株式日記と経済展望

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MGローバーの破たんは法律を破ることもなく行われた
洗練された強奪だった。規制のない資本主義の帰結だ


2005年5月31日 火曜日

道徳のない資本主義の帰結  5月30日 ビル・トッテン

去る4月、イギリスのMGローバーが破たんし、支援先企業を得られずに6千人が失業する見込みとなった。これはイギリス最後の自動車メーカーがなくなるという郷愁的な論調で語られることが多いが、ここで起きたことはもっとも醜い資本主義の手法がとられた一例ということができるかもしれない。

道徳のない資本主義の帰結

 ローバーは一時国有化を経て1994年に独BMWの傘下に入ったが、販売不振からBMWは2000年に解体を決定し、「ミニ」がBMW、「ランドローバー」が米フォードに、そして「MGローバー」はイギリスの投資家グループに売却された。MGローバーを買い取りCEOとなったフェニックス・コンソーシアムのジョン・タワーズが買い取りに支払ったお金はわずか10ポンド(約2000円)だった。

 これを知ったとき私が思い出したのは、経営破たんした銀行に日本政府が巨額の税金を投入し、それから米国の投資会社リップルウッドに売却された旧長銀の買収である。もちろんリップルウッドが支払ったのは十ポンドではなかったが、要はイギリスのハゲタカたちも不透明な条件交渉の中、格安でローバーを買い取ったということである。もしローバーの従業員が同じ条件で買い取るチャンスがあったら、彼らはそれを拒んだだろうか。MGローバーの取締役たちのように会社を略奪し、自分たちの仕事を破壊しただろうか。
 しかしもちろん労働者にそのようなチャンスが与えられたはずはない。MGローバーの破たんは法律を破ることもなく行われた計算され洗練された強奪だった。

 MGローバーは破たんしたが英自動車産業は堅調で、生産される自動車の多くは輸出され、日本のメーカーやプジョー、BMWなどが健闘している。しかしローバーは10ポンドで買い取られてから、生き残りの鍵となったかもしれない新しいモデルを出すこともなく赤字を出し続けた。その一方で4人の経営者は、自分たちに巨額の報酬と役員年金をお手盛りし、価値ある資産をMGローバーから親会社のフェニックスに移していった。

 ローバーの破たんは、政府がビジネスを規制する必要があったことを示していると私は考える。なぜなら10ポンドでローバーを買い取った投機家は、合法的にできるだけ早く多くの利益をあげたにすぎないからだ。ブレアやサッチャー、シカゴ大学を中心に確立された競争と自由市場の有効性を説くシカゴ学派、ブッシュそして小泉政権などが、資本家がするべきことだと挙げていることを投機家は行っただけなのだ。経済は人々が自分の利益のために行動できるように自由放任にしたときに最もうまく機能する、したがって政府の介入は最少か全くないほうがいいという、彼らの思惑通りのことを実行したにすぎないのである。

 従業員や顧客、社会のいずれも考慮されることのない資本家中心の経済理論はまた、現在の主流である規制緩和、民営化、グローバリゼーションを後押しする弱肉強食を正当化するための理論でもある。政府機関が民営化されれば、お金を持つ者がそれを買い取るのは当然だからだ。

 英議会の委員会ではMGローバーの経営者に対する疑惑を追及する公聴会が行われているという。赤字にもかかわらず経営陣向けの年金に巨額の資金が追加されたこと、利益を生んでいたローバーの金融部門やエンジン部門を親会社に移す、つまりその利益をローバー再建に使えないような組織形態にしたことなどが議題となっている。しかしどのような結論が出されるにしろ、職を失った従業員にとってはほとんど意味をなさないだろう。

 かたや米自動車業界に目を向けると、そこでも同じことが行われている。フォード社の会長兼CEOであるビル・フォード・ジュニア氏の2004年度の報酬は、総額で2200万ドル(約23億4500万円)にも上った。報酬の半分はストックオプション(株式購入権)だが、フォード会長と4人の経営トップへの2004年の報酬を合わせると4400万ドル(約47億円)にもなる。

 フォード社の収益は前年比増とはいえ、収益の8割以上をもたらしているのはファイナンス部門であり、ローバーから買い取った稼ぎ頭のランドローバーもガソリンの高騰で今後の低迷は必至だろう。ストックオプションを含むとはいえこの報酬はどうみても正当化できるものではない。その一方でフォード社は米国のホワイトカラー従業員3万2千人のうち約千人を目標に早期退職などのリストラ策を発表している。

 従業員や地域社会に対する責任を負わず、経営者の唯一の目標が自分の報酬を高めることであり、そのためにリストラなどのコスト削減を繰り返す。これが政府の規制、道徳という精神の規制のない資本主義の帰結である。

英ローバー破たん:戦略、最後まで不明確 英製造業の衰退象徴

【ロンドン藤好陽太郎】100年の歴史のある英国の老舗自動車メーカー、MGローバーが7日破たんしたことは、資本、開発力の弱いメーカーは、ブランドだけでは生き残れないことを象徴している。一時は日本のホンダと資本提携もしたが結局は解消し、戦略が不明確なことが最後まで足かせとなった。MGローバーは唯一残った英国資本の自動車メーカーで、英国製造業の一層の衰退を浮き彫りにしたともいえそうだ。

 今後、買収者が現れない事態が予想され、市場関係者から景気への影響を懸念する声が強まっている。英国は総選挙を控えており、低失業率など好調な景気を前面に掲げる政府と与党・労働党にショックが広がっている。

 ローバーの生産台数は03年に17万台と少ない。だが、ブランド力と技術力が評価されていた。一方で、規模のメリットが享受できず、生産性の低さが問題視されていた。

 ローバーは過去、何度も経営危機に陥った。70年代には一時国有化され、80年代には、英航空機メーカー、ブリティッシュ・エアロスペースが買収した。ホンダとの資本提携もしたが、94年にはドイツ自動車大手BMWが買収した。

 しかし、「一部のファンしか買わない」状況を改善できず、赤字を垂れ流し続けた。00年には、英国の投資家グループ、フェニックス・コンソーシアムがローバーをわずか10ポンド(約2000円)で買収した。それでも、自力再建できず、04年に中国の上海汽車集団と支援交渉を始めたが、今回、決裂し、破たんした。

 ローバーはバーミンガムの工場に6000人の従業員を抱え、関連の部品産業を含めると2万人規模の雇用を抱えている。英国には、製薬、航空機という世界トップレベルの高付加価値産業があるものの、自動車産業の足場がなくなれば、製造業を軸とした技術力の一層の衰退は避けられない。

 英政府は引き続き、ローバーを支援していく構えだが、過去20年に所有者が3度も変わっているだけに、「救済者は現れない」との指摘も出ており、苦しい展開が予想される。

毎日新聞 2005年4月9日 東京朝刊


(私のコメント)
英国の大手自動車メーカーのMGローバーが経営破たんして解散しますが、これで英国資本の自動車メーカーが無くなることになる。市場原理主義を米英のように徹底すれば英国のように自国資本の自動車メーカーも無くなっても当然なのだろう。やがては同じ市場原理主義の国のアメリカからも自国資本の自動車メーカーは無くなるかもしれない。

英国にしてもローバー社を国有化したりBMWに売却したり再建を図りましたが、どれも上手くいかずに、売れ筋商品のミニやランドローバーは他のメーカーに売却され、抜け殻だけが残されてハゲタカ投資家に解体されていった。かつては英国には世界的名車が数多くありましたが、アメリカやドイツの車に市場を奪われていった。

一時はホンダとの資本提携でホンダ車のライセンス生産を行っていましたが、BMWに買収されてホンダとの提携は終わった。MGローバーの一番の欠点は製品開発力を無くしてしまったからで、ブランドだけでは売れない商品なのだ。しかし6000人の従業員と関連産業を入れれば20000人もの人が失業してしまうから影響は大きい。

自動車産業は戦略商品だから世界各国で自動車の国産化を進めている。自動車産業は裾野が広い産業だから自国資本のメーカーが無くなることに英国は有効な手を打てなかったのはなぜか。アメリカと同じように優秀な人材が航空機や軍需産業に行ってしまい自動車産業にはデモシカ的な人材しかいなくなってしまったのだろう。

新車を開発するには巨額の費用と多くのエンジニアを集めて開発しなければなりませんが、売れなければ新車開発体制が無くなってしまい残るのはブランドだけになる。日産にしても売れ筋商品のブルーバードやサニーが売れなくなってルノー傘下に入った。日産の売れ筋の車が売れなくなったのは会社のトップに経理畑の人物がトップになり、魅力的な車が作れなくなったからだ。

自動車会社も成熟化するにしたがって技術畑のトップから経理畑の人材が経営するようになり、利益第一で個性のない平凡な車を作るようになる。アメリカのGMやフォードも個性のない大型車ばかり作るようになりガソリンがこれだけ高くなったのに燃費は最低だ。どうして燃費のいい小型車が作れないのか不思議なのですが、日本のメーカーに敵わない。

韓国や中国も自動車の生産に力を入れていますが、技術開発力はどうなのだろうか。韓国自身は国内市場が小さくて限界があり、中国もメーカーが乱立してとても技術開発に力を入れる状況ではない。だから韓国や中国の自動車はエンジンなどの主要部品は日本製などで作られているようだ。

自動車産業もグローバル化が進んで世界で残る自動車メーカーは十社程度になるだろう。EUにしてもドイツ、フランス、イタリアなどのメーカーが残り英国は競争に敗れた。ローバーはその象徴ですが、国策として一社ぐらいは残すべきではなかったかと思う。もしホンダとの提携が続けられていればライセンス生産で会社は生き延びられたかもしれない。

最終的にはたった2000円で投資家グループに売却され切り売りされて破綻しましたが、6000人の従業員は失業者として放り出された。イランや中国の企業が買い取る話もありましたが結局は買い手は現われず解体されるようだ。新車開発の技術力が無いから仕方がないのでしょうが、日本も明日はわが身と考えるべきなのだろう。




中国の反日が強まれば強まるほど安倍次期首相に傾く
中国のリスク、8割が今後の日本経済への悪影響を懸念


2005年5月30日 月曜日

<風雲急を告げる北東アジア情勢(その17)> 5月28日 太田述正コラム

(4)中共による謀略は成功するか
 中共による対台湾謀略はさしあたり失敗に終わった、と私が見ていること
は既に(コラム#717、718)でご説明しましたが、二度にわたる、それぞれ様
相の異なる反日行動からなる対日謀略も、失敗するであろうことは目に見え
ています。
 台湾におけるあい拮抗する与野党勢力や、日本における自民党と公明党の
微妙な連立関係とこれまたあい拮抗する首相靖国神社参拝への世論の賛否
が、外国に謀略の余地を与えていることは否定できません。
 しかし、台湾謀略の時もそうでしたが、中共による、飴と鞭の交互使用及
び善玉悪玉峻別的アプローチは、幼稚すぎて、自由・民主主義が成熟した国
の市民には効果が殆どありません。自由・民主主義の成熟度において台湾に
比べて一日の長がある日本に対して、こんな謀略を試みるとは、呆れるほか
ありません。
 飴と鞭の交互使用とは、温家宝首相の新対日政策発表(コラム#691)が
飴、反日デモの形での反日行動の実施が鞭、その後の対日関係修復姿勢が
飴、そして今回のドタキャンの形での反日行動の実施が鞭、といった具合に
飴と鞭を交互に使用するものです。
 また、善玉悪玉峻別的アプローチ(http://www.nytimes.com/2005/05/24/
international/asia/24cnd-china.html?pagewanted=print。5月25日アクセ
ス)とは、中共から見て、加藤紘一ら旧ハト派や公明党、そして民主党等の
野党、更には経済界が善玉であり、小泉政権が悪玉であり、善玉を支援し悪
玉を叩くというものです。
 そして、この両方でもって、中共のねらいの実現を図るわけです。
 遺憾ながら、中共のねらい通りの言動を行う政治家が出来していることは
事実です。

 ドタキャン事件の後、自民党内からは、小泉内閣でかつて官房長官を務め
た福田康夫議員まで小泉首相を批判した(http://news.ft.com/cms/s/
0a09922e-ccac-11d9-bb87-00000e2511c8.html。5月25日アクセス)ばかり
か、加藤紘一元自民党幹事長に至っては、中共の対日戦略と戦術を褒め称え
る(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-snub24may24,
1,7066783,print.story?coll=la-headlines-world。5月25日アクセス)始末
ですし、公明党の神崎代表は、明確に小泉首相に参拝自粛を求めました
(http://www.asahi.com/politics/update/0526/001.html?t1。5月26日アク
セス)。また、民主党の岡田代表は、自分が首相になったら靖国神社は参拝
しない、と断言しました(NYタイムス上掲)。
 しかし、戦略的思考のできない国際感覚ゼロのこれら政治家(注29)が、
世論の支持を集められるとは思えません(注30)。

 (注29)神崎氏は、公明党を代表して発言していること、そもそも公明党
    の母体である創価学会は靖国神社どころか、神道そのものに敵対的
    であること、からやや事情を異にする。
 (注30)NYタイムスhttp://www.nytimes.com/2005/05/25/international/
    asia/25cnd-china.html?pagewanted=print。5月26日アクセス)が
    引用する米国人の研究者Robert Dujarricは、今回のドタキャンにつ
    いて私とほぼ同じ結論に達しているのに対し、FT(上掲)が引用す
    る東大教授で国際関係論の田中昭彦は、自民党べったりの学者だ
    が、本件では中共側の肩を持って小泉首相を厳しく批判している。
    改めて、日本の学者、特に文系の学者のレベルの低さを憂える。

 それどころか、首相になっても靖国神社に参拝すると事実上言明した安倍
晋三自民党幹事長代理(http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/seiji/
20050428/20050428a1230.html?C=S。5月26日アクセス)が次の首相になる可
能性が一層高まったと見るべきでしょう(http://www.nytimes.com/2005/05/
24/international/asia/24cnd-china.html?pagewanted=print前掲)し、公明
党も靖国問題程度では、自民党との腐れ縁は絶てないことでしょう。
 日本の世論に目を転じると、5月中旬に実施された世論調査によれば、92%
が中共が支那での反日行動によって生じた損害について謝罪も補償もしない
ことに不快感を抱いており、77%が天然ガス油田や尖閣問題でもっと中共に強
く当たるべきだと考えています(NYタイムス上掲)(注31)。

 (注31)ちなみに、首相の靖国神社参拝を是とする者は48%、否とする者は
    45%だった。

 経済界でも中共への警戒心が高まっています。
 先般の支那での反日行動の後に実施された帝国データバンクによる、5,906
社を対象とした調査によれば、三分の二が支那に投資することに懸念を持っ
ており、支那への具体的投資計画を持っている社の約30%は投資の延期を考慮
していることが分かりました(NYタイムス上掲)し、反日行動の一環として
不意打ちのストをくらったユニデン(コラム#702)は、海外工場は中国だけ
に集約してきたのですが、今後は第三国にも分散設置することにしました

(http://www.asahi.com/business/update/0526/039.html?t5。5月26日アク
セス)。
 以上から、郵政民営化がどうなるかにもよるものの、小泉首相が靖国神社
参拝を行った場合に、中共が望むような政界再編が起きる可能性はまずな
い、と言って良いでしょう。

TDB景気動向調査( 特別企画 )〜中国のカントリーリスクに対する影響調査〜

8割が今後の日本経済への悪影響を懸念 特に、「運輸・倉庫」「卸売」「製造」業界で先行き懸念高まる

中国のカントリーリスク、8割が今後の日本経済への悪影響を懸念
 中国のカントリーリスクの高まりによる今後の日本経済への悪影響について尋ねたところ、「懸念している」と回答した企業は「分からない/不回答」(3,629社)を除く6,906社中5,490社(構成比79.5%)と約8割を占めた。
このうち、「大いに懸念している」と回答した企業が同13.5%(932社)、「多少懸念している」と回答した企業が同66.0%(4,558社)であった。
 具体的には、「アメリカ以上の貿易実績がある現在、悪影響が無いはずはない」(倉庫・貨物取次業、千葉県)といった声が聞かれた。
 一方、「懸念はない」と回答した企業は1,416社、同20.5%であった。このうち、「懸念はほとんどない」とした企業が同17.1%(1,183社)、「懸念はまったくない」とした企業が同3.4%(233社)であった。


(私のコメント)
最近の中国の諜報機関が日本の国民世論を読み違えていると何度か指摘しましたが、
たしかに中国の言いなりの政治家もいるし、中国のプロパガンダをそのまま記事にする新聞やテレビ局もある。しかし最近の国民世論は中国に対する嫌悪観は強くなる一方だ。こうなるといくら加藤紘一や岡田民主党代表がなんと言おうが朝日新聞やNHKがなんと放送しようが無駄な努力だ。

中国の副首相が日本の首相との会談をドタキャンしようが、日本大使館に石を投げつけようが、そうせざるを得なくなるのはみんな日本に責任があると言われては、日本国民世論も硬化する一方だ。中国人はドタキャンも石を投げるのも愛国無罪なのだろうか。中国政府自らの反日教育で国内の経済に悪影響が出てきているが、今の状況では中国に投資をするわけにはいかないだろう。

太田氏が指摘しているように飴と鞭の策を交互に繰り返して相手を手懐けていく方法は、以前なら効果はあったのでしょうが、政治家やマスコミにはそれでよくても、日本国民の世論は一筋縄ではいかない。中国よりの発言をする国会議員には非難が集まるし、ネットの掲示板などでも叩かれる。トヨタの奥田会長にも批判が集まり車の不買運動すら起きている。

このように世論の風向きが変わってきたのは、米中対立が再び高まってきたことと、サッカーのアジアカップなどの反日暴動や今回の反日デモで大きく報じられたことと、ネットなどでの反中国感情や世代交代による若い世代からの反発などが目立ち始めたからだ。なぜ日本の政治家が中国へ土下座外交を繰り返すのか利権目当てであることは明らかだ。

【正論】初代内閣安全保障室長 佐々淳行  責任は愛国教育と土下座外交にあり

≪「内憂」の「外患」への転嫁≫
 中国各地に燃え上がった反日運動に中国側は、「責任は日本にあり」「小泉総理の靖国参拝が諸悪の根源」「海底ガス油田試掘は重大な挑発」「まだ文書による謝罪をしていない」等、一方的に日本非難の公式見解を繰り返し、一向に謝ろうとしない。

 中国側の高飛車な姿勢に日本国民は怒っているが、日本側は政治も外交もホンネを言いそびれている。だから筆者が国民に代わって言おう。日本側に責任はない。全責任は中国指導部と警備当局にあり、その最大の責任は江沢民前主席にある、と。

 江沢民前主席は、人民解放軍と文化大革命も知らないポスト天安門の若い世代の支持を得るため、日本を悪者に仕立て、独裁者の常套(じょうとう)手段である「内憂」の「外患」への転嫁を十数年続けた。

 「頭は共産主義、体は資本主義」という自己矛盾に満ちた一国二制の捩(ねじ)れ現象が生み出した貧富の差、汚職の横行、都市部と内陸部の格差拡大、権力の腐敗などへの不平不満、体制批判を、日本の「靖国」「教科書」「南京虐殺」等のせいにしたのだ。ネットも反体制エネルギー吸収のため活用した。

 サッカーアジア杯重慶大会や、いま連日、北京や上海で「愛国無罪」と叫んで暴れている群集心理に酔った集団ヒステリー状態の暴徒の姿は、三千万人の犠牲者を出したといわれる、あの文化大革命の「造反有理」と絶叫する紅衛兵の姿にそっくりである。

 中国は日本の歴史認識や教科書問題に内政干渉する前に、「文化大革命」を一切封印し、「天安門事件」とともに中国の歴史から抹殺しようとしている中国共産党の偏った歴史観と反日愛国教科書こそを反省すべきだ。

≪未来志向は何処へ行った≫

 ここまで中国を付け上がらせてしまった日本側に責任があるとすれば、それは自虐的土下座外交を続けてきた外務省のチャイナスクールと、それを容認し、江沢民前主席の反日外交、反日愛国教育に屈従した親中派の政治家と、そして迎合的自虐的反日批判を続けてきた朝日新聞などのマスコミにある。

 日本政府の対外広報も同罪だ。なぜ長い間、天皇や歴代総理が謝罪した事実や、三兆三千億円に達する政府開発援助(ODA)や平和日本の現状を十三億人民に知らせよと言わなかったのか。

 最近筆者は先方から請われて、ある中国要人と会談した。果せるかな、彼は舌鋒(ぜっぽう)鋭く「急激な日中悪化はすべて小泉総理のせい。これまですべてうまく行っていたのに、小泉総理は竹島問題で韓国と、拉致問題で北朝鮮と、そして靖国・教科書問題、国連常任理事国入りなどで中国を敵に回している」とまくしたて、「貴見如何」と問うた。

 筆者は「言責一切、浪人である私にある」と断った上で、次のように述べた。

 私は日中国交正常化の折、右翼から中国側を守り抜いた警察庁警備課長であり、天安門事件での直言では人民解放軍副総参謀長だった徐信元帥から「真の友」といわれた。爾来、日中友好の“井戸掘り”の一人と自任しているが、この際あえて言う。周恩来、トウ小平時代は「過去を忘れ、未来を志向しよう」というのが日中友好の流れだったはず。それを変えたのが江沢民時代の反日愛国教育だ。

≪未来永劫責任負わすのか≫

 中国も教科書で人民に「文化大革命」や「天安門」、日本のODA拠出、天皇や歴代総理の謝罪の事実を教えるべし。総理の靖国参拝については、どこの国でも国のため戦死した兵士たちを弔うのは当然のことである。

 歴史認識については、私たち昭和一ケタ世代は終戦時十代で、中国やアジアを侵略したり、南京で中国人を殺したりしたこともないが、父の世代の過ちと不利な遺産は我慢して相続し、謝り、損害も償ってきた。だが、何の罪もない子供や孫に未来永劫責任を負わせる気は毛頭ない。私たちの世代で悪循環を断とう。

 日本での中国人犯罪は、日中関係悪化の一因だ。「蛇頭」など真剣に取り締まれ。六カ国協議については、アジアの平和のため真剣に金正日を説得し、朝鮮半島の非核化を実現すべし。なぜなら「核武装した反日・南北統一朝鮮」は日本の悪夢であり、それが現実化したとき、日本の世論は一夜にして「自衛のための核武装論」に転じること必定である。中国は「中朝軍事同盟第二条」の即時参戦条項を削除して北朝鮮を牽制(けんせい)してほしい。

 中国要人は黙って聞いていた。国際社会では、率直にホンネを語る者こそが尊敬されるのだ。(さっさ あつゆき)




「東京裁判は誤りで戦犯は無罪だという世論を多数化する
情報工作に民放の電波が動員される」と嘆く反日左翼


2005年5月29日 日曜日

森岡発言の政治 − 用意周到な情報工作と責任不問の既成事実 世に倦む日々

《 中国外務省の孔泉報道局長は27日、談話を発表し、森岡正宏厚生労働政務官が「(A級戦犯は)日本国内ではもう罪人ではない」と発言したことなどに対し「強烈な憤慨」を表明した。孔報道局長は森岡政務官の発言を「個人的でも、偶発的でもない」と指摘。小泉政権への不信感を強めていることを示しており、中国が今後、対日姿勢を一層硬化させる可能性が高い。局長は発言を「国際正義と人類の良識に対する公然たる挑戦」と非難。「日本軍国主義の野蛮な侵略によって被害を受けた国民の感情を深く傷つけるものだ」と激しく反発した。その上で「東条英機(元首相)をリーダーとするA級戦犯は世界平和と人道に対する歴史的罪人」と断定し、極東軍事裁判(東京裁判)の結果を「戦後国際政治の基礎」と、断固として尊重していく立場を強調した。また「日本は国際社会で責任ある役割を演じられるのか疑問だ」と述べ、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りを強く牽制した。(27日共同) 》


この孔泉報道官のコメントは正鵠を射たものである。特に森岡政務官の発言を「個人的でも、偶発的でもない」と指摘している点と、東京裁判の結果を「戦後国際政治の基礎」と位置づける歴史認識の二点が的確である。東京裁判については別稿で詳論したいが、われわれが学校で習う歴史教育において東京裁判は基本的にこのように位置づけられているはずである。東京裁判に対するこの歴史認識は日中で共有しているものであり、日中韓三国で共有しているものであり、アジアと全世界で普遍的に共通のものである。この歴史認識の下で国際連合の正統性が根拠づけられ、今日の世界の基本的な支配秩序が正当視される。この基本認識の外側に身を置く者は、ファシストと呼ばれたり、軍国主義者と呼ばれて貶損される異端的立場を甘受しなければならない。東京裁判をめぐる歴史認識がどれほど自由であっても、国家の外交政策や教科書記述となれば、どの国の政府もこの基本認識の拘束から離脱できないのである。

森岡発言の計画性と組織性の問題に注目したいが、非常に用意周到に感じるのは、この発言が26日午後の自民党代議士会でなされ、そして午後4時頃の官房長官記者会見で「政府の一員としての話ではない」という弁解が与えられ、さらに午後5時半頃の総理大臣の記者談話で「今そんな発言を取り上げてもしようがない」という曖昧化の処置が施されたことであり、これら一連の発言が夕方から夜にかけての各局テレビのニュース番組でワンセットになって報道されたことである。特にNHKの7時のニュースが華麗なショートパッケージを作って見せていた。ほんの少し政治に敏感な者が見れば、これが偶然ではなく仕組まれたヤラセの政治芝居だということは一目瞭然であろう。脚本が全部できていて、森岡と細田と小泉が役を演じ台詞を喋って、それをテレビカメラが収録してニュースクリップのパッケージにしているに過ぎない。NHKのニュースでは、森岡が登壇するところから始まって、肝心な部分が音声入りでそのまま放送された。

