、党派性が強く、煽情主義に流れ、事実を重んじているとはいえません。日本では、メディア、とくに新聞に対する国民の信頼度は次第に下がってきていますが、韓国の場合はもともと低く、それが『オーマイニュース』のような市民参加型のインターネット新聞サイトが力を持つようになった理由です。中国のようにメディアが完全に共産党によってコントロールされているわけではありませんが、もともと寡占状態にあるメディアが客観性に問題がある報道をしているという困った状況にあります。

 これら中韓2カ国では、歴史とは『建国イデオロギー』を骨格に歴史的事実を断片的に張り合せたものです。一方は共産主義、一方は独裁主義でしたが、その『建国イデオロギー』で共通するものは『反日』です。

 それも、歴史的事実を踏まえた『反日』ではなく、彼らの『建国イデオロギー』を正当化するための都合による『反日』なのです」

 山口氏に代表されるタイプの知識人は、ともすれば日本側の歴史認識について過敏に反応する一方で、韓国や中国のそれにはとても鷹揚だ。多くのメディアもそうした姿勢を取ってきた。しかし、そうした「物わかりのよさ」が、本当に隣国との関係改善につながってきたのか。徴用工の判決は、こうした問題も突きつけているのだ。



(私のコメント)

中国や韓国における歴史教育は、イデオロギー教育であり事実関係は作られたものだ。だから客観的に見てもおかしなことがまかり通ってしまう。国内だけならそれで通すこともできるが、国際的な論争には耐えられないものとなる。

中国や韓国は、日本のマスコミに多くの工作活動を行い、政界には金をばら撒いてきた。そんな事までしなければならないのは、事実をねじ曲げなければならないからであり、買収してしまえば事実も変えられるという文化が彼らにはあったからだろう。

韓国が対日戦争を行って独立を勝ち取ったというのは、プロパガンダであり、だから韓国には独立戦争を戦ったという英雄がいない。朝鮮戦争でも韓国軍は真っ先に逃げてしまってアメリカ軍を置き去りにしてきたような軍隊だ。だから最終的には朝鮮戦争はアメリカ軍と中国軍の戦争になってしまった。

韓国軍は何をしていたかといえば、保導連盟大虐殺を行なっていた。つまり自国民を大虐殺していたのだ。20万人から100万人殺したという事ですが、このようなことは決して彼らの歴史教育では行われません。これはアメリカ軍やオーストラリア軍の記録にも残っていることだから消すことはできません。

韓国が独立できたのは1948年であり、1945年ではありません。インドネシアやベトナムでは大東亜戦争終了後には、オランダ軍やフランス軍が戻ってきましたが、スカルノやホーチミンが独立戦争を行って独立を勝ち取りましたが、韓国では委任統治領となってアメリカやソ連軍と独立戦争を戦ったのだろうか?

北朝鮮軍も、釜山まで迫ったいたのにアメリカ軍に逆襲されるとあっという間に中国領にまで逃げてしまった。だから中国軍が出ざるを得ず、北朝鮮軍がアメリカ軍と戦ってベトナムのようにアメリカ軍を追い出していれば名誉ある独立が出来ただろう。

あるいは韓国軍が介入してきた中国軍に勇敢に戦って、中国軍を追い出していれば名誉ある独立ができたかもしれない。つまり北朝鮮軍も韓国軍もインドネシアやベトナムのように勇敢に戦って朝鮮半島統一独立を勝ち得たということができない。そこで日本が持ち出されて歴史は作られた。

しかしそのような歴史観の欠陥は明らかであり、本来ならば日本軍が立ち去った後にやって来たアメリカ軍やソ連軍と、韓国軍や北朝鮮軍は戦うべきであったのであり、そのような事実は見いだせない。それにたいしてベトナム軍はフランス軍やアメリカ軍と戦って勝利した。

韓国では、日本軍と戦って勝利した事を教えているが、連合国側ではそれは認められていない。むしろ朝鮮人は日本軍と共に戦ってきたのであり、BC級裁判で処刑された朝鮮人の将軍すらいたほどであり、朝鮮人の特攻パイロットもいた。しかしそのようなことは封印されてしまった。

歴史の修正に関してはアメリカも、中国や韓国と同じレベルであり、東京裁判で裁いてきたようなことを、ベトナムや中東で行ってきたが、アメリカ政府は自らを裁いてきたのだろうか。彼らの歴史観では戦争に勝てば何をしても許されるということであり、原爆の使用も正当化されている。

しかしそれらが間違っていたことは、朝鮮戦争やベトナム戦争で原爆を使用しなかったことでも、間違っていたことは明らかだ。明らかに原爆の使用はジュネーブ条約違反であり大量虐殺なのだ。アメリカ=ナチスドイツ=大量虐殺国家なのだ。フーバー大統領の回想録には次のように書かれている。

《いま(開戦時)二人の独裁者――ヒトラーとスターリンが死闘を繰り広げている。二人はイデオロギーに凝り固まった夢想家であり、兄弟のようなものである。……我が国(アメリカ)は防衛力をしっかりと整備し、両者の消耗を待つべきである。……我が国の掲げる理想にもかかわらずスターリンと組むことは、ヒトラーと同盟を組むことと同じであって、アメリカ的理念への叛逆である。》




欧米の若者は、まずは自分を採用してくれる企業に低い給料で就職し、下働きをしながら
経験とスキルを積み、MBAや情報系の資格を取るなどして自分の市場価値を高める


2018年11月8日 木曜日

まもなく「サラリーマン絶滅社会」を迎えることに気づいてますか 11月6日 三戸政和

「そこそこできる」が一番よかった

洗脳するためにはもちろん、純真無垢な方がいい。だから新卒を採用します。猜疑心や余計な知識がなければ、催眠術にかかってくれやすいし、集団催眠がかかったまま集団の中にいつづければ、洗脳を疑うこともない。どんなに理不尽でも、ブラックでも、それしか知らなければ疑問を持ちにくい……。だから日本の大企業はあえて、非合理的としか思えない新卒大量一括採用をしてきたのです。

かつての日本企業はそれでよかったのです。少品種大量生産をしている場合には、大量に人を雇っても、工程や、役割を細分化して、一部の仕事だけを覚えさせて、黙々と同じ仕事を繰り返させておけばよかったからです。そうやって日本の産業は高度に仕組み化されていきました。

とはいえ、人間は面白くもない仕事を延々としていると、飽きてくる生き物です。すると次第にモチベーションが下がり、会社を批判したり、隠れて悪さをしたりする人も出てきます。それを防ぐために、3年ほどで職場を変えさせます。ジョブローテーションです。そうして、広く浅く、「なんでも、そこそこ」できる便利な社員が純粋培養されます。

それで、日本のサラリーマンは幸せだったのです。同じ社風を共有する社員同士、皆で一丸となって事業をし、ライバルと戦い、叱咤激励し合い、酒を飲んで適度なガス抜きをし、社内恋愛や紹介お見合いで親戚となり、家族ぐるみの付き合いをする。

定年まで忠実に働く代わりに、首を切られることはなく、給料は一律にある程度まで上がり、60歳まで勤め上げれば数千万円の慰労金がもらえる。さらに、老後まで企業年金で面倒を見てくれる。サラリーマン万歳です。転職なんてもったいなくてできるわけがない

欧米式が日本式を駆逐する

しかし、そんな特殊な会社の仕組みが出来上がったのは日本ぐらいでした。

欧米の大手企業は、飛び抜けて優秀なプログラマーでもない限り、新卒を採用したがりません。知識もビジネススキルもなく、マナーも知らず、手がかかり、2、3年も経たないとマトモに利益を上げてくれない若者を、大量に採用することはありえません。

GoogleやApple、Facebookなど人気企業は、能力が高く、知識と経験を積んだ、即戦力人材を採用します。テクノロジーの先端で競争していますから、何もできない新人を育てる暇などないからです。

それらの人気企業で働くことを志す若者は、まずは自分を採用してくれる企業(中堅、ベンチャー、大手の子会社など)に低い給料で就職し、下働きをしながら経験とスキルを積み、MBAや情報系の資格を取るなどして自分の市場価値を高め、人気企業に自分をプレゼンして転職するのです。そうして転職しながら自分の給料を上げていきます。

日本の新卒一括採用に始まる「生涯サラリーマン」制度は、もはや化石のようなもの。世界のどこにもありません。企業側にメリットがないからです。

大量生産大量消費社会ははるか昔に終焉し、少量多品種生産になって久しい。多様化する価値観に合わせて次々に新しい商品やサービスを生み出していかなければならない時に、同じ会社で同じように育てられ、同じ知識と経験しかもたない画一的なサラリーマンなど、もはや使いようがないし、不要なのです。(後略)