安倍晋三が予め手を回してNHKで放送させるべく全てを仕組んだのである。森岡正弘に台本を渡したのは安倍晋三だ。政務官という微妙な立場を巧みに利用して、中国政府に対して牽制攻撃を仕掛けているのである。前日25日午前の記者会見で、細田官房長官は呉儀副首相の会談キャンセル問題について「生産的でないからコメントは差し控える」と言っている。中国を刺激する政府としての公式発言は控えたという意味だが、政府の公式発言は控えたが、政府末端で立場を曖昧にできる政務官を利用して中国政府にブラフをかける戦術に出たのである。中国と野党を挑発牽制しているのであり、マスコミを利用して宣伝を図っているのである。民主党は森岡正宏の罷免要求を出したが、この問題で国会が紛糾する様子はない。結局のところ責任問題にはならず、政府幹部の暴言がまかり通って責任を問われないという既成事実が固まりつつある。この程度の発言なら問題ないという政治実績を右翼側が占取することになる。

十年前なら野党が猛反発して国会は審議中断に追い込まれ、間違いなく森岡本人は更迭されただろうし、自民党の中からも任命責任を追及する声が上がっただろう。政局になったはずであり、官邸と党執行部は更迭で事態を収拾したはずである。ここまで過激な右翼的暴言を吐く場合は、事前に派閥の領袖との間でカネとかポストとかの見返りの了解ができていて、罷免覚悟で政局の騒動を起こしたケースが殆どだった。現在は無風で野党は黙過していて、声を上げているのは中国政府だけである。郵政民営化問題などよりこちらの問題の方がはるかに重大な問題で、また国民の関心も高い事件であるのに、森岡発言の暴挙に対して正面から立ち向かう言論が国内に出て来ない。逆に森岡発言を正当化したり補強したりする佞論ばかりがマスコミに溢れ返る。週末の政治番組を皮切りにして、国内では右翼による東京裁判矮小化キャンペーンが続くことだろう。東京裁判は誤りで戦犯は無罪だという世論を多数化する情報工作に民放の電波が動員される。


中国における対日重視 − 王毅、唐家旋、江沢民、ケ小平 世に倦む日々

記事にあるように国務委員の唐家旋は中国政府の外交を統括するトップである。日本語が堪能で、外相の前は駐日大使だった。唐家旋の日本語を覚えている者も少なくないと思うが、その辺りの若い日本人よりもはるかに水準の高い完璧な日本語を話していた。中国の現在の党と政府の指導体制がどのような序列構成になっているのか不明だが、私の見たところでは唐家旋は恐らく胡錦濤よりも上だ。内政には権限を持っていないが、江沢民の下で事実上の序列No.2ではないか。江沢民が死ねば胡錦濤が全ての権力を掌握するのかも知れないが、江沢民が生きている間は、ポストは無役であっても江沢民が全権を握っている。その下に唐家旋がいて外交を差配し、その下に胡錦濤がいるのに違いない。現在の江沢民は嘗てのケ小平と同じであり、ケ小平が胡耀邦と趙紫陽の二人を自分の下で使ったように、江沢民は胡錦濤と唐家旋の二人を使って政治をやっているように見える。

首相の温家宝や外相の李肇星は、見た目にもかなり格下の存在であり、政策の決定は唐家旋と江沢民がやっている。唐家旋は日本大使時代は有能な官僚というイメージだったが、外相を務めた後半からすっかり大型の政治家になった。唐家旋が自分の後継者として据えているのは、これも誰が見ても分かるが、現在駐日大使である王毅で、王毅はそれほど遠くない時期に外相に就任するのは確実であり、さらに胡錦濤後の国家主席に抜擢される可能性も十分にある。中国の政界を見渡したとき、大型の政治家と言えば、江沢民と唐家旋と朱鎔基の三人しか見当たらず、このうち朱鎔基は江沢民との長年の権力闘争に敗れて、完全に政治の実権を失った。江沢民の人脈で党と政府を完全に固めた現在、朱鎔基の復活は難しいだろう。唐家旋は江沢民に抜擢された男であり、権力への野心はない。話が反日デモから脱線するが、こうして中国の指導部の顔ぶれを見ただけでも、中国の日本重視が並々ならぬものであることが窺える。

江沢民も(堪能ではないが)日本語ができる。王毅も日本語ができる。江沢民は英語とロシア語と日本語ができる。中国では日本語ができない人間でなければ権力の中枢には近づけない。外相の李肇星も、首相の温家宝も、そして国家主席の胡錦濤も英語はできる。胡錦濤の英語は堪能である。が、英語はできるが日本語はできない。両方が要るのだ。日本語重視、日本重視。これは恐らくケ小平の指示であり、党中央への遺訓なのに違いない。王毅は半年前まで外務次官で、あの桧舞台である六カ国協議のホストをやっていた男である。日本大使になって赴任した報を聞いて驚いた。普通に見れば外務次官が大使になるのは降格だからだ。だが、中国の並々ならぬ対日重視は、中国の切り札であるこの男を大使として東京に派遣した。日中が難局にあるからであり、王毅の実力を日中関係改善に注がせようとしたのであり、また別の意味で言えば、日本大使は中国の権力者に上る階梯の必須の要職なのである。

今回の反日デモは唐家旋と江沢民の政治であり、二人の意思決定であると私は見る。小泉首相の靖国神社参拝と日本の右傾化は、対日重視の中国としては、対日重視政策でここまで来たからこそ、絶対に許容できない国家の非常事態であり、矯正と原状回復が必要な問題なのだろう。中華人民共和国の原点は抗日解放にある。そこが言わばピルグリムファーザーズの建国神話であり、国家の出発点である。そして現在の中国があるのは周恩来の日中友好とケ小平の改革開放による。経済建設はケ小平が日本と組んで、日本と二人三脚でここまでの国にした。北京へ行くと実感することだが、そこにはケ小平が生きている。ケ小平の意志の下に国家が運営されていることが、天安門広場を歩いただけでよく分かる。ケ小平がパートナーとした日本は平和憲法の下で技術立国となった日本であり、右翼国家主義が支配する驕慢な日本ではなかった。ケ小平は中国共産党の革命家でもあり抗日解放の闘士でもあった。唐家旋も江沢民もケ小平を見ているのである。


(私のコメント)
ネットでグーグルをよく検索していますが左翼のブログはあまり見かけない。中国のことを検索していたら「世に倦む日々」のサイトを見つけたのですが、中国の政権内部の様子が良く書けている。中国や靖国問題に関するものを読んでいると日本側の視点というよりも中国側の視点から問題を論じている。ブログのオーナーが中国人ならわかりますが日本人だとすると中国政権内部のことに詳しすぎる。

たぶん日本人だとしても情報源に中国側の人がいるのかもしれませんが、中国政府が日本をどのように見ているかを知るには、このような左翼のブログが参考になる。しかしながら「世に倦む日々」のサイトの主力のコンテンツは本と映画と野球がメインのコンテンツであり、政治関係の評論はメインではないようだ。

左翼のサイトで有名なのが評論家の森田実氏のサイトや天木直人氏のブログなどを見ていますが、一般の人のサイトやブログは論客が少ないせいかグーグルで検索しても数自体が少ない。BBSや掲示板の世界でも「2ちゃんねる」を始めとして右翼的な論調が数としては多い。日本全体が右傾化しているからで、テレビでも「たけしのTVタックル」など過激な右翼的発言が国民の喝采を浴びている。

「世に倦む日々」でも森岡発言を10年前なら政務次官の首が飛んでいたはずですが、中国政府や彼らの手先である朝日新聞が騒いでも、国民の反応は鈍く中国に対する国民の反感は強まるばかりだ。北朝鮮の日本人拉致問題など日本の右傾化に大きく貢献しているのですが、強く出れば日本は土下座してくるという状況ではない。

中国政権内部でも日本に留学して日本語も出来る要人がたくさんいる。王毅、唐家旋、江沢民など日本に留学したか日本語を学んで出世した人たちだ。しかしながら日本人の国民性や日本の政治状況など正しく分析していないのはなぜなのだろう。今どき反日デモを仕掛けても中国に対する感情を悪くするだけだ。

朝日新聞もNHKも親中国の姿勢は崩していないが、それがかえって国民の不信を招き政治的に偏っていると見られてしまう。逆に右翼的な産経新聞やフジテレビが元気よくなってきている。このように流れが変わり始めるとなかなか元に戻すのは大変であり、だからこそ左翼のブログやサイトもがんばって欲しいのですが、「世に倦む日々」でも次のようにぼやいている。

《 政治関係のテーマはアクセスが少ない。日本人はすっかり政治への関心を失い、政治を考えるインテリジェンスを喪失し、政治的思考においてインポテンツになった。言い方が少し妙かも知れないが、政治系のコンテンツは最早商売にならない。北朝鮮の経済制裁問題で若干アクセスがあったが、手応えが弱い。Exciteのニュースページで芸能ニュースが一番上に置かれている理由がよくわかる。 》




小泉首相が拡張する中華帝国への土下座を拒否している
ことに対する中国政府部内の不満の高まりの証拠(米紙)


2005年5月28日 土曜日

日中摩擦、Wストリート・ジャーナル紙論評 「対日要求は横柄」

反日の動機「国連や台湾」
 【ワシントン=古森義久】中国の呉儀副首相が小泉純一郎首相との会談を突然、中止して帰国したことなど日中間の摩擦について、米国大手紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は「小泉氏の土下座拒否」と題した社説(二十五日付)で、中国からの靖国参拝中止などの対日要求を「横柄」と批判し、呉副首相の言動も中国側の圧力戦略だと評した。 
 同社説はまず、呉副首相の唐突な会談中止について「北京からの間断ない長広舌にもかかわらず、小泉首相が拡張する中華帝国への土下座を拒否していることに対する中国政府部内の不満の高まりの証拠」と位置づけ、「他のアジア諸国も注意すべきだ」と警告。「中国は自国の存在をアジア諸国に認めさせようとしており、台湾と日本がその圧力をまず最初に受けたのだ。もし中国がその方針に固執すれば、他のアジア諸国民もまた横柄な扱いを受けることになる」と指摘し、中国の対日要求を明確に「横柄」と批判した
 同社説は、中国当局が今回、小泉首相が靖国問題での反論に孔子の教えを引用したことなどに怒ったとし、「小泉首相は靖国には戦犯とされた人たちだけでなく一般の将兵の霊が祭られていることを明確にしている」と強調した。
 同社説はまた、中国は一九三〇年代の日本の侵略の記憶をいまも新鮮にしておこうと努めているが、日本は既に極めて大きな代償を払い、六十年間も国際社会で好ましい地位を保ち、特に中国にはない自由と民主主義を享受してきたとしたうえで、小泉首相の四月のアジア・アフリカ首脳会議での謝罪声明まで紹介。中国の「歴史問題」をめぐる主張の非を指摘した。
 同社説は反日デモについて日本大使館などの破壊を許容した点で「中国当局は明白に間違っていた」と述べ、中国当局が反日行動は自然に発生したかのように主張することは「有罪」だとし、中国政府がインターネットの「地下工作員」を使って世論を誘導するという最近の情報を紹介している。
 反日行動の動機について同社説は、「歴史」や「靖国」ではなく、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りへの動きや中国の台湾への軍事脅威に対する日米共同の懸念表明を挙げた。
 同社説は、中国の対日戦略として(1)政府が無力を装って大衆を動員する義和団方式(2)道義的により高い立場を目指すアピール−を挙げ、「その二つとも失敗したため、中国はいまや新しい策略を試みている」と指摘。呉副首相が訪日中にトヨタ自動車の奥田碩会長らに日中関係の政治面での悪化は経済面に悪影響を及ぼすという趣旨の警告をしたことを、「小泉首相の頭ごしに日本の財界に訴えようとする新策略」だと述べている。
 同社説は結論として、この種の中国の策略は「危険なゲーム」だとして、日本国民の92%が中国の日本への対応に納得できないという読売新聞の世論調査結果を引用し、「中国は日本が民主主義国家であり、その政治家は国民の意思に耳を傾けねばならないことを理解しなければならない。呉副首相の会談拒否は礼節を重んじる国では、よく受け取られない」と論評した。
     ◇
 ■“日本責任論”を強調 会談中止問題で中国マスコミ
 【北京=野口東秀】中国の呉儀副首相が小泉純一郎首相との会談をキャンセルしたことについて中国では、小泉首相と日本政府に「実質的な責任」があり、「会談を壊したのは小泉(首相)だ」というキャンペーンが始まっている。
 共産党機関紙「人民日報」系列の国際問題専門紙「環球時報」は二十七日付で、「中国は関係改善に努力してきた。(それを無視し)失礼なのは日本の方だ」と強調した。
 同紙は、十六日の小泉首相の靖国神社参拝に関する国会答弁を「道理のかけらもない」としたうえで、「(呉副首相の訪日期間中に)日本政府は休みなく中国を挑発し続けた」と批判。具体例として、尖閣諸島(中国名・釣魚島)や沖ノ鳥島に本籍を持つ日本人がいるという内容の政府答弁書や、石原慎太郎東京都知事による沖ノ鳥島での「パフォーマンス」などを挙げた。
 また、呉副首相の訪日目的は「小泉首相に会うことではなく、友好の誠意を日本人民に示すためだった」とし、中国に対抗しようとした日本側のいくつかの動きが「訪日の政治的雰囲気に悪影響を与えた」とし、それが会談キャンセルの理由となったと主張。「中国を挑発し、失礼なのは日本だ」と決めつけた。
 国営新華社通信が発行する週刊紙「国際先駆導報」(二十六日発売)も、呉副首相の訪日は胡錦濤国家主席の「(両国の交流拡大など)五つの主張」を実行に移すことが目的だったとし、「小泉首相の発言の結果、両国関係がさらに陰った。日本は大国としての正義と道義を持つべきだ」と非難した。
 新華社は電子版でも、「会見を壊し、両国関係を壊したのは小泉だ」とし、「中国に対する暴挙であり、中国が強く反応しなければ、中国が苦い結果を味わう危険性があった」と“日本責任論”を強く打ち出した。
 また、「中国政府が靖国問題について強く抗議していることで、日本国内では小泉批判が高まっている」との報道が増えているのも目立つ。
     ◇
 ■中国大使館、本紙に抗議
 中国の呉儀副首相が小泉純一郎首相との会談を取りやめた背景に、中国軍内の動静が関係したとの情報を伝えた本紙記事(二十七日付三面)について、駐日中国大使館の黄星原参事官(報道担当)は同日、産経新聞社に対し、「報道内容は事実無根だ」と抗議した。
(産経新聞) - 5月28日2時59分更新

「A級戦犯、罪人ではない」厚労政務官発言 与野党、論争に

政府は沈静化へ動く
 厚生労働省の森岡正宏政務官が靖国神社参拝問題に絡み、「A級戦犯は罪人ではない」などと発言したことが与野党に波紋を広げている。戦争指導者らを戦犯として裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)を「日本国として受け入れた」とする政府の見解に反するためだ。ただ、自民党内には「森岡氏のような意見は国民の中にもたくさんある」(片山虎之助参院幹事長)と理解を示す向きも少なくなく、しばらくは論争が続きそうだ。
 森岡氏の発言は二十六日の自民党代議士会でのものだが、これが波紋を広げたのは、細田博之官房長官が「政府の見解と大いに異なるので論評する必要はない。個人の見解だ」と、問題の沈静化に動いたためだ。
 小泉純一郎首相は東京裁判について二十六日、「日本は受け入れている」と明言し、A級戦犯の戦争責任について「裁判で済んでいる」との見方を示した。
 こうした見方の根拠となっているのは、平成十年三月の政府側の国会答弁だ。昭和二十七(一九五二)年発効のサンフランシスコ講和条約一一条には「日本国は裁判を受諾」とあることから、外務省の竹内行夫前事務次官(当時、条約局長)が参院予算委員会で「一一条は、単に刑の言い渡し、センテンス(刑の宣言)だけを受諾したものではない」と答弁。判決だけではなく、東京裁判の歴史認定も受け入れたとの立場を示している。
 ただ、外務省内に今でも「日本は裁判を受諾したのではなく、判決を受諾しただけ。竹内答弁はおかしい」(幹部)との意見がある通り、政府・自民党内には東京裁判の正当性とそれに伴うA級戦犯の扱いに異論をはさむ向きが少なくない。
 実際、政府は講和条約発効後、各国にA級戦犯を含む全戦犯の赦免・減刑を要請。衆参両院は昭和二十八年、圧倒的多数で「戦犯赦免に関する決議」を可決した。同年には戦犯刑死者を戦死者と同じ扱いにする遺族援護法の改正が、全会一致で可決。二十九年には恩給法も改められた。A級戦犯のうち重光葵氏は外相、賀屋興宣氏は法相として公務に復帰し、名誉回復を果たしている。
 森岡氏の発言について自民党の武部勤幹事長は二十七日の記者会見で、「国会議員が自分の意見を述べることは許されている」と述べ、特に問題視しない考えを示した。
 一方、野党三党はこの日、森岡氏の発言に一斉に反発。民主党の岡田克也代表は記者団に「発言は論外だ。更迭を求めるのは当然だが、その前に政府がこの問題にきちんと決着をつけるべきだ」と述べ、森岡氏の更迭を要求。共産党の志位和夫委員長は「政府が辞めさせるか、自ら辞める必要がある」と強調した。
 与党だが、公明党の東順治国対委員長も「不用意で不適切だ」と批判。事態の早期収拾を図るため、「釈明の場をもつ必要が生じるかもしれない」(東氏)とし、場合によっては、衆院議院運営委員会などで森岡氏に説明を求める可能性も出ている。
     ◇
 A級戦犯 昭和21年、連合国軍総司令部(GHQ)の東京裁判は、共同謀議して侵略戦争を計画、遂行するなど「平和に対する罪」を犯したとして、東条英機元首相ら28人をA級戦犯として起訴した。うち14人が靖国神社に合祀(ごうし)されている。
(産経新聞) - 5月28日2時59分更新

靖国の磁力。そしてその意味すること 5月28日 日々不穏なり

 次に、「そもそもA級戦犯は罪人か?」と言う点については、私は罪人と考えています。
 極東国際軍事裁判(東京裁判)については、事後法遡及である、再審が認められないという極めて不完全なものであることは疑いがありません。あの裁判の本質は「リンチ」であって、本来司法が有するべき公平性・公正性は全く担保されていませんでした。そもそもその管轄権について重大な疑義が指摘されるほど杜撰な代物なのです。また、訴訟指揮においても日本側(被告側)の証拠の多くは合理的な理由無く却下され、最終的な判決においても個々人の判決について合理的な説明(なぜ松井岩根が絞首刑で重光葵が禁錮7年なのか等)が為されていません。しかし、どれほど東京裁判の問題点を列記しようとも、日本はサンフランシスコ講和条約においてこの裁判結果を受け入れたのです。講和条約11条の「Judgements」の解釈論として、「判決は受け入れたが裁判は受け入れていない」とする主張も多く見られますが、この解釈には無理があるように思えてなりません。判決は裁判を前提とするのであって、判決及びそれに伴う刑の執行を受諾するということは、判決を言い渡された裁判そのものの存在を認めるということでしょう。百歩譲って裁判を認めないとしても、判決を認めるということは罪人認定を受け入れたということです。日本は敗戦国として、極めて屈辱的な裁判とその判決を、同意できずとも受け入れざるを得なかったのであり、その意味ではA/B/C関係なく、戦犯は「罪人」の地位に落とされたのです。1952/53/55年の国会決議による「赦免」は、「罪人の罪を赦す」決議であって、「罪を無かったことにする」ものではありません。赦免によって、罪人は「元」罪人になったのです。また、赦免は刑の執行後には適用されません。つまり、死刑を執行された戦犯は、現在においても「罪人」のままなのです。


(私のコメント)
最近の日中のプロパガンダ合戦は最後まで主張を貫いた方が勝ちであり、相手お言うことを認めたほうが負けになる。しかし結果はどう出るかはわかりませんが、いつもは日本が謝罪してODAと言うお金を出して許していただいていた。中国政府が靖国神社参拝はけしからんと言うだけで、日本国内の親中派も同調して日本政府を攻撃した。

しかし日本としては反論すべきだし、反論しなければ中国は余計に嵩にかかってくる。しかしそれが出来る日本の首相がおらず、日本の政治家は謝罪外交や土下座外交を繰り返してきた。昨日も書いたとおり日中友好条約で決めたとおり内政干渉は条約違反だと突っぱねるべきだ。

そうしなければいつまでも中国は外交カードとして靖国や歴史問題を言ってくるだろうし、その度に日本の政治家に謝罪や土下座をさせることで中国の威信を高めようとするだろう。日本はアメリカに対しても戦後一貫して土下座外交をしてきたから中国への土下座外交も政府も国民も慣れっこになってしまっている。

つまり日本はアメリカに対しても中国に対しても、汗水たらして働いた金をアメリカや中国に献上することで日本と言う国家を承認してもらってきたのだ。クリントン大統領時代は米中蜜月時代だったから双方に謝罪してお金を献上して厳しかったのですが、ブッシュの時代になって米中が対立するようになると、日本としてはどちらかにつかなければならない。小泉首相はアメリカにつくことにした。

もともと日本はアメリカの植民地だからアメリカの顔色を伺いつつ、中国が力をつけてくるのを見計らってその勢力を利用して自民党内にすら親中派が主導権をとってきた。それに対してブッシュは巻き返しに来て野中広務や加藤紘一といった親中派は一掃された。

日本には軍隊が無いから外交的主導権もない。小泉首相にしろブッシュの言いなりになるしかない。だから小泉首相が中国に対して挑発的発言を繰り返すのもアメリカの差し金によるものだろう。クリントン時代ならとっくに小泉首相は失脚していましたが、アメリカにバックアップされて4年もの長期政権が続いている。

このような情けない日本になったのも大東亜戦争に負けたからですが、終戦後60年たっても戦前のような自主独立の精神は甦らず、私のような民族主義者が笑い物にされながら東京裁判史観を批判攻撃してきたのですが、日本政府はいまだに東京裁判を受け入れてしまっている。

占領下に決められた東京裁判にしても平和憲法にしても主権がなかったのだから、主権を回復した時点で憲法も改正して、東京裁判の無効を宣言すべきだった。しかしながら半世紀が過ぎても日本の自主独立の芽生えはいまだにない。戦争に負けたのは武力で負けただけではなく、プロパガンダ戦争にも負けたことに気がつくべきだ。

だからこそ私は大東亜戦争は白人の植民地支配からの解放戦争だとプロパガンダしているのですが、歴史教科書にすらそのように書くことは許されていない。日本政府自身が中国や韓国に抗議されて否定してしまっているからだ。しかし中国や韓国はロシアやその他の白人国家になすがままにされてきたことを忘れている。日本がロシアと戦争しなければ韓国や中国の東北部はロシアの領土になっていたはずだ。




「A級戦犯はもう罪人でない」自民代議士会で森岡政務官
愚か者である事と犯罪者である事とは区別されるべきだ


2005年5月27日 金曜日

「A級戦犯はもう罪人でない」自民代議士会で森岡政務官 5月26日 朝日新聞

森岡正宏厚生労働政務官は26日の自民党代議士会で、小泉首相の靖国神社参拝を「大変良いことだ」と支持する考えを示したうえで、「極東国際軍事裁判は、平和や人道に対する罪を勝手に占領軍が作った一方的な裁判だ。A級戦犯の遺族には年金をもらっていただいており、日本国内ではその人たち(A級戦犯)はもう罪人ではない」と述べた。この発言に対し、政府は「個人の見解」(細田官房長官)として、森岡氏から事情を聴くなどはしない方針だ。

 森岡氏は「中国に気遣いして、A級戦犯がいかにも悪い存在だという処理のされ方をしているのは残念だ。日中、日韓関係が大事というだけで、靖国神社にA級戦犯がまつられているのは悪いがごとく言う。こういう片づけ方をするのは後世に禍根を残す」とも指摘した。

 小泉首相は26日、森岡氏の発言について、記者団に「聞いてませんけどね。今そんな発言を取り上げても、しょうがないんじゃないですか」と語った。A級戦犯の責任については「戦争裁判で済んでいるじゃないですか」との認識を示した。

 細田長官は同日の記者会見で、「事実関係は種々誤りが含まれており、論評する必要はない。極東軍事裁判などは政府として受け入れている。政府の一員として話したということでは到底ありえない」と述べた。

 森岡氏は88年に「日本に中国侵略の意図はなかった」と発言して国土庁長官を辞任した奥野誠亮元法相の秘書を経て、衆院議員となった。比例区近畿ブロック選出で当選2回。

2005/05/27 (金) 今夜は久々『朝まで生テレビ』私のスクープもあり。勝谷誠彦

6時起床。傲慢の極みで国を売っている名古屋の車屋について続々と情報が寄せられているが昨日また恐るべき支那媚び発言をやってのけた。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20050526AT3L2607826052005.html。日経はまだ車屋のケツを舐めたいのかこの記事には重大な部分が欠落している。朝日新聞は支那へご注進で書いているのだろうがこういう時は役に立つ(笑)。asahi.comにないので引き移す。<日本経団連の奥田碩会長は26日、小泉首相の靖国神社参拝問題について「その中(靖国神社)にA級戦犯が入っているか入っていないかということについて、改めて日本として考えなければならない」と述べ、A級戦犯合祀問題の検討が必要、との考えを示した>。国やその歴史を愛し祖国のために死んだ父祖に感謝するという人間として当たり前の人倫が欠落していることをおいても国と国とが尊厳をかけて闘っている問題についてなんという安直で程度の低い発言であろう。JR西日本から橋梁談合に至るまで財界の倫理と知性のレベルの低さはもはや嘲うしかないところまで来ている。何しろ関経連では殺人者が会長と副会長をやっていたんだからね。奥田は橋梁談合についても「談合はなくならない」と恐るべき発言をしている。http://www.reuters.co.jp/newsArticle.jhtml?type=businessNews&storyID=8614625§ion=news。夜郎自大の傲慢馬鹿が開き直っているのである。かかる売国奴がトップにいる事を財界は恥ずかしくないのか。民間では当然トヨタ車の不買運動が起きてしかるべきだろう。財界の中からも自浄作用が生まれて来なくてはいけない。一方で森岡正宏厚生労働政務官は自民党代議士会で「A級戦犯はもはや罪人ではない」と言う実にもっともな発言をした。http://www.asahi.com/politics/update/0526/005.html?tc。森岡さんが秘書として仕えていた奥野誠亮先生は88年に支那に「侵略の意図はなかった」と名言を残しているがあの時に『文藝春秋』の編集者として「侵略発言何が悪い」という一文を掲載したのは何を隠そうこの私である。デスクは花田紀凱師匠であった。森岡さんとはそれ以前からのつきあいだが彼の発言にしても今突然出てきたわけではない。私たちはもう20年以上に渡って支那と闘っているのである。その多くは孤独な戦いであった。しかし今や同志は着々と増えつつある。その間に成り上がった売国車屋ごときに勝手なことを言わせぬ所以である。

靖国神社へのA級戦犯合祀の怪

「何故、中国、韓国、北朝鮮が攻撃するのか」

正直言って答えは見つからない(苦笑)。
 外交の駆け引きカードの1枚と僕は見ているのだが、実はこのカードは両刃の剣だったりする。

西欧文化は戦争すら「スポーツの精神」(文字面では無く、その精神土壌を考えて貰いたい)が基盤にある。先の第二次世界大戦で日本の零戦のエースであた坂井三郎氏が戦後アメリカに渡って同じ戦場で生死をかけて戦ったパイロットに戦友として温かく迎えられて驚いている。坂井三郎氏は著書「大空のサムライ」が藤岡弘、氏主演で映画化されたときのプロローグに出演し「大空のサムライは私の事では無い、大空で戦った敵味方問わない戦友のことである」と述べている。つまり、一旦戦争が終われば敵味方双方とも戦友であるのが西欧の文化土壌だ。

 この文化土壌から見たら、中国、韓国、北朝鮮(ま、この2つは朝鮮半島としてまとめる)の戦争が終わったにも関わらずグジグジと戦犯問題を俎上にあげる行為は国際的に理解されないだろう。両国の国際感覚が問われることとなる。まして「A級戦犯が合祀されてる」は日本側の経緯を知ればさほど目くじら立てることでは無いだろう。逆に「A級戦犯である岸伸介の流れを汲む小泉が首相になるのはおかしい」くらいの踏み切った発言をすれば状況は違うのだが。もっとも、それも重箱の棲み論理だと僕は思うが。

 そもそも、中華思想から中国(父)、朝鮮半島(兄)、日本(弟)って関係を逸脱して弟が大陸進出したり、世界第2の経済大国になったりするのを妬んでの行為なのか。
 敵国の将兵の勇気を称える文化土壌が世界標準の現代で、中国、韓国の反日行動はそれ自体が含む国際社会の常識とのギャップをやがて露呈することになる。

 小泉総理大臣の靖国神社参拝以前に、中国の温家宝首相が靖国神社を参拝すべきなのだ。それが世界の常識であり、中国の国際感覚が非常識な所以なのだから。
A級戦犯合祀問題は日本の文化を自国の文化と比較して批判してるローカルな事象と理解すべきだ



(私のコメント)
日本の国会議員の中でもやっとまともなことが言えるようになってきたようで、東京裁判というものが正当なものではなく、占領下で公正な裁判は望むべくもない。そこで起訴されたA級戦犯は法を犯した犯罪者であるのかと言うと、該当する法律がないのだから起訴しようがない。無理やり後から法律を作って裁いて絞首刑にしたのだから、日本国民ならば怒らなければいけない。

かといって私は東条英機を弁護するつもりではない。むしろ非常に馬鹿な事をした張本人であり、その責任は非常に重い。しかし東条英機は法律を犯した犯罪者ではない。戦争は国際法で認められている。中国や韓国は侵略されたと主張しているが韓国は併合されたのであり中国は宣戦布告なき戦争した結果負けてばかりだったのだ。

中国の論理を使えば日本はアメリカに侵略されたといっているようなもので、侵略の定義が曖昧であり、戦争が始まるには外交的な衝突があったから戦争が始まったのだ。極端なことを言えば相手の国の国旗を燃やしただけでも開戦理由になるだろう。現代の日本はそんなことはしないと中国人や韓国人は思っているから日の丸を焼くのだ。

戦前の政府や軍部がいかに無能でバカであったかについてはその原因を突き止めるべきですが、戦犯として罪を追究することは罰する規定がなかったのだから根拠がない。だから中国や韓国がA級戦犯が祀られているから靖国参拝はけしからんと言うことは「間接侵略」に有効だと思っているからやっていることなのだ。

日本の国内法ではA級戦犯は昭和28年の国会決議で赦免されており、国際法においても中国や韓国の講和条約において決着済みな事を蒸し返して外交カードに使っている。講和条約で解決されたはずのものを外交問題化させてしまったのも日本政府の愚かな対応がそうさせたのですが、「間接侵略」の結果とも言える。

戦犯の赦免に関する決議

衆議院本会議(昭和28年8月3日

〈決議文〉

8月15日9度目の終戦記念日を迎えんとする今日、しかも独立後すでに15箇月を経過したが、国民の悲願である戦争犯罪による受刑者の全面赦免を見るに至らないことは、もはや国民の感情に堪えがたいものがあり、国際友好の上より誠に遺憾とするところである。しかしながら講和条約発効以来戦犯処理の推移を顧みるに、中国は昨年8月日華条約発効と同時に全員赦免を断行し、フランスは本年六月初めに大減刑を実行してほとんど全員を釈放し、次いで今回フィリピン共和国はキリノ大統領の英断によって、去る22日朝横浜ふ頭に全員を迎え得たことは、同慶の至りである。且又、来る8月8日には濠州マヌス島より165名全部を迎えることは衷心欣快に堪えないと同時に濠州政府に対して深甚の謝意を表するものである。かくて戦犯問題解決の途上に横たわっていた最大の障害が完全に取り除かれ、事態は最終段階に突入したものと認められる秋に際会したので、この機を逸することなく、この際友好適切な処置が講じられなければ受刑者の心境は憂慮すべき事態に立ち至るやも計りがたきを憂えるものである。われわれは、この際関係各国に対して、わが国の完全独立のためにも、将又世界平和、国際親交のためにも、すみやかに問題の全面的解決を計るべきことを喫緊の要事と確信するものである。よって政府は、全面赦免の実施を促進するため、強力にして適切且つ急速な措置を要望する。

右決議する。

この決議案は、戦犯赦免を求める国民運動が加熱し赦免要望の署名数は4,000万を数え、この国民世論を受けたもので、早くから共産党や労農党が反対の立場を示していたものの、戦勝国によって裁かれた裁判だとして極東国際軍事裁判の見直しとA級戦犯の名誉回復を掲げていた改進党や、国民意識としてのBC級戦犯釈放を掲げた社会党とも「全会一致をもつて原案を可決すべきもの」と海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会において議決され、本会議で可決された。

日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約

第一条

1   両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする。


(私のコメント)
このように日本の首相が靖国神社へ参拝しようがしまいが、中国の言うことは内政干渉であると突っぱねれば済むことであり、それが出来ないのはすでに日本の政治家が中国の利権に犯されて、中国の言いなりになってしまっている政治家が多いからだ。朝日新聞などの親中国メディアも、せっかく話し合い決着済みな事を何度も蒸し返しては日本外交を混乱させている。

武部幹事長などは靖国神社参拝批判は中国の内政干渉と言ったようだが、王部長に激怒されて縮み上がってしまったようだ。激怒しようなんだろうが日中友好条約の内政干渉違反だといって突っぱねるべきだ。日本の政治家は猛烈抗議すれば譲歩してくると舐められているのだ。日本の言い分が正当であるならば中国が何を言ってこようが突っぱねるべきだ。

幹事長が発言撤回 内政干渉批判に中国激怒 5月27日 北日本新聞

【北京23日共同】中国共産党の王家瑞・対外連絡部長が21日に自民党の武部勤幹事長と北京で行った会談で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題について武部氏が「中国の内政干渉」との見方を示したことに強く反発、発言を事実上撤回させていたことが明らかになった。複数の日中関係筋が明らかにした。
 王氏は武部氏に、このやりとりを口外しないよう要求。武部氏は会談後の記者会見でこの会話に関する言及を避けた。日本側による首相参拝の「内政問題化」を認めないとする中国側の強硬姿勢が浮き彫りになった。
 王氏は中国共産党の外交部門のトップで党・政府内では閣僚級。





屋山太郎 日本外交を「海洋国家連合」に転換せよ
福沢諭吉は中・韓と付き合えば身の破滅だと叫んだ


2005年5月26日 木曜日

【正論】評論家 屋山太郎 日本外交を「海洋国家連合」に転換せよ 5月23日 産経新聞

《一代限りのブツ切り文化》 

小泉首相は衆院予算委員会で靖国参拝の意志を貫くことを示し、中国や韓国の批判に対して「(戦没者に対する)どのような追悼の仕方がいいかは他の国が干渉すべきではない」と強い不快感を示した。靖国参拝はすべきだが中・韓とも仲良くしたいという“矛盾”のはざまで悩んでいた小泉首相がついに「参拝」の側に舵を切った。これはまことに正しい選択だと賛同したい。

 そもそも中・韓の要求は、中・韓と同じ歴史認識を日本も持てといっているに等しい。首相が「参拝をやめました」といえば、次は教科書の「どこそこを直せ」というだろう。そこを直せば「尖閣諸島は中国領だ」といい、「ガス田も中国のものだ」と言い出すに決まっている。中華圏の歴史は易姓革命の歴史である。新しくできた政権は前政権の業績を全否定する。

 古くは秦の始皇帝の焚書坑儒、新しくは韓国における全斗煥、盧泰愚両大統領の死刑判決(のちに恩赦)をみれば、易姓革命は現代にもれっきとして生きている。朴正煕大統領は近代韓国の基礎を築いた立派な大統領だったと思うが、いま韓国では朴政権に連なる人間狩りをやっている。

 極端にいえば、中華圏は一代限りのブツ切り文化だ。こういう中・韓からみれば、靖国参拝は戦争賛美と映るかもしれない。そう映ったとしても隣国の祭祀(さいし)にまで注文をつけるのは出すぎとか内政干渉というのである。

《1200年も安泰の要因は》

 中華圏からみれば、日本は「東夷」(野蛮人)である。黙っていれば朝鮮半島のように、中華圏に巻き込まれかねないと悟った日本は七世紀、中華圏からの離脱を図る。こういう判断をしたのは聖徳太子で、日本国の建国(六六八年)以来、中華圏との正式国交を絶つ。このおかげで、一八七一年に日清修好条規を結ぶまで、千二百年にわたって安泰を保ってきた。

 この間、漢字に音訓をつけ、ひらがなを作って文字体系を確立した。政治、文化、伝統を積み上げて今のわれわれがある。七世紀の聖徳太子(しかも彼は政治家である)の評価が変わることなく、最近までお札に刷られていたのは中華圏では考えられないことだろう。ブツ切りの政治・文化ではなく、日本は「連続性」によって栄え、子孫は大きな恩恵を受けてきた。祖先に感謝するのは当たり前だ。その一体感があったからこそ、一気に国民国家を形成できたのである。

 千二百年の泰平はペリーの黒船によって破られ、日本は再び大陸と関わりを持つようになる。以来、日清戦争、日露戦争、辛亥革命、五・四運動、満州事変と続いて大東亜戦争が終わる一九四五年までの七十四年間はまさに泥沼にはまり込んだような時代だった。福沢諭吉は一八八五年、時事新報に「脱亜論」を発表し、「中・韓と付き合えば身の破滅だ」と叫んだのである。

 一九四五年から日中国交樹立(共同声明)までの二十七年間は、再び大陸とのトラブルなしで過ごせた。しかしこのあと現在までの三十二年間は日清戦争前夜、「脱亜論」当時の様相さながらだ。

 小泉首相が靖国参拝を表明した同じ場で、福田康夫前官房長官は中国との関係を「異常な状態」とし、「大局的な判断を示すことが必要ではないか」と述べた。これは「靖国参拝をやめろ」というのと同義だ。

《対中外交重視の愚犯すな》

 民主党の将来の党首候補といわれる前原誠司氏は「総理になったら靖国参拝はしない」と言明している。その理由は「政治カードとして使われるからだ」という。この態度は問題の解決ではなく、「先延ばし」に過ぎない。

 竹内行夫前外務次官は前任のインドネシア大使のとき、大使室に「すべての道は北京に通ず」という書を飾っていたという。歴史に無知としかいいようがない。福田、前原、竹内氏らに共通するのは、外交の前提として「中国と付き合わねばならない」と考えるからだ。

 その手段として、ASEAN(東南アジア諸国連合)と日中韓の三国を加えた「東アジア共同体構想」が浮上しているが、これなどは日本を中華圏に引きずり込む策謀だ。聖徳太子と福沢諭吉を教訓にすれば、解決策は一つしかない。

 日、米、豪、ニュージーランド、インドの五カ国を中核とし、これにASEANを加えた「アジア太平洋共同体」、あるいは「海洋国家連合」を組織することだ。中華圏とは近所付き合いはするが、距離を保った方がいい。(ややま たろう)

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略 VOL51  江田島孔明

(前略) 私が、ランドパワーとの接触をさけるべきだと主張するのもこのような歴史 的認識が根底にある。ランドパワーというものの本質とは「騙して、奪って、 殺す」ということだ。日本人でこれを実感したのは満州からの引揚者だけだと いえる。貨幣という文字が貝を含んでいることをみても分かるが、売買といっ た関係はシーパワーに固有の文化だったのだ。  

ランドパワー(大陸国家)は、主に大陸内部、半島部、砂漠を故郷とし、土 地支配に執心し、極めて土着的性格を有し、閉鎖的、集団的、専制的といった 形質を備える。古代ペルシャ、近代プロイセン、ナチス・ドイツやソビエト・ ロシア、中国の華北政権(元、清、中共)、あるいはプロイセンの門下として の大日本帝国陸軍を例にとると分かりやすいだろう。  

簡単に言えば、『陸軍国』である。彼らは生命の揺り篭たる「海」から切り 離された峻厳なる自然環境の下で、異民族と接しながら生存競争を繰り返す過 程で、生き抜く上での狡猾さ、残忍さ、獰猛さを身に着けた。  

第二次大戦中のナチスドイツの残虐行為、中国の天安門事件、ロシアのモス クワ劇場人質事件における両国の対応は、このランドパワーの獰猛性を抜きに しては考えられない。

歴史上の流血を伴う革命(フランス革命、ロシア革命、 文化大革命等)、残虐行為(ナチスによるホロコースト、カンボジアのポル・ ポト派によるジェノサイド等)のほとんどがこのランドパワーによって引き起 こされていることも無視できず、これもランドパワーの残忍さ、獰猛さを考え ると説明がつく。  

これは、隣国と常に国境線を挟み軍事緊張下にあり、攻め込まれるかもしれ ないという恐怖心の裏返しなのである。例として、ナポレオンやヒトラーが最 終的にロシア(ソ連)に攻め込んだのは、歴史的に欧州大陸部が東方の蛮族( フン族、モンゴル、オスマントルコ等)によって侵略の恐怖を与えられてきた ことに対する反射という視点を抜きにしては語れない。  

ホッブス(ホッブズ、 トマス(1588-1679)イギリスが近代国家となってい く時期の政治思想家)はその著書「ビヒモス(旧約聖書に出てくる陸の魔獣: 後述)」において、 革命、内乱を説いているのはそういう背景を知らねば理 解できない。  

これに対してシーパワー(海洋国家)とは大陸の外縁部、島嶼部を故郷とし 土地支配よりも交易を重視し、交易のために必要な情報を尊び、先進的、開放 的性格を有し、個人的、合理的形質を備える。古代ギリシャのアテネ、中国の 華南政権(呉や南宋、明)、近代のオランダやイギリス、第二次大戦以後のア メリカ合衆国、イギリスの門弟としての大日本帝国海軍を例にとると分かりや すいであろう。簡単にいうと、『海軍国』である。  

ホッブスがその著書「リバイアサン(旧約聖書の大海獣)」に近代国家とし てのイギリスを仮託したのは、その本性がシーパワーであることを見抜いてい たからである。慧眼というしかない。 (後略)


(私のコメント)
今年に入ってからの韓国の盧武鉉大統領や中国の胡錦涛主席などが反日デモを仕掛けてきますが、大局的に見れば日本を大陸勢力に引きずり込むことの謀略だろう。それに対して日本はいっさい反応せずに無視していれば良いのであり、最低限度の経済文化交流で済ますべきだ。

中国や韓国に対してはODAなどの経済援助などで協力してきましたが、返ってくるのは反日デモばかりだ。経済交流にしても中国や韓国は盛んに日本の投資を呼びかけて進出を歓迎しますが、すぐに掌を返して日貨排斥運動で日本企業を追い出しにかかる。彼らが欲しいのは日本の技術と資本なのですが、企業が軌道に乗り出して黒字になると現地の合弁先に乗っ取られてしまう。

だから最初は友好的な態度で日中友好だの日韓親善とか言いながら、工場や販売網や経営ノウハウを身につけてしまうと態度は一変してしまう。あるいは優遇政策も廃止して税金を取り立てたり、規制をかけてきて経営を妨害して潰してし現地化してしまう。これでは何のために中国や韓国に進出したのかわからなくなる。

21日、22日の株式日記にも書きましたが、中国に進出する企業も反日デモ以降三分の一が取り止めを検討している。中小の個人事業者にとっても店を出しても暴徒に襲われて店が壊されても中国政府は補償も謝罪もしてこない。中国に進出する以上はこの程度の営業妨害は覚悟して進出すべきなのでしょうが、人命にかかわったら取り返しのつかないことになる。

屋山太郎氏が指摘するように日本が明治以降朝鮮半島にかかわるようになってから戦乱が相次ぎ、日本の国力は朝鮮半島や満州に吸い取られた。これはロシアの南下政策に対抗上そうなったのですが、中国や朝鮮はロシアに抵抗のなすすべがなかった。今から思えば朝鮮半島の南端にロシア国旗が立とうが中国国旗が立とうが放置すべきだった。

日清戦争も日露戦争も勝利しましたが、日本本土が直接脅威になったわけではないのだから大陸には手を出すべきではなかった。あくまでも中国やロシアが日本を取り囲んで脅してきたら戦艦同士で戦って決着付ければ良いのであり、朝鮮半島の併合や満州建国はまったくの無駄だった。

戦略物資の確保や食料資源の確保は金を出して買えば良いのであり、エンバーゴしてきたら外交交渉で解決すべきだし、それでも禁輸政策をとってきたら戦争に訴えても資源を確保しなければならない。石油や食料を禁輸されたら日本はお手上げになるから、外交的威嚇手段は持たねばならない。そのことについては23日に書きましたが、空母と原子力潜水艦ぐらいは必要になる。




胡錦涛はなぜ判断を間違うのか。非自由主義国家の欠点
は言論の自由の欠如が、思考の幅の欠如につながる。


2005年5月25日 水曜日

中国副首相のドタキャン・・傲岸不遜と情報音痴 5月24日 娘通信

ああいうことをやられて
日本側から譲歩するはずはないし、
むしろ国民の反中感情に拍車がかかっただけ。
「効果論」の観点から見るならば
彼らのやり方は無意味としか思えない。

結局、ドタキャンの背景は2つだね。

1,日本の世論の動向を読み誤っている。

2,中国国内の対日強硬世論に押されている。


まず、1の「日本世論の読み誤り」からいくと、
我々日本人のおかれた情報環境と
胡錦涛氏がおかれた情報環境は違うわけです。

我々日本人がテレビでニュースを見たり、
ネット上でブログを見たり、掲示板で議論したり、
そういう情報環境の中で
「中国はどういうつもりだよ?
頭がおかしいんじゃないか?」とか思うけど、
胡錦涛氏はそう思ってないんじゃないか。
胡錦涛氏は「強く押せば日本は必ず譲歩する」と
思ってるんじゃないかな。

胡錦涛氏の情報環境ってのは
まず、中国の民間の情報は信用できないわけです。
なんせ、御用新聞に御用ネット。
言論をビシビシ取り締まった結果、
お上にへつらう言論に成り果てている。

だから胡錦涛氏は
そういう精度の低い民間の情報や、民間の情報分析に
自分の思考整理を委ねるわけにはいかないわけです。

日本の政治家みたいに、新聞やテレビや書籍や
はたまたネット上のサイトやブログから影響を受けることは
情報収集と情報分析の観点において
中国においては無意味なわけです

だって言論自体が抑制されて歪んでるから。

じゃあどうするか?
どこから情報を得て、
誰の情報分析を参考にすべきなのか?
結局、公的組織の収集情報と
情報分析に身を委ねるしかないわけです。
要するに彼らの情報のパイプってのは
我々日本人が考えてる以上に
狭く細いものでしかないわけです


この狭隘なパイプから得る情報と情報分析が
正しいうちは問題ありません。
だけど、これが狂えば国家の指導者の判断も狂う。

情報収集官と情報分析官に
日本に対する偏見と思考のバイアスの無い人間を
多数配置しとかないと、
当然、上がってくる情報と分析は狂ってくるわけ。

あの手の非自由主義国家の欠点は
言論の自由の欠如が、思考の幅の欠如につながること。
体制にとって望ましきタイプの人間のみが出世し、
そうじゃない人間は落後してしまう。
情報官と分析官も
型にはまった人間が選ばれがちでしょうね


だから、我々日本人が見ている日本像と
胡錦涛氏の見ている日本像は
大きな食い違いが生じているのかもしれないね。

  「日本とはこういう国だ。
  日本人の国民性はこうであり、
  こういう傾向性を有している」

胡錦涛氏以下の中国政治指導者層の日本像は
かなり歪んでる可能性がある。
実像と食い違いが大きくなってる可能性がある。

だって、彼らの情報環境は貧しいから。
官の細いルートから上がってくる情報と分析に
依存してるから。

日本から見たら
どう考えても意味のない行動でも
彼らから見れば
「へっへっへ、してやったりだぜ!」って思ってるかもよ。

ここで中国が強硬論で押せば
日本の迎合世論は騒ぎ、政治家は折れて、
日本は譲歩せざるを得ないと大まじめに思ってるかも。

これは中国側の情報ルートの問題だけじゃなく、
日本にも原因がある。
つまり、他国なら
反日暴動などで中国から非礼な仕打ちを受ければ
「暴動での破壊行為を謝罪せよ、賠償せよ」と
首相以下、国民世論が強硬論で沸き立つものを、
日本人の場合、何故か100%怒ることをせずに、
原則論で強固に構えることをせずに、
柔らかく言い、一部に媚態をこめてしまう。

まあ、これは日本人の良さだけど、
他国から見れば、日本の弱気の表れと捉えるだろうね。
で、「じゃあ、もっと強硬に押せば
日本は譲歩するだろう」と計算してしまう。

具体的に言えば、反日暴動の後に、
首相自身が明確に謝罪と賠償を求めずに、
下手に出る発言を繰り返したこと。
ここらへんは日本的には謙虚の美徳だろうが
中国はそうは受け取ってないよ。
「弱さ」の表れと取ったでしょう。

また、先日の訪日ビザの中国全土への拡大と、
新幹線売り込みに際してODAをつけようとしたこと。
これなんか中国的感覚から見たら信じ難いでしょうね。
あれだけ暴動でいいようにやられてるのに
すぐに「関係正常化」を日本の方から行おうとする。
これも弱さの表れと受け取ったでしょう


だから彼らは今回も強気に出た。
非礼・無礼、そんなことは百も承知。
これだけ我が国は靖国問題で激怒している。
責任は日本にあり。
日本は大胆な譲歩で日中関係を正常化させるべきだ、と。

彼らは日本の世論の動向を読み誤っている。
その原因は彼らの情報環境の貧困さと
日本の他国とは違う態度表明の仕方にある。
まあ、基本的には読み誤る彼らが馬鹿なんだけど、
日本も、国家の原則を前に打ち出して、
シグナルの送り方をもうちょっと考えないと


 中国の誤解
   ↓
 中国の傲岸不遜な態度
   ↓
 日本世論の硬化

この連鎖を繰り返すでしょうね。

お互いが自己を正当化し、相手の非を声高に非難し、
その過程の中で双方の妥協点を見いだしていく。
これが万国風の交渉の流れであり、
はなっから手の内見せて、媚態をふくむ日本風は
やはり誤解の原因となって国益を損なうよ。


次に2の「中国内の対日強硬世論に押されている」。

これは最近の幾多の中国関係のニュースに接して
日本人もようやく分かってきたと思う。
あの国はバリバリの反日国家であると。

その反日世論を作り上げたのが他ならぬ中国共産党であり、
彼らは共産主義に変わる新たな統治の正統性として、
「反日」と「経済成長」と「対外覇権の拡張」を選んだ。

その自らが育成した反日世論に
自らが押され、怯え、自縄自縛されている。
まあ「ざまみろ」と言いたいとこだけど、
これは彼らにとって外交上の選択肢を狭めている。

外交の手段に柔軟性が無い。
これが最近の中国の対日戦略の特徴。
大胆な譲歩が出来ず、
国内の強硬世論に押されて
強気・強気の連続で突き進むしかない


逆に言うと、日本にとっては
中国の対日戦略が読みやすくなった。
彼らの手持ちの選択肢が少ないから。
非常に読みやすいね。


さて、今回のドタキャンの背景を
2つ解説してきました。

1,日本の世論の動向を読み誤っている。

2,中国国内の対日強硬世論に押されている。

じゃあ、日本はどうすればいいか。

答えは簡単。
毅然として国家原則を貫けばいい。
単なる精神論・道義論じゃなくて、
実利的にもこれが最強でしょう。

これ以上の譲歩の必要性無し。
これ以上は、びた一文あげません。
で、首相は粛々と靖国に参拝し、
中国は反日暴動の嵐が吹き荒れ、
反日は反政府に転化し、共産党は弱体化する。