(私のコメント)

日本もこれから雇用形態を変えていき、終身雇用、年功序列、一斉新卒採用などの雇用形態を変えていく必要があるだろう。しかし今のところそのような動きはみられず、シーズンになれば一斉採用された大手の会社の入社式が行われている。しかし銀行などをはじめとして業態が変わりつつあり、どうやっていくのだろうか。

大学だってもっと実践的で即戦力となる人材を送り出さなければなりませんが、大学教授たちは象牙の塔に閉じこもったままの絶滅危惧種なので、新しい時代に適応ができない。だから最近の大学生はパソコンの操作もできない。スマホばかりいじっていてはパソコンを使わなくなる。

これからは同一労働同一賃金体系になっていって、年功序列による出世は無くなっていくだろう。企業も必要なら採用して、いらなくなれば解雇していくようになるだろう。能力主義の雇用では自分で資格などを取得して実力をつけていかなければなりませんが、年功序列では出身大学の学歴で出世コースが決まっていた。

年功序列では無気力社員でも出世ができるし、能力を磨かなくてもクビになることはないから、ひとつの会社に勤め続けることが一番大切だった。どの職種に配置されてもそこそこ仕事ができればそれでよかった。自社の社員を再教育していけば時代の変化についていけると思われてきましたが、それ以上に時代の変化が激しくて日本企業は、ついていけないようだ。

三戸氏は、『日本の新卒一括採用に始まる「生涯サラリーマン」制度は、もはや化石のようなもの。世界のどこにもありません。企業側にメリットがないからです。』ということですが、「同じ会社で同じように育てられ、同じ知識と経験しかもたない画一的なサラリーマンなど、もはや使いようがないし、不要なのです。」という事ですが、これでは若者の賃金が下がっていくのは避けられない。

私は若いうちに、宅地建物取引主任や電気工事士などの資格を取って転職などにも生かしてきましたが、専門職で実務経験を積んでいけば新しい職場にも即戦力になれる。だから日本の会社のように全く異なる職種に配置転換されるということもなく、スペシャリストとしてキャリアになる。

日本の会社は、スペシャリストを育てたがらず、配置転換や日本各地を転勤させて移動させていくことで雇用を守っていますが、夫婦共稼ぎではそれは困る制度だ。いらなくなれば解雇して必要なら採用するようにすれば、転職もしやすくなるだろう。しかし今までの雇用形態に慣れすぎてしまってなかなか変えられない。

今までのようなやり方では新規プロジェクトに時間がかかりすぎることであり、他の企業に先を越されてしまうことにもなるだろう。社員でプロジェクトを組むのではなく、世界の専門家集団を組み合わせてプロジェクトを完成させるようになるだろう。




こういう試算が出た以上、最大限の対策を立てるのが、原子力をあずかる会社
の責務であろう。経営陣のソロバン勘定で安全対策がないがしろにされた


2018年11月7日 水曜日

「津波の高さの想定を下げろ」原発事故を招いた東電副社長の一言 10月26日 MAG2 NEWS

2011年3月に発生した福島第一原発事故。あれから7年以上の月日が経っていますが、未だ故郷の土を踏めずにいる人々が多数います。その責任はどこの誰が負うべきなのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、事故を巡り東京電力の旧経営陣が訴えられた裁判の内容を詳細に分析し、責任の所在を判断する基準を提示しています。

大津波「長期評価」を歪めた内閣府、対策を怠った東電

福島第一原発事故をめぐる経営者の刑事責任を問う東電裁判で、10月16日の第30回公判から旧経営陣に対する被告人質問がはじまった。

原発の安全対策を担当していたのが、最初に登場した武藤栄元副社長だ。

「想定外だった」と主張し続けてきた東電だが、この裁判のなかで、政府の専門部会による「長期評価」にもとづき、最大15.7メートルの津波が福島の原発を襲う可能性があると、事故の3年前に東電内部で試算されていたことが判明している。

なのに、対策が講じられることはなく、武藤元副社長は「土木学会に検討を依頼せよ」と部下に指示していた。いわば「検討という名の先送りだ。

検察官役の指定弁護士にこの点を問われた武藤氏は「長期評価の信頼性は専門家でも意見がばらつき、報告した担当者から信頼性がないと説明を受けた」と語った。つまり「長期評価を重視しなかったことを明らかにしたわけである。

最大15.7メートルの津波を想定して沖合に防潮堤を建設する場合、数百億円規模の工事費がかかり、工期も4年と見込まれた。

絶対安全ということはありえないが、こういう試算が出た以上、最大限の対策を立てるのが、原子力をあずかる会社の責務であろう。経営陣のソロバン勘定で安全対策がないがしろにされたと疑われても仕方がない。

武藤氏に津波の計算結果を報告した社員の1人は会社の対応について「津波対策を進めていくと思っていたので予想外で力が抜けた」と法廷で証言した。

「長期評価」を重視する社員もいたのに、経営陣はあえて軽んじた。なぜ、その差が生まれるのか。見過ごせないのは、「長期評価に対する政府の姿勢だ。

「長期評価」の信頼度を低める画策が「原発ムラと内閣府の間で進められた形跡がある。

今年5月9日の第11回公判。「長期評価」をまとめた政府の地震調査研究推進本部・長期評価部会の部会長、島崎邦彦氏(東京大学地震研究所教授)が証言した内容は衝撃的だった。

島崎氏の部会は原発事故の9年前(2002年)、「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域のどこでも、マグニチュード8.2前後の地震が発生する可能性があり、その確率が今後30年以内に20%程度」という「長期評価」を公表していた。

地震調査研究推進本部は阪神・淡路大震災後に設置された。文科省の管轄下にある機関だが、総理大臣を本部長とし全閣僚、指定公共機関の代表者、学識経験者で構成される内閣府・中央防災会議の意見を聞かなければならない。つまり内閣府にコントロールされやすい。

島崎氏は部会長として、研究者たちのさまざまな考え方を取りまとめた経緯を法廷で詳細に述べた。地震波解析、GPS、古文書、地質、地形…異なる分野から出された意見をもとに「最も起きやすそうな地震を評価してきた」という。(中略)

実は、「最大15.7メートル」という試算をこの社員が知る前の同年2月、東電社内で、「御前会議」と呼ばれる重要な経営トップの会合があったことが今年9月5日の第24回公判で明らかにされた。

東電で津波対策を担当するセンター長だった元幹部の供述調書が証拠として採用され、検察官役の指定弁護士が次のように読み上げた。

2008年2月、勝俣元会長や武藤元副社長らが出席する『御前会議』で、津波の想定の引き上げで新たな対策が必要になることを報告し、異論なく了承された。

この供述が正しければ、東電トップは新たな津波対策の必要性を2008年2月時点で認識していたということになる。

これについて、武藤元副社長は「津波の説明は受けていない。(御前会議は)あくまでも役員の情報共有の場で、決める場ではない」と答え、元幹部の供述と食い違いをみせた。

「15.7メートル」の数字が出たあと、元幹部は武藤副社長から「なんとか津波の想定の高さを下げられないか」と「指示」されたという。(後略)



(私のコメント)

原発の重大事故は絶対にあってはならないはずなのに、安全対策は十分ではなかったことは、実際に事故が起きたのだから明らかだ。最大15、7mの津波が来る可能性があることが、事故の3年前の東電内部で試算されていた。これは勝俣会長も列席する御前会議でも報告された。

だから東電幹部の言う想定外という発言は嘘であり、先送りにしてしまったから事故が起きてしまった。何度も言うが原発の重大事故はあってはならないことであり、起きてしまえな東電自体も吹き飛んでしまうような問題だ。防潮堤自体は数百億円でできる問題であり、東電からしてみれば大きな金額ではない。

15、7mの防潮堤を作っても、それ以上の津波が来たというのなら同情の余地はありますが、津波対策自体をしていない。勝俣会長も聞いていないというのは御前会議で聞いていたのだから、嘘なのだろう。すべてが他人任せで無責任なのだ。日本は地震大国であり津波大国でもある。

それが絶対にあってはならない原発の安全対策で、津波対策が抜けていたというのは東電の責任は逃れられない。社員は、『武藤氏に津波の計算結果を報告した社員の1人は会社の対応について「津波対策を進めていくと思っていたので予想外で力が抜けた」と法廷で証言した。』ということですが、幹部は明らかに対策を取ろうとはしなかった。