なんとも素敵な話しじゃないですか。


(私のコメント)
昨日の続きですが、胡錦濤主席の最近の行動はどこか的外れな行動が多い。それは中国の情報機関の集める情報が偏っているか、分析が間違っているからだろう。4月の反日デモも仕掛ければ、今までなら簡単に日本政府は妥協してきて、特使がやってきて謝罪して収まった。そうしなければ日本国内の親中派や朝日新聞が大騒ぎして、世論も動いて日本政府も動かざるを得なかった。

最近は靖国神社参拝にクレームをつけても、A級戦犯がどうのこうのと言っても、日本の世論は逆に硬化してくる一方だ。中国の情報機関はこの辺の変化がどうしてなのかまだ分析ができていないようだ。民主主義国家なら大手の新聞社やテレビ局に取材などの利権を与えておけば中国に有利な報道をして操ることが出来た。

今回も朝日新聞やNHkなどは一生懸命中国よりの報道をしてがんばっているが、朝日新聞もNHKも一連の捏造報道問題で信用をなくして、世論を形成するだけの能力を失ってきている。いくら新聞記事や報道番組で煽ってみても中国に有利なように動かないのは、ネットなどの情報に新聞やテレビの情報が質や量の点で劣っているからだ。

新聞やテレビの報道機関の記者と言えば知的エリートのはずですが、近頃は質の低下が甚だしく、読むに値しない記事ばかりだ。同じ新聞でも海外の新聞を読んだ方が日本国内の状況が良くわかると言うのは、日本の記者の分析能力が落ちているからだ。新聞やテレビの情報の質の低下を補っているのがネットの記事ですが、中国の情報機関の日本の世論の読み違いはネットの情報を掴みきれていないためだ。

テレビや新聞なら過激な意見にはクレームをつけて黙らせることが出来る。しかし相手がネットではクレームがつけられないし、BBSで工作活動しようにも「2ちゃんねる」などの巨大掲示板では対応の仕様がない。だから巨大メディア対2ちゃんねるといった論争も起きているが、それらが巨大メディアの信用を失墜させている。

今までならマスコミは世論形成に絶大な力を持っていた。マスコミを批判しようにも小さな出版社程度がやっていた程度で、痛くも痒くもなかったが、ネットの登場は多くのサイトやブログを生んで、それがマスコミ批判をやりだした。そして田原総一郎や筑紫哲也や久米宏といった人気ジャーナリストがそれらで血祭りにあげられて権威は失墜した。

中国は自由な言論活動は規制されて出来ないから、人民日報やテレビが世論を形成している。ネットももちろんあるがこれも規制されて数万人ものネット警察が目を光らせて、国の政策に反することは即削除されている。海外とのアクセスもままならずこれではインターネットではなく国内LANに過ぎない。だから中国の情報機関は日本のネット世論の影響力を過小評価しているのだ。

4月の反日デモも官製のデモなのですが秩序だったものならそれで済んだのでしょうが、大使館や日系商店に石が投げつけられて暴徒化してしまった。これもある程度は計算済みだったのだろう。これほど中国国民は怒っていると言うメッセージのつもりだった。今までなら日本政府は形ばかりの抗議をして終わらせるのですが、日本のネット世論が強硬になってきた。そのために日本政府も安易な妥協すればネット世論も黙ってはいないだろう。

4月の8日の株式日記で「胡錦涛政権を揺さぶる日本のネット右翼」と書きましたが、胡錦涛が株式日記を読んでくれていたら、安易な反日デモは仕掛けなかっただろう。そして反日デモが大きくなればなるほど日本のネット右翼はさらに反発の輪が広まり、反中国感情が高まって行く。これは日本と言う寝ていた子を起こすようなものであり、中国にとっても決してプラスにはならないことだ。

現在の日中関係は日本から鴨がネギをしょってきているから経済発展をしているのですが、江沢民以来の反日政策は自分で自分の首を絞める行為でありますが、日本からのODAも知らせず、靖国参拝にクレームをつけることで中国政府の面子を保ってきた。この辺が日本人と中国人の気質の違いで、実利があれば土下座外交もする日本人と、どんなに貧しくとも面子を重んずる中国人の違いである。




中国の「間接侵略」に日本人の多くが協力している
シナを中国と言う言い方は民族抹殺思想の用語法


2005年5月24日 火曜日

中国による政界財界分断工作に乗った奥田経団連会長と中国副首相

昼食会を前に日本経団連の奥田碩会長(左)と握手する中国の呉儀副首相。この後「国内での緊急の公務」を理由に急きょ帰国、首相らとの会談は流れた(23日正午、東京・大手町の経団連会館、代表撮影)(時事通信社)17時50分更新

現代の戦争形態から最近の「中国の覇権主義」を徹底追及する 5月18日 板垣英憲

現代戦争は、極めて複雑化しており、熱い戦争に発展する前の段階に「間接侵略」という形態があることを再認識する必要がある。「間接侵略」から「直接戦争」へとだんだんと悪化していき、実際の戦争では、「直接戦争」と「間接侵略」とが混在するのが、一般的である。

 ところが、この「間接侵略」が、日常生活のなかで繰り広げられる性格を持っているので、その本質と本性を見極めるのが、かなり難しい。だが、よく目を凝らし、よく耳を澄ませて観察し、分析するならば、明らかに「間接侵略」されていることを見破ることができるのである。

 現在、日本が外国から「間接侵略」されている具体的な例は、「北朝鮮による日本人拉致」、中国・北京政府から仕掛けられている「教科書批判」「首相の靖国神社公式参拝非難」「大東亜戦争の責任追及」(飽きることなく謝罪を求め続ける作戦)である。
 「北朝鮮による日本人拉致」は、「組織的テロリズム(1人1殺・爆弾テロ、拉致)」の一種であり、「教科書批判」「首相の靖国神社公式参拝非難」「大東亜戦争の責任追及」(飽きることなく謝罪を求め続ける作戦)は、心理戦、神経戦、情報戦(メディア戦)、政治戦を巧妙に絡み合わせた「間接侵略」である。

 この「間接侵略」に、日本の政治家、メディア、ジャーナリスト、有識者などの多くが、まんまと引っ掛かり、北京政府に絡め取られてしまっている。最悪なのは、そのことを自覚していないことである。北京政府は、アジア・太平洋における「アメリカの影響力の排除」、「ASEAN諸国への日本の影響力の排除」を外交・軍事戦略の中心に据え、「覇権確立」を目指して、着々と手を打ってきているのである。

 小泉首相が、衆議院予算委員会で「靖国神社公式参拝問題」を追及されて「他国からの干渉は受けない」とキッパリと答えている。これは、小泉首相が、北京政府による日本への「間接侵略」の一環であることを百も承知しているからであって、この「頑固な姿勢」は、実に頼もしい。こうした小泉首相のしっかりした姿勢を高く評価する国民が多いのであろうか、読売新聞の世論調査は、「内閣支持率51.4%」(6か月ぶり5割台)という結果を示している。 中国の「覇権行動」を正確に把握するためには、「現代の戦争」の形態をよく認識した上で、北京政府の言動や中国人民解放軍の動静には、厳重に注意しながら、その裏に隠された「戦略」「策謀」「策動」なと「真の意図」を見破り、ゆめゆめ彼らに絡め取られたり、懐柔されたりしないよう十二分に用心することが必要である。 そこでまず、「現代の戦争」の形態について、以下、まとめておこう。そのうえで、「最近の中国の覇権主義的行動」が、戦争形態のどれに当たるかを分析してみる。

【現代の戦争】
〔1〕間接侵略
@思想戦(イデオロギー戦)
A心理戦
B神経戦
C宗教戦(法論・衝突)
D情報戦(メディア戦)
E宣伝戦(プロパガンダ)
F政治戦
G拠点経営戦(組織潜入・細胞増殖)
H示威戦(デモンストレーション)
I妨害戦(電波・通信・ウィルス侵入、交通・輸送妨害)
J暴動(治安紊乱・騒擾)
K内乱(動乱)                       
L要人暗殺(テロリズム)
M破壊活動
N組織的テロリズム(1人1殺・爆弾テロ、拉致) (以下略)

こうして日本は滅亡する 東京財団 酒井信彦

(前略) しかし日本ではそれに対する有効な反撃が全くできていない。というより反撃するという発想がそもそも全然ない。それほどまでにシナ人の間接侵略はすでに成功を納めているのである。その間接侵略の見事な成果が、日本を貶めシナ人に諂(へつら)うことに、情熱的に取り組む日本人の存在である。

 具体例を挙げれば、組織としては朝日新聞社・岩波書店など、個人としては土井たか子・加藤周一・久米宏といった人々である。このタイプの人間が、マスコミ・学界は勿論のこと、政・財・官などあらゆる分野に繁殖している。

 これらの人々が唱える、反省・謝罪が全くの虚偽だと言うことは、実は簡単に分かる。それはこれらの人々ほど、中共国内でのシナ人の侵略行為に目を瞑るからである。日本の過去を本当に心から反省していたら、中共の現実に黙っていられるはずがないのである。

 ではこれらの人々の精神構造は一体どう成っているのか。かれらの心性の特徴として目につくのは、いじめ根性と自己顕示欲である。彼らのいじめの対象は、同胞である日本人そのものである。同胞を道徳的劣者として迫害することで、自分を立派な人間であると確認したいのである。同胞が同胞を迫害する行為が、外見的には反省的・良心的行為に見えるだけなのである。これを私は、民族・国家の規模における、精神的なドメスティック・バイオレンスだ、と説明することにしている。つまりかれらは、民族意識を喪失して、日本を貶め虐げることに無上の喜びを感じている日本人である。つまり「虐日日本人」と言うべき存在である。

 実は、現在シナ人が最も軽蔑している日本人こそ、これらの人々であるに違いない。虐日攻勢を仕掛けている中共の支配者たちは、それが完全な虚偽であることを知っている。そのウソに簡単に雷同して、同胞虐待に熱狂する日本人を見て、腹を抱えて笑っているのである。自分たちにとって最も利用価値のある日本人であるから、愛想を浮かべて歓待しているだけである。すなわち虐日日本人こそ、日本の歴史上に出現した、最悪・最愚の人々と言って過言ではない。

 さて現在の中共国内の虐日キャンペーンを、国内統制のためだと説明する人々がいる。それは保守派の中にさえ顕著である。しかしこれは基本的に間違いである。虐日キャンペーンが、中共政権の過去の巨大犯罪を押し隠して、国内を統制しようとする面も無いでは無い。しかしそれではキャンペーンの対象を、日本に限定する必要はない。私が見るところ、その究極の目的は、日本を侵略して併合し、さらには日本民族を消滅させることにある。こう言うと、それは杞憂だと考える人が、現状では殆どかもしれない。しかし私はチベット問題に関心を持ってきた人間として、以下のように確信するものである。

 シナ人が現在の侵略を正当化する理屈は、共産主義の民族理論ではなく、シナ人独特の侵略思想「シナ侵略主義」である。中共の民族概念は二重構造になっていて、シナ人(漢族)と他の五十五の各民族は、下位の民族概念であり、全体を統合するのが「中華民族」概念である。中華民族は中国民族・中国人と同じで、つまり公的には、チベット人も中国人である。シナ人は非シナ民族を勝手に中華民族に編入し、その民族の土地を「中国」の一部だと主張して、南モンゴルも、東トルキスタンも、チベットも侵略してきたのである。

 しかもこれはあくまでも建前であって、本音ではシナ人だけが中華民族=中国人であり、「少数民族」=非シナ人には生存権はなく、抹殺されるべき存在なのである。その抹殺の方法は、膨大なシナ人々口の海の中で、非シナ人を民族的・文化的に溺死させる方法である。以上のシナ侵略主義の論理は、すでに孫文の『三民主義』の「民族主義」で、自慢げに語られている。

 現在の日本で使われている、シナ人を中国人と言い、シナ語を中国語と言う言い方は、シナ人のおぞましい民族抹殺思想に立脚した用語法なのである。(詳しくは以下の拙稿参照。『Voice』平成六年五月号「『中華』民族は侵略する」、日本学協会『日本』平成十六年二月号「中国・中華は侵略用語である」)

 日中関係における、日本人の愚劣かつ卑屈極まる対応の積み重ねが、シナ人の対日侵略意欲をいやが上にも亢進しているのである。中共のシナ人支配者たちは、これほどまで民族的自尊心を喪失し、自分たちの走狗である虐日日本人がまかり通る日本なら、中共の「少数民族」の様に侵略できると判断しているのである。数年前、李鵬がオーストラリア首相に、「二十年経ったら日本など消えて無くなる」と言ったのは、「我々が侵略・併合してやる」と言う意味である。此の発言に対して全く無反応だった日本人を見て、かれらは一層侵略の実現性を確信したであろう。最近の西安寸劇事件・珠海売春事件・尖閣上陸事件などは、日本人にどれくらい民族意識が残存しているかのテストである。

 日本において虐日日本人に対する抵抗勢力が消滅したとき、シナ人の対日間接侵略は完成する。人工国家アメリカは、衰退を始めればそのスピードはかなり早いだろう。そうなった状況で、シナ人が日本人を扇動して、強烈な反米キャンペーンを展開すれば、アメリカは馬鹿馬鹿しくなって日本から出て行く。そのときこそシナ人は日本人を中華民族の一つ「大和族」に正式に認定して、日本は中国の一部だと主張して、軍事占領すなわち直接侵略を開始するだろう。精神的に去勢された日本人に、それに抵抗する力はない。

 そして現在の南モンゴル・東トルキスタン・チベットと同様に、大量のシナ人が流入して、少子化の進む日本人と人口構成が逆転するだろう。それが一層進めば、人間においても日本在来種は絶滅して、シナ渡来種が蔓延することになる。ちょうど鳥の朱鷺のように。


(私のコメント)
戦争には「直接侵略」と「間接侵略」がありますが、日本人の多くはこの事を知らない。直接侵略はいわゆる戦争のことで鉄砲玉や砲弾が飛び交う戦争ですが、間接侵略とは日常繰り広げられている心理戦、神経戦、情報戦(メディア戦)、政治戦をいいますが、朝日新聞などは日本に対する中国の間接侵略の尖兵なのだ。朝日新聞に限らず政治家や学者や評論家など中国の間接侵略の手先はテレビをつければたくさん出ている。

中国政府要人が執拗に靖国神社参拝には引退するのも、宗教戦争の一環なのだ。中国の共産主義政権にとっては宗教は弾圧されるべきもので、靖国神社に首相が参拝すればA級戦犯の理屈をつけて抗議してくる。彼らの本当の狙いは宗教的権威の破壊であり、靖国神社で成功すれば伊勢神宮への参拝もいろいろ言ってくるようになるだろう。

中国の副首相が来日していましたが、突如小泉首相との会談をドタキャンして帰りましたが、これも首相への政治戦争をけしかけているのだ。中国人と中国政府は日本人がまいったというまでこのような間接侵略を止めないだろう。学校教育においても歴史教科書にクレームをつけるのも思想戦の一環であり、韓国なども北朝鮮や中国の勢力が入り込んで反米教育を行ってノムヒョン政権を誕生させた。北朝鮮の間接侵略の勝利だ。

冒頭に奥田日経連会長と呉副首相との握手の写真を掲載しましたが、奥田会長は普段から中国よりの発言を繰り返していますが、政財界の分断工作に乗ってしまって首相の靖国参拝に反対している。日本国民は抗議の意味を込めてトヨタの車の不買運動を起こすべきだ。

朝日新聞を始めとした中国崇拝勢力は中国の権威を借りて日本政府を批判し、日本の精神文化を批判し、歴史を批判することで自己顕示欲を満足させている。しかしながらそれは中国の間接侵略の手先になってしまっていることに気がついてない人たちもたくさんいるようだ。

日本のマスコミは「シナ」という国名は使わずに「中国」という言葉を使っているが、中国という言葉は酒井氏によれば民族抹殺思想を表す言葉だそうだ。つまり英語圏などは昔も今もチャイナと言っているが日本語読みではシナであり、それを中国ということは北朝鮮を「朝鮮民主主義人民共和国」と長いこと言っていたのと同じであり、日本のマスコミはいまだに中国の間接侵略に気がついていないのだ。

4月の中国の反日デモも内政の不満を日本にぶつけるためですが、もう一つの遠大なる目標は日本を中国の支配下に置くことが目的であり、日本への中国人の密入国が絶えないのもいずれは日本を中国人の国家とすることが目標なのだろう。そのためには親中反日日本人を養成しなければならない。

少し話がオーバーではないかと思う人もいるでしょうが、朝鮮半島は北朝鮮は中国に併合されて次は韓国もチベットのように併合される時代が来るだろう。このように一歩一歩と日本に近づいてきて併合してゆくのだ。台湾もすでに国内問題だと詭弁をふるって併合されかかっている。このような戦法を間接侵略と呼ぶのであり、日本人は早くこの事実に気がつくべきだ。




フォークランド紛争と竹島問題ではアメリカは動けない
島を取り戻すために空母と原子力潜水艦が活躍した


2005年5月23日 月曜日

【領土紛争】竹島とフォークランド紛争 3月16日 週刊オブイェクト

さすが老隠居、久しぶりに見たが相変わらず飛ばしておられるようだ。今回はタイトルが凄まじい。


またして「イナカモン」が国の重要政策を引っかき回している! 余丁町散人の隠居小屋

《 思い出すのは、アルゼンティンのフォークランド紛争のこと。フォークランド(マルビーナス)はアルゼンチンの固有の領土だと、アルゼンチン政府は主張してきたが、紛争の直前、いきり立った国民感情に便乗して「マルビーナスに義勇軍を派遣しよう!」と呼びかけた新聞社(プレンサ紙)をアルゼンチン政府は発刊停止処分にしたのである。理由は「国の交戦権発動の権利は政府にしかない」というもの。アルゼンチンのウヨク軍事政権ですら、ちゃんと常識をわきまえていたのである。今後、島根県がこの「条例の精神」に基づいて地元の勇ましい消防団を竹島に上陸させればどうなるのか。日韓戦争である。 》


まさにキタ━━(゚∀゚)━━ッ!!である。フォークランド紛争を例に取ってしまうと、

イギリス=日本
アルゼンチン=韓国
フォークランド諸島=竹島

という配役が一番適当になってしまうのだが老隠居は気づいていない様だ。そういえばフォークランド紛争で大活躍したイギリスのVTOL空母「インヴィンシブル」とほぼ同様の軍艦を今、日本でも建造している真っ最中だったりする。歴史は繰り返されるのか。

《 今後、島根県がこの「条例の精神」に基づいて地元の勇ましい消防団を竹島に上陸させればどうなるのか。日韓戦争である 》

飲んでいた茶を吹き出してしまった。有り得ない仮定をして心配する事を杞憂という。有り得ない仮定をして相手を叩く行為は、滑稽としか言い様が無い。韓国の竹島警備隊は大砲まで装備している戦闘部隊だ。消防団が上陸出来るわけ無いし、誰も行きたがらないし、島根県もそんな馬鹿な事は考えていない。

老隠居はアルゼンチン政府の新聞発行停止処分を称賛しているが、そもそもアルゼンチンがマルビナス上陸を実行したのは国内不満を外へと逸らす為であり、国民感情を煽ったのはアルゼンチン政府自身であった事を、お忘れになってしまったのだろうか。

「義勇軍を派遣しよう!」と書いた新聞を発行停止処分にしたのは当然の話。なにせこれから正規軍が行動を起こそう、という直前の段階で義勇軍が勝手に上陸したら作戦計画が台無しになってしまう。つまり国民感情を冷静に諌めようとするものではなく、純粋に軍事的理由。

《 はっきり言って大日本帝国のやり方を忠実に継承した李承晩の勝ちってわけだが》

戦争もせず外交もせず、コソドロのように領土を盗んだ李承晩のやり方は帝国主義の真似ですら無いよ。あれは只のドブネズミだ。違うか? 

この領土問題を国際司法裁判所でやりあえば日本の勝ちは間違い無いぜ? 

《 日本の基本的な国益に重大な影響を与えることが、一介の地方自治体の決定で左右されることがあってはならない。》

島根県は自分達の立場で出来る限りのことをしたのであり、私は評価する。そして冷静な対処を呼びかける日本政府の対応も、正しい。

北方領土問題はソ連に対しある程度主張していたのに対し、竹島問題ではあまり主張してこなかったのは、北朝鮮という存在がある事を無視してはならない。要するに竹島問題で日韓関係が険悪になれば北朝鮮がそれを利する、といったジレンマがあるわけだ。

そして今現在、第二次北朝鮮核危機が進行中。このタイミングで竹島問題を過熱させる事はあまり良くない。・・・本当なら韓国側もその辺りを理解していないといけないが、報道、政治団体の行動は韓国側があまりにも過熱暴走している。

一方日本は、小泉首相のみならず町村外相も冷静な対応を呼び掛けている。あれだけ中国や韓国に手厳しかった町村さんまでもがだ。これは政治であり、理解して欲しい。もちろん、我々市民が竹島問題で大盛り上がりするならガンガンやったれ、と思う。だが政府の立場という物も理解しながらやって欲しい。

私は以前、韓国人の助教授に「竹島問題については半島統一まで待ってあげているだけだ」と言ったことがある。ドイツも、東西統一するまで周辺諸国に戦後賠償を待ってもらっていた事を考えると、普通の選択といえる。つまり、北朝鮮問題が片付いたら日本政府は竹島問題でガンガン韓国政府を問い詰めることになる可能性は高い。

竹島問題で再軍備を考える 片岡鉄哉のアメリカ通信の管理人コラム 

竹島問題に見る再軍備の重要性

日本国内での一般の裁判について考えます。
例えばAさんが、Bさんを訴えるとします。Aさんから裁判所を通してBさんに訴状を出します。訴状を受け取ったBさんは指定の日に裁判所に行かなくてはなりません。行かなかったらどうなるか?
Aさんの勝ちで言い分が通ってしまいます。
当たり前の話ですよね。これ。

しかし、竹島問題は二国間問題です。国際裁判所へ日本は訴えるといっても韓国が応じてくれない。応じてくれないと裁判にならないのが国際裁判なのです。
何も進展しません。

次にフォークランド紛争について比較します。フォークランド諸島をめぐる英・アルゼンチン間の主権戦争がありました。Falkland Islands War または、 Falklands Conflictで、戦争(WAR)より紛争という言葉の方がソフトだから日本ではフォークランド紛争として紹介されています。が、あればバリバリの戦争です。

1982年、アルゼンチンの民間業者が同島に国旗を掲げ、英国政府に退去させられたことをきっかけに、アルゼンチン軍が進攻しました。アルゼンチンに近く、どこやねんというくらいイギリスから遠い南米です。が、イギリスは対抗して戦争に突入しました。遠方のこの離れ小島であろうとも領土であれば応戦するのが普通の国家。英・サッチャー首相は鉄の女と言われていましたが、この場面も見事なほど断固として戦い勝利しました。

しかし、竹島問題についてこれまで自民党とくに橋本派は事なかれ主義のとんだオカマ野郎という状態でしたね。竹島が日本のものということを知らないのか、知っていて見過ごしてきた売国奴なのか?答えは知っていて見過ごした売国奴だと思いますが・・・。

領土が侵害されたら、裁判に訴える。しかし、解決しないならやはり軍事衝突は避けられない。普通の国はこうでしょう。軍事と外交がセットにならないと交渉はできない。交渉が決別なら戦争という選択肢が必要なのです。
アルゼンチンとイギリス間では未だに交渉は続いているようですが、アルゼンチン国民の不満の発散はマラドーナの神の手ゴールにとどめるくらいだ。


(私のコメント)
土曜日のNHK−BS1で「フォークランド紛争」のドキュメント番組を放送していましたが、日韓における竹島問題とよく似ているので考えさせられました。1982年の紛争だから若い人は知りませんが、近代兵器が総動員されて兵器の実験場として注目されました。

イギリスの軽空母機動部隊ととアルゼンチンの小型空母機動部隊の激突かと騒がれましたが、アルゼンチンの巡洋艦がイギリスの原子力潜水艦に撃沈されて、アルゼンチンの軍艦はフォークランド諸島のそばに寄れなくなってしまった。アルゼンチンの本土からはミラージュ戦闘機が飛び立ちましたが、イギリスはシーハリアーが迎え撃った。

アルゼンチンのガルチエリ大統領は国内の不満を外に向けさせるためにフォークランド諸島の占領に乗り出したのですが、それはちょうど韓国が国内の不満を外に向けるために竹島を武力占領したのとよく似ている。ガルチエリ大統領にしてもまさかイギリスが武力で取り返しに来ないだろうという計算があったのですが、それはイギリスがたった一隻あった空母のアークロイヤルを廃船にしてしまったからだ。

フォークランド諸島はアルゼンチンのそばで制空権はアルゼンチンにあったから、イギリス軍が反撃しようにも出来ないだろうという計算があった。それに対して軽空母とは名ばかりのインビンシブル、ハミーズの二隻を派遣した。それに搭載されたシーハリアーは制空権の確保に成功してフォークランド諸島奪還作戦は成功した。

韓国も同じく竹島を占領しても反撃してこないだろうという計算があったから武力占領したのですが、計算どうり日本は反撃してこなかった。その結果、中国も尖閣諸島を我が国の領土と言い始めましたが、武力占領されても日本の政治家は動かないだろう。北方領土に対しても同じことが言える。武力のないことが戦争を引き起こす元になるのだ。

日本は平和憲法と日米安保があるから武力はいらないと学校では教えられてきましたが、日本の周りには国内の不満を日本に向けさせて支持を得ようとする国があるが、これからも絶えず挑発的な事をして日本に嫌がらせをしてくるだろう。いずれ韓国は対馬も韓国領土と言い出すだろうし、中国も沖縄を領土だと言い出すだろう。いったん占領してしまえば日本は取り返せないと見ているからだ。

イギリスは粗末な海軍力しかなくてもサッチャー首相が断固として軍隊を派遣して取り返しましたが、繰り返し占領されればイギリスはフォークランド諸島を維持することは無理だろう。このような西側同士の戦争にはアメリカの仲裁もきかないし、日本と韓国が戦争をしてもアメリカは動けないだろう。だから平和憲法と日米安保があれば大丈夫という日本の政治家の論理は間違っている。

日本もフォークランド紛争の教訓から、生活物資を運ぶシーレーンを守るためには、空母と原子力潜水艦が必要だ。エグゾセという対艦ミサイルの威力も証明されましたが、イギリス海軍はこのエグゾセにかなりやられた。水上艦船だけではまったくの無力でありミサイルの餌食になることも証明された。

潜水艦もジーゼル潜水艦では数ヶ月もの長期の作戦は出来ないし用途は限られる。インド洋から西太平洋にかけての航路の沿岸には軍事独裁政権もあるし、そのような国が日本に対して海上封鎖をしてきた場合、アメリカも中立を保つことになった場合、日本は現在のままでは戦わずして白旗を掲げなければならない。





現地に輸出生産拠点を構える日本企業の収益が悪影響
競争も激しく収益性も悪化しており、対中進出は一服した


2005年5月22日 日曜日

人民元の切り上げ、日本に悪影響か ドル買い支えで痛手FujiSankei Business i.   2005/5/11

中国政府が為替制度改革で通貨、人民元の実質的な切り上げに踏み切る「Xデー」への関心が再燃している。膨張する対中貿易赤字への議会の不満に押され、米政府が中国に早期の改革を迫る強硬姿勢に転換。中国自身にとっても、景気の過熱抑制に為替制度を柔軟化する必要性が高まっているためだ。ただ、民間エコノミストが予想するXデーのシナリオからは日本経済への意外なリスクも浮かび上がってくる。

◆第3のリスク
 人民元の切り上げが起こったとき、日本経済が受けるリスクにはこれまで2つが指摘されている。ひとつは中国製品の輸出価格が上昇し、現地に輸出生産拠点を構える日本企業の収益が悪影響を受ける心配。第2は人民元高がアジア通貨全体の対ドル為替レートの見直しを誘発し、円高ドル安の進行が日本の景気に下押し圧力をかけるというものだ。

 ただ、「中国の輸出へのマイナス影響は、マクロでは人民元高による個人消費の購買力向上や原材料輸入などへのプラス効果で相殺される」(細川美穂子・みずほ総合研究所研究員)。また「人民元は円に対しても50%程度過小評価されており、対円でも切り上がるのが本筋。切り上げ直後はともかく、円連れ高の見方は本末転倒」(佐藤ゆかり・クレディ・スイス・ファーストボストン証券チーフエコノミスト)と、一般に想定されているリスクは心配にはあたらないという。

 しかし、これら直接的に連想できるリスクとは全く別に、日本だけが“トランプのばば”を引く第3のリスクシナリオがある。「中国が米ドルを基軸とする通貨圏から将来抜ける可能性」(白川浩道・UBS証券チーフエコノミスト)だ。

 中国政府は、人民元の対ドル為替レートを固定するため、人民元を売ってドルを買う為替介入を続けている。その額は年間10兆円超(外貨準備の昨年の増加分約2000億ドルの約56%=みずほ総合研究所の推計)の巨額に達し、日本と同様に外貨準備高の大半はドル建て資産で運用されている。米議会が貿易赤字の元凶として目の敵にする人民元の固定相場制は、実はドル買い・運用の資金還流によって米国経済を支えている側面も持つ。だが、固定相場制を放棄すれば中国には外貨準備の運用先をドル建て以外に多様化する選択肢が広がる。

 今でさえ日本に次ぐ世界2位の規模を持つ中国の巨額外貨準備が、運用の軸足を欧州通貨のユーロ建てなどに移せば、国際金融市場での米国債やドルの位置づけは揺らぐ。

◆揺らぐドル
 実際、固定相場制に代わる改革案には、為替レートの連動対象にユーロや円などドル以外の複数通貨を加える「通貨バスケット制」も検討されている。

 特に、「連動対象通貨や変動幅を非公表とするシンガポール型のバスケット方式は投機筋の動きを抑制できるうえ、アジア通貨危機への安定した対応実績からも採用が有力視される」(細尾忠生・UFJ総合研究所研究員)。そうなれば、米国の巨額財政赤字によるドル下落のリスクに対し、中国政府が黙って運用資産の含み損を受け入れるいわれはない。

 半面、たとえ含み損が出ても、日米の同盟関係から政府がかたくなに外貨準備のドル建て運用を守る構えの日本経済は、ひとり中国の抜けた分もドル買い支えのコスト負担を強いられる構図だ。

 人民元高は相対的に日本の中長期の輸出競争力を押し上げるプラス効果ももたらす。その追い風に乗って「日本経済が製造業への依存や資源配分の偏重を強めることにでもなれば、中国のドル離れで受ける痛手も大きくなる」(白川氏)。

 為替制度改革を迫る米政府の強硬姿勢は、中国政府が米政府への圧力として将来、人民元のドル離れカードを切る“両刃の剣”の危うさをはらんでおり、そのツケは米国から日本経済にまわりかねない。(池田昇)


外資の対中進出にかげり、4カ月連続で減少 FujiSankei Business i. 2005/5/21

中国の対外開放や規制緩和の進展に伴いこれまで右肩上がりで伸びていた外資の対中進出数が、今年1月から4月まで4カ月連続で減少し、進出ラッシュにかげりが見えてきた。進出企業が出そろい、過当競争で利益が出にくくなったほか、4月の反日デモも日系企業の進出に影響したもようだ。胡錦濤・国家主席が対中投資促進を訴える異例の呼びかけを行うなど、中国指導部も危機感を抱いている。

◆10年間でまれ

 中国商務省によると、今年1、2月の2カ月間に中国で法人登録を行った外資系企業は5444社で、前年同期比9・02%のマイナスを記録。また、1−4月の4カ月間では1万3092社で、同8・11%の減少だった。

 外資の対中進出企業数が4カ月連続でマイナスとなったのは、ここ10年来で極めてまれ。

 投資額も実質ベースで同2・24%増の174億7300万ドル(約1兆8696億円)と微増だった。

 薄煕来・商務相は、2004年の世界全体の国内総生産(GDP)に占める中国のGDPの割合は約4%となり、世界経済の成長を1割押し上げたとしている。その牽引役となっているのが中国に進出した外資系企業で、すでに28万社が進出しているという。さらに、1990年から04年の間に、中国に投資した外資による利益の累計は2500億ドル(約26兆7500億円)にのぼり、外資系企業の3分の2が利益を上げていると指摘した。

 これについて、外資企業の動向に詳しい在北京の日系企業経済アナリストは「外資の3の1は利益が出ていない。大手企業で中国に進出する企業は出尽くした感がある。また、外資ばかりでなく、中国企業との競争も激しく、収益性も悪化しており、対中進出は一服した」と指摘する。

◆反日デモも影響

 一方、日系企業にとっては3月下旬から4月にかけて全土で活発化した反日デモの影響が強い。

 民間調査企業の帝国データバンクがまとめた「中国のカントリーリスクに対する影響調査」によると、中国での反日デモや不買運動、ストライキを受け、中国への進出計画を持つ企業848社のうち、中止するが7社で、延期するが275社と、全体の33・3%が見直す意向を示している。

 胡錦濤国家主席は16日夜、北京で開かれた「フォーチュン・グローバル・フォーラム」で演説し、「中国の対外経済協力と外国企業の対中投資のためにあらゆる便宜を図る」と強調した。

 外国企業の投資環境を改善するため、「さらに市場を開放し、外資企業の投資保護に向けた法律を整え、知的所有権の保護を強化する」とし、世界各国の経営者に「中国での投資や貿易を拡大し続けることを歓迎する」と呼びかけた。


(私のコメント)
昨日の続きになりますが、日本の大手家電メーカーの常務島耕作は反日デモに遭遇して、この難局を乗り切ることが出来るだろうか。中国としては資本と技術を提供してもらって経済発展をしているのに、胡錦濤政権は反日デモを仕掛けてきたわけですが、まさに自殺行為なのですが、案の定デモは暴徒化して日本大使館や領事館まで襲撃した。

それでも日本の財界人は中国人の誘いに乗って中国へ進出する企業が後を絶たない。世界経済はグローバル化しているから海外の安い労働力を使わなければ競争に勝てないのはわかりますが、中国や韓国のような対日感情の悪いところでは、最初は一生懸命投資を呼び込みますが、それが国民のナショナリズムを刺激して反日デモを巻き起こす。

タイなども一時期は対日感情が悪化した時期がありましたが現在では収まっている。今日のサンデープロジェクトでも日系の自動車メーカーを採り上げていましたが、97年の東南アジア金融危機を乗り越えて成長軌道に乗り始めた。タイなどのように資本主義国家なら経営が軌道に乗ればそれなりのメリットがある。人件費も今では総合すれば中国と大して変わらない。

ところが中国は経済が資本主義で政治が共産主義では、いつかはこの矛盾が爆発して内乱が起きるだろう。経済が成長すればするほどこの矛盾は大きくなり爆発した時のダメージも大きくなる。共産党の一党独裁国家だから当面は内部矛盾を力で抑えることが出来る。そのためのガス抜きを反日デモで解消しようというのだろう。その反日デモの矢面に立たされるのが日系企業ですが、わざわざ石を投げられに行くようなものだ。

中国は間違いなく崩壊する 4月14日 依存症の独り言

今、巷には、中国の非礼極まりない態度に対する非難の声が満ちている。これまで、
あの国にあまり関心を抱かなかった人たちも、今回はさすがに頭にきたようだ。
結果的に中国政府は今回、日本国内に「反中感情」を普及させる役回りを果たしたことになる。おそらく「政冷経熱」も「政冷経冷」に向かうであろう、徐々にではあるが。
これを「自業自得である」と云ってしまえばそれまでだが、実は中国には、そこまでせざるを得ない事情があるのだ。日本の国内世論を敵に回してまで、あるいは日本からの投資が鈍化するかもしれないというリスクを冒してまで対日強硬路線を選択せざるを
得ない事情。今回は、そのあたりの事情について書いてみたい。

中国は間違いなく崩壊する。これは希望的観測ではない。断言できる。なぜなら、下部構造(経済)が資本主義で上部構造(政治)が共産党独裁なんてありえないことだからだ。
「下部構造が上部構造を規定する」というマルクスの理論を持ち出すまでもない。要は、油(資本主義)と水(共産主義)は永遠に交わることがない、ということだ。加熱した油に水を差すと、油が弾け飛び、鍋は爆発する、これが自然の成り行きである。(中略)

今の中国の本質を、元大蔵省財務官(現国際通貨研究所理事長)である行天豊雄氏が中国経済と日本の中で見事に看破している。
氏は、「今日の中国において共産主義は、平等を追求するイデオロギーとしての役割を失っている」とする一方、「多くの中国人にとって、宗教的な社会倫理は無縁な場合が多い」と指摘している。

つまり、今の中国には、社会的規範となるはずの「共産主義イデオロギー」もなければ、その代わりとなる「宗教的社会倫理」もない(共産主義において「宗教はアヘン」であり、弾圧の対象である)。あるのは「飽くなき貪欲」=「モノ、カネ」信仰だけなのである。

日本を含む先進資本主義諸国には、「モノ、カネ」以外に共通の価値観として「自由と
民主主義」がある。「宗教的社会倫理」も「モノ、カネ」に対する一定の節度として作用している。ところが、中国にはそのいずれもが欠けている。あるのは、際限のない「汚職の横行と飽くなき貪欲」(行天氏)である。(中略)

幸い、今の中国は持続的高成長を維持している。この高成長がもたらすパイの拡大で、かろうじて政治的、社会的安定を保っている。しかしこれは、極めて脆弱な安定である。前述したように、高成長に伴い、社会的不平等の急拡大と汚職の横行という否定的
側面も体制の根幹を揺るがしかねないレベルにまで達している。
従って、ひとたび成長神話が崩壊すれば、たちまち
「このコンフリクト(対立・相克)が暴力的な形で出現することになる」(行天氏)
のである。

そして、それが「天安門事件」の比ではないことは誰の目にも明らかである。もちろん
賢明な中国共産党指導部が、これらのことに気づかぬはずがない。だからこそ「反日
騒動」を定期的に繰り返し、膨らんだ風船のガスを抜く必要があるのだ。
比較的裕福で、インテリ層に属する学生たちの政治的不満が、苦難にあえぐ農民や「民工」の社会的不満と結合し、反政府へと向かうのを防ぐには、とりあえず「反日」が手っ取り早いのである。

人民の支持を失くした共産党が、社会的規範を失くした人民に対して、その独裁支配を正当化する途は、もはや経済成長と「日本軍国主義から祖国を解放したのは共産党である」という錦の御旗の二つしかない。だからこそ「歴史の歪曲」や「軍国主義の復活」に強硬に反対する姿勢が欠かせないのだ。

労働者と農民の党・中国共産党が支配する国で、労働者と農民が搾取され抑圧されている、という大いなる皮肉は、歪みきった中国の今の姿の反映であろう。
共産党独裁という今の体制が続く限り、国家が発展し経済が成長すればするほど社会的・政治的不満は拡大し深化する、という政策レベルではどうにもならない構造的矛盾にさいなまされ続けるのである。なぜなら今の共産中国には、「市場経済」=弱肉強食を制御する民主主義もなければ宗教的な社会倫理も存在しないからである。
やはり、この矛盾を解決する途は、もはや共産党支配の終焉=現体制の崩壊しかありえない。そしてその日は、そんなに遠くはない。


(私のコメント)
「依存症の独り言」の記事を読んでもらえればわかるとおり、中国の共産主義イデオロギーは崩壊しつつある。しかしそれに変わる宗教的社会的倫理もない。だから契約も守られず、こんな国では資本主義も根付かないだろう。あるのはただ金銭欲のみであり金の為なら10万円で平気で殺人もする。

ソ連が崩壊してロシアになったとき、ロシアは共産主義イデオロギーも崩壊し、起きたことは社会の崩壊であり、ホームレスの子供たちが地下の下水道がねぐらになったりした。軍人にも給料は支払われず兵器や弾薬が横流しされて自分達の給料を稼いだ。おそらく中国も同じような事が起きるだろう。

中国人に宗教的倫理感を持てというのも無理だろう。共産主義は宗教を弾圧してきたから、現代の中国人に孔子を説いたところでわからない。第一彼らには古代中国の古典は読めない。日本人なら漢文を読むように孔子や荘子などをそのまま読めるが、現代の中国人は文化的な断絶があり中国4000年の歴史は嘘であり、中国はたった55年の新興国家なのだ。




「常務 島耕作」も中国における反日デモで悪戦苦闘
IT分野における中国の技術力はまだまだまだ低い


2005年5月21日 土曜日

島耕作に見る中国ビジネス 日立総合計画研究所 研究員 栗山 英樹

サラリーマンの行き様を描く「島耕作シリーズ」も、1983年に「課長島耕作」のタイトルで連載が始まり、主人公の島耕作は係長を皮切りに課長、部長、取締役と順調に昇進を重ねてきた。その島耕作も今年の2月に常務取締役に就任している。現実の取締役の仕事と言えば会議ばかりというのが実情で、漫画としてはとても絵にならないということで、中国担当役員として上海を舞台に事業を展開する、言わば執行役員的な設定となっている。常務取締役に昇進してからも、上海地区の担当から中国全土を担当する役員として、中国ビジネスを手がけていくようだ。

いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの島耕作も、2002年に取締役に就任した当初は中国ビジネスを甘く見ていたところがあるようだ。当時の日本の製造業は、国内での不振や海外での価格競争の激化により苦しむ状況の中、安い労働力が豊富な中国に生産拠点を展開することで、その状況を打破し再生を目論んでいた。こうした期待を持って島耕作も上海に赴任することになるが、現場の空気を肌で感じることによって、本社の観測が保守的で危機感のないものだと知ることになる。既に、韓国、台湾、中国のローカル企業の製品が入り込んできている日本市場の中で、日本企業が日本国内で作るより中国で安く製品を作るというこれまでのメリットはメリットでなくなったということだ。

一方、市場としての中国は、過去20年の間に右肩上がりの経済的成長を遂げている。2000年に入ってからのGDP成長率も7〜9%台を堅調に刻んできている。まさに中国市場は「世界の市場」としての魅力度を高めているわけだ。1980年代に「三種の神器」と言われていたカラーテレビ、冷蔵庫、洗濯機に始まり、エアコン、電話、ファックス、パソコンの普及率が高まってきている。今年の春節(旧正月)商戦では、デジタルカメラ、MP3、携帯電話が「新・三種の神器」と称されているようで、中国人の購買意欲はとどまるところを知らない。成長を続ける中国市場と販売量を急速に伸ばすローカル企業を目の当たりにして、島耕作は中国ローカル企業と、日中双方の市場における販売網の提携、および技術提携を結ぶことを決断した。つまり、中国を生産拠点として位置付けるのではなく、共存共栄の関係構築を選択したのだった。

外資との合弁や技術提携によって、技術力を見る間に増してきている中国だが、その技術力はかつての日本がそうであったようにコピー段階であると言える。これは、家電製品を中心とした生活用品の普及が飽和状態でないため、高い需要に対する量的な拡大にとどまり、質的な向上や高付加価値化まで至らなかったことに因るだろう。つまり、「箱物」重視の体質であり、研究開発投資へのプライオリティが低いという問題である。私も中国のソフトウェア開発案件に携わったことがあるが、まさにそのような状況に直面した経験を持つ。

島耕作が中国ローカル企業との共存共栄の関係構築を選択したと先にも述べた通り、私が参加したプロジェクトでも、中国のIT企業に技術供与を行い、それらIT企業に業務パッケージの開発を委託し、販売時のキックバックを受益するビジネスモデルを狙いとしていた。しかし、そのビジネスモデルの遂行も困難であることを知ることになる。それらIT企業の中には、前身が国有企業である企業もあったが、その企業の「ソフトウェア開発力はあります!」という開口一番の言葉の後によく聞いてみると、ATM等のいわゆる「箱物」に依存する収益構造を持っていることが分かったのだ。彼らが言う「ソフトウェア開発力」とは、「箱物」に取り付けられるマイコンの制御プログラムの開発力であったのだ。また、中国国有銀行との取引がある他のIT企業においても、業務パッケージの設計レビューを進めていくたびに、彼らの設計能力が乏しいことを思い知らされることとなった。やはりIT分野における中国の技術力はまだまだ低いものであったのだ。

しかし、彼らとの共存共栄はその関係構築の第一歩を踏み出したばかりである。ここで日本企業も踏ん張らなければ、彼らも他の外資企業と組み直すだけだからだ。2001年の中国のWTO加盟により中国市場の国際標準化の流れは明確であり、それに伴い中国ローカル企業も国際競争に晒されることになり、他社との差別化も必須の経営環境となることは想像に難くない。量的な「箱物」重視の体質から、質的向上や高付加価値化への脱却は中国ローカル企業が生き残るための経営命題となる。ただし、そこには中国ローカル企業の課題があり、逆に日本企業を含む外資企業のビジネスチャンスが内在すると思われる。

それは、中国の技術開発力の歴史は非常に浅いということである。中国は、国内に53ヵ所のハイテクパークを持ち、税制優遇により外資企業の進出を促し、中国ローカル企業との積極的な技術提携を進めているが、「ドッグイヤー」で成長を続ける中国でも、この構図は当面は続くと思われる。現在の比重は、すぐに収益に結びつく応用分野の研究開発が中心で、技術蓄積が必要な基礎研究分野はこれからの状況であるようだ。ここに基礎研究分野における技術蓄積のある先進国企業のビジネスチャンスがあるわけであり、基礎技術に基づく中国市場向けの製品開発といった応用分野の研究開発を中国ローカル企業と共同で進めることが出来るのだ。

中国は、生産拠点から販売拠点に確実に転換している。さらに今後は研究拠点としての機能も大きく強化されることは間違いないだろう。そのとき、20年先、いや10年先にはアジア1位の座は日本から中国へ取って代わられているかも知れない。しかし、経済力の大きさは利益の大きさにも影響を及ぼすわけであり、中国経済成長の影響を恩恵として受けられるような、共存共栄の関係構築がいま必要なのではないだろうか。このようなことを思いつつ、「常務島耕作」の活躍を楽しみに待ちたい。

日立総合計画研究所 研究員 栗山 英樹


(イノベーティブワン)でのインタビュー記事 漫画家 弘兼憲史

政治を舞台にして新境地を拓く

―― そのあと、『課長 島耕作』(1983〜)が生まれたわけですね。

弘兼  はい。その頃は自分も中堅クラスになっていてかなり忙しくしていたものですから、どこの出版社も「どんなテーマでも良いから一作お願いします」と言ってくれていまして、講談社からの依頼に応えて、『カラーに口紅』というオフィスラブをテーマにした作品を描いたんですね。それがたまたま好評だったものですから、担当の編集者が勝手に『係長 島耕作』と改題し、それがシリーズ連載の『課長 島耕作』へと発展していきました。

―― それがついに『部長 島耕作』『取締役 島耕作』とステップを踏んで、ついに『常務 島耕作』(今年2/24号から連載開始)まできてしまった。

弘兼  若い頃は現場での活躍が多いから、絵も動かしやすいけれど、偉くなってくるほど正直漫画としては難しくなってきます。実際に「常務」といわれる人の日常の仕事ぶりを取材してみると、朝から夕方まで会議に出て、夜は経団連のパーティに出て、といったパターンが多くて、漫画になりにくいわけです。そうすると人間関係みたいなモノを中心に描いていくしかない。リアリティが売りの漫画ですから、今になって「実は島耕作は宇宙人だった」というような、あまり突拍子もないことは描けませんから(笑)。

―― 政治の舞台を扱った『加治隆介の議』はどのような経緯で生まれたのですか。

弘兼  92年当時ですね、10年やってきたからということで、『課長 島耕作』を終わらせました(7年後に『部長 島耕作』として復活)。人気があったので、勝手にやめることに関しては、出版社には申し訳なかったと思っています。しかし、「ビジネスの現場というものをあれだけリアルに描写した漫画はこれまでなかった」という評価もいただき、それなりの達成感はありましたから、一旦区切りをつけようと思いました。

―― そして、他人が扱っていない新しいテーマに挑戦しようと考えられた。

弘兼  はい。そこで「弁護士は?」「医者は?」「競馬の世界は?」って、一つひとつ拾い上げてみると、漫画ってほとんどやりつくしているんですよね。でもよくよく考えてみると、政治モノというのはなかった。本宮(ひろ志)さんは既にやられてましたけれど、本宮作品は「サラリーマン金太郎」にしても然りですが、僕のとは正反対というか、“常識離れした魅力”ですよね。それはそれで当然“アリ”なんだけれど、僕は別の路線でやってみようと思った。ただ、リアリティのあるものを描こうとすると、どうしても永田町の“取材の壁”にぶち当たるわけです。

―― その壁をどのようにクリアしたのですか。

弘兼  自分が全くの新人だったり、子どもを対象とした作品を描いていたら難しかったでしょうね。私の場合、社会人の読者がたくさんいるでしょう。『島耕作』や『ハロー張りネズミ』とかのファンだっていう人が、国会議員や官僚の中にもたくさんいたんですよね。そういう人たちが次々に取材に協力してくれました。元々、全共闘世代なので、政治に関心はあったのですが、実際には無知というか知らないことばかりでした。「国会の会期はいつだっけ?」「国会議員はどこに住んでいるのか」「彼らは日常どこで何を食べているのか」・・・そんなところから一つひとつ調べていきました。

 お金持ちの議員は東京にもマンションを持っていますが、実際にほとんどの議員は議員宿舎に住んでいます。選挙区のスタッフや東京でのスタッフの給料などを歳費から賄っていくと国会議員自身にはほとんどお金が残らないんですね。自宅に入れているのは月20万円くらいなんていうのはざらですよ。そういうことが取材をしていくとだんだん分かってきます。

―― 結構慎ましくやってるものなのですね。

弘兼  僕らが、夜更けに赤坂の議員宿舎あたり、一ツ木通りでほろ酔い気分で飲んだくれてると、コンビニ弁当と資料をいっぱい抱えた国会議員によく出くわすんですよ。「こんな時間に何してるんですか?」「これから勉強(会)なんですよ」・・・一部で悪いことがあると、彼らはすぐにマスコミに袋だたきにされるけど、「頑張っているヤツもたくさんいるんだな」「政治家のイメージが間違って伝わっているな」と思うわけです。少しはそういう実情を世の中の人々に知ってもらいたいという気持ちもあって、『加治隆介の議』をはじめました。実際に今国会にいる中に、「弘兼さんの『加治隆介の議』を読んで、政治家を志すようになりました」っていってくれる人が何人もいます。そういうのは漫画家冥利に尽きますね。



(私のコメント)
コミック漫画は大人の読者も多いからテレビほどではないですが、政治的な影響力も多い。以前にも「ゴルゴ13」を株式日記でもとり上げたことがありますが、常務島耕作も中国の反日デモの対策に追われています。大手家電メーカーの常務で中国全域の責任者ですが、中国は家電メーカーにとって良い市場なのだろうか。

中国にもハイアールといった世界的メーカーもあるし、国産家電メーカーがひしめいている。家電製品は安さが勝負で品質や高級品などというものでも差別化が難しい。日本の家電メーカーが新製品を投入してもすぐに中国メーカーに真似されてしまって、あまりいい市場ではないようだ。