海沿いにありながら高潮や津波対策を取らないのは、海を馬鹿にしたものであり、関西空港も高潮で水没してしまった。しかも地下に電源設備を作っているのはどういう事なのだろうか。どうしても地下に作る必要がるのなら外部から海水が入ってこないような設計にすべきですが、それすらやっていない。

最近では1時間に100ミリを超えるような集中豪雨も珍しくなくなりましたが、河川の堤防は昔のままであり、倉敷市も堤防が決壊した場合のハザードマップまで作っていたのに、肝心の堤防補強工事はやっていなかった。いずれも福島の原発と同じであり、直ぐには災害は起きないと先送りしてきたのだ。

災害が起きる前にやる工事と、災害が起きた時に生じる被害額は比較にならないことが多いのですが、なぜ事前に手が打てないのだろうか。東電もわずか数百億円をけちったばかりに、東日本全体に大きな被害を出しましたが、検察は東電を起訴しなかった。

福島原発災害の裏には政財官の癒着があり、だれもが都合がいいように決着されてしまう。だから災害が起きても誰の責任なのかがわからなくなり、無責任体制だけが残る。しかし直接的責任は東電にあり、「2008年2月、勝俣元会長や武藤元副社長らが出席する『御前会議』で、津波の想定の引き上げで新たな対策が必要になることを報告し、異論なく了承された。」という事だ。




政府は本来国民の信託を得て成立し、法律によって制御されなければならない。しかし、
大部分の共産主義国家は、国民の信託を受けずに、暴力で政権を奪い取っている


2018年11月6日 火曜日

中国は決して民主化しない:ロックの市民政府論に見る本質 11月6日 大原 浩

第2次冷戦(米中冷戦)の過程で明らかになったのは、中国をはじめとする共産主義国家は、どのように取り繕っても、自由主義・民主主義国家にはなりえないということである。ベルリンの壁が崩壊した1989年以降、西側社会は共産主義国家が民主化されるのを忍耐強く待っていたが、その願いは単なるイリュージョンにしか過ぎないことが分かった。

我々西側の民主国家と共産主義国家と一体何が本質的に違うのかを考えるときに、約300年前に発刊された本書が、「本質」をズバリと指摘しているのは驚くべきことである。

法律が無ければ自由は無い

本書で定義される自然状態というのは、実のところエデンの園のような楽園では無い。現在で言えば、アフリカのソマリアやナイジェリアのような市民の殺戮が繰り返される無政府状態の地域。あるいは西部開拓時代のアメリカのように無法者が闊歩し、善良な人々が財産(生命・自由・資産)を脅かされる暗黒時代である。

だからこそ、人々は社会のルールを決め、そのルールに従って国民の財産(生命・自由・資産)を守る統治者の支配に従うことを望んだのである。

誤解されがちだが、(ロビンソン・クルーソーのように絶海の孤島で暮らさない限り)「(何をやってもかまわない)完全な自由」などというものは存在しない。集団の一員として暮らす限り、他人を無視できないが、その他人にも当然「完全な自由」が与えられる。したがって、その他人は、いつでも好きな時にあなたを殺す自由を持っていることになる。

だからこそ「殺人者は罰せられる」という法律があってこそ、あなたの自由は保障されるのである。無政府主義は、人間をとてつもなく不自由にするだけである。「法律」こそが国民の自由を保障するのである。)

政府の横暴どのように止めるか

法の執行機関である政府は本来国民の信託を得て成立し、法律によって制御されなければならない。しかし残念なことに、大部分の共産主義(独裁)国家は、国民の信託を受けずに、暴力で政権を奪い取っている。

例えば、民主主義中国=中華民国(台湾)から暴力で政権を奪い取った共産主義中国は、立法主義がきちんと機能していない(人治主義)国であり、国民の自由も保証されていない。天井の無いアウシュビッツ(ウイグル)の人々を中心に共産党員以外のほとんどの国民が圧政に苦しめられていることを見ても、法律の重要性は明らかである。

国民には政府を倒す権利がある

確かに、国民の信託を受けた政府が本来の目的を逸脱し、国民の財産(生命・自由・資産)を侵害するのは、何も共産主義中国だけでは無い。北朝鮮をはじめとする独裁国家は現在でも多数ある。

そのような、国民の信託を受けていない政府が国民の絶対不可侵の権利(自然権=生命・自由・資産)を侵害した場合には、国民と政府との信託契約は解除され、国民はその政府を打倒し、新しい政府と契約を行うことができるという<契約自由の原則>が本書の肝である。

つまり、<自然権>が犯された中国人民は共産主義政権を打倒す固有の権利(自然権)を持つということだ。

現在、少なからぬ中国人民がその自然権を行使しようとして立ち上がっているが、中国共産党の弾圧はゲシュタポ並みである。また、特に天井の無いアウシュビッツ(ウイグル)は、目も当てられない惨状である。

我々日本人は、このような惨状を直視し、アジアの民主化のために、勇気を持って立ちあがった人々を、応援・支援すべきである。(後略)



(私のコメント)

アメリカの政治家や学者が、中国が豊かになれば洗練された民主国家になるというのは、単なる願望であり誤りだろう。中国に長く住んでいればそれはわかると思うのですが、アメリカは戦前から多くの宣教師を中国に送り込んできたが、中国は暗黒大陸であり、キリスト教は弾圧された。

中国人は頭も良く勤勉な国民だが、家族以外を信用せず一つにまとめる事は難しい。有史以来続いた戦乱がそのようにしてしまったのでしょうが、多くの民族が中国で王朝を開いたが、国家の秩序は長続きせず、多くの王朝が滅んでいった。そして中国に住む人々は人を信用しなくなった。

中国にはヤクザは存在していない。警察そのものがヤクザだからだ。法律があっても守られず、権力者によって恣意的に法律が使われる。腐敗や汚職は当たり前であり、共産党の幹部たちは賄賂をもらって政治をしている。だから比較的清潔な政治家だった温家宝だって数千億円の不正蓄財をしていた。

このような凶暴な民族が、法律を守るわけがなく、法律も権力者によって猫の目のように変えられる。ジョン・ロックの自然状態というのは、「本書で定義される自然状態というのは、実のところエデンの園のような楽園では無い。現在で言えば、アフリカのソマリアやナイジェリアのような市民の殺戮が繰り返される無政府状態の地域。あるいは西部開拓時代のアメリカのように無法者が闊歩し、善良な人々が財産(生命・自由・資産)を脅かされる暗黒時代である。」という事です。

まさに対馬海峡を渡れば、そこは暗黒大陸であり、法秩序よりも感情が支配される無法地帯だ。法律があっても権力者によって勝手に解釈されて恣意的に使われる。そんなことをしていては国民も法を守らなくなり、ロックの言う「自然状態」に近いような世界に戻っていってしまう。

これを洗練された民主国家になるためには、政府も国民も法律を守るというのが一番の大原則なのですが、それが出来なければ民主国家を成立させることができない。法律ばかりでなく約束や合意なども守られることで秩序が保たれますが、中国人や韓国人は騙される方が悪いといった考え方をする。

洗練された民主国家になるためには、国民の一人ひとりが法律や道徳を守る国民でなければ機能しないのであり、自由意思で選ばれる選挙で選ばれなければならない。多くの独裁国家でも選挙のようなことが行われていますが、それは儀式に過ぎず形だけのものだ。

法律というのは国民を守るためのものであり、国民を縛るものではない。だから法律は守られなければならないのですが、暗黒大陸では法律が国民を縛るために使われている。このようなことは政治学や法哲学のイロハですが、野蛮人たちはジョン・ロックの「市民政府論」など読んではいない。これが学校でも教えられているはずだ。

共産主義国家は、「法の執行機関である政府は本来国民の信託を得て成立し、法律によって制御されなければならない。しかし残念なことに、大部分の共産主義(独裁)国家は、国民の信託を受けずに、暴力で政権を奪い取っている。」のであり、政府の正統性に欠けるのです。




リーマンショック後、各国は大幅な金融緩和を行ったが、日銀はやらなかった。
その結果、円が各国通貨に比べて相対的に少なくなったため、猛烈な円高になった。


2018年11月5日 月曜日

デフレ経済で日本を苦しめた、白川元日銀総裁の「許されざる罪」 11月4日 ドクターZ

まったく評価できない

日本銀行前総裁の白川方明氏は、2013年の退任以降沈黙を守っていた。だがこの度沈黙を破り、中央銀行について述べた本を上梓するなど発言の場を増やしている。

白川氏は総裁時代、「2%のインフレ目標を金融政策だけで実施するのは困難」としきりに主張していた。そして実際に達成できていない現状を鑑みて、氏の主張を「予言」と見る向きもある。