それでも日本の経営者達は13億人の市場の幻想にかられて進出したわけですが、案の定、反日デモの暴動によって日系の商店は石を投げられ、日本製の商品は不買運動にあっている。しかしこのようになる事は何度も経験しているのに、日本企業は何度も同じ間違いを繰り返す。戦前の日貨排斥運動からなにも中国は変わっていないのだ。

中国がなぜなかなか近代国家に生まれ変われないのかいろいろ原因があるのでしょうが、中国人自信も自分の力による発展を諦めて、外資を導入して技術と資本ごと導入して経済発展したのですが、それが自力発展につながるのかの岐路に立たされるわけですが、反日デモが起きたこと自体が上手くいっていない事の証拠になるだろう。

上手くいった事業にしても合弁先に経営の主導権を奪われて、何のために中国へ進出したのかわからなくなっている。中国で成功するには短期間で資本を回収して、その会社を地元資本に売却することだ。IBMのパソコン部門も中国企業に売却された。一番手として中国に乗り込み二番手三番手に事業を売却すれば中国ビジネスも成功するだろう。

中国経済の崩壊が近いのは何故か(1) 大紀元 作者:欧陽湘

○日本第二位の製紙会社が撤退

 日本第二の製紙会社である日本製紙グループは、2003年の12月になって総額 100億円の資金で製紙工場を建設すると発表し、2004年6月に工場建設に着手した。しかし、今年4月26日、中国承徳帝賢針紡公司との合資で製紙工場を建設する計画を中止した。その理由は、資金の回転が早すぎ、これに持ちこたえられなくなったことである。

○オーストラリア第二位のビール会社が2億ドルの損失を出して撤退

 160年余りの歴史を持つオーストラリア第二のビール会社であるライオンビールは、世界に一流のビール生産会社を約20保有し、総資産額は21億ドル、製品は世界80余りの国や地域で販売されており、年間の販売額は12億ドルとなっている。

 しかし、不思議なことに、ライオン(獅王)は何処へ行っても王を称することができたが、中共国家においてのみうまくいかず、進出するとすぐに障害者となってしまった。

 北京現代商報が2004年9月15日に報道したところによると、ライオンビールグループは、1995年に中国に進出した後、前後して無錫、蘇州、常州に3つのビール工場を建設した。しかし、この9年間における中国での営業損失は2億オーストラリアドルとなった。昨年9月、ライオンビールは中国側と資産譲渡の協議に正式にサインし、落とし穴だらけの中共国家の市場に別れを告げた。

○ドイツ最大の建材流通大手が撤退

 企業規模はドイツ第1位、世界第4位で、世界に3万人近くの従業者を擁するドイツの家具建材流通会社OBIは、4月27日、中国市場から撤退し、海外販売の重点をヨーロッパの国々、とりわけロシア、ポーランド、チェコ、イタリア及びスイスといった潜在的な新興市場に移すことを発表した。

 2002年、OBIは中国の無錫に一番目の家具建材マーケットを開設した。中共は多くの優遇措置を与え、この甘いナツメでOBIを騙し、中国の家具建材市場に巨額の資本を投下させることに成功した。OBIの中文サイトには、中国市場の発展戦略がこう記されている:“2010年の予測として、OBIの中国における経営規模は100店舗となり、事業規模はトップとなっている:中国製品の輸出を強力に推進し、より多くの中国サプライヤをリードして国際市場に打って出る:従業員は30000人となる:中国で最も卓越した流行家具の小売企業になる。”

 しかしOBIは、5年を経ずして、13店舗を開業し、他に5つの店舗を施工していたところで突然中国市場を放棄することを発表した。上海に設置した中国本社さえも事情の分かっていないイギリスのKingfisherに譲渡された。しかし、OBIは中国における経営情況については明かさなかった。100店舗に向けてスパートをかけていたOBIは何が原因で撤退したのだろうか?ドイツ政府が最近紡績品問題で中共に制裁をしようとしている点を考えると、重大な政治的、経済的考慮なくしてOBIはこのような行動をとらなかったであろう。


(私のコメント)
このような状況になってもNHKを始めとして中国の巨大市場と煽るメディアと識者が絶えませんが、報道機関としての役割を放棄して中国の宣伝機関になり下がっている。BBSの書き込みでも日本が進出しなければ欧米の資本が有利になるだけと書き込んでも工作員の書き込みとすぐにわかる。むしろ撤退したがっているのは欧米であり日系企業に売り逃げようとしている。

それは中国そのものに問題があり、マスコミは明らかにしようとしませんが、大紀元などの反共産党系の新聞を読むとフォルクスワーゲンもジーメンスも大赤字で撤退を考えているようだ。おそらく日系企業が直面した問題に欧州系の企業も直面したのだろう。

大手家電メーカーの常務の島耕作も悪戦苦闘していますが、傷の浅いうちに中国市場から撤退を決断することが一番の方策だろう。島耕作が言っているように中国ではたとえ契約をしていても自分勝手でケンカをしたらそれでおしまいなのだ。




中国や韓国の情報宣伝戦争の本質はテレビドラマにある
このような反日ドラマを見て若者は反日デモに参加する


2005年5月20日 金曜日

大きな転換点が見えたではないか 5月19日 西村眞悟 

四月に起った中国の反日デモと日本大使館損壊、及びこの事態に関する中国政府首脳の言動と中国民衆の表情は、
明らかに、日本の従来の対外姿勢の転換を迫るものであった。
 小泉総理が、インドネシアのバンドンなどで惰性で村山総理の謝罪談話を朗読したことなどは、日本政府が無能で事態の本質を理解できないことを示すものでしかなく、
国民の目は、我が国「従来の路線」の間違いを明確に見抜いている。
 
 この間違った我が国「従来の路線」とは、謝罪外交である。
この謝罪外交は、日本の歩みを「悪」と決め付けた東京裁判への盲従からもたらされた。 そして、東京裁判を生み出した連合国の思想は形を変えて現憲法生み出したのだ。
 従って、現憲法を盲信する限り、日本断罪の東京裁判史観の牢獄のなかに我が国は閉じ込められたままの状態になるようにできている


 そこで、この謝罪路線の間違いが明らかになったということは、
即ち、従来の牢獄から脱却するチャンスを国民が手に入れたということになる。
 つまり、東京裁判史観から脱却できれば、我が国政治は、教訓の宝の山である自国の近代史から多くの指針を得ることになると共に、周辺諸国を含む世界情勢の本質を見ぬく眼力を獲得できるようになる。
 そして、何より、国家運営の根本である、国民の祖国への誇りを堂々と取り戻すことができるのである。

 さて、この度の反日デモで明らかになったことは、
戦前戦後を通じて、中国大陸の政情は不安定極まりなく、
権力者は、反日・侮日の大衆運動を以って、
政権獲得(戦前)と維持(戦後)の為に利用するということである。
 さらに、中国の権力者はただ武力のみを信奉して民衆を信頼せず、
民衆もただ武力故に従うだけで権力者を信頼せず、両者本音を表明することはない。共通点は、金銭欲・物欲だけ。その権力者と無量の民衆が、欲望の盲流となってのたうっている。

 そして、このような中国に、謝罪すれば事が収まると考えてきたことの間違いがやっと反日デモという衆人監視のなかで判ったわけである。
 
 このことは、昭和に入って、対中宥和と同情と寛容を以って反日行動に無抵抗で対処しようとした、いわゆる幣原協調外交が、中国人の際限のない対日暴力への道を開き、それこそ「愛国無罪」の為さざるなき暴力と無秩序を生み出した経験と驚くべきことに同一なのである。

 戦前の宥和外交が却って国家の危機を招き、戦後の謝罪外交もこれ以上放置すれば国家の危機を招く。
 つまり、戦前戦後を通じて、我が国は、中国人に惑わされ、同じ轍を踏んだのである。

 そこで、中国は善で日本は悪であるという従来の東京裁判の首枷を棄てて、この事態に至ったことを前提にして予見できる将来を大観してみよう。

 戦前、この中国における反日の暴力という事態を前提にして、
今村均将軍は、「満州事変は歴史的必然である」と喝破した。
 大陸で唯一秩序を回復して平穏な生活を享受できるようになった地帯が満州であった。
 この満州における日本の権益に対する絶え間なきテロと破壊活動及び日本人に対する襲撃に直面すれば、
現在のイラクの米軍がそうであるように、秩序回復の為に、テロリストとゲリラとその親分の掃討作戦開始は不可避となる。
 世界的智将である関東軍参謀作戦主任石原莞爾中佐は、一挙に一万未満の関東軍を動かして三十万人の張学良軍をまことに短期間に駆逐して満州の治安を回復した。これが、満州事変であった。

(イラクの米軍は、現在、テロを撲滅できずにてこずっているが、
事前に満州事変の石原中佐を研究しておけばよかったのだというのが私の持論である。米軍は、ハイテク兵器と工兵や大砲を主体にして派手な戦争ショーのようなことをやったが、結局地味な歩兵の用い方を知らなければ治安維持即ち平定はできないのだ・・・閑話休題)


 戦前は、満州が騒擾の場となり反日の場となり、我が国の運命に重大な影響を与える地帯となった。
 では、現在は!
 中国が、戦前と同じく、反日・侮日の大衆行動を煽りながら、日本の権益に対する攻撃を仕掛ける場所は存在するのか?

 存在する!
 それは、台湾海峡と東シナ海である

 言うまでもなく、台湾及びその周辺の海域は、海洋国家日本のシーレーンつまり生命線だ。
 この海域と台湾の平穏は、我が国の死活的権益であるといえる。
 さらに、東シナ海の我が国排他的経済水域における海底資源確保は、言うまでもなく我が国の重要な国策である。
 しかし、近い将来、
中国は、この我が国の資源を開発しようとするわが国の行為を絶え間なく妨害し続け、さらに、我が国の排他的経済水域内の海底資源を勝手に掘削し始め、尖閣諸島に中国人を登らせるであろう。
その手段は、もちろん、暴力つまり海軍力の行使である。
 それと同時に、中国は、核ミサイルと原子力潜水艦によって我が国を威嚇恫喝しながら、台湾の武力併合の機を狙い続ける。

 百年前、陸奥宗光と小村寿太郎の対中・対露強硬外交は終に我が国を救い、陸奥、小村亡き後の幣原宥和外交の結果は既に出ている。
 
 そして、これから謝罪外交の結果が眼前に出る番だ。
 
 戦前は、日本一国で満州での対処方を決断実行せざるを得なかった。
しかし、現在は、徹底した日米共同対処の体制で臨む覚悟を固めねばならない。もっとも、今までの軟弱な卑怯者が米国の影に隠れるような日米安保の形ではない。
 あくまで我が国が主体となって、日米同盟の元に台湾海峡と東シナ海で横暴なる中国の暴力を押さえ込む覚悟と実力を整えるべきなのである。
その為に、百年前の先人の信念を信念とし、明確・具体的な国防思想を持った政治の早急な創設が急務である

 郵政民営化で騒いでいる時ではない(・・・現在、騒いでいる)。

 十年前の平成七年、村山内閣における国会謝罪決議と村山総理大臣謝罪談話が、十年のサイクルを経て現在の我が国にもたらした事態を目の前にして、この状態を予見して一貫して謝罪に反対してきたが故に、
不肖西村に、斯く申して将来を担う資格があると自負し記した次第である。


(私のコメント)
4年間の小泉内閣の実績としてあげるとするならば、外交政策が謝罪外交から脱しつつあることだ。就任当初から靖国参拝を公約にしたが、中国や韓国から激しい抗議を受け、日をずらしながらも参拝を続けていた。しかし中国は今回の小泉発言に対してクレームをつけながらも人民日報などには記事を掲載しなかった。

記事を出せばまた反日デモの火をつけかねず、朝日新聞と連携しながらの中国政府の靖国参拝に対する抗議は小泉首相には効果がないようだ。。抗議しても以前のように外務大臣が駆けつけて謝罪するわけでもなく、ODAの金額も増えるわけでもなく年々減らされて08年にはODAは打ち切られる。官製デモを仕掛けても暴走が心配だし打つ手が無いから報道も抑えた。

日本人は真っ正直だから中国や韓国から抗議されると電気ショックに打たれたかのように反応して謝罪してくるから、中国や韓国政府は面白半分に反日デモを仕掛けてくるのでしょうが、日本に対して外交的宣戦布告をしても日本なら楽に勝てるとノムヒョン大統領は考えたのだろう。中国も韓国も日本もほとんどが戦後生まれで戦前のことを知識としてしか知らない。

中国も韓国も戦前の日本ばかりを教えて戦後の日本を教えないのは日本に対するイメージが偏ったものになる。日本の外務省も内政干渉になるから中国や韓国の歴史教科書に対するクレームはつけてこなかったが、それが反日デモの温床となっているのならば、もっと現代の日本の事も教えろというのは外務省の役目だろう。

中国や韓国が日本との講和条約が締結されて戦前戦中の諸問題が話し合いか解決がされたにもかかわらず、民衆を煽って反日デモを仕掛けてくるのはなぜなのか。これは一種の日本に対する情報宣伝戦争なのだろう。アメリカなどもCIAなどが情報宣伝戦争をしているが日本政府や日本国民は、このような情報宣伝戦争に対する認識がない。

日本のテレビメディアは韓流ブームを盛んに煽っていますが、これも韓国の情報宣伝機関が日本のマスメディアに食い込んでいることの証拠だろう。そして放送される韓国ドラマの多くが美男美女が登場する恋愛ドラマがほとんどだ。どうしてなのだろうと以前にも株式日記で書きましたが、歴史ドラマや社会はドラマなどはとても日本では放送できないとんでもないドラマが放送されているが、この事実には日本のテレビメディアは決して触れない。

「冬ソナ」で日韓親善を煽るのはいいが、韓国ドラマは天皇射殺や日本に核ミサイル撃ち込むドラマで一杯 2004年7月10日 土曜日 株式日記

こんなん放送できっこない!韓国トンデモ反日ドラマ Part1  

韓国と同じように中国でも強烈な反日ドラマがテレビで放映されているらしいのですが、中国在住の日本人は、あまり内容がひどいので見るに耐えないらしいのですが、日本の外務省はどうして抗議をしないのか。学校の歴史教育よりもテレビで放送されているドラマの方が影響度は強いと思われますが、かなりひどい日本人がドラマの中で登場するらしい。

来年は反日映画やドラマが60本もつくられるそうです 2004年12月14日 中国反日情報

12月13日毎日新聞

来年の「終戦60年」に向けて、中国国内で抗日戦争を題材にした映画やドラマ60作品余りの制作が予定されていることが明らかになった。中国紙「北京青年報」が12日報じた。来年には終戦60年を記念したさまざまな行事が行われ、旧日本軍の侵略の歴史が改めて取り上げられる見通しで、反日感情の増幅につながる危険もはらんでいる。

 中国では来年を「抗日民族解放戦争勝利と反ファシスト戦争勝利60周年」の記念の年と位置付けている。中国中央テレビでは抗日ドラマ第1弾として、今月5日から午後8時のゴールデンタイムに、第二次世界大戦中に日本で強制労働させられた中国人たちを描いたドラマ「記憶の証明」を放映、反響を呼んでいる。

 現在撮影中の作品には「逐日英雄」「鉄道遊撃隊」「敵後武工隊」などがある。具体的な内容は不明だが、旧日本軍の侵略に対する共産党軍の戦いがテーマとみられる。同紙は「恨みを理性的な反省に変える」「寛容な心で未来に向かう」ことを制作意図にしていると指摘しており、反日感情を刺激しない配慮もあるとみられる。しかし、視聴者がどう受け止めるかは未知数だ。


(私のコメント)
このような中国の反日宣伝映画やテレビドラマは日本で紹介されることはない。例外的に「記憶の証明」というドラマがNHKでも放映されるというニュースがあったようですが、今回の反日デモ暴動でお蔵入りになりそうだ。しかし東南アジアではこのような反日ドラマが放送されているので、そのような影響を考えただけでも日本政府は抗議すべきですが、そのような形跡はない。

中国や韓国の映画やドラマが恋愛物に限られてしまうという背景は、歴史ドラマや社会派ドラマは反日的なひどい内容らしいからだ。このようなドラマを真実として中国や韓国の国民は見ているのですが、これでは日中友好や日韓友好などまったく考えていないことがわかるだろう。

逆にこのような反日ドラマを日本で放送したほうが実態がわかっていいのではないかと思う。商業的には成り立たないからNHKあたりで反日の検証番組として放送してみたらどうだろう。「記憶の証明」も例によって恋愛ドラマですが歴史ドラマの要素もあり論議を呼びそうな内容らしい。

記憶の証明って何を証明したの? 5月5日 中国という隣人

1話ごとにこき下ろしてきましたが、やはり酷いドラマですね。無理やり融和ムードを演出させる台本を使ったからか、編集のやり過ぎか、とにかく酷いです。ドラマとしてもプロパガンダ映画としてもどっちつかずで最低です。掴みにくい過去と現在を行き来するストーリー構成、これです。最初から捕虜がじじい(漢生)以外死ぬことは分かっているわけですから、記憶の証明をするのなら暴動シーンまで引っ張る必要はないのですが、それだと視聴者お待ちかねの戦闘シーンが無くなり、期待を裏切ることになりますので。

あれこれ詰め込みすぎでしたね。台湾人、捕虜の労働争議、靖国神社。単語は散りばめて見たけれどという程度でしょう。何かの伏線としてつながるのかと思いきや、言いっぱなし。所詮は日本と日本人に対する悪意を植えつける装置という枠から出てこられない、いつもの抗日ドラマでした。

いつもの抗日ドラマと違うところと言えば、日本人が大挙出演している点でしょうが、もうちょっといい役者使ってくださいな。「大陸の男」はもういいので。一人二役なんて地獄。中国人には受けがいいようですが、あれは日本人視聴者に対する嫌がらせですか?日本語が不自由な日本軍兵士がいてもいいから、それだけはご勘弁を。

評判が良いといえば、こんなものを「面白い」だの「矢野の演技に圧倒された」だの言ってる、中国人の程度が知れます。普段何を見ているんでしょうか。「一話も欠かさず見る」ようなレベルのものではありませんが、これに食い入って見ている人間もいるということで、民度かなあとしか結論付ける事が出来ません。

=====

日本で放送されると知ってから、私は解説書のつもりエピソードガイドを作成しました。アイリス・チャンの偽書『レイプオブナンキン』は、誤った点を指摘した副読本の発行が認められず日本語版発行も「右翼の妨害」で中止になりました。逆に何の注釈もなかったアメリカでは50万部が売れました。今でも日本があの本に書かれているようなことをしたと信じきっている人間は多いと思います。それは現在進行形で増えていっていることでしょう。英語で書かれたものの反響は絶大です。そういった誤解を生まないためにも、こういった解説は必要だと思うのです。

私が恐れるのはどこかの局が、終戦記念日前後に放送しないかということです。幸いにして、放映権を買い取ったCS局でもまだ放映はされていません。されたとしても中国人しか見ていませんから無防備の日本人が汚染されることはないでしょうが、不特定多数が汚染される地上波は怖いですねえ。

NHK辺りが有り余るコンテンツを差し置いてもやりそうなので出来るだけ急ぎました。最近のNHKはどうも中国礼賛が一段と増してきたように思います。「戦後60年〜証言〜(3)『花岡事件』の真相を探る」、とかいってドラマを再編集して流さないとも限りません。それを朝日の「声」欄が掲載し…といつものパターンに持ち込まれる可能性もあります。杞憂であればいいですが、それに対して備えておく必要はあるでしょう。これがその一助となれば、ということで。




着々と日本の中枢部分に浸透して行く創価学会・公明党
自民党が弱っても公明党が伸びて民主党は万年野党か


2005年5月19日 木曜日

公明が自民候補を支える 民主、無党派固めきれず

共同通信社が24日の衆院統一補選で実施した出口調査結果から各党支持層の投票行動を見ると、公明党支持層が自民党候補を支える構造があらためて明らかになった。一方、民主党は頼みの無党派層(支持政党なし層)を固めきれなかった。
 福岡2区では、当初公明党の支持母体の創価学会婦人部は、自民党元職の山崎拓氏への抵抗感が強いとみられていたが、公明党の浜四津敏子代表代行が山崎氏支援に入ったこともあり、公明党支持層の89%が山崎氏に投票したと答えた。宮城2区では、自民党新人の秋葉賢也氏が公明党支持層の95%を固めた。
(共同通信) - 4月24日21時16分更新

日本国を支配する構想 創価学会・公明党のトップ語録

「日本の中で公明党の占める位置が、誠に重要になってきた。ある意味でいえばキャスチング・ボートを握る立場になり、事実上、自民党が二百数十議席あろうと、最後に参議院の二十議席の公明党ですべての重要法案が決まってしまう。現実に今、そういう事態が起こっている。しかも、そのバックに創価学会がある。日本の命運を決していくのが創価学会・公明党である。創価学会・公明党によって、がっちり握られているのが今の日本である。(中略)そう見ると、日本を挙げてその焦点は、すべて池田名誉会長のところに集まる時代になってきている。大聖人御在世当時のことを考えるのはもったいないことだが、大聖人お一人に、日本全国が宗教界も権力者も注目をして、それで日本の動向が決まるという状況にあった。現実に広宣流布がそういう段階に入ったのだ。」    (平成6年・幹部指導用の学会内部文書)

594 :闇の声:2005/05/19(木) 09:38:50 ID:2UXToeAd

昨夜は、色々な人々と会って話を聞いた
まず、今ここで話し合われているエリ−トに関してだけれども
自公連立政権が出来て、しかも森喜郎と言う政策にまるで疎く、しかも理解する能力がない首相が
誕生した事でエリ−トの有りようも、公明党自身も変化したと言う
それは、今週だったかに小泉が新公邸を披露した時にいみじくも公明党に語った台詞が
全てを物語っている
「公明党と組むことで、重要法案がどんどん成立する・・・」だったかな
これは、党内での根回しとか総務会での審議なんか飛ばしてしまって、前にも書いたけれども
公認権と選挙協力を楯に委員会審議からいきなり本会議採決に持ち込むことも可能であり、
その手続きも一切省くことが出来る・・・それを意味する
おそらく、小泉の後は安部なのだろうから(少なくとも首相候補はね)森が全てをコントロ−ルするわけで
公明党が鍵を握る構造は変わらないだろう
公明党の狙いの一つに、創価学会−創価大学を社会的なエリ−ト機関として認知させて
様々な官庁や企業に創価学会部隊を送り込むことにあるという

前に、あるコンビニが創価学会の手に落ちたな、と書いたことがあるが
創価学会の人数を擁すれば、不買運動も展開できるし広告宣伝にも影響を与えることが出来る
池田会長の指示が、まず法曹関係だったから神崎に代表される様に弁護士に偏っているが
徐々に財務省や外務省にも拡大しつつある
今度の事故で、子飼いの”かわいい北側”を傷物にしたから、国土交通省はもちろん
JR各社も民鉄も学会枠は拡大するだろうね
今まで、社会のどちらかと言えば底辺に多かった創価学会会員だけれども、徐々に中枢部に食い込み始めている
中枢部で、所得も増えれば当然財務も多くなってくる

◆創価学会はこれからどうなるのか・・・だけれども、集団指導体制とカリスマの使い分けをしていかなければならない
官庁や企業にいる会員は大半が30代前半までであり、集団指導体制になっても違和感は感じないし、数の論理で徐々に
経営参加を始めるだろう・・・企業全体を会員にすることが目標だね
バカみたいな、漫画みたいな話しだけれども(実際これを聞いた時には、バカらしさで
吹き出したのだが)経営者が学会員で、何かにつけて部下に信仰を勧めて昇格やリストラを
ちらつかせたら今のファッショ的な企業体質なら信者は急増する
しかも、不買運動をちらつかせてその収拾に学会員を充てることになれば
当然学会員は急増する
徹底した財務活動と、その金で地位と数を集めての圧力・・・
ゆくゆくは政官財学の中枢に学会員を据えて、規模の拡大を計っていくのが
中・長期的な計画らしいな

◆エリ−トは変質したと、件の人物は語っている
官庁に入るのも、企業に入るのも方法論でしかない
しかも、それをお互い確認し合っている・・・つまり、何か行動を起こすときには
その組織や時には国家万民のためではなく、個人を優先する・・・
これは堀江などにも見られる考え方で、実際に六本木などで秘密スク−ルがかなりあり
そこでは堀江などのネット長者やファンド、外資系のマネ−ジャ−に加えて
若手官僚や学生まで混じって、国の情報や企業情報を交換し合っている
注目されるのは、その様な席には必ず人材のスカウトが居て、人材の品定めをする
もし、能力のある人物が居て情報の持ち出しなどで仮に懲戒解雇されても
そんなのは向こう傷・・・逆に、それだけの能力の証として高額でスカウトされる
学生達・・・当然かなりの能力を要求される・・・最低でも、上級公務員は当然で
司法試験か、特に会計士・・・それも、英文での財務諸表の理解が出来て
全て英語での説明が出来ることが必要なのだそうだが、そう言う連中が五、六年後のスカウティングを
約束されて取りあえず官庁や企業に入ってくる
そう言う連中にとって、宗教法人はいいお客なのだ・・・何故なら、信者になれば
彼らは寛大であり、いきなり巨額の運用を任される
それを、スカウトされる先につなぎいずれは自分が運用する・・・そうなったら、誰がまともに仕事何かするだろうか?
情報は尽く持ち出されて、金に変えられてしまう
それが恐らく、この一二年でシステマティックになるのではないか?
既に始まっているからね

言い換えれば、金の集まるところにエリ−トは集まり、金だけを増やすことに
腐心する構造になったと言う事だよ
同時に、金融機関も溝板を踏んで中小企業周りをする営業よりも、より効率的に
お金を増やせばそれで良いわけで、生産現場を見ない、知らない、関わらない構造が
この国に出来つつある
それは同時に、物作りからの急速な人材逃避を招くから、競争力はどんどん落ちてしまう
マネ−ゲ−ムで巨額の金を稼ぐ一方で、物作りを衰退させれば失業者は急増し、社会不安は増大する
しかし、GDPは変わらない・・・