ただ一方で、リーマンショック以降のデフレ脱却を妨げた張本人との否定的な見方もある。改めて考えるに、白川総裁時代の日銀をどう評価するのが正しいのか。

筆者としては、率直に言って白川氏を評価することはできない。その理由を述べよう。

まず、2%のインフレ目標に関してだが、達成できなかったのは、'14年4月からの消費増税が原因だと言わざるを得ない。というのも、白川氏が否定的だった異次元金融緩和政策によって、インフレ率はいいペースで上昇していたからだ。

'14年5月には、消費増税による見かけの上昇分を除き、インフレ率は前年比で1・6%まで上昇していた。

消費増税がなければ、'14年にもインフレ目標達成はできたかもしれない。要するに、金融政策だけでインフレ目標2%は実施できる可能性はあったといえる。

そのうえ、白川氏は消費増税に関して賛成の立場を取っている。そのため、金融緩和を行わず消費増税、という選択肢を取ることもあったかもしれない。そうすれば確実にデフレに逆戻りだっただろう。

なぜ白川氏は間違っているのか。それは本コラムでたびたび指摘しているように、金融政策が「雇用政策」であることを理解していないからだろう。

典型的な「デフレ思考」

実際、彼の著書のなかには雇用の話はまず出てこない。

しかも「インフレ目標2%の意味がわからない」といった旨の内容が書かれている。正直なのはよいことだが、そういう人が中央銀行総裁だったと思うと空恐ろしい。

インフレ目標を立てるのは失業率を下げるためだが、失業率は一定の下限があり、それ以降はインフレ率ばかりが上がってしまい、好ましくない状況になる。こうした関係から、インフレ目標は2%と設定されているのだ。

リーマンショック後、各国は失業率の上昇をおそれて大幅な金融緩和を行ったが、日銀はやらなかった。その結果、円が各国通貨に比べて相対的に少なくなったため、猛烈な円高になった。これで苦しんだ企業は多かった。

しかし、「実質為替レートでみたら大した円高でないが、それを言うと叩かれるから放置した」という記述が彼の本の中にある。これには驚いた。実質だけを見るというのは、デフレで実質所得が高くなるからいいだろうという、典型的な「デフレ思考」である。

デフレも円高も、円の相対的な過少状況から引き起こされる現象である。これがよくないのは雇用が失われるからだが、この人には「金融政策で雇用を確保できる」という考えがすっぽり抜けている。だからデフレが悪いものと思っていない節がある。

白川総裁当時、円高やデフレに苦しんだ経営者たちは彼の言葉を聞いてどう思うだろうか。



(私のコメント)

日本経済の長引く低迷は、何が原因なのだろうか。世界経済は比較的堅調に伸びてきたにもかかわらず、日本経済だけが低迷している。おそらくバブル崩壊以降の金融経済政策が間違っていたからだろう。

世界的には常識となっていたようなインフレターゲット政策も日銀は拒否してきた。円の為替相場も1ドル120円台まで戻ったのに、白川総裁が就任すると円がどんどん高くなり70円台にまで行ってしまった。このような円の為替の乱高下が好ましいものではなく、日銀の政策がこのような乱高下を招いた。

それまでは、100円から120円をつけていましたが、白川総裁になってから円が急激に高くなり始めた。長期的に見ればやはり85年のプラザ合意の時の円高が強烈ですが、240円台から一気に120円台にまで円高が進んだ。さらには、90年代から95年頃には160円から80円台まで倍にまで急騰した。

この流れがつかめていれば、FXでも大儲けができたわけですが、中央銀行の金融政策で株価や為替相場を動かすことがある程度できるのだ。つまり中央銀行が日本経済をコントロールできるということであり、日銀て金融政策を見て株やFX投資をしてれば確実に儲かった。

アベノミクスでそれが証明されたわけですが、白川日銀総裁時の政策は引き締めスタンスで円高と株安を招いてしまった。世界中がリーマンショックで金融を緩めていたから引き締めていた円に買いが集まって円高になってしまった。株価も7000円台にまで急落してしまった。

長引くデフレは、消費税増税と政府日銀の引き締めスタンスによるものであり、就職氷河期とワーキングプアが話題にもなった。今では欧米などでの物価高に驚きますが、それだけ日本の物価の低迷と海外の物価高が大きく影響している。上海あたりのマンション価格は日本を上回っているようだ。

日本経済がおかしくなってしまったのは、中国からの安い製品が入ってくるようになり、物価が上がらなくなった。加工食品まで安い中国産が入ってくるようになり、中国からのダンピング輸出に日本政府は何も言わない。バブルの頃は景気がいいのに物価が上がらなかったが、土地と株価だけが上がっていった。

日本には株成金や土地成金がたくさん誕生しましたが、物価が安定していたからそれだけ豊かになった。しかしバブルを潰せというマスコミのキャンペーンでバブル崩壊が起きましたが、バブルは潰すべきではなかった。マスコミが間違った主張をしたからだ。

中国はそれを反面教師として、バブル崩壊を先送りにしていますが、公的資金でうやむやに処理するだろう。中国は独裁国家だからなんでもできる。だから多額の不良債権はどこかに残りますが、中央銀行に集まり人民元の大暴落で終わるだろう。日本の国債も日銀は大量に買って持っていますが、これを売りに出せば円がそれだけ吸収されて円高になるだろう。

昔は金利の上げ下げで金融調節してきましたが、現代では量的緩和か引き締めで金融調節しているが、一般にはわかりにくい。だから株価や為替相場で量的緩和をしているかが分かるのだろう。




米軍と日本などの同盟国は中国の巡航ミサイルを迎撃すると同時に、この防衛ライン
上で中国機を撃墜できるような長距離の防衛システムを構築すべきだと訴えた


2018年11月4日 日曜日

米INF全廃条約破棄の真の狙いは中国抑止 11月1日 ララ・セリグマン

ボルトンが示す2つの道

「太平洋地域の軍事バランスは誤った方向に進んでいる」と、最近まで国防総省で副次官補を務め、現在は新米国安全保障センターで防衛部門を率いるエルブリッジ・コルビーは指摘する。

「中国の軍事力増強は極めて大規模かつ高度だ。われわれは手元に持ち得る全ての矢を使う必要がある」

太平洋地域におけるアメリカの抑止力は現時点では海軍の軍艦と空軍の戦闘機に依存しているが、今後の増強計画では陸軍によるミサイル発射がカギとなる可能性が高い。地上発射型の中距離ミサイルを配備することで、より多彩かつ敵の攻撃に耐え得る軍備を備え、中国の軍事力増強を相殺できると、コルビーは力説する。

ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)も、この路線を推奨しているようだ。彼は11年にウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿でINF条約を破棄するよう提言し、その根拠として中国を挙げた。中国のミサイル保有の急拡大が太平洋地域におけるアメリカおよび同盟国を危険にさらしているという主張だ。

「INFミサイルの脅威を低減させるためには、INF条約への加盟国を増やすか、自前の抑止力を再構築できるようアメリカがINF条約を永遠に破棄するかしかない」と、ボルトンは警告した。

反核を掲げる兵器規制協会によれば、ボルトンが今年春に大統領補佐官に就任する以前、国防総省はINF条約の破棄が中国との競争において有益に働く可能性を否定していた。統合参謀本部のポール・セルバ副議長は17年7月の議会公聴会で、アメリカはINF条約の枠組みにのっとった軍備で十分に対抗できていると語ったという。

「時間は永遠ではない」

もっとも、ハリー・ハリス太平洋艦隊司令官(現駐韓国大使)は今年3月、INF条約が太平洋地域におけるアメリカの優位性を損ねていると警告している。ハリスは上院軍事委員会で「中国は西太平洋における米軍の基地と軍艦を脅かす地上発射型の弾道ミサイルを保有しており、アメリカは中国の後塵を拝している」と語った。「わが国は中国を脅かせる地上配備型の軍備を保有していない。理由はほかにもあるが、主な原因はINF条約にかたくなにこだわっていることだ」

戦略国際問題研究所のトーマス・カラコも、INF条約からの脱退が有益との見解に同意する。「最も直近かつ短期的に影響を受けるのは、陸軍の長距離精密火力プログラムだろう」と、カラコは指摘する。「INF条約の足かせに縛られる必要がなくなる」