◆何故、こうなってしまったのか・・・
小泉構造改革とは、そんなに凄い構造改革なのかと言う事だが
様々な偶然が重なって、こうなったとしか言い様がないね
自分は思うのだが、色々なことを小渕総理の時代に戻す必要があると思う

ここから先は伝聞と推測ばかりなので、自分も確信がない
ご自由に非難してくださって結構だが、橋本内閣を潰したのは官僚の隠蔽体質と
それに乗っかった金融機関の甘えと怠惰だったね
その反動というか、国がどうなるのか判らないと言う状況下で官僚は非難され
大蔵省解体論まで出た
この時の民主党や自民党の若手の活躍は、今でも覚えている方が多いと思うが
あの時点で、官僚の本音は「もうどうにでもしてくれ」だったと言う
何とか金融国会を乗り切ったものの、官僚批判は止まずに朝から晩まで官僚の
スキャンダルが新聞を飾り立てたね
ところが、思いも寄らぬ神風が吹く
それが小渕首相の急死だ
何故森喜郎になったのかは、今以て謎だ
森でなければならない理由があったとしか思い浮かばないが、それほど
長期に渡り政権を託する気がなかったのは事実だと思う
ところが、森はお得意の懐柔工作で何となく党内を纏める
同時に、政策の弱い森を支援するために官僚いじめをひとまず止めた
ここに、森派と官僚達の手打ちが成立して徹底的にやられるはずだった
官僚機構はそのまま温存されてしまう
官僚の自己保身のために、首相を担ぐことは急務だった
それが小泉政権になっても持続している
民主党はもっとキャンペ−ンなど大衆行動をするべきだった
鳩山にしても、菅直人にしても結局闘えない政治家だね

自民党が弱った分、民主党も伸びはしたがそれ以上に公明党と言うよりも
創価学会の国政に与える影響が大きくなってしまった
小泉は何でも丸投げするが、その丸投げの際に与える権限が相当大きいために
個人でも審議会でもそこで何でも決まってしまう構造になっていく

小泉が賢いとは思えない・・・これも偶然そうなったのだろうが
大きすぎる権限を持たされた審議会は、自民党の各部会を越えた存在になり
何でも首相直結を言うようになる・・・ここに、得意分野をバックボ−ンにした
(言い換えれば族議員による族政治)派閥の力は弱まる
唯一、公認権を持つ森派だけの一人勝ちが今に至っている

小渕内閣時代に、大蔵省の金融関係の役人は悲惨な物で、銀行局長なんかは
発狂一歩手前だったと言う・・・そこに、竹中が丸投げされた権限を持って
やりたい放題を始める
竹中の政策は何もない・・・と言うよりも、アメリカの意向やIMFの意向を受けて
それを忠実に行っているだけのことだね
彼に独自性がないことは、金融以外の産業政策で何も目だった実績が無いことでも解る
生産現場も、日本経済の実態も何も判らない・・・彼が読むのは株式新聞だけだとか・・・
小泉も森同様に、政策は何も判らない
だから丸投げをして、大きすぎる権限を与えた
そこで、竹中が木村や富山を引っ張り込んで”日本解体法人”を設立する
そんな感じだと思うよ・・・今までは


(私のコメント)
一ヶ月前のニュースになりますが、4月24日の衆院統一補選で福岡と宮城で自民党が2連勝しましたが、内部を分析すると自民党が衰退した分を公明党が補完するような格好で自民党内部に勢力を伸ばしているようだ。自公連立政権が分裂したような場合自民党はどれだけの議席を守れるのだろうか。

中央官庁や大企業に目立たないような形で創価学会の勢力が伸びていますが、これも自公政権で与党にあるからで、マスコミも同じで創価学会への批判は一部の雑誌を除きまったく見られない。金のあるところ創価学会ありで日本の中枢部が創価学会・公明党の威光を無視して政治が行えなくなっている。

池田会長の入院説もありますが、創価学会は集団指導体制で行くのでしょうが、池田会長亡き後の創価学会は求心力をなくして分裂するかもしれないし、新たなカリスマが登場するかもしれない。公明党も田中角栄亡き後の経世会のように金が求心力となってますます勢力を拡大させるかもしれない。

ヨハネ・パウロ二世の告別式に世界各国が元首クラスを参列させたのに、日本は川口順子元外務大臣を出席させただけなのも、公明党の指示でそうなったとも言われている。池田会長がローマ法王より格が上だからと言うことらしい。おそらく池田会長が亡くなったときの葬儀にはより大物を参列させて世界に向かって広宣流布をするのだろう。

日本の政治は無党派層が過半数を占めるために、800万程度の選挙集票力でも大きな力を発揮する。創価学会・公明党にとっても日本国民がより無党派層になって行くことが望ましい。だからテレビではバラエティー番組を流し続け政治的関心を高めるような報道番組は日曜日の午前中ぐらいしかない。

人権擁護法案は池田会長の指示で公明党が強く成立に向けて運動していますが、ネットなどでの反対運動が強くて成立が難航していますが、人権擁護法案こそ創価学会の勢力拡大の切り札になるのだろう。




株価が急騰するのは大半がサラリーマン社長の企業
ではなくオーナー社長の企業。給与だけで推定100億円


2005年5月18日 水曜日

高額納税者、1位はサラリーマン

国税庁は16日、2004年分の確定申告で所得税額が1000万円を超えた高額納税者を全国の税務署で一斉に公示した。

 公示対象者が4年ぶりに増加に転じ、上位の納税額が大型化するなど、景気回復傾向が反映されたとみられる。上位100人では、オーナー企業の経営者らが顔をそろえる一方、業績に応じて巨額の成功報酬を得た金融マン6人も入り、投資顧問会社「タワー投資顧問」の清原達郎運用部長(46)がサラリーマンとして初の番付トップになった。納税額は歴代12位の約37億円で、約100億円の報酬を受け取った計算になる。

 トップの清原部長は02年分の番付で納税額約4億円で31位に初登場、03年分で約8億円で8位になった。

 1981年に東大を卒業後、野村証券に入社。その後、ゴールドマン・サックス証券など複数の外資系金融機関で投資部門の責任者などを務め、98年、タワー投資顧問(東京都港区)に移った。

 タワー投資顧問は、大手金融機関や外資系金融機関の系列に属さない「独立系」の投資顧問会社。90年設立で、役員と社員は計15人だけだが、運用する資産の総額は約2600億円に上り、国内に二十数社ある独立系投資顧問会社の中では最大規模という。

 同社は、大企業から企業年金を募り、その資金を元手に、国内企業の株式などに投資して運用。年間約3000社を直接訪問して財務内容などを分析し、本来の企業価値と比べ割安な銘柄を見いだす手法が特徴という。

 清原部長らが運用しているのは、「タワーK1J」というファンド。株安と低金利のなか、99年の運用開始から毎年15―35%の運用実績を上げ、03年度には102%もの驚異的な利回りを達成した。今年3月までの6年間で、元本が6・4倍にも膨れ上がった計算になるという。同社は、「能力があり、大きな実績を収めた社員に高い報酬を支払う方針」。同社の今年3月期の営業収益は、前年の約3倍の150億円近くに上るが、清原部長がその3分の2を成功報酬として受け取った計算になる。

 ◆「土地長者」は最少◆

 確定申告した納税者は744万1000人で、前年より50万8000人(7・3%)増え、公示対象となった高額納税者も7万5640人で前年比2・3%増と、4年ぶりに増加。所得税額が10億円を超えたのは6人で前年の3倍となり、1億円以上も869人で125人増えた。

 読売新聞社などの調べによると、上位100人のうち、土地を売却した「土地長者」は5人で前年より2人減り、過去最少を更新。バブル期の91年の86人と比べ、17分の1に減った。

 株を売却した「株長者」は前年より4人多い33人で、半数以上の17人が、非公開の株式の売却で得た所得だった。上場などに伴う創業者利益は2人だけで、企業の合併・買収(M&A)の増加を背景に、M&Aに伴う株などの売却で7人がランクインした。

 一方、事業や給与、株式配当などの本業で所得を得たのは54人で、4年連続で半数を超えた。業種別では、美容・健康関連の会社から17人が番付入りした。

 番付に入った6人の金融マンのうち、清原部長を除く5人は、ライブドアによるニッポン放送株の買収資金調達に絡んで話題になったリーマン・ブラザーズ証券など、すべて外資系の金融機関の役員、社員だった。

(読売新聞) - 5月16日15時24分更新

日本一長者サラリーマン、100億円部長の素顔は… ZAKZAK 2005/05/17

 給与だけで推定100億円を稼ぎ出し、サラリーマン初の長者番付1位に輝いた「タワー投資顧問」運用部長、清原達郎氏(46)。「東大教養学部卒で、かなり個性的な性格」(東大の同期生)という断片的な情報はあるものの、マスコミの取材に対応せず、素顔は秘密のベールに包まれている。ところが、清原氏が投資先に選んだ企業の話で、その驚くべき投資スタイルの一端が明らかになった。

 【登山服姿】

 2003年9月。東京のど真ん中、霞ヶ関ビルにアナリストを伴って現れた清原達郎氏は、みるからに異彩を放っていたという。

 清原氏の会社訪問を受けた企業再生会社「プリヴェチューリッヒ企業再生グループ」の松村謙三社長が語る。

 「身長は180センチぐらいでヒゲ面。登山服にリュックサックを背負っていた」というのだ。

 「『これから山登りに行くんです』と言ってましたね。最初はちょっと失礼な人だなとも思いましたが…」と当時を振り返る松村氏。

 プリヴェ社は同年8月に東証2部に上場したばかりで、清原氏は、運用するファンドの投資先としてプリヴェ社がふさわしいかどうかリサーチするため、同社をたずねてきていた。

 「これまで何百もの機関投資家の訪問を受けたが、一番最初にうちに取材に来たのが清原さんだった」(松村氏)

 面談は午前11時ごろから始まり、「清原さんはいくつか質問したが、おおむね私の構想を静かに聴いていた」(同)という。

 ところが、話が進んで午後零時半を過ぎたあたりから、清原氏は急にソワソワし始め、帰りたがったという。

 松村氏は「話がつまらなかったのかな?」と思いつつも、清原氏らをエレベーターホールまで見送った。そしてオフィスに戻ったところ、スタッフから「大量の成り行き買いが(プリヴェ株に)入っています」と報告を受けたという。

 「おそらく清原氏はわれわれと別れた直後に携帯で買い注文を入れたのではないか」と松村氏は推測する。清原氏が妙にソワソワしていたのも、株式市場の午後の取引が零時半に始まり、一刻も早く注文を出したいと思ったためのようだ。

 その日から、プリヴェ社の株価は連日ストップ高が続くなど急騰。03年9月に清原氏の来訪を受けてから半年後の04年3月末時点で、実質的に約10倍にはね上がった。

 「その後、アナリストからフォローの取材もあり、うちの株を買っていたことは間違いないが、清原さんがいくら買っていたのかは分からない」(松村氏)とか。ただ、3月末時点の運用成績に応じてファンドマネジャーに成功報酬が支払われるのが一般的であることから、プリヴェ株の高騰が、清原氏の番付1位獲得に貢献したことは十分考えられる。

 【嗅覚と判断】

 まるでドラマのような話だが、いろいろな意味で強烈な印象を残したという清原氏のすごさについて、松村氏は「投資先を探る嗅覚(きゅうかく)の良さ」と「判断の速さ」を挙げる。

 「株価が急騰するのは大半がサラリーマン社長の企業ではなく、オーナー社長の企業。そこで重要なのは、公開情報の中から、投資対象を嗅ぎ付け、その企業が信じられるかどうか。みんながその企業に気付いたときには、株価はすでにピークを付けていて、儲けられない。その点、清原さんは、オーナー企業の経営者と同じような判断力の速さと勘を持っている」と松村氏。

 本能的に投資先を嗅ぎ分けるアニマル・スピリットは、一般投資家も見習いたいところだ。

10秒で読む日経!視点が変わると仕事と投資のネタになる 5月17日

●04年の高額納税者公示、サラリーマンが初の首位
 タワー投資顧問の清原達郎運用部長(46)がサラリーマン(給与所得者)
  として初めてトップになった。推定所得は約100億円。
                                   日経新聞  5月16日夕刊
   __________
   佐々木の視点・考え方
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄      
★清原氏の仕事は独立系の一任投資顧問会社で成功報酬制のファンドマネージャー。

 要は、ファンドで儲けたら、その2割を褒美で投資顧問会社が運用
 報酬としてもらい、その何割かをボーナスとして受け取っている。

 その投資は、もっぱら日本の小型株に投資しているようだ。

 徒然の読者は、徒然銘柄のフォローアップ記事でで、タワー投資顧問が
 買っていることを昨年の今頃書いているのでご存知だろう。

★各紙を読むと「有望な銘柄の発掘に優れている」と氏を評していた。

 それはポイントがずれている。

 氏の卓越した能力は買った銘柄を「高値で売り抜ける」ところにある。

 小型株は大型株と違い、ある程度資金力のあるファンドマネージャーなら、
 株価を上げることが難しくない。

 日々の出来高が薄いので、自分が浮動株を買い集めれば、株価は
 それだけで大きく上昇する。

 問題は、その上がった株を、他の誰かにまとめて買ってもらわなければ
 利益を確定できないこと。

 むやみに売れば、自分の売りで株価は暴落するからだ。

 買った株が利益成長力の高い株なら、長期で持ってれば、株価は自然に
 上昇する。
 しかし、売買動向をみると、そんなに長期投資をしていないようだ。

 ということは、短期で高値でまとめて売っているわけだ。
 上手くシナリオを作り、相場をつくり、売り抜けて来たようだ。


 これは、言うのは簡単だが、やるのはとても難しい。
 「よりばか論(Greater fool theory)」の「Greater fool」を
 新たに作り出すことだからだ。
 
 その是非はともかく、稀代の能力を持った人と言える。


(私のコメント)
今年の長者番付の発表ではサラリーマンのファンドマネージャーが100億円の収入を得てトップに立ちました。日本にもファンドマネージャーが星の数ほど沢山いますが、これだけの運用の出来る人はいままでいなかった。毎年コンスタントに運用実績を上げているから超人的なのですが、運用手法は特に新しいものではないようですが、これが出来るファンドマネージャーは他にはまずいないのだろう。

今年の長者番付の中では金融関係者が上位100位以内に6人もおり、土地長者がたったの5人に減り、株長者が33人で残りが事業経営者などですが、時代の変化を反映している。ホリエモン騒動などもM&Aで話題を集めましたが、堀江社長も結局は買い集めたニッポン放送株をフジテレビに売りつけて1400億円も儲けた。

村上ファンドも同じく買い集めたニッポン放送株を高値で売り抜けることに成功しているから、来年あたりから長者番付の常連になるのだろうか。タワー投資顧問は運用資産が2600億円にもなり、それだけの大金を運用して100%以上の利回りというのは驚異的だ。佐々木氏が指摘するように株は買うのは簡単ですが利益が出ても売るのが難しい。

以前は証券会社がもっぱら株式投信を運用していましたが、これがまったくダメで満足な運用実績を上げることが出来なかった。野村證券の一兆円ファンドも見る間に半分以下にに資産を減らしてしまった。大手の証券会社も一流の人材と大型コンピューターを駆使して運用したのですが日経平均以下の運用しか出来ない。

そこを外資系の証券会社が乗り込んできたのですが、日本人ではファンドの運用が出来ないのかと思われましたが、タワー投資顧問の清原氏や村上ファンドの村上氏などが登場して、やっと投資信託も本物になってきました。大手証券会社の投資信託はまったく意味がなく株が上げている時でも6%程度の利回りで、バブルが崩壊した時は連動して半値以下に下げてしまうというおかしなものだった。

やり手のファンドマネージャーなら二割三割は当たり前の利回りなのでしょうが、それが出来るファンドマネージャーがいなかった。それをコンスタントに運用するのは非常に難しく、清原氏は6年間で預かり資産を6,4倍にも増やした。まさに超人的スーパーファンドマネージャーですが、誰にでもできることではない。

このような人材は大手の証券会社には絶対にいないだろう。いたとしても飛び出してしまうだろう。記事によればかなり個性的な性格のようであり、日本社会では奇人変人扱いされて潰されてしまうことが多いのですが、やっと奇人変人が評価される社会が来たのだろうか。

奇人変人から見れば凡人は感覚が鈍くて協調性ばかり尊重するあまり、せっかくの才能がある人がいてもそれを殺してしまう。せっかく東大を出ても中央官庁や大企業にいたのでは才能を生かすことは出来ないだろう。ホリエモンにしても村上氏にしても清原氏にしても、そこから抜け出したから才能が発揮された。

適切な判断を素早く下すには才能も必要ですが、経験も必要だ。凡人はいくら経験をつんでも芽が出ませんが、天才はわずかな経験ですごい業績を上げる。年功序列社会ではとてもこのような人材は活かせませんが、天才的才能がある人材を活かせる社会が、これからの日本に必要なのだと思う。

つまり年功序列社会を基調としながらも、天才的才能を持つ人材も活かせる社会というのが望まれます。それは中央官庁や大企業では押しつぶされて、15人程度の中小企業だったからこそ清原氏も長者番付のトップになれた。記事でもオーナー社長の企業が株価が急騰するのを見ても証明しているだろう。




「謝罪したドイツと謝罪しない日本」という中国と韓国の
無知を認識すべきだ。数百万人のナチ党員が復権した。


2005年5月16日 月曜日

戦後処理でドイツとの違い強調 町村外相が参院外交委で 4月14日 朝日新聞 

町村外相は14日、参院外交防衛委員会で、韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が日本とドイツを比べて、日本の歴史認識を批判していることに対し「単純にドイツと比較というのはいかがなものか」と反論した。

 外相は「日本とドイツが似たようなことをやったというが、ドイツはユダヤ民族を抹殺するという大犯罪行為」と指摘。「人数や性格の差を議論してもしょうがない部分があるが、彼らは(ナチスを)ドイツ人とは別の種類の人たちだったといわんばかりに全部ナチスのせいにすることができた。そういう分類は日本ではなかなかできない」と日独の違いを強調した。

 ドイツは戦後、ナチスによる犯罪を徹底的に追及。侵略したポーランドと歴史教科書を見直す共同研究を行い、実際、教科書にも反映させた。盧大統領は、独紙のインタビューなどで、「日本の態度は人類社会が追求すべき普遍的価値観と合わない」「ドイツが過去を自ら克服して隣国との関係を改善したのは驚くべき力量だ」などの発言を繰り返している。

「過去を反省したドイツ」という神話の虚妄 矢吹 晋

 「過去を反省したドイツ」「過去を反省しない日本」という構図を作り上げて、そこに日中関係の悪化の原因を見出そうとする中国人はきわめて多い。ほとんどがこの分かりやすい構図にもたれかかり、「反省しない日本」を非難してこと足れりとしている。これは極度の単純化であり、あえていえば誤謬に満ちた歴史認識である。
 このようなドイツ神話をオウム返しに繰り返すところからは日中の相互理解は決して生まれない。

 木佐芳男著『<戦争責任>とは何か----清算されなかったドイツの過去』(中公新書、2001年7月)を読むと、戦争責任に対するドイツの責任のとり方が浮かびあがる。「ドイツの教訓」なるものが日本には決してマネのできないものであり、日本がそれを学ぶことによってのみ、日中両国の和解ができるというのは、ありえない幻想であることが分かる。このような認識をもつ多くの中国人にぜひともこの本を読んでほしい。

 ドイツは「過去を清算」したとよく語られ、これはほとんど常識のようになっているが、著者によれば、これはトリックによるごまかしであり、「生きるための嘘」なのだ。戦争責任に真に向き合ってこなかった点ではドイツの場合も、実は日本とほとんど変わらない。(実は第二次大戦においては中国は被害国であるが、文化大革命期における人民大衆に対する中国当局の加害責任の問題は中国でも四人組と林彪グループにおしつけて終わりとしており、歴史に対する責任という意味では、問題は残されている。天安門事件の責任に至っては、まだ何も始まっていない。日本を非難してやまない中国人は、まず胸に手を当てて静かに考えてほしい)。

 さて著者木佐芳男は、ドイツの「戦争責任」論は、ヒトラーとナチスに責任を押し付けたものであり、戦争よりユダヤ人虐殺のホロコーストに責任を感じてきたものだ。ナチスと類似の虐殺を行った「ドイツ国防軍の責任」を不問としてきたのは、なぜか。ドイツ人の侵略戦争の認識はあいまいであり、「ふつうのドイツ人」の「罪と責任」の追及はなかったことを剔抉している。

 著者は、このドイツ流「戦争責任」論が1950年代に形成されたことを多くの事例と証言で明らかにした。著者はこのドイツ流の「戦争責任」論の枠組みを「トリック」と呼び、トリックによる「清算」によって「清算」が可能であるはずはないと説く。

 著名な、1985年のヴァイツゼッカー大統領の演説も、この観点から分析すると、「トリックの集大成」以上のものではない。要するに、ドイツにおける「戦争責任」論は、冷戦体制という歴史的な位相によって根本的に規定されていた。

このようなトリックあるいはフィクションは冷戦体制崩壊後のいま、ようやくその真相が見えてきた。かつての「戦争責任」論が何を問い、何を不問としてきたか、という枠組みが見えてきたわけだ。

 そして皮肉なことに東アジアにおいては、まさにこの時期において、「過去を清算したドイツ」をモデルとして「過去を清算しない日本」を非難するキャンペーンが始まったのである。これはポスト冷戦期における東アジア世界の悲喜劇のヒトコマである。

 木佐のABCトリック論を紹介しよう。

 第二次大戦後、連合国はニュルンベルクと東京で、二つの敗戦国の指導者を裁いた。
ニュルンベルク裁判で起訴された罪は三つであった。

 A 平和に対する罪(侵略戦争を共謀し,遂行した罪)、
 B 通例の戦争犯罪(民間人や捕虜の虐待殺害、略奪、軍事上不要な都市破壊など、
 C 人道に対する罪(政治的または宗教的、人種的理由にもとづく迫害行為など)
これらの罪状は米英仏ソの戦勝4カ国が合意したロンドン憲章第6条で規定されたものだ。

日独主要戦争犯罪の比較
 ニュルンベルク裁判  東京裁判
A   平和に対する罪  侵略戦争の共同謀議有罪9人、
 侵略戦争の遂行有罪12人
 侵略戦争の共同謀議有罪23人、
 侵略戦争の遂行有罪22人
B   通例の戦争犯罪  有罪15人  違反行為の命令、授権許可による法規違反有罪5人、
 違反行為防止責任無視に法
 規違反有罪7人
C   人道に対する罪  有罪15人  判決に言及なし、有罪0人
  出所: 木佐芳男『戦争責任とは何か』119ページ。

 三つの罪状のうちA「平和に対する罪」とC「人道に対する罪」とは、戦争犯罪についての「新しい考え方」である。Aについていえば、第一次大戦までは戦争を始めた指導者の個人的責任を問う法律はなく、C「人道に対する罪」は、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を裁くために新設されたものである。AやCを「事後法」(過去にさかのぼって適用すること)とする立場をとると、被告は無罪である。またBについては、ドイツのドレスデン空襲や、広島、長崎への原爆投下などは「軍事上不要な都市破壊など」の疑いが強いが、連合国側の罪はすべて不問とされ、敗戦国側だけの罪が問われた。この結果、事後法による裁判の疑い、勝者による裁きの側面について現在も論争が続いていることは周知の通りである。

 さてニュルンベルク裁判と東京裁判の骨子は、上表のごとくだが、二つの裁判に対する日独のイメージは対照的だと木佐はいう。すなわちドイツ人の戦争責任イメージは、なによりもホロコースト(ユダヤ人虐殺)に対する責任である。これに対して日本にとってはホロコースト問題自体が存在しないから、中心は当然 AとBになる。

 木佐は続ける。「ドイツ国民の多くは長い間、ニュルンベルク裁判で問われた罪を忘れていた。1960年代、ユダヤ人国際コミュニティや周辺国からの圧力もあって、ホロコースト(C)には目を向け始めたものの、侵略の罪(A)や戦場での犯罪(B)は議論されず、研究の対象にさえならなかった」「これはABCトリックとでも呼ぶべきものだった」(165ページ)。

 第二次大戦におけるドイツの戦争責任をホロコースト責任だけに矮小化する論理と心理を木佐が「ABCトリック」と名付けた意味はここから明らかだ。

 木佐のトリック論はさらにDEと続く。

 「(Cのみに焦点が当てられて)AやBが論議されなかったのは、国防軍のクリーン神話とも密接にからんでいる。ホロコーストはナチスのやったことと言い逃れできるが、戦場での戦争犯罪となると国防軍に焦点をあてるしかなくなる。侵略戦争を遂行したのは国防軍そのものだった」。

 「侵略戦争を戦争責任の中心としてとらえれば、そうした一般国民の責任も問われる。ABCトリックは、国民がこぞって善いドイツ人になったDEトリックと裏表の関係にある」。(165〜66ページ)。

 では「DEトリック」とはなにか。戦後のドイツでは非ナチ化Denazificationが行われた。この頭文字二つがDeである。非ナチ化はドイツでは徹底的に行われたといわれている。事実西ドイツで占領当局によって行われた非ナチ化は5段階に分けた厳しいものであった。しかし冷戦が激化し、占領当局の手にあまる非ナチ化をドイツ人自身に委ねられた段階から中味は一変する。木佐はドイツ人歴史家のことばを引用する。
 「非ナチ化はいまや、関係した多くの者をできるだけ早く名誉回復させ、復職させるためだけのものとなった」(シュタイニンガー著『ドイツ史』1983年)。