地上配備型の防衛システムを重視する主張には先例もある。ワシントンにあるシンクタンク「戦略予算研究センター」のアンドルー・クレピネビッチ所長(当時)は15年、日本やフィリピン、台湾などを結ぶ防衛ライン「第一列島線」に沿って軍備を展開する「島嶼防衛」戦略を提唱した。

彼は、米軍と日本などの同盟国は中国の巡航ミサイルを迎撃すると同時に、この防衛ライン上で中国機を撃墜できるような長距離の防衛システムを構築すべきだと訴えた。つまり、陸軍の砲兵隊を沿岸防衛に使用するという、第二次大戦後に葬り去られたミッションの復活を提言したわけだ。

コルビーも、太平洋地域におけるアメリカの影響力保持の緊急性を訴えている。「アメリカは5年近くにわたってロシアに(INF条約を)守らせようと必死になってきた。時間は永遠にあるわけではない。特に太平洋地域では」



(私のコメント)

INF廃棄条約については、10月27日にも書きましたが、アメリカの狙いは米中貿易戦争よりも、中国の軍事的台頭を防ぐことだ。アメリカにとっても中国の14億人の市場は魅力的だが、GDPでも世界第二位の経済大国になった。自動車でも生産台数世界一の大国となり、アメリカにとっても巨大市場になるかに思われた。

しかし経済大国になれば、軍事力も増強して毎年フタ桁成長を続けている。そして中国はアメリカに対して太平洋の半分をよこせと言うまでになった。中国人の発想は理解しがたいものですが、中国は第一列島線や第二列島線などを防衛ラインとして拡大し始めた。

中国は無数の中距離ミサイルを配備していますが、INF廃棄条約には中国は入っていない。だから中国はやりたい放題のことができた。アメリカが中国に対しての特別な態度は理解しがたいものでしたが、オバマ大統領は戦略的忍耐として中国に対しては寛容な態度をとり続けてきた。

それだけアメリカ政権内部に中国の工作活動が効いてきたということですが、キッシンジャーなどの親中派に対して、中国の王毅外相は彼らを怒鳴りつけたということだ。しかしトランプ大統領は政界とは無縁だった人だから、ワシントンのエスタブリッシュメントたちの意見を聞かない。

中国人の尊大さはアメリカ人を上回るものであり、非常に攻撃的な性格を持っている。中国人の会話を聞いていると喧嘩をしているのかと思うほどですが、それほど自己主張が強く日本人は圧倒されてしまう。しかし攻撃には強いが反撃されるとシュンとなってしまって逃げてしまう。

アメリカが中国を甘やかしてきた結果が、中国をのぼせ上がらせてキッシンジャーに怒鳴りつけるといった王毅外相のような人物も出てくる。キッシンジャーもタヌキだから聞き流したのでしょうが、アメリカの親中派に対してトランプは聞く耳を持たない。

今から思えば、オバマ大統領の戦略的忍耐は、中国をのぼせ上がらせるための罠だったのかと思うほどだ。まさに今回のINF廃棄条約の廃棄は青天の霹靂だろう。もちろん中国を対象とした行動だからだ。第一列島線沿いに中距離ミサイル基地を建設すれば中国は手も足も出せなくなる。

「株式日記」では、台湾にパーシングUを配備せよと主張したことがありましたが、ミサイルによる中国包囲網ができれば中国は少しは大人しくなるだろう。だから中国はミサイル防衛網に対しても強烈な拒否反応を示していますが、アメリカの切り札はMDであり、日本はMDに力を入れるべきだろう。レールガンやレーザー兵器などはMDに向いており、安価にミサイルを打ち落とせる。




中国政府も民間も日本からの援助をまったく無視していた。日本からの経済援助を
中国側の官営メディアは一切伝えない。だから一般国民もまったく知らないのである


2018年11月3日 土曜日

歴史的大失敗!中国の強大化にお金を払い続けた日本 40年にわたる対中ODAが終了、一体どんな成果があったのか? 10月31日 古森義久

「資本家は自分の首を絞めるロープまで売る」──共産主義の始祖レーニンはかつてこんなことを広言した。目先の利益だけを追求する資本家ビジネスマンは、敵となる相手にやがては自分たちを傷つけることになる武器までも売りつけるという意味だろう。

 このたび、日本が中国への40年にも及ぶ巨大な援助、ODA(政府開発援助)の終了を宣言した。この援助の意味を考えると、ついレーニンの言葉が想起されてしまう。日本が中国の強大化にせっせと励んできたのは、結局、日本の首を絞めるロープを与えたということに等しいのではないか。レーニンの語る資本家は潜在敵にロープを「売る」のだからまだよい。日本の場合は、中国にロープを「与えてきた」のだ。

「最大級の失敗」だった対中ODA
 安倍晋三首相の中国訪問を機に、日本政府は中国に対するODAの完全な終了を宣言した。日本国内では「止めるべきだ」という声が大勢を占めるなかで、これまで続けられてきたことのほうがむしろ驚きである。

 日本は40年近くにわたり、合計3兆6000億円の公費を中国に供与してきた。その援助は日本に一体なにをもたらしたのか。どんな利益があったのか。

 結論を先に述べよう。日本側がその援助の供与で目指した目標はまったく達成できなかった。日本側の当初の意図と、援助がもたらした結果の間には、あまりに大きな断層が存在する。だから日本政府の対中ODA政策は日本の戦後外交全体の中でも最大級の失敗だったといえる。失態といってもよいだろう。

 以下ではその理由を説明する。

「賠償」の意味も込められていた
 私は日本の対中ODA政策を20年前から点検してきた。その契機は1998年11月、産経新聞のワシントン支局勤務から初代中国総局長というポストに移り、北京に2年間、駐在したことだった。

 日本の対中ODAの目的とはなんだったのか。

 中国へのODAが始まった1979年当時の大平正芳首相は「日中友好」を強調していた。ODAの供与によって日中関係の友好を推進するという意味である。その後、ODA総額が大幅に増えた1988年当時の竹下登首相は、「中国人民の心へのアピールが主目的」と明言した。これまたカギは「日中友好」だった。

 日本側が「友好」を掲げる背後には、戦争がらみの賠償という要素もあった。第2次大戦で日本が戦った中華民国は日本への一切の戦後賠償の権利を放棄することを宣言した。国民党政権の蒋介石総統の決定だった。その国民党政権を中国本土で打破して、新政権を樹立した中華人民共和国も、それに倣って日本への戦争関連の賠償は求めないことを言明した。

 そのため日本側には、中国へのODA供与には賠償の意味も込められているという認識が存在した。正式な賠償金を支払わない代わりにODAでの埋め合わせをするという潜在的な意識だったともいえよう。

中国の国民はODAの事実を知らない
 だが私は北京に赴任して衝撃を受けた。日本の対中政策の最大支柱であるはずのODA供与の中国側の実態を知ったからだった。

 もしもODAが「賠償」の役割も担っているのなら、中国側もそう受け止めている必要がある。ところが、日本側が官民あげて日中友好への祈りも込めて供した巨額の血税は、なんの認知もされていなかったのだ。中国政府も民間も日本からの援助をまったく無視していた。日本からの経済援助を中国側の官営メディアは一切伝えない。だから一般国民もまったく知らないのである。

 実際には、中国では日本のODAの巨額な資金により全国各地に立派な公共施設が次々に建設されていた。ほんの一部を挙げるならば、北京首都国際空港ビル、北京地下鉄2号線、南京母子保健センターなどである。これらの施設はODA資金のなかでも完全な贈与にあたる無償資金として供されていた。

 だがODA資金によって建設されたことは公にされなかった。華々しい完成祝賀式が催されて来賓者が祝辞を述べても「日本からの援助」などという言葉は一切ない。「日本」という国名さえ出てこない。落成記念の碑文が設置されても、日本への言及はない。建設に関わった中国側の組織がくまなくその名を列記され、謝意を述べられているのに、資金をすべて出した日本は国名さえ出てこないのだ。

 南京母子保健センターの完成祝賀式に招かれた当時の中国駐在の谷野作太郎大使は、日本への言及がまったくないのに驚き、正式に抗議したほどである。だが、それでも中国側の態度は変わらなかった。(後略)



(私のコメント)

中国や韓国は、恩をアダで返すことは書いてきましたが、アメリカにしても日本にしても中国や韓国の膨大な経済援助をしてきた。その意図としては、中韓の市場を豊かにして民主化を進めるためですが、国民はその事実をほとんど知らない。中韓政府としても、政府の政策で豊かになったことにしたいから言えないのだろう。

ならば日本政府自ら、そのことを直接中韓の国民に知らせるようにしたらいい。そのような宣伝活動はしなければ意味がありませんが、中国や韓国には人に感謝するという文化がない。支配するかされるかの世界であり、自分と家族以外はみんな敵なのだ。

それは歴史を見ればわかりますが、中国は絶えず周辺の異民族に侵略されて、逃げるか殺されるしかなかったのだ。特に中国や朝鮮半島はモンゴル帝国に侵略されて民族が入れ替わってしまった。古代中国人と現代中国人とはDNAも異なり、文化もかなり違ってしまったようだ。

日本やヨーロッパは、戦後の復興をアメリカからの援助で復興したことを知っていますが、マーシャルプランやガリオア資金などがそうですが、共産主義勢力の拡大を防ぐ意味もあった。日本や西ドイツはそのためのショーウインドウとなりましたが、共産主義諸国は西側からの情報を遮断してしまった。

共産主義が優れた制度なら、経済的にも繁栄するはずですが、西側との情報を遮断して、政府の流す報道だけでしか国民は知ることができなかった。ところが日本製のVTRなどの普及で西側の繁栄を知るようになるにつれて、情報遮断は効かなくなってソ連の崩壊につながった。そして共産主義の失敗は明らかになった。

中国も同じであり、ソ連崩壊を見て中国は改革開放に踏み切って、アメリカなどからの資本や技術を受け入れて経済発展が促進された。日本もそれに従うように中国などへの経済援助が行われた。ペンス副大統領の演説でも述べられたように、中国の経済発展はアメリカの資本技術援助によるものであり、中国は労働者を提供するだけでよかった。

中国は、経済発展を共産党政府の政策によって発展したことを強調しますが、実態はアメリカからの援助によるものであり、日本からの資本と技術援助も貢献しているが、中国国民はそのことを知らない。アメリカは中国からの輸入を受け入れて中国企業は大儲けをした。中国には有り余る外貨がたまりGDP世界第二位の経済大国になった。

それはアメリカの貿易赤字にもなりましたが、アメリカ経済の空洞化ももたらした。日本からのODAも6兆円もの資金が提供されましたが、中国の経済危機を何度も救ってきた。このような中国への投資フィーバーは日米欧のグローバル企業の利益のためもあったのでしょうが、政治家や外交官たちの利益でもあった。

日本からのODAの援助も、日本の政治家へのキックバックもあり経世会の拡大にもつながった。自民党は親中派の経世会の天下となり、親米派の影が薄くなってしまった。しかし小泉内閣の誕生で日本の対中国外交も変わり、ODA資金は大幅にカットされた。それとともに経世会の勢力も縮小していった。野中広務も引退した。

中国では、政治と賄賂は切り離せないものであり、当然日本やアメリカの政治家にも賄賂は配られたのだろう。しかしトランプは政界とは無縁だったから中国からの金はもらっていなかった。だから米中貿易戦争にも踏み切れましたが、中国はトランプにも金を配るべきだったのだろう。アメリカからの膨大は資金は、アメリカの政界にもキックバックされて配られてきたが、学界や財界の有力者にも配られてきた。




アメリカは、世界の海運の重要拠点に強大な海軍基地を置き、自国の貿易を保護し
続けているのだ。中国は「アメリカの巨大権益を奪う」と宣言していることに他ならない


2018年11月2日 金曜日

元経済ヤクザが読み解く、新冷戦時代の「米朝関係」驚きの終着点 11月1日 猫組長

いまのアメリカが「始まった」瞬間

「トランプ時代」はすでに2013年3月から始まっていたと私は考えている。これは前年に胡錦涛氏(75)の後を受け継いで中国共産党の最高指導者となった習近平氏(65)が、中国の第7代国家主席となったまさにその時だ。

胡錦涛時代の10年間でアメリカの対中貿易額は5倍に拡大、アメリカが中国との関係を戦略的パートナーばかりか「G2」と呼びはじめた流れは、『元経済ヤクザが読み解く「米中新冷戦」の本当の恐ろしさ』https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57974)でも書いた。

国家主席就任3カ月後、当時大統領だったオバマ氏と習氏の米中首脳会談がカリフォルニア州で行われた。その席で、習近平氏は「広大な太平洋には二つの大国がすっぽり収まる空間がある」と、新二大国構想を提言。中国共産党にどれほどの遠謀深慮があったのかはうかがい知れないが、この瞬間、「今日のアメリカ」は生まれたのである。

アメリカを支える経済活動の一つこそ「貿易」だ。海に囲まれた日本人にとってその重要性を軽視する人は多いかも知れないが、海はもっとも安価で、もっとも高速に物流を運ぶ究極の流通路だ。歴史上、海を持たない国が世界の覇権を取ったことがないのは、その象徴と言えるだろう。

ドイツは海を求めてフランスに侵攻し、旧ソ連は不凍港を求めて支配域を広げていった、という解釈は決して間違いではない。だからこそアメリカはマレーシアや、グアム、沖縄といった、世界の海運の重要拠点に強大な海軍基地を置き、自国の貿易を保護し続けているのだ。これを踏まえて習氏の発言を読むと、それは「アメリカの巨大権益を奪う」と宣言していることに他ならない。

それから2年後の2015年、アメリカ国内では今日の対中政策を予見させるような論文が相次いで発表される。トランプ政権の肝いりで新設された「通商製造業政策局」のトップを務めるピーター・ナヴァロ氏の「Crouching Tiger」(邦題『米中もし戦わば――戦争の地政学』文藝春秋)。

90年代後半から親中派としてCIAで中国の軍事研究をしていたピルズベリー氏が、親中派と袂をわかち自らの経験を元に書いた「The Hundred」(邦題『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』日経BP)――そのいずれもが2015年の発売である。

北朝鮮は「日本型」で統治する?

オバマ氏が世界に強いたのは、アメリカの国防費削減のための「戦略的忍耐」というガンジーも驚きの方針で、これは、アジア地域を含めた世界の安全保障の混乱に大きく寄与することとなった。だが、アメリカは2013年の習氏の傲慢な「太平洋二分」宣言から「オバマ方針」に見切りをつけ、わずか2年の間に、次世代の国際戦略ビジョンを作り上げた、ということだ。

この時期、トランプ氏は大統領候補としては、不在に近い扱いだった。しかし、国家戦略という大局から考えれば、オバマ氏の次が「トランプ的なものになる」というのは既定路線だった、ということが、時をさかのぼることで改めて確認できたと思う。

米議会が与野党一丸となって対中強硬策をけん引しているのも、習発言があった13年からの5年間、練りに練った国家戦略の結果である。

5年で戦略を練り、いま、中国との「新冷戦」を選択したアメリカだが、旧ソ連との冷戦以後、今日まで頭を悩ませているのが「軍事費」だ。

国際的な軍事研究機関、ストックホルム国際平和研究所が発表したレポートによれば、2017年のアメリカの軍事費は6098億ドルと世界1位で、2位中国の2282憶ドルと比べても大きな開きがある。兵士や労働者への賃金など「人の安い」中国とアメリカを単純に比較することはナンセンスだが、GDP比で見てもアメリカの3.15%に対して中国は1.91%、とその差は大きい。

ただし、その差の根底にあるのが、アメリカが「世界に防衛網を敷いている」のに対して、中国は自国のみを防衛している、という違いだということは見落としてはならない。

「同盟国はアメリカの安全保障の下で経済成長を謳歌している」という不平等感は、トランプ氏がNATO諸国に対して「防衛費はGDPの4%」を提案していることでも明らかだ。今後アメリカは支出を抑制しながら軍事力を維持する――アジア方面については、同盟国経済規模第2位の日本にも大いに支出して欲しい、という意図も明確だと言えよう。

「日本は、対中国に集中して欲しい」というのがアメリカの本音だ。そこで障害となるのが、北朝鮮の核開発である。対中戦略を併せて考えても北朝鮮の核開発に対抗するには「日本の核武装化」が一番簡単な方法だ。

しかし唯一の被爆国である日本は、アメリカに対して核兵器で報復できる権利を持った唯一の国、とみることもできる。これが、アメリカが日本の核武装をしたくてもできない事情だ。100年の恨みをもって報復される可能性について、彼らは決して排除していない。(後略)



(私のコメント)

国家間の外交は、ヤクザ同士の交渉と同じであり、持っている武力が交渉の重要な手段になる。アメリカと中国の関係も同じであり、中国は太平洋分割協定を持ち出した。アメリカも私もこれは冗談だろうと思いましたが、習主席が外交交渉で持ち出したのは冗談ではなかったようだ。