 木佐はまた日本人研究者の研究を引用していう。「アデナウアー政権の首相官房の責任者には、かつてユダヤ人を迫害する法律の制定に深くかかわったナチ官僚ハンス・グロプケがおさまった」「1951年に発足した外務省では、公務員の約66%が旧ナチス党員によって占められていた(望田幸男『ナチス追及』講談社現代新書、1990年)。社会的に復権した元ナチスは、非公務員をあわせれば、数百万人にのぼったとされる」(木佐著110〜111頁)。

 非ナチ化が冷戦の激化する過程で占領当局の手からドイツ人に委ねられたときに、ナチでないと認められた者に発行されたは「非ナチ証明書」が有名な洗剤の名をとって「ペルジール証明書」と呼ばれるようになったヒトコマは実に象徴的である。

 これは「潔白の象徴」というよりは、ヒトラー時代の汚点をすっかり洗い落としてすましていた連中への皮肉でもあったわけだ。こうしてナチズムに心酔していたはずのドイツ人が、戦後われもわれもと善良なドイツ人に変身できたのである。

 「ペルジール証明書」が普通のドイツ人にとっての魔法のタネであるとすれば、このマジックをもっと組織的に実行したのが「ドイツ軍」あるいは「ドイツ国防軍」のクリーン化作戦であり、これは戦後の初代首相アデナウアーの手で進められた。1952年12月3日、連邦議会で彼はこう述べた。「私は連邦政府の名において宣言します。気高い軍の伝統の名において、地上や海上あるいは空で戦ったすべてのつわものを、われわれは是認する」「ドイツ軍人の誉と偉大な功績は、過去数年の間に傷つけられはしたが、まだ生き続けており、さらに生き続けることを確信する」。

 1955年、新しい連邦軍が創設され、ドイツは北大西洋条約機構(NATO)に加盟した。アデナウアーこそが国防軍クリーン神話の仕掛け人であり、冷戦の激化がそれを支えたわけだ。

 さて木佐が分析してみせたABCとDEのトリックを知ると、戦後ドイツの復活と戦後日本の復活との類似性に驚かせられる。占領軍当局によるドイツの非ナチ化と日本の公職追放は朝鮮戦争、ベルリンの壁などで改革の方向性が一変する。日本ではレッドパージが吹き荒れ、警察予備隊が創設され、ドイツでは国防軍の免罪作戦が進む。ほとんど軌を一にする動きだ。違いがあるとすれば、ドイツは東西に分断されたのに対して、日本はそれを免れたことだ。ドイツは冷戦の悲劇を十分に味わわされたが、この状況こそが木佐の指摘する「ABCトリックとDEトリック」を許した背景である。

 過去の清算のやり方におけるドイツ流と日本流の比較研究は、おそらく日本がドイツに勝っていることは容易に推測できる。それはドイツで日本語の読める者と日本でドイツ語の読める者の数を数えただけでも容易に推測できることだ。

 日本が戦争責任のとり方において不十分だとすれば、この点ではドイツもほとんど同じなのだ。戦争の罪はそれほどに重く、容易に清算できるものではないのである。

 問題はドイツがあたかも完全に清算したかのごとき虚像をデッチあげて、それを日本も要求しようとする人々の無知・無恥である。このような無知は、戦争責任をなにがしか感じて友好運動を進めてきた日本人に決定的な打撃を与えた点で失敗であるばかりでなく、もともと責任の問題を感じない日本人に「どこまで謝罪を求めるのか」と反撃の口実を与えただけであり、はなはだ遺憾である。


(私のコメント)
先日ニュルンベルク裁判と東京裁判の違いについて論じましたが、日本は「人道に対する罪」では一人も起訴されていない。これ自身も事後法で裁いたものであり法律上問題があるのですがニュルンベルク裁判ではユダヤ人に対するホロコーストが特に問題になったのであり、「平和に対する罪」を比べてみるとドイツが9人しか有罪になっていないのに東京裁判では実に45人も有罪になっている。明らかにアンバランスで変だ。

ニュルンベルク裁判ではドイツの戦争責任についてはほとんど問わなかったのに、東京裁判では主に戦争責任が問われたのだ。この点については前野徹氏が次のように書いている。

ニュルンベルクの地で開かれたドイツの裁判の意味と、東京裁判の違い 前野徹  

ニュルンベルク裁判では、ナチス、ゲシュタポ(秘密警察)、ナチ親衛隊(SS)、保安隊(SD)が、犯罪団体として指定されていましたが、ドイツ国家そのものは対象外でした。

戦争は国家しか行えない、という事実からすると、ニュルンベルク裁判は、ドイツの裁判を裁いたのではなく、ナチスなどの犯罪団体が行ったユダヤ人大量虐殺(ジェノサイド)のみを「人道の罪」で裁いたという理屈になります。

これは起訴された24人のうち、シャハト国立銀行総裁、パーペン副首相、フリッチェ宣伝省放送局長の三人は、「ドイツの戦争には責任はあったが、犯罪団体の構成員ではなく、ジェノサイドに加担していなかった」との理由で無罪になっていることからも明らかです。

対して、東京裁判はどうだったか?

犯罪団体の指定はありません。
最初から日本という国家を断罪するのが目的だったからです。
開廷中死亡した二人、発狂したとされた一人を除く二十五人の被告全員が「平和に対する罪」で有罪判決を受けたのは、ドイツと対照的です。


裁判地の違いも、二つの裁判の性格の相違点を物語っています。

ドイツという国家を裁くのなら、東京裁判と同じくドイツの首都であったベルリンで開かれるのが普通です。
ところが、敢えてニュルンベルクを選んだ。
1935年にナチスがこの地でユダヤ人迫害に関するニュルンベルク法を成立させたからです。
六百万人に及ぶユダヤ人のジェノサイドの第一歩が記されたのがニュルンベルクでした。
則ち、ジェノサイドを裁くのだから、ニュルンベルクなのです。
かたや東京裁判は、日本国を裁くという目的から東京で開かれたのです。
(新」歴史の真実 前野徹 著 より改編)


(私のコメント)
だからニュルンベルク裁判の判決理由を援用するならば東京裁判では無罪判決か数年の懲役刑で済んだはずだ。ところが7人も死刑になり16人が無期懲役になった。おかしいではないかと考えるのが普通だ。だから靖国神社に祀られたA級戦犯は連合国の報復が目的で処刑されたのだ。なぜなのか。それはドイツ人は白人だが日本人は猿に近い有色人種であり懲らしめの為に東京裁判で見せしめの為に処刑したのだ。広島長崎の原爆も実験台にされたのだ。

ところが多くの日本国民は敗戦で腰を抜かしてしまい東京裁判史観に洗脳されて、東京裁判の不当性を訴えない。あるいは漠然とはそう思っても中国や韓国に謝罪を要求されると論争を避けて何度でも謝罪を繰り返している。裁いた側の米国は東京裁判は間違っていたと心の中では思っていても今さら過ちは認めたく無いから背後から中国や韓国にけしかけて日本国民を洗脳し続けているのだ。

極東国際軍事裁判(通称・東京裁判)

東京裁判は三つのねらいというか、三つの目的をもった裁判であるといわれている。
 その一つは「歴史の断絶」である。歴史観の革命的変革といってもいい。日本の戦前の歴史、文化、伝統はすべて“悪”として断罪することであった。つまり、日本を最初から侵略者と決めつけ、日本および日本軍の行った行為はすべて“悪”であり、犯罪行為であり、連合国の行った行為はすべて“善”であるという前提の許に開かれた裁判である。いうならば、戦勝国が力の正義をふりかざして敗戦国を一方的にさばいた裁判である。
 その二は、「罪の意識の扶植」である。旧日本軍がいかに大陸および東亜の諸国において非人道的な犯罪行為を行ってきたかを徹底的に内外にプロパガンダすることである。ひいては日本の伝統と文化にダメージを与えることによって、愛国心を抹消し、日本民族再起の芽を摘み取ることである。
 その三は、いうまでもなく復讐である。
 南京事件は、この三つの目的をかなえるための絶好の材料であった。



(私のコメント)
大東亜戦争が侵略戦争であったかについては田原総一郎氏をはじめ多くの識者が侵略戦争だと断罪しているが、本当にそうなのか検証すら学会でも行われず、日本国民自身の手で東京裁判を行い反省すべき事は反省すべきだ。しかしそこではどうしても昭和天皇の戦争責任の問題が出てくるが、この問題も避けてはならない。しかし極東の覇権を握ったアメリカが朝鮮戦争やベトナム戦争や台湾問題で米中対決が課題になっている点を見れば日本もアメリカも同じ”侵略戦争”をしていることに気がつくべきだ。

つまり朝鮮半島からインドシナ半島に到るまで多くの国が政情不安定で、国内が勢力争いが絶えない。となるとどうしても一部の勢力は日本やアメリカの手を借りて国内を支配しようとする。別の勢力は中国やロシアの手を借りて支配しようとして内乱が起きてそれが大東亜戦争になり朝鮮戦争になりベトナム戦争になった。マッカーサーですら朝鮮半島で戦争が起きて日本の立場がはじめて分かった。

私が中国への経済進出に反対するのも、経済進出すればどうしても内乱に巻き込まれて政治介入や軍事介入を招くことになる。中国や韓国はそういう国なのであり日本にしてもアメリカにしても朝鮮半島や中国にはいっさい手を出さず最低限度の交流で済ますべきだ。そうしなければ絶えず内乱に巻き込まれて日本もアメリカもバカを見ることになる。ジョージ・ケナンが言うとおり大陸は封じ込め戦略をとるべきであり手を出してはならない。




小泉構造改革の失政が明らかになるにつれて、最近は
ふたたびケインズ主義への転向者が続出している。


2005年5月16日 月曜日

小泉首相26日で就任4年 戦後歴代4位

小泉純一郎首相は26日で就任から丸4年を迎える。2001年4月26日の政権発足から在職日数は1462日。このまま行けば今年8月18日に池田内閣の1575日を抜いて戦後歴代4位、来年4月6日には中曽根内閣の1806日を超え、佐藤、吉田両内閣に次いで歴代3位の長期政権となる。
 小泉政権は内政で「聖域なき構造改革」を掲げ、道路公団民営化や国・地方財政の三位一体改革など過去の政権が手を付けなかった課題を取り上げ世論の関心と支持を集めてきたが、改革の実効性や社会的な格差の拡大に疑問や批判の声も根強い。
(共同通信) - 4月23日17時37分更新

エコノミスト亡国論 山崎行太郎

最近の日本経済の失速と停滞の大きな原因は、政治家が政治家としての本分を放棄して、経済の本質を理解していないエコノミストたちの空理空論に洗脳されたあげく、経済政策の運営までを、彼らに丸投げしているところにある。したがって最近の日本経済の危機は、「エコノミスト(エコノミスト亡国論)」にある、というのが筆者の考えである.。

 「合成の誤謬」という経済学的基礎概念を忘れ、国家経済をあたかも家計や企業経営のレベルでしか理解しようとしないエコノミストたちの振り撒く言説こそがデフレ不況の元凶であり、しかも彼らの存在こそがデフレ不況からの脱却の妨害者でもある。しかし、未だに日本国民の大多数は彼らが発信する「構造改革」や「創造的破壊」というような美辞麗句に酔い痴れ、その美辞麗句こそが、リストラや企業倒産や自殺者増加の元凶になっているという現実に気付いていないように見える。

 エコノミストたちは、普段は、株価の動向や為替相場、企業収益、年金、財政赤字などの個別の経済問題の分析や予測に熱中するだけで、彼らの経済学的な原理原則、つまり彼らの依拠する経済学的イデオロギーには触れようとはしない。しかし、彼らにも依拠する理論的前提や思想的背景はある。そこまで遡らなければ、彼らエコノミストの思想的犯罪性は見えてこない。

 最近の日本のエコノミストの多くは、アメリカ留学組がほとんどであり、いわゆる「新古典派」とか「新自由主義」、あるいは「マネタリスト」とか呼ばれるアメリカ経済学の影響下にある。彼らに共通しているのは、マルクスやケインズのような経済学は無効だという思想的前提である。とりわけ、アメリカの経済学がつい最近までケインズ経済学を信奉していたと言う過去があるだけに、ケインズ経済学への批判には根強いものがある

 ケインズ経済学の本質は「需要」の重視であるが、反ケインズ主義化したアメリカの経済学は、「技術革新」や「合理化・効率化」を重視する「サプライサイド経済学」である。個々の企業を効率化し、新技術を開発して行けば国民経済は回復し、ふたたび高度経済成長も夢ではない、というような発想だ。これは、サプライサイドよりも需要・消費側を重視するケインズ経済学の基本哲学と矛盾する。

■ケインズ革命とは何であったのか。

 さて、ケインズは、魅力的な新製品を作りさえすれば売れる…という古典経済学的な哲学、つまり「供給はそれ自身の需要を作る」という「セイの法則」を批判し、まったく逆に、「需要が供給を作る…」と主張、いわゆる「公共事業」「財政投資」こそ不況脱出の基本原則であると見做し、経済学的思考に180度の思考転換,認識革命をもたらした。  

 「供給サイド」の経済学から「需要サイド」の経済学へ。これがケインズ革命である。ここには、経済学理論のレベルだけではなく、根本的な人生観や世界観、要するに哲学的なレベルでの断絶がある。

 しかし「世界恐慌」という例外状況を忘れたアメリカ経済学は、ふたたび楽天的な古典派経済学へ逆戻りし、ケインズ経済学の革命的な意義を忘れ様としている。それが、日本のエコノミストにまで蔓延しているサプライサイド経済学であり、それこそが「デフレ不況」の根本原因となっている病巣である。

■アメリカ経済学の実体

 この資本主義経済体制の危機を前に、自由放任を基本哲学とするそれまでの古典派経済学の体系は根本的な再検討を迫られていた。そのような時代に、つまり1936年に、ケインズは「有効需要」の概念を中心に据えた新学説『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表する。

 ケインズは、古典派以来の自由放任主義の経済に代わって、国家の経済への積極的介入による需要喚起政策の必要を理論化したケインズ経済学を主張したのである。

 産出量の大きさは、投資と消費からなる有効需要の大きさによって決まる… 。政府の財政出動は、「乗数効果」によって、その何倍もの有効需要を生み出し、景気回復をもたらす…と。

 ケインズ革命とも言われるこの思考転換は、1930年代の世界恐慌におびえる経済学者や政治家たちを虜にし、ケインズ理論は一斉を風靡した。

 しかし、世界恐慌を乗り越え、資本主義体制が回復・復活し、やがて社会主義が公然と批判されるようになると、ケインズ経済学をめぐる様相は一変する。社会主義崩壊、資本主義の勝利という歴史的現実を前に、ケインズ革命の意義もその哲学的な背景も忘れ去られていく。とりわけ、自由主義と科学主義を素朴に信仰する楽観主義の国・アメリカでそれは顕著になっていった。世界恐慌・社会主義革命の危機を脱するや、再び古典派経済学が,新古典派総合という名のもとに復活し、「技術革新」による新製品の開発こそが経済発展の本質である…という経済学的言説が、グローバリズムの名のもとに世界中に蔓延して行く。

 それを先導したのが、フリードマンとその弟子たち(ベッカー・シカゴ大教授、サマーズ・財務長官等…)を中心に形成され、IMFや世界銀行を、さらにはクリントン政権の世界経済戦略をも動かすほどの力を持つに至った、いわゆる「シカゴ学派」、「新自由主義」の経済学者たちだ。彼らは、ケインズを嘲笑しつつ、社会主義的な「福祉国家」を批判し、「小さな政府」と「緊縮財政」「公企業の民営化」を各国に要求し、結果的に発展途上国の国民経済を破綻させ、多国籍企業を優遇する事になった。

 どこかの総理大臣が、「バカの一つ覚え」のように叫んでいる経済政策とよく似ているではないか。

 それを先導したのが、フリードマンとその弟子たち(ベッカー・シカゴ大教授、サマーズ・財務長官等…)を中心に形成され、IMFや世界銀行を、さらにはクリントン政権の世界経済戦略をも動かすほどの力を持つに至った、いわゆる「シカゴ学派」、「新自由主義」の経済学者たちだ。彼らは、ケインズを嘲笑しつつ、社会主義的な「福祉国家」を批判し、「小さな政府」と「緊縮財政」「公企業の民営化」を各国に要求し、結果的に発展途上国の国民経済を破綻させ、多国籍企業を優遇する事になった。

 マルクス経済学もケインズ経済学も、ともに「不況」や「恐慌」を前提にしている。したがって両者とも国家統制的側面を強く持っている。「不況」や「恐慌」を克服するには国家レベルの経済対策が不可欠だ、というのがケインズ経済学だからだ。そこから「公共事業」や「財政投資」が重要な経済政策として評価される。しかし、効率化を重視するエコノミストたちから見れば、公共事業こそは「税金の無駄使い」であり、財政悪化の根本原因と見なされる。そして激しい批判の標的になる。しかしこの批判は、「節約」や「倹約」が経済学的には不況の元凶になる、というケインズ革命の意義を理解しない見当ハズレの批判に過ぎない。

 いわば、ケインズ経済学は、冷戦の終結によってもたらされたアメリカ的価値観の勝利という思想風潮に撒きこまれて、一種の「マルクス主義的なもの」として排斥されたと言っていい。

 しかし、ケインズ経済学の意義は簡単に否定できるものではない。特に、最近の日本のような悪質なデフレ・スパイラルの罠に落ちこんでいる経済にとってはケインズ経済学は有効なのだが、それが「反ケインズ主義」にこりかたまっているエコノミストたちには理解できない。

 アメリカの近代経済学の特質は、「数量化」による「経済学の科学化」にあった。その過程で、ケインズの存在論は黙殺され、資本主義に対する危機意識も消滅していった。アメリカ経済学は、ひたすら「自由主義」という幻想と、「科学主義」という楽天主義の下に発展(衰弱?)して行く。フリードマンの無謀な自由主義、クルーグマンやロビンソン女史の素朴な科学合理主義。いま、破綻しつつあるのは、実は、彼らの素朴な経済学そのものではないのか。

 アメリカ経済学の大きな特質は、その教育・学習システムにも求められる。一言で言えば、「古典」や「原点」を読まないのだ。資料やデータ中心の詰め込み教育である。知識偏重・技術偏重としてのアメリカ経済学は、その教育システムにも大きな変化をもたらす。そしてその教育システムは、マルクス主義経済学の衰退と共に,わが国の経済学部にももたらされた。その結果、エコノミストの粗製濫造と、「エコノミストが国を滅ぼす…」というニッポンの悲喜劇を生み出しつつある、と言っていいだろう。

 たとえば経済学に「合成の誤謬」という概念があるが、これは個々人のレベルで見ればきわめて健全な経済活動が、全体としては悪い結果をもたらす、という意味である。

 筆者は、政治家は、経済学の知識や理論には疎いかもしれないが、国家経済の本質、言い換えれば国家レベルの経済政策の本質は経済学者やエコノミストよりもはるかに敏感に熟知していると考える。政治家は、数年に1回、命を削るような選挙を、あるいは派閥抗争というような極限状況を体験する。その結果、知らず知らずのうちに哲学的問題に直面せざるをえなくなる。当然、人間的にも思想的にも鍛えられていく。経済学者やエコノミストにはそういう経験はない。分析や予測がはずれても失職したり批判されることはほとんどない。一方、政治家は失敗すれば厳しい批判と落選の恐怖が待っている。政治家の言動や政策が慎重になり、言動や政策に責任を持たざるをえなくるのも当然だろう。

 その意味で言えば、今、「抵抗勢力」と言われ、マスコミから袋叩きにあっている政治家たちこそ、日本経済の病巣とその克服作を熟知している。彼等の主張のポイントは、「ケインズ経済学の再評価」とケインズ主義的な「総需要喚起論」であるが、おそらくそれは正しい。しかし、今はまだ多くの日本人が、小泉総理が叫びたてる「構造改革」や「創造的破壊」というような少年漫画的な美辞麗句に幻惑されているのが実情である。

 「構造改革」や「創造的破壊」という言葉が、美しい言葉として市民社会に定着し、一人歩き始めた背景にはエコノミストたちの言論がある。彼らこそが「構造改革」ブームの火付け役であり、そしてそれに洗脳され迎合しているのが、多くの若手政治家たちである。

 ケインズは、マルクスと同じように、生産・供給側を重視、「神の見えざる手」(アダム・スミス)による需給バランスの均衡を素朴に信頼する古典派経済学への批判と超克という課題を共有していた。つまりサプライサイダー批判である。しかしシュンペーターは、それとまったく反対の問題意識の元に、「技術革新」や「創造的破壊」を経済発展の本質ととらえる。そして不況は、経済発展における一通過点に過ぎない…,不況は有効需要の不足によるものではない…という、反ケインズ的な経済学を発展させていった。

 小泉構造改革の失政が明らかになるにつれて、最近はふたたびケインズ主義への転向者が続出しているとはいえ(笑)、現在の日本のジャーナリズムやアカデミズムに蔓延している経済学者たちの言説の多くが、依然としてケインズ的ではなく、シュンペーター的であることは言うまでもあるまい。構造改革や技術革新を重視する、サプライサイドの経済学は、数式を駆使してどんなに理論武装しようとも、実は原理論的には、あくまでも古典経済学なのである。

 いずれにしろ、ケインズは、魅力的な新製品を作りさえすれば売れる…という古典経済学的な、「供給はそれ自身の需要を作る」というセイの法則を批判、まったく逆に、「需要が供給を作る…」と主張し、経済学的思考に180度の思考転換,認識革命をもたらした。

 ところで、1930年代と言えば、ウオール街の株式大暴落から始まった世界恐慌が、その後全世界に波及、物価の下落や生産や貿易の停滞、銀行や企業の倒産、労働者の失業という深刻な政治社会問題をもたらしつつあった頃である。つまり、ケインズが登場するのは、世界的に資本主義の危機が叫ばれ、革命前夜のような雰囲気が広がりつつあった「危機の時代」であった。

 この資本主義経済体制の危機を前に、自由放任を基本哲学とするそれまでの古典派経済学の体系は根本的な再検討を迫られていた。そのような時代に、つまり1936年に、ケインズは「有効需要」の概念を中心に据えた新学説『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表する。

 ケインズは、古典派以来の自由放任主義の経済に代わって、国家の経済への積極的介入による需要喚起政策の必要を理論化したケインズ経済学を主張したのである。

 産出量の大きさは、投資と消費からなる有効需要の大きさによって決まる… 。政府の財政出動は、「乗数効果」によって、その何倍もの有効需要を生み出し、景気回復をもたらす…と。

 ケインズ革命とも言われるこの思考転換は、1930年代の世界恐慌におびえる経済学者や政治家たちを虜にし、ケインズ理論は一斉を風靡した。

 ケインズ以前に、わが国の昭和初期の金融恐慌を救った高橋是清蔵相も、無意識にケインズ的な総需要喚起政策を実行したと言われている。つまり、高橋蔵相が、ケインズ理論とは知らずに実行し成功させた、いわゆる財政出動とマネーサプライによる需要中心の景気回復政策に、ケインズは理論的根拠を与えることに成功したのである。

 しかし、世界恐慌を乗り越え、資本主義体制が回復・復活し、やがて社会主義が公然と批判されるようになると、ケインズ経済学をめぐる様相は一変する。社会主義崩壊、資本主義の勝利という歴史的現実を前に、ケインズ革命の意義もその哲学的な背景も忘れ去られていく。とりわけ、自由主義と科学主義を素朴に信仰する楽観主義の国・アメリカでそれは顕著になっていった。世界恐慌・社会主義革命の危機を脱するや、再び古典派経済学が,新古典派総合という名のもとに復活し、「技術革新」による新製品の開発こそが経済発展の本質である…という経済学的言説が、グローバリズムの名のもとに世界中に蔓延して行く。


(私のコメント)
小泉内閣も丸4年を過ぎましたが、構造改革とはいったいなんであったのかが今もってわからない。グーグルなどで「構造改革」とキーワードを入れて出てくるものは構造改革特区などばかりで、あとは道路公団とか郵政の民営化に関連して出てくるのみだ。丸4年もあれば何らかの業績が見られるはずですが、経済はいっこうに改善しない。税収も上がらないから財政赤字も増えたままだ。

竹中大臣が構造改革の旗振り役なのでしょうが、不良債権の早期処理を銀行などに強引に行わせましたが、銀行の整理統合が景気回復に何の役に立ったのかまるでわからない。私が最初から主張しているように銀行の不良債権を国が買い取って償却してしまった方がはるかに不良債権の早期処理が出来たろうし、銀行も金融機能を回復することが出来たはずだ。

マスコミなどではモラルハザードだといって、銀行救済に反対する論調が主流を占めましたが、結局はりそな銀行救済に見るように公的資金の注入で救うことになったが、私が主張してきたことを遅ればせながら実行した形であり、ほかに効果的な方法はないということだ。

不景気な場合、銀行が健全化しても融資先がないことが当然起こる。その場合に銀行は機関投資家として株や土地に投資をしてきた。不況から立ち直るきっかけは不況下の株高ということが通例だった。ところが現在は銀行の株式保有が制限されて持ち合い株式を吐き出さしている最中だ。だから不況下の株高ならぬ株安が起きている。土地なども同じだ。

そうであるならば、国や日銀が銀行や企業が持っている持合株式を一時的に買い取って塩漬けにしてしまえばいい。一時期に日銀が10兆円規模の株を買い取る話が出たがいつの間にか消えてしまった。株式保有機構なども小泉内閣になってから消えてしまった。亀井政調会長の頃はこのような構想が実現間際だったのだが、構造改革の名の下に葬り去られた。

私は株式日記にて株高と土地高こそ景気回復の起爆剤になると何度も主張してきましたが、小泉内閣になってから早4年、デフレは深まる一方で株式も小泉内閣発足当初は14000円台だったのにいまだに株は11000円を割っている状態だ。小泉首相はまったく株を高くしょうとする意思がない。これではいつまで経っても景気は回復しない。



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