海を領土と考える中国と、通商路と考えるアメリカとの文化の違いですが、海を領土と考えるのは大陸国家の発想だ。大陸では領土として国境線を設定して、通行するものに関税をかけたりしますが、海洋では海洋に国境を設けず自由航行を認めている。

海洋は、その時の最強の海軍国家が支配することができるから、海を支配するものは世界を制することができるという事ができる。歴史を見ても世界覇権は、スペインポルトガル、オランダ、イギリスと移ってきましたが、海軍国家であり大海戦が行われて海洋支配権が移ってきた。

現代ではアメリカが世界最強の海軍力を持っていますが、中国がこれに挑戦する野心を持つようになってきた。それが習近平の発言になっていますが、とてもアメリカ海軍に挑戦できるような海軍ではない。だから冗談とも思えましたが、オバマ大統領は内心驚いたのでしょうが受け流した。

大東亜戦争は、太平洋の覇権をめぐる日本とアメリカとの全面戦争でしたが、歴史上世界を見ても、アメリカ海軍と全面戦争を戦える海軍を持ち得るのは日本しかない。ソ連も一時は海軍力でアメリカに対抗しようとしましたが、経済的に破綻してしまった。

中国の経済成長でGDPでアメリカに迫ろうとしていますが、アメリカに対抗できる海軍を持とうとしている。しかし海軍力は経済力だけではできるものではなく、ソ連ですらまともな空母は作れなかった。中国の空母も張子の虎であり艦載機も飾り物だ。

しかし中国が恐ろしいのは、技術を盗み出す能力であり、ロシアやアメリカの軍事技術を片っ端から盗み出している。アメリカの親中派勢力がこれに協力した形跡もある。クリントン時代には多核弾頭ミサイル技術が中国に供与された。現在でもハッキングによって中国は軍事技術を盗み出そうとしている。

オバマ大統領は、戦略的忍耐で対応しましたが、アメリカ国民の世論はそうではなかったようだ。アメリカの対中戦略の転換は、ナバロの「米中もし戦わば」とか、ピルズベリーの「China 2049」に現れていますが、アメリカは民主国家なのでこれらの本が政策転換で議会や世論が動いた。

このような事は、80年代のジャパンバッシングなどでも多くの反日本などが出ましたが、アメリカの戦略を知る上では、このような戦略本は無視できないだろう。それと同時に習近平が独裁政治を強化して、「中国製造2025」や「一帯一路」で野心を顕にしてきたことが中国への警戒心を呼び起こした。

安倍総理は、早くから中国包囲網作りで外遊してきましたが、アメリカとの対中政策では一致している。中国周辺諸国にしても南シナ海問題のように中国の侵略的な行動は警戒される。外交で孤立したのは中国であり、アメリカから新冷戦を仕掛けられると、中国は例によって日本に擦り寄ってきた。

中国や韓国は、普段は反日で国内をまとめていますが、経済や外交で窮地に立つと日本に救いを求めてくる。天安門事件の時もそうだったし今回もそうだ。外貨スワップも中国は外貨が豊富なはずなのにスワップを求めるのは、中国の外貨は見せかけなのだろう。




植民地では、子どもたちに読む力、書く力などは要求されません。オーラルだけ
できればいい。読み書きはいい。文法も要らない。古典を読む必要もない。


2018年11月1日 木曜日

外国語学習について 10月31日 内田樹

今は英語教育にとりわけ中等教育では教育資源が偏ってきています。他の教科はいいから、とにかく英語をやれという圧力が強まっています。別にそれは英語の教員たちが望んだことではないのだけれど、教育資源が英語に偏っている。特に、オーラル・コミュニケーション能力の開発に偏っている。何でこんなに急激にオーラルに偏ってきたかというと、やはりこれは日本がアメリカの属国だということを抜きには説明がつかない。

「グローバル・コミュニケーション」と言っても、オーラルだけが重視されて、読む力、特に複雑なテクストを読む能力はないがしろにされている。これは植民地の言語教育の基本です。

植民地では、子どもたちに読む力、書く力などは要求されません。オーラルだけできればいい。読み書きはいい。文法も要らない。古典を読む必要もない。要するに、植民地宗主国民の命令を聴いて、それを理解できればそれで十分である、と。それ以上の言語運用能力は不要である。

理由は簡単です。オーラル・コミュニケーションの場においては、ネイティヴ・スピーカーがつねに圧倒的なアドバンテージを有するからです。100%ネイティヴが勝つ。「勝つ」というのは変な言い方ですけれども、オーラル・コミュニケーションの場では、ネイティヴにはノン・ネイティヴの話を遮断し、その発言をリジェクトする権利が与えられています。

ノン・ネイティヴがどれほど真剣に、情理を尽くして話していても、ネイティヴはその話の腰を折って「その単語はそんなふうには発音しない」「われわれはそういう言い方をしない」と言って、話し相手の知的劣位性を思い知らせることができる

逆に、植民地的言語教育では、原住民の子どもたちにはテクストを読む力はできるだけ付けさせないようにする。うっかり読む力が身に着くと、植民地の賢い子どもたちは、宗主国の植民地官僚が読まないような古典を読み、彼らが理解できないような知識や教養を身に付ける「リスク」があるからです。

植民地の子どもが無教養な宗主国の大人に向かってすらすらとシェークスピアを引用したりして、宗主国民の知的優越性を脅かすということは何があっても避けなければならない。だから、読む力はつねに話す力よりも劣位に置かれる。

「難しい英語の本なんか読めても仕方がない。それより日常会話だ」というようなことを平然と言い放つ人がいますけれど、これは骨の髄まで「植民地人根性」がしみこんだ人間の言い草です。


「本を読む」というのはその国の文化的な本質を理解する上では最も効率的で確実な方法です。でも、植民地支配者たちは自分たちの文化的な本質を植民地原住民に理解されたくなんかない。 だから、原住民には、法律文書や契約書を読む以上の読解力は求めない。

今の日本の英語教育がオーラルに偏って、英語の古典、哲学や文学や歴史の書物を読む力を全く求めなくなった理由の一つは「アメリカという宗主国」の知的アドバンテージを恒久化するためです。

だから、アメリカ人は日本人が英語がぺらぺら話せるようになることは強く求めていますけれど、日本の子どもたちがアメリカの歴史を学んだり、アメリカの政治構造を理解したり、アメリカの文学に精通したりすること、それによってアメリカ人が何を考えているのか、何を欲望し、何を恐れているのかを知ることはまったく望んでいません。

(以下略)

「原住民には法律文書や契約書を読む以上の読解力は求めない」ということを英語教育について書いたら、国語教育でも同じことをしようとしているということを知らされた。

まことに情けない国に成り下がったものである。



(私のコメント)(再掲載)

言葉は自分の考えの表現方法の手段であり、口で話す手段と文章にして表現する方法がある。頭の中で考えるにしても言葉と言う形で思考しているのであり、非言語的な表現手段も例外的にありますが、写真や絵画的なものは表現手段であっても思考手段にはならない。だから思考力を伸ばすには文章表現力を鍛えなければならないだろう。
 
日記をつけるのも、その日に何があってどのように感じたかを書く事でも思考力を鍛える手段になる。しかし作文は一枚の原稿用紙を埋めるのも大変な作業だ。ならば携帯などのメールも文章だからプラスになるかと言うと、文字数の制限などがあり挨拶文などように定型化してしまって思考を固定化させてしまう。
 
テレビなどの討論番組でも、時間的な制約があり、「朝から生テレビ」のような3時間番組でも、10人近くの人が討論するから、一人の人が話せる量は限られる。しかしネットのブログなどは書く量が無制限に書けるし、全世界の人に読んでもらえる。しかしながら日本語は世界の公用語とはなってはおらず、英語が事実上の公用語のようになってしまっている。
 
だから作家なども、英語の小説家がベストセラーを書けば10年はその印税で食べていけますが、日本語だとベストセラーを書いても1,2年程度しか稼げない。村上春樹のように外国語に翻訳されれば世界中から印税が入ってきますが、日本語では国内からしか印税は入ってこない。だから英語を学べというのでしょうが、日本人がいくら勉強をしても英語で小説が書けるわけではない。
 
学術論文なら書けるでしょうが、小説となると文章表現力の問題だから、英語ネイティブ国民でないと難しい。カズオイシグロ氏も英国のベストセラー小説家ですが英語ネイティブであり日本語は話せない。英語は一つの単語が様々な意味を持つから使い方が難しい。27文字のアルファベットでは単語を作るにも制約があるが、漢字を使う日本語は文字数が無限大だから一つの単語に多くの意味を持たせる必要が無い。
 
物を勘定するにも、英語ならワン、ツー、スリーだが、日本語だと数え方が多様になる。例えば「私は自動車を三つ持っています」では意味は通じても日本語にならない。英語を学ぶには英国の文化から学び直さなければなりませんが、英語教育では英国史などは教えない。英語にしてもドイツ語にしても近代言語になったのは16世紀の聖書の翻訳がきっかけとなっており、それ以前には「カンタベリー物語」などの口承伝説くらいしか文学作品らしいものは無い。なぜならば11世紀以来フランス語が公用語だったからだ。
 
英語が事実上の世界の公用語のようになったのは、大英帝国とアメリカ帝国と覇権が英語国が続いたからですが、言語と覇権とは関係があるのだろうか? 英語を学ばなければ高度な近代科学を学ぶ事はできないのだろうか? 最近ではフランス人もドイツ人も英語で国際会議で話すようになり、新興国もエリートは英米に留学した人たちばかりだから、日本の代表だけが英語を話せず壁の花になってしまっている。
 
だから文部省は取り付かれたように英語教育に夢中ですが、成果は上がってはいない。なぜ日本の大学生は英語が話せないのだろうか? 英語が話せなくても近代科学が学べるからですが、ヨーロッパでは翻訳するよりも英語を学んでしまったほうが手っ取り早い。ドイツでも医者は英語が話せますが、英語が分からなければ最新の医療情報が分からないからだ。しかし日本人は英語を学ぶのは難しく翻訳書の需要が高い。
 
つまり専門分野を学ぶ事と英語を学ぶ事は別の次元の問題であり、医学にしても工学にしても物理学にしても社会科学にしても、ある程度専門分野をマスターしてから英語論文を読まないと英語の専門用語が理解できない。日常英会話がペラペラな人でも医学書や工学の技術論文が読めるわけではない。ところが新興国の人は専門分野を自国語で学ぶ事ができない。だから最初から専門用語を覚えなければならない。
 
つまり日本語の専門書を読むことが出来ないような人が英語を学んで日常会話が出来ても、医者や科学者のような専門家になることは難しいだろう。内田氏は、『むかしの子どもが何年もかかって英語の小説を読んだり、英語の映画を見たり、英語の音楽を歌ったりしながら、じわじわと身につけた英語力と比べたときに、その厚みや深みにおいて比較にならない。「英語ができるといいことがある」というアナウンスが始まってから英語力が劇的に低下したことの説明はこれでつく。』と言うのは、英語を理解するには映画や音楽などの文化を通じて学ばないと英語が身につかないと言う事だ。
 
学校で教える英語は教科書英語であり、受験英語であり、だから身につかない。日本語の新聞ですら読まないような人が、英語の新聞が読めるはずが無い。つまり文部省のやっている事は本末転倒であり、内田氏は、『「熟達した日本語の遣い手」というものがありうること、長期にわたる集中的な努力なしには、そのような境位に至り得ないことを人々は認めたがらない。』と指摘していますが、母国語ですら熟達した使い手になれないのに英語が出来るはずがない。
 
言語も一種のイデオロギーであり、英国ではスコットランドもウェールズもアイルランドも固有の言語があったが今では駆逐されて英語が日常言語として使われている。英語は極めて侵略的な言語であり他の弱小言語を駆逐してきた。おそらくフランス語もドイツ語も英語に駆逐されていくのだろう。なぜそうなるのかは内田樹氏が言うようにイノベーション力であり、フィリピンやインドや南アフリカのような二重言語国家はイノベーションに問題が生じる。


小学生の途中で留学したが、英語運用能力が大学入学レベルに達せず、一方日本語では祖父母と会話ができない「セミ・リンガル」になるケースが多い。 2014年9月15日 月曜日 株式日記

大学サイドから見ると、新入生の英語力は年々劣化を続けていることは手に取るようにわかる。子どもたちの国語運用力も同時に低下している。 2013年3月20日 水曜日 株式日記


(English)

In colonies, children are not required to have skills to read and write. If they can speak then it is fine. No needs for writing and reading, No needs for understanding the classics.


Thursday, November 1, 2018

(My comment)

 

Words are a way of expressing own thoughts and ideas, and there are two ways; speaking and writing.

We are using words when thinking in the head. Of course there are some non-verbal expressions; however, pictures or images are way of expression but not a way of thinking. To develop the ability of thinking, we must refine their ability of sentence expression.

 

Writing a diary is one of the methods to train the ability of thinking by writing down what happened the day and what they thought about it. If you try to fill an A4 paper, it is probably tough. What about writing emails via cellphone? There are some limits for the number of characters, so the sentence would be more likely stylized, which makes us stop thinking.

 

Even in discussion programs on TV, there are also restrictions of time. For examples, in three-hour programs such as 'Live TV from the morning', because there are nearly ten participants in the discussion, the amount of time that individual can speak is limited. However, if it is an online blog, we can write as much as we want, and everyone on the Earth can read, but unfortunately, Japanese language is not an official language of the world. English became an official language in nature.

 

That is why if English novelists become bestseller authors, they can eat with those royalties for at least ten years. If it was in Japanese, they can only eat for one or two years. If the book is translated into other languages such as Haruki Murakami, royalties will come from all over the world, but if not, then the royalty only comes from Japan. That is why people say “Study English.” But no matter how Japanese people study English, they are not able to write novels in English.

 

Maybe if it is an academic paper, we can. But in case of novels, it is all about the ability of sentence expression, so it is hard for non-native English speaker. Mr. Kazuo Ishiguro is a British best-selling novelist, but his native language is English and he cannot speak Japanese. English is difficult to use because one word has various meanings. With the 27 letters of alphabet, there are restrictions on making a word, but Japanese, which uses kanji has infinite number of characters, so there is no need to give one word much meaning.

 

When we count things, if it is in English, it will be simply one, two and three. However; there are so many different ways of counting depends on the subjects to be counted in Japanese. For example, if we count three cars, we say “San (means three)-dai”, and when count three dogs, we say “San (means three)-biki”. We have numerous rules of counting in Japanese. In order to learn English, we also have to learn British culture, but English education does not teach British history.

 

Whether it is English or German, it became a modern language when the Bible was translated in the 16th century. Before that, there were no such things like literary except for colloquial legend such as "Canterbury Tales" because French was the official language since the 11th century.

 

English became the official language of the world because of the continuing hegemony of the British Empire and the American Empire. Is there a relationship between language and hegemony? Can we not learn advanced modern science without learning English? Recently both French and German use English at international forum, and only people who studied abroad can be elite in developing countries. Thus, Japanese representative is the only one who cannot speak English and becomes a flower of the wall.

 

That is why the Ministry of Education is obsessed with English education, but it does not go well. Why Japanese university students cannot speak English? It is because they can learn modern science without English. In Europe, it is quicker to learn English than wait for translation. In Germany, doctors can speak English, but it is because if they do not understand English, they are not able to know the latest medical information. However, in Japan, it is hard to learn English and demand for translation is high.

 

In other words, learning specialized fields and learning English is in different dimension. Whether medical, engineering, physics or social sciences, people need to master the field first. Otherwise, even they read English paper; they do not understand the jargons in English. Even people who are fluent in English conversation, they cannot read medical papers and engineering technical papers. However, people in emerging countries cannot learn specialized fields in their own languages, so they must learn technical terms from the beginning.

 

It will be difficult for a person who can speak English but cannot read the Japanese professional book to become an expert like a doctor or a scientist. Mr. Uchida said, "You cannot compared the level of English in terms of depth with children who took long time to read English novels, to watch English movies or to sing English songs. Ever since people start saying, “If you learn English, there is a merit”, the English ability has dramatically declined, and it is all explainable.” It means that to truly understand English, we have to go through its culture such as movies and music.

 

English taught at school is English for textbook or for examination, so we cannot truly learn it. People who cannot even read Japanese newspapers cannot read English newspapers. In other words, what the Ministry of Education is doing is totally wrong. Mr. Uchida said, "There is a someone called proficient Japanese expert. Without intensive efforts over the long period of time, people cannot reach to that level, but people do not want to accept the fact”. If a person cannot become a proficient expert of their mother tongue, how come they can use English?

Language is a kind of ideology. In the United Kingdom, Scotland, Wales and Ireland used to have unique languages but now they are being expelled and English is used as a daily language. English is a very invasive language and has driven down other weak languages. Perhaps French and German will be driven out to English in future. The reason is the innovation power as Mr. Uchida said. Double linguistic countries like the Philippines, India and South Africa will have issues with innovation.




ホームページへ


inserted by FC2 